模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-134Days

 日本の水無月(ろくがつ)はジメジメしている。窓の外では帝都上空に何日も居座り続ける灰色の雲がただでさえ重い街の雰囲気を重くしている。何が『水』の『無』い『月』だ。ふざけるのも大概にしてほしいとだいぶん前から思っていたが、そんなこと言ったって夏に向かって暖気団が北上してきているのだ。どうしようもない。天候を操ることは出来たとしても局地的なものに留まるだろうし、何より金がかかりすぎる。

 

 帝都への入口とも言える東京湾、陸地の中に食い込んだ内湾ゆえに波は高くなく、徹底的に進んだ開発によって浜辺や干潟はあらかた駆逐された、いまでは保護も積極的に進んでいるものの、手遅れである事に変わりはない。それでもまだ漁業が続いているあたり、海洋資源は多分豊富なのだろう。

 

 飯田は電車の最前列に座っていた。最前列と言っても目の前に運転手がいる・・・ことはない、ここは所謂新公共交通システム。運転手のいない車両はゴムタイヤに支えられ、高架の上に備えられた専用のガイドウェイに沿って走ってゆく。平日の真昼間ということもあってどの駅でも乗り込んでくる人は少ない、いや誰も乗り込んでこない駅の方が多い。飯田だって競争率の激しい最前列になんの罪悪感も感じずに座れる大人ではない。それほどに利用客が少ないのだ。

 

 

 車両は巨大な鉄橋を通る。右手を見れば東京湾、遠くに何かに使うであろう大型のクレーンと低いコンテナの山が見える。貨物船の類は一切見えない。ここは東京湾の奥の奥なので、前から見えるはずもなかったのだが、データとして来航する貨物船の数は相当減っていた。

 海を見るのがだんたんと嫌になってきた飯田は車内広告に目を向ける。以前からあるようなどうでもいい商品の宣伝と自衛官募集の広告、それと節約を求める張り紙。それらを見てまたしても気分が悪くなる。せっかくデスクから離れても、社会全体が敵対的危険生物の影に怯えている以上、仕事から逃げられるはずもなかった。もちろん逃げるつもりなどないが、責務を果たせ、責務をはたせと何もできない国民から言われ続けるのは・・・少なくとも楽しいことではない・・・国民は何も悪くないのだからこんなこと言うだけ無駄なのだが。

 そんなこと言わずに国民を守る立場にいる自分をもっと誇ればいいものを、と思う飯田であったが、ここ最近はどうにも自信が持てなくなっていた。もちろん外面に出すつもりなどないが・・・。

 

「(『巡洋級』の出現だけでも面倒だというのに・・・まさか魚雷攻撃を仕掛けられるとは・・・)」

 

 ジャワ島襲撃の際に確認された新種。ただ突っ込んで来るだけの『駆逐級』とは異なる運用、つまり『駆逐級』の援護を担当しているようだ。指揮も担当しているのではないかという分析もある。

 無理矢理砲門を乗っけたような姿も特徴的ではあるが、彼らは海中ではなく海上を移動する。海に潜ることはない。海上を回遊していることから、それは『巡洋級』と名付けられた。『巡洋級』がいれば『駆逐級』が百体はいる・・・現場ではそう言われているらしい。シロアリのような扱いだが、木造家屋(日本国)を食いつぶすという点では、言い得て妙だ。

 

 また『巡洋級』のおかげで敵を発見しやすくなった・・・というわけではないのが肝だ。

 

 もちろん彼らが海上を疾走してくるのなら発見はしやすくなる。偵察衛星から敵の位置を知ることができれば、ただでさえ貴重なガソリンと整備部品を食いつぶしてまで哨戒機を飛ばさなくて済む。だがそれは本当に些細な利点。

 

 船団は、奴らから「先制攻撃を受ける」という事態に陥っていた。巡視船艇とそれに便乗した陸軍の携帯火器では、射程が足りない。相手の命中率はアホみたいに低いそうだが、当たる「かもしれない」恐怖は並大抵ではないことだろう。ついでに命中率はゼロではないのが肝だ。

 

 それに加えて新種が出現、姿も分からぬそれはひとまず『潜伏級』と名付けられた。それは深い海の底から魚雷と思しき物体にて輸送船団を攻撃。護衛船団方式を採用したおかげで一時は落ち着いた被害トン数はV字回復・・・いやJ字回復(急激に悪化)していた。既に日本‐中華民国間の輸送ラインすら維持できるか怪しい状況だ。

 

 

 このように、輸送船団だけに焦点を絞っても状況は悪化しているが、東南アジア条約機構(SEATO)加盟国も危機的状況に晒されていた。

 

 『ジャワ島の悲劇』以後も次々と奴らに島を落とされ、それに伴って活動範囲、すなわち奴らが破壊行為を行う海域が急増。『巡洋級』との激しい砲撃戦を経てシンガポールが放棄されたのが先週だから、今後マラッカ海峡は魔の領域となり、マレー半島沿岸部には人が住めなくなることだろう。沿岸部から内陸に押し寄せてきた難民に対処するので各国軍は精一杯の状況であり、各地の治安は悪化、食糧事情もいよいよ悪くなってきている。

 そんな中で、戦力を温存し、とにかく自国内に資源を貯めることばかりに熱中している日本国・・・そろそろSEATO、いや大東亜経済会議加盟国は我が国の盟主としての素質に疑問符を抱き始めるころだろう。

 

 

 

 合衆国は何十年もかけて徐々に内憂外患の状況へ引っ張られたが、我が国は僅か三ヶ月で盟主の座から引きずり下ろされそうになっている。たとえ人ならざるものの手によって滅びるにしても早すぎるとは思わないだろうか。この国(Japan)とかの国(U.S.A.)、分かっていた力の差が、改めて身にしみる。

 合衆国といえば、どうやらあちらも状況は良くないようだが・・・そう言えば最近アメリカ関連の資料に全く目を通していない。この状況下での情報劣化は致命的だ。いったい自分は何をやっているのだろうか、そう嘆くも、車内のスピーカーは次の駅に止まることを告げるだけ・・・どうやら目的地についたようだ。

 

 

 

 

 

 

 「航空・海洋博物館」お台場りんかい副都心、そのやや外れにある展示博物館だ。1981年、航空母艦『新高』が退役し、ここへ寄贈されるまでは「船の科学館」と呼ばれていた。船の形を模した大きな建造物が遠目に見ても目を引く。惜しむらくは、船首が海側を向いてしまっているため、ゆりかもめの駅から見るとなんの建物だか一見わからないことだろうか。

 

 ゆりかもめのドアと同時に駅側のホームドアも開く、開業当初は近未来な雰囲気が漂っていたに違いない密室型のプラットフォームも、なんだか周りの薄汚れた建造物と同化してしまったように見える。自分が未来を感じられない大人になってしまったのか。それとも本当に過去の遺物になってしまったのか。いずれにせよ、時代(とき)の流れとは恐ろしいものだ。

 駅から降りた人は誰もいなかった。ちょっとシワが目立つ私服に身を包んだ中年がポツンと一人・・・これではまるで俺が暇を持て余した失業者みたいだ・・・なんて最近急増している失業者に失礼か。失業者といえば、『失業理由』が今、社会的な問題となっている。

世の中には失業保険が存在するが、失業理由が一身上の都合・・・すなわち自己都合退職ならば降りる保険の総額が会社都合退職より少なくなる。そして保険金の負担は会社にもかかる。だから会社は社員に『一身上の都合』と辞職届に書かせようとする。昔からリストラの時には少なからずあった手法と言えるが、第三次産業が高度経済成長以上のペースで縮小(・・)している今、根本的な社会問題と化していた。

 

 失業者にお金が回らないということは、彼らの消費がさらに落ち込むこととなり、景気の減速が進む、家賃滞納などで借り家を追い出された浮浪者たちは治安悪化の最大要因となる。失業者を減らし、治安を維持する。今進められている陸軍大増員計画はこれの解決にも一役買うと言われているが、その前に入営から一ヶ月ほどしか経っていない隊員たちの治安を改善しないことには、治安維持なんて難しい任務、出来るわけがなかった。

 

 八方塞がりな日本社会に閉塞感を覚えつつ、傘をやや引きずり気味に道を歩く。空から馬鹿にするような鳴き声が聞こえてきた。上を見る、カモメだ。距離を測って高度約四十メートル、足元に石ころがないか探し、傘を地面に置いて手頃な塊を右手に、左腕を照準器がわりにすれば、飯田型高角砲の完成だ。

 

 

「対空射撃よーい・・・」

 

「相変わらず何やってんだ、孝介」

 

「ん、カモメを打ち落とす」

 

 照準を定めたまま返す、脳味噌という名の射撃管制装置が「当たるわけない」との結論を弾き出した後だったが、構うものか。とりあえずこの石ころを投げてやる。しかしどうやら声の主も脳味噌のスペックは同じようで、同じ結論に至ったようだ。十数年前の小馬鹿にした調子で聞こえるセリフ。

 

「あんな高いところにいる奴を落とせるわけねえだろ」

 

「それもそうだったんだが・・・ちょっと撃ってみたくなってな。ゆりかもめでは見なかったが、いつからいた」

 

 腕を元の位置に戻して小石・・・というよりはコンクリート片を投げ捨てる。考えてみれば結構汚いな、そう思いつつ手を払う。向き合った相手はだいたい十メートルぐらいの距離をとっていたが、飯田が姿を捉えた時には笑みを浮かべながらこちらへ歩いて来ていた。

 

「りんかい線で来たんだよ・・・ま、その様子なら元気にやってるっぽいな」

 

「ああ、俺らは公務員さ、首切りの心配もなけりゃ倒産の心配もない」

 

「倒産するかどうかはお前次第なんだろ、『敵対的危険生物対策室長』殿」

 

 飯田は両手を広げてやれやれといったポーズをする。少しばかり口調を変えて声を出す。

 

「『これは国防ではありませぬ、民族としての戦いであります。国民一人一人がその意志をもって護国の防壁とならずんば、皇国はたちまち亡国となり果てるでありましょう』・・・似てたか?」

 

「藤木代議士か、軍高官がモノマネしていると知ったら涙を流して喜びそうだ」

 

 お互いに小さく笑う。気づけばどこにでもいそうな学生同士の会話。お互いに私服であることも相まり、異様な雰囲気が漂っていた。本人たちには至極普通な温度なのだが。

 

 

「・・・さとて、話を盛り上げる前にそろそろ行きますかね」

 

「そうだな、『新高』が待ってる」

 

 

 

 

 航空母艦『新高』。新高型航空母艦の一番鑑。基準排水量72,000トン・・・あの大和を上回る。もちろん戦果も大和以上である。500キロ爆弾に耐える装甲甲板、改大鳳型(高千穂型)で初めてお披露目となったアングルド・デッキはさらに傾き、日本海軍初の油圧式カタパルトがそこへ三機。搭載機数は艦内格納庫で82、甲板に駐機すれば100は超える。搭載機数ではあのアメリカ、ミニッツ級以上・・・とはいえ格納庫が二段式になっていたことが災いし、航空機の大型化に伴い二段式の格納庫では飛行機を入れられないという致命的な事態に陥り、結局二段あった格納庫を一段に統合、おかげで搭載機数は激減、この時の反省は次の中型空母である榛名型航空母艦の設計に大いに生かされるも、榛名の就役に伴い、退役した。

 

 しかしそれで終わらないのが新高、かつて日本一を富士山から奪い取った山であるだけのことはある(現在は中華民国への台湾返還に伴い富士山が日本一である)。

 

 参加した海戦は三十年で7回。長らく第一機動艦隊(一機艦)の旗艦を務め、あのキューバ危機でも騎兵隊のごとく駆けつけた新高の名を国民は忘れることができず、そこに伝説と化した「真珠湾攻撃(ニイタカヤマノボレ)」がちょうど良い調味料となり市民活動「新高に登ろう」が勃発(?)。それ自体は航空母艦『新高』の甲板の一般公開というイベントだったのだが、それから色々あり、気づけば船の科学館へ寄贈されていた。

 

 

『見学料は800円です』

 

 どうして人間味を持たせようと思ったのだろうか、優しく語りかけてくれる無機質な合成音声を奏でる自動販売機に硬貨を投入し、下部に設けられた口からチケットとお釣りを受け取る。

 

「こう、なんかないのかねぇ、例えば海軍手帳見せたらタダで見れるとか」

 

「あーそれ初めて望(のぞみ)をここへ連れてきたときやったわ・・・2006年の事だな」

 

「ならまだオートメーション化されてない頃かぁ・・・いいねぇ、リーマンショック以前の古き良き時代」

 

「俺らはその時代の学生じゃねぇかよ」

 

隣の旧友がボヤボヤ言うのを適当に返しつつ買えと言わんばかりに置かれた飲料自動販売機の策略に乗っかる。プルタブを開けるパシュッと心地よい音に耳を傾けると、後ろから心地よくない様子の声、振り返ると、困った様子の旧友。

 

「わりい、この五千円札両替してくれ」

 

 馬鹿にするような様子でカモメが鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入口の小屋に座っている老けた女性にチケットを渡し、新高の舷側へと続くタラップ・・・ではなくスロープを進む、あちこちに見える突き出したポケットのような高角砲台座、最終的には電波欺瞞紙(チャフ)発射装置や対空ミサイルであるシースパロー(海雀)システムの装備品が配置されていたそこは、まさに近代と現代が混ざり合う不思議な空間だった。

 

艦内は往時の風景を再現するかのように人形が配置され(妙にリアルに作られているので少々気味が悪い)、あちこちに解説文が乗せられている。ここに書いてあることを全て覚えて帰れば、ちょっとした軍事雑誌に負けないぐらいの知識はつくだろう。

 

「それにしても、すくねぇな・・・」

 

そう言う旧友、艦内に誰もいないかと思えばそういうことはなく、歩いていればどこかに誰かがいる――――もちろん人形じゃなくて生身の市民だ、念のため――――。しかし少なすぎるというのが正直な印象だ。

 

 実はこの新高、六月きりで公開を中止される。理由は『情勢の悪化』。確かにこういったでかい展示物は金を喰う、大分前の話になるが経済的な理由で以前まで展示されていた青函連絡船の『羊蹄丸』も公開を中止された。だが今回の理由は『情勢の悪化』。

 

「情勢の悪化・・・っていう理由になるのも頷けるな、いくら平日とは言え、新高との別れを惜しみに来る人もいるはずだ、こんなに人が少ないとは」

 

 かつて航空・海洋博物館の本館・・・つまりあの船形の建物が本格的な室内展示を中止したときは、別れを惜しんで大勢の客が訪れたそうだ。羊蹄丸もまた然り。

 

 だがこの艦――――記念艦である『大和』と同等とまではいかないが相当な人気を誇る『新高』にここまで人が集まらないとは・・・情勢は本当に悪化しているのだとよく分かる。

 そう言えば娘の望(のぞみ)がやけに不満そうな顔をしていたから事情を問いただしたところ、楽しみにしていた雑誌が休刊になってしまったらしい。

 紙の原料となるパルプもこの国は輸入に頼っている。もちろん本気になれば国土の大半を占める森林を切り倒せばいいのだが、そんな最終手段を使えるのは当面先の話になるだろう。失った森林は元に戻すのに時間がかかる。我が国の森林は土砂災害などの自然災害と密接に関わっている。無闇に切り倒すわけにはいかないのだ。なら森林を輸出している国はどうなるのだろうか・・・やめよう、これ以上は資本主義の話(批判)になってしまう。こんな情勢下で公安にしょっぴかれるなんてゴメンだ。

 

 

「そんじゃあ俺はちょっとトイレに行ってくる。お前は甲板の航空機展示場でも見てこいよ」

 

 『あいつ』もいるぞ、そう言う旧友の顔から色が失せた。一瞬身構えてから飯田は返事を返す、自分の顔も先程までとは変わっているに違いない。

 

「・・・分かった、また後でな」

 

 

 本当に別れを惜しむためだけにここへ来たのなら、どれほど良かったことか。言っても仕方のない嘆きを聴く者は、『新高』以外にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『新高』の甲板は広い。しかし今は狭い。どういうことかというと、そこらじゅうに所狭しと航空機が並べられているのだ。これって完全にNYのイントレピッド海上航空宇宙博物館のパクリだよね、いや新高の方が数ヶ月のレベルで早く開館しているんだけどさ・・・そんなどうでもいい感想を抱きつつ、並べられた航空機を見ていく。伝説の『ZERO』こと、零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)の姿を探すが・・・あれは脆弱なので格納庫に収容されていることを思い出す。見学客がある程度散らばっている新高の甲板上で視線を遊ばせていると、不意に声がかけられた。

 

「お久しぶりですぅ~飯田補佐官、それとも、飯田室長とお呼びしたほうがいいですかねぇ~」

 

「・・・久しぶりだな、記者さん」

 

 ここに来ていることは知っているし、それが目的なのも知っている。お膳立てしてくれたのはさっきトイレにった旧友だ。それでも、こいつの常に人を弄ぶような声質には気分を害され、飯田は顔をしかめつつ振り返る。ラフな格好とまではいかないが、スーツらしくもない白を基調としたコーディネート。茶色のショルダーバッグは人工皮革か天然ものか。後ろで結っただけの髪が揺れる。

 

「あれ、もしかして名前忘れちゃいました?」

 

 しょうがないですねぇ~と間延びした――――おそらくわざとだろうが――――声を出しつつ彼女はショルダーバックから何か、名刺入れを取り出した。そこから一枚引き抜いて、どうぞと渡される。

 

「申し訳ないが名刺は貰わないようにしている」

 

 受け取るつもりなどない。相手はそれにえぇ~と返し、しかし傷ついた様子も見せず名刺を下げた、名刺入れを仕舞わないあたり、まだチャンスは伺うつもりのようだ。名刺入れを手に持ちながら何を思ったのか『彼女』は悲しそう、というよりは嘆くような顔を作る。

 

「青葉の価値を分かっていただけないなんて、青葉、悲しいですぅ」

 

「貴様のそういうところがムカつくんだ」

 

「褒め言葉と受け取っておきましょう、でもいいんですかぁ、青葉を傷つけて?」

 

 さっきまでの演技は結局何だったのか、転じて笑顔になる青葉、コロコロ表情を変えるのは本心を読み取らせないためか、それとも単にこちらを弄ぶためか。彼女は続ける。

 

「若干31で軍令部の上位組織である統合幕僚本部入り、そして今や海軍幕僚長補佐官、艦隊勤務が少ないせいで昇格は遅れ気味かもしれませんが・・・それでも同期の中では十分に早い」

 

 そう、『あの雷艦長』、松原昌平と同じぐらいにね、狙っているに違いなく、青葉はその部分を無駄に強調する。彼が死んだのは過去の話、別段気にすることではない、だが久しぶりに振られたその話に胸ポケットに仕舞ってある二枚の写真が疼いた気がする・・・厨二病か、俺は・・・。飯田のそんな心境を知らず、彼女は続ける。

 

「あなたはトップエリートと言っても差し支えない人材です」

 

「ありがとう」

 

 あからさまな持ち上げにすかさず礼を挟む、彼女はちょっと不満げな表情を見せてから嗤い、褒めているつもりはないですよ。と体を明後日の方向に向け、数歩歩く。

 

「・・・ですが、今の立場がどれほど特殊で脆いか分からないあなたではもちろんないですよねぇ?」

 

 こちらを振り返った彼女は挑発の眼。流石は民衆の心躍らせる記事を書く奴は違う、といったところか。いつだったか琉球諸島事変と大戦期の沖縄占領(アイスバーグ)作戦を結びつけて敵対的危険生物のことを『77年前の亡霊』と称したのも彼女だった。こちらが何も言わぬことをいいことに、言葉を舌の上で躍らせる。狩りをするような余裕だった。

 

「飯田産業グループ(ざいばつ)創始者の孫、かつては陸軍将官であり現会長の父、まさに一族の力だけでのし上がったと言っても説明がつく家族構成。これだけでも怪しいっていうのに奥さんは――――」

 

「あいつは関係ないだろう」

 

 咄嗟に口から出た言葉にしくじったと内心顔をしかめる飯田と隠さずにほくそ笑む青葉。

 

「それは、世論が判断することだと、青葉は思いますがねぇ?」

 

「――――私を落として何になる、無政府主義者(アナーキスト)気取りか?」

 

 まさか、と空を仰ぐ青葉、どんより濁った空だ。カモメは飛んでいない。

 

「私はこの国がだぁいすきですよ?」

 

「愛国者だと?」

 

 こんどは飯田が嗤う番だった。青葉は臆することなく頷く。

 

「えぇ、青葉がいつ、反社会、反体制的な記事を書きました?」

 

「本当の愛国者は、国家を盲信できる人間だ、私はそう考える」

 

「なら、青葉は愛国者予備軍ですかねぇ?」

 

 彼女はクルッと一回転、僅かに残された少女の体つきと眼にこもった暗さがグラデーションを描く。

 

「青葉は愛国者になりたい。でも世の中は欺瞞だらけ・・・なら青葉は国家を盲信するに足ると裏付ける証拠が欲しい」

 

「貴様の自己満足のため、暴かれてはならない不可侵領域(タブー)を犯すと?」

 

「それが正しければ秘密を守る側に転じますよ・・・もっとも、厳重に隠されているものほど、歪んだ自己満足が多いですけどねぇ?」

 

 そう言ってから青葉は飯田へ正面から向き直る。

 

「ご安心ください、青葉はこの国が大好きです、あなたをいま失脚させれば――――それ自体はとっても簡単なんですけどぉ――――この国は滅びてしまうかもしれない」

 

 あなたが残っても滅びるかもしれませんがねぇ、とわざわざ人差し指を立てて付け加える。それから一言。

 

 

 

――――空軍庁が、動きますよ。

 

 

 そして彼女の鞄から現れる小さなコピー紙。

 

 もともとこうするためにここへ来た。コピー紙を受け取る。まさかこんなにあっさり情報を渡すとは思えなかったが、裏があるにしては変な印象を感じた。これも青葉の作戦のうちか。二つ折にされたコピー紙を開く。

 

 内容に目を通す飯田。青葉はその沈黙を埋めるかのように言葉を綴る。

 

「あなたの計画は理想的ではあるが現実的ではない。あなたは『XDay』を細かい日取りまで把握していて、それまでは動かないつもりでいる。ですけど、それを世論が許す(・・・・・)とお思いなんですか?」

 

「・・・何処から手に入れた」

 

 質問に答えてくださいよ、と言いつつ気にする様子は見せない青葉。

 

「情報源(ソース)は守る、これ、鉄則ですよね?」

 

「少なくとも普通の人間が手に入れられる情報じゃない」

 

「それが青葉にとっては最高の褒め言葉ですよ、名刺、もらっていただけますね?」

 

 二つ折にされたコピー紙の間に挟まれた先ほどの名刺。いや、さっきの奴より文字数(情報量)が多い。こっちが本命か。

 

「・・・とりあえず名刺(これ)は預かっておこう」

 

「やっと青葉を受け入れてくれるんですねぇ?青葉、嬉しいなぁ~」

 

 わざと気に障るような言い方をしているに違いない。だが飯田は付け加えるように言う。

 

「預かっておくのは期間限定だ・・・11月になったらこの名刺は破り捨てる」

 

 

 その言葉に、途端に「笑顔になる」青葉。

 

 

「まさか飯田室長がツンデレだったとは思いませんでしたねぇ~、ここまで追っかけてきた甲斐があったみたいで青葉、恐縮です!」

 

 そう言いながら小さな物体を放り投げる青葉、飯田も落とすようなヘマはしない。

 

「これは?」

 

「『ご褒美』ですよ、飯田さんは初めての海軍(ヒト)ですからね」

 

 それではまたっ、颯爽と去ろうとした青葉、ふと振り返り、こちらを見据えた。今までのどの彼女よりも強い視線で。

 

「室長、一つだけ忠告しておきましょう。青葉はオイスターソースが嫌いです。情報源(ソース)にだって美味い不味いがあります」

 

 オイスターソースとかはともかく、言わんとすることは分かる。飯田だって出処の分からない情報の危険性は知っている。敵対的危険生物の九州上陸(XDay)が11月1日だという情報は大迫海軍幕僚長からもたらされたもの、そして大迫はそれの根拠、情報源をひた隠しにしている。飯田はそれを知っている。だから、返す言葉は一つしかない。

 例え、虚勢であっても。

 

「私は耳と目を閉じ口を噤んだ人間(愛国者)だからな、脳味噌にぶち込まれた情報を信じ、手足を動かすのみ」

 

 青葉は僅かに口角を釣り上げたように見えた。それが侮蔑か、それとも心底面白がっているのかは分からない。

 

「へえ・・・都合のいい使い回しもあるものですねぇ・・・耳と目を閉じ口を噤んだ人間、嫌いじゃないですよ。それが本心でないあたりが、また・・・ね」

 

 飯田を見据える青葉。対する飯田は視線を逸らした。

 

「好きでも嫌いでもなく、貴様には無関心でいて欲しいものだ」

 

 先ほどの言葉が本心か否かの議論はしない。それ自体の議論は水掛け論だし、真実はどちらも知っていることだった。

 

「でも青葉、気に入っちゃいました、あなたが愛国者を気取るのならば、私があなたの目と耳になりましょう」

 

「私は対価を払えなし、払うつもりもない」

 

「タダでいいですよ。あ、その『ご褒美』は陸軍のです。まだまだ陸海軍も仲悪いですねぇ」

 

「随分と網が広いんだな」

 

「青葉のこと、大切にしてくれて損はないですよっ」

 

 では、何かあったらその電話番号まで。それを合図に、彼女は出口へと向かう。

 

「最後に聞かせろ、お前は何処から来た、何処へ往くつもりだ」

 

 その問に青葉は体を戻さず首だけをこちらにやる。彼女はわらっていた。

 

 

「私は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と長いトイレだったな、下痢か?」

 

「・・・飯田、まさかお前が漏らすとはな」

 

 旧友が戻ってきた。驚いた、というよりは困惑だろうか。そんな表情されても困る。

 

「紹介したのはお前だ、それにあいつは前々から付き合いがある(初めから落としどころは決まっていた)からな、問題ないと判断した、いやリターンの方が大きいと判断したまで、そういう点では今日は予想以上の収穫だよ・・・それで」

 

 問題はこれだ。といって飯田はあるものを差し出した。SDカードの64GB。

 

「これは?」

 

「青葉の『ご褒美』だとよ・・・」

 

 吐き捨てるような飯田の言い方。言葉と裏腹に眼は笑っている。彼の視線は恐らくもう新高を降りているであろう記者へ向けられていた。

 

「・・・内容は?」

 

 私用とは異なる携帯端末を飯田は振った。既に閲覧済みのようだ。

 

「見れば分かるさ、海軍情報局(おまえら)にもこのぐらい働いて欲しいもんだ」

 

「手厳しいな、しかし専門家には勝てまい」

 

 手渡された端末を手で触ってスクロールさせる旧友、途端に顔つきが厳しくなる。

 

「・・・なんだこれ、完全に内部資料じゃねぇか」

 

 

 そう呟く旧友をよそ目に、飯田は彼女の渡した名刺を見た。そこには名前と連絡先。職業はフリージャーナリスト。紙には『100%再生紙』とご丁寧に書かれている。常識外れにも程がある。よく見ると二種類の連絡先。片方には人を小馬鹿にするようなフレーズが添えられていた。

 

「何が一回こっきりしか使えない連絡先だ・・・」

 

 

 我々を馬鹿にしているのか、それともお前は本当に――――やめたやめた、青葉のせいでまた仕事が増えたのだ。考えなくてはならないことだけ考える。情報が足りないことは考えない、先入観を持たないことも大切だ。そう言い聞かせるのは、思考を回避する為でもあるのだろう。旧友も展示物も、何からも目を逸らしたくなった飯田は、青葉がそうやったように空を仰ぐ。

 

 

 

 雲は変わらずどんより濁り、カモメが頭上に戻ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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