模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-237Days【改】

 択捉島の観光資源開発、その一環で建てられたホテル・サナリゾート。

 

 ロビーの一角に設置された大型の薄型テレビ。客が好きに見られるようにその前にはいくつかのテーブルとソファが設置されており、ホテルが用意してくれる館内着や、まだ雪の残る野外での活動を想定したような格好がのんびりと座ってその液晶を眺めていた。

 

 流れているのは当然、バラエティではなくニュース番組である。

 

『友民党の藤木代議士の発言から始まった一連の騒動は一向に収まる気配を見せません』

 

 

 アナウンサーが冷静に告げ、映像が恐らく今日のものと思われる議事堂内の映像に切り替わる。演壇に立って答弁するのは海軍大臣の姿。威厳を塗りたくったはずの将官服も、ここではいやに寂しく見える。

 

『敵対的危険生物の軍事的な側面で見た戦闘力は未知数であります。それゆえに……』

 

 

 日本国憲法が大日本帝国憲法の条文の多くを受け継いでいることからも分かるように、国務大臣に在職中の軍人が入ってはならない理由はない。陸軍海軍両大臣のポストには現役将官が収まるのが常識である。

 とはいえ、それが軍人政治かと聞かれればそうではない。2.26以来の軍人の政治介入は未だ続いているとはいえかつてのものとは比べ物にならないほど弱体化している。

 

 ……そして、今回の一件で軍が完膚なきまでに叩きのめされるのだろう。

 

 現役海軍大将の海軍大臣は海上でのやつら――――議会では『敵対的危険生物』と呼ばれている――――に海軍が敵うかどうかはまだ(・・)分からないとして何とかやり過ごそうとしている。まだ交戦したのは駆逐艦一隻のみ、これだけで全てを予言することはできないのだから当然だ。

 とはいえ駆逐艦を既に一隻喪失したのは事実である。それに加えて数ヶ月前から相当な被害を受けていた海上での破壊行為――――要するに貨客船が沈められること――――を今の今まで見逃していた事への追求が強まり、厳しい状況に追い込まれていた。

 

 それゆえに、普段なら軍部を応援してくれる派閥も今回は旗色が悪い。

 ……早くも騒ぎ始めた週刊誌共の言うとおり、いよいよ軍寄りの勢力は議会から駆逐される日は迫っているのかもしれなかった。実際、その兆候はもう見え始めている。

 

『また、特に陸軍への追求は激しく、与党の一部では陸軍大臣を交代させるべきだという意見も……』

 

 そして、陸軍大臣への追求は海軍へのそれより激しいものとなっていた。なんせ陸軍は最重要拠点のひとつである沖縄を失った上に万単位で兵を失った。琉球諸島事変で護れなかった民間人は百万を超える。沖縄県をほとんど失ってしまったのだ。経済損失とかそういうレベルの問題ではない。軍部の失態と言わずに誰に責任を押し付けようか。

 

 

「これまでならなんの仕業か分からなかったから、世論を逸らせてましたけど、いよいよ地獄の蓋が開いたって感じですねぇ……まだまだこれからですけど」

 

 達観したような口調でのんびりと窓の外の闇を見る小河原、とりあえず統帥権とか出して批判を一瞬でも躱せないもんかねぇなど適当なことを呟いている。

 スルーしようとした飯田だったが、想定外の一言が入る。

 

「……この件に東が介入して来たって知ったら、国民はどう思いますかね」

 

 公衆の面前であるためか、やや声のトーンを落とした小河原。聞かれたくない話ならロビーではなく部屋で話せばいいものだが、部屋の方が盗聴機を仕掛けやすい。こちらの方が安全だった。

 

 飯田もソファに深く腰掛け直すふりで周りに誰もいないことを確認。それからゆっくり言葉を出す。

 

「……これまでの被害は、東の仕業だって思わされていたんだ」

 

 ホテル・サナリゾートはシーズンでないこともあり客は少ない。恐らくこの場にいる全ての人間が琉球諸島事変のことを知っているだろうし、様々な感情を抱いていることだろう。

 

「同胞百万を殺されてからノコノコ介入してきた東を、「はいそうですか」と受け入れるほど柔和な国民性じゃないさ……それにしても」

 

 それだけ言って目の前のテーブルに置かれたコップに手を付ける飯田。その液体がほんのりと彼の喉を焼き、アルコール特有の臭いが鼻を抜ける。

 

「『技術交換』とは随分と適当な理由だな……大して新しくもない隼型ミサイル艇しかない単冠湾でなにを交換するつもりなのやら」

 

「まあ、今は大物が近海で待機してますけどね」

 

 話題は千km先の議会から、目の前の仕事へと移り変わる。

 

 彼らが話している『技術交換』というのは、先ほどソビエト・ヨーロッパからここ択捉島へと降り立った使者の来訪理由である。名をアーベル・シュナイダーと名乗ったソビエト・ヨーロッパ海軍の少佐。飯田と同階級なのは必然か、はたまた偶然か。

 

「それにしたって……電撃戦でしたね、相手さんの動き」

 

 小河原はそう振り返る。

 

 飯田が公衆電話での通話を終えた直後、何故か単冠湾基地の士官から連絡があった。

 出向いてみれば通常の回線でソビエト・ヨーロッパ海軍の技術士官が『技術交換』のため単冠湾に来るのだという知らせ。

 

 しかし立会士官に単冠湾所属ですらない飯田が指名されているあたり、言いたいことが丸見えであった。当人たちにしてみればだが。

 

「介入を許した間抜けな我が国の上層部はともかく、東側でなくとも他国が介入してくるのは面倒なことだ」

 

 飯田はそう呟く。別に士官が数人来て会談するぐらいなら隠しおおすことも可能だろうが、現場こちらはどうしても動きづらくなる。

 どさくさに紛れて機密を盗まれたらそれこそ一大事、同盟国ですら腹を割って話す余地はないのである。

 

「上が無能だとこちらも苦労しますよ、まったく……」

 

 小河原がぼやく。とはいえ結局現場の人間に過ぎない飯田にはどうすることもできず、小河原も不味そうに彼の缶ビールと向き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、小河原とソビエトからの使者にどう対処するか悩んでいたのも昨日の話。

 

 

 

 

「それにしても、この航空機墜落したりしませんよね?」

 

 気密が保たれたキャビン内、エンジンの騒音はほとんど聞こえない。

 

 それゆえに、赤軍佐官の放った西側のティルト・ロータは事故を起こしてばかりの「未亡人製造機」と聞きますが? という不愉快な発言は飯田の耳にもよく届いた。

 

 返事をするのは小河原である。

 

「いったい何年前の話です? 我が国でも15年近くは運用していますが……事故率は相当低いですよ?」

 

「導入時には、日本国内でもかなりの反対キャンペーンがあったと聞きますが。ねぇ?」

 

 目の前では小河原と厚手の軍服を着た赤軍将校が言い合いを続ける。

 

「少佐殿は統計が示す事実のみをご覧になってください。統計ほど信用できるものはなかなかない……まさか、計画経済を支える統計を否定するおつもりはないでしょう?」

 

 飯田たちが乗り込んでいる垂直離着陸機(V‐22J)は自身の悪口に不平を漏らすこともなく飛んでゆく。

 

 飯田はゆったりとその二人を見遣った。

 疲れずに対応し続ける小河原も小河原だが、問題はこれだけ流暢に日本語を話し続けるシュナイダー少佐の方だ。英語を必修の言語としている日本とは違い、ただの欧州人が難解な日本語を使いこなせるはずがない。『日本関連の仕事』に慣れた人間であることは間違いなかった。

 

 ソビエト・ヨーロッパ海軍の技術士官と名乗るならせめて片言くらいで喋って欲しいものだ。

 

 それでもまぁ……飯田は二人から書類に目を落とした。これだけ積極的に話しかけてくるあたり、今回は協力的な姿勢なのだと捉えるしかないだろう。名目が技術『交換』なのだから何か向こうから情報提供がある可能性も……ないか。腹の探り合いが得意とは言えない飯田がそんな自問自答を繰り返していると、唐突に話しかけられる。

 

「ところでイイダ少佐、まだこの国で『あの事件』に対する正式な対策部門は設立されていないはずですが」

 

 なぜ貴官がこれに当たっているのです? そう問う赤軍将校。

 

 実はそうなのである。

 既に琉球諸島事変が発生してから既に一週間が経過した。にも関わらず飯田が配属されるはずの対策部門は設立にすら至っていない。設立が遅れているのは相変わらずのお役所仕事……というわけではなく、大迫閣下の話によれば運輸省と空軍庁から横槍が入っているそうだ。

 まさか運輸省になんとかできる問題ではないので官僚の対策室が作られることはないだろうが……少なくとも今国会で揉めている陸海軍の責任問題が落ち着くまでは設立には至らないだろう。

 

 ともかく、そんな身内事情はどうでもいい。飯田は事実だけを相手に伝えた。

 

「自分は大迫海軍幕僚長に命じられてこの件の先行調査を行っているだけです」

 

「そうでしたか」

 

 そう返答する飯田にアーベルは何か含ませるような笑みを浮かべた。

 

「……まあいずれにせよ、今後も東西は協力していかねばなりません。よろしくお願いしますよ」

 

 ……今後『も』か。飯田はその言葉を相手に悟られぬよう反芻する。

 彼の言葉通り、今の西側と東側は経済的に奇妙な協力関係にある。世間では「宥和政策」と呼ばれるアレだ。

 

 ようやく静かになった三人、機内放送でアプローチに入ったことを知らされる。

 

 

 

 窓を見ると、北方の海原を進んでゆく航空母艦の雄姿が。甲板には大写しとなった数字が見える。帝国海軍時代は数字ではなく文字を甲板に書いていたのだが、同盟国との連携を考えるとこれは不便。という事情から数字に切り替えられているのだ。

 

 まあそんな甲板の数字を見ずとも、ここにいる空母型の艦船は一隻しかいない。

 

 日向型の一番艦。航空母艦「日向」である。

 

 今飯田たち向かっているのは単冠湾ここへ来た最大の理由でもある航空母艦。今は琉球諸島事変に関わった艦艇として時雨と同じように隔離されているのだ。

 

 ここへ来た目的はもちろん敵対的危険生物の詳細な観測データの回収であり……そして、それを目の前の赤軍将校にも渡してあげなければならない。

 

 ……というか正直な話、東側に勘づかれた以上わざわざ直接取りに行く必要はないのでは? そう飯田は考えていた。もともと東側に感づかれるのを避けるため二機艦に無線封鎖させて外部との接触を絶ったのだから、バレてしまった以上もう普通にデータを送信してもいいのではないものだろうか?

 飯田はそうは思ったが、まあ東側が介入している時点で高度な政治(この国のメンツに関わる)問題だ。軍人(われわれ)の関われるところではない。

 

 垂直離着陸機は航空母艦の管制官に導かれ、そして着艦。トスンと音を立てて耐熱甲板に降りるのを感じるのと同時に、エンジン回転数が落ちていく。

 

 

 飯田は自身の拘束帯(シートベルト)を解除して立ち上がると、赤軍将校の方を向いた。

 

「……ではシュナイダー少佐、申し訳ないが小河原と機内で少し待っていてください」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 飯田は垂直離着陸機のハッチから外へ出る。空母は一つの街に例えられることがあるほど規模がでかい訳で、今日も日向の飛行甲板は大勢の整備員と艦載機で大賑わい。

 

 日向型航空母艦……新高型以来の7t超の大型正規空母である本級は空母として旧国名を初めて命名基準に――――航空母艦「加賀」の艦名が旧国名なのは有名だが、あれは知っての通り戦艦として進水したものだから、旧国名の艦名で進水する空母は日向が初めてとなる――――した艦級でもある。

 

 前級の榛名型航空母艦をベースとしているがその排水量の大幅な増加により搭載数は大幅に増。居住性も大分向上している。21世紀になってから設計された初めての空母であるだけに多くの新機軸が盛り込まれており、空母初の搭載となる垂直発射装置(VLS)なども搭載し単艦でも十二分な防空能力を保持しているのが特徴的である。

 まあVLSに関しては不必要ではという議論もあり、結局次級の出雲型では取り外されているが……ともかく、日向型は存在感のある艦なのだ。榛名型では散々文句を言われてきた艦橋も、ゆったりと余裕を持って飯田の目の前にそびえ立つ。

 

 さて、急いで仕事を済ませよう。

 

 そんな飯田に向かって歩いて来る男が一人。いや二人。

 一人は大佐で、もうひとりは将官であった。間違いない。二機艦の司令である。

 

 その姿を視界に捉えた飯田はすぐさま直立不動の体勢をとり敬礼する。見れば周りの整備兵たちも敬礼していた。

 

「ようこそ、第二機動艦隊へ。話は聞いています」

 

 大佐が答礼後にそう言いながら笑みを浮かべる。

 

「こちらこそ客人を連れてきて申し訳ありません。こちらが今回の『技術交換』関連の命令書になります」

 

 そう言いながら飯田は電子印鑑付き命令書が表示されたタブレットを渡し、大佐はそれを将官――――片桐少将、第二機動艦隊の司令である――――に渡す。片桐少将はそれを確認してから。

 

「長旅ご苦労だったな、大迫さんは元気でやってるか」

 

 と聞いてきた。確か大迫と片桐は同期ではないはずだが……そう思いながら飯田は質問に答える。

 

「……そうか」

 

 その答えに満足したのかどうかは分からないが、片桐少将は飯田にタブレットを返し、そして背を向けた。

 

「技術士官を連れてきたのだろう? 日向の士官を一人案内に付けよう」

 

「ありがとうございます」

 

 案内を付ける。即ち、艦内を見学するということ。

 

「しかし……艦内に入れていいのでしょうか」

 

 ミニッツ級の大きさを誇る出雲型が就役したことで空母としての存在感こそ小さくなったが、やはり国防の要であることに変わりはない。できることなら、客人は長居させたくないのが本音だ。しかしシュナイダー少佐には技術士官の範疇ならと艦内見学の許可が下りている。データをこの場で手渡し、はいさようならと予想していた飯田にとっては意外な展開だった。

 

「時代も変わったものだな」

 

 呟く片桐少将。

 それから彼はふと思い出したように振り返り、手のひらサイズの箱を取り出した。

 

「そうだ飯田君、君は吸うかね」

 

 煙草である。嗜まない飯田には正しくは分からなかったが、同期の奴らが吸っている銘柄ではなさそうだ。高価なものだったりするのだろうか?

 いずれにせよ、吸わない以上は断るしかない。

 

「いえ」

 

「そうか、最近は吸わない奴が増えたな……まあいい」

 

 少し残念そうな表情をしながら煙草をしまい、再び背を向ける片桐少将。今度こそ帰るつもりのようだが、去り際に一言。

 

「飯田君、もしもやつらを殲滅する機会があれば……是非我が二機艦を使ってくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に大きいですなぁ……イイダ少佐、この艦は確か七万tクラスでしたよね」

 

 シュナイダーが周りを見回しながら訪ねる。演技なのか、それとも技術士官というのは本当なのか、心なしか興奮しているようにも見えた。それに日向の乗員が一般向けに公開されている日向のスペックを教える形で応じ、小河原は無表情でついて来る。

 

 時代は東西宥和。東側と西側の軍事交流はゼロというわけではない。それでもまだまだ新型の部類に入る「日向」に東側の人間が乗り込むなんて異例中の異例と言っていいだろう。もちろん軍機に関わるところは絶対見せないし、多少は隠したりしているだろうが……そういう問題ではないのだ。その証拠として赤軍将校服(シュナイダーの軍服)を見た乗組員たちが目を丸くしているのが分かる。

 

 

 しかし飯田には分からなかった。何故わざわざ空母に乗り込む必要があるのだろう。データの回収やそれの引き渡しだけならなんてなかったはず。百害あって一利なしという言葉を再現してどうするというのか……。

 いや待て、片桐少将は時代も変わったなどと言っていたが、そもそも艦内見学の許可を出したのは艦隊の方のはず、仮に外交の圧力により怪しい技術官(シュナイダー)を艦隊まで踏み入れられても、艦内を見せる必要はないはずだ。

 ……軍令部(こちら)に伝えたいことがあるのだろうか。それも報告書でない形で。

 

「こちらです」

 

 案内役の士官にどこかの部屋に通される。空母の乗艦経験がない飯田にはどの部屋に通されたのか全くわからないが……部屋は予想以上に広く、壁には黒板のような板が配置されている。作戦室か何かだろうか?

 

「そうは言っても……! 納得できません!」

 

 そしてそこでは、何者かが言い争い……いや誰かが一方的に食ってかかっていた。

 

「我々が大きな犠牲を強いられて、その犠牲の上に入手した情報を、どうして大陸でのうのうとしていた東側に渡さねばならんのです。奴らはまだ満州の地下資源を狙っているというのに!」

 

 艦内で第一種の士官服……飛行科(パイロット)だろうか。相当憤っているようで、こちらに気づく様子もない。

 一方的に言われていた相手はまぁまぁと彼を宥める。

 

「手を結ぶこともたまには必要よ、もしかするとここでの我慢が俺たちに大きな利益をもたらすかも……おっと、これは失礼しました」

 

 そこまで言ったところで片方がこちらに気づいたようだ。敬礼。

 

「し、失礼しました!」

 

 それに気づいたもう片方も慌てた様子で敬礼する。

 飯田は答礼し、それから自己紹介。

 

「海軍幕僚長補佐官の飯田だ、君たちは?」

 

「自分は第四五七航空隊、八洲武(やすたけし)中尉です」

 

「同じく樋川康(ひかわやすし)少尉であります!」

 

「四五七空……偵察か」

 

 四百番台の航空隊は哨戒機や偵察機による航空部隊に名付けられるものである。

 

「はっ」

 

 航空隊は所属基地や母艦にこだわらないものである。先行し航空機の前線補給基地となる戦略空母信濃が登場して以来、日本海軍の航空戦略は大きく変わった。

 空母は自前の航空隊を持たず、航空隊が基地や空母を飛び石のように飛び回るようになったのだ。その戦術は対ソ戦が始まっても変わらない。このやり方が

間違っていなかったのは、信濃が1946年、インド洋にて後方の基地から飛び立った艦載機の中継地点となり『シナノ級は一隻で150機以上の搭載数がある』と誤解させる程の激しい攻撃を仕掛け、空母比7:3の劣勢を覆したことからも明らかである。

 

 ともかく、運用目的によって所属母艦、基地を移動する航空隊。二機艦が沖縄諸島沖に派遣されていたのは対潜水艦であったことを考えれば、四百番台の偵察機部隊が搭載されているのは当然といえよう。

 

「失礼ですが補佐官、質問よろしいでしょうか?」

 

 まだ自己紹介以外には何も話していない飯田に対して樋川が発言する。先程八洲に食ってかかっていた勢いは全く削がれていないようだ。

 

「我が軍の関係者でないものがこの場に同席することに対する説明を頂きたい」

 

「おい、樋川!」

 

 八洲が止めに入る。気持ちはわかるが、ここはひとつ冷静になってもらうしかない……と、そこまで考えたところで飯田の頭に閃くものがあった。

 飯田は樋川を止めに入る八洲を手で制すると、樋川に向かって言う。

 

「彼はソビエト・ヨーロッパから着た技術士官である。本艦への乗艦には既に許可が下りている」

 

 樋川は興奮を抑えつつ、飯田に次の言葉を放つ。

 

「では……この場に居合わせることに対する許可は下りておりますか? 私たちが今から報告する件に関して箝口令を敷かれておりますゆえ」

 

 八洲が顔をしかめる。まあ確かに飯田の回答に諦めず食いつく樋川には身を弁えて欲しいと思う気持ちもわかる。

 

 だが飯田の口元はむしろ緩んだ。

 

「小河原」

 

 そう呼ばれた小河原が慌ててタブレットの命令書――――シュナイダー少佐に渡さなくてはならない情報が書かれている極秘のものだ――――を確認、それから顔を上げる。

 

「いえ、それに関しては書かれておりません」

 

 その一言でその場にいた全員――――もちろんシュナイダーを除く――――の表情が動いた。もちろん、いい方向に。

 

「では、申し訳ないがシュナイダー少佐……予定していたデータの引渡しは小河原にやらせますので、そちらの方へ先に行っていてください……頼んだぞ、小河原」

 

「案内します」

 

 案内役の士官も素早く応じ、シュナイダーは連れ出される。彼は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに元の顔つきに戻り。

 

「なるほど、命令書にないのなら仕方がない」

 

 とだけ言って小河原と共に部屋を後にした。

 扉が閉まり、飯田は二人に向き直る。

 

「ありがとう樋川くん、君のおかげで横を気にせず話を聞くことができる」

 

 やつらの情報はあまりに少ない。そしてそれらには全て希少価値がつく。世界をひっくり返すような情報である。

 だからこそ、なるべくなら他国には知られたくない情報だ。それは同盟国である西側であろうと変わりない。

 なんせ情報の『対価』を支払ったのは……紛れもない日本国民なのだから。

 

 飯田は無言で話を始めるよう促す。八洲は語り始めた。

 

「事の始まりは二機艦司令部の唐突な指令でした、定期哨戒のルート変更命令でしたが、変針後すぐに海を覆い尽くすような暗がりに遭遇しました」

 

「報告書にあった『魚群』だな」

 

「はい、魚群とは全く異なるものでしたが、それ以外に言葉がなかったので」

 

「それで?」

 

 飯田は先を促す、八洲の表情がやや硬くなる。

 

「報告書通り、まず『魚群』の規模を確認、その後高度を落とし、音響弾を投下しました」

 

 もちろん音響弾は威嚇用である。ちなみに攻撃に関しては昔は対潜哨戒機から爆雷を投下したらしいが、今の時代の武装は短魚雷が主流である。

 音響弾は海の底の相手にこちらの存在を気づかせるものだ、そして相手をする潜水艦にとっては『見つかった』という事実が重要で、平時の小競り合いなら威嚇だけでも充分。

 相手がただの魚群なら驚いて終わりだろうし、敵の潜水艦だとしても驚いて終わるだろう。なんせ対潜哨戒機海はどんなに手を伸ばしても届かない空を飛ぶ天敵だ。潜水艦にどうこうできる相手じゃない。

 

 相手じゃなかったはずなのだ。

 

「……問題はその後です。音響弾の効果がなかったと判断した我々は、ソナーブイを投下してより詳細な観測を試みようとしました、そして――――」

 

 

 ――――あわや食われそうになりました。

 

 

「はぁ?」

 

 場に似つかわない言葉をうっかり漏らしてしまった飯田、向こうは大真面目に話しているというのに、それに「はぁ?」と反応してしまうとは。

 

「いや……すまない、下手な発言だったな」

 

 謝罪の言葉に八洲は、気にしないで下さいと言わんばかりに力なく首を振る。

 

「……正直、自分らも目を疑いました」

 

 言っておくが現代は海面をスレスレで飛行する時代ではない。少なくとも通常の部隊は攻撃機だって高度をある程度は取る、となるとやつらは飛び上がったということになる。それも数十メートル。

 

 ……なるほど、これが我々がここへと来た理由か、恐らくは片桐司令が報告書に書かせなかったのだろう。さきほど彼らが「箝口令」といったあたり、この事実は日向の乗員でも知らされていないに違いない。

 

 そしてそれが第二十一(にいいち)駆逐隊の事前情報無しの派遣、「雷」の撃沈に繋がったわけだが……確かにこんな訳の分からない情報を流しても無意味な混乱を招いただけだろう。

 

 今これを聞いた飯田が納得できるのは、沖縄で民間人100万が犠牲になったという目を背けたくなる現実の上に立っているからである。

 

 

 それにしたって……随分とふざけた話だ。地上を時速50キロ超で走り、海中からイルカのごとく飛び出して航空機を喰う? 勘弁してくれ。

 しかしそれだけでは終わらない。八洲の報告はまだ続いていた。樋川と言えば先程までと打って変わり黙り込んでいる。

 

「その後、自分らは高度を取り、詳細を報告しようとしました。もちろん下の方でやつらは跳ねていましたが……」

 

 高いところまで避難すれば怖いものはない、近くで見れば禍々しい口を開いたやつらも、高いところから見ればピチャピチャ跳ねる可愛げな小魚同然である。

 

「やつらはいきなり海上に並び・・・数は十数体でしたが・・・こちらに向けて発砲し始めました」

 

 前言撤回、我々がここへ来た理由はこっちだ。発砲?

 

 発砲だと?

 

 海から沸いたやつらがどうやって火を点け、火薬に点火するというのだ。出来るわけがない。しかし八洲は続ける。

 

「やつらが放った弾はどれも見当違いの高度で爆発したため怖くはありませんでしたが……」

 

 飯田には、その偵察機乗りの怖い怖くないの感情はどうでもよかった。

 

 海軍幕僚長補佐官は今までにない焦燥に駆られていた。

 

 発砲してきたということは、つまりそういうことだ。

 我々はただの『突っ込んでくる獰猛な黒い塊』と戦うのではないということだ。

 

 それが飯田の考えた戦略を崩す最大の要因となること、いや日本民族を本当に世界から抹消しかねない要因となることは、飯田が一番よくわかっている。

 

 脳裏に、燃える祖国が見えた。

 

「あの……補佐官?」

 

 視界の端で八洲が不安げにこちらを伺う。そこで飯田は全く聞いていなかったことに気づく。

 

 

 これだけの情報が追加されただけで混乱しているようではやっていけないぞ。そうやって自らを鼓舞するのも祖国のため。飯田は八洲に問う。

 

「すまないが、こちらから何点か質問させてくれ、今やつらが発砲したと言ったが……」

 

 

 

 闇に包まれたことばかりだ。我々が、どんなに拙い字でも書き足してゆくしかない。

 

 

 

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