模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

22 / 62
海上護衛船

 鹿児島湾は陸地に囲まれた内湾で、太平洋の荒波に洗われる外側と陸地に守られ穏やかな内側の違いがはっきりしている。春の息吹は遠に過ぎ去り、もう少し待てば夏が訪れる。その前に梅雨を耐えねばならないが、この梅雨だって農業を営む者だけにとっての恵みではない。例えば東京は梅雨の雨量が少ないと水不足になる。なんだか話が逸れたが、何が言いたいかというと鹿児島湾内はいつもの風景であった。

 

 ただ一点を除いて。

 

 

「撃ぇっ!」

 

 波をかき分ける音にかき消されるような掛け声、決して掛け声が小さいわけではない。それを打ち消すほどうるさい。相当な速さで船が進んでいるからだ。

 

 つるぎ型巡視船。分類はPS型巡視船。不審船に巡視船艇が追いつけないという情けない事態を受けて設計された。高速船向けのウォータージェット推進を三軸設けた高速特殊警備船で40ノット以上を叩き出す。海軍の隼型ミサイル艇とそっくりな(というか両級は同じ事件の影響を受けて設計されている)V字型の細長い船体に、目標追尾型遠隔操縦機能(RFS)付20mm多銃身機関砲を装備。工作船からの攻撃にも備えて一部に装甲を施した本級は、まさに海を駆ける剣(つるぎ)である。

 

 いま鹿児島湾を疾走しているのはPS-204「かいもん」とPS-206「あさま」2隻はほとんど同じスピードで走り、時たま舵を切る。

 

「また外した!」

 

「よく狙え、ここは内湾だぞ!」

 

 しかし驚くべきは、お互いの甲板に軍服と思しき人影が見え、お互いに撃ち合っていることである。その証拠に波間に反射する太陽光に混じって時折光る人工の炎。ついに日本国の治安もここまで悪化したか、と勘違いしてはいけない。

 よく見ると両船ともに十メートル程後ろに何かを引っ張りながら走っている。一見ウェイクボードを思わせるそれは、船底から吸い上げられ船尾のノズルより放出されたウォータージェットの波浪の影響をもろに受け、舞い落ちる木の葉のように揺れていた。射撃訓練用の的だ。

 

 「あさま」の引っ張っていた的に穴が空いた。「かいもん」に乗っていた兵士たちが興奮した様子で勝利宣言をする。

 

 撃ち合いを止めた両船は足を止め、人が乗り移れるぐらいの距離に近づく。どうやら反省会を行うようだ。そんな彼らを、桜島が見守っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿児島県鹿児島市東郡元町。ここには第十管区海上保安部がある。主に九州南部地方の東シナ海、八代海、太平洋ならびに熊本県、宮崎県、鹿児島県を管轄範囲とし、900の離島と住民の生活に欠かせない様々な船舶、そしてシーレーンの管理や不審船の対処も行う第十管区はもともと多忙な部署である。

 

「第八管区より出向して参りました。江島二等海上保安監であります」

 

「長旅ご苦労だった。どうかね、鹿児島湾は」

 

 江島二等海上保安監(自衛海軍なら大佐相当)は目の前に座った管区本部長を見た。テンプレート通りとも言える台詞の本部長、やはり疲れの色は隠せない。当然だ。彼が指揮していた巡視船艇が一体何隻沈んだことだろう。もうすぐ三十に達する犠牲の四分の一は彼の第十管区の所属だった。第十一管区(おきなわ)が解体された今、ここが紛うことなき『最前線』なのだと思い知る。

 

「日本海の寒さと比べれば相当マシであります。桜が見れなかったのが少々残念ではありますが・・・」

 

「まあ、九州(こっち)の桜は早いからな・・・明日までは爆雷投射機の取り付け作業などもある。その間に船員たちにはしっかり休息を取らせるように」

 

「了解しました」

 

 

 

 江島が部屋を出ると彼の副官、つまり巡視船「おおやしま」の副船長が待っていた。

 「PHL-33おおやしま」はしきしま型ヘリコプター二機搭載型巡視船で名前の通りヘリ二機の運用が可能である。大きさはあの金剛型イージス駆逐艦に迫る、海上保安庁の保有する最大の船の一つだ。しかし兵装は金剛型に程遠く、40mmのボフォースMk.3単装機銃が二つ。それでも海保が保有する中では最大の武器である。頼もしくなくとも最大の頼みの綱だ。

 

「船員たちは?」

 

 江島の問に副船長である大島は楽しそうに答える。

 

「もう街に繰り出している頃じゃないですかね」

 

「まあ、これから始まる任務を考えれば、今のうちに羽を伸ばしておいてもらわないとな」

 

「それにしても、爆雷なんて、時代錯誤も甚だしいですよね」

 

「そう言ってくれるな、アスロックなんかより古典的で俺ら向きの武器だろう?」

 

「ま、自分としては軍の奴らが乗り込んでくる時点で気分が悪いんですが」

 

 海上保安庁と自衛軍の確執は今に始まったことではない。日米講和後に対ソ連戦線が落ち着いてきた頃、つまり米軍の潜水艦のせいで大量に失われた輸送船の賠償をどうするかで国(主に大蔵、海軍省)がグラグラ揺れていた時、輸送船の犠牲が増えた責任を海軍海上護衛総隊がとって(実際、護衛総隊のせいで増えたのだから困る)解体させられたために新設されたのが海上保安庁である。当時はまだソ連と戦争中、インド洋海戦により減少したとはいえ未だインド洋のソ連籍潜水艦の驚異は健在で、運輸省は多くの犠牲と非難の的となることを強いられた。戦力が足りなかったとはいえ、十分な支援を行ってくれなかった海軍への恨みは大きい。

 それだけではない。海上保安庁が設立された以後はともかく、それ以前の輸送船補償も運輸省が引き受けることになり慢性的な予算不足が発生。その上『統帥権委任制』が導入され、自衛海軍と名を改めて以後は海軍が紛争程度では出てこないようになり、海上保安庁は平時における領海、後には排他的経済水域の警備も担当・・・負担はいよいよ増えた。

 

「まあまあ、今回は仕事の押し付けじゃなくて手伝ってくれるんだから、いいじゃないか」

 

「でもヘリ部隊を舞鶴に置いてきたんですよ?そこに入るのが陸軍のヘリって・・・」

 

 どうにもできない怒りを両手で表現する大島。言わんとすることは分かる。というか敵対的危険生物の討伐ぐらい軍の方でチャチャっとやってくれないだろうか。無理なのは分かっているし、現場の人間は上の意向に従うのみ。ともかく大島を宥める。

 

「まあまあ、来るのは『天ちゃん』の御親兵なんだからさ、むしろ光栄な事だと思おうよ」

 

「そうですけど・・・」

 

 そんな会話をするうちに庁舎の外へ出ていた二人、このまま「おおやしま」へ帰ろうと思っていたが、予想外の来客が彼らを待っていた。

 

 

「江島二等海上保安監ですね」

 

「そうだが・・・君は?」

 

 問うまでも無い、こんな制服は日本にただ一つ。

 

「自分は近衛第二ヘリコプター隊、溝島大尉であります。貴船にお世話になります!」

 

 近衛師団所属を名乗る尉官が、直立不動の姿勢から肘の角度まで細かく定められた陸軍式敬礼を披露した。

 

 

 

 近衛師団。自衛陸軍の精鋭ばかりを集めた集団という解釈で間違ってはいないのだが、通常部隊とは指揮権において大きな違いを持つ。

 

 知っての通り自衛陸海空軍の最高指揮権は内閣総理大臣にある。しかし憲法で陸海軍その他の戦力を統率するのは天皇と定められている。これが所謂統帥権なのだが、実際に統率できていたかと言われると残念ながら疑問が残るところがあった。

 そこで昭和中頃の改革期にて採用されたのが『統帥権委任制』。天皇は総理大臣に統帥権を委任。総理大臣は天皇の名において陸海軍その他の戦力を運用する。そんな中で生まれたのが専守防衛構想なのだが、長くなるのでここでの説明は省く。

 

 そして、それの例外が近衛師団である。総理大臣に運用が委任されない、すなわち天皇の直属部隊。今回の近衛師団派遣も、海上保安庁の船団護衛事情悪化を受けて、今上陛下自らが望まれたものだった。

 

 

 

「君が近衛師団から出向してきたヘリ部隊の隊長か、「おおやしま」は狭いが、勘弁してくれよ」

 

「はっ!」

 

「ところで、艦艇への着艦訓練は?」

 

「駆逐艦島風にて五回ほど行いました」

 

「そうか、旗風型駆逐艦はしきしま型巡視船とほぼ同サイズだからな・・・近衛師団さんの練度ならきっと問題ないだろう」

 

 まあ最悪発艦さえできれば問題ないんだけどね。と付け加える江島。彼らの操る戦闘ヘリは、これから「おおやしま」が投入される護衛船団、これを襲いにやってくる敵対的危険生物を撃退するため「おおやしま」に乗艦するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インドネシアなどSEATOの海洋諸国で産出されたレアメタルは、何をどうあがいても海路で運搬せねばならない。ジャワ島が敵対的危険生物のテリトリーに落ち、そこを中心とした破壊活動が続いている以上、各航路はジャワ島を避けるように設定するしかない。ジャワ島以東の島々からの輸送船は島に囲まれてSEATO軍哨戒機の援護を得られやすいセルベス海を通って台湾沖まで、ジャワ島以西のスマトラ島からの物資はマラッカ海峡を通ってシンガポールを経由、台湾へと向かう。

 そうは言っても台湾まではそこまで危険は少ない。ジャワ島からの『奇跡の通信』があったように敵対的危険生物はジャワ島を完全に掌握・・・すなわちジャワ島に取り残された民間人を駆逐できていないようで、海上での破壊活動はそこまで積極的でない傾向が見られるからだ。余談だが、民間人の救出作戦は実質的に行われていない。

 

 で、問題となるのが台湾から日本・・・すなわち中華民国‐日本間の航路である。本当ならここで荷物を下ろして大陸経由で朝鮮半島、そこから対馬トンネルを通じて日本へ物資を輸送したいところなのだが、それは『中華人民共和国』とかいう共産国家が邪魔をする。僅かに黄海に届いている彼らの領土を通過するとき、とんでもない税金を取られるのだ。金ならくれてやる。しかし最近では戦略物資の独占は労働者への云々といろいろ言われ、完全に封鎖されてしまった。

 そのため、中華民国‐日本間の輸送量はここまで海路で運ばれて来たものに加え、陸路で運ばれてきたものも加わり、相当数の輸送船を投入せねばならない状況であった。護衛もまた然り。

 

「でも奇跡的というか、まだ犠牲は出ていないんですよね・・・『輸送船の犠牲』は、預かってる船沈めた日にはまたしても運輸省が補償しなきゃいけないですから、上層部(うえ)も必死にもなるんでしょうがね」

 

 我々の犠牲なんか厭わずに、言外にそう言う大島。

 

「そういう穿った見方はやめろ、上手くいっている方なのだから」

 

 そういう江島も沈んだ同僚たちのことは考えぬようにしている。死者の思いを汲み取るなんて遺書があっても不可能だ。もし彼らに恥じない自己満足を求めるのなら、彼らがこれまで命をかけてやってきたことを受け継ぐしかない。

 

 それが護衛船団であり、これから江島たちも殉職者(彼ら)に続き地獄の沖縄沖に飛び込むのだ。「おおやしま」の広いが多くの機器が詰め込まれた艦橋の中で、江島は小さく気合を入れる。見張り員が周りに指定海域に集合した船舶の名前を挙げては計画書と照らし合わせてゆく。数が多いので中々チェックに時間が取られる。しかもチェックしたあとは彼らを綺麗に整列させねばならないのだ。船を誘導するためあちこちへ移動する小型巡視艇たち、周りがあまりに巨体すぎて、慌てふためく子供のように駆け回っている。

 

 

 

 

『タ〇五一九船団』

 

 タ〇五一九船団(た‐まるごういちきゅうせんだん)とは、日本が深海大戦明瞭期(厳密には敵対的危険生物対処行動中期)の2022年5月において、日本本土と台湾間を航海した日本の護送船団である。20万t級タンカー4隻を含む大型輸送船40隻あまりをしきなみ型巡視船「おおやしま」をふくむ17隻の海上保安庁船艇で護衛した。同時期の船団としては最大規模。

 

(kikipediaより抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵対的危険生物、とひとくちに言っても種類はある。

 

 まず沖縄百万人をこの世から消し去った『駆逐級Ⅰ型』。草食動物のように顔(というよりは胴体か)の側面に眼がついているやつだ。ジャワ島でも侵略の先方を担い。敵対的危険生物の主力と考えられている・・・

 

「もうあれですよね、この資料自体こいつらの事を生物と考えていないですよね」

 

 現時点で確認されている敵対的危険生物の特徴と写真が添えられた資料を再確認しつつ口に出す大島。確かに『主力』ってなんだという疑問は残る。普通生物はオスとメスに分類するものだ。

 

「知ってます?巷では敵対的危険生物のこと、『深海棲艦』と呼んでいるらしいですよ」

 

「深海、なんだって?」

 

 聞き返す江島。セイカンとはなんだろうか。性感?生還?

 

「同棲の「棲」に艦艇の「艦」で深海棲艦、ちょっと気取って言うなら深き海に棲む艦(ふね)ってところですかね」

 

「・・・その巷がどこかは知らんが、適当な名前だな。深海に棲むってことは沈んでるじゃないか」

 

 呆れ顔の江島に中途半端な笑みで応える大島。

 

「潜水艦かも知れませんよ?」

 

「それで追加された装備が爆雷か、もしその通りなら笑えないな」

 

 

そう言って江島は首から下げた双眼鏡を顔に当てる。「おおやしま」はこのタ〇五一九船団の先頭に位置し、船団を誘導していた。艦橋から見えるのは遥かに続く大海原のみ。後方には空の大型タンカーが四隻も控え、流線型を完全に無視した船体で波を押しのけながら進んでいる。20万t超の大型油槽船は約200万バレルの原油を輸送できる。こう書いてみるととても多いように見えるが、日本国内おける1日あたりの石油消費量は約450万バレル。つまりどういうことかというと、これら4隻のタンカーだけでは日本の二日分すら賄えないということだ。

 

「それにしても、何が悲しくてこんなバカでかく鈍足なVLCCを護衛せねばならんのです・・・石油ぐらい対馬パイプラインで賄えるでしょうに・・・」

 

「なんでも対馬パイプラインは今一時不通らしい。なんでも拡張工事を行っているとか。備蓄を考えれば工事の一週間ぐらい石油を輸入しなくても何の問題もないはずだが、まあ安心感の問題だろうな。タンクが空になると困る企業もいるだろうし」

 

 江島は言及しなかったが、超大型タンカーの存在はもう一つの大きな意味を持っている。『壁』としての役割だ。もちろん沈まれるどころか傷つかれるだけでも困るので、進んで盾にはしない。奇襲攻撃を受けたときの話だ。

 石油タンカーは名前の通り石油を輸送する。もし何らかの事故が起き、重油が大量に流出した日には、長期間に及ぶ海洋汚染が発生、沿岸の住民はもちろん生態系にも多大な影響を及ぼす。油まみれの鳥の写真ぐらいなら誰もが見たことあるだろう。

 まあ、石油に関してはその事件のせいで世論が傾いて営業中止、なんて話にはならないのだが、そういう問題ではない。

 ともかく現在運用されている600t以上の石油タンカーは全て二重船殻構造(ダブルハル)を備えており、現在確認されている『巡洋級』の砲撃が一発当たったぐらいでは沈むことがない。

 

 ・・・そう、我々は『砲撃を受ける』事を想定しなくてはならないのである。

 

 

 

 『駆逐級Ⅱ型』『巡洋級』、この両者はジャワ島侵攻――――世間では琉球諸島事変をはるかに上回る犠牲者数からジャワ島の悲劇と呼ばれている――――の際に初めて確認された『砲撃を行う』敵対的危険生物である。さっき大島が言っていた深海棲艦とかいうあだ名も、きっとこの砲撃を行うところから付けられたものだろう。

 『駆逐級Ⅱ型』は『駆逐級Ⅰ型』と似ているといえば似ているのだが、少し胴体の形が異なる。やはり大きいのは口の配置だろうか。

 『駆逐級Ⅰ型』は下部に口がついている。ここから人間を丸呑みにしてしまうのだ。芝刈り機か何かのように市民を飲み込んでゆく姿は検閲やら自主規制やらで市民の目には触れられていないが、人が丸呑みとは言え喰われる姿を見るのは耐えられないものがある。

 対する『駆逐級Ⅱ型』はⅠ型よりも上の方に口がついており、その中に大砲を隠し持っているのだ。形状も魚を思わせる尾ひれがついており、ジャワ島でも上陸してくることはなかったから、Ⅱ型が援護射撃、Ⅰ型が陸戦と、ある程度の役割分担は決まっているようだ。というかⅠ型の口に大砲を装備しても、そもそも口が下向きだから砲撃には向かないだろう。

 

 そう考えれば、『駆逐級Ⅰ型』はそこまで警戒しなくてもいいということになる。

 

 問題は『巡洋級』なのだが・・・

 

 

「P-3哨戒機、上空を通過(フライパス)」

 

 見張り員がそう報告、海軍の四発固定翼機のP-3。アメリカ製のターボプロップ哨戒機で、空軍のB-52並みに旧式機である。恥ずかしいことだが、大戦期の日本機は決してスペックが高くない。もちろん傑作機と呼ばれるものはあるし、一時は列強を抜いた機体もある。だが大量生産という観念で捉えると、米国に勝る航空機は存在しなかった。そして、大戦後の共産革命戦争はまさに物量の戦い。50~70年代の飛行機、特に陸上機に関しては完全にアメリカ製に占められていた。そして、これらは改良すれば今でも使えるぐらい堅牢な作りなのである。

 

「哨戒機飛ばしただけで警護に役立った気になっている海軍がいると考えると、気分が悪いですね」

 

 航海長がぼやくように言う。海図版に張り付いていざという時の進路修正に備えている彼は、何もなければ基本的に手が空き気味だ。

 

「おい、自衛軍の士官様もいらっしゃるんだぞ」

 

 そう注意する大島、言い方からして完全に挑発目的だ。フォローする気も起きない。もしも「士官様」が怒ったら謝るつもりではいるが、その必要はないだろう。なんせここに海軍士官はいない。その予想通り、ここにいる士官は和やかに返す。

 

「いえいえ、海軍の唯我独尊は今に始まったことじゃありませんよ、彼らは陸軍(われわれ)と違って戦場の匂いを知らない。誘導弾の命中率やら回避率やら、全てサイコロで決めてしまう連中です」

 

 近衛第一師団第一狙撃中隊の川島大尉。彼の率いる部隊は海上保安庁の各巡視船に分散乗船し、持ち込んだ対戦車ライフルでいざという時に備えている。

 

「そう言えば川島さん、そちらに船酔いになってる方はいらっしゃいませんか」

 

 思い出したように話しかける江島。彼の階級は一等海上保安正(少佐相当)、それ以前にこの船団の指揮官だ。敬語を使う理由はない。それでも丁寧な言葉遣いになるのは、見えない格の差というやつか。彼の言葉通り、川島は戦場の匂いを知っている。そうであると無言で他人に認識させるほどに。

 

「大丈夫ですよ、そもそも海程度で酔ってしまう奴は、精鋭たる近衛師団にはいません」

 

 流石は天皇の御親兵といったところか、波のせいで不規則に揺れ続けるという特殊な状況での狙撃は困難を極める、それでも僅かな期間の訓練で少なくとも使えるレベルまで命中率をあげたあたり、近衛師団の実力は伊達じゃない。専守防衛やらなんやら盾にして自衛軍が動こうとしないため派遣された近衛兵ではあるが、彼らでなければ弾を当てることも叶わなかっただろう。本音と建前をうまく使い分けるものだ、自衛海軍も「定期哨戒」とか言いながら哨戒機を大増便してくれているし、奇妙な具合で陸海軍と連携している海上保安庁であると江島は考えていた。空軍は知らん。

 

 

 唐突にブザーが鳴り響く、三回耳障りな音を立て続けたあとにスピーカーから声。

 

 

『管区本部より入電、東経128度23分北緯28度54分の巡洋級が進路を変えました、まっすぐこちらに向かってきます』

 

 その報告に艦橋内がざわつく、まっすぐ向かってくるということは補足されたということ、一体全体どうやってこちらの位置を把握しているのやら。その問の答えが帰ってくることはない。

 

 『駆逐級』の居場所は把握できる。『駆逐級』は自ら攻撃を仕掛けてこない。居場所さえ把握できればそれを極力避けながら進むこともできる。だが『巡洋級』となると話は違う。ジャワ島の悲劇で初めて確認された『巡洋級』。その砲塔と思しき物体と口が合体しただけかのようなフォルムは海の上にそそり立つモアイ像のようだ。何のために現れたのかも分からぬそれ、モアイのように何もせず見下ろすだけならどんなに良かったことか。

 

「航海長、最適な離脱ルートは?」

 

「長崎に退避か、それともこのまま突っ込むかの二択ですかね」

 

「巡洋級の射程に入るまでは」

 

「あと三十分でしょうか」

 

 即断だった。どうせ奴らに挨拶せずに通る道はない。

 

「それだけあれば十分、このまま沖縄沖を突破する」

 

 それからの動きは早かった。江島は立て続けに指示を飛ばす。30分という時間は長いようで短い。そもそもこの船団は足が遅い。機関の型も出力も違う輸送船、大きさも形状も違うから最大船速や増速ペース、旋回半径もバラバラ、慌てて動けば船団が空中分解(?)するのは目に見えている。

 

 船団の進行方向を変更するのも重要だし、巡視船の配置も変更せねばならない。特に江島は『囮』巡視船を決めねばならない立場にある。迎撃は端より頭にない。海上保安庁は身を挺して船団を護る覚悟があるが、海軍の駆逐艦を沈める相手にどうやって対抗しろというのだ。武装はゲリラ相手でも威力不足が嘆かれる程度のもの。装甲は弱いとかいうレベルではなく、本格的な被弾を想定しているのは海保で唯一の隔壁で仕切られた軍艦構造を持つしきしま型のみ・・・この場においては「おおやしま」だけだった。そして役割上、「おおやしま」が船団を離れることは許されない。弾が当たればもれなく家族への送金と天国へのファストチケットが約束される500tクラス小型巡視船を『囮』としてこの海域から脱出を図るほかなかった。

 

 では支援を呼べばいいじゃないか。そう思った奴は勉強不足にも程があると言わざるを得ない。そもそも時間的制約から航空支援も得ることはできない。最も近い空軍基地は新田原、ここからおおよそ300kmほどだろうか。確かに空軍のマルチロール機が出てきたとしたら15分もかからない距離だ。

 

 ただし、それは機体がいつでもスクランブルをかけられるよう待機していればの話、そもそも対水上戦闘を想定した装備でいるかどうかも怪しい。空軍が防空一本槍なのは今に始まった話じゃないし、「紛争」を想定するならばむしろ空への備えが重要である。驚くような事じゃないだが、ジャワ島で一億の犠牲が出てもなお、不可侵条約の一つも結ばれていないのが現実、危機に陥っているのが西側諸国だけなのだから仕方がない。

 

というか一つの機体を出撃させるのに一千万近くの費用が掛かる――――らしい、そもそも何を基準に算出した数字なのだろうか?――――のである。今回の船団ほど大規模であれば支援は望めたかもしれないが、たった一気の航空機を出撃させるまでに必要な事務処理――――フライトプランの提出とかよりずっと大事な、各軍の縄張りの折り合いを付けることである――――に時間がかかりすぎる。結局無理な相談だった。

 

 

 声が枯れるほど懇願しても構わない。指紋がなくなるまで資料を閲覧(スクロール)したっていい。自分ひとりが倒れるので済むなら限界まで思案を巡らそう。しかし出る結論は『囮』。江島は顔色ひとつ変えず命じる。今回の生贄を。

 そしてそれが驚く程のスムーズさで伝達される。見えないその船長は今、どんな顔をしているだろうか。もしそれが使命に満ちた顔ならば、江島は悔やんでも悔やみきれないに違いなかった。

 

 

 

「江島一等海上保安正殿、何か重要な事を忘れていらっしゃいませんか?」

 

 

 唐突にかけられた声に振り返る。そこには場違いな格好の陸軍兵士、飛行服に身を包み、小脇にヘルメットを抱えた溝島大尉、近衛第二ヘリコプター隊から出向してきた攻撃ヘリのパイロットだ。川島大尉も横に並んだ。海上保安官とは国家公務員というただ一点のみに共通項を持つ彼らが、今は同じ目的で目の前に立っている。物申さず不敵な笑みを浮かべるだけの溝島の意志を、川島が言葉で補う。

 

「この場における最上位は江島二等海上保安監殿、あなたです」

 

 

 ご命令を、その視線に江島はまた顔色ひとつ変えず口を開く。そうでもしなければ、彼は大勢の部下の前で恥を晒してしまったかもしれない。

 

「溝島大尉、君たちのヘリを載せるために本船はヘリを二機も降ろしている、それによる捜索能力の低下は我々にとって大きなリスクとなる」

 

 命令である。敬語を使ってお願いするようなみっともない真似はしない、出来ない。

 

「その分の埋め合わせ、しっかりやってもらおう・・・頼むぞ」

 

「はっ!」

 

 弾かれたように動き出す溝島。江島は残ったもう一人の士官へも声をかける。

 

「川島大尉、乗船している貴隊の活躍、期待している」

 

「無論です、日ノ本最強の近衛師団の力、ご覧に入れましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『巡洋級』の特徴はその名の通り海域を巡回することにある。従って彼らの位置だけは事前に予測を立てることもできない。そして『巡洋級』は必ずと言っていいほど『駆逐級』を連れてくる。化物の親分気取りか。

 ともかく、例に漏れず『巡洋級』は子分を連れてきたようだ。各巡視船の水上レーダーが浮上してきた『駆逐級Ⅱ型』の姿を補足する。それとほぼ同時、江島は『囮』に命令を伝達、弾かれたように『囮』は船団を離れる。スクリュー推進よりも遥かに自由に水を操るウォータージェット推進装置が唸りを上げる。公式発表ですら44ノットを超えるつるぎ型巡視船、間違いなく44ノットを超える快速で一気に船団を離脱。万一に備えるべく、予備の囮役が『囮』のあとに続いてゆく。

 

 

 

「飛べるな」

 

「異常ありません、どうぞ」

 

 「おおやしま」の後部甲板、その手前のヘリ格納庫、二機もの大型ヘリコプターを収容できるこの空間、そこに陸軍の迷彩色に菊の御紋をモチーフにした近衛章を誇らしげにつけた戦闘ヘリ(AH-1Z)が鎮座している。維持費が安いどころか艦載を前提に開発され、対地も対空もつつがなくこなすそれは、溝島の帰りを待っているかのように二基のエンジンを震わせている。飛ぶためではなく武器を載せるためだけに取り付けられた兵器支持架(つばさ)にいくつものミサイルとロケットが詰まった丸いポッドがぶら下げられ、それぞれ放たれる時を待っている。

 

 別の整備兵が駆け寄ってきて、溝島に説明する。

 

「ヘルファイヤ、ロケット弾ともに全弾形成炸薬弾です、威力不足ということはないでしょう」

 

「分かった。ん、お前さっきより顔色いいな」

 

「まさか、近衛師団に船酔いするような弱虫はいませんよ」

 

 その言葉に格納庫内の空気が和らぐ。溝島と同じ飛行服姿が三人駆け寄ってきた。ほぼ掛け声に近いブリーティングが始まり、直ちに終了。二手に分かれた飛行兵は素早く愛機に取り付く、防弾キャノピーが開き、座席に滑り込む。ヘルメットに取り付けられた頭部(ヘッド)装着(マウント)ディスプレイを眼の前に下ろし、視界に電子の幕が下りる。既に機体は後部甲板に引き出され、畳まれていた鋼鉄の回転翼が広げられる。イヤホンに江島一等海上保安正の無線が乗り、『囮』が突撃を開始したことを知る。もう時間はない。耳に届く離陸許可・・・もとい発艦許可。出力を一気に上げ、回転数メーターがグルグルと回りだす。すぐに波の揺れを感じなくなった溝島はいつも通りの感覚に身を委ねる。

 

 戦闘開始だ。

 

 

 

 

 「おおやしま」は船団を先導している。それと同時に『囮』の指揮も行っていた。

 

「『巡洋級』発砲!」

 

 「おおやしま」には対空捜索用のOPS-14レーダーが搭載されている――――同型の「あきつしま」には搭載されていない――――。このレーダーはもちろん捜索用であって対空戦闘を指揮するようなものではないが、「飛翔体を捜索する」くらいのことならできる。今回の飛翔体は『巡洋級』ならび『駆逐級Ⅱ型』が放った砲弾。どういった種類の弾なのか、どういった原理で飛ばしているかは全くの謎だが、飛んでいるというのは事実。それを捉え、回避が必要かどうか見極める。海軍の船ほど正確には割り出せないが、当たる可能性ぐらいなら予想できる。

 

「着弾予想域に船舶なし!」

 

 それは即座に伝えられる。無線の向こうの『囮』役たちがどんな顔をしているかは分からない。

 

「しかし2万で撃ってきますか・・・流石に当たらないでしょうでしょうけど」

 

「結構な距離があるうちはいい。こっちの不慣れな要員でも着弾範囲を予想するのに十分な時間的猶予があるからな」

 

 強ばった表情の大島に冷静を保ちつつ返す江島。資料によれば『巡洋級』の放った弾が20000mという距離を飛翔するのにかかる時間はおおよそ30秒。飛んでいく方向だけを割り出すだけなら簡単なため、なんとか回避指示も間に合う。つるぎ型巡視船の快速をもってすれば、射線から逃れるだけで十分だからだ。

 しかし、『囮』の仕事は敵を惹きつけること、ある程度の距離は詰めなくてはならない。距離を詰めれば着弾までの猶予はどんどん短くなり、焦りも生まれてくるだろう。海軍と違って戦術データリンクを採用していない海上保安庁は回避の指示を無線で飛ばさねばならない。そこで必ず生まれるタイムロスと、なれない高速飛翔体の観測、当たれば必ず沈み、至近弾でも転覆が考えられる小型巡視船・・・焦らない理由はない。

 

 そして焦りが何をもたらすか、日常生活でも経験したことない人間はいないだろう。それを戦場に置き換えてみてほしい。

 

「これが、戦場の風なのかね・・・」

 

「さあ・・・どうなんでしょう」

 

 船体後部から聞こえてきていたヘリの音が遠ざかってゆく。少なくとも彼らは戦場にいる。『囮』も戦場にいる。

 

「まあ、やることは決まっている。それが組織だからな」

 

「次弾発射!『巡洋級』のみ・・・着弾予想域に船舶なし」

 

 江島に応えるようにスピーカー、さっきより判断が早いが、慣れではなく敵の弾があさっての方向を狙っていたのだろう。初弾が海に落ちるまであと十秒ほど、偏差射撃はまだできないので、とりあえず観測用の弾をバラまいている、といったところか。

 

 その時、手元の受話器が鳴った。放送で伝えてこないということはつまり緊急ではない。

 

「私だ」

 

『入電です、相手は――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溝島の操るAH-1Zは両翼に4発、合計8発のロングボウ・ヘルファイヤ(AGM-114L)を備えている。撃ちっ放し(ファイア・アンド・フォーゲット)方式を採用しているこのミサイルは対戦車・装甲車用の装備なのだが、ヘルファイヤの対艦仕様であるAGM-114Nの弾頭は気体爆薬、人からすれば大きいとは言え艦船なんかよりはずっと小さい敵対的危険生物には不向きであると判断された。

 もちろん、誘導方式においてロングボウ・ヘルファイヤの撃ちっ放し(ファイア・アンド・フォーゲット)機能の方が適していると判断されたこともある。相手に向けて誘導用のレーザーを照射し続けるのは隠れるところもない海上では危険、というよりは照射し続けられるかどうかが分からないという判断か。

 

 まあともかく、ロングボウ・ヘルファイヤの射程は決して長くない。それは約9km。障害物のない海上ではまず間違いなく命中が見込めるだろうから射程ギリギリで撃っても問題はないだろうが、ともかくそこまで接近する必要がある。もちろんロケット弾を当てるためには相当肉薄しなければならないのだが、9kmまで距離を詰めるまではやられっぱなしの状況が続くのだ。

 

 二機のヘリはお互いの距離を保ちつつ進む、大した高度もとっていないが、障害物もなく、海面以外にぶつかるものがないこの状況なら徒競走と変わりない。たちまち『囮』の巡視船を追い抜く。

 

『しかし、数が多いですね、一発ずつ叩き込んでも足りませんよ』

 

 ガンナーを務める部下の声、確かに彼の言う通り、『巡洋級』に従う『駆逐級Ⅱ型』の数はとても多い。システムは同時に1000以上の目標を捉えられるので全て把握はしているだろうが、とてもじゃないが対処できる数ではない。本当なら騎兵隊のごとく颯爽と駆けつけ、友軍の危機を救う流れを夢見たいところだが、結局『囮』が船団から敵対的危険生物を引き剥がさないことには意味がなさそうだ。

 

「それでも惹きつけることは可能だろう。ロングボウは一発ずつ頼むぞ、聞いたな?アルファ2」

 

『アルファ2了解』

 

 僚機からの返答を聞き、操縦桿を握りなおす。敵対的危険生物の奴らはまだ巡視船を撃ち続けている。こちらの脅威を知らないか、それともこの距離では当たらないと知っているか。まさかな・・・ともかく、巡視船に弾が当たる前にこちらに注意を惹きつけねば。そう思ったとき、視界の奥に飛行物体が映る。猛スピードで突っ込んでくる。見間違うはずがない。あれは・・・。

 

「対艦ミサイル?おい、「おおやしま」に問い合わせろ!」

 

 その必要はなかった。慌てた様子で割り込む回線。

 

『おおやしまよりアルファチームへ、友軍機が攻撃を開始した。巻き込まれないよう注意されたし・・・連絡遅れて済みません』

 

 最後の調子がちょっとしょんぼりしていたのは仕方のないことだろう。連絡がなかったのは仕方がない、状況が状況だ。それにしても・・・友軍機?そんな疑問は一瞬で消える。

 

 遥か空の向こうに機影が見える。単灰色に塗られたそれは、先ほど通過していったP-3哨戒機、それを視界に収めるのと同時に、眼の前に降りている電子の膜からいくつかの目標が消える。P-3の放った対艦ミサイルが命中したのだ。消えた分だけに表示されていなかった補足済み目標の中から重要度の高い目標が消えた分だけ補充される。

 

 そこそこの高度を取りつつ、敵対的危険生物の群れ、そこへアプローチを仕掛けるP-3。まさかとは思うが、単機で爆撃を行うつもりだろうか?対潜ならともかく対水上専用の照準器を持たないP-3には難しいのではないだろうか。そもそもさっき放ってしまった対艦ミサイル以外に対艦装備は持たないはずだ。いや、そもそもP-3がここまで近づく理由はない。ミサイルの射程は長いはずなのに・・・まさか、惹きつけるために?

 

『ちいっ、海さんに仕事取られたァ』

 

 同じ事を考えたのだろう、悔しそうな僚機の声、その割に毒はこもっていない。

 

 どうやら敵対的危険生物もP-3への脅威判定を更新したようだ。巡視船たちへ向けて断続的に起こっていた発砲炎が止み、少ししてからまた再開される。それから数瞬の間を置いてP-3の腹の下に弱々しい白煙が出現、話には聞いていたが、まさか本当に対空砲も使えるとは。ともかく、奴らの注意は完全に上空へ向いた。

 

「アルファ2、気にするような事じゃない。むしろ我らにとっておあつらえむき、この隙に距離を狭めるぞ」

 

 P-3が攻撃を受ける様子を見守りつつ最短コースで奴らの所へ向かう。彼我の距離は約11km、まもなく攻撃圏に奴らを捉えられる。それまでP-3に主役を譲るだけのこと。

 

 

 奴らの放った砲弾が空中で爆ぜ、何もない空に破片をバラ撒いてゆく。地上で見れば産業廃棄物以下の破片を空に咲く花と形容したのは誰なのだろうか。花は価値があるから美しいのだ。まだ距離がある上に高度もある。当たることがない以上、あれを花と呼ぶのはナンセンスだ。

 

 汚い花園には目もくれず悠々と空を飛ぶP-3。そして単灰色の胴体、その下っ腹――――いや人間で例えるなら顎だろうか――――が開き、そこから落ちてゆく小さな小包たち。投下母体の速度をそのまま受け継ぎ、重力に従って放物線を描く。そしてさも当然というように群れの中心に落着。どういう風に調整したのか知らないが、着水からほんの一瞬で炸薬が発動。溝島たちの距離からでもよく見える水柱を立ち上げる。

 

 念のため言っておくと対潜爆弾自体に大した攻撃力はない。もちろん着弾地点周辺にいる人間を燃焼させるくらいは可能だが、本来の使用法は爆発で生じた水圧により敵の潜水艦を圧壊させることなのだ。爆弾の破壊力は爆薬が特殊なものでない限りそれ自体よりもその爆薬の力で解放された破片にある。海面下に潜んでいる奴らの仲間には多少のダメージを与えただろうが、海上を走りながら砲撃する連中に対する影響は、目隠し以上のものを期待しないほうが無難だろう。

 

 だが、それで十分。

 

 聴覚と視覚、二つの媒体にて愛機が溝島にメッセージを送る。射程内、ロック済み、射程はギリギリだし、撃ちっ放し(ファイア・アンド・フォーゲット)方式はどうやってもセミアクティブ誘導の精度には劣る。敵対的危険生物が命中させることは簡単だが、『巡洋級』の狙撃は難しい。

 

 それに、今は統制が取れているから僅かな囮でおびき寄せられるが、『巡洋級(頭)』を失ったことで相手が混乱し、散らばりながら船団を追いかけてきたら対処は難しくなる。

 敵対的危険生物に人類のセオリーが通用するかどうかは分からないが、何より素直な暴力が効いたのだ。効くと信じたい。

 

 

 ガンナーに号令、掛け声とともに二機のAH-1Zから鋼鉄の槍が飛翔、飛行プログラムに従い、奴らとの距離をどんどん詰めてゆく。

 

 それと同時に溝島は僚機との距離を離す。海面スレスレを高速で飛翔する二機のAH-1Z、海面上ではひときわ目立つ迷彩色。梅雨の合間を縫うように空に輝く太陽と、不規則に揺れる水面に反射した太陽光、両者に照らされさらに存在を主張する。全ては、連中の注意を惹くために。

 

 50kgもない対戦車ロングボウ・ヘルファイヤが着弾。二段階に分けて爆発するように設計された成形炸薬、それらが傍から見ればほぼ間をおかずに炸裂する。二段階で爆発するのは爆発反応装甲(リアクティブアーマー)に対応するためなのだが、敵対的危険生物が長い戦争の歴史から生まれた装備品を保有しているはずがなく、そのまま圧力で融解した装甲が高温の液体となって不幸な『駆逐級Ⅱ型』の表皮に浴びせられる。それも二回。

 

 『駆逐級Ⅱ型』はそのぐちゃぐちゃにされた体を晒しながら海面に沈んでゆく。その姿もこの距離では見えない。溝島たちに分かることは、眼の前のディスプレイに表示される攻撃の結果のみ、そして第二射のコマンドをガンナーが入力。視界の左下から加速しながら飛び出すヘルファイヤ、視界の消失点目指して猛進してゆく。その先にはさっきよりも大きくなった群れの姿。彼我の距離はいよいよ詰まってきたが、まだロケット弾の命中を叩き出すには遠い距離。数が限られている以上、必中の間合いまで詰めたいところだ。

 

 しかし連中も呼称上は「生物」。自らを危機に晒した奇妙な飛行体(ヘリコプター)をこれ以上近づけさせまいと、濃密な白煙が舞う。一瞬煙幕を疑うが、眼の前に開いた白い花によりこちらへ向けられた対空砲だと理解する。発射された時の白煙の濃さとは比べ物にならない程バラけた花たち、狙いどころか距離もバラバラ、当たるはずがなかった。そのまま距離を詰める。三射目が放たれ、二発目同様に命中、ディスプレイからまた一つ目標が消え、その分だけ追加される。

 

 『これ、自分らを狙ってますね、向こうは全然攻撃を受けてない』

 

 そう前に座っているガンナーに言われる。そこでのうのうと窓の向こうに視線をやることはしない。こちらに攻撃が集中しているのならば結構、端から攻撃を受けるための出撃だ。距離が詰まり、相手もこちらの奇妙な挙動に慣れてきたことだろう。思ったとおり砲火が集中し、ようやく花園と呼べるような弾幕を形成する。『巡洋級』からは曳光弾と思しき光の線が飛び出し始めた。まさか機銃を装備しているとは思わなかったが、放っているのが『巡洋級』一体である以上、豆鉄砲にもならない。

 

 次の瞬間、いつまでも続くかと思われた花園が途切れる。敵の防空圏を抜けた・・・というわけではなさそうだ。奴らは、随分と綺麗に整列していた。次の瞬間その内の二隻が爆発炎――――片方は此方ので、もう片方は僚機の地獄の業火(ヘルファイヤ)だ――――のなかに消えるが、残り砲門はピクリともせずこちらを見ていた。そして、同時に発砲。

 次の瞬間、溝島機はほとんど前兆を見せず空に『舞い上がる』。スクリューコースター・・・とまではいかないがそれを思わせるような動き、ここまでのゆったりとした機動も確かに固定翼機とは一線を画すもの。だが、攻撃ヘリコプターの本領は回転翼機でしか成し得ない高機動にある。低高度での高機動はそれなりにリスクもあるが、そこは近衛師団の腕の見せどころ、といったところか。

 

 舞い上がる前の場所に一斉に花が咲く、花壇のそれを思わせるほど濃密なそれ、『敵さん』も中々やるじゃあないか、溝島はそのまま機体を傾け、水面に対しほぼ直角となった機体は慣性に従って飛行を続ける、自発装填までの猶予は僅か十秒ほど、とはいえ、相手に高性能機銃も、誘導弾もない。対空砲火の破壊力は未知数だが、懐に飛び込んでしまえば落とされる理由がなかった。

 

 目の前を高速で滑ってゆく溝島機、もしも敵対的危険生物に「意識」というものがあったならば、覚えたのは恐怖か、はたまたそれを通り越した畏敬か。何はともかく、頭は取った。

 

 溝島の号令――――英語だったのは戦後米国陸軍を参考に発展した自衛陸軍の歴史か――――を瞬時にガンナーが復唱、外れることを想定しないほどの至近距離で躍りながらロケット弾を放つAH-1Z。そこから繰り出された一つ一つの毒牙が、本機の愛称であるヴァイパーの名に劣らず敵を屠ってゆく。もう一機もこちらに到着、一方的な「蹂躙」を開始した。

 

 取り巻きを落とされた『巡洋級』が吠える。その口が唐突に汚い体液を振りまき始める。機首ターレットに取り付けられた20mmの機関砲が火を噴いたのだ。弾道は見えない――――曳光弾が備えられていないからだ――――が、間違いなく今の一瞬で100を超える弾丸が『巡洋級』の体を貫いたに違いない。

 

 しかし溝島は唇を噛んだ、相棒(ガンナー)の事を考えると彼は恐らく『巡洋級』の体全体に弾丸をばら撒いたはずだ。しかし体液が噴出したのは口の部分のみ(・・・・・・)、すなわち、奴の口と合体している砲塔部分にはダメージを与えていないという事に、もしくはダメージは与えていても即座に影響が出るレベルではないということになる。急所があるのは結構なことだが、頑丈なところがあっても困る。本来なら戦闘中にこんなことは考えないものだが、それだけこの戦闘は一方的だった。

 

 ともかく、溝島たちは空を舞い続ける。持ってきた弾丸、全てくれてやるまで帰るつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江島は押し黙ったまま何もない海上を見据えていた。背後には守るべき輸送船団。そのさらに背後で『囮』の巡視船が戦っている。敵対的危険生物の注意が航空機にそれ、既に弾着予想はしなくても済むようになっていたが。それでも緊張がほぐれるわけではない。

 

『報告、敵対的危険生物が・・・』

 

 そして、予期せぬ一報が。

 

『反転、遠ざかってゆきます』

 

 

 何秒合間があっただろうか。犠牲が出ずに済んだ。助かった。違う、今彼らの胸の内の感情はそんな緩い言葉で表せるものではない。

 やがて一人が、呟くようにいった。

 

「かっ、た・・・?」

 

 その一言を、ゆっくりと反芻、飲み込んでから、もう一度言ってみる。意味も知っているはずの言葉なのに、まるでオウム返しのように。

 

「かった・・・」

 

 初めに呟いたのは誰だったか。それは艦橋中に広がり、たちまち船全体、違う、船団全体の叫びとなる。

 

 

 そして江島だけが、この場の責任者としてあるべき顔を守り続けていた。視線は目指すべき目的地に向けられている。まだまだ航海は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タ〇五一九船団』

 

 タ〇五一九船団(た‐まるごういちきゅうせんだん)とは、日本が深海大戦明瞭期(厳密には敵対的危険生物対処行動中期)の2022年5月において、日本本土と台湾間を航海した日本の護送船団である。20万t級タンカー4隻を含む大型輸送船40隻あまりをしきなみ型巡視船「おおやしま」をふくむ17隻の海上保安庁船艇で護衛した。同時期の船団としては最大規模。

 

 5月20日に奄美大島沖にて深海棲艦の襲撃を受けるも、海軍機と巡視船「おおやしま」に乗船していた近衛師団所属ヘリによりこれを撃退する。

 しかしその2日後、台湾沖にて深海棲艦『潜伏級(潜水カ級)』十数隻による待ち伏せ攻撃を受け、大半の船が目的地である台北に到達することは叶わなかった。

 

(kikipediaより抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溝島たちの駆るAH-1Zはゆっくりと空を飛んでゆく、手負いの『巡洋級』は撤退することを選び、残された取り巻きを連れて逃げ帰った。戦略的にも戦術的にも、これが人類初の勝利ではないだろうか。

 

『機長、横を見てくださいよ』

 

 ガンナーの声に反応し、キャノピー越しに横を見る。隣にいたのは大型タンカー。平べったい巨体に石油を管理するためのパイプが並べられている。その末端、一番後ろに載っけられている巨大な艦橋構造物からバラバラと人が飛び出してきた。一体どこから取り出したのか国旗を振っている者もいる。それぞれバラバラに手を振っていたはずが、いつの間にか同時に両手を振り上げている光景に変わる。聞こえないはずの『万歳』という叫び声が風に乗って聞こえてくる。ほかの船でも同じような光景が繰り広げられているのだろうか。

 

 反対方向に目線を投げると、1000クラスの中型巡視船。そこでも出せる限りの乗員が舷側に並び、こちらへ向けて敬礼を送っていた。まるで英雄扱いだ。と僚機が無線で言う。

 

 

 溝島は、マイクの接続をわざわざ切って、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

――――本当の英雄は、海上保安庁(あんたがた)ですよ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定