模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-125Days③

「・・・どうにも、答えないわけには行かなさそうだな」

 

 大島に向ける疑いは私にも向けられているのか。大迫は呟くように言う。

 

「まるで飼い犬に手を噛まれたような気分だ」

 

 大迫と飯田の関係は意外と長い。大迫が国防大学広島で教鞭を取っていたころ、彼の課した戦術の研究論文にて飯田が変わった論文を提出したのが関係の始まりだが、二人の関係を決定づけることになったのは「新時代水雷戦の研究会」への飯田の入会だろう。

 

 

 今の時代、艦隊の華と言えば空母機動艦隊だ。スーパーキャリアとも呼ばれる数万トンの大型空母に載せられた艦載機たちは、一隻分だけで小国の空軍力並みの力を持つ。これが太平洋やインド洋、はたまた大西洋にいきなり出没するわけだから、敵対国にとってこれほど恐ろしいことはないだろう。また空母自体はただの箱――――こういった言い方には語弊があるかもしれないが――――だから、艦載機を更新し続ける限り常に最新鋭の装備を保ち続けることもできる。劣化しない戦力ほど恐ろしいものはない。

 

 そんななか、水雷戦隊を代表する小型艦艇群が表舞台に立つことができないというのは、ある意味で必然かもしれない。今の時代の巡洋艦・駆逐艦に求められるのは空母を守ることだけ。敵中に踊りこんで獅子奮迅の大活躍など第三次インド洋海戦以来見たこともないし、誘導弾主流の海戦では敵が視界に入る前に決着がついてしまう。小型艦艇の戦いは数と命中率が物を言う。これでは戦う前から勝敗が決まっているようなものだ。結果として、小型艦は前線へ出ない。

 

 そんな中で、小型艦艇の護衛以外での活躍の方法を探る・・・これが「新時代水雷戦の研究会」の趣旨であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――西暦2001年(平成13年)――――

 

 

 

 

「紹介しよう、118期の飯田くんと松原くんだ」

 

 拍手で迎えられるようなことはない、代わりに向けられるのは品定めするような将校たちの目、視界に映る数名の襟章を見ると・・・ほとんどが中佐か少佐、僅かに尉官が混ざるといったところか。

 

「本当は君たちの2期上にもうちの研究会に所属している奴がいるんだが・・・生憎艦隊でな」

 

 飯田の僅かに固まった顔――――まだ飯田の階級は少尉だ、緊張しないほうがおかしい――――を見抜いたのだろうか。一人が僅かに笑みを浮かべつつ告げる。

 

 ともかく座り給えと言われて用意されている席に座る飯田と松原。二人を取り巻く将校たちは、二人が存在しないかのように話をし始めた。

 

「それにしても、118期の主席を引っ張ってくるたァ、さすが大迫大佐」

 

「これで、新水研(新時代水雷戦の研究会の略称)も安泰ですな」

 

 飯田はそんな研究会の面々の会話の様子を眺める。なるほど、大迫教官・・・大迫大佐という男はこの新時代水雷戦の研究会という集まりのリーダー的存在なのか。自分らを引っ張ってきた武闘派教官というイメージしかなかった故に、その姿は異質なものとして見えた。

 

 飯田と松原をおいてけぼりにして盛り上がっていた会話もひと段落したのか、一人の佐官が話しかけてきた。階級は中佐。

 

「松原くん、君はどこの生まれだい?」

 

「東京です、飯田も東京で、彼とは高校からの付き合いです」

 

 質問されるのは、当然ながら主席の松原。飯田に質問が回ってくることはないだろう。松原が飯田の出身も説明したため口を開く必要もなくなり、そうなのか、と興味なさげに呟いた佐官に頷きだけ返す。

 

 まあ、所詮はこんなもんだ。期待のホープは118期主席の松原昌平、辛うじて上位十位に食い込んだ自分には興味のひとつも沸かない。これでも十位以内にある程度の自負は持っていたので、自尊心が傷つけられた・・・なんて、阿呆らしい事で嘆くような事もない。

 

 さらに飯田としては無関心の方が有難かった。無関心ならば自分の家元まで聞いてくる者はいない。飯田という苗字自体は多く存在するので自分が『あの』飯田啓介陸軍少将の息子と知れることもないし、飯田インダストリー創業者・現会長の飯田治孝(はるのぶ)の孫であるということも知れずに済む。

 

 家柄ほど有用なコネクションもないのだが、まだまだ学徒の延長線にいた飯田にとっては、家柄で評価されるほどむず痒いものはなかった。ので、聞かれないのは本当に助かると考えていた。聞かれれば、嘘を言うわけにはいかないからだ。

 

 

「しかし主席の士官様が邪道の代表選手みたいな新水研に来るなんて、どうしてだい?」

 

 もう一人がそう問うた。研究会は有志の集まりだ、やりたいことがあり、同志がいるから成り立つ活動だ。出世の上で必要な人脈の確保には役立つかもしれないが、それ以外の利点はない。参加する義務もないし、研究会にいるだけで悪い印象がつくこともあるだろう。しかもここで扱うのは王道とは逆行した水雷戦。かつての空母推進派が『戦艦不要論』を必要以上に叫んだことで古典派から大いに叩かれ、彼らの出世に少なからず影響を与えたことを考えると、新水研に来るのはリスクの方が多いように見える。

 

 その問に答えたのは松原だった。もちろん相手も松原の返事を望んでいたに違いないので、飯田は松原に喋らせる。

 

「空母を何隻も並べてぶつけ合う時代は終わりました。宥和政策をSEATO、いえ合衆国がとる予測が立った以上、東西両陣営が正面からぶつかり合うような事態は起こりえないでしょう、いや東西両陣営の状況を鑑みれば、ぶつかり合えば共倒れは確定です」

 

 気づけば雑談は止み、全員が松原の話に耳を傾けていた。圧し掛かる重圧が一気に増したこと、隣にいても分かる。しかし松原は怯む様子も見せずに続ける。いや怯むどころか、彼の眼は輝いていた。

 

「今後の戦争は『事変』が中心になるでしょう。中国で起こるような大規模事変ではありません。ごく限られた地域で起こる非常に限定的な事変・・・これに対処するには、もはや大振りの軍隊では対処しきれないのです」

 

 海軍にとっての『大振りな』装備といえばもちろん、空母である。口にこそ出さないが、松原は海軍の華をほぼ真っ向から否定した。その自信を持った論調に、場の雰囲気が変わる。松原の実力を見定めるものから、松原の話を聞くものに変わったのだ。

 

「ごく限定的な状況においてのみ発生する事変の前では、大振りな軍隊ができるのは国境線付近に進出しての威嚇行為です。それ以上は出来ません。そして問題は、国境線に進出したあと、事変という一瞬の隙間で如何に敵に大きなダメージを与えるかにかかっています」

 

 隙をついて必殺の一撃を加える。言ってみれば弱者の考え方。しかし今の時代に強者は必要ない。今の時代の強者は世論。ただの軍隊が世論と張り合うなんて、不可能だからだ。

 

 だから、国家の交渉の一手段に過ぎない戦争を行う軍隊(せんもんか)は、事変という小さなリングで戦っていればいい。

 

 

 もちろん松原の理論に新しさはない。それでも新水研の存在、そのバックボーンとなった考え方を的確に説明したことは、この場においては最高のアピールだった。

 

 松原に、より視線が集まる。

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「・・・初め研究会の連中はお前に大した興味も持っていなかった。まあ主席と八位じゃあ仕方のない話だが・・・」

 

「そういう所では、閣下には感謝しています」

 

 別に媚を売るわけでなく、純粋な感謝を口にする飯田。先ほど大迫は飼い犬に手を噛まれたようだと表現したが、飯田がかけた疑念が真っ当なものである以上、彼も責めるつもりで言った台詞ではないだろう。そう信じたい。

 

 飯田の言葉に対してか、飯田の心情に対してか、どちらかは分からないが大迫は小さく頷いた。

 

 それから躊躇うように僅かな間をあけ、口を開いた。

 

「大島のもたらしたレポートは私の知りうる情報と数多くの点で共通している。そして私はお前に私の情報の根拠、情報源を明かしていない。お前が私を大島のように疑うのも当然だ・・・私に疑いをかけるリスクも承知の上で正面から挑んでくるんだから、恐ろしいよ」

 

 松原の奴とは違う恐ろしさだ、と本気にしたような、してないような中途半端な様子で口にする大迫。しかしその余裕ぶった物言いも、それが作り上げていた表情も、僅かな食べ残ししかない膳に視線をやると同時に消え失せてしまう。彼は膳に残された品を名残惜しそうに口に放り込み、それから言う。

 

 

「うちへ帰らなくて大丈夫か」

 

 脈絡のない質問。最後の確認。小さな気遣い。だが今更どうして引き返せるというのだろうか。

 

「問題ありません」

 

 自分には帰る場所を守るという大命がありますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前よりは暗くなったようにも感じるネオンに包まれた首都高速を抜け、地方へと向かう高速道路に乗る。窓から見える暗い空では星が精一杯の主張をしている。あれらの輝きは燃料が化学反応を起こすことによって見えるもの、光量は昔から変わらない。それなのに、以前よりもずっと多くの星が見える。簡単な話だ。石油を節約するために自動車の使用を減らしたために、排気ガスの量がかなり減っているのだ。そのおかげで空気が綺麗になり、優しい星の光を邪魔せずに地上まで届けてくれる。

 一昔前の公害といえば企業か国がもたらすものだったが、今では国民生活が引き起こす公害の方が深刻と聞く。味噌汁をそのまま流しに捨てれば一杯だけでもかなりの汚染水を生み出し、道端に捨てたゴミも片付ける人がいなければ街を不衛生にする。世界遺産に登録された富士山が観光客の捨てたゴミで悩んでいることは有名だろう。公害とまでは呼べなくとも、日々の生活の場を汚しているのは間違いなくそこで生活する人々だ。

 

 飯田はたいして柔らかくもない背もたれに体重をかけ直した。高速道路のメンテナンスは十分で、時速100km近くの速度で自動車を走らせても揺れを感じることはない。車の中には無言を保つ大迫と運転手――――海軍の人間であることは間違いない――――しかおらず、話す気分にもなれない飯田は小さく息を吐いた。

 

 窓の外を注目しなければ分からないような速度で流れてゆく綺麗な星々、一定の間隔を保って点灯している高速道路の照明。200mくらい先にテールランプが一台分見えるが、それ以外に前方を走っている車は見受けられない。対向車線をすれ違った車も、県境を超えてからは片手の指ほどだ。東京郊外とはいっても、流石に山を一個も超えると普通の田舎である。

 

 

 そして自動車は、あるインターチェンジに差し掛かったところで車は左の出口へと入る。そのまま速度を落として料金所のETCレーンを通過。インターチェンジ周辺ということもあり少しの間は家々や商店の灯りが脇を流れていったが、たちまち道の両側は暗くなってしまう。寂れた電灯だけが示す進むべき道の先を目指し、ヘッドライトで目の前に道があることを確かめながら進む自動車。恐らくは両側が農地か何かになっているのだろうが、飯田には両側を暗闇に包まれたこの状況が、まるでトンネルの中にいるかのように感じられた。

 

 と、先程まで沈黙を保っていた大迫が口を開いた。

 

「お前は・・・都市伝説と呼ばれるようなモノを聞いたことがあるか?」

 

 都市伝説・・・要するに噂話である。『都市』とつくのに都市とは何の関係もない噂話のことも指す。

 噂話ほど時間を浪費しやすい話題もない。飯田は大迫の方を向かずに答えた。

 

「・・・その手の話には興味がないので」

 

「そうか、では潜水艦『朝潮(あさしお)』のことは?」

 

「知っております」

 

 涙滴型潜水艦の最高峰と日本が自負する春潮型潜水艦の七番艦、SS-589『朝潮』。進水直前の船台上で阪神淡路大震災に罹災した不幸な艦である。それが影響したのか進水から僅か五年ほどで練習潜水艦へと転籍。新型潜水艦のテストベットとして様々な改装を施された。蒼龍型潜水艦に採用されたスターリングエンジン――――ディーゼル機関とは異なる、理想的と言われる外燃機関のことだ――――のテストを行ったのはこの艦である。

 

 練習潜水艦かつ実験艦、阪神淡路大震災以来変わった道を歩んできた本艦だが、その最後は悲惨なものだった。

 

 

 2013年。第十次上海事変。

 

 

 

 「第十次上海事変」とは、中華人民共和国海上警察による八菱運輸所属船舶の強制臨検を端に発した6月13日から8月21日の終息宣言までに及ぶ約二ヶ月間の間に起きた一連の戦闘行為のことである。初期の段階でこそ日本政府は不拡大方針を示していたが、中華人民共和国による弾道ミサイル――――中華人民共和国は核弾頭を所有していない、念のため――――の発射により、方針を徹底報復へと変更。89年の第九次上海事変より国力の増強に努めていた中華人民共和国の国内総生産(GDP)を開戦前の半分まで削り取った。

 どうでもいい話だが、飯田インダストリーが電磁投射砲の開発を再開させることができたのはこの時の特需による業績回復のおかげである。

 

 

 

 

「潜水艦『朝潮』は山東半島への強襲部隊上陸と同時に中華人民共和国軍補給船へのコマンド攻撃を実施するため、特殊部隊一個分隊を運送する任務に就いていた。果たして作戦は成功したが、朝潮は離脱に失敗。旧式のフリゲートの攻撃を受けた、しかし・・・」

 

 搭載されていたスターリングエンジンは確かに優秀な機関である。しかしピストンを動かす以上騒音はゼロに出来ないし、排煙もわずかだが発生する。それは浅瀬が多くなる沿岸部で活動するには致命的な欠点となった。

 

 そもそもスターリングエンジン搭載艦の設計思想は長い航続距離を生かした待ち伏せと敵艦隊漸減にある。しかも『朝潮』は改装に改装を重ねた実験艦。これを敵地のど真ん中に突入させる事自体が馬鹿な真似であった。近年の日本海軍、その最大の失態といえよう。

 

 もちろん、それだけなら大迫もわざわざこんな話はしないだろう。『朝潮』の話はこれで終わらない。

 

 

「周辺で『朝潮』の漂流物を発見することはできなかった・・・ですよね?」

 

 飯田は大迫の言葉の続きを口に出す。救難艦が捜索を行うも本体はおろか漂流物すらも発見できず、しかも後の調査で攻撃を行った中華人民共和国海軍のフリゲートが『朝潮』の圧壊音を確認していなかったことも確認された。

 

 潜水艦『朝潮』は行方不明になってしまったのだ。

 

「ああ、だが『朝潮』は結局母港に帰投しなかった・・・しかし中華人民共和国海軍は圧壊音を確認できていない。搜索の成果もなし。最終的に、『朝潮』は敵フリゲートの攻撃を受けつつも戦域を離脱。その後・・・何らかの原因により浮上できなくなったと結論づけられた」

 

 もしかすると阪神淡路大震災以来の船体への負担が原因かもしれないし、攻撃を受けた際に入ったヒビから進水したのかもしれない。そして漂流物は海流か何かによって流されてしまった・・・いや、もしかすると沈降したとき、大陸棚かどこかに沈んだせいで限界深度に達して圧壊することもできず、今日もどこかの海底で朽ち続けているのかもしれない。それなら漂流物は見つからない・・・そんなことはありえないと思うが・・・。

 

 いずれにせよ、真相は海の底だ。

 

 

「しかしなんでまたそんな話を・・・」

 

 わざわざこのタイミングでするということは、つまり関連があるということなのだろうが、十年前の戦s・・・もとい紛争で沈んだ艦が、いったいどういう風に関係してくるというのだろうか。

 

 大迫はそれに答えず、代わりに外を見た。

 

「さて、着いたぞ」

 

 その言葉と同時に車内が照らされる。昼間ほどの明るさとまではいかないものの、目を刺すような明るさに飯田は目を細めた。自動車は何かの建物の正面ゲートらしき場所に来ていて、錆びつた鉄柵が自動車の行く手を阻む。自分らが照明に照らされているせいで周りの様子はよく分からないが、山の麓にある屋敷といったところだろう。

 

「在り来りな隠し方だが、まあ地方はこういう面で勝手がいい・・・」

 

 そう言いながら大迫は自動車から降りる。飯田も反対側のドアを開き、身分証である海軍手帳を取り出した。現れた作業着姿――――どうせ軍属だろう――――が取り出した無駄に光量のあるハンドライトで照らされつつ身元をチェックされ、それから切戸を通って中に入る。自動車を照らしていた明るすぎる照明が消えたことでその明るさに対応していた視界は一瞬真っ暗になってしまうが、すぐに優しい行燈の光で照らされた庭の風景が浮かび上がってくる。なるほど、向こうから歩いてくる重武装の兵士さえいなければなかなかに風流な庭ではないか。周りから怪しまれないための措置と言われればそれまでだが、軍の中にもセンスのある人間が・・・とそこまで考えたところで一人の兵士に目がついた。米軍から回してもらったのだろう大振りの火器を抱えた彼、小柄な日本人の中ではよく目立つ。飯田は足を止めた。

 

「どうかしたかね?」

 

 足を止めた飯田に気づいた大迫が振り返る。

 

「『海坊主』ですか」

 

 それだけ言う飯田。山中に海坊主がいる訳がないし、そもそもアレは怪談だ。意味は十分通じる。

 

「・・・よく知っているな、いやよく分かったな、と言うべきか」

 

 大迫は飯田から視線を外し、再び歩みを始めながら答える。そして兵士たちとすれ違いざまに何か二三言交わした、何を言っているのかは分からなかったが、事務的なやり取りだろう。飯田は後ろへ過ぎ去ってゆく兵士へ、振り返ってからぺこりとお辞儀をした。

 それから大迫の進む先へと進路を戻し、言う。

 

「第十次上海のとき、『伊吹』でお世話になりました」

 

「・・・ああ、そういうことか」

 

 確かに「アレ」は一度見たら忘れられないだろうな、とひとりごちる大迫。「アレ」とはもちろん、先ほど通り過ぎた大柄の兵士である。『海坊主』のマスコット(!?)キャラクターと言って差し支えない。そんな存在だ。

 

 ちなみに『伊吹』というのは、三機の回転翼機(ヘリコプター)を運用可能な伊吹型ヘリ巡洋艦一番艦のことである。陸軍の輸送船団の護衛を行い旅順に寄港していた際、中華人民共和国軍の特殊部隊に攻撃を受けた。当時統合幕僚本部に勤めていた飯田は、仕事の関係で『伊吹』に乗艦していたのだ。もちろん、飯田は戦闘に巻き込まれた。

 

 その時飯田を助けてくれた――――厳密には『伊吹』を奪還してくれた――――のが今話している通称『海坊主』――――横須賀鎮守府第零特別陸戦隊――――である。鎮守府の地上戦力である特別陸戦隊、その非公開組織といえば分かりやすいだろうか。

 

 

 大迫が屋敷の中に入り、飯田もそれに続く。扉を占める間際に飯田はすれ違った『海坊主』の面々をもう一度見やった。

 『海坊主』は鎮守府(かいぐん)の非公開組織である。つまり、この件は統合幕僚本部の預かり知らぬ・・・少なくとも海軍が主導権を握っている案件であるということだ。

 

 

 

 

 

「内部も和風の作りと思っていましたが・・・」

 

「敷地が足りなかったそうだ・・・民間への転用を考えず、最終的には爆破処理でもするつもりだろう」

 

 扉をくぐって僅か数メートルで対爆仕様の地下壕への入口。開ければ中へと続くコンクリート打ちっぱなしの階段。踊り場ごとに取り付けられている蛍光灯が弱々しい光を供給する。

 2階分ほど地下に降りただろうか。階段はそこで終わり、プラスチック製と思われる扉が二人を待ち受けている。

 

 

「百聞は一見に如かず・・・機密中の機密に違いないが、いい加減見せておくべきだろう」

 

 大迫はそれだけ言って扉に向かう。どこから監視されているのか知らないが、かんぬきを電動モーターで外す音が立て続けに聞こえてくる。それから見た目以上に重たい駆動音を立てつつ扉が開き始めた。プラスチックはただの外板で、中には鋼鉄でも仕込んであるのだろうか。ともかく、扉は開かれた。それと同時に足元に流れ込んでくる冷気。

 

「気にするな、ただの冷房だ」

 

 政府が節電を呼びかけているこのご時勢に政府組織が冷房を過度に使用するとはどういう了見だろうか。そんなことを思いつつ大迫に続いて入ると、照明が最低限しかないこの部屋。暗いことと広いことはすぐに分かったが、目が慣れてくるにつれて様々なものが見えてきた。

 

「スーパーコンピュータ・・・」

 

「話によると、こいつらの演算能力でもスペックとしては不足気味だそうだ」

 

 なるほど、冷房がこれだけ効いているのはこれらの冷却のためか。コンピューターが演算を行うには動線やトランジスタなどで構成される多くの回路に電流を流す必要がある。高い演算能力を実現するためにはとにかくこの回路を増設することが肝心で、一般にスーパーコンピュータと呼ばれるそれは結局コンピューターの集合体に過ぎない・・・そして流れる電流の量と回路の長さが長くなればなるほど、発熱量は増えてしまう。それを冷却するために、この部屋では過度な冷房が動かされていたのだ。

 

 しかし、これだけの演算施設、いったいどれだけの電力を食うのだろうか。飯田のその疑問に、大迫は付け足すような調子で答える。

 

「初め演算は既存の施設で行うことを考えていたそうだが、あからさまに電力消費量が増えることから取りやめになった。なに、自家発電は確かに燃料を喰うが、軍艦の消費量と比べれば雀の涙にも満たないよ」

 

 どういう方法を使っているのか知らないが、つまり海軍内部だけでこの研究をどうにか隠しているのだろう。流石に一番上のあの方には伝わっているだろうが・・・。

 

「いったい何の演算に使用しているのですか」

 

「落ち着け・・・百聞は一見に如かず、まずはモノを見たほうがいい」

 

 そう言って大迫はスーパーコンピュータを構成する計算機の林、その一つの角を曲がった。それに続く飯田を角の先で待ち受けていたのは、青白い光。もともと照明が青いのか、それとも照明が照らすそれに反射した光に青みがかかっているだけなのか。

 

 直径2mほどはあるだろう。ガラス張りの筒の周囲に差し込まれているのは大量の電極、しかし電極はガラス筒の内部へ差し込まれただけだ。そこから先、つまりガラス筒の内部から伸びてそれぞれの電極に繋がっている『ソレ』は明らかに人間の手で作られたものではなかった・・・いや、人間の手で作られたものなのだろう。確かに以前はそうだったのだろう。しかしその金属が集まった容姿はもはや集合生命体(キメラ)のそれであった。馴染み深い金属部品などがちらほら認識できるあたりがまた、痛々しい。

 

「『朝潮』だ・・・少なくとも『本人』はそう名乗った」

 

「名乗った・・・どういう意味ですか」

 

「そのままの意味だよ・・・あの電極に繋がっている金属片・・・あれらは『朝潮』自身が伸ばしてきたものだ。それを試しに電極に繋いだところ、規則性のある信号を送ってきたのだ」

 

 何を言っているのかよく分からない。飯田は大迫の続きを待つ。

 

「どんな信号にも規則性がある、規則性がなければそれは信号じゃない・・・しかし、どういった規則性が存在するのか分からなければ解析も出来ない。軍事用の暗号は最終的に敵国の母国語に直せると分かっているからいいものの、今回は相手に言語があるかどうかも不明だ」

 

 一体どれほど長い時間をかけてここまで解析したのか、それは私にも分からない。と付け加えた大迫。飯田はゆっくりとガラス筒の中に収まった『ソレ』を眺める。電力を供給される様子もなく、ただ水中に沈んだままの『ソレ』。せめて身振り手振り(ボディランゲージ)や絵などを使ってコミュニケーションを取れればよかったのだが、金属の塊にそんなものはなく、0と1だけを用いた会話が求められた。相互で意見をやり取りすることはおろか、相手が何を言っているか判別するのも難しいだろう。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんできた。それをそのまま口にする。

 

「水は電気を通すのではありませんか?」

 

 その質問に大迫は答える。視線はガラス筒へと釘づけになっていた。

 

「いや・・・どうやら自分で周囲の水を改善しているらしい」

 

 不純物の一切混じらない水は、絶縁体としての役割も果たすからな・・・と大迫。そんな理論上でしか成立しないはずのことが、成立していいものだろうか。

 

「理論では成立する。それをやってのけるだけの実力がある時点で、こいつの扱いには気をつけねばならなかった、外部にこいつの存在を知られるわけにはいかない」

 

 周囲の水を改善するなんて、そんなことがガラス筒という密閉空間の中で成立していい事象なはずがない。しかしこの『朝潮』と名乗る生命体はそれをやってのけた・・・この技術、軍事部門への転用が出来れば素晴らしいではないか。

 そこに目をつけた海軍が、極秘に研究を開始した。という施設なのだろう、ここは。

 

 そんな憶測を飯田が頭の中でこねくり回している間も、大迫は話を続ける。

 

「しかしこいつの発してくる信号の解読を進めるにつれて、我々が想像していた以上にこいつが危険である、いや・・・こいつが伝えようとしている未来(・・)が危険なものであると言うことが分かってきた」

 

 飯田はすかさず挟んだ。

 

「それが・・・敵対的危険生物、いえ――――深海棲艦」

 

 大迫はひとつため息をついた。視線はガラス筒に釘付けのままだ。

 

「そういうことだ」

 

 

 なんということだろうか、我が軍の、この国の行動はこんな得体の知れないものを情報源として動いていたのだ。そう飯田が頭の片隅で『ソレ』に対する嫌悪感を抱いた途端、ガラス筒の中身が僅かに揺れた。揺れたというより、金属片の並びを変えたという表現が適切だろうか。

 

「飯田・・・こいつは目も見えなければ耳もない、感覚器官と呼べるものは持ち合わせてはいない。だがな、憎悪の感情にだけは敏感だ、どういうわけかな・・・気をつけ給え」

 

「・・・申し訳ありません」

 

 

 

 ガラス筒の中で、また『ソレ』が揺れた。

 

 

「・・・ところで閣下、まだ解決していないことがあります」

 

 飯田は少し非難するような調子で言った。確かにこれで大迫のもたらした情報の根拠、その説明はついた。

 

 だがなぜ大迫と大島のもたらした情報に類似点が多いのか、それを説明することができない。

 

「大迫閣下の情報が『朝潮』からもたらされたものなのは分かりました、ですが『朝潮』はこのように隔離されていたはずです」

 

 大迫が視線を飯田の方に向けた。飯田は続ける。

 

「どうして大島は情報を知り得たのでしょう」

 

 大迫は答えた。

 

「私にも確証があるわけではない・・・だが、やはり『第二の朝潮』が現れたと考えるのが妥当だろう」

 

「・・・」

 

「見る限り、『朝潮』を構成する金属片はどこにでもあるものだ。『朝潮』が欲していたのはあくまで魂――――こういう言い方は正しくないのかもしれないが、ともかく『朝潮』を構成するそれ――――が憑依するための媒体ではないのだろうか」

 

 この『朝潮』が発見された経緯を知らない以上何とも言えないが、2013年に行方不明となった潜水艦『朝潮』がこれの元となっているのであれば一応の説明はつく。

 朝潮は圧壊、そして高圧に対応できない乗組員はたちまち絶命してしまった。ここで『朝潮』が誕生したとして、憑依できるような媒体は確かに潜水艦の残骸・・・つまり金属片しかない。

 

「駆逐艦『雷』にもそれが当てはまったと?」

 

「コミュニケーションを取るなら人型の方がいいに違いないからな」

 

 とは言え、推論だ。妥当というだけであって推論だ。

 

「ならどうして大島は『小さい女の子(・・・)』などという表現をしたのでしょうか?」

 

「大島が混乱していた可能性もなくはないが・・・説明はできないな」

 

「・・・」

 

 

 情報が足りなすぎる。やはり導き出される結論はそれだった。

 

 

 

 訪れた沈黙。スーパーコンピュータの奏でるファンの駆動音とハードディスクの回転音。

 

 それらが、唐突に破られた。

 

「失礼します!」

 

「なんだ」

 

 あからさまに声を荒げる大迫。突然訪れた男は、飯田と大迫、二人を驚かせる報告をした。

 

 

 

 

 

 

 

「――――中華人民共和国国内の大使館など各国政府施設が、次々攻撃を受けています!」

 

 

 

 

 

 

 暗闇に包まれた部屋の中、照らされたガラス筒その中心に『彼女』は君臨している。

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