模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-122Days②

 今日も上海はいつも通りだ。強いて挙げることがあるとすれば、中華共和国と名乗る武装勢力が金をバラまいた関係でしょうもないマフィアの縄張り争い(ドンパチ)が止んでいるということぐらいだろうか。北京の共産本部は上海周辺への電力供給を止めたとか発表していたが、そもそも中央から回ってくる電力なんか雀の涙ほどだ。もともと自家発電で回している上海の街は、今日も変わらぬ賑わいを見せている。

 

 そんな街の中央に隣接するわけでもなく、離れるわけでもない居住区の一角。

 

「あんた、日本人かい」

 

 唐突に現れた日本人に久々に使う日本語でそう言い放つ。身に纏うのは観光気分だと言いたげな色付きの半袖ワイシャツ。しかし観察してみるとズボンは厚手で靴も山登りに使うようなそれ。さらには背中のバックパック。なかなかの重さはありそうだが、彼女の一挙一動がその重さを微塵も感じさせない。

 そう、女なのだ。どうして女がここ上海で重装備を身につけて歩いているというのだろうか。

 向けた警戒心をさらりと躱し――――もしかするとこちらが警戒していることに気づいていないだけかもしれないが――――彼女は笑いながら返事をした。久々に聞く祖国の言語。

 

「おや、やはり日本のお方でしたか、どうにもそんな感じはしていたのですけれどぉ、確信が持てなかったのでついつい中国語で話しかけてしまいました!」

 

「中国語にもいろいろある・・・共産党様の支配する地で広東語を使うとは、なかなかの度胸だと思うがな」

 

 ここは中華人民共和国、上海政府直轄市。公用語を北京語に定める中華人民共和国にとっての広東語といえば、方言どころか敵性語である。

 

「いやー、私北京語苦手でしてねぇ・・・広東語でも通じると思ったのですが・・・」

 

 また大嘘を、あからさまな表情を作る彼女を見下ろすように睨む。実際こちらの方が身長も体格も大きので見下ろすのは簡単だったが・・・彼女はそれに臆さず、さらに言葉を積み重ねる。

 

「まぁ、もうここは『人民共和国』じゃありませんし、大丈夫ですよ」

 

「お前さんの身に何があろうが、俺には知ったこっちゃない・・・好きにしろ」

 

 高圧的な態度で臨めば、向こうは挑戦的な視線を投げてきた。

 

「えぇ、好きにさせていただきますとも、青葉には頼もしい『お友達』がいることですし」

 

「なるほど、金で雇っただけの支那人が『お友達』というわけか、金の切れ目が縁の切れ目とは、言い得て妙だな」

 

 感心した素振りこそ見せてやったが、どうせこの女の言う『お友達』なんてヤクザ気取りの浮浪者風情だろう。見た目だけ豪華なハリボテに違いない。姿を現していないところを見ると、もしかして『お友達』の存在自体がブラフかもしれない。

 

 それにしても、初めから広東語を使ってきたあたり、どうやら普通の女じゃなさそうだ。もちろん未だここ上海に留まっている時点で普通の女じゃ無いのは分かっていたが・・・間合いを向こうも(・)測っているのが感じられた。こりゃ只者じゃあない。

 

 恐らく自分の身元も割れているのだろう。せめて主導権だけでもと、さっさと口を開くことにする。

 

「まぁいい、で? 大和撫子どのが一体ここへ何のようだ? 少なくとも今は観光できるような情勢じゃあない」

 

「あ! いま、青葉のこと大和撫子っていいましたよね!」

 

 目を見開いて大げさに喜ぶ様子を見せつけてくる彼女。そんなのでこちらを弄んでいるつもりになっているのだろうか。彼女に突き刺す視線に侮蔑の色が篭る。するとそれを察したかのように青葉は喜ぶ素振りを止め、言葉を繋いだ。

 

「もちろん、あなたに用があって来ました。これでも私、記者をしておりまして」

 

 名刺を差し出してくる彼女。職業はフリーライター。無職を物書きで誤魔化しているだけの自己満足家か。大手新聞社(じょうほうそうさ)の手先よりはマトモかもしれないが、取材先に配慮もせずに自分に都合の良い記事を書いてゆくという点では、結局一緒だ。

 

「悪いが記事にされるほど立派なことはやっていないんでね、お引き取り願おう」

 

「ご安心ください、別に記事にするつもりはありませんよ」

 

 記事にするつもりはない。逆に言えば大衆向けでない質問をしに来たということである。端から答えるつもりはなかったが、いよいよお引き取り願う時が来たようだ。

 

「日本人は気に食わん・・・帰ってくれ」

 

「日本人はお嫌いですか・・・確かに支那人には日本民族を嫌う輩が多いですが、ここまで流暢な日本語を話す支那人などいやしません・・・もしかして、同族嫌悪ってやつですか?」

 

 初めて彼女は嗤った。先程までの純粋に見せかけた笑みではなく、他者への侮蔑と利己主義(エゴイズム)に侵された眼差し。ようやく本性を見せたといったところか・・・コイツも結局、掃溜めのマフィアどもと一緒だ。

 

「日本民族は悪くない、悪いのは資本主義と、それを持ち込んだ欧州だ」

 

 若い頃は確かにそんな事を思っていた。それが自然と口に出たということは、自分もまだまだ『主義者』の端くれということだろうか。

 しかしどうやら目の前の女は態度を変えない。

 

「・・・と、まぁ気高い理想を抱いて祖国を裏切ったあなたは、今では上海のドブを縄張りにするドブネズミだ。いったい何がしたかったんです?」

 

「なんでもいいだろう、今となっては全て語る意味もない」

 

「では過去の話は止めにしましょう・・・これからのことは?」

 

 なにがこれからのことだ。もう自分は上海(ここ)に足をつけてしまった。骨の髄まで犯されて足を洗うことなんかできやしない。彼女は自分のことをドブネズミと称したが、それならアンタは死体にたかるハイエナだ。何が楽しいんだか。

 

「取材に来たんじゃないのかよ、何が聞きたいんだ」

 

「いいから答えてくださいよ」

 

「・・・埒があかん、帰れ」

 

 これ以上は平行線だろう。口調をやや変えれば様子を伺っていた手下がそれを察し一歩前へ出る。

 

 

 次の瞬間、くぐもった音、土が抉れる音が聞こえた。

 

 

「!」

 

 振り返れば足を抑えた手下の姿。狙撃か、どこから、ビルの上か? そんなはずはない、なんせここら一体は一通り抑えてあるはず・・・。しかし発砲音が聞こえなかったのだ、おそらくそこそこの距離があるに違いない。

 

「ちょっとっ、まだ撃たないで下さいって言ったじゃないですかぁ!」

 

 どこか遠くへ叫びながら大きく手を振っている青葉、先程までのコロコロ表情を変える様子を見る限りアレも演技に違いないが、彼女が叫びを向ける先にあるのは一つのビル。

 

 ――――私の『お友達』はあそこからあなたがたを撃ち抜けるんですよ。

 

 勝手に作り上げた青葉の虚像が頭の中で囁いてきた。

 

「・・・随分と、レベルの高い『お友達』だな」

 

 そう声をかければ、青葉は首に手をやりながら爽やかな笑顔。

 

「ええ、まあ」

 

 しかしその笑顔も一瞬で消える。

 

 

「お話、伺ってもよろしいですよね?」

 

 どうしてだが、同意すべきだと思った。

 

 必要に迫られた(銃口を向けられた)からではない。彼女の眼に、まだ昔の自分と同じものが残っていた・・・ように感じられたのだ。一瞬だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が国は、中華人民共和国国内に取り残されている邦人保護のために・・・』

 

 誰もが、ただ呆然としていた。こんな話は聞いていない(・・・・・・)。そもそもテロ支援国家指定寸前の中華人民共和国にどれほどの邦人がいるというのだ。介入の理由としては不適切だろう。

 

「・・・なんでも、大使の死体が確認されたそうです」

 

 とりあえず情報を教えてくれようとしているのだろう。室員が消え入りそうな調子で教えてくれる。きっかけとしては十分な理由かもしれないが・・・。

 

「小牧、車を用意しろ、今すぐにだ」

 

「はっ」

 

 それだけ返して駆け出していった小牧。他の部下が飯田の方を見遣った。

 

「どこへ行かれるんですか?」

 

「霞ヶ関だ」

 

 海軍にとっての霞ヶ関は国会を意味しない。赤レンガ・・・海軍幕僚部を意味する。

 それだけ返してデスクに戻る飯田。室員の大半はまだTVを見ているがTVの前で呆然としているだけなら誰にも出来るのである。出来ることならさっさと仕事に戻って欲しいが・・・オペレーション・ニイタカヤマノボレの話を全く聞かされていない彼らはただ呆然とするばかり、気持ちはわかる。まさか大陸でちょっと大規模なテロが起きただけで、これまで自国の防衛に専念していたはずの日本が介入を決定するとは思わないだろう。

 

 とりあえず使いそうな書類を鞄に詰め、上着を着る。ボタンを止めつつ室を出た。

 

 

 そして取り出すのは携帯電話。電話帳画面を開く。この電話帳機能はなかなか厄介で、電話番号を覚える努力をすっかりしなくなってしまった。もちろん、覚える手間が省けるという点では恩恵しかないが・・・こうやって文明に頼る我々。いつまでこの文明が維持できるのだろうか・・・いや、そんなことを今考えてどうなるものか。電話帳から彼の名前を探し出し、通話ボタンを押す。

 

 

 呼び出し音。呼び出しが掛かったということは携帯の電源が付いているということ。つまり彼は作戦行動中ではないということだ。単調に続くそれと、飯田の焦り気味な足音が重なる。

 

 

『もしもし』

 

 数コールあとにようやく飯田が耳に当てている受信機にノイズが走り、それから返事が続く。

 

「もしもし、孝介です」

 

 

『・・・孝介か、飯田家の人間から電話は来ると思っていたが、お前とはな』

 

「・・・」

 

 押し黙ったままの飯田に、電話の相手――――千駄ヶ谷陸軍中将は続ける。

 

『私は陸軍代表じゃあない、聞いても無駄だぞ』

 

 エレベーターホールに到着、既に小牧がエレベーターを呼び出しており、扉が開いた。さっさと乗り込みつつ、飯田は答える。

 

「しかし、閣下は自分よりも事情に詳しいはずです」

 

『それはそうだろうな』

 

 千駄ヶ谷中将はオペレーション・ニイタカヤマノボレへの関与を認めている。彼が率いるのは九州・四国の防衛を担当する陸軍第二軍。これは幾つかの内地方面軍を再編したもので、隷下の兵力は数十万にのぼる。敵対的危険生物が上陸すると予想される地点が南九州であるだけに、決戦の際に主力を務めるのがこの第二軍なのだ。

 

「飛行場の使用予定日は聞いているのですか」

 

『いや、もともと空軍航空機が飛んできたら受け入れてくれ、というレベルでしか話が回ってきていない』

 

 陸軍にだって航空隊はある。陸上部隊の支援に使う攻撃機とそれの護衛機を運用するために仮設の航空基地が沿岸部、もしくは少し下がった内陸部にいくつか設営されており、それらの警備・管理は第二軍が担当しているのだが、この基地を『緊急不時着の候補』として使わせて欲しい、と空軍から第二軍に打診があったそうだ。

 

 しかし、飯田はそれを千駄ヶ谷以外の口から聞いたことはない。これを認めた千駄ヶ谷だって、相手が飯田啓介元陸軍少将の息子である飯田孝介でなければこうもあっさりと認めはしなかったはずだ。

 

 空軍はオペレーション・ニイタカヤマノボレの作戦内容、存在すらもひた隠しにしている。第二軍司令官である千駄ヶ谷は必要から協力を要請されたのだろうが、他の陸軍関係者に情報が回されているかどうかは分からない。

 

 そもそも、ただの敵対的危険生物殲滅作戦なら、どうして統合幕僚部の方で提案しないのだろう。

 

「・・・そうですか」

 

 エレベーターが地下へと到着。到着を知らせる電子音が鳴り、扉が開いた。小牧がじどう車のキーを取るために事務所の方へ駆けてゆく。

 そして、電話の向こうで千駄ヶ谷がため息をつくのが聞こえた。

 

『孝介、正直に言わせてもらうが、お前は海軍の人間だ。無理に首を突っ込むのは良くない』

 

「承知しています」

 

『だが自分の手の上で事が運ばないと不安だ・・・と?』

 

「・・・」

 

 無言しか返せなかった。

 

『図星か』

 

「・・・話すら回ってこないのには納得がいきません」

 

『敵対的危険生物対策室の室長としての責務を果たそうとする気持ちはわかる』

 

 そういう千駄ヶ谷、飯田は次の言葉を待った。

 

『だが、自衛軍という組織は大きい、なんせ陸軍だけで170万人の人員を抱えるんだ』

 

 お前に出来ないことのほうが多いに決まっている。

 

「ですが、これほど規模の大きい作戦となれば話は別でしょう、情報すら回ってこないようでは、疑ってしまうのも致し方のないことです」

 

『やめておけ、淵曽根議員から一度は警告されたのだろう』

 

 その言葉に飯田は足を止めた。それに気づいた小牧がこちらを見てくる。飯田の脳裏に数日前に投げられた淵曽根の言葉が浮かぶ。

 

 

 

 ――――お主が守るべきは国家・・・そして民族。国民ではないぞ

 

 

 

 あの言葉はどういう意味を込めて放たれたものなのだろうか。しかしそんな問は役に立たない。飯田は携帯電話のその先を睨みつけた。

 

「・・・やはり千駄ヶ谷さんが流したのですね」

 

 八菱財閥の『ご意見番』であり、貴族議員に所属する淵曽根。彼が飯田に声を掛けてきたのは、飯田がオペレーション・ニイタカヤマノボレの存在を嗅ぎつけた事を知ったから。知るためには情報が必要で、その情報を流す人間は千駄ヶ谷以外に考えられなかった。

 

『悪いな、くれぐれも内密に、と言われていたもので一応報告はさせてもらった』

 

 だが、あの時点でお前は概要を把握していたのだろう? と続ける千駄ヶ谷。しかし疑問だ。千駄ヶ谷と淵曽根議員に繋がりがあっただろうか? 父である飯田啓介元陸軍少将の部下であった千駄ヶ谷中将は、どちらかというと飯田インダストリーよりの人間だ。飯田インダストリーと八菱グループは別に市場を奪い合っている訳ではないが、だからこそお互いに積極的な交流をしているとは考えづらかった。

 

 一瞬思考に走った飯田の沈黙をどのように受け取ったのか、千駄ヶ谷は言葉を続ける。

 

『・・・とにかく、これ以上は関わるべきじゃない』

 

「一つの連携ミスが、全体のバランスを崩すこともあります」

 

『なら崩そうとしているのはお前の方だろうが・・・例の作戦は上の方で決行日時から詳細まで決まっているに違いない。一海軍少佐がでしゃばって連携を妨害するような行為は自重すべきだ』

 

「各軍が勝手な行動を取ろうとしているのが正しい連携と呼べるのでしょうか」

 

 私はそうは思わない。言外にそう告げ、小牧の開けた自動車の後部ドアに滑り込む。ドアを力強く閉める音に混じり、受話器より千駄ヶ谷のため息が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霞ヶ関の赤レンガ、海軍幕僚部。太陽に照らされたここに暗い雰囲気はなく、随分昔から使われているゲートですら輝いて見える。ジメジメとした長い雨の反動かもしれないが、こうも太陽光を多く浴びれば、嫌でも気分は良くなるはずだ。

 

 しかし今の飯田にとっては、その陽射しもまとわりつく暑さにも感じられる。素早く門を通過して中へ入り、たちまち幕僚長室の前まで通された。

 

 ノック。

 

「入り給え」

 

「失礼します」

 

 扉を開けるとそこには予想通りの姿。大迫海軍幕僚長。別の部署で働いているはずなのに、会うのは今週で何回目だろうか。

 大迫は真横に控えていた海軍幕僚長補佐官に退出を命じ、補佐官がスタスタと飯田の横を通り過ぎてゆく。すれ違いざまに小さくお辞儀。飯田は目配せだけで返した。

 

 扉が閉まるのを待たずに大迫は口を開く。

 

「既に国境線を三十二師団が超えたらしい・・・してやられたな、空軍との連携もバッチリなようだ。明日にでも輸送機が飛び立つ」

 

 大迫の解釈は表向きあっているだろう。だが実際には逆だ。介入を求めていたのは空軍の方。陸軍は呼応したに過ぎない。

 大迫閣下は、本当にご存知ないのだろうか? そんな疑念を払うように、飯田は口を開いた。

 

「海軍としては、どのような行動を取ることになりますか?」

 

 海軍としては、か。大迫が小さくその言葉を繰り返した。敵対的危険生物との戦いにおいても、今回の事変においても、海軍は主役ではない。

 

「こればっかりは政治家の仕事・・・と言いたいところだが、先程も作戦部長が懇願に来たよ。海軍だけが遅れを取るわけにはゆかぬ、直ちに五航戦を回せ、とな」

 

 第五航空戦隊、呉を母港にする空母『榛名』を旗艦とする艦隊。確かに『榛名』は今の情勢でも手軽に派遣することのできる旧式艦だ。しかし――――。

 

「空母を出せば、我が国の方針が揺るがされます」

 

 日本国自衛海軍が敵対的危険生物に対してとった作戦は「戦わないこと」それを事変介入という敵対的危険生物と関係ないこととは言え崩してしまっては、損耗を避けるという方針自体を覆してしまうことになりかねない。

 邦人救出を支援するという名目で数隻の駆逐艦を派遣する程度ならできるだろう――――それも本来なら避けるべきである――――が、とにかく大々的に空母を出撃させるのは良くない。

 

「その通りだ、そして船体に無理の来ている『榛名』はどの道出せん、介入とかなんとか言ってるくせに事故でも起こしたら、娯楽を失った世間のいい笑われ者だからな」

 

「しかし部隊を出さないわけにもいかないのでは?」

 

「・・・なんだ、お前は乗り気なのか、飯田」

 

 もちろん事変介入へ乗り気なのかという意味である。まさか乗り気なわけがない。だが、今回の事変とオペレーション・ニイタカヤマノボレ。関係があるとしか考えられない以上、乗り気とかそういうレベルの話ではないいのだ。

 

 しかし大迫が飯田に向けるのは純粋な懐疑の眼差し。大迫閣下は本当に知らないのだろうか。オペレーション・ニイタカヤマノボレのことを?

 まさか。

 

「・・・乗り気ではありません。しかし介入が無益かというと、そうでないのは事実です」

 

「それは分かっているさ。中華人民共和国が潰れさえすれば、我が国の利益となる」

 

 

 

 

 意外なことではないかもしれないが、この時代の中華人民共和国という国家は意外なほどに崩しやすい。彼の国の統治体制には無理があるし、地方と中央は全く連携していない。十年ほど前までは脅威だった武力と工業力も、第十次上海事変の泥沼ですっかり消え去った。

 

 しかし占領・そして統治するとなると話が違ってくる。中国大陸は広い。また漢民族は非常に優秀な民族であると自覚している故に、そうそう日帝の支配下に入ろうとはしないだろう。半世紀以上戦いを続ける中華民国にも併合される気はないに違いない。

 

 また、そちらの方が西側にとっても都合が良い、という裏事情もあった。

 

 SEATOが持つ「SEATO軍」。加盟各国軍より供出された軍事力を軍事的緊張の予想される地域に展開し、加盟国の枠に囚われない超国家的組織として行動。担当地域の秩序維持を行う組織。SEATOの活動目的と言っても差し支えないこの組織は、東南アジア諸国連携の要であった。

 

 ・・・わかりやすく言ってしまえば「敵の敵は味方」ということである。

 

 

 

 

 

「ええ、もはや敵対的危険生物を前にしてお題目だけの敵国を用意する必要はありません。邪魔なだけです。実際共産党は重要な陸運ルートを封鎖してしまっていますし」

 

 戦略物資の独占は労働者への云々とかいう言い分の下、中華人民共和国は日本へと続く陸路を封鎖してしまっている。陸路を塞がれると日本への安全な輸入経路はアリューシャン寄りの運賃高めな航路のみ。予想以上に日本の資源輸入に影響を与えていた。

 

「邦人保護を名目に無法地帯と化した中華人民共和国に護衛付きの輸送トラックを走らせる・・・これで中華民国やインドシナの希少資源を再び輸入することが叶う、といった算段だろうな」

 

 その為に陸軍を師団規模で投入するのだから、やや出費に似合わないような気もするが。と続ける大迫。日本が本当に取るべき選択肢は「介入」ではなく、中華共和国への「軍事支援」であった。

 

「しかし独立を宣言した中華共和国への支援の道は断たれました・・・彼らが西側大使館を襲ったが故に」

 

「中華共和国は『支援』でなく『介入』を望んでいた、ということなのだろうな」

 

 ため息をついても仕方がないことだが、見事に中華共和国に弄ばれている日本国はじめ西側諸国。ため息をつかずにはいられなかった。

 

 それから大迫は自身の意見をまとめるように飯田に語りかける。

 

「中華共和国は西側には下りたくなかった。しかし西側が介入できるような口実だけは作った・・・自身が大使をも手にかける国際犯罪人となることで、だ」

 

 普通じゃない。そう言う大迫。西側に下りたくないという気持ちは分かるが、あえて西側を攻撃することで自分たちを危険にさらす必要があるだろうか。

 

「・・・」

 

「この事変、必ず裏がある・・・私はそう考えるようになってしまった」

 

「・・・」

 

 この人は自分が来ることを分かっていたのだろう。そしてまた、オペレーション・ニイタカヤマノボレのことを本当に知らないのだろう。

 

「飯田少佐、君に頼みたいことがある」

 

 

 それなのに、どうしてここまで自分に的確な仕事を振ってくれるのだろうか。

 

 

「・・・はい」

 

 二人の防人は、同じ景色を見ずに、同じ道をゆく。一抹の不安を抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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