丁度引き金を引こうとした瞬間だった。青葉の身体は唐突に後ろへと引かれる。まるであらかじめ糸が仕込んであったかのように青葉のうなじあたり、その一点が緊張。襟を後ろから掴まれたのだ。
「っ!」
言葉にならぬ驚きが口より溢れる前に『主義者』たちと敵兵が立て続けに発砲。周囲は硝煙の香りと
――――振り払わなきゃ――――
しかし、青葉の視界にそれ以上彼らの姿が映ることはなかった。唐突に訪れた下方向への加速と身体が何かに打ち付けられるような感覚。そして服と皮膚の間に入り込んできた冷たい液体。
頭より先に身体が理解した。水だ。地下水路に、引きずり落とされたのだ。
抵抗しようともがく青葉、水中では逆効果に違いないそれ、青葉は自らが臭いと言った水を飲み込むことも覚悟して四肢を動かそうとするが、口から鼻のあたりに『何か』を押し当てられて、そこから先は覚えていない。
――――
――――ヤット、
――――ヤット『海』ニ、
「おや・・・何か始まりそうですね」
とぼけるような、いつも通りのような、そんな瀬戸内SEATO満州海軍司令。飯田は彼に視線を向ける。背後のBGMは緊急事態を知らせるサイレンであった。
「どういうことですか」
「まずは報告を待ちましょう」
報告を待つ。まるで報告が入ることが分かっているような言い回しだ。いや・・・本来有事を知らせるためのサイレンの音に瀬戸内は驚いていないのだ。このサイレンがどのようにして鳴り響いているか、彼は知っているのだろう。そうに違いない。
「失礼します!」
扉を開けて入ってきたのは海軍士官。やや慌てた様子も見せる飯田を一瞥、それから瀬戸内に向き直り敬礼、報告を始めた。
「報告します、佐世保第三十一から三十七までの監視ブイ七基からの緊急通報です。状況から考えて、敵対的危険生物の侵攻である可能性が高いと思われます」
「――――は?」
声を漏らしたのは飯田だった。各港湾や主要な海域に監視用ブイが設置されているのは飯田も知っている。海中を侵攻してくる敵対的危険生物は動向が掴みづらく、神出鬼没であるがゆえに強化された対潜哨戒網でも取り逃がしてしまう可能性は大いにあった。
そこで導入されたのが以前より設置されていた潮位監視ブイを利用した海底哨戒網。名前は大げさだが仕組み自体は至極簡単で、監視ブイの海底に仕掛けを施し、『何か』が海底を走るように通過するとそれに引きずられて監視ブイを海底に垂直に引き込むようにしてあるだけだ、ブイを海底へ引き込むワイヤーは一定以上の負荷がかかったところで切断され、ブイは一気に海上へと跳ね上がる。こうすることによりブイの――――本来なら潮位の急激な変化を監視するために取り付けられている――――垂直加速度計が異常な加速度を捉え、津波と勘違いして緊急通報をするという仕組みだ。ブイを無意味に傷つけるだけの装置とも言えるが、流石の日本にも新しく通報装置を作成し、それを隈なく配置するだけの国力は持ち合わせていない。できる限り素早く、かつ低コストで通報装置を作成しようと頭を捻った結果がこれだ。
それが、作動したというのだ。このシステムを考案した技師の目論見通りなら、敵対的危険生物が佐世保・・・日本国に迫っている。
「小牧、今すぐ東京の様子をみろ」
細かいことはともかく、監視システムが作動したということはつまり敵対的危険生物が来襲するということである。まさか
だから問い合わせではなく、『様子見』を命じる。
既に携帯を取り出していた小牧。しかし、予想より早く返事は返ってきた。
「不通です。大規模災害と同じように、通信規制がかかっています」
「通信規制?」
飯田はオウム返しのようにその単語を繰り返すことしかできない。
大規模な災害――――例えば大地震など――――が発生すると、携帯電話などの手軽な通信機器は回線が繋がらなくなる。これは罹災した人の他、彼らを心配する他地方の人など大勢の人が一斉に電話を使い、回線がダウンする事態を避けるために通信規制がかけられているからだ。
しかし、それはあくまで通信量が増えた際に回線を保護するための措置であり、サイレンが鳴り始めた直後から通信規制などかかるものだろうか。
そんな飯田をフォローするかのように、瀬戸内が口を挟む。
「敵対的危険生物が攻めてきたのかもしれないのです・・・住民の無用な混乱を避けるためにも、通信規制は必要ですよ」
その言葉を聞いて飯田も状況が理解できた。監視ブイの作動。それに合わせた素早い通信規制と警報の発令。
「なるほど・・・各地の守備隊に防衛計画を策定しておくように指示を出したのは間違いではなかったようですね・・・動きが早い」
とすると既に佐世保一帯には緊急避難命令が下り、住民の避難、そして即応部隊の展開が始まっているということになる。現場は騒然としていることだろう。なんせ、沖縄に百万の屍を築き、一億以上の人口を持つジャワ島を占領。駆逐艦『雷』を始まりに数多くの日本国巡視艇と各国海軍艦艇を沈め、遂にはパナマを突破し大西洋へと進出した『奴ら』、敵対的危険生物が攻めて来るのだ。怖くないはずがないし、慌てている人も多いはずだ。
「佐世保湾は艦艇が防衛行動をとるには狭すぎます・・・ひとまず、緊急脱出しましょうか」
「緊急脱出・・・なるほど、緊急時における現場指揮官の権限・・・それを利用するというわけですね」
敵対的危険生物への対策を名目として可決された多くの時限法案。これらと大幅に改定された交戦規則により、現場の指揮権――――特に各司令部の権限は大幅に強化された。
・・・警報が発令された今、
しかし考えてみて欲しい、各隊に指揮権を完全委任する・・・それすなわち、戦端を開く権限を師団長とは言え一介の軍人に渡すという事。国家滅亡の瀬戸際でなければ、いや国家が滅亡してもやってはならない事かもしれない。
誰か、俯瞰した見地から我が国――――もしくは人類――――の現状を嘆いて欲しい。
しかし、佐世保の地に立つ瀬戸内にとってしてみれば、そんな制度は利用するためにある。哨戒網も利用すべきシステムの一つ。もともと防災用、民間に管理が投げられていたシステムは、悪用する理由もないためにセキュリティが甘い。
『誤作動』も
「利用、なんて含みのある言い方は止めて欲しいですが・・・流石は私の教え子です」
瀬戸内は、自らの目的をひとまず達成した彼は、穏やかな笑みを浮かべていた。
しかしその笑み、一瞬で表皮の下に隠れてしまう。
「行きますよ、SEATO満州海軍――――」
瀬戸内は、窓の向こうの艦艇群を見据える。
――――抜錨です。
「お目覚めかい、お姫様?」
視界に飛び込んできたのは、地下水路の鈍い光・・・ではなく、明るい電子ランタンの灯りであった。
「・・・」
理解が追いつかない。青葉は・・・そう、上海で『主義者』さんと一緒に地下水路を爆破せんとして・・・。
そこまで思い出したとき、身体が湿って、濡れていることに気がつく。そうだ、青葉は突然引きずり落とされて、水路を無理矢理流されてきたのだ。となるとここは恐らく上海市のどこか、地下水路経由で連れ出されたと考えるのならば放棄された港湾部の倉庫かなにかだろう。水路に落ちたのに溺れ死んでいないあたり、押し当てられたのは呼吸器だったのかもしれない。
薄く開かれた目から見えるのは先ほど青葉を「お姫様」呼ばわりした声の主・・・ランタンの灯りに照らされた人影が見える。声を聞いた時から誰かすぐ分かった。飯田孝介と自分のパイプ役でかつ、青葉が軍人の中では一番信頼している男。
まさか、こいつが青葉の邪魔をしたというのか。
――――手元、武器は!
次の瞬間に至った思考はそれであった。見回せばちょうど良いところに果物ナイフがあり、素早く手に収め一瞬で起き上がる。毛布がわりにかけられたのであろう布――――よくもまあ、無駄な配慮をしてくれたものだ。果物ナイフの横に置かれている林檎といい、配慮してくれている辺りが頭にクル――――が肌と擦れる音がする・・・自分の表皮はまだ湿っている。時間はまだ大して経っていない。今すぐ戻れば、まだ間に合う!
そうして青葉は躍りかかる。
――――そうして、当然のように瞬時に制圧された。
「くっ・・・」
抑えられた手首、きつく締め付けられ青葉の手から果物ナイフが落ちてしまう。分かっていたことではある。『この人には』力で敵わない。
――――だが、抵抗しないわけにはいかないのだ――――!
青葉は叫ぶ、
「私が、ようやくっ、助けられたかもしれない人たちを――――!」
「落ち着け青葉、どうして助けられると踏んだんだ?」
あくまで冷静な様子を保つ彼、青葉が暴れるのに驚く様子もないが、余計に力を込めて青葉から抵抗の意思を奪うことだけは忘れなかった。
「そんなことは分かってます・・・でもっ、あなたは、私から奪ったんだっ! 『可能性』をっ!」
分かってはいる。
上海の人間は助けられない。どの道
「あなたは奪った!」
青葉の眼は充血していた。上海で見せたすまし顔などありはしなかった。
「落ち着け、青葉・・・お前らしくもない、一人称が『私』になってるぞ・・・」
青葉の狂乱はどこから来るものか、彼女は上海ででしゃばり過ぎたのだ。極東最強を誇る軍事国家である日本と一戦交えようなんて普通な考えではない。むしろ彼は、青葉の命の恩人であるはずなのに。
「致し方ない・・・」
少し眠っていろ。
僅かな衝撃を感じたのを最後に、青葉の意識はそこで途絶えた。
――――
――――
――――すまん、私に権限でもあれば――――
ご冗談を、室長はたかだか少佐、よく分からない事案だからとりあえず適当な人間を宛てがっただけの人事に、端から期待などしてませんよ。
それは、半分
――――青葉くん、君に頼みたいことがある。
青葉はこれでも多くの仕事をこなし、一応の信頼を勝ち取ってきたつもりです。同い年の娘が見れないような景色を何度も見たし、それが青葉への、仕事への報酬・・・特権だと思っていました。
そう、本気で。
世界各国――――もしくは国でも地域でもない場所――――の多くの都市、街、村を旅しました。多くの人々を見ました。カメラに収めました。
でも・・・見るだけだったんです。青葉は。
だから――――飯田さん、青葉は嬉しかったんですよ?
こんな風に青葉を頼ってくれる人、飯田さん以外にいませんからね。もちろん、あなたには人脈が薄いという若さゆえの欠点があったから、
――――私は対価を払えなし、払うつもりもない
貧乏人の振る舞いはやめてもらいましょう。対価は何も目に見えるものじゃなくてもいい・・・私はこれでも健全です。事実を写し取り、時にそれを都合よく加工して金に変える。そんな仕事には飽き飽きだ。金も、形だけの人権保障もいるものか。あなたは青葉に立派な対価を払ってくれたのです。
――――あなたが愛国者を気取るのならば、私があなたの目と耳になりましょう。
替えのきかない、その上役立つ。そんな地位です。青葉だって愛国者予備軍ですからね・・・ああ、この独白があなたに届くことはないでしょうが・・・ああそうだ、勘違いしないでくださいよ飯田室長。
この国を救おうと、穢させないようにしようとしたのはこの
――――a、
・・・そして、最後にしくじった。笑えてきますね。全く。
――――ア、t、g
何か聞こえますね・・・誰ですか、青葉の思考の邪魔をする人は。
――――アナタガ――――
――――アナタガ――――殺シタンダ――――!
え?
誰をですか?
言いがかりの定型文とも言える『声』に青葉は問います。ですが妙ですね・・・仮にこれが青葉の深層心理による呼びかけにしては随分物騒な内容ですし、一体全体誰なのでしょうか。
――――思イ出セナイノ――――?
申し訳ありません・・・青葉、人を
――――ワタシダヨ?
ですから名前を言ってくださいって、ムンバイ貧民街の子? ウラジオストクのチャイニーズ? 『第十次』の時に北京から流れてきた難民さん?
それとも――――青葉が守れず、これから死んでゆくであろう上海の人ですか?
――――
ですが、青葉に返ってきた答えはそれの一つにも当てはまらず、それどころか青葉の知るところではありませんでした。
面白い、では質問させていただきましょう――――
――――あなたの言う『青葉』、とは何ですか?
――――
――――
「・・・」
再び先ほどと同じように差し込むランタンの灯り、青葉はゆっくり目を開けた。今度もまた肌が湿っていたが、これは淡水と海水が混じりあった上海の水路で付いた水滴ではない。
自分の汗だった。
「・・・」
青葉は無言であったが、そんな彼女を見下ろす彼もまた無言。青葉が何か言うのを待っていたようだった。
「落ち着いたか」
「・・・少しは」
青葉は先程とは違いゆっくりと起き上がった。馬鹿でも分かるだろうが既にかなりの時間が経っている。今更足掻くつもりもなかったし・・・。
「青葉・・・って、何なんでしょうか・・・?」
今頭の中にあるのは、本当に
「なんだよその質問、それは手前で見つけるんじゃなかったのか?」
青葉の、今の状態を表す精一杯の表現を、先ほどの果物ナイフを林檎に差し込みながら彼はスルーする。こんなんじゃ駄目だ。もっとわかりやすい言葉で状況を説明しなきゃいけない・・・何が記者だ。語彙力も表現力もないじゃあないか。
「・・・失敗しました」
「だろうな、今頃上海には、どこかの国の強襲部隊が誘拐・・・いや『餌の調達』をしている頃だろう・・・だが」
しかし彼はそこで言葉を区切った。それから数瞬の沈黙・・・そしてその沈黙で溜めた力強い言葉を放つ。
「お前も分かっているだろうが、お前の間違いは『引き際』だ」
どうして銃なんてとった。と彼。今度こそ青葉は無条件降伏するように、身体を硬い床、その上にひかれた薄っぺらい毛布に委ねた。先程まで自分が寝ていたこともあり、僅かに温かい。
「・・・全部見ていた、というわけですか」
「そうでなきゃ『最後の引き際』でお前を連れ去ったりなんかできないよ」
「それも、そうですね・・・」
ははは、と力なき笑い声がボロボロの天井にまで響いた。
「初めて・・・初めて『助けられると』思ったんです・・・自分のチカラ、で」
それが、その驕りが、私の脳みそを濁らせたんでしょうね・・・。その言葉に彼は返さず。また青葉もあとの言葉を紡ぐ気になれない。無言で差し出されたのは林檎だった。
「食えよ、フリーライターさん?」
彼は笑っていた。それは嘲笑、きっとそれに違いない。慈しみなどとは思いたくもなかった。
「・・・頂きます」
一口で十分だった。第十一次上海事変が起ったその瞬間から張り詰めていた糸が切れて、ゆっくりと指先に力がこもり、他方表情筋が醜く歪んでゆく。
今握っているフォークが歪んでしまえばいいとも思ったが、生憎彼女にそんな力はなかった。
力など、元よりないのだ。
「舫いはなて!」
佐世保に存在するSEATO満州統連合軍、その海軍司令部の少し先。桟橋に繋がれた駆逐艦たちの上を慌てた様子で水兵たちが駆けてゆく。使用する桟橋を省略するために駆逐艦程度の小型艦艇はそれ同士を繋げて係留されている。そのため、出航する際は一番海側の艦艇から順に離れてゆかねばならない。
小型、とはいっても今の時代の駆逐艦は何だかんだで数十年前の二等巡洋艦ぐらいの重量を持つ。本当はタグボートなども用いて安全に離岸するのが望ましいが・・・そんなことも言っていられなかった。
なんせ、敵対的危険生物が攻めてきている『事になっているのだ』。そしてどの艦も真実をまだ知らない。慌てるなと言われても慌てるだろう。
「『白峰』よりSEATO満州連合海軍各艦へ、錨上げろ。状況は急を要する。タグボートを用いず、順次出港せよ」
命令が飛び、報告が跳ね返る。SEATO満州連合海軍旗艦『白峰』。その艦橋に立った瀬戸内は、無言でそれを聞いていた。
飯田も何かを言うつもりはない。艦橋は艦の、旗艦である『白峰』においては艦隊の頭脳だ。全ての情報はここへ集約され、黙っていても情報は手に入る。そういう風に組織ができている。
それを吟味し、決断を下すのが艦隊司令であるわけだが・・・飯田は瀬戸内の方を見やる。彼は決断のために思考を巡らしているというのに、自分は何もせずに突っ立っているだけだ・・・もっとも、部外者である立場上仕方がないのかもしれないが。
「艦長、出航準備完了です。いつでもどうぞ」
もたらされる報告、艦橋から見た佐世保湾では既に解き放たれた駆逐艦たちが道を作るように
「よし・・・司令、お願いします」
素早く向けられる視線。既に命令は放たれているのだが、最終確認のようなものだ。艦隊司令が蔑ろにされることはあってはならないのだし、当然だろう。
瀬戸内は頷きだけで返事を返す。それを確認した艦長は声を上げる。聞き間違えることがないよう、大きく伸ばしながら。
「両舷微速前進―!!」
即座に復唱、その言葉は甲板上の水兵にまでたちまち伝達され、一分も待たずしてヘリ搭載巡洋艦『白峰』はSEATO満州海軍に割り当てられた最大の桟橋を離れる。先程まではただ波に揺られるだけであった艦が波を押しのけ微速前進。艦橋から見える景色も動き始めた。7000t弱の船体が動き始めたのだ。
二軸あるスクリューの回転数が上がってゆく。今頃機関室では、播磨造船所製の蒸気タービンに溜め込まれた蒸気が流れ込んでゆくところだろう。
ゆっくりと海を押しのけ進み始めた巡洋艦『白峰』。先行する駆逐艦達の後を追い、狭い湾内をどんどん進んでゆく。警報が発令された関係で漁船の姿もなく――――漁民たちだって自分の船が惜しい。佐世保にわざわざ戻ってくる酔狂もいないし、可能であれば佐世保からでも船に乗って逃げ出すだろう――――たちまち『白峰』は巡航速度に達する。もはや海を押しのけるような緩慢な動きではない。海を鋭く切り裂き、『白峰』は進んでゆく。
そうして湾外に飛び出した『白峰』以下SEATO満州海軍各艦。バラバラに湾を飛び出した各艦はたちまち列を組み、艦隊と呼べるものを構築してゆく・・・おかしな話だ。もし本当に敵対的危険生物が佐世保に迫っているのだとしたら、こんなふうに悠長に艦隊を組んだりはしない。鋭い人間ならもう気づいているはずだ。
・・・そろそろ、説明しなければなるまい。
そんな事を飯田が考えていると、瀬戸内は唐突に前へ進み出た。瀬戸内SEATO海軍司令に下された『密命』。時間もないわけで、これを知らされている人間は、ほんのひと握り・・・いや、密命を瀬戸内に渡してから瀬戸内はほとんど飯田の前にいた、もしかすると、誰にも伝えていないのかもしれない。
瀬戸内は放送の準備をするように命じた。即座に艦隊内にだけ届く電波の微弱な放送の準備がなされる。
「総員、傾注!!」
瀬戸内の声がSEATO満州海軍――――僅か六隻のSEATO最弱艦隊――――に電子音、もしくは肉声で響いた。先程までの柔らかさを持つ敬語ではない。おおよそ千人の命と六隻の黒鉄の
「艦隊司令の瀬戸内だ、今回、諸君らは突然の出撃で驚いているだろうが、まずは安心して欲しい。長崎周辺に発令された警報は本艦隊が出撃するための偽装であり、佐世保が敵対的危険生物の上陸を受けているという事実は存在しない」
その言葉に、乗組員たちはどんな感想を持っただろうか。佐世保は日本の一地方都市に過ぎないが、そこを故郷に持つものだっているはずだ。勿論襲われないに越したことはないのだが、それを聞いて「ああよかった~」と言える人間の数は少ないに違いない。
加えて言えばこの放送は佐世保から飛び出したSEATO満州海軍の艦艇全てに放送されている。極秘作戦なのだからこの事実を艦隊の全将兵に伝える必要はない。各艦の艦長に伝えておけば問題はない筈なのだ。
しかし瀬戸内は、続ける。
「只今より発令される作戦は
――――SEATO満州海軍。陸軍中心の満州統連合軍において異色を放つ僅か六隻の海上部隊。率いるは自衛海軍より供出された巡洋艦『白峰』・・・
作戦を命じたのはSEATOでなく日本の海軍軍人、動くはSEATO海軍。
向ける矛先は、敵対的危険生物か、はたまた――――
異色の作戦、国民に、世界に知られてはならない作戦が、始まりを告げた。
「南に進路を取れ、目標海域は――――四国沖だ」