『しんこうべ~、しんこうべ~』
流れる平和なアナウンス。降り立ったホームの人影はまばらで、売店すらも閉まっている。ドアから降りてきた乗客たちが駅を出るべく階段へと進んでゆくが、逆に乗り込んでくる者はほとんどいなかった。いや、正確には目立っていないというべきか。降りる乗客の数も決して多くはないのだが・・・。
「この前よりも静かになってますね・・・」
そう感慨深げに、しかしどこかのんびりとした雰囲気で告げる海軍士官、その後ろに続くのは海軍佐官。急ぐわけでもない彼らは去ってゆくホワイトの車体にブルーラインをまっすぐ走らせた車両を見送る。
ここでも空はどんより暗い、日本中がそういう天気なのだ。この時期は。
飯田少佐と小河原中尉の二人はそのまま改札へと向かう。責務ある特権階級である軍人の象徴とも言える改札スルーで駅舎の外へ、そこから用意された黒塗り乗用車に乗り込む。運転手を務める男――――十中八九、飯田インダストリーの社員だろう――――から遠路はるばるお疲れ様ですと形式的な挨拶の後、質素な弁当が提供された。
「車内で申し訳ありませんが、もしよければ、どうぞ」
それに頷き、包を開く飯田、それに習う小河原。本当なら車中で駅弁でも食べ、職務の合間に気持ちよくなりたいところであったが、
一旦車は神戸市外に入る、交通量の減った通りは車も少ない上に空気も綺麗だ。この夏、日本のどの自治体でも光化学スモッグ警報などという贅沢な警報を発令することはできないに違いない。
そんな時、飯田の目に大きな看板が写った。広告主を失ったところに海軍か内務省あたりがねじ込んできたのだろう、元から目立つデザインだったが、灰色に染まった空と街の中で嫌に目立っていた。そこにはこう書かれている。
『皇紀二千六百八十二年観艦式』
なるほど、娯楽を減らしておきながら、油をバカ食いする観艦式はちゃっかり行うわけだ。今回の観艦式には裏があるのだが、実際それを知る飯田でも飲み込みきれないものを感じてしまう。自分すらそう感じるのだから、この街の人間はこれをどのように感じているのだろうか。
「なあ小河原、国民はこの現状をどう思う?」
「個人的見解ですか、それとも公式?」
「公式なら、それに耳を傾ける人間はいるのか」
わざわざ周りを見回す小河原。それからいかにもわざとらしく漏らす。
「まあ、いませんねぇ、ええ」
嫌な話だが、これも立派な雑談なのだ。言ってみれば、娯楽の一つだ。
飯田製造神戸工場は、市街からそこそこ離れた場所に位置している・・・といっても、それは昔の話で、かつてはド田舎だったはずのここも、今では人口の集中により、近くまで住宅地が広がりつつある。見る者が見れば国家機密の詰まる軍需工場への『侵食』といってもいいものだったが、職員たちにしてみればお昼休みにコンビニやスーパーへと気軽に赴けるようになったのだから、まあ、良くも悪くも、といったところだろうか。
「おお、孝介。元気にやっていたか」
「無論です、千駄ヶ谷閣下。そちらこそ、お変わりないようで」
工場に到着してから十数分、重要な機密区画に入る前に陸軍の視察団を見つけることに成功した(?)飯田は千駄ヶ谷陸軍中将と久々の再会を果たしていた。お互いに統合幕僚本部に務める身ではあるが統合というだけ規模も大きい、いや、そもそも三省庁に管理運用が分割されている軍をどうやって統合運用するつもりなのだろうか・・・ともかく、陸軍幕僚部の千駄ヶ谷と海軍幕僚部、それも幕僚長補佐官を務めていた飯田は滅多に会う機会を持っていなかった。
「そうだ、ずいぶんと遅くなってしまったが祝わせてくれ、室長就任おめでとう」
「閣下こそ、第二軍司令への就任おめでとうございます」
飯田孝介の父である飯田啓介はかつて千駄ヶ谷中将の上司だったことがある。その頃から二人の間には交流がある。ちなみに、千駄ヶ谷も飯田の海軍入りに反対した一人である。
「親父さんは元気にやっているかね」
「あの人の元気の良さは、閣下がよりご存知でしょう」
「ははっ、それもそうだ、あの人は今でも省に乗り込んでくるからな、最近は会っていないが・・・まあ達者にやっていることだろう」
最近は会っていない、という千駄ヶ谷、つい最近会ったばかりだというのに。
そんな事を言えば先程まで千駄ヶ谷中将の資料に目を通していた飯田孝介も孝介である。いや、無理にスケジュールを合わせて飛び込んできたという点では、飯田の方がより悪意ある行動をとっていた。
「それにしても・・・閣下自ら視察とは・・・」
「電磁投射砲なんて海のものとも山のものともしれない兵器を使わされるのだ。理論が理解できなくとも、運用法ぐらいは知っておかねばならない・・・ふむ、場所が悪いな」
千駄ヶ谷はそう言いながら僅かに目を横に動かす、その先には千駄ヶ谷の部下である陸軍将校たち。居合わせた彼らの顔色は決して良くなかった。それも当然、ここに居るのは数少ない陸軍中将。それと和やかに話しているのは海軍、それもたったの少佐、時間と場所を弁えろというものである。千駄ヶ谷の脇に控える陸軍大佐がワナワナと震える。これほど分かりやすい怒りの表現方法もなかなか無いものだが、この調子では腰に差したサーベルを抜きかねない――――無論、潰してあるので殺傷能力はないが、そういう問題ではないのだ――――公衆の面前で陸海軍の軋轢を見せるわけにはいかなかった。
「では飯田くん、
「はっ」
また、という言葉をほんの少しだけ強調し去ってゆく千駄ヶ谷、それを追う数名の佐官と十数名の尉官。九州・四国、本土防衛における最重要防衛地域の守備を担当する陸軍第二軍の司令部要員たちだ。
「大所帯ですねぇ・・・」
先程まで一言も発さずにいた小河原が感心した様子で言葉を漏らす。
「我々が少人数で動きすぎているという現実もある」
「それはまあ・・・否定できませんが」
これでも最近は室員同士の連携もまとまって来ているのだ。それでも人間の数は足りない、なんせ敵対的危険生物対策室の管轄は文字通り日本全国、へたすればSEATO加盟全地域とも言えなくないのだ。
「まあ、人員不足以上にこの視察は
少数精鋭で行かざるを得ないと言う飯田。今回ばかりは、数の戦い、いや戦いですらない。陸軍と連携し空軍を抑えこめるかどうか。全てはそれにかかっているのである。
「ともかく、千駄ヶ谷さんと直談判だ。これで陸軍に探りを入れる」
「しかし、どうして千駄ヶ谷中将なんですか、富岡少将でも良かったのでは・・・」
「統合幕僚本部の富岡閣下ではダメだ。東京からの電話は有事に役立たず、いま四国九州の飛行場を持っているのは第二軍だ。彼らなら絶対に事情を知っているはず。知らなければおかしい」
「朝鮮を拠点にする可能性は? 空軍機なら朝鮮、いや満州からでも届くでしょう」
「故障機の退避場所も確保していないようであれば、日本自衛空軍はおしまいだよ」
「うーん、確かにそうですねぇ・・・」
『勇猛果敢』の後に続く言葉を考えれば、その可能性はありえますけど。と付け足しはしたが、小河原もそれを本気で言っているわけではないだろう。
「さあ、本来の職務である視察に入ろう。空軍のことも気になるが、我々の敵は化け物どもなんだ」
「君は
「ええ、どのみち明日には呉で会議ですし、東京に帰るのも資源の無駄です」
そんな飯田の返答に軽く笑う目の前の男、資源の無駄か、と続ける。
「全ての軍人がそういった態度でいてくれればいいものだが・・・」
『ぜいたくは敵だ』なんて、いったい何年前の言葉だろうか。しかしそれを国民の標語として使わなければならないほど、この国は追い詰められた。そして・・・この言葉が使われた時、日本は
この標語は、字面通りの意味だけでなく、『必ずや勝てる』という希望を国民に持たせる意味もあるのだろう。無駄なことを。
「第二軍司令部要員の方々は?」
飯田が問うと、男――――千駄ヶ谷陸軍中将はやや遠くを見るような目で視線を逸らした。
「とっとと広島に帰って、今頃は作戦会議だろう。電磁投射砲は新しすぎる装備だ。配置場所含め、作戦盤に落とし込んでいるところだよ」
そう言いながらこの空間の出入口に当たる所に視線を投げる、飯田がそれに釣られて視線を向けると、待機していた陸軍尉官がちらりと感情の篭らない目でこちらを見遣った。どうやら彼の今連れている部下はここに一人だけのようだ。彼は視線を戻し、話を続ける。
「まったく、君は人が少なくていいね、こっちは砲兵参謀やら航空参謀やら必要なのかも怪しい・・・なんて言っちゃあいかんな、ともかくそんな感じでぞろぞろと引き連れているものだから、疲れてしまうよ」
「とはいえ、千駄ヶ谷さんの管轄は西日本の太平洋側ほぼ全域の守備隊・・・隷下の兵士は数十万に及ぶのです。むしろ少ないぐらいでは?」
個人的な交流がある相手だ。年の差こそ意識すれど、互いに階級を気にするようなことはない。さん付けで呼ぶ飯田に対し、まあそういう考え方もできなくはないと返す千駄ヶ谷。
神戸市内のそこそこのホテル、そこにいるのは飯田と千駄ヶ谷二人のみだった。千駄ヶ谷は将官服に身を包んでいるが、飯田の方は私服である。今の時代、別に陸海軍の制服が混在しているのを見て文句をいう輩もいないだろうが、わざわざ服を着替えたのは面倒事を避けるために習慣に従ってしまう癖だろうか。
ともかく、二人の間にはグラスが置かれ、穏やかな雰囲気が漂っていた。
グラスの中身を傾けてから、千駄ヶ谷は煙草に火をつける。飯田が煙草を嗜まないことは知っているので勧めはしなかったが、千駄ヶ谷にしてみれば愛煙家だった飯田啓介の面影を持つ息子が頑なに煙草を拒む姿は不思議なものであった。
煙がゆっくりと宙に舞う。それが四散してしまう前に、千駄ヶ谷は口を開いた。
「うちの人間もほとんど半信半疑の様子だよ、天下の米国にだって実戦での運用経験がないんだ。よくあれを量産するところまで話を持っていけたな」
「飯田啓介会長のお力添えがなければ不可能でした。米国でも研究こそ進んでいますが、アレは初めから艦載用として開発されていたために威力自体はそこまで大きくないのです・・・そういう点では、飯田製造が開発を続けてくれていたことは幸運でした」
淡々と事実を述べようとする飯田に対し、千駄ヶ谷は飯田啓介会長・・・ね、とやや含みのある呟きを漏らす。稀に飯田孝介は飯田啓介のことを自分の父ではないように呼ぶ。飯田孝介が飯田啓介という陸軍少将をどう思っているかは知らないが、千駄ヶ谷は少し突っ込んだ話をしてみることにした。
「親父さんと一緒で相変わらず大胆なことをするな、お前は」
「そうでしょうか?」
「・・・今日陸軍将校のど真ん中に突っ込んできた奴が自覚を持っていないとは」
「確かに・・・あそこまで無理をする必要はありませんでした」
もちろん彼の大胆さは今日のことだけを見て判断しているものではない。一括りにして評価するのはおかしいかもしれないが、大胆なことを考えるのは親子一緒だ。飯田啓介は現場で、息子の孝介は図盤上と時々行動で。海軍を使わない作戦を、普通海軍が考えるものだろうか?
「そもそもお前が陸軍服に身を包んでいないことに驚きだよ、普通に考えて、お前が海に行く要素はなかった。そうだろう?」
「まあ、今思えば無理なことをしたとは思っています。皆にも迷惑をかけました」
飯田本人も、多少の負い目は感じているのだろう。やや目線をそらした。
「ま、俺は気にしてねえよ」
そうですか、素っ気ない返事。それから飯田のグラスが傾けられ、それが話の区切れ目となる。そこから先の二人は大したこともない世間話を始める、そのつもりだったのだが、互いに声が出なくなっていた。アルコールに声帯がやられてしまったとかそういう話ではない。話題が思いつかないのだ。考えてみれば、ここ数カ月で世間話が仕事と結びつかないようなことがあっただろうか。
そして、結局話は仕事のものに戻る。飯田の眼の奥に力が篭ったのを感じ、千駄ヶ谷は椅子に座り直した。
千駄ヶ谷だって馬鹿ではない。多忙の身である飯田がわざわざ話をする機会を求めてきたということは、何か目的があるはずだからだ。
「千駄ヶ谷中将は、航空兵力基軸の作戦を遂行すべきとお考えですか」
直球だった。それが信頼によるものか。それとも遠まわしに攻めても埒があかないからと考えたのか。それは分からない。
「ふむ・・・わざわざ呼び方を中将に変えたあたり、それは第二軍司令への質問とうけとっていいのか?」
「構いません、現場指揮官にしか見えない景色もある。父もよく言っていました」
純粋に意見を求める姿勢を見せる飯田。それに対し、千駄ヶ谷が抱いたのは、紛うことなき『警戒心』だった。
空軍が企てた『オペレーション・ニイタカヤマノボレ』、日本国自衛空軍の保有する爆撃機、輸送機をほぼ全て投入して行われる大規模航空作戦。陸軍がそれを知ったのは空軍庁からの退避用飛行場の提供を求められた時であり、その時点で既に計画は完成していた。そして空軍を静止すべき立場にある内閣がその作戦を支持しているものだから止めることもできない。
――――息子さんには・・・?
――――私が公私混同する人間に見えるのかね、孝介が立案した作戦は徹底的なまでの『受け』の戦略、海上で戦おうなんざ考えてもいない。教えて下手に動かれると困る。
先日、飯田啓介とあった時、彼は孝介に『情報』を漏らしていないと言っていた。そしてまだまだ若造と言わざるを得ない孝介が彼の父以上に強力な情報網を持っているはずがなく、目の前の彼は「オペレーション・ニイタカヤマノボレ」という単語すら知らないはずだ。
――――飯田孝介はそれを知って、自分に鎌をかけているつもりか?――――そう思うが、それにしてはド直球の質問、本当に意見を求めているだけかもしれない。
「・・・難しい質問だな、そもそも空軍が乗り気になるのか、という問題もある」
あくまで唐突に話を持ちかけられた風を装う。空軍はもちろんノリノリなのだが、飯田がそれを知っているかわからない以上、悟らせるわけにはいかない。
「構いません、空からの攻撃が有効ならば、哨戒機を使ってでも一撃を加えますよ」
ただ自分が心配なのは、奴らに陸軍が有効打を与えられたのは地上だったからではないのか、という点です。と飯田は続けた。間違ってはいない視点だ。実際人間の作った兵器の多くは地上、というよりは大気中で運用されることを前提として開発されている。それも当然だ。海底都市なんてまだまだSFの領域、海底油田などは海上に飛び出たプラントを押さえれば片がつく。海中を攻撃する兵器は対潜誘導弾と爆雷だけで十分だ。
しかし今求められているのは、まさに海底都市を爆撃するような任務であった。確かに『巡洋級』は常に海上を行動しているし、『駆逐級Ⅱ型』は砲撃時に顔を海の上に出す。それらの撃破は可能だろう。しかし陸戦において最も驚異である『駆逐級Ⅰ型』――――圧倒的個体数をもって黒い津波となり、地上に存在するものを文字通り『駆逐』する存在だ――――は上陸するまで海の底に潜んでいるのである。どうやって有効打を与えようというのだろうか。
「・・・常識的に考えれば、無理な相談だな、水中では爆弾本来の威力を発揮できない」
知っての通り、爆弾の殺傷能力は爆発時に飛散する破片が持っているものだ。しかし、水中でそれらが弾けることはない。水が防御壁の役割を果たすからである。防御壁を全身に纏った『駆逐級Ⅰ型』を相手にするなんて冗談じゃない。
「常識的、ですか」
そのままの実感を言ったつもりだったのだが、やけに食らいついてくる飯田。単に人類反撃のチャンスを伺っているつもりなのか、それとも自分の言葉から何かを聞き出そうとしているのか。下手に警戒心を持ったせいで飯田の沈黙に対応できない。そして、飯田は迷うような様子で続けた。
「・・・空軍の『佐伯大輔大将』が、国の防衛計画にない作戦の準備をしていることはご存知ですか?」
千駄ヶ谷は、先手を取られたことを悟った。聞かれたのは知っているか知らないか。迷うような答えじゃないし、答えるのに迷ってしまえば『知っている上に漏らしたくない情報』であるということを悟られてしまう。一瞬の時間稼ぎにと周囲に人の目が無いか見回すふりをするが、周囲に誰もいないのはさっきからのことだ。結局、飯田に向き直るしかない。
「・・・空軍から、故障機を退避させるための飛行場を確保するよう要請されたのは事実だ」
「自分はその件、第二軍はおろか空軍庁や陸軍省からも聞いたことがありません」
「対策室の方に報告するほどの案件でないと判断した・・・では納得しないだろうな」
「・・・」
飯田はこちらを見据えたままグラスに手をつけた。その眼に飯田啓介陸軍少将と似たものを感じたのは父の面影を引き継いだだけか、はたまた彼が父と同じものを持ち合わせているからなのか。いずれにせよ、目の前の若造が面白い人間であることに代わりはなかった。
飯田がグラスを置き、口を開く。
「・・・確かに、国民へのアピールは必要かもしれません。国民が望んでいるのは絶望的な総力戦ではない。そのくらいは分かります」
明治維新以来の戦闘国家である日本でだって、徴兵制が志願制に変わって三十年、国民が戦争のリアリティを失って久しい。陸軍の主力はだいたい満州や英国印度に展開し、内地の部隊は展示品のようなものだ(こういう言い方をすると内地の部隊は怒るかもしれないが)。そして戦場に赴いたとしても、遥か彼方の空の上で制空権を奪取できたかどうかでだいたい勝敗が決まってしまう。そしてその制空戦も、相手の顔を見ずに数十キロほどの距離でミサイルを撃ち合い、ドックファイトに至る例は少ない。そもそも正規軍同士がぶつかり合う事態が少ないのだ。もっとも最近の正規軍同士の戦闘行為は2013年の第十次上海事変だろうか、もう九年前の話だ。そしてそれも、国民にとってはテレビの先の世界の出来事。
そのような状況だから、国民が望む戦争はテレビに『勝利』と表示されるだけの戦争。自分たちの街に敵が来る状況も、戦争のために自分たちが身を切らねばならない状況も頭にない。
ですが、と飯田は続ける。
「現状、海にいる奴らに有効な打撃を与える術はありませんし、国民もそれを理解しています。理解しているはずです」
繰り返した理解しているという言葉が願望に聞こえたのは気のせいではない。
「だが、国民の不満が高まっているのは事実だ。どのみち戦果は軍にも分からない。攻撃をしたというアピールをさせてもいいのではないか?」
千駄ヶ谷の主張は最もである。攻撃という事実。我々は敵対的危険生物に対して手をこまねいているワケではないぞという自己満足。
それだけでも攻撃に意味はある。
「ですが・・・あの佐伯大将が形だけの攻撃案を作っているとは思えないのです」
「お前の意見も最もだな・・・彼がこれまでやってきたことを考えれば」
同意を示した千駄ヶ谷に、飯田は一瞬視線を落とす。それから思い切った様子である言葉を言い切った。
「私は、『特殊弾頭』の使用がなされる事態も想定すべきかと」
「滅多なことを言うな、空軍庁の独断でそんなことが出来る訳がない」
「独断でなければ、どうでしょうか」
沈黙。
「・・・今まで何人死んだか、閣下はご存知ですか」
それは、飯田も知らない数字である。誰も知らない数字である。この数カ月で、オセアニア・東南アジアの小国がいくつか消滅した。そこにはSEATOの主要国であるシンガポールも含まれる。東南アジア最大の国家であるインドネシアも、ジャワ島とスマトラ島を侵され、半ば放棄したことでもはや死に体。政府は自国領のニューギニアでなく英国印度のデリーへ亡命してしまう始末だ。難民の数は数えきれず、食糧事情も悪化の一途。インドシナ半島の国々がいつまで国家の体裁を取れるかは、まさに神のみぞ知る、といったところか。
「食料が無くなる前に人の生きる土地がなくなってしまいそうな侵攻ペースです。国内の世論にも、特殊弾頭使用もやむなし。といった論調はゼロではありません」
「・・・空軍がそれをやりかねないと?」
「自分には情報が回ってきていません。何をどうしたって、推測の域を出ないんです」
ですが、海中の敵に打撃を与える最も有効な方法は、『ス号爆弾』。すなわち原子爆弾であることに疑いの余地はありません。
小河原は、行きの新幹線で読んでいたものとは違う雑誌を捲っていた。飯田の姿を認めると同時に、鞄の中に仕舞う。
「どうでした?」
飯田が浮かべたのは、意外なことに暗い表情だった。節電の関係で平時より暗く感じる繁華街がその様子をより一層強く感じさせる。
「・・・ありゃ望み薄かな、千駄ヶ谷さんは恐らく作戦を全て把握している」
千駄ヶ谷との会話は結局核兵器に触れた飯田が窘められるような形で終わってしまった。彼は自分も調べられる範囲で調べてみよう、とは言ったが・・・結果を教えてもらえるとは到底思えない。
「一応
「では、原爆使用はない、と」
「普通に考えろ、オペレーション・ニイタカヤマノボレの実施海域は四国沖、そんなところで原爆を使う馬鹿がいるか?」
「では空軍はどのようにして攻撃を行うというのです?」
「分からないが・・・千駄ヶ谷さんは知っているんだろうな・・・恐らく」
知ってはいたが、自分は組織に食い込んでゆくにはあまりに無力だ。今回相手の懐に迷わず突っ込めたのはやはり千駄ヶ谷中将を信頼していたからであるし、それ以上の選択肢がなかったからであった。少佐なりによくやっている、では駄目なのだ。それぞれがそれぞれの考える通りに行動する限り、この国を守ることはできない。
そしてまた、自分に世論の配慮すらしない無茶なところがあるのも事実だった。世論が伴わなければ、現代国家の運営は不可能だというのに。
「国家の生存以前に、戦後世論を見据えねばならない・・・か」
今日も、月は雲に隠されたままだ。