模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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Setting and Rising sun of Okinawa,Permanently come(中編)

 名護市。本部(もとぶ)半島(沖縄本島北部の東シナ海側に突き出した半島だ)の付け根に位置し、東海岸と西海岸の両方に海岸線を持っている。市としては沖縄県の最北に位置し、人口はだいたい六万ほど。北部で最も大きい街と言ったほうが分かりやすいだろうか。

 

 そんな名護市の市営陸上競技場では、まさしく陸軍競技の真っ最中であった。伝令(ときょうそう)、予備自衛官の武装(かりものきょうそう)、そして華の弾入れ(たまいれ)・・・洒落にならないのでやめよう。

 

 ともかく、市営競技場は名護市防衛を担当する自衛陸軍西南方面軍第二十一旅団の指揮所となっていた。

グラウンドの真ん中には本土より緊急空輸されてきた多連装ロケットシステムが三両だけ置かれ、クレーンを使って次弾の装填・・・いや装着を急いでいる。大きな弾道を描くロケットは六発ひとつでパッケージされ、斉射したら新しいのに付け替えるだけで良い。その簡略化されたシステムが強みではあるのだが、いかんせん大きいので輸送が難しい。実際、このシステムがたったの三両しか運ばれてきていないのも、民間人の輸送に大量の輸送機を回されてしまったためであった。

 

 本土もしくは安全な島まで住民を運び、帰りに弾薬を積んで再び沖縄に戻ってくる。民間人の誘導というどう考えても時間のかかりそうなことをやらなず済むならどんなに効率がよくなる事だろうか!

 

「・・・旅団長、何か妙なこと考えていませんでしたか」

 

「まさか・・・ただ、せめて自走砲が配備されていればと思っていただけだよ」

 

 コーヒーを口に含む、いつもより苦い。

 

「沖縄が直接攻撃を受けるなんて誰も想定していませんからね・・・各戦線も火力不足で嘆いていますよ」

 

 地図とコーヒーの黒さを見比べる。机に広げられた地図は放棄した拠点に黒色のピンが刺されており、奴らがどこまで浸透してきているのかはっきり分かるようになっている。状況は芳しくないのがよく分かる。

 横から平坦な声が聞こえてくる。通信機に張り付いた通信兵のものだ。冷静を保っているわけではなく、『確実に間違いなく連絡をとらねば戦線が崩れる』からそうしているだけだ。彼らも内心は相当焦っているに違いない。

 唐突に仕掛けられた『謎の戦闘』は我が軍の不利で延々と続いている。敵は無限大にわき、南部では部隊の消耗が激しい。部隊の消耗激しければ弾薬も足りないようで、普天間基地放棄の連絡以後は、市街地でのゲリラ戦を展開しているようだ。今はまだ部隊の統制がとれているようだが、いつまで組織的反撃が続けられるか怪しい。主力を南部に移送してしまった今、南部には一分でも長く持ちこたえてもらわねばならないだろう。

 

 たった一分。だがその一分で、数百名が救われる。陸海軍はそれだけ大規模な総動員の避難活動を行っていた。

 

 ・・・陸海軍は。

 

「・・・支援もなし、航空偵察もなし、避難活動もなし・・・空軍めぇ!」

 

 八つ当たりされたコーヒーカップがぽそりとテントの壁に当たり、防水加工の布で作られた壁が揺れることで衝撃を受け流す。中身はさっき飲み干したからいいとして、部隊長がこんな苛立った姿を見せるのは良くない。士気に関わる。

 だからこそ、自分の副官など数名の部下しかいない指揮所の中(ここ)でつい感情を表に出してしまった訳なのだが、ストレスを感じているのは彼らも同じなのだ。そう思い直し、ひとまず謝罪する。

 

 だがそれが何かを解決することにはならない。人間関係が壊れなくとも、身体が壊れれば人生それまで。ともかく今は、数時間後には崩壊するに違いない北部の防衛線をどうやって守るか・・・いや守れるはずがない。防衛線が存在するのは敵が仕掛けてこないから。一度仕掛けられれば、防衛線は選手を迎えるゴールテープのように崩れてしまい、その後孤立した部隊から順に各個撃破されてしまう。考えなければならないのは、いかにして各個撃破を避けるか、だが住民を安全に避難させることを考えると、闘牛士のようにさらりと攻撃を受け流すわけにもいかない。観客は安全な所どころか、その赤い布の真後ろに控えているのだ。

 

 机の上の地図を再び見る、奴らが上陸してきたのは黒いピンで埋め尽くされた本島中部、ここから南下し沖縄市の防衛線を突き崩した。仮に沖縄市での抵抗が今終了したとして、那覇陥落まで早くて一、二時間、名護周辺に戻ってくるまで・・・そこまで考えたところでテントの壁が崩れた。入ってくる一人の兵士、隣のテントにいるはずの通信兵だ。彼が来たということは、それすなわち悪い知らせ。テント内の者は思わず身構えた。

 

「報告!金武湾沿いに敵浸透!勝連の工兵が自動車道を封鎖し、現在防戦中であります!」

 

 ついに来たか、金武湾といえば東海岸側、つまり奴らが上陸してきたのと反対の海岸線だ。沖縄自動車道を移動ルートに使われれば、名護まで長い時間はかからない。

 

 一刻も早く住民を避難させねば、その思いに応えるように、多連装ロケットシステムが攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しばかり遡る。

 

 

 読谷を出発した岡沢たちの乗るマイクロバスは、沖縄自動車道をのんびりと進んでいた。急ぐ必要はあるのかもしれないが、あまり急ぐと前の車にぶつかってしまう。

 

 沖縄自動車道。いくつかに分かれていた自動車道を統合し、2006年にこの県唯一の有料道路となった。片側二車線とされているが、内地の二車線の高速道路よりも広々としている気がする。限りなく黒に近い灰色のコンクリートに引かれた白線の白さのコントラスト、道路の両肩に鎮座する手つかずの緑、青い空と連携し、遠めに見える海の援護射撃で絵葉書をそのまま持ってきたかのような風景を作り出す。

 

 それだけならただの観光地なのだが、それだけなら自分たちが半ば強制的に避難させられていることの説明がつかない。対向車線をぞろぞろと進んでゆくのは八つのタイヤをつけて戦車みたいな大砲を載っけた装甲車。76式機動戦闘車、歩兵直掩を行う目的で2016年に開発された、自衛陸軍の最新鋭戦闘車である。即応性を求められたその車両は一般道で100km/hという戦車では考えられない速度を叩き出す。向かうのはやはり那覇だろうか?

 

「・・・ふざんけんなよ・・・戦車まで出てきてるじゃねぇか・・・なんでこんな時に・・・」

 

 さっきからブツブツとうるさい岡沢先輩。誰も「あれは戦車じゃない」と突っ込む事はせず、エンジン音だけが響くマイクロバスは自動車道を北へと走ってゆく。何もすることがない、かと言って知り合ってから数時間の佐々木とこんな状況下で雑談する気になれるはずもなく、視線の逃れ先を窓の外に求めるが、外には対向車線の装輪車両とトラックが敷き詰められたかのようなギリギリの車間距離で走ってゆくだけの風景。こちらの車線は対向車線よりずっと密度が低いはずなのに、やや渋滞気味である。官民の差がこんなふうに出るとは。

 空を見れば数機で編隊を組み飛んでゆくヘリ、塗装からして民間機ではない。かなりの高度をとっているのだろう、パラパラと小さな羽音だけが聞こえる。このバスに乗り合わせている人たちは、これらの音をどのように捉えているのだろうか。それはこの島で生まれ育たないと分からないに違いない。自分はこの光景に異常を感じる、だが彼らは異常を感じてすらいないのかもしれない。もともと軍隊優先の島なのだ。きっと高速道路の車線が広いように感じたのも、感じたのではなく本当に広いに違いない。もちろん、陸軍でしか使わないような大型車両でも悠々と通れるように。

 

 標識に書かれた『許田』の二文字、沖縄自動車道が終わること、まもなく名護に着くことを示していた。

 

 

 

 

 高速道路を降りバスは一般道――――標識によれば国道58号線――――に入る。海岸沿いを走り出したため自然と視線は海側へ向き、それと同時にこれから何処へ行くのだろうか、という疑問がようやく起き上がってきた。

 するとそれに応えるかのように窓から海が見えなくなり、代わりに川――――いや入江だろうか――――が現れる。ともかくバスが海へ背を向け、内陸部へ向けて走りだしたのだ。自分が座っているのは後部座席なので海が見たければ後ろを振り返ればいいのだが、そういう問題じゃない。今バスが曲がったことにより国道58号線から外れてしまったのだ。一体どこへ向かうのか、走っている方向を考えるともと来た方へ戻ってしまう。というか自分たちは「北部に移動する」と言われたのだ。北部へ行きたければ海沿いを北上するのが一番いいに決まっている。そのまま走り続けるかと思われたバスはしかし唐突に曲がる、そして広がる駐車場、看板を見る限りゴルフ場、そんな馬鹿な。

 

 しかしバスは軍の人間やその家族向けに開発されたに違いないゴルフ場に入る。広いくせに駐車場には軍の車両と慌てて張られたに違いない仮設テント、そして自分たちと同じように避難してきた住民を運んできたバスしかおらず、まるで休業中の施設を軍が借りたような雰囲気だった。もしもこのゴルフ場の利用客ばかりなら説明はつく、非常召集がかけられているに違いないのだから。

 

 現実は小説よりなんとやら、バスが止まり、降りるとゴルフ場内に移動するよう指示される。毎日係りの人が神経をすり減らしながら調整しているに違いないであろうゴルフ場にそう簡単に人を入れていいものだろうか?周りの人々も、ようやく今回の異常性――――彼らにとってしてみれば『今回は異常』なのだろうが――――に気づき始めたようだ。しかしそれでも、まだ人々の表情から切羽詰った空気は感じられなかった。

 ・・・いや違う、さっきまで自分は誤解していたことに今気づいた。彼らは平和ボケしているのではない、何が起きても驚かない、といった構えを見せるかのような姿勢をとっているのだ。そう考えながら彼らを見てみると、むしろ追い詰められて何もできず、開き直っているような姿勢にも見える。物事を測る基準を変えると全て違ったものに見えるというのはよく聞く話だが、この島にも様々な見方があるのかもしれない。そんなことを考えつつ、自分も平然とグリーンを靴で踏み荒らしてゆく。追い詰められて何もできないのは自分も同じだ。

 

 既にゴルフ場内には多くの人が集まっており、各々思い思いの姿勢で過ごしている。もしも彼らを普通の避難所に入れた日には人でごった返したに違いないが、ゴルフ場は広かった。あたりを見回していると、佐々木が感慨深げに呟いた。マイクロバスを降りた今、佐々木といる理由はなかったが、別れる理由もないので気にすることなく一緒に行動していた、ということに気づく。

 

「それにしても・・・ゴルフ場にまさか土足で踏み込む日が来るとは・・・」

 

「これって本当に大丈夫なんですか?」

 

 岡沢が心底心配そうに佐々木に問う、問うというより詰め寄る。佐々木は大丈夫でしょうと答えたが、答えるまでに数瞬の間があったあたり、彼も確信は持っていないようだ。

 

「普通に考えればゴルフ場にここまで大勢の人が押しかけるということはありえません。ですがこれは軍の指示で秩序だって行われている。そしてほら」

 

 佐々木が顔をあさっての方向へ向ける、釣られて自分と岡沢は顔をそちらに向け、空に浮かぶ点を見つけた。さっきまで喧騒に紛れて聞こえなかった羽音が近づいてくる。

 

「ゴルフ場(こんなところ)に集められたのは恐らく空から我々を避難させるためのものでしょう。現にああやってヘリが飛んできている。軍はキチンと情報を把握して、住民の避難を進めている・・・少なくとも避難場所を求めてたらい回しにされるよりはマシでしょう」

 

 佐々木の岡沢に説明するというより自身に言い聞かせるような口調。周りの人々もそう思っているのだろうか?いよいよ羽音がうるさくなり、機影が大きく視界に映る。茶色を基調とした迷彩色の細長い胴体に二つの円盤、お互いに干渉しないよう前後の高さを調整されたそれらは、胴体を支える力を生み出す。タンデムローター機、CH-47Jである。前部ローターを左回り、後部ローターを右回りに回転させることでヘリ特有の回転トルクを打ち消しているそれは、バタバタと周りの木々を揺らしながら、恐らく隣のコースへ着陸する。そこにはきっと仮設ヘリポートが作らているのだろう。

 

 このように待っていればいつか自分たちもあのヘリに乗ることができるに違いない・・・だが、あれらはどこへ向かうのだろうか。そんな疑問を持つ者がいるのではないかと周りを見回すが、考えてみれば聞いたところで分かるはずがない。どこかの島へ移送されるのは間違いなさそうだが、その情報をもし敵の間者に知られたら大変なことになってしまう。海上に自衛海軍の強襲揚陸艦か空母が待機していて、そこへ向かうのなら、なおさらそのことは教えてもらえないだろう。

 ぼんやりとヘリが飛び立ち、また小さな点になるまで眺めていると、佐々木が不意に口を開いた。

 

 

「なにはともかく、ヘリで迎えが来るのなら、今は来るべき移動の時に備えましょう」

 

 なるほど、それもそうだ。周りがそうしているように自分たちも座る。フェアウェイに座るなんて非常識なまね、人生に一度でも体験できる人が一体どれほどいるだろうか。ちょっとした優越感で心を安らかにしようとしたその時、

 

 

 

――――遠くから何かの破裂音が立て続けに聞こえてきた。

 

 

 

 慌てて周りを見渡す。それに気づいた様子の者はいない。破裂音、何の音だ。まさかとは思うがまさかなのか?先ほど沖縄自動車道を通っていた機動戦闘車の車列を思い出し、冷や汗が流れ出る。それを常識が否定する、いやいや、沖縄で敵の上陸を受けるなど・・・だが、そんな「ありえない」ことが起きているからこそ、自分はこうしてゴルフ場のフェアウェイに座っているのではないか?まるで肯定するかのように戦闘ヘリが頭上を通過した。それも低空かつ高速で。

 

 この予感を誰かと共有し、少しでも不安を和らげたい。だが岡沢(せんぱい)に相談する気には到底なれないし、既に不安定な彼がこれ以上悪化するようなことがあっては困る。となると相談できる相手はもう一人しかいない訳で、佐々木の方に寄り、岡沢に悟られぬように小声で話しかける。

 

「すみません、今遠くで破裂音が聞こえませんでしたか?」

 

「あんたは上司さんと違って耳がいいね、ありゃ恐らく・・・というか間違いなく戦闘行為(ドンパチ)やってる音ですよ」

 

 そう低い声で答える佐々木の眼はどこかを見ている。どこを見ているかは知らないが、少なくとも落ち着いているのだろう。

 

「とはいえ、俺たちにどうこうできる問題じゃない、自衛軍と米軍、あとSEATO加盟国(中国とか)に期待しよう」

 

内地人(あんたら)はともかく、こっちは散々負担を強いられてきたんだからな。その呟きはただ心が漏れたのか、それとも自分に対し明確に向けられたものなのか。分からなかったが、ともかく会話はそれで終わってしまった。

 

 そうこうしている間にもヘリは次々と着陸してゆく、気づけばかなりの数のヘリがこの輸送任務に従事しているようで、ひっきりなしに何機ものヘリが離着陸を繰り返す。大型の輸送ヘリ以外にどう見ても哨戒ヘリな――――よく見ると『日本国自衛海軍』と書かれている――――白塗りの中型ヘリも飛んでいるあたり、自衛軍の方も全力で避難活動を手伝ってくれているのだろう。時たまハンドマイクで自衛官が周りに呼び掛け、仮設ヘリポート周辺へ移動するよう呼びかけている。

 

 とはいえ所詮はヘリの輸送力、たかが知れている。自分らは駐車場から最も近いコースということもあり周りの人の数が減る様子はあまりない。いつからか新しくバスが到着する様子はなくなったので、今後は減る一方なのだろうが・・・なんだか大きくなったような気がする破裂音に不安は募るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに破裂音は徐々に大きくなってきていた。空を何かのミサイルが多数――――恐らくは多連装ロケットシステムの斉射と思われる、沖縄には配備されていないはずだが・・・まさかこの短い時間に持ち込んだというのだろうか――――飛翔していったことはあったが、敵がそこまで迫っているという感じはなかった。内地からきた自分ですらそう思っていたのだから周りの住民も同じだったことだろう。

 

 始まりは唐突であった。指揮所がいきなり騒がしくなったというわけでもなく、それ以前に住民をバスに乗せてどこかへ移送しようとする気配もなかった。

 

「?!」

 

 海岸からの風の影響をなるべく減らし、ゴルフコースを仕切る役目もになっている木々の向こうに赤い煙弾が上がる。それを見た自衛官たちが慌てた様子で動き出す。それぞれ構えていた小銃の白いテープが巻かれた弾倉――――撃っても弾の飛ばない空砲であることの証だ――――を取り外し、別の弾倉――――こちらは実弾に違いない――――を装着する。着陸しようとしていたヘリが高度を取った。

 そして吹かれる笛、耳を突く甲高い音が鼓膜に響き、何か問題が発生したことをその場にいた全ての人間に伝える。元からそのような段取りになっていたのだろう、その場に居合わせた全ての国家公務員、地方公務員が笛を吹き、あたりはにわかに騒然となった。

 

 木が倒れる。綺麗に整えられたゴルフコースだからこそ木が倒れても砂塵が舞い上がるようなことはなく、木を倒した張本人の姿がはっきりと晒された。さっきまでのんびりと空を眺めていた岡沢が起き上がる。

 

「なんだ・・・あれ」

 

 

 

 

 姿が見えるものは超えられるものだ。だから自分は、あれを何か言葉として形容する気はさらさらない。

 

 これだけ距離が離れていても感じる圧倒的な体格差。周りの人々が動くのがわかる、何故だか声が聞こえないが何を言おうとしているのかは分かる。針でつつく様な連続音が小銃の奏でる音と気づいた時、初めて逃げようという意志が生まれたが、脳は信号を送ろうとしない。

 

 体が後ろに下がり始めた、ようやく神経系が仕事をしたのかと思うが、すぐにそれが自分を押しのけ逃げる人々によるものだと気づく。

 

 見ると岡沢も同じように座ったままであった。他にも突っ立ったままの住民が何人かいる。動けないのはお互い様というわけか。

 

 『それ』はゴルフ場の綺麗な芝を地面ごと抉りながら迫ってくる。黒い胴体から取って付けたみたいに生えた白い足で走ってくる。4足歩行のやり方を無理矢理2つだけの足で実践、体重を支え、加速しながらこちらへと走ってくる。・・・もはや走っているという言い方は似合わない。二つの足をとにかく交互に前に繰り出し、その巨体にかかる重力加速度をそのまま水平方向の加速度に変えるかのような進み方。安定するはずもなく、自分らの数十メートル手前でバランスを崩した。逃げるチャンスだとばかりに立ちすくんでいた自分以外の住民が駆け出す。

 

 それなのに、自分の足は歩く試みすら受け付けない、この世に生まれて早二十五年、自分は常に2足歩行で人生を歩んできたのではなかったのか。

 

 動き出したのは岡沢先輩の方が早かった。今のうちに行くぞと自分の肩を叩く。

 

 

 ――――どさっ

 

 

 音としてはこれだけだったはずだ。

 

 視界に映ったのもそれだけだったはずだ。

 

 目の前に落ちたのは49式小銃、それを抱えていた迷彩服。外傷はなし。

 

 では、なぜそれが落ちてきた?飛んできたというのか?

 

 悲鳴が聞こえてきた。聴覚がマトモになってきた・・・というわけではなさそうだ。悲鳴が四方八方から聞こえてくるなんてありえないし、反響するにはゴルフ場という開けた空間は不向きのはず。しかし幻聴と解釈するにはあまりにリアリティのある音源。

 

 そして先ほど自分たちを押しのけていった住民たちが駐車場から戻ってくる。

 

 つまりそういうことだ。囲まれた。自分たちを囲みに来たのか数体のやつらがこちらへよたよたと迫ってくる。

 

 岡沢が必死に仏から小銃を奪い取ろうとしているのが見える。対人ですら威力不足を指摘されてきた5.56mmSEATO弾で何ができるというのだろうか。

 

 それでも岡沢は必死に小銃を奪おうとする。死後硬直のためか指が引っ掛ってとれない。それが彼を焦らせ、そしていつものように悪態を吐かせていた。

 

 なぜだろうか、自分はまだ意識を保っている。こうして、一瞬で過去の景色になったはずの先輩の悪態をまた聞いている。

 

 そう言えば、奴らが仕掛けてこない。どういうことだろうか。生存とは関係ない疑問が初めて首を持ち上げ、遂に体を動かした。瞬間、後悔することになる。

 

 

 丸呑みというのは決して間違ったことではない。実際一部の動物は自分の牙を狩りにしか使わないものもいる。ヒトが何でもかんでも丸呑みにしていたら間違いなく消化不良を起こすだろうが。

 

 

 だから、これは、自然の摂理。

 

 納得できない理由はない。

 

 それにも関わらず、胸に突き上げてきたのは胃酸特有のむせ返るような刺激臭。手で口を抑えるも杞憂に終わる。

 

 取り残された十数名の住民、それを囲む数体の異形。その輪の中で一体の異形が選別するかのように見回しては、老若男女問わず丸呑みにしてゆくのだ、一人ずつ。生態系のピラミッドから外れたはずの人類が、捕食されている。

どう考えても生命の危機であり、沖縄そばを吐いていられるような状況じゃない。

 

 胃酸の臭いを危険信号と感知したのか、それとも先程までの自分が現実逃避をしていたのか。四肢の自由が利くようになっていることに気づく。

 

 だが今から何を為すというのだ。既に退路断たれ、不用意な動きを見せればどんな仕打ちを受けるか分からぬ。

 

 そんな中岡沢が悪態をつかなくなった。ついに岡沢は小銃を手に取った。瞬時に構えて発砲・・・出来ない。

 

「先輩!安全装置!」

 

 咄嗟に叫べたのは義務感のおかげか、それともただの反射か。どちらでも構うまい。

 

 再び響く針をつつくような小銃の音、距離が近いのにも関わらず命中弾は始めの数発、銃撃の反動を殺すという発想がなかった岡沢が仰け反ってしまったのだ。しかし当たった数発も、奴らの何で出来ているとも知れない表皮にぶつかっただけで、効果があったようには思えない。

 

 自分は意味のない反撃の手助けをした。奴らの視線がこちらへ向くのが嫌でも分かる。次の瞬間には自分も岡沢(せんぱい)も奴らの腹の中へ飲み込まれてしまうに違いない。

 

 いや、自分たちは抵抗したのだから先ほどの自衛官と同じ運命を辿るのかもしれない。

 

 奴らの視線に射抜かれ、もはや抵抗の術なし、殺すならひと思いに殺せ。

 

 その方が、まだ救いがある。だから、

 

 殺すなら、ひと思いに殺せ。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間のこと、これまでこの島で体験したこと、自分が内地に戻れたなら、きっと同窓会の話のタネにしよう。

 

 

 

 

 音が響いた。決して重たい音ではない。ちょうどエアータッカーが圧縮空気を利用して針を押し出すような、そんな音。数えることも出来ないような速さで続けて響く。

 

 目の前に迫っていた奴がハンマーに打たれたように傾く、それを支えきれるはずもなく、倒れる巨体。

 

続いて地を揺らす音、奴らのような不規則なうるさい連続音ではなく、不整地を走ることに執念を燃やす金属部品同士が擦れ合う音。

 

 

 ゴルフ場の芝――――しつこいかも知れないが係りの人が神経をすり減らして毎日調整しているものだ――――を踏みつけながら現れた無限軌道(キャタピラ)、戦車のような車体、乗せられた砲塔は戦車のそれと比べれば小さく、それでもそこから吐き出される90口径を誇るエリコン社製35mm機関砲は奴らを次々なぎ倒す。

 

 

 49式歩兵戦闘車、日本初の歩兵戦闘車(IFV)である。満州の奥地で50式戦車と共に運用されることを目的として開発された。後継戦闘車の実戦配備により置き換えが進み、既に最前線(満州)からはいなくなったと聞いていたが、まさかこんなところに現れるとは。

 

 

 この場に現れたのは合計で三両、自分らと奴らの間に割って入り、通り過ぎるのかと思われたところで不意に止まる。三両で装填の隙をカバーし合っているのだろう、機関砲の射撃音が止むことはなく、後部に取り付けられた観音開きのハッチが開いた。飛び降りてきたのは僅か三名、この車両の兵員室には六人分のシートがあるらしいが・・・。そう思ったところですぐ納得した。彼らがここへ来た理由を考えてみればすぐ分かったことだった。

 

「早く乗ってください!早く!」

 

 残りの二両からも同じように自衛官が飛び出し、要救助者を保護してゆく、自分と岡沢も兵員室に入れられ、ハッチが閉じられる。

入った時には足元がブルブル震えている程度だったエンジン音がシートに座ると同時にモーターを思わせる駆動音が響き、外を見なくとも走り始めたのがわかる。ひとまず名護まで避難すると告げられる。返事をする者はいなかった。

 

 室内を照らす明かりをぼんやりと眺めつつ、自分はシートに体重を押し付ける。

 

 

 

 

 そう言えば、佐々木はどこへ行ったのだろうか。そんなことに気づいたのは、既に名護市街へ到着したころだった。

 

 

 誰も気づかぬ間に、日は沈もうとしている。

 

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