『こちら第
「雷より返信、対潜攻撃は本艦のみで行うのか、以上です」
「なにがあるか分からん、雷のみで攻撃せよ」
寒い。おかしい、さっきからずっと雪が見える。もう三月だというのに。あ、お雛様を仕舞うように言っておかないと。
「少佐、まもなく目的地です」
そう告げてくるのは前の職場から一緒だった
「ああ、ありがとう」
そう言いながら彼は机の上に広げられた資料をカバンに戻し始めた。
ここは日本国北海道紗那郡・・・最北端の海軍泊地がある村だ。
「単冠湾、まあ真珠湾に向かおうとする機動艦隊がここで待機していたのは有名な話ですよね~、千島列島ラインを守るため昭和24年に本格的な海軍泊地として使用されるようになった。その後の軍縮で結構周りの基地は解体されましたが、ここは残ったというわけですね。とはいえ今では漁港と海上保安庁の拠点も兼ねる官民両用のスペースとなり、常備戦力も
攻められたらひとたまりもないでしょうね。と呑気に解説する小河原の声を聞きながら航空機の数段しかないタラップを降りる。島内の電力供給を全て地熱発電で賄うこの島は地熱も含め地下資源が豊富である。レアメタルの一種であるレニウムを産出する茂世路岳の他金鉱があるという指摘もあり、今後も開発は進んでゆくだろう。観光資源となる自然も豊富で、幕府軍と帝政ロシアが戦火を交えた地、日米開戦の出発点、日ソ戦の激戦地のひとつともなれば、歴史関係の史跡を見に訪れる人も少なくない。飯田たちが降り立った空港が異様に大きいのも、観光客を乗せたジェット機が着陸するためだ。
既に航空機の前には自動車が待機しており、左官服に身を包んだ軍人と、捧げ銃をしている下士官が飯田たちを出迎える。
「単冠湾泊地司令の大岡です。ようこそ、択捉島へ」
「まさか司令自らお越しいただけるとは・・・飯田少佐です。よろしくお願いします。大岡大佐殿」
飯田の敬礼に大岡が返礼し、自動車に乗るよう促す。もちろん国内なので税関をくぐる必要などなく、飯田たちを乗せた自動車はそのまま基地へと走ってゆく。流石は観光地というべきか、空港周辺や市街地には活気があったが、少し離れると小さな漁村のそれに戻っていく。もちろん観光客はあちこちに行くので誰もいない田舎の風景とはまた異なるのだが、ともかく人の数は減っていった。車中で思い出したように大岡司令は問いかける。
「今回は随分と人数が少ないのですね」
彼の指摘通りである。今回の飯田たちの目的は琉球諸島事変で交戦――――正確には駆逐艦雷が撃沈される様子を観測――――し、生還した駆逐艦時雨を調べる、ということになっているからだ。普通に考えれば数千トンの駆逐艦をたった二人の士官で調べるような馬鹿な真似はしない。
「まあ、今回は特別ですからね」
そう平然と告げる飯田に大岡はカッカと乾いた笑い声で車内を満たす。
「飯田さんの仰るとおりだ、こんなろくな修理施設もない泊地に大型駆逐艦を引っ張ってくる時点で普通じゃない」
それにね、と大岡は続ける。
「実は我々、まだ時雨の乗員と会ってすらいないんですよ。なんでも修理に使用するスペースと兵舎、食料だけ渡してくれればいいとか言われてね。でそう命じたのが今時雨と乗員たちを守っているあいつらですよ」
お知り合いですか?そう言いながら大岡が指差した先には数人の兵士により封鎖されたゲートがあった。こちらに気づき、『止まれ』と書かれたプラカードを振りながら近づいてくる。大岡司令は自分の管轄はここまでですと言い放ち飯田たちを車から降ろす。飯田たちは身分確認を受け、わざわざ別の自動車に乗り込み、ゲートの先へ進む。
「・・・うわぁ、基地司令に堂々と銃向けちゃってるよ・・・こりゃ隔離された沖縄陸軍部隊の生き残りも相当なVIP待遇でしょうね」
嫌いではないが、やはり北の大地は苦手だ――――。
駆逐艦時雨、村雨型の10番艦。平成14年に舞鶴にて――――ちょうど村雨型7番艦である雷の建造が行われたのと同じドックで――――起工した。就役後も雷との縁は深く、同じ第一機動艦隊に配属、新型空母の出雲型の就役により第二機動艦隊へ日向が移されたときも2隻は共に第二機動艦隊へ移り、二機艦直属の駆逐艦として日向を守り続けた。
艦内には誰もいない。乗員は恐らく心身ともに疲弊しているだろうから大半は大岡司令が提供したと言っていた兵舎で休んでいるのだろう。だが、無人ということはありえない。やはり我々を避けているのか・・・まあ、艦長だけを呼び出せばいいものを呼び出せばいいものを土足で乗り込んでゆくこちらが悪いのだが。気づけば既に「艦長室」と書かれた部屋の前まで来ていた。
「失礼します」
入る飯田と小河原を迎えたのは屈託な笑みを浮かべた男だった。こんな季節だというのに半袖ワイシャツ姿で座っていた。入ると同時に敬礼しようとする飯田をお前にされたら俺も返礼しなくちゃいけなくなると制する。
「久しいな、飯田」
「西園中佐、お久しぶりです」
まあ座れと促す西園、もっとも、西園がベッドに腰掛けている以上残った椅子は一つだけ。小河原は立ったままだ。
「階級で呼ぶのはやめろ、研究会の頃みたいに先輩後輩の関係でいこうじゃないか」
「分かりました、小河原、下がれ」
「はっ」
素早く小河原が退出し、部屋は一旦静かになった。西園は両手を合わせてゆっくりと揉み出した。何か困っている時の彼の癖だ。それから、ゆっくりと口を開く。
「・・・済まない、雷の艦長は、お前の同期だったな」
飯田はまるで反射か何かのように素早く答える。
「仕方のないことです。彼も――――「そんな心にもない返事を聞いてるんじゃない!」
瞬間、時が止まったように感じた。
「済まない、だが、君には純粋に一先輩、一人の知り合いとして私の謝罪を聞いて欲しかった」
初めに彼が先輩後輩の関係と言った時に気づくべきだった・・・のだろうか?
「いえ、こちらも先輩の意向を汲み取れず、申し訳ありません」
「・・・私の判断ミスだ」
「生還できた時点で、先輩の判断は間違っていなかった。少なくとも、この国を守るという点においては」
――――何があったのか。話していただけますね。飯田のその一言に、報告書の焼き直しになるが・・・と西園は語り始めた。
第二機動艦隊が何のために沖縄諸島に展開していたかは知っているな・・・ああ、最近急増してきた貨物船の「沈没事故」を防ぐためだ。上層部だってソビエトの仕業じゃないことぐらい分かっているだろ?ともかく、通常編成より多めに対潜哨戒機を搭載した日向は2月12日に呉を出港した。
「沖縄までバカンスっすね~」
「ちゅらうみの美女が待ってるってか?」
「貴様らァ、職務に集中せんかぁ!」
「「先任伍長?!」」
「副長、あれを見ろ、盛り上がってるなぁ」
「申し訳ありません、最近規律が緩んできていまして・・・」
「なあに、戦意が高いのはいいことだ」
豊後水道を通過してそのまま太平洋を遊弋。哨戒機を飛ばしつつ、艦隊の防空演習を行った。ほら・・・秋月改型と言われる四万十型巡洋艦、あれがついに
2月28日、
「海鳥が『魚群』を発見?」
知っての通り海鳥とは艦上哨戒機のQ14‐C「
対潜水艦の基本は同士打ちを避けることだ。味方の潜水艦を屠ったんじゃ何の意味もないどころか損益になる。潜水艦隊司令部に問い合わせればその海域に友軍潜水艦は存在せず。既に時雨、雷共に魚群の規模と進行方向は把握していた。丁度沖縄本島と
「発砲許可ぁ?」
「はい、海底の魚群は沖縄周辺を航行中の全船舶の安全を害するものだから全力を持ってこれを排除せよ、と」
軍艦がむやみに動くようなことは本来あってはならない。宣戦布告さたならば我々が存在するその目的を達するまで戦うのみだが、そう簡単に戦争はするもんじゃないし、仮にも我々は
「・・・そして、結果は知っての通りだ」
西園はそこまで話すと飯田の横、つまり机の上に置いてあったペットボトルに手を伸ばし、喉を潤した。
「・・・確かに、結果から言えば時雨が攻撃を行わなかったのは正しい判断だった」
雷と時雨より対潜ヘリが発艦。その両者が2隻の両翼に展開し、雷はアスロック対潜ミサイルを一発発射した。海底に着く前に自爆させ、魚群を動揺させることを狙ったものだった。しかし爆発しても反応は無し、魚群は何ら意に介することないように進み続けた。そこで雷は残りアスロックの残弾を一斉射しようとした。
「ソナー士から急速に浮上する物体があると報告を受けたのはその次の瞬間だった。初めの報告は巡航ミサイル浮上、だったよ。ハッチが空いた音も、それ以前に潜水艦のスクリュー音も聞こえてないんだからおかしな話だが、次の瞬間には『やつら』が海上に飛び出ていたよ・・・ありゃまるで、そうトビウオのようだった。いやイルカかな」
・・・とにかく、雷はその一撃で沈んだ。報告書によれば中部甲板に搭載されている誘導弾に誘爆したのが撃沈の要因とされているが、西園は「食い破られた」のだと説明した。飯田が初めて雷の撃沈を知ったときは食い破られたと聞いていたし、その意見に違和感を覚えることはないのだが、
「それはつまり、やつらには駆逐艦の船体を食い破るほどの力があると?」
「信じたくはないがそういうことだろう。雷が襲われた瞬間に俺は転舵を命じた。あんなのと殺りあって勝てるわけがない。そう瞬時に感じたよ」
回頭が終わる頃には雷はほぼ沈んでいた。そうまとめてから西園は今回時雨が生き残ったのは幸運なんかじゃない、艦長が逃げたからだ。そう自虐気味に言い放つ。
「幸運の駆逐艦、時雨。ですか・・・」
時雨から飯田たちが降りる頃には既に夕日も落ち始めていた。
「時雨には別命あるまで待機という命令が下りている。恐らくはほとぼりが冷めた頃に復帰させるのだろう。どこかの主要基地に行った瞬間に記者の質問攻めにされたら困るからな」
そう言って今回の目的である観測データを飯田に渡してきた西園はいつもどおりの西園先輩だった、と思いたい。
「では西園中佐、ご武運をお祈りします」
タラップを踏む前に飯田は振り返り素早く敬礼。それに西園も返礼する。
「貴様らこそ、頼んだぞ。少佐」
飯田の乗った自動車が去ってゆく。残されたのは
「かつての時雨乗員は今の俺をどう見るかな」
西園は誰に問うわけでもなく呟いた。
ホテルは予約済みだ。市街地に入るとそのままそこへ向かう。
「・・・少佐、結局何が聞けたんですか?」
「ん、ああ・・・残念ながら報告書以上のことは何も・・・」
等間隔に並んだ街灯に照らされて車内の影は形を留めることなく変化し続ける。そういう飯田は影とは対照的に顔色ひとつ変えず、彼の顔の凹凸によって生じる影だけがせわしなくそして繰り返し動いていた。
「ですが報告書以上のことが得られないだろうというのは初めから分かっていたことではありませんか?」
データを回収するだけじゃなく、あなたは「現場の声」を聴きに行ったのでしょう?そう言う小河原に飯田は笑みをこぼした。それは自信に満ち溢れたものだった。
「ああ、西園中佐はあんな言い方をしたが、時雨の士気は相当高い。それはもう隔離されていることが全く納得できないぐらいにね」
士気が低ければ艦内の様子は荒れているはずだ。だがそんな様子は全くなかった。
「西園中佐は自分が臆病だと言いたがっているように見えた。臆病なのは西園中佐の欠点なのかもしれないが、あの人はそれを自覚しているし、慎重さにもつながっている。事実時雨はあの状況で最も正しい選択をした。時雨はまだまだ戦えるよ」
それはすなわち、あの状況で時雨の乗員たちは絶望しなかったということ。直感で勝てる『かもしれない』と思ったということ。ならば飯田はその直感を信じる。人類とやつらは、渡り合えるはずだ。ならば自分は、その予感を確信に変えるのみ。何も得られなかったといえばそれまでだが、十分な価値あるものであったと飯田は考えているようだ。
「ホテル・サナリゾートに到着です。2017年開業・・・なんと帝急リゾートの建物なんですよ、ここ」
いやはや、日本に冠たる帝都急行電鉄株式会社恐るべし。などと小河原が小馬鹿にした様子で解説するこのホテルはなるほど帝急リゾートが建てただけのものではある。建物自体を立派に見せつつほのかなライトアップでより遠くまで目立つように光の化粧を纏わせる。周囲にこのホテルほど大きな建物が存在しないことでランドマークか何かのように見える。
軍用車を降りてからチェックイン、部屋の鍵をもらうまで僅か数十秒。流石特権階級とちょっと浮かれ気味に言う小河原を尻目にやはり軍服に寄せられる信頼と責任は重いのだと改めて感じる。
「では小河原、1830にロビー集合」
「了解です」
それだけ言って二人は別れる。小河原はそのまま部屋へ、そして飯田はロビーに残った。向かう先は電話ボックス、定時連絡・・・のためではない。むしろそう思わせ、盗聴を誘い出すような連絡だ。まさか見張られているとは思えないのだが。
10円硬貨を二三枚入れて自宅番号を押す。出るかどうか怪しいがとりあえずかけておこう。
コール音が一回も鳴らないうちに相変わらずの調子で相手が出る。
「おう、望、元気にやってるか~」
飯田
『まあね~、それにしても珍しいねぇ。公衆電話からかけてくるなんて』
「まあな、雛人形仕舞っとけって言い忘れてたからな」
『もぉ、今日何日だと思ってんのさ』
「ほお、仕舞ったのか」
『仕舞ってない』
いつも通りだった。いつも以上に。それでもこの回線に盗聴が入るかどうか見張っている自分の組織の存在を考えると、いつも通りではない。
おかしな話だ。飯田は誰に向けるとでもなく呟いた。
飯田と小河原は何故か今日降り立ったばかりの紗那国際空港に戻ってきていた。エプロンの上で何かを待つかのように車両をとめる。数分経つと小河原が控えめに聞いてきた。
「まさかとは思うんですが、応援の人を待ってる、なんてことはないですよね・・・?」
「半分正解だな」
飯田はさも面倒臭そうに答える。
「では・・・まさか・・・」
「お、来たようだな」
飯田が指差すのは滑走路へと走り込む一機のプライベート・ジェット。小河原も一瞬目を疑ったことだろう。彼は言葉を失ってから、あれが応援、馬鹿なことを言うな。あれはどう見ても・・・と憤りを隠せない様子だ。
「・・・上層部から訳の分からない命令が来ることはありえないことではないだろう?だがその事情は様々だ」
省庁の縄張り争い。単なるポストを狙った権力闘争。権力の私的利用。ありえないような話でも、権力があればなんでもできるようになる。誰もそうしないのは、必ずなんらかのチェック機構に引っかかって自らの身を滅ぼすことになるから。
「だが、その中にはとてつもなく高度な政治事情が絡んでいることもある・・・出るぞ小河原」
もちろん敵対的危険生物の存在も十二分に高度な政治問題なのだが。それは口にせず車を降りる、まだ冬将軍の力を宿した冷たい風が肌を撫で、同じ感想を抱いた小河原が体を震わせる。プライベート・ジェットは滑走路から外れてこちらに近づいてくる。さっきは出迎えられる立場だったが、今はその逆だ。もちろん温かく迎えてやるつもりなどないが。
「さて、出迎えてやるか・・・共産主義者どもを」
大迫閣下・・・私は日本代表になったつもりはないんですがねぇ・・・飯田は頭の中に思い描いた上司に文句を言う、もちろん彼の管轄ではないだろうが。そんな飯田の現実逃避を気にすることなく、プライベート・ジェットは彼らの目の前に止まり、空港という色とりどりの光点が散りばめられた暗闇の中でひときわ白い機体の一部が割れ、開く。こんな豪華な飛行機を用意するなんてね・・・流石は革命家の国、何か起きた時の初動の早いこと早いこと。
「ようこそ、日本国へ。自分は日本国自衛海軍、飯田と申します。階級は少佐です」
今夜の風はひときわ強く吹いている。