模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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Setting and Rising sun of Okinawa,Permanently come(前編)

「もしもし、岡沢です、はい、今那覇着です。ええ・・・まだ来ていないですね、はい。分かっております。失礼します」

 

 そう言いながら時代遅れとしか言いようのない携帯端末(フューチャーフォン)を閉じる彼、次の瞬間何かに当たりたくなったようで、そして当たる対象を発見できなかった右足が宙を切る。勢い余った靴先がどこかに持っていかれる感覚に苛立ちが二乗にでもなったのだろう、いつもと変わらぬ汚い言葉が彼の口を出る。

 

「まあまあ先輩、そうカッカしても仕方ないですよ・・・それより、経費で沖縄に来れたって考えた方が楽しいですって」

 

 そう自分は一応宥めの言葉をかけるが、もちろんそんなので収まるぐらいなら彼は初めから苛立ってはいない。

 

「うるせえな、どうせ今回も商談は失敗するって分かってんだよ・・・何だあの無能課長め・・・俺が三期先輩だからって馬鹿にしやがって」

 

 岡沢という名の男は携帯電話を弄びながらそう言う、大人気ない乱暴な扱いだが、落とすようなヘマはしないのが彼らしいところだ。さながらキャッチボールの相手を待つガキ大将のように右手から左手へ携帯を強く投げる、結構力入れて投げているのか、手のひらの皮を構成する死んだ細胞たちとぶつかる度によく響く音が鳴る。結構お冠だなぁと感じた自分は、岡沢に見えないように顔をしかめ、それから笑顔を作って言う。今回の商談が成功する可能性は確かに低い。だがこんな先輩のせいで確率をゼロにされるのはゴメンだった。

 

「失敗するって分かっているのならさっさと全部終わらせましょう?そうしたら最後ぐらい観光できるかもしれないですよ」

 

「お前はポジティブでいいねぇ!」

 

 やってらんねと車止めに座る岡沢、車止めは観光地を意識したのかシーサー風の彫り込みが為されていたので、尻を着いた途端いかにも痛そうな顔をする。それでも後輩の手前という意地か何かがあるのだろう。彼はそこに座ったまま頑として動かない。こんなどうでもいいことで意地を張ってばかりいるからこの人は昇進できないのだと心の底から思うが、それを注意するのも彼には『迷惑』なのだろう。

 

 はぁ、せめて別の人と一緒ならなぁ。そんな思いが危うく呟きになりかけたとき、ロータリー――――もちろん那覇空港のロータリーだ――――にミニバンが入ってきた。ミニバンである。土地柄と平日の昼前ということもありロータリーには車が1台も待機していなかったが、空港のロータリーにどう見ても民間の車が乗り入れるものだろうか?そんな所が田舎なのかと妙に納得する中、岡沢は慌てて姿勢を正した。

 

 理由は簡単、ミニバンの側面に今回の商談相手の名前が刻まれていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――Setting and Rising sun of Okinawa,permanently come――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーどうですか、沖縄は暑いですか」

 

「寒くはないですけど・・・思ったよりかは暑くないですね」

 

「ははは、内地から来た人はみんなそう言う、沖縄にだって四季ぐらいありますよ、寒い時は寒い」

 

 ちょっと標準語よりずれたイントネーションと、とてつもなく本音から外れた岡沢の会話が車内で続く。わざわざ迎えに来てくれたミニバンに乗り込み、まず自己紹介をと思ったところでこのミニバンを運転する佐々木と名乗った彼が提案したのは食事であった。なんでも美味しい沖縄そばの店があるとか。時間は十分あるので一向に構わないと後輩は考えたが、岡沢は不満タラタラのようだ。表情にこそ出ていないが、恐らく向こうにも見破られていることだろう。

 田舎の人って、人と自然しか相手がいないから、都会の人よりずっと感覚がいいって誰かが言っていたから、そうに違いない。

 

 市街地から出て少しゆく、周りは住宅街と行った様子で見る限り内地の景色と変わっているところはない。だが、全くもってそうでないことは誰もが知っていることだ。

 

 稀に見る要塞島。本土でありながら隔離され続けた三十年の歴史を持ち、今でも面積の約15%を軍事施設として使用されている島、舞鶴だってここまで軍事色は強くないだろう。住宅街の間を駆け抜ける県道を一歩外れればすぐに基地のフェンスにぶち当たる。そんな島なのだ。

 

 

 

 

 沖縄の数奇な運命は44年の日米講和から始まる。英本土陥落という最悪の事態に直面していた米海軍は、ソビエト・ヨーロッパ海軍が外洋に出ないよう、直ちに太平洋の戦力を紅海に回す必要があった。ドーヴァー海峡海戦で予想外の(米英にしてみれば当然の)敗北を喫してしまったソビエト・ヨーロッパ海軍は元イタリア海軍などの戦艦部隊のみとなっており、それら地中海に残された艦艇が当座のソビエト・ヨーロッパが使役できる戦力だったため、紅海さえ押さえればソビエトの海軍力を封じ込めると米海軍は考えたわけだ。海軍力の封じ込めは陸で押されまくっていた英米にとって絶対に必要なことであった。

 

 そのためには、戦力を太平洋から引き抜く必要がある。だが太平洋艦隊――――当時は既に第七艦隊と呼ばれていたか――――はこれを渋った。

 

 レイテでの大勝利を以てしても第七艦隊は全く慢心などしていなかった。水兵レベルとなると分からないが、上層部は未だに日本海軍を恐れていた。事実あの国には未だにヤマトクラス一隻、ナガトクラス一隻、イセクラス二隻、コンゴウクラス一隻、合計五隻の戦艦を有し、航空母艦もようやく量産体制に入りつつあると聞く。もちろんあの国に石油はない。だがそれは戦争を『続行』するだけの石油がないという意味であり、フィリピンでも見られた『スーサイドアタック』をあの戦艦たちが仕掛けてきたら・・・?天皇(エンペラー)に命を捧げるサムライが最期になにをするのか分かったものではない。だから戦力の低下は避けたかった。

 

 

 

 他にもあまりに多くの要因が絡み合い、結果として米国政府は『日本を従わせる』のを諦め、『日本を反共の防波堤とする』道を選んだ。それは中国共産党とその親に締め付けられる国民党が国共合作とはなんだったのかと嘆いていたちょうどその頃だった。

 

 

 かくして三国・・・日米中は互いに銃を向け合うのをやめた、それはもちろん美しい自由主義同盟などではなく、互いに背中を付け合せ、あわよくば相手の姿勢を崩してしまおうと押し競饅頭(おしくらんまんじゅう)をする姿だったのだが、共産圏から見れば三国が仲良くじゃれているようにも見えただろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ここが嘉手納基地、日本自衛空軍と米空軍、それと中華民国空軍が共同使用する世界最大の航空基地、そして世界で一番国際色の強い基地です。基地祭の時は文字通り和洋中なんでも揃っていてなかなかの見ものですよ」

 

 沖縄そば特有のもちもちした食感を楽しんだ後、佐々木と名乗った今回の商談相手に「会社に向かうまでの道のりだから」という理由で観光名所を連れて回ってもらっていた。少しでもいい気持ちで交渉したいという向こうの心がけなのだろうか?目的が見えずにいた岡沢(せんぱい)はついつい聞いてしまった。どうせ今日はこの会社としか予定は入っていないのだ。そして時刻はまだ二時を少し過ぎたところ、今はとりあえず楽しんでおけばいいものを。

 

「ですが、嘉手納と今回の件と何か関係あるのでしょうか」

 

 随分と失礼な物言いだ、言うにしたってもう少しマシな言い方は無いのだろうか。だが相手は気にする様子も見せず、まあ慌てなさんな、どうせ今日アポを取っているのは弊社だけなのでしょう?と屈託ない笑顔で言う。同業者同士の連携は取れているぞ、といったアピールだろうか。ムカつく連中だ。といった顔になる岡沢。口に出してしまうほどの馬鹿ではないようだが、面倒なことになった。相手はそれを知って知らずか、でもそれだけじゃないですよ、と岡沢の表情を気にかける様子もなく続ける。

 

「日ソ戦が始まって以来、この島は隔離されていましたからね・・・隔離が解けて早くも25年、それでも内地から来た人たちと話すのは今でも珍しいし、楽しいのですよ。客人をもてなすこともなかったが、もてなしの心だけは失いたくないのです」

 

 なぜ観光紛いのことをしているのか、そういった問いだったはずなのに感傷に浸るような言い回しで返されてしまう。彼は島と内地に開いた大きな溝を埋めようとしているのだろうか。それとも・・・そこまで考えたところで彼の視界にある動きが映った。

 

「先輩先輩、あれ、見てくださいよ」

 

 指差した方向へ興味なさそうに視線を投げる岡沢。視線の先には嘉手納基地、いやその滑走路。どこから現れたのか滑走路に続々と大型機が集まってゆく、遠めに見ると滑走路を滑っているようにも見えるそれは、大型の発動機(エンジン)が二つひと組で四房、合計で八基も備えている。旧式のくせに最新鋭。日本国自衛空軍(Japan Self Defense Air Force)所属のB-52、成層圏の要塞(ストラトフォートレス)。洗練された悪魔のように黒い翼、そこに鈍く輝く日の丸が印象的だ。

 

「爆撃機か・・・?えーとアレだ、富嶽だな」

 

「・・・B-52です。富嶽はあれの就役で開発中止されています」

 

 よく知りもしないくせに知ったかぶりをしようとした岡沢を素早く指摘して見事に爆沈させる。よくご存知ですねぇと佐々木に笑みを浮かべられ、流石に我々もこのぐらいは知っていますと返しつつ、ジェット機と富嶽を間違えた先輩のことは突っ込まないでくれと願う。

 しかしどうやら佐々木の興味は別のところにあるらしい。高く昇った太陽から降り注ぐ日光で視界が霞まないよう手で軒先を作り、眼球を日陰の中に置きながら言う。

 

「おかしいですね・・・あんなにたくさんのストラトが集まることなんて滅多にないのに・・・」

 

 そこまで言って、あ。と呟いた佐々木、慌ててミニバンまで戻り何かを操作・・・携帯端末だろうか。それから二人を振り返って一言。

 

「すいませんね、出来れば後日改めてお会いできないでしょうか?」

 

「なぜですか、我々にも予定というものがあります」

 

 表情こそ動かさないが眼に戸惑いと怒りが見える岡沢、課長から彼の注意点を聞かされたときはまさかと思っていたが、ここまでわかりやすい人とは・・・こんなのを交渉役に使うあたり、我社が沖縄を重視していないのがよくわかる。

 

 

 

 佐々木が何かを言おうとしたとき、遠くまで聞こえるようにわざと間延びしたチャイムが聞こえてきた。防災無線だ。スピーカーの方向を探りつつ、岡沢も佐々木も、自分もおそらく遠くにある防災無線に意識を集中する。

 

――――こちらわぁ、よみたんむらぁ、ぼうさいせんたぁです――――

 

 都心部のように防災無線がそこらじゅうに配備されているわけでもないようで、大して響くような様子もない。おかげで何を言っているのかとても分かりやすかったが、言ってる内容は内地にいたら絶対聞けないような内容だった。

 

 

「特例警報?村役場に避難?どういう事なんですか、佐々木さん」

 

 防災無線が言っていた内容をオウム返しの要領で佐々木に問いかける岡沢。佐々木は頭をポリポリ掻きながら中途半端な笑みを浮かべた。滲むのは困惑というよりも別の表情。

 

 

 

「うーん、もしかしたら、戦争になっちゃかもしんないですね」

 

 

 

 どういうことだと問い詰めようとした岡沢を、ちょうど飛び立ったB-52の爆音が制した。それでも佐々木に声自体は届いたのだろう。彼は落ち着き払って返す。

 

「どういうことって、そういうことです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 自分の感情を岡沢が代介してくれた。彼と意見が合うなんて珍しいが、珍しいことは今この瞬間が異常であることを示している。

 佐々木はどう説明したものか迷ったのだろう。少し足踏みをした後一言。

 

「論より証拠です、ご自身の携帯を見てください」

 

 岡沢が二つ折の携帯を取り出し、片手で振る。その遠心力で開く携帯電話。格好つけているつもりならやめてほしい。それから画面を覗き込み、あれ、と一言。

 

「圏外になってる・・・」

 

「そういうことです。ここの通信システムは今、軍の方に掌握されていますよ」

 

 岡沢は困惑を隠せずにどういうことだと問う。次々飛び立つB-52の爆音で、誰の声も聞こえづらい。それでも集中していたら聞き逃すことはないだろう。

 

「ですからそのままの意味なんですって・・・」

 

 うーん、どう説明したものかなぁ・・・そう呟く佐々木の背景には次々飛び立つB-52、ふと疑問を口にしてしまう。

 

「ストラトフォートレスは、こんなに『飛行訓練』を繰り返すものなのですか」

 

 佐々木は答える、即答だった。

 

「ありえないですね、今ので飛び立ったのが・・・十かそれ以上、見ての通り滑走路に待機しているのを見れば三十以上はいる。ただの挑発で何十機も飛ばす、そんな燃料の無駄遣いは流石のお上もしないでしょう」

 

 最近は「ソ連っぽい何か」による輸送船の被害が増えていますし、油も無限ってわけじゃない。そういう佐々木の視線に釣られて再び嘉手納基地の滑走路が視界に入る。先ほどより待機している機体の数が増えている。一体どこに隠してあるのやら・・・そんな疑問も、太陽の光をたっぷり浴びて飛び立つ悪魔の羽ばたきにかき消される。それらの横にマイクロバスが到着、何かの一団が降りたことで滑走路はますます喧騒を増してきたように見える。

 

「ともかく、我々も村役場に移動しましょう。話は後です。警邏隊の手を煩わせないのも健全たる沖縄県民(わたしたち)の義務の一つですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読谷村役場は、かつての軍飛行場の跡地にある。滑走路をそのまま流用したような駐車場はとても広く、多くの自動車が停められているのにも関わらずその広さを見せつけている。そのまま飛行場としても使えそうな雰囲気だったが、舗装がなされていないのでそれはさすがに無理だ。

 イメージとは違い予想外に大きな村役場、地方の村役場はどこもこんなものなのだろうかそう思ったのがバレたのか佐々木が補足してくれた。

 

「この前の施設敷地返還の際に結構な額の補助金が出ましてね。それを使ってここら辺の公共施設をまとめて作ったんですよ」

 

 なるほど、そういうことか。佐々木に促されるまま車を降りる、岡沢の方を振り返ると、未だに携帯がなんとか繋がらないかどうか試していた。

 

「岡沢さん、無理ですよ・・・事態が収束するまでスマホも固定電話も、IP通信だって使えないんです」

 

 別段珍しいという風も見せない佐々木、駐車場を見れば確かに誰も慌てている様子はない。皆のんびりと雑談しつつ村役場の庁舎へと向かう。これを平和というのだろうか、確かに皆の表情は穏やかで、歩きながら井戸端会議もどきを和やかにしている女性の集団も見受けられる。

 

 既にB-52が飛び立ってしまった空を背景にしてのこの景色は、あまりに異常だった。

 

 これが佐々木の埋めようとしていた、埋まるはずのない『溝』。内地からきた我々に、その感覚が理解できるはずもない、ということか・・・岡沢は相当困惑している。そりゃそうだ、戦争なのかもしれないとしれっと言われてしかも彼ら(現地人)が平然としているのを見せつけられた日には、戦争とはなんなのか、再定義する必要が出てくるレベルの混乱を生む。それでも自分が冷静なのは、悲しいことに目の前の先輩が混乱している姿の方が『異常』に見えてしまったからだ。ここでの『常』とはこういうものなのである。そう飲み込むしかあるまい。

 理解できないし、理解しようとすること自体が偽善となることもある。

 

「でも安心してください、岡沢さん。まだ弾道ミサイルの発射はありませんし、少なくとも全面核戦争のような事態ではないですよ」

 

 そう言う佐々木は慰めのつもりだろうか、そういう問題じゃないと言いたくなるが、そういう問題なのかもしれない。確かに全面核戦争でなければこの身が焼かれるわけでもないし、遠い敵地から放射能物質が飛来するような事態もありえない。ここが世界屈指の規模を誇る難攻不落の要塞島であることを考えれば、むしろ自分は運が良かったのかもしれない。ここにはシェルターもあるだろうし、備蓄物資も潤沢にあることが予想される。

 

 ちょっとした広場に出る、あちこちに『〇〇地区』と書かれたプラカードが掲げられており、それぞれが自分の所へ向かっている。戦争が起きたかもしれないだと状況というのに誰ひとりとして大荷物を持つ者はいない、どこかで御握りとか持ってくればよかったねと聞こえ、思わずピクニックかとツッコミたくなる。ところで、部外者(自分ら)はどこへゆけばいいのだろうか。

 

『読谷村以外にお住まいの方はいらっしゃいましたら前の白いテントへ来てください』

 

 その問に答えるべくラッパ型のハンドマイクを持った村役場職員が歩き回る。なるほど前のテントか、行きましょうと言いながら先導する佐々木に続き二人は庁舎前のテントへ向かう。庁舎は沖縄らしさをアピールしようとしたのだろうか、少し赤茶けた外壁と特徴的な輪郭を誇っていた。

 

 

「県外の方ですか?」

 

「彼ら二人は県外、自分は名護です」

 

 テント――――といっても雨をしのげるだけの簡易なもの、仮設屋根と呼んだ方が正しいように思える――――に置かれた机で待っていた職員が素早く質問し、それに手早く佐々木が答える。まさに手馴れたやり取り。こういった避難訓練が沖縄(ここ)で行われているのは知っていたが、実際に慣れているのを見ると何とも言えない気分だ。まさに実践を訓練気分で、その言葉通り、言葉通りすぎる(・・・)雰囲気。もう岡沢は黙りっぱなしだ。

 

「では本籍地と氏名をお願いします。あ、身分証もお願いしますね」

 

 そう言って3枚の板と棒が差し出された。板の表面(おもてめん)は黒いシートのような質感で、棒はペンかと思いきやインクが出るはずの先端部が固い突起になっている。これはアレだ、黒いシートには砂磁石だか何かが使用してあって、そこをこの突起のところでなぞると文字が浮かび上がるやつだ。子供向けの何度でもラクガキできる玩具を想像してもらえればいい。子供向けのはずが、こんなところでも使われているとは。

 

 三人が本籍地と氏名を記入、運転免許証と共に提出する。それを見た職員は隣の端末にその情報を入力してゆく。なるほど、ここにいた人間をすべて把握しておきたいのだろう。それにしても、村役場(ここ)の端末が生きているということはやはりこの島の全通信網を軍が抑えているのは間違いなさそうだ。この調子だと、衛星通信も不通にされているに違いない。

 

「確認取れました。ご協力ありがとうございます」

 

「いえいえ、それで、自分らはどうなるんですか」

 

 職員は仕事だからともかく佐々木が標準語を崩さないのは自分らにも聴かせるためなのだろう。職員は一瞬だけ机に置いてある小さなメモ帳を確認し、それから避難用のバスが用意してあると告げる。どうやらまた駐車場に戻る必要があるようだ。

 

「ありがとうございます」

 

 それだけ言って離れる佐々木、だが、十メートルも行かないうちにつぶやき始めた。標準語だったから、つぶやきと言うより岡沢と自分へのメッセージだろう。

 

「おかしい、嘉手納ならシェルターがあるじゃないか・・・普通は避難させる必要なんてないはずだ・・・そもそもこの島で『何から』逃げるって言うんだ?」

 

「どういう事なんですか?」

 

 戸惑いと非難と、その他もろもろが混じった口調の岡沢。

 

「済まない、俺も混乱しているんだ。何に対して「どういうこと」か説明して欲しいんだ?」

 

 敬語が崩れているあたり、佐々木も戸惑いが隠せていない。岡沢も整理できていなかったようで、どれを聞こうか迷うような素振りを見せる。そうこうしているうちに駐車場に戻ってきた、ちょっと古い感じのするマイクロバスだ。入口に待機している職員に身分証を見せ、扉を開けてもらう。予想通りぷしゅうと年季の入った油圧シリンダーの音が聞こえ、扉が音を立てながら開く。

 バスの中には数名しか乗っていない。確かに観光客は普通南部に集中するし、今は観光シーズンなんかじゃない。そして自分らを連れていなければ佐々木は自宅がある名護まで向かっただろう。そういう点ではこの場に居合わせた読谷村以外の人間が少ないのは当たり前だ。

 

 手頃な椅子を探すが、手狭なマイクロバスで三人並んで座れるのは最後部だけだ。そこへ向かい、とりあえずは腰を落ち着けた。

 

 岡沢(せんぱい)が足をゆさゆさ揺らすが、そんな今に始まったことではない彼の癖はどうでもよかった。ともかく情報を整理しよう。

 

 

 

 

 

 沖縄が日米中に求められたのは、絶対に沈むことのない浮沈空母としての役割だ。さらには戦略原子力潜水艦としての役割も兼ねる。前者は嘉手納(ここ)に駐留している戦略爆撃機(B-52)であり、後者はここ周辺に格納してあるらしい大陸間弾道ミサイル(ICBM)――――積荷はもちろん、原子爆弾――――のことである。

 

 かつては沖縄を完全に隔離することができていたが、東西の融和に伴う規制緩和により沖縄に外国人観光客でも入れるようになった・・・のはいいのだが、観光資源の開発は一向に進まない。

 もちろん、軍部からの圧力が原因だ。何があろうと沖縄の要塞としての価値は変わらない。それが――――ことさら軍部の人間にとっては――――沖縄を定義するものでもあるのだから当然の話だった。

 

 しかし今はインターネットの普及で誰かにとって都合のいい情報だけがひとり歩きする時代。無政府主義者(アナーキスト)は必死で『オキナワ』という西側製の鉄カーテンに隠された真実を暴こうと様々な策を講じたし、沖縄県民たちの願いもあり徐々にだが本土と沖縄の差は縮まってきた。それでもまだ温度差はあるし、自分たちは沖縄でここまで極端に秩序ある情報統制、いや住民統制が行われているとは知らなかった。これだけ大規模な統制がこの時代において知れ渡らないはずがないし、政府も実態を把握、公表しているはずだ。でも自分らは知らなかった。詳しく知ろうとしなかった。世界は全く繋がっていない。繋がろうとしていない。

 

 

 

 

 そして今まさに行われているのは自分たちが自らの意思で知ろうとしなかった「住民統制」。有事の際に行うことで、情報が漏れるのを少しでも遅らせるのが狙いだろう。ネットの力は恐ろしい、どこかの武装勢力のボスが暗殺された時も、第一報はSNSの投稿だったのだ。

 

「有事の際の情報統制や住民の行動制限は条例にも定められていますし、統制を行った後に県議会は軍に対し保証を求めることができます。もちろんその保障内容に関しても規定に定めてあります・・・内地の方(あなたがた)はご存知ないでしょうが」

 

 続く沈黙に耐えられなくなったのか佐々木が語り始める。待機命令が出ているのだろう、マイクロバスはエンジンもかかっていない状態で止まったまま。椅子に座って待つ僅かな乗客も佐々木以外に口を開かず、妙に佐々木の声が耳に残る。

 

「お恥ずかしい限りです」

 

 岡沢の一言に感情がこもっていない、むしろ言葉とは真逆の感情がこもっているのは明白であった。佐々木もそれを察したに違いないが、それを気にする様子はやはり見せない。

 

「気にするような事ではありませんよ岡沢さん、私だって内地のことはほとんど知らない・・・話を戻しましょう。そして年に数回訓練も行われています。先程もお話したように我々にとってはそこまで珍しいことじゃない」

 

 だが、と続ける佐々木、誰もがこの状況に疑問を持っているわけではないようで、車内の最後部に座る自分らに向けて冷たい視線が注がれる。注ぐ相手は無知な内地人か、喋る現地人か。いずれにせよ、あまりいい雰囲気ではない。

 

 それでも佐々木は話しきってしまいたかったのだろう。そのまま続ける。

 

「だが、普段なら民間人の移送なんてやらないはずなんです。手間もかかるし、何より保証金の額が増える・・・那覇の状況を見ない限りはっきりしたことは言えませんが・・・おや、いよいよ物々しい雰囲気になってきましたね」

 

 外を見れば、こげ茶色の幌布をかぶせたトラックが数台駐車場(こちら)に入ってくる。見るからに自衛陸軍のトラックだ。一体何が始まるのだろうか。そう疑問に思っている間にあれよあれよとトラックから降り、方々へと駆けてゆく自衛官たち。ただ事ではないという雰囲気をようやく察したのか、岡沢(せんぱい)の貧乏揺すりが激しくなる。顔色も悪い。

 

 マイクロバス外で何か会話が聞こえる。自衛官と職員が話しているのだろうか。会話といっても短い自衛官の言葉にこれまた短く職員が応じるという一方的通行にしか思えない会話で終わり、即座にエンジンの起動音。ブルブルと車内も揺れ始めた。

 

「それでは、只今より北部へ移動します!」

 

 扉から入ってきた職員が叫ぶと同時に扉が閉まり、バスは素早く砂利の駐車場を進み始める。

 

 

 

 

 これまで何も知ろうとしてこなかったのだ。今何が起きているか知らなくとも、害はあるまい。そう思いながら窓の外に視線を投げる。

 

 開き直りは、バカみたいな南国の青空がもたらしたものだ。

 

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