模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-125Days

 帝都郊外・・・に建てられたはずだったのだが今ではニュータウンの間近。ちょっとした地方都市にそれは建っている。

 

 海軍情報局。激化する共産主義陣営との戦いのさなか発足した諜報組織である。思想同士の戦争となった共産主義との戦い、離反者は数多くいた、しかし裏切り者の中には学を深め、将来を約束されたはずの優秀な人材も多く混じっていた。国の為に育てたはずの人材が、共産主義こそ国の役に立つと言い張り裏切ったのである。原子爆弾の開発データが漏洩したのも科学者たちが共産主義陣営に情報を流したからであった。そして情けないことに海軍内部にも僅かながら共産主義の浸透を許していた。確かに東側諸国の言う理想が本当に実現されるのであれば共産主義には一考に値するものがあったし、今では資本の暴走に任せる西側の経済体制にも限界が来ているように思える。自由経済を民衆の気分ではなく理性で制御できればいいのだが・・・失礼、話が大きく逸れた。

 

 ともかく、軍部から共産主義への離反を防ぐための諜報組織、その海軍Ver.といったところ。それが情報局であった。組織図では海軍省の内部局となっているが・・・まあ、当然ながら活動は独立したものとなっている。

 

 

 そんな局の地下、天井に輝く白熱球。ちょっと腐ったような匂いのする空気。密閉されたこの空間。湿度も高く、不快度指数はなかなか高いだろう。ここには我が国に仇なす間諜の怨念が篭っている・・・なんて言っても通じるぐらいの雰囲気もある。もっとも、雰囲気だけで口を割くなら情報局なんて必要ないのだが・・・。しかし海軍情報局はこんな尋問をするための組織じゃない。離反を防ぎ、軍内部を掃除する汚い組織。一度入局すれば艦隊勤務など叶わない嫌われ者。こうやって外部の人間を取り調べるのは珍しいことだった。

 本当ならば中野(陸軍の情報組織の別名)に任せるのがいいのだろうが、どうしてこっちに仕事が回ってくるのか・・・。ここにいる局員たちは皆そう思っていることだろう。

 確かに国内の組織どうしでもそう簡単に情報を共有しないのが諜報組織だ。だが今は日本民族存亡の危機、どうして協力しないのだろうか・・・なんて言っても仕方ない。

 

 

「118期の人間なら誰でもいい。誰か呼んでください」

 

 とりあえず置かれただけの机の向こうに腰を据える男に対し、そう告げる大島――――敵対的危険生物に襲われながらも帰還し、一見とち狂った情報をもたらした海上保安官――――。それから机の向こうに座った男を見据え、押し黙る。118期を呼び出さなければ口は開かないと言わんばかりに。

 

「便宜を図ってもらうつもりか、我が軍の中に貴様を助ける人間がいるとでも?」

 

「そのつもりはありません、しかし118期の人間ならば、自分がこれから言おうとしていることを理解できるはずです」

 

「ほお、そうかいそうかい、じゃあ俺が118期だ。聞いてやるよ」

 

 尋問を担当している男は勿論118期などではないのだが、ここで丁寧に118期の人間を呼ぶような優しい組織はいないだろう。

 

 

「118期・・・?」

 

 その時、別の部屋、尋問の様子をリアルタイムで写す画面を見ながら呟いた士官がいた。制服は勿論海軍のもので、襟に光るは三つの桜。

 

「大尉殿は118期でしたよね」

 

「118の指すのが江田島ならだが・・・飯田の話がその通りならまあ、そういうことになるだろうな」

 

「如何いたします?」

 

 部下に聞かれた大尉はやや顔を歪めた。そして答える。

 

「まさか、出て来いと言われてのこのこ出て行く奴がいるか?見守るよ」

 

 

 その数秒後に、目を見開くとは思わずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――西暦1998年(平成10年)――――

 

 

 

「・・・諸君、今日は変わった題材を扱おうと思う」

 

 確か春の陽気漂う昼下がりの講義室だったろうか。いつも通り集まった飯田たち士官候補生に教官はそう言い放った。教官はいつもの調子で黒板の前を歩く。

 

「貴様らだってちょっとしたホラー映画や、ホラーゲームをやったりするだろう?そこに稀に出てくる怪物としてウォーキング・デッド、要はゾンビ的な奴が出てくるのを知っているな?」

 

 

「(おい、この人頭だけじゃなく脳みそまで禿げたのか?)」

 

「(馬鹿なこと言うな、まだ髪の毛あるだろ)」

 

 隣で笑いをこらえるように囁く松原――――高校からの親友である二人は、国防大学校広島にて今期一番のコンビである――――に飯田は鋭く言い返し、教官の話に耳を傾ける。周りを見ると誰も教官が何の話をしようとしているのか理解していないようだった。あちこちで小さな会話が聞こえる。それらが教官の喝が飛んできてもおかしくないほどのざわめきを作り出したが、どうも教官に注意する気はないらしい。

 

 

「アメリカに『CONOP 8888』と呼ばれる文書が存在する」

 

「・・・?」

 

「それは、ゾンビ対策のシュミレーションだ」

 

 

「(やっぱり禿げてるよ)」

 

「(それ絶対関係ないから)」

 

 

 似たようなざわめきが部屋全体に広がるが、教官は気にせず話を続ける。

 

「これは軍の内部の演習で使用される訓練用のマニュアルで、架空のシナリオを通じて軍事計画や治安、秩序の発展に関する基本計画を学ぶために作られた・・・と言いつつ以前は極秘扱いだったんだが・・・ともかく、今回貴様らに課すのはこれの研究、そして、これの日本版を制作することである」

 

 

 教官はそのままCONOP 8888の概要を説明してゆく・・・想定される状況や各機関への権限譲渡、作戦目標と想定される8種類のゾンビ。病原体、放射能、黒魔術、宇宙由来、兵器利用、寄生生命体、鶏、ベジタリアン(?!)・・・。

 

 

「やっぱり禿げてんじゃねえか・・・」

 

 バカバカしいのは分かる。だが松原は大きめの声で言ってしまった。

 

 

「松原、貴様今なんと言った?」

 

 普段は小声で話していてもすぐに気づく教官だ。松原の言葉を聞き逃さないはずがなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「・・・懐かしいな、そのことは今でも覚えてる」

 

 言葉とは裏腹にやや沈んだ声で携帯の通話口へと告げる飯田。

 四国と違って空はどんより曇り空、雨が降っていないだけマシなのかもしれないが、こんな天気はやはり気分を沈み込んだものにする。気象庁には早く梅雨明けを宣言してもらいたいものだ。とはいえ、仕事を放棄するわけにもいかない。ことさら今は重要な案件を目の前においているのだ。珍しくヘリを寄越してもらい帝都へと急ぎ戻ってきたのも重要な案件だからこそ、そんな状況で電話の相手は呑気に昔話。多少気分が悪くなったのは致し方ないことだろう。

 

「しかしまた、何故このタイミングでこんな話を?」

 

 別に何かをしていたわけではない。早急に処理すべき書類もないし、会議の予定もない。傍から見ればそれは暇というのだろう。しかしそれは大きな間違い。飯田は頭の中から湧き上がってくる証拠のないシナリオがもたらす不安と戦いつつ報告を待っていたのだ。そしてその報告をしてくれるのは今話している電話相手のはずだった。電話をかけてきたのはまさか想い出話のためではないだろうに、そう言おうとした飯田を見越してか、相手はなだめるような調子で言う。

 

『まあ最後まで聞いてくれよ、俺らじゃないと分からない事だからよ、お前にもちゃんと思い出してもらわなくちゃ』

 

 電話先でそう言う旧友。海軍情報局に勤める彼。長い付き合いだ、普段なら彼の与太話に付き合うのも悪くはないのだが、今回は飯田個人ではなく敵対的危険生物対策室としての依頼。出来れば無駄な作業の遅れを生み出したくはないし、飯田個人としても早く真実を得たかった。自然と声に焦りが滲み出る。

 

「・・・必要な情報なんだろうな?情報局の奴がいらない情報掴ませでもしたら、責任問題にしてやるぞ?」

 

『相変わらず飯田財閥の御曹司殿は脅しがコワイコワイ』

 

 こんな冗談言える奴もなかなかいない。飯田は相手に聞こえるように大きくため息をつき、それから続けた。焦っても仕方ないことは仕方ない。そもそも尋問なんてすぐ終わる方が少ないのだ。一旦落ち着く他ないだろう。そう結論づける。

 

「・・・分かったよ、聞こうじゃないか」

 

『ここじゃ話せん、千代田区一番に来い』

 

「・・・もったいぶっといてそれかよ・・・」

 

 相手には見えないが呆れ顔をする飯田に、もったいぶらせたのはお前だと責任転嫁をする旧友。そして待っているからなと告げられ、電話が切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本籍地は、別に住んでいる場所でなくとも良い。とはいえ大抵の人は本籍地を自分の住む場所に登録するだろう。何か政治的・宗教的な主張があって特定の場所にする人もいるらしいが・・・。

 

 千代田区千代田。丁目の設定はなく、全域が一番街区である。郵便番号100-0001。正真正銘の一番である。本籍地としての人気も高い。

 

 どこかお分かりだろうか・・・江戸城跡、つまり皇居である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん内務省はガソリンを使用しないように呼びかけている。しかしここは官庁街、中央省庁関連の車も多く通っているせいか、以前とあまり交通量は変わっていないように・・・いや、やっぱり減っているだろうか?そもそも普段交通量なんて渋滞にでもならない限り気にしない。普段と変わったからと言って無闇に昔と比較するのは良くないか。そんなとりとめのない事を考えつつ、久しぶりのぼんやり突っ立っているこの状況に浸る。

 

「・・・それにしても、遅いな」

 

 飯田は堀に掛かる橋の横で旧友を待っていた。これでも事務仕事を少し片付けてから来たのだ。むしろ遅くなってしまったと思っていたのだが・・・。

 

 まさか、待ち合わせ場所を間違えた?いや、それはないだろう。同期の奴らと皇居で待ち合わせるときは桜田門と決まっている。何故桜田門かと言われると、まあ学生時代の悪ふざけから続いていることなので何も言わないで欲しい。

 そんな事を一人で考えていると、焦る様子もなく悠々と歩いてくる海軍士官。国民の面前で海軍制服に走られても困るが、悠々とした様子なのは頂けない。

 

「遅くなった」

 

「遅すぎだ、呼び出したくせに」

 

 現れた旧友、会うのは博物艦『新高』が最後だ。よくよく考えてみれば一週間ほど前の話なのだが・・・あまりに多くのことが起きすぎた。もう半年ぐらい前に会ったのが最後のように感じられる。

 しかし彼はそんな感慨にふけっていないようで、やや笑みに怒りを含ませつつ進み出てきた。

 

「遅すぎだぁ?統合幕僚部は無茶苦茶ここに近いだろうが」

 

「それは海軍幕僚部の話だ。室は港区の統合幕僚本部第一庁舎に設置されている」

 

 統合幕僚部は陸海空軍幕僚部と幕僚本部にて構成される。陸軍幕僚部は三宅坂、海軍幕僚部は霞ヶ関、空軍幕僚本部は府中。東京の各所に分散されるように各部署が存在し、港区にそれらを統括することになっている統合幕僚本部がある。

 

「どっちでもいいけどよ、俺の職場よりは近い。俺が謝るのは勝手だが、お前にケチつけられちゃたまらん」

 

 そんなこと言うなら謝罪をするなよ、そうは思ったが、まあ挨拶がわりと解釈することにする。それより、早く話を進めねば。

 

「・・・まあいい、本題に移れ」

 

 僅かに焦りを見せつつ迫る飯田。旧友はさっきの表情から一転、表情を固くした。

 

「一旦落ち着けって、さっき電話でした話、覚えてるな?」

 

「・・・ああ、あの対ゾンビ演習が一体どうしたって言うんだ」

 

「実は俺が話したかったのはそこじゃないんだよ、あの演習の後、俺らで集まっただろ?そん時に何話したか、お前まだ覚えてる?」

 

「あの後か・・・松原の禿げ発言とは関係ないよな」

 

「そっちじゃねぇよ・・・ほら、あれだ、宇宙人とかの方」

 

 傍から見ればいい大人が何の話をしているのか、といったレベルの会話、だが旧友は大真面目だし、それを聞く飯田も大真面目である。

 

「宇宙人・・・あれか、ゾンビよりも宇宙人の方が現実味あるって言ってやった奴か」

 

「そう、それだよそれ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対ゾンビ演習(?)はつつがなく終わりを迎えた。結局アメリカ以上に居住区が密集している日本では仮に感染を初期から把握していても満足な封鎖が行えないという悲惨な結果。辛うじて政府機関の立て直しは出来そうだが、治安を回復されるのはなかなか苦労が必要そうだった。ソ連軍北海道上陸よりも可能性が低い『仮定』の話ではあるが。

 

「・・・で、俺はそれよりも宇宙人の来襲に備えるべきではないかと思うんだ」

 

「そうですか」

 

 どこから来たのか分からない自信に目を光らせている松原。若い人間の活力には驚くべきものがあり、いつも常人には予測のつかない行動をする。飯田もその一人に収まるといえば収まるが、松原ほど予測不能な人間もなかなかいない。

 

「まあちょっと聞いてくれよ、いいか、俺たちは2000年が終わり新世紀を迎える時、絶滅してしまうとかよく言われるな」

 

 飯田は何が言いたいんだと言う顔を友人に向ける。確かにまあ、そろそろ世紀末が迫ってきた当時のことである。滅亡論とかそういうものが世間の余興として論じられてはいた。

 

「で、どうなるのさ」

 

 どうせまた在り来りな滅亡論だろう。確かに今は自由時間と呼べる時間。しかしそれを無闇にすり潰せば明日の鍛錬にも影響が出る。

 とはいえ、同室のよしみ、多少は付き合ってやってもいいだろう。

 

「我が日本国はソビエトともアメリカとも違う、全くもって別の敵性勢力と遭遇する・・・と仮定しよう」

 

「・・・それが宇宙人だと?ハリウッド並みの出来栄えで結構なこった」

 

「あんなUSA!な映画にはしないさ・・・敵性勢力は化物なんだ、連中は神出鬼没で、世間はそれの存在を認めようとしない。だが被害は格段に増えてゆく」

 

 松原が愉しそうに話すそれも、オカルトじみた話であった。神隠しのように人が殺されたり消えたりするのなら誰も信じないし、そもそも他の星に大量の資源を持って攻め込む技術力がある星などあるだろうか。ここまで恵まれた地球に住む人類でさえ、月に旗を立てたら満足して引き篭ってしまうというのに。

 

 バカバカしいと言う代わりに飯田は教本を開いた。松原は引き下がらず、それどころかこれからが本番だと言わんばかりにニヤリと笑った。

 

「なら、宇宙人に洗脳された国民が現れたらどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、アレは結局どこまで話が進んだんだっけ?」

 

 飯田は懐かしむような口調で聞いた。しかしその口調には、別の色も混じっている。

 

 そんな飯田の口調を知って知らずか、旧友は学生時代の調子で話す。

 

「結局俺とお前らの三人で終わり、終末論じみたしょうもない悪ふざけだったが、敵に洗脳した国民を処理した後の対処で話が詰まった」

 

「もともと話が続くようなネタじゃあなかったからな」

 

 とはいえ、学生のノリにしてはいやに長く続いた話だった。そもそも同室でない旧友が知っている時点で異常である。

 

 一見すれば過去の馬鹿話・・・しかし気づけば、二人の間に緊張した空気が流れ始めてた。

 

 飯田は自分の予感・・・それこそ大島を見た時から感じていた予感が目の前の旧友から現実として突きつけられるような予感に襲われていた。彼は話を意味もなく長引かせるような男じゃない。だとしたら、この瞬間彼がしている話は時間稼ぎのはずがなく・・・つまり、飯田に事実を整理させているということだ。突拍子もなく言われた戯言に反応する人間はいない。しかし理論立てて積み立てられたように見える話を感情だけで突き崩すことはできない。人に話を一時的にでも信じ込ませるのは、極端に難しいというわけではない。それは部下の小牧も言っていたこと。

 

「・・・で、何が言いたい」

 

「大島が、そのことを口にした」

 

「まさか」

 

「間違いない。奴は俺たちの宇宙人対策案を全て言った。周りの部下たちは何を言っているんだと言う顔をしていたが、大島の奴は全財産を賭けたみたいにかっちり固まった顔してやがるんだ。俺だけが画面から目を離せなくなっていたよ・・・。20年前の、それも学生同士の戯言を覚えてる奴なんていやしない。あいつは118期に会いたがっていたわけでなく、俺だけを狙って発言した。あの場に俺がいた時点で、奴は賭けに勝った」

 

「・・・彼の言う『彼女』は存在すると?」

 

「そうは言っていない、こんな妄想だけで塗り固められた話、信用する奴がいるだろうか?」

 

「ああ、大島の話は信用ならない」

 

 同意の意を示す飯田。しかし旧友は表情を崩さない。

 

「お前は端から情報かく乱の可能性を疑っていた、大島が何らかの組織に洗脳されていると踏んでいた、その『根拠』は?」

 

 飯田は僅かながら言葉に詰まった。決定的な証拠などない。

 

「決定的な証拠はない・・・直感だった」

 

「直感で国防を務めるつもりか」

 

 ダメな教え子を諭すような教師の口調。

 

「・・・」

 

「沈黙は肯定・・・ってな、こんなにあっさり認めるとは・・・118期の傑物とはなんだったのやら、どうして信じたんだ?」

 

 おどける様な、小馬鹿にするような、しかし強い言葉。飯田が沈黙を保ったのをどのように解釈したのか、彼は言葉を続ける。

 

「・・・ああ、そうか、『どうして』の前に『何を』信じているのかはっきりさせておかないとな・・・海軍情報局に俺がいることを認識している人間は少ない。名簿上では知っていても意識したことはないだろう。それなのに大島は俺だけを狙って博打を打った。こんな阿呆な手を使う奴、それを俺たちは知っている」

 

「松原が『彼女』だと?」

 

「俺は松原の名前なんて出してないよ・・・こんな簡単に引っかかるとは、やっぱり今のお前は普通じゃない・・・少なくとも『飯田孝介』の思考回路をしていない」

 

 そうはっきりと告げる旧友。言葉を続ける。

 

「お前は可能性を信じ『たくない』だけだ、違うか」

 

 そして止めを刺すように――――少なくとも飯田にはそう思えた――――鋭く告げる。

 

「大島のレポートには目を通したんだろ?だとすれば、そういうことだろうが」

 

「信用に値するとでも?バカバカしい」

 

「いや、バカバカしくはない。お前がこんな中途半端な興味を抱き、拒絶している時点でこの件にはそれだけの重みがある」

 

 

 

 ――――だが飯田、忘れるな。この話を信じているのは俺じゃない。お前だ。

 

 

 

 旧友はそう告げた。あまりに唐突だった。旧友はてっきりそのことを信じ込んでいるように思っていたからだった。旧友はやや笑った。気づくとそこには、同情の笑みが含まれていた。いやもしかするとこの笑み、初めからずっと彼の表情に存在していたのかもしれない。

 

「そんな意外そうな顔をするな、俺がこんな与太話を信じると思うか?」

 

 そこで気づく、気づかされる。自分は『彼女』の存在を感情的に否定しようとしていた。『彼女』の存在を認識してしまった(・・・・・・)上で、否定しようとしていたのだ。

 どれほど愚かなことだろうか。自分は村雨型七番艦『雷』と名乗った『彼女』の存在を、初めから信じ込んでいたのだ。大島のレポート以上にありえない話だというのに。

 

 大島のレポートがどこからもたらされた物であれ、飯田はそれに釣られていた。それこそ、大島という人間が四国に現れた瞬間から。

 

 

 飯田の顔付きを見て小さく頬を弛緩させる旧友。それは笑みとまでは成らなかったが、確かに安心した顔だった。気づけただけでも良かったということだろうか。

 

「飯田孝介敵対的危険生物対策室長(・・・・・・・・・・・)は『彼女の可能性』を無意識に信じている、彼の正常な思考はこれにより遮られている・・・だから俺はここまで来てやったんだ。電話越しじゃ矯正できないと思ってな」

 

「・・・そういうことか」

 

 確かに自分は焦っていた。そんなことは現実味がないと必死に否定しようとしていた。しかし考えてみて欲しい。飯田の思考を焦らせた大島の話、デタラメだと一蹴する方が簡単なのだ。それなのに飯田は情報かく乱の可能性を挙げて大島を捕らえた。どうしてここまで必死にエネルギーを注いでいたのだろう。確かに敵対的危険生物が情報かく乱を行う可能性を考慮したのは事実。しかしそれは、ただの言い訳。

 

 ――――飯田は、どこかで『彼女』がいると確信していた。それが有り得ないと感情だけで判断し、必死に否定しようとした。

 

 

「対策室長失格だな・・・」

 

「個人の感情に左右された時点で、軍人失格だ」

 

 やや自虐気味の言葉に、あえて追撃を仕掛けてくる旧友。そうだ。自分は個人の感情に流された。国の存亡に関わるかもしれないレポートを――――それが信用するに値するかしないかはともかく――――個人的な感情だけで否定しようとした。絶対にあってはならないことだ。

 

 

 もう拒絶は出来ない、大島のレポート、その出処と向き合わねばならない。飯田はある写真を取り出した。話すこと自体が苦痛を伴うことだったが、言わないわけにはいかないだろう。無駄な状況証拠が増えても仕方ないかもしれないが、ゼロよりはマシだと信じたい。写真を旧友に手渡す。

 

「・・・これは?」

 

 渡された写真、海水に浸かってしわくちゃになったその写真を手に取り、旧友は疑問を投げる。そこに写っていたのは飯田と松原。背景には皇居。写真の端に書かれた文字列が20年ほど前に撮影されたということを主張する。

 

「・・・松原と俺が同じ高校の出身なのは知ってるな、俺は高校時代の奴を偲ぶ会に参加した。そこで松原の弟と会い――――ああ、奴の弟とは知り合いだったんだ――――そして、それを彼から渡された」

 

「渡された?」

 

「ああ、おかしな話もあるもんだ。この写真を撮った当時はまだSDカードなんて普及してないはずだし、写真はネガがなきゃ印刷できないだろう。だが松原の弟はその写真を持っていた――――」

 

 

 ――――彼の話を信じるなら『小さい女の子』に渡された、そうだ。

 

 

 飯田はそこまで言った。飯田は松原の弟に言われたことを述べただけだった。自分の意見から逃げることは許されないが、面と向き合って考えても、信じがたい話ではある。

 

 しかし、飯田に思考を強制するかのように、旧友は口を開く。

 

「いつの話だ」

 

「4月上旬。ありえないとは思ったが・・・」

 

 続く言葉を濁した飯田に、補填するように旧友が続ける。

 

「松原の弟さんの話を字面通りに受け取ると『そういう』解釈になる、ということか」

 

「そういうことだ」

 

「なるほどな」

 

 旧友は一旦腕を組んで目を閉じた。そんな考えるような素振りを見せてから口を開く。

 

 

「その可能性はありえねえよ、飯田」

 

 

 旧友はそう言った。飯田のような反射的な拒絶ではなかった。

 

 しかし彼は、しっかりとそれを否定した。

 

「いいか、飯田、考えても見ろ」

 

 旧友は飯田に背を向け、堀の手すりに手をつく。飯田の網膜に丁度、写真と同じ構図が浮かんだ。そう言えば松原とこの写真を撮ったのもここだったか。そんな飯田の思考を知らず、旧友は口を開く。

 

「『松原昌平』が、仮に『彼女』だったとして、どうして大島なんて伝言者(メッセンジャー)を仕立てる必要があるんだ?」

 

「・・・そうだな、あいつはそんな面倒な事をする奴じゃない」

 

「ああ、あいつは頭こそ回るが、結局は自分で行動しないと気がすまないやつだ。全ての行動に責任を持ち、大胆かつ的確に遂行する。本当に松原が『彼女』なら、今頃『彼女』は民衆の喝采を受けているよ」

 

 久々に、飯田の口が自然に弧を描いた。

 

「全くもってお前の言うとおりだ」

 

 

 二人の上空を占位するどんよりと曇った雲、そこから僅かに光が射した。

 

 

 

 『彼女』とは、一体なんなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着信音が鳴った。固定電話でなく携帯電話の方。それを取り出し画面を見やる。それから飯田の後任として職務を果たしてくれている補佐官に退出を命じた。

 

 画面に大きく表示された『通話』と書いてある部分を押す。指が触れたことを電気信号として受け取った文明の利器が彼との回線を開く。

 

 

「私だ」

 

『飯田です。お時間よろしいですか』

 

 一度電気信号に変換されてから再構築された声音、いつもと変わらぬ調子の音声。自分の携帯電話に彼からかけてくるのは珍しいことだった。つまり、今回は何か特別な話があるということ。なかなか好都合なタイミングだった。研究会時代から彼のことは見ているが、なかなか都合よく動いてくれる人間だと思う。勿論それ抜きでも彼の働きは信用しているが・・・ともかく、大迫海軍幕僚長はやや笑みを浮かべつつ返事をした。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

 ――――私からも、話しておきたいことがある。

 

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