模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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Setting and Rising sun of Okinawa,Permanently come(後編)

 光を反射すれば綺麗な階級章、娘の卒業式に出るためにわざわざクリーニングを頼んだ制服(制服で卒業式に出ると話したら家族全員に反対されたので、結局無駄に終わったが)。

 それに似つかわない埃まみれの塹壕。陽も沈んで、いやそもそもここは旧軍時代の防空壕。光も差し込まなければ、そこに逃げ込んだ司令部要員を照らすのは古そうな白熱電球。LEDでないものは久々に見た。一体いつの代物だろうか?

 戦況報告は芳しくない。中部で自然洞窟(ガマ)に潜っての徹底抗戦を宣言した第二十四師団からその後の連絡はなく。既に首里城周辺も失った。南部へ追い込まれた避難民はおそらく十万を下らないだろうが、正直限界であった。部下たちにはここまでよくやったと言ってやりたい。しかしそんな些細な願いも、生き残らねばできないことだった。

 

「市民の状況は?」

 

 彼の部下が答える。極めて端的に。

 

「南部は大混乱です。一部で避難民が暴れているという報告もありますが、それを確認することすら叶わないのが現状です」

 

「北部は?」

 

「中部からの避難民と無理矢理な脱出で、相当な混乱が生じているようです」

 

 先程の情報はまだ漏れていないようですが・・・と一応付け加える部下・・・先ほどの情報、それは僅か数十分で慌てて立案したツギハギだらけの避難計画を根底から覆しかねないものだった。いや、犠牲者の数という点では覆されることはない。だがそれを知った民衆が混乱、もしも暴動なんて事態に発展すれば、計画は覆される。

 

「憲兵隊はちゃんと機能しているんだろうな?何かあったら大混乱を生みかねないぞ」

 

「司令、滅多なことを仰らないでください。武装蜂起(そんなこと)が起きるわけ無いです」

 

 たしなめるように言う部下、しかし沖縄諸島に展開する全軍を指揮する彼はどうかな、と続ける。

 

「今、沖縄の支配者は変わろうとしている。我々から奴らにだ。県民は我が軍のことをどう思っていると思う?」

 

「なぜそんなことを仰るのです・・・?」

 

 司令は笑った。

 

「少しでも多くの市民を救うため、私に考えがある、からだよ」

 

 想定外の事態が続く中、司令は正しい判断をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間の全てが数値で表現できるのであればの話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名護市内で軽機動装甲車に乗り換える。名護市内に入るときは人が集中しているように見えたが、どうもあれは島から脱出する船が出港するため、名護漁港に人が集まっているかららしい。自分たちが待機させられていた許田ゴルフクラブでの統率の取れ具合と比べると随分秩序を失っていたように見受けられたが、それはつまり状況が芳しくないということなのだろう。

だが、なぜ自分たちは名護漁港に行かされなかったのだろうか。別段重要でもない疑問が車窓に映る街灯のように流れてゆく。

 

 軽機動装甲車は49式歩兵戦闘車と違い、迷彩色じゃなければ一瞬普通の自動車と見間違う人がいるかもしれない形状をしている、最大の違いは窓の小ささだろうか。軽と付くだけあって、装甲はイマイチなのだが、今は装甲なんかより速度が重要であった。

 前部座席に自衛官二人、後部座席に自分と岡沢(せんぱい)を乗せ、車体上部のターレットハッチに載せられた機関銃にもう一人自衛官が張り付いて計五名。異様なほど静かな名護市街を疾走していく。沖縄本島の西海岸、つまり東シナ海側を通る国道58号線をこのまま北上するのかと思いきや、途中で道を逸れた。県道14号線。山道を突っ切るのか・・・?その疑問に応えるように、前部座席の自衛官が口を開く。

 

「まだ東村での避難活動は続いています。ひとまずそこまで移動します」

 

「今度こそ大丈夫なんでしょうね?!」

 

 全部座席に食らいつくような勢いで身を乗り出したのは岡沢だった。彼の気持ちは分かるし、自分も彼がいなければ彼と同じ発言をしていたに違いない。嘘でもいいから安心させて欲しかった。

 

「正直、分からないです」

 

 県道14号線には街灯がない。そして軽機動装甲車も発見されるのを避けるため――――あの化け物たちがどのようにして自分らを識別しているのかは分からないが、対策しておくに越したことはないだろう――――カーライトを点灯させていない。星空がチカチカと輝き地上は余計に黒く染められる。そんな中、歩兵戦闘車よりはずっと静かなエンジン音が軽やかに鳴り続ける。

 

「なんだよそれ・・・」

 

 岡沢のうめき声に似た声、なんで俺がこんな目に、と続けないあたり、彼も状況だけは理解しているようだ。

 

 うめき声が聞こえなくなると沈黙が時速60キロほどで流れてゆくだけの時間、空の星を見るつもりにもなれず。ついつい話題を探してしまう。

 

「あの、名護市の避難活動って・・・東村に移送したりはしないんですか・・・」

 

 一瞬、ほんの一瞬、先程から応対してくれた前部助手席に座る自衛官と運転席に座る暗視装置を装着した自衛官の肩が凍った。しかしそれはすぐに溶けて、暗視装置を装着した自衛官が初めて口を開く。助手席はコメントを避けるかのように黙ったまま。

 

「それは軍機に関わるので、申し上げられません」

 

「・・・そう、ですか・・・」

 

 さっきよりも重くなった沈黙を保ちつつ軽機動装甲車は進んでゆく、何度目かの緩やかなカーブを曲がったとき、不意に車が止まった。何事か尋ねようとしたのだろう、岡沢が身を乗り出すと手が伸びて動きを制される、それから一言。

 

 

 

「落ち着いて聞いてください・・・奴らです」

 

「!!」

 

 暗闇でも岡沢が目を見開いたのが分かる、星空で僅かに照らされるおかげで岡沢の横顔が真っ黒な彫刻のように浮かび上がっているが、それを見る限り口をあんぐりと開けている、といった感じか。

 そんな岡沢に構うことなく軽機動装甲車はゆっくりとバック。無線機を助手席が取った。無線機に所属やらを叩き込み、相手からの返事を待つ。返信は至極単純で、引き返すことは出来ないというものだったようだ。彼は助手席からこちらを振り返り、声を出した。その内容は自分に向けられたものと見て間違いあるまい。

 

「名護の方から避難民の車列が向かってきています、自分らが障害を排除します」

 

「名護市の方は船で脱出するんじゃないんですか?」

 

 素早く聞き返すが、それを聞いた彼は表情を暗くするのみ、

 

「・・・どうやら・・・状況が変わったようです」

 

 

 彼の目に宿る暗闇、実際には彼の目なんて暗くて見えないのだから暗い雰囲気と表現すべきだろうか。ともかく、そこに感じるのは佐々木が終始宿していたに違いない暗さ。

 

 状況が変わったってなんだ、さっきまでは誰も名護市から避難させないつもりだったのか?なら自分たちは何故東村に向かっていた?特別(内地人)扱いということか、また自分たちには分からない、内地の人間には理解できない事象なのか。それほどのものが沖縄(この地)を支配しているというのか?

 

 そんな疑問が相手に伝わるはずもなく、自衛官どうしの事務連絡が始まる。

 

「聞いたな、俺らが倒す、お前は合図を送り次第制圧射撃、敵の注意を引きつけろ」

 

 そう言うやいなや助手席と運転席が空く、エンジンが切られ、奴のズシンズシンと響く音が聞こえてくる。まだ遠い。それに対抗するようにカチャカチャと二人の自衛官が自身の装備を弄っている。車体上部のハッチターレットに残されたもう一人は機関銃に銃弾を込め始める。聞くのは無駄だと分かっていたが、聞いてしまった。ただ、自分の安心を手に入れるために。

 

「戦えるんですか」

 

 自衛官は誇らしげに小銃を掲げる。暗くて細部は見えないが、星の灯りを弾き返して鈍く光る先端の「それ」だけは確認できた。

 

「ご安心を、伊達に自衛軍やってませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言ったものの、第二十一旅団第二歩兵連隊所属の登坂上等兵は全くもって自信がなかった。というかそれは当たり前のことだろう。部下と軽機動装甲車(ラヴ)を離れ、音を立てぬよう進む。奴らの体格は高さが2m以上、長さはよく分からないがともかく側面からの攻撃には弱い、らしい。隊列を組まれれば勝つことは不可能だが、一体や二体であれば・・・どうだろうか。

 何はともかく、奴らの弱点が足であることは間違いなかった。人類が二足歩行を獲得するのに一体何年かかっただろうか。その答えを知る者はいないし、仮に神がいてもそれに要した時間を数えたりはしないだろう・・・いや、神がいるのなら人間は初めから完成品ということになってしまうので、この喩えは成立しないか。

 

『自分が斬り込みます、登坂さんは援護を』

 

 耳に添えられたイヤホンから小さく漏れ出す音、声の発信源は草木の暗陰に隠れて見えない。胸に取り付けられたマイクのスイッチを入れ、感度のいいマイクがギリギリ捉えてくれるよう小さく伝える。

 

「お前はそこで待機だ、俺が初めに行く」

 

『了解です』

 

 反論は聞こえない。銃剣術の成績では登坂の方が劣る。だがそれがいいのだ。初めは奇襲攻撃、相手は自分の足音でこちらに気づくことはないはず。

 

・・・それ以前に相手は人ではない。銃剣術は知っての通り槍術を基にして作られたもので、何をもってしても対人戦闘しか想定していない。というより、人以外に銃剣術を振るう機会などあるだろうか。銃があるのなら野生動物にはそれで対抗すればよい。確かに銃剣は万能というイメージがあるが、それは全くの誤解。そもそも銃剣をつけて撃つと精度は落ちるし、それに加えて銃剣で敵兵を刺した日には銃身が歪んで射撃精度はもちろん、暴発につながる恐れもある。

 

 ともかく奴らにどんな攻撃が効くかなんて知れたことじゃない。

 

 奴らに刃を突き立てたところで、一体何の効果が見込めるのだろうか。

 

 

 だが、それは逃げる理由にならない。むしろ逃げれば、海岸線から迫る万の奴らと対峙せねばならなくなるのだ。

 

「(それに、ここで逃げれば男が廃るってやつな・・・)」

 

 登坂は誰にも気づかれずにニヤリと口角を釣り上げる。奴らと白兵戦を演じたなんて、どれほどの自慢になるだろうか。これはバラエティ3番組は堅い。

 

 それに応えるようにイヤホンが鳴った。

『航空支援着ます、あと一五〇!』

 

 この報告に登坂は確信する、バラエティ枠はもらった。自身の愛銃、その機関部を触る、暗くて見えないがそこには「ア(安全)タ(単射)レ(連射)三(3点バースト)」の四文字、願掛けのようにも見えるふざけた文字列を撫でる。願掛けするように。

スイッチはもちろん「レ(連射)」だ。

 

 

 

 ――――どしん、どしん

 

 

 ――――どしん、

 

 

 ――――ど

 

 登坂は叫びなどしない。叫ぶために口を開ければ、歯を食いしばれなくなってしまう。歯を食いしばることで力がより効率的に出せることは、科学的にも証明されている。

 

 ならば、精神的満足を得るだけの雄叫びなんかより、全力で振り出す刃の方がいいだろう。

 

 奴が登坂の前を通り過ぎる寸前、彼は茂みから半身を出し、舗装された道路に右足を押し付ける。そこを起点に小銃を振りかざす、歪めた体が元に戻ろうとするバネのように働き、右手と胸で銃床を支え、支点にする。そして振り下ろされた左腕、ヒトと人でない物が交差し、その瞬間に全ての動きが止まった気もした。手に感じるのは押し返すような強い圧力、言い換えるなら確かな手応え。

 

 視界の横で星空に照らされて鈍く光るのは奴のどす黒い光沢のある表皮、そんな胴体から無理矢理ひねり出した足はやはり脆弱で、簡単に刃が通ったのだ。しかし流石に全長5mはありそうな巨体を支えるだけのことはある。刃が通るといっても太ければ勢いも途中で失われる。登坂は引き抜きつつ引き金も引く。彼にとっては心地よいリズムを奏でる愛銃、発砲炎は奴の足にめり込んで見えない。しかし、すぐに闇夜をその小さな火薬の雄叫びが照らすことになる。銃が抜けたのだ。そのまま30発、全て叩き込む、5.56mmSEATO弾は好きかい?相手はそれに叫びで応える。人でないものの叫びが県道14号線の通る谷に響く。

 

 そんなやりとりが瞬時に行われ、体制を崩す奴――――そのまま倒れるかと思えば、瞬時に回転してその口をこちらへ向ける。残された片方の足で転倒を避け、そのまま運動エネルギーをこちらへの殺意へと変えたのだ。咄嗟に飛び退くも、奴は明後日の方向へ倒れてしまう。

 

『登坂さん、名采配でしたね』

 

 イヤホンは自慢げに笑う、逆の脇に控えていた部下がやってくれたのだ。

 

 

 誰かがこの場を記憶していたなら、後にこう言うだろう――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――もし駆逐イ級前期型のような、二足歩行に不慣れな怪物が相手でなければ、登坂上等兵は戦死しなかった(・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 

 気づかなかった、気の緩みがあったなんて信じたくない。だが、敵が一匹なんて誰も言っていなかった。

 残弾はなかった。装填する暇もなく、対処しきれただろうか――――仮定の話はやめよう。

 

 

 

 何はともかく、登坂上等兵の上半身が砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 登坂上等兵が戦死した。暗視ゴーグルをつけていたからすぐ分かった。咄嗟に引き金を引いていた。赤外線でぼんやり光る視界の中を真っ白な閃光が駆けてゆく、上等兵たちと同規格の5.56mm弾を使用した機関銃MINIMI、勝っているのは装弾数と連射性能のみ。

 

 上等兵を食い千切ったもう一匹の奴は既に足を切られ動けなくなったもう一匹に衝突、人に喩えるなら――――あまり喩えたくないが――――しゃがんでいる様だ。つまり何が言いたいかというと、足が狙えない。しかしそれでも構いやしない。主目的は達成した。残されたもう一人の隊員に下がるよう指示。MINIMIから手を離し、照明弾を打ち上げる。花火を思わせる、それにしては観客の目に優しくない輝きとともに暗闇という名の迷彩色を奪われたのは、ティルト・ローター機、木々の多いここら辺では使う側も一苦労だろうに、相当高度を落としてくれている。

 

「強襲型魚鷹?!」

 

 後部座席に控えていた民間人の叫び声が聞こえる。よく知ってるじゃないか。そう応えるように強襲型魚鷹(MV-22J)の腹下に吊るされたガンポッドが唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の中は名護漁港の映像らしい。陽の落ちた漁港がとびっきりのサーチライトで照らされている。名護漁港には大勢の市民が詰めかけていたが、彼らを乗せる船はあまりに少ない。しかも船に乗れば絶対安全というわけではない。奴らは海から来た、海軍艦載機はヘリ以外に見当たらない。素人目に見ても制海権は取られていると見るのが妥当だ。なぜ艦載爆撃機すら寄越さないのだろうか。沖縄沖には『貨物船の破壊行為』を防ぐために第二機動艦隊が回されてきているんじゃないのか?空軍どころか海軍まで俺らを見捨てる気か?

 

 そんな怒りで構成された疑問も口に出さねば当たりの喧騒に掻き消える。緊張状態を強いられ続けて既に五時間。南部の壊滅がほぼ確定であることは住民に伝えられていなかったが、それ抜きでも住民を抑えるのは厳しい状況に陥りつつある。

 

 そう報告を受けた第二十一旅団の指揮官は頭を掴むように手を添える、邪魔な鉄兜を少し押しのけ、両方の蟀谷をゆっくりと揉む。目を瞑っても喧騒が掻き消えることはない、すると不意に後ろから声がかけられる。

 

「もともと、『琉球』という地は日本の領土ではありません。少し歴史を遡れば薩摩藩が統治していた場所であるし、そもそも民族の起源が違うという説もあります」

 

 副官だった。それに反応せずにいると、彼は少しの間を空けて続きを口から放り出す。

 

「それに加えて、およそ半世紀、二世代にも渡り課せられ続けた市場統制、県外への渡航禁止命令、こちらは作物を作っては食べ、残りを軍に回されるだけの暮らし、配給される度に質が上がっている本土の工業製品、勝手に建てては壊される配給住宅・・・」

 

 そして、冷戦終結時の唐突な『解放』・・・最後の一言を強調するように後ろの声がにわかに熱を帯びた。

 

「何が言いたい」

 

 言いたい事は分かっている。第二十一旅団の指揮を執り始めた時から分かっていたことだ。冷戦終結後に国はこの地への支援をやめた。基地負担費などは辛うじて残ったが、かつてのような生活の保証はされなくなった。そうでなければ沖縄は『解放』されなかった。彼らは形式上の『自由』を手に入れた。自由にモノを売っていい、自由にモノを買っていい。自由に世界と繋がり、自由に暮らせばいい。その『解放』が二世代の間、全てを国に保証された生活を強いられた沖縄県民にとってどれほど『酷い仕打ち』だっただろうか。彼らにはもう世界と繋がるノウハウは残されていない。本土に行っても待っているのは侮蔑の目、半世紀は長すぎた。

 

「噴出するだけの不満が溜まるには十分な、いえ十分すぎる時間でした」

 

 真後ろに立つ副官・・・いや、武装した沖縄県民(・・・・・・・・)は銃を取り出すだろうか。

 

「その怒りを、少なくとも内地の奴らよりお前らに近い俺にぶつけるか?」

 

「日本政府(あなたがた)は我々を守る義務を全うできなかった、ただ力が及ばないのならいい、それはどうしようもないことだ。ですが」

 

 なぜ名護漁港なんですか?

 

 名護漁港は、名護湾に面している。名護湾は敵が上陸してきた読谷に近い。名護漁港の施設は大きいとは言えず、同規模の施設なら本部半島の対岸・・・つまりより遠いところ、安全なところに仲尾次漁港がある。避難活動を行うならむしろそこだろう。

 

「・・・南部の無線はお前も聞いたな」

 

「人を、喰ったそうですね」

 

 一旦収まる声のトーン。彼は自分の隣にいた。自分の判断を決める材料を全て知っている。だから彼だってどこかで気づいているはず、しかし彼は沖縄県民。だが、と強く続ける。

 

「あなたの判断はおかしい!」

 

「おかしいな、だが――――」

 

「『状況がおかしい』なんて言わせませんよ、それは言い訳だ!」

 

 

短く鋭い金属の音、聞きなれた音だし、一般人でも何の音かは分かるだろう。

 

 

「その行動の意味、理解してるのか?お前は今、対等に話し合うことを放棄したんだぞ」

 

「理解しています、そして、こうでもしない限り内地人・・・ことさらあなたのような国の人間とは話せない」

 

「私は十二年ここで暮らしている。息子はここの中学に通っていた」

 

「だけどそれは一年前までの話だ。あなたの息子さんは鹿児島の高校へ行った、またお子さんが生まれるんですよね・・・奥さんは第二子を迎えるために故郷の大分だ・・・こんなことをしてまであなたは第二子の顔が見たい(生き残りたい)のですか?」

 

 誤解してるよ、君は。そう言って振り返ろうとした途端、項にぶつけられる冷たい感触。顔を向けて話すことも許さないつもりか。それは口に出さず、ゆっくり鉄兜を取る。狙われるなら、脳味噌の方がいい。

 

「過去の話というのなら君がさっきまるで見てきたかのように言った数十年前の沖縄こそ過去の話だ。君はその時代を生きていない」

 

 返す言葉はない。あるはずがない。内地と沖縄に確執があるとかそういう問題が彼に金属の塊を押し付ける理由にはならないからだ。だが押し付けられた金属は震えなかった。

 

「あなたが市民の安全を第一に考えていないことは否定しませんね?」

 

 その言葉には『またしても国の利益を優先するのか』という憤りが含まれているに違いない。確かに自分は「サンプル」の輸送を最優先とした。そのために多連装ロケットシステムと共に送り込まれてきた部隊を優遇したのは事実だ。その一回の輸送で何十人もの人間を助けられたのも事実だ。

 

「できないな」

 

「では、あなたが今命じている命令が『独断専行』でない(・・・)という事実は?」

 

「『言い訳』をくれた司令には感謝している」

 

「だったら、あなたはやっぱりこの地を捨て石としか考えていない。故郷をいつもぞんざいに扱われる人間の気持ち、考えたことありますか?」

 

「私にとってこの地は第二の故郷だ。そう考えている」

 

「それが奢りなんだよ!」

 

 このテントには自分と副官以外にも数人いるはずだ。それなのに、まるでここは二人の空間になってしまったかのような静けさが続く。やがて口を開く副官、声は震えていた。

 

「私も・・・その言葉を信じていた、そう思いたかった・・・旅団長があの指示を飲み込むまでは」

 

 あなたは、人としての正常な判断力を備えていなかった。

 

「では君ならどうした?」

 

 返答は瞬時に返される。

 

「より北部に市民を誘導しました」

 

「では許田ゴルフクラブの避難所のように何の前触れもなく襲われたら?」

 

 

 

 奴らが人の群れを追いかけることは南部の方から報告されていた。沿岸部からいきなり襲うことも出来たはずだ。沖縄の沿岸部全てから上陸されたら、官民ともに大混乱、迎撃どころか、誰も避難できずに終わるに違いなかった。

 

 だがそれをしない時点で、この化物どもには『理性』があると考えられた。美味しそうなご馳走を食べずに我慢するのは理性にしかできないことだからだ。だから、その『理性』が沿岸部から奇襲的に襲うのを避けるべきと判断したのは理由がある。

 

 

 

「奴らが避けたかったのは私たちが混乱することだ。私はそう思う。だがそれの個体自体はどうにも考えができるような頭を持っているようには見えない、目的を持った黒幕がいる・・・私はそう思った、思ったからさっきまでの方法で最大数の市民を逃せると踏んだ」

 

 目的にはルールがいる。こちらが相手のルールに従えば負けるだろう。だが負けると知っていても戦うのには理由がある。最良の負けの形をとるのだ。

 

 

 敵が無闇に上陸してくることはない、ならば部隊を配置して、市民を守る。ジリジリ追い詰められるのは分かっているから、とにかく市民を逃がす。何人かは逃がせるはずだ。

 

 

「・・・だが、それを相手は破った。襲われた許田ゴルフクラブは「防衛線」から十キロは離れていた。もう、ルールは存在しない。那覇(沖縄諸島司令部)の命令は間違っていないよ」

 

 つまり、我々はいつどこの沿岸に上陸されても文句は言えない。

 

「それが、敵を惹きつけるために琉球民族を囮に使う(われわれを地獄の釜に放り込む)理由になると思っているのか!」

 

「では、貴様ならどうした・・・どうせ全員逃がせるわけがないんだぞ」

 

 こちらも熱の篭った強い口調で応じたことに驚いたのか、金属が頭に強く押し付けられる。構うものか、どうせ自分も助かれない人間の一人。そのまま続ける。

 

「我々のすべきことは何だ。国民を一人でも守ることだ。だが出来ることと出来ないことがある。自らの尊厳(エゴ)を守るために全ての人間を捨てるつもりか?」

 

「あなたこそ、『可能性(かもしれない)』に惑わされている!助けられる大を見捨てて確実に小を守ることに何の意味がある!」

 

「やめようや、前提が間違っている。沖縄は孤島だ。毎分何人のペースで脱出できるかは分かっている・・・それより、今お前が言った『確実に守れる小』が大事なんだ」

 

 

 

 敵が上陸する『かもしれない』

 

 全員避難できる『かもしれない』

 

 皆で一緒に逃げれば、予期せぬところで襲われ全滅する『かもしれない』

 

 市民の一部を囮にすれば、助かるかもしれない命が失われる『かもしれない』

 

 

 

 

「確率論は参謀本部の連中が論ずべきことだろう?俺らは細い石橋を渡るべきだ」

 

「何十万も蹴落として?」

 

 軽蔑の色は声に含まれていない。むしろ確認。

 

「それがお前の自尊心(エゴ)だと言っているんだ・・・俺がまだ若かった頃に見ていたアニメの一言を引用してやるよ――――可能性に殺されるぞ」

 

 頭に当たる冷たい感触は、もう感じなくなっていた。離された訳ではない。自分の体温がすっかり移ってしまったのだ。

 

 もう論ずることはない。短く命じる。このテントは彼ら二人だけではない。

 

「反逆罪だ、こいつを拘束せよ」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがお前らの解答か」

 

 無言は続く、ここで高らかに笑えば、自分は悪役になれるだろうか。試す度胸もない。

 

「テストじゃないんだ・・・正解は存在しないぞ」

 

「それはあなたの解にも言えることです」

 

「そうだな、その通りだ・・・確率を論ずるのはやめよう。お前らは広々とした藁の橋を皆で渡れ」

 

「そうします。藁だって束ねれば強くなりますから」

 

 

 真後ろで響くカチャリと小さな音、いまこの音が聞こえるということは、先程までコッキングはなされていなかった、ということか。こいつは俺を説得できると思っていたのだろうか?

 

「最期に聞かせろ・・・もしここに座っているのが本土人(おれ)でなく沖縄出身だったら、お前はどうした?」

 

 

 沈黙が続くかと思われた。彼はその答えに窮するだろうと思っていた。

 

 それは、自分が曲がりなりにも沖縄で暮らしてきたから。一度だって本土出身であることを自慢したりはしないし、今回だって本土の人間を優先して避難させた覚えはない。

 

 でも違った。副官は即答した。

 

 

「説得します、家族ですから」

 

 

 

 笑みがこぼれた。

 

「その答えを聞けて幸せだ。故郷によろしく頼むよ」

 

 

 

 撃鉄が炸薬に衝撃を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は機内から最後にもう一度だけ沖縄を見ようと思った。機内では行き先を隠すために窓に隊員が覆いを被せようとしていたが、無理を言って少しだけ待ってもらった。沖縄への電力供給は続いていて、どこまで破壊されているかがよく分かった。大きな黒丸が沖縄を隠そうとしているようだった。日食のようなものにも見える。地上を覆い尽くして人々の希望を奪う日食。もしそうだとすれば――――

 

 

――――沖縄の暮も暁も、永遠に訪れることはない(Setting and Rising sun of Okinawa, permanently come)――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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