模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-120Days②

「軍人でかつ姓が飯田・・・と聞けば大抵の人間――――もちろん『その手の話題』に詳しい者たちだけだが――――が思い浮かべるのは私のことに違いないだろう」

 

 自慢げに言うその言葉を無視し、彼は眼の前に現れた来訪者を睨みつけた。

 

「・・・よくもまあ、そんな面を私の前に出せたものだな」

 

「私はただの老いぼれだからな、貴様には断るという選択肢もあったはずだぞ?」

 

「この状況で断るというのか」

 

 馬鹿なことを言うな、そう言いながら応接セットに腰を掛ける大迫善光。目の前に座るは老人・・・という割には眼光の鋭い老人だ。二人は互いに深く腰掛ける。

 

「今では貴様も大将閣下か・・・周りの人間は私の階級をどんどん追い越してゆくな」

 

 感慨深げに呟くのは老人。補佐官が二人の間に一応のもてなしを出す。

 

「まさか呆けていられても困るので言っておくが、私は海幕長だ。いま中国のゴタゴタで忙しいのでね、無駄な時間はないのだが」

 

「まあそう言うなよ大迫。アラビア半島以来の付き合いじゃないか」

 

「申し訳ないが、そんなにあなたと親しくなった覚えはない、それに・・・」

 

 しかし彼を追い返すことは出来なかった。海軍幕僚部に武装した陸軍兵士が押しかけてくるなんていつぶりの話だろうか。それも『元』陸軍少将に率いられて。

 

 圧力をかけるにしては、随分と大振りな動きだ。

 

 だからこそ、大迫は断ち切るように言い放つ。

 

「横暴が過ぎるぞ・・・飯田啓介」

 

「組織が違えど私のほうが年配だ・・・高齢者に気を配るのは若者の使命だぞ? どうしてそんな高圧的な態度が取れるのだろうか?」

 

「正規の士官でもないくせして兵隊を率い、薬剤師(やくざ)のごとく人の家(かいぐん)に土足で踏み込む。そんな人間を、どうして高齢者と見間違えるだろうか」

 

 いや、見間違えまい。大迫は目の前の『元』陸軍少将を睨みつけた。一体全体、何をしにやってきたというのか。

 

 それを言われた老人――――今こそ陸軍将官の服を着込んでいるが、今の彼は退役軍人、そしてまた、日本国の産業、その一翼を担う『飯田インダストリー』の会長である――――飯田啓介は、大迫のその言葉にむしろ乗るように身を乗り出した。

 

「なるほど私は正規の陸軍軍人ではない・・・では貴様はどうだ? 貴様は正規の命令しか出していないのか?」

 

 その含みげな発言、どうせこのタイミングで来たんだ。彼が問いたいことはただ一つだろう。さっきは追い払う理由として言い放った言葉だが、実際忙しいのである。言うならとっとといえばいい物を。そう思いつつ、大迫は問い返した。

 

「何が言いたい」

 

「純粋な興味だよ・・・私の最終階級は少将だ、部隊の指揮なら自信があるが・・・実のところ中央にはそこまで詳しくはない。精々が参謀本部・・・陸軍幕僚部と呼んだほうがいいかな? ともかくそこの参謀止まりだ」

 

 老人に似つかわしくない、社会科見学のような興味かもしれないがね。と自嘲気味・・・違う、この眼は大迫を見下すものだ。そんな眼で見つめる。

 

 

 大迫は内心焦っていた。なぜ飯田啓介がここで出てくる? 自分の部下である飯田孝介は確かにこの老人の息子ではある。しかし彼は公私を混同する人間ではない、加えて彼は海軍幕僚長たるこの自分にすら物事が確信に至るまで『作戦』の事を話そうとしなかったのだ。だからこそ彼に託した。

 

 まさか眼の前の彼に、飯田孝介が情報を漏らしたことは考えられない。そして目の前に座る飯田啓介、彼の態度を見る限りは、彼が孝介に情報を与えたわけでもないだろう。

 

 とすると、どこから? どこまで繋がっている?

 

 

 いずれにせよ・・・どうやら東京(わたし)からの援護はここまでのようだ。しかし彼なら――――淡い希望など抱きたくはないが――――きっと上手くやってくれるだろう。

 

 

 気張れよ、飯田。

 

 

 眼の前の御仁にどうやってお引き取り願おうか思考を巡らせつつ、大迫善光はもう一度椅子に座り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「SEATO満州統連合軍新京司令部より、『一切の出航を禁じる』との命令が届きました!」

 

 

 馬鹿な、一言で言うならそれだ。新京司令部の方には大迫閣下が手を回しておいてくれたはず。これから始まる予定であった任務の内容も『加盟国国民の人道的支援』である。まさか引っかかることがあるわけがない。

 

「どういうことですか、飯田くん」

 

 そう問いかけて来るのはSEATO満州海軍司令の瀬戸内少将。眼には飯田に対する疑念がありありと浮かんでいた。

 

「・・・」

 

 どういうことだろうか。まずは落ち着いて状況を整理しよう。いきなり出航禁止命令を出してきたSEATO満州統連合軍を指揮する新京司令部。これは満州国防軍と日本国自衛軍、そして僅かな米軍の将校によって構成される。連絡要員として中華民国やインドネシア、英国印度などの士官も派遣されてはいるが、実質的にSEATO満州統連合軍の指揮を担当するのは日満米だ。

 

 では、どこがこの艦隊の派遣を止めようとしているのだろうか。米国は今日にも日満を支持する形で第十一次上海事変への介入を宣言すると言われている。中華民国は既に介入を宣言。明日中にでも中華人民共和国の国境地帯へと進軍する腹積もりだ。

 外国にSEATOの動きを止める者はいない。いないはずだ。

 

 

 思考を巡らすのに必死で、返事をしなかった飯田をどう思ったのか、瀬戸内は報告をもたらした士官へ問いただす。一体何があったのか、と。新京司令部の方には大迫閣下から手を回してあったはずだ。

 

「それが・・・」

 

 

 ――――どうにも満州国防軍の将校が、許可しない方針を打ち出したようで・・・。

 

 

「そんなことあるのでしょうか・・・」

 

 文字こそ柔らかかったが、瀬戸内の口調にはありありと焦りが浮かんでいた。満州がどうして日本軍の作戦計画を妨害するというのだろう。

 

 いや、反対したのは日本でも米国でもなく満州国防軍・・・そこだ。飯田の脳裏で幾つかの単純な事実が繋がる。満州国防軍が自主的に反抗してくることはありえないだろう。となると考えられるのは外部(にほん)から妨害するように命じられたということ。

 命じられるほど満州国防軍に通じている人間かつこの作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)を支持している人間。

 

「佐伯大輔・・・」

 

 飯田が漏らす、というよりかは噛み締めるように言ったその言葉に、瀬戸内はもちろん小牧も視線を向けた。

 

「佐伯大輔・・・といいますと満州出身の日本空軍大将・・・でしたね」

 

 飯田の呟きに反応した瀬戸内司令。やはり佐伯大輔のネームバリューは伊達ではない。

 

「はい、今回の作戦でもおそらく彼が指揮をとっているものと思われます」

 

 なるほど・・・と瀬戸内も納得した様子の声を漏らしながら視線を床に落とす。佐伯大輔は滿蒙開拓団の二世、そのうえで満州防衛の神様のような存在だ。戦後も満州国防軍にもたらしたものは多く、満州国防軍から絶大な支持を得ていることは間違いなかった。

 

 しかし、そんなことに納得してもどうしようもない。我々はどうにかして出航しなければならないのだ。

 

 

「どうしたものですかね・・・」

 

 ここで瀬戸内司令に任せるわけにはいかないだろう。飯田は自分で出来ることがないかを考えようとしたが、SEATOとはいえ歴とした軍の指令を覆す方法が、一少佐にあるはずもなかった。

 しかし・・・『何故』漏れた? 飯田がこの作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)を嗅ぎつけたとこは確かにバレている。しかし今回のSEATO艦隊出撃は第十一次上海事変に対応するためのもの。どうして飯田が、大迫閣下が関わっているとバレたのだろうか。飯田の足取りを追っていた可能性はあるが、こっちだって馬鹿じゃない、ちゃんと佐世保鎮守府の防衛設備の視察という名目で九州に飛ぶスケジュールを組んだのだ。

 ・・・となると、大迫閣下が手を回す際に漏れた、ということだろうか。

 

 その時、脳裏に一人の女性・・・歪んだ笑みを浮かべた青葉記者が浮かんだ。

 

 まさか、彼女が流した? 確かにそれなら話は綺麗にまとまる。もともと不自然な点の方が多かったし、オペレーション・ニイタカヤマノボレの情報を流してきたのはそもそも彼女だ。

 そこで気づく矛盾点・・・オペレーション・ニイタカヤマノボレはそもそも漏れてはいけない作戦。仮にこれが青葉の張った罠だとして、どうして作戦を漏らすというリスクを犯すのだろう? そこら辺の整合性が取れない。

 

 下手に疑心暗鬼に陥るのはよくない。

 

 加えて言えば、もし自分らがこのまま動けなければ、全ては青葉頼みとなるのだ。自分はそれを予備のプランとして彼女に託した。自分が彼女を戦友として信じるに値すると判断したからだ。

 彼女でなく、自分の判断を信じてみようじゃないか。

 

「瀬戸内司令、くれぐれも艦隊の方の『暖気運転』は止めないでくださいね」

 

 

 何か策はあるはずだ。飯田は考えを巡らせつつ、歩みを進める。

 

 どこから漏れたかの議論は後回しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいですねぇ・・・こんなところがあったとは」

 

 ところ変わって中華人民共和国の直轄市、上海。『中華共和国』を名乗る武装組織による戦闘も終結し、静かで穏やかな朝を迎えていた。

 

 しかし鼻をつく悪臭。

 ・・・当たり前だ、青葉『達』は今、生活用水を垂れ流されて汚れた水路を備えた地下通路にいるのである。上海市の発展は共産主義を名乗る軍事優先の国家、中華人民共和国の発展と密接に関わっている。豊かな長江河口に位置する上海市はこの国が北京並みに最重視される都市であり、第十次上海事変が起こるまでは中華民国の首都である南京よりも豊かだったかもしれない・・・もっとも、インフラやなんやらを破壊された今の上海市は住めるような場所ではないが。

 

「ここも破壊されたインフラの残り香、その一つだ・・・戦前(むかし)稼働していた下水処理施設の処理済み水を流すための水路だが・・・物資の搬入用の水路としても使われていたんだよ・・・今お前さんは下水道と言ったが、それはここらの住民がゴミ捨て場として使うせいで汚れてしまっているからだ。元はそういう用途じゃない」

 

「へぇ・・・そういうものですか、こうして水先案内人がいればまるで観光気分ですね」

 

 匂いは、まぁ最悪ですが。そう当然のように付け足した青葉は煉瓦の敷き詰められた地下通路を往く。電力なんてもちろん通っていないので、足元を照らすのは手元のライトだけだ。

 

 

「ところで、主義者さん、この水路、あとどのくらい続くんです?」

 

 わざと相手を挑発するような呼び名を選んでくる青葉。しかし相手・・・かつて日本(そこく)を捨てて人民共和国へと飛んだ男はそれを何も言わずに受け止めていた。

 まだ一日も経っていない。にも関わらず、既に上下関係が組みあがっているのだ。それが信頼(こころ)によるものか、はたまた武力(こぶし)によるものか。そんなことはどうでもよかった。

 

「水路自体はまだまだ続くが、人が通れるサイズの通路はあと1キロもないといったところだ」

 

「なるほど・・・ではここら辺ですかね」

 

 

 青葉はくるっと振り返った。彼女の持つライトの光が通路の壁に線を描く。

 

 

「爆破しましょう」

 

 

 

「は?」

 

「いやだから、爆破するんですって、ドッカーン、とね?」

 

 流石にこれで動じない人間もなかなかいないだろう。

 

「待て青葉、説明したはずだぞ・・・ここはもともと物資の搬入用として使われていて、今でも多くの人間がこの上に住んでいるんだぞ?!」

 

「だからなんだというんですか?」

 

 キョトン、そんな擬態語がぴったりな顔――――もっとも、暗くて表情など確認できないのだが――――をする青葉、わざとにしたってタチが悪い。

 

「お前・・・!」

 

「大丈夫ですよ」

 

 一歩前に出かけた『主義者』とそれを制するように構える『青葉のお友達』。その二人の動きを青葉はその一言だけで止める。

 

「・・・青葉は今、祖国を汚されないために戦っているんです・・・上海市民(あなたがた)のためではない理由でここを爆破しようと考えていますが、別にあなたがた憎しでやっている訳じゃない」

 

 

 それにね、と青葉は付け足した。この暗い空間では彼女の顔を確認することは出来なかったが、一体どんな顔をしていただろうか。

 

「地下通路って、人攫いにはもってこいなんですよ、そこに住んでいる人間たちにすら気付かれにくい」

 

「・・・」

 

 何が言いたい、と言いたいところだったが、聞いても青葉は返さないだろう。その見立ての通り青葉は『人攫い』に関してはそれ以上触れず、質問という形で話を変えてきた。

 

「同様の施設はどのくらいあるんです?」

 

「水路自体はあるが・・・ここほど広いところはないな」

 

「そうですか・・・余裕があればそちらにも行きたいところですが・・・」

 

 つまりそちらも爆破するつもりなのか。思わず声が出てしまう。

 

「待て青葉、お前は上海市民を殺すつもりか」

 

「殺す? 冗談じゃない、どちらかと言うなら『護る』んですよ」

 

「マモル? それこそ冗談だろ? お前が今からやろうとしていることは俺たちの生活基盤をぶち壊すことに等しいんだぞ?」

 

 上海・・・それもスラム街と化したここ一帯に手を入れてくれる組織など存在しない。地下通路が破壊されればそれに伴い多くの影響が出るだろう。実際『主義者』の率いる組織はこの地下水路を用いて商売の品を運び出しているわけだし、地区ごとの移動を厳しく制限されていた――――中華共和国(武装組織)が今後どのような統治を行うかは知らないが――――この街においては大切な、唯一の交通手段なのである。それを破壊しようとは・・・。

 

「いえ・・・守ることになります、時間稼ぎ程度ですが、ね」

 

 

 それから僅かな間を空け、はっきりと言い放つ青葉。

 

 

 

「――――何故なら、この地区はどの道、消え去るからです」

 

 

 彼女『らしくない』重みをもった声で、彼女は言った。

 

 

「な、」

 

 この場には青葉や『青葉のお友達』の他にも『主義者』の部下たちもいたはずだ。しかし、その言葉で、その言葉だけで、この地下水路は青葉の独壇場となる。

 

「中華共和国――――すなわちここ上海を事実上占領した武装組織――――彼らは西側諸国へ、攻撃の言い分を与えました」

 

 ご存知でしたか? その言葉への返答は、なかった。

 

 第十一時上海事変。中華人民共和国は『内政問題』と言い切り、日本国・満州国・中華民国は介入を宣言した中華共和国の独立宣言に端を発する紛争である。

 しかし、日本人・・・いや西側諸国の人間にとってしてみれば、それは中華共和国の独立ではなく・・・各国大使館の襲撃、それに伴う混乱を端に発したものであるといえよう。

 

「SEATO(わたしたち)にとってしてみれば、中華共和国などただのテロ組織、敵国にすらならない・・・報復は一瞬で、かつ確実に行われるでしょう・・・ですが、それはこちらの任意のタイミングで、行うことができる」

 

「何が言いたい・・・」

 

 本当に青葉(かのじょ)が何を言わんとしているのか分からない。攻撃? 任意のタイミング? 何を言っている。

 

 青葉はまた嗤う。

 

「こんな時だから言っておきましょう・・・日本軍が、ここへ来ます。何しに来るかわかりますか?」

 

 

 問いかけとは程遠い口調の青葉。誰かの持った懐中電灯が壁に、水面に反射して青葉の顔を照らす。暗闇の中に浮かび上がった彼女の眼が見据えているのは、上海でも『主義者』たちでもない。

 

 

「人を攫って、地区ごと証拠隠滅か・・・何を企んでる?」

 

 問う『主義者』、ヒントは青葉がさんざん与えた。しかし核心である『目的』は教えていない。それが疑問になる。

 

 しかし青葉は――――それが当然だと言わんばかりに――――彼の答えと質問をスルー。ひとりごちるように、言い聞かせるように呟いた。

 

「・・・私はそれを防がなくっちゃいけないんです・・・私の為にも」

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青葉は顔色を――――もちろん、この暗がりでその変化に気づいた者はいなかったが――――変えた。

 

 

「――――ライトを消してください」

 

「?」

 

「早く」

 

 

 言われるままにいくつかの光源が消える。中途半端にしか暗闇に慣れていない眼のせいで視界が真っ暗になり、それに伴い他の感覚が研ぎ澄まされるようにも感じられる。

 

 そして、その残された四感の一つ――――聴覚が、ある音を捉えた。

 

 

 足音だ。水路を流れる水の音にかき消されそうだが僅かに聞こえる。聞こえるということは、それだけ数が多いということ。

 

 

 青葉は『青葉のお友達』に顎だけ動かして指示を出す。既に『お友達』はどう見ても軍用の暗視ゴーグルを装着しており、青葉の指示に素早く動き始めた。先ほど言っていた「爆弾」を取り付けるつもりに違いない。

 

「――――まだ『彼ら』はさっき通った角の先です・・・今なら余裕です。水路に紛れて、さっさと流れていってください」

 

 水路に飛び込めば、そうそう見つかりませんと青葉。もちろんそのセリフは『主義者』たちに向けられたものである。

 

 

「命令するなよ青葉――――俺が答えるのは『取材』だけだ」

 

 俺らの流れる無様な姿が、週刊誌に乗るのなら流れてやってもいいがな。暗がりの中、そろそろ慣れてきた青葉の眼に、薄く笑った『主義者』の口元が見て取れた。

 

 

「お前さんは俺に言ったな・・・『ドブネズミ』だと」

 

「・・・」

 

「それは事実に違いねえ、だが、忘れてもらっちゃ困る」

 

 

 ――――上海(こんなところ)にだって、人間は生きてるんだ。その尊厳を持ってな。

 

 

「・・・」

 

 青葉は返さなかった。返す言葉を持ち合わせていないのかもしくは・・・いつの間にか取り出した手元の拳銃の確認に忙しいのか。

 

「お前さんを信用するつもりはねぇ・・・だが、たまには国共合作もいいだろう?」

 

「勝手に国民党にしないでもらいたいのですがねぇ」

 

 不満そうにも聞こえ、また先程までの虚勢を取り返したようにも見える青葉。『主義者』は短く早い北京語で控えていた部下に何かを伝え、そして散開した。何を考えているかは知らないが、青葉と主義者の二人、今この瞬間だけは同志である。この瞬間だけは、何も疑うまい。

 

 

 

 足音が近づいてきた。まだ爆弾の設置は終わらない。

 

 こちらの様子がおかしいことに気づいたのだろうか。近づいてきているはずの足音が僅かに小さく、地下通路の壁に響かなくなってきた。

 

 足音のペースが変わった。どうやら気づいたようだ。

 

 もはや足音は隠し様もない。

 

 いよいよ足音は迫る。

 

 

 そして最良のタイミングで、青葉は手元のライトの電源を入れた。

 

 

 

 重武装の兵士――――青葉の見立て通りなら、日本兵――――が、そのマスクで隠された表情をライトの光の中に覗かせる。

 

 

 硝煙が舞う。その瞬間。

 

 

 

 

 

 青葉は『後ろに引きずり落とされた(・・・・・・・・・・・・)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飯田少佐」

 

 先程まで「飯田くん」と呼んでいた瀬戸内が、呼び方を変えた。大迫へ直接連絡するのは無謀であろうから、まずは状況を探るべく東京にいる同僚に電話をかけていた飯田は、その変化に訝しげな表情を浮かべる。

 

「SEATO即応部隊の『比叡』に、上海の爆撃命令が下っているようです・・・」

 

 SEATO即応部隊。反共産主義の軍事同盟である東南アジア条約機構(SEATO)の誇る非常に効率的な緊急展開戦力であり、その戦力はいつもの通り各国軍から供出されている。

 

「『比叡』は印度洋にいたのでは・・・?」

 

 現在SEATO即応海軍部隊に供出されている榛名型航空母艦二番艦の『比叡』とその護衛艦隊。飯田の記憶の限りでは、印度洋に展開していたはずだ。どうして上海を爆撃する。

 

「どうやら・・・オーストラリア経由で既に東シナ海間近にいるそうですね」

 

 一週間は秘匿行動をとっていたようで、きちんと確認しなければ気づきませんでしたよ。そういう瀬戸内は、驚きの感情を浮かべつつも、顔のどこかに自信を隠し持っているように見えた。

 

 何故だ? 瀬戸内だって調べたのなら分かるだろう。海軍幕僚部にいる同僚によれば、先ほど陸軍が大挙して押し寄せたそうだ。つまりそれはそういうことだ。作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)を支持する陸軍将校か何かが率いてきた兵隊に違いない・・・幸いにも戦闘行為はなかったようで「ネオ2.26」は避けられたそうだが。

 

 

 ――――いずれにせよ、大迫閣下(かいぐん)の支援は望めない。

 

 佐伯大輔と空軍、そしてそれに同調する陸軍により、飯田たちの動きは封じ込められてしまっているのだ。どうしてそんな自信ありげな顔ができる?

 

 

 そんな時鳴り響くサイレン。

 

 

 ・・・サイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 ――――敵襲? どこから?

 

 慌てて窓を振り返った飯田に対し、瀬戸内司令は言う。

 

 

「おや・・・何か始まりそうですね」

 

 

 やけに落ち着いた様子の瀬戸内。いきなり飯田を少佐と呼び始めたこともそうだが、一体何があったというのか。

 

「瀬戸内司令・・・?」

 

「ここは佐世保・・・私の街です」

 

 

 

 ――――まあ、お任せ下さい。嫌に丁寧な口調で、瀬戸内は言った。

 

 

 

 もう一つの『事変』が、始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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