「通信、回復します!」
『こちらは東南アジア連合軍最高司令部、聞こえるかね』
日本国の国防を司る指揮所と言えど、戦時体制のSEATO軍においては下部組織となってしまう。飯田たち東京の軍人たちは、目の前のやりとりをただ見つめるしかない。100メガトンという世界最強の核爆発の影響を受けて途絶していた通信が回復し、スピーカーからパイロットの声が聞こえてきた。
『通信回復しました。感度良好、オーバー』
『状況を報告せよ』
『爆発を確認、衝撃波で機が相当煽られましたが、飛行に支障ありません、オーバー』
『詳しく報告してくれ、ソ連軍核兵器は爆発したんだな?』
『間違いありません。眼の前に大きなキノコ雲が雲を突き抜けるように飛び出しています。こんな大きさ見たこともありません、オーバー』
映像もなく、パイロットの見ている風景を脳裏に思い起こすことはできなかったが、恐らくは一度も人類が見たことのない爆発なのだろう。10キロトンでも都市に致命的なダメージを与えられると言われている原子爆弾。たった今投下された爆弾の威力は100メガトン。爆発の規模を想像しろという方が無茶な話であった。
『・・・そうか』
最高司令の安堵のため息が聞こえる。安堵していい状況かはともかく、SEATOは全面核戦争の「ゼロではない可能性」から解放された。
この場においても僅かに空気が緩む。そしてこの場にいた統合幕僚長が大声で全員に聞こえるよう叫んだ。
「現時点を持って、核戦争は回避されたと判断する。統合幕僚部第一庁舎の閉鎖を解除。対爆警戒態勢を防空警戒準備態勢にシフトせよ」
核兵器投下を想定した対爆警戒態勢から2段階下の警戒ランクである防空警戒準備態勢へのシフト、事実上の終息宣言だった。男たちは無言で動き出す。そこには様々な思いが混ざっていることだろう。
「さて、
そう言いながら、大迫が立ち上がった。それから一旦飯田の方を向き、
「ここからが正念場だぞ」
と告げる。彼の言葉通り、ここまでは流れ作業である。対策室室長としての真の仕事は、これからだ。
「はい」
「よし」
大迫は飯田の肩を叩いて去っていった。入れ替わるように小河原が話しかけてくる。
「少佐、室の方に戻りますか」
「いや、ここに残る。ここの方が情報が早いからな・・・お前らは復旧作業の応援に迎え」
「了解しました」
飯田は大画面に再び目を向ける。通信が復旧し、画面の奥、回線の向こう、通信衛星のその先で、汚染された大地のモニタリングが続けられている。不思議な話だ。自分たちは守るべき国民が地に足をつけ、敵対的危険生物の恐怖に怯えて生きている中、安全な核シェルターの中で紅茶を飲みながらのんびり核爆弾が炸裂する様子を観戦していた訳だ。国民を混乱させない為とか言って核爆弾を搭載した飛行機が飛んでいることはひた隠しにされ、全てが終わってから結果論として示される。これを見て国民は・・・そこまで考えたところで、携帯が着信を知らせるようにブルブル震えた――――ここは地下であるが、相当な金をかけたシェルターだ。携帯が使えるぐらいの施設にはしてあるのだろう――――。部下に一声かけ、普段は足を運ぼうとも思わない喫煙所へ向かう。予想通り喫煙所は無人だった。
携帯を取り出す。着信があったのは私用の携帯。外部への報道はまだのはずだが・・・と思って画面を見ると、『公衆電話』との表示。腹のそこから嫌な予感がむくむく湧き出てきた。
とはいえ、出ないわけにも行かない。
「もしもし」
『どもぉ!こんにちは、中国の青葉ですぅ!』
青葉、何が面白いのか自分に情報を送りつけてくるフリーライター。電磁波に乗せても声の調子は変わらないようだ。周りを見回すような下手はしないが、一応周りに気配がないか目を走らせる。それから一言。
「・・・貴様か、何のようだ」
『えぇ、独立饅頭が思ったより美味しかったのでご報告を』
「・・・」
はぁ、とあからさまなため息が聞こえた。
『無反応ですかぁ・・・面白くない人ですねぇ・・・ま、いいですけど。結論から言うと青葉は中国にいます』
「それはさっき聞いた、独立饅頭っていうんだから『人民共和国』だな」
中華人民共和国、北の満州国と南の中華民国。両者に挟まれ僅かな領地しか持たないものの、黄河一帯を支配し、上海あたりまで勢力を伸ばす共産主義国家。一応ソビエトに次ぐ仮想敵国だが、前回の第十次上海事変以来目立った動きはしていない。
このご時世にそんな人民共和国へ赴くとは、一体彼の地に何があるというのだろうか。飯田はそんな疑問こそ抱いたが、記者は自己責任であちこち飛び回るものだ。
『ええ、「面白いこと」が起きそうなので取材にやってきました。今は観光がてら北京を散策、今ちょうど血の天安門広b・・・おっと誰か来たようですね』
「・・・」
一体どう反応しろと。
『・・・せっかく核兵器で荒んだ室長の心を癒してあげようと思ったのに・・・青葉渾身のネタをスルーですか、そうですか・・・』
言葉とは使いようだ。青葉の場合本当に悲しんでいるように聞こえてしまうのだから恐ろしい。しかしそんなことはどうでもよく、自然と声のトーンが落ちた。向こうがガッツポーズを決めている様子が目に浮かぶが、そんなこと言っていられない。
「核兵器?何の話だ?」
見え見えの鎌に引っかかるような失態はしない。核兵器使用の件はまだ報道されていないから知らないふりをする飯田。声のトーンは落としてしまったが、出し抜けに核兵器の話をされれば誰もが声を潜めるものだろう。
青葉もそのぐらいは分かっているようで、乾いた笑い声を交ぜながら告げる。
『もういいですよぉ、はぐらかさなくて・・・投下場所は南アフリカ人民共和国領マダガスカル。落とされたのはツァーリ・ボンバ、核出力100メガトンの水素爆弾』
採点は?冗談のように問う青葉。そう問われたなら100点と返すべきなのだろう。いや日時と詳細な投下地点を言えていないから75点だろうか・・・いや何を考えているんだ自分は、そんな言葉遊びに付き合う訳が無いだろう青葉。飯田はそう冷めた視線を大陸にいる青葉へ向ける。仮にこれが録音されていた時のリスクを考えてみれば、どんな形であれ認めるわけにはいかない。
「
またしても青葉がわらった。そんな気がした。
『流石は室長ですね・・・まあ青葉がなんで知っているかは、簡単なことですよ』
次の言葉に飯田は言葉を失うことになる。
「・・・録画映像を、放映?」
『ああ、その話は私も聞いた。今回ばかりはしてやられたな・・・』
電話先の大迫海軍幕僚長も疲れを隠せない声で言う。帝都はそろそろ夜明けを迎える頃で、統合幕僚本部の窓からも徐々に青みがかって来た空が見える。
マダガスカルに核兵器が投下されてからわずか数時間。投下直後に共産圏の国々の公共放送やインターネットで配信された核攻撃情報は瞬く間に世界中へ広がった。冷戦期ならば考えられなかった事象であるが、これが情報社会の恐ろしさである。
「ええ、ですがいずれは公開される情報でした。確かに共産サイドに一人勝ちされた感はありますが・・・逆に共産の横暴と言う雰囲気が強まって世論にはいい刺激剤となるのではないでしょうか?」
重い声を発する大迫とは対照的に、飯田はそこまで状況を問題視していなかった。どのみち核兵器の使用なんてデリケートな事を独断でやれる軍人はいない。そして国内世論も直ちに核兵器を使用せよといった流れに傾くことは考えづらかった。それよりむしろ、放射能汚染の可能性を無視して勝手に核兵器を投入したソビエトへの批判が高まることだろう。
世論がソ連を攻撃しようと、ソ連も日本も痛くも痒くもない。出来ることなら、熱しやすく冷めやすい世論にはそういった形でガス抜きしていてもらいたいところだが・・・。
『そういう方向に流れれば良かったのだがな・・・ソ連が出す戦局情報が的確すぎた。敵対的危険生物はマダガスカルから撤退しつつある』
「それ自体はまあ、当然の結果です。放射能が風に乗って流れてくるんですから」
水素爆弾はその名の通り水素を使用している。しかし放射能汚染がないかと言うとそんなことはない。そもそも水爆の起爆剤として使われるのは原子爆弾だ。結局大量の放射性物質がばらまかれる。今回破裂したのは100メガトン。威力も相当なものであることを考えれば、爆発のすぐ後の地表汚染は激しく生命体は燃え盛る業火に炙られた枯れ草のように死んでしまうだろう。味方が正体不明の攻撃でいきなり全滅してしまい、その後もどんどん倒れてしまっているとなれば、一時退却は愚策とは言えない。敵対的危険生物にはそれぞれの群れで連携するだけの能力がある。これはもともと分かっていたことで、退却するのも当然だった。
『だが、国民がこれをどう捉えるかは、まあ分かるな?』
ええ、と小さく頷く飯田。人類初の大勝利である。
「・・・大きな島一つ、加えて周辺域に棲む生物が一瞬で死んでしまうような放射能を生み出しての勝利が人類初とは。大本営発表も泣いて逃げ出します」
『誤解を招く発言は止め給え飯田。君がそんな調子じゃあ、明日・・・いやもう今日か。ともかく私が不安になってしまう』
飯田のブラックジョークを珍しく止めた大迫。普段ならこの程度は会話の潤滑油であるはずなのだが・・・。妙な言い回しの大迫にどことなく漂う違和感。飯田はすかさず問う。
「何があったんです?」
大迫はやや重めの口調で答える。
『どうも・・・国民が騒いだせいで野党が勝負どころと見たようだ。飯田敵対的危険生物対策室長は――――明日、国会議事堂で答弁をする』
「はぁ?」
叫ぶと同時に自分が誰に向かって叫んでしまったかを悟り、失礼しましたと素早く謝る。構わないさと大迫は返し、あまりに唐突な宣告であったがゆえ、驚くのは当然だと逆にフォローを入れられる。
『こんなの異例中の異例だ。なんとか海軍大臣への質問の形にしたかったんだが押し切られてしまった・・・質問の内容は九州防衛の作戦計画の概要。それと今後の攻撃に使用する兵装に関するものだ』
後者が本命だろうな、そう告げられ、飯田も同意の意を示す。まさかこんなタイミングで政治が登場するとも思えなかったが、ソビエト連邦の核兵器使用は朝になる頃には知らない人間の方が多くなるはずだ。国民はそれを格好の会話の種とするだろう。水素爆弾の使用は許されるものなのか。なし崩し的に核軍拡が進み、東西情勢が再び悪化するのではないか。汚染などはどこまで広がるのか。
必要な議論ではある。この国の未来を語るためにも。しかし語るほどの余裕がないのが現実なのだ。どの道を辿ろうと、
「防衛案は固まっているんですがね・・・」
今更口出しされても困ると言いたげな飯田の口調。もちろん、それで済まされるなら楽なことはないだろう。一昔前なら統帥権を持ち出してはぐらかすことも可能であったが、今の時代において統帥権は内閣総理大臣、ひいては総理を支持する議会に委ねられている。説明責任はもちろんのこと、何か変更せよと言われれば変更しなくてはならない。
『政治あってこその国家、国家あってこその軍隊だ、政治家が使えといえば核でも使うし、戦うなと言われれば国民を見殺しにする。それが軍隊だ』
「理解しているつもりです」
『質問通告とこっちで作った答弁を送る、ボロが出ないよう敵対的危険生物関連の公式見解は全て言えるようになっておけ、一字一句違わずに、だ』
分かったな。海軍幕僚長の命令である。
『おはようございます。2022年6月28日、午前七時の「おはよう日本」です。』
ニュースキャスターは画面でいつもと変わらずしゃべる。コメンテーターのいい加減な発言を嫌う飯田は国営放送以外のニュース番組を見たことがなかったが、ほかの放送局でも今日ばかりは同じ内容を放送していることだろう。
『先程からお伝えしているように、日本時間で昨夜、南アフリカ人民共和国領マダガスカル島に上陸した敵対的危険生物の迎撃のため、ソビエト空軍は水素爆弾の投下を実施しました。投下された水素爆弾の核出力は100メガトン。これは1961年にソビエト連邦が行った人類史上最大の核実験の2倍に相当します。南アフリカ政府はこれの投下により敵対的危険生物の撃退に成功したと発表しており・・・』
「少佐、別にそんな分かりきったニュースを見る必要ないんじゃないですか?」
小河原にそう言われる。そんなもの見ていないで仮眠をとってくれとまでは言わないが、彼は先程からしきりに飯田に仮眠を取ることを勧めていた。仮眠の必要性は理解しているが、今は仮眠をとっている余裕などないだろう。
「全国民が対策室の一挙一動に注目している状況だ。下手を打ちたくなければ此方も相手の一挙一動を見極める必要がある。テレビ以上に国民が目を通すメディアはない」
世論を知りたい、ならば一億五千万の食卓に赴き、国民が何を語っているのか直接聞くのが本当のやり方だ。しかしそんなことは不可能なわけで報道のされ方から世論を予想する――――厳密にはメディアが作ろうとしている世論を予想する――――しかないのである。
「それにしても、まさか東側が奴らを初めて撃退した勢力になるとは・・・」
飯田のタブレットに映るニュース画面、それを覗き込みながら小河原は感慨深く呟く。ニュース画面ではキャスターが状況を説明しながら現在のマダガスカルの様子を分かりやすく図にしたパネルを示している。核爆発の後、敵対的危険生物は逃げるようにマダガスカル島から去っていった。衝撃波が地球を4周するぐらい大きな核爆発とはいえ、所詮火球の半径は数キロ、薙ぎ払った範囲はそれ以上だったが、マダガスカル島に比べればずっと小さい。
敵対的危険生物は核爆発の威力に驚いたというより、放射能を恐れて逃げたといっても過言ではなかった。
「ああ、しかもマダガスカルは当面住めない地域となるに違いない、しかし・・・ソ連は大勢の難民を生み出しつつも奴らの撃退に成功した。この事実は見逃せない」
『・・・政府は今日にもソ連大使を呼び出し、不用意な核兵器使用を厳重注意するとしています』
「政府も『厳重注意』で済ませる。抗議とまではいかない・・・ソ連はそれだけの成果を上げた・・・手をこまねいている我が国よりずっと先に」
飯田はそう言いながらタブレットを机に置いた。椅子を回し窓から差し込む朝日を正面から受け止める。目を僅かに細め、それから小さく息をついた。
第百九十回通常国会。150日という法律に定められた会期通りに閉会するのであればもう閉会しているのであるが、今年は敵対的危険生物対策のための関連法案を整備する関係上、延長法案が成立している。今日までに既に50を超える敵対的危険生物対策の時限法案が成立しており、ここもまた、敵対的危険生物と戦う「戦場」の一つと言える。
「・・・何か飲みますか」
「いや、大丈夫だ」
飯田は築100年を優に超える建築物。その用意された一室に腰を下ろしていた。もちろんその建築物の名は国会議事堂である。
議員が各大臣に質問を行うとき、その内容は事前に通告される。そうしなければ責任ある回答を行うことは難しいし、ただの人間に過ぎない大臣に担当している領域全てを把握してもらうのは不可能だからだ。
質問内容が通告されるのは大抵前日、質問が抽象的なことも多く、答弁の作成はまさに時間との戦いだ。
今回の質問は担当部署が分かりやすいからいい物を、回答者を大臣ではなく飯田対策室長に指定してきたのは問題である。異常といってもいいだろう。国会に立つということは下手な発言――――もちろんするつもりはないが――――をすればこのタイミングでの失脚もあり得るということ。もちろん、国民に納得してもらうため直接の担当者に喋らせたいという思惑もあるのだろうが・・・。ともかく、危険な行為に違いはなかった。それを直前に控えているのだ。こうやって緊張するあたり、自分もただの人間である・・・なんて自虐で緊張を誤魔化す。
その時唐突に扉ががちゃりと開いた。迎えがもう来たのか、早すぎる。そうは思ったがここは政治の舞台。飯田の知らない世界である。何があってもおかしくはない、ハズなのだが・・・。
「おや、部屋を間違えてしまったかのう」
「!」
入ってきたのは深い緑の主張が激しい和服に身を包んだ老人。腰を僅かに折り杖をついている。
祖父が財閥の創設者という関係上、飯田だって政治家を生で見た事がないわけではない。しかし見たことがない一般人でも分かるだろう。眼の前にいるのは、政治家を超えた『何か』だ。
「ほお、若いの。初めて見る顔だな、名前は」
問いかけの口調ではない。だが平坦なはずの口調から滲み出るのは強い命令。飯田は慌てて立ち上がり、敬礼。目の前の老人は上官ではないので小河原は敬礼をしなかったが、彼も直立不動の態勢を作った。
「日本国自衛海軍少佐、飯田孝介であります!」
「うむ、威勢がよくて結構。儂は貴族議員の
淵曽根
飯田は何も言わない。この老人の言うことをまるまる信じるならば部屋を間違えてここまで来てしまったということだが、貴族議員として四期二十八年、
つまり、そういうことだ。身が引き締まらない方がおかしかった。
そんな飯田の様子を鋭く見抜いた淵曽根は、腹のそこから笑い声を出した。肩まで揺らして笑う。
「そんなに畏まることもなかろう、軍人は政治家に横柄な態度を取るのが『せおりー』だろうに」
「それは帝国軍時代の
「ほお、わずか数年の独断専行を陋習呼ばわりとは、25年戦争時代の軍を随分と評価しておるのだな」
「・・・」
せおりーとかなんとか言ったのはそちらの方だろうに、とは言えない。
「まあ良いわ、せっかく出会ったのも何かの縁。確かお主は深海棲艦との戦争を指揮しておるのだったな」
「・・・畏れながら、敵対的危険生物対策室長を拝命しております」
訂正事項は二つ。自分の担当している相手は深海棲艦などという名前ではなく敵対的危険生物。そして奴らと『戦争』はしていない。我々がしているのは『対処行動』だ。それを自分の役職を紹介するだけで主張する。
淵曽根にそれが通じないはずはない。ところがどうしたことか、彼は眉をひそめた。露骨な感情表現に一体何が気に障ったのかと疑問が浮かぶ。いや、彼が自分の発言に眉をひそめたのは分かる、しかし分からない、どうして敵対的危険生物という呼称が気に入らないのだろうか。どうして深海棲艦などという呼称を好むのだろうか。
「ふん、まあ呼び名などどうでもいいわ。ともかくお前はその化け物どもと戦っている」
「・・・」
硬直がもたらす沈黙。淵曽根は間合いを図るように構え、飯田は駆られる獣として身構えた。淵曽根は話を一旦区切るように咳払い。
「さて、儂と違って国民に無駄に人気のある奴がいる。そやつは空軍で勲章が大の好物だ」
向こうはこちらの
「佐伯大輔、空軍大将ですね」
「そのとおり、そやつの考えている一大作戦。お主も知っておるのだろう?」
オペレーション・ニイタカヤマノボレ。空軍の佐伯大輔が主導していると思われ、陸軍もある程度は協力している作戦。しかし実際にどのような作戦なのか、佐伯大輔に作戦立案を命じた人間がいるのか、それとも独断専行なのか。作戦の最終目的は何なのか。飯田はそれを知らない。何も知らないのだ。
「・・・一応は」
「ならばお主に『わんぽいんと・あどばいす』を授けよう」
この人は横文字が好きなのだろうか。普段の飯田ならそんな事を頭の片隅に抱いたであろう。しかしこの瞬間においては、そんな余裕もない。
「お主が守るべきは国家・・・そして民族。国民ではないぞ」
淵曽根はずっと同じ調子で話している。にもかかわらず、飯田と小河原には同じように放たれたこの言葉だけが異様に低く聞こえた。気のせいだろうか。
「畏れながら、日本国は単一民族の統治する国民国家であるはずですが」
国民国家。国家内部の全住民をひとつのまとまった構成員として扱い、それを統合することで成り立つ国家。一つの民族が一つの国家を構成するという考え方である。日本は単一民族(朝鮮人を同じ民族と見なすかは未だ議論が続いているが)で単一国家。民族は国家を構成し、国民はすなわち民族である。
よって、国民と国家、民族は不可分、全て分けられない存在であるはずだ。
「お主の考えは甘いと言わざるをえんよ、国家は家族とは違う。仲良しこよしでは、語れない世界だ。それをわかっとらん」
飯田は無言で抗議の視線をぶつけるが、淵曽根は構うことなく続ける。
「身内に甘いやつが他人に強く当たれた試しはない。お主は「日本国民」に甘い。護ろうとしている。そしてそれこそ、亡国の種よ」
「・・・」
「ともかく、もう新高には関わるな。そしてお主に与えられた使命を果たせ」
使命とはすなわち、護国よ。淵曽根の視線が飯田に絡みついた。
続いた沈黙は僅か数瞬、淵曽根は背を向けて扉の方へ向かい始めた。背を向けながら一言。
「さて、儂はどうしてこんなに時間を割いてしまったのやら・・・ここには誰もいないというのにのう・・・」
飯田は無言で淵曽根を見送った。狩られなかったのが奇跡に思えた。
無力な海軍少佐は今、国会議事堂にいる。
【対策室長、核兵器使用の可能性を否定】
統合幕僚本部の飯田孝介敵対的危険生物対策室長は28日の特別審査委員会にて、「日本領内における敵対的危険生物対処行動で使用される戦力に核兵器自体存在しない」と国内での核兵器の使用を強く否定した。
ただし国外での使用に関しては、最高指揮官の判断なく行うことは決してないとしつつも、「同盟国と時勢によっては使用に踏み切らざるを得なくなる」可能性もあるとの発言もしている。
《共通通信 2022/6/28 15:31》