模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

42 / 62
X-118Days②

 どうしてだろうか、日本人は何でもかんでも日本流にアレンジしてしまうのが好きだ。

 

 もちろんそれが質や量と言った「アレンジ」と呼べるものならいい。

 

 だが、名前を変えるだけじゃダメだ。

 

 魚鷹(うおかた)などはその典型であろう。MV-22、外国ではオスプレイと呼ばれているこの機体、確かに鳥類ミサゴ科ミサゴ属を意味する異名としてはオスプレイの他に魚鷹という呼び方もあるにはあるそうだが・・・。日本向け生産のMV-22J『魚鷹』・・・ライセンス生産を望んで叶わなかった事へのあてつけにも思える。もしかすると、国民への無駄な配慮――――実のところ、MV-22は風評被害の多い機体で、日本国民には思ったより好まれていないのだ――――かもしれないが、真実は上層部のみ知るところだろう。

 

 まあ、理由はともあれ、魚鷹という名前は気に入らない。

 

 

 ・・・もっとも、これから始まる任務よりかはマシだが・・・。

 

 

 まあ、やらねばなるまい、致し方のない犠牲だ。

 

 

 

 操縦席から覗く視界に、その水平線の先に、艦影と思しき小島が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じられんな・・・」

 

 危険海域として進入が禁止されている四国沖・・・そんな放棄された海域を進むのは六隻の黒鉄の城・・・SEATO満州海軍へ供出されている自衛海軍艦艇。

 

 そしてその群れる六隻と並んで進むもう一つの進む影は、誰もが知る七万t巨大空母『新高』。

 

 異様な光景であると言わざるを得ないだろう。なんせ、『新高』は榛名型航空母艦の就役と共にその任を解かれたはずだ。市民活動のおかげで保存され、今では東京お台場でその余生を過ごしているはずであったが・・・なぜか四国沖を疾走している。

 直線的に進むだけの彼女はただ鋼鉄の重みだけを放ち、旗艦の巡洋艦『白峰』ですら七千tしかないSEATO艦隊の各々を威圧していた。

 

 

 そして、その旗艦『白峰』に衝撃的な報告がもたらされる。それは『新高』艦内を調査させるために放った無人航空機(ドローン)からもたらされた物で、艦隊司令部に衝撃を与えていた。

 

「ですが間違いありません。艦内の随所に人がいます・・・身なりはバラバラで、性別や年齢にも相当なばらつきがあります」

 

 無作為に集められたのは間違いないかと。そう報告する士官。

 

「司令・・・」

 

 誰か――――もしくは艦橋内の全ての要員――――が艦隊司令・・・すなわち瀬戸内海軍少将へと視線を向ける。瀬戸内は一度息を吸い込み、そして吐いてから、確かめるようにゆっくりと言う。

 

「信じたくはないが、そういうことなのだろう・・・第十一次上海事変のゴタゴタに乗じて『何者か』が上海から民間人を攫っていった・・・」

 

「・・・そしてそれが、『新高』に詰め込まれている、というわけですか」

 

 確認するように参謀の一人が言葉を繋ぐ。士官の報告によれば無人機が発見した人々は怒りというよりは困惑の表情を浮かべていたようで、恐らく今何が起こっているかを把握する術すら持ち合わせていないのだろう・・・だからというべきか、パニックは起きていない。人は危機的状況になればこそ焦るが、すぐに身の危険が迫らない限りは――――事情を知る者にしてみれば『新高』に乗せられてしまった時点で身の危険は差し迫ったものと認識できるのだろうが――――なるべく平静を保とうとするからだ。

 

 彼らが話を続ける中、『新高』は進み続ける。あの艦(ふね)の艦橋は今無人。艦の操作は他の場所で行われているか・・・もしくは遠隔か。

 

 

「遠隔操作なら乗っ取ることも可能だろうが・・・大尉、どう思う?」

 

 そう言いながら瀬戸内は、呼びだされた白峰陸戦隊の隊長である大尉へと問う。艦ごとに必要なとき編成される陸戦隊、艦隊旗艦である白峰陸戦隊の隊長は、この艦隊陸戦隊の指揮を担当することになるのだ。

 

「陸戦隊による『新高』奪取は現実的な案ではありません・・・操艦を行う場所の目星はつきますが、そもそもこの場には『新高』の詳細な図面がなく、輸送をヘリに頼る時点で一度に多くの人員を突入させることはできないからです」

 

 そう答えた大尉。瀬戸内は考えるように目を伏せるが、水を差すように通信将校が口を開く。

 

「司令、お言葉ですが遠隔操作はありえません。村雨型の『曙』と『五月雨』に周囲の電波観測と解析を可能な限り行わせていますが、新高が変針する前後で特徴的な電波が送られてきた形跡はないそうです。我々の感知できない周波数もしくは通信方法を取っている可能性はありますが・・・人が残っているか、自動航法かのどちらかが現実的でしょう」

 

 ・・・自動航法であれば解除に時間はかかるだろうし、ありえないが有人だとすれば解除は不可能に近いだろう。勿論、村雨型の性能(スペック)が足りずに観測できていない可能性はあるが・・・。

 

「どうします? 魚雷でスクリューを破壊しましょうか?」

 

 そう言ったのは白峰砲雷長。『白峰』も帝国海軍以来の水雷魂を受け継ぐ艦として、28式三連装魚雷管を搭載している――――もっとも、今の時代で水雷と言われると思い浮かぶのは誘導弾(ミサイル)だ。実際ミサイル艇で編成された部隊には「水雷戦隊」の呼称が用いられる・・・話が逸れた――――。

 調定次第だが、スクリューを狙い撃ちすることは可能だろう。

 

「航海参謀、仮に『新高』から航行能力を奪ったとして、回航は可能か?」

 

「可能だとは思いますが・・・相当な時間が掛かりますよ」

 

 『新高』の重量は七万t、戦艦『大和』よりも重いのだ。ミッドウェイ海戦で山本司令長官が『赤城』の回航を諦めたように、航行能力を失った大型艦の回航は難しい――――『赤城』の場合は舵の破損で制御すら出来なくなっていたという事情があるが、下手したら『新高』だって同じことになりかねなかった、なにせスクリューを破壊した経験がないのだ――――。

 

「自分も反対です」

 

 飯田も口を開く、時間がかかるであろう回航は現実的でなかったし、そもそもどこへ回航するというのか。

 

 

「・・・」

 

 瀬戸内は再び押し黙る。状況を打開する術はなく、既に『新高』は作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)の実施海域に進入しつつある。時間もなかった。

 

 

 

 

 そして、遂に凶報が入る。

 

 

 

 

「右舷より航空機接近、オスプレイです!!」

 唐突に叫んだのは右舷見張り員だった。オスプレイとは鳥類ミサゴ科ミサゴ属の総称を・・・もちろん意味するわけがない。こんな状況では飛んでいる鳥などどうでもいい。

 

 オスプレイとは米国が開発した中型の輸送機である。ティルトローターを備え、ヘリコプターと固定翼機の特性を併せ持ち、短距離離陸能力に優れる。高価な上に操縦も難しく、実戦配備自体はそこまで進んでいないのが現状ではあるが、空軍と海軍の強襲揚陸艦部隊(特設陸戦隊)には一応配備がなされている。

 日本自衛軍内での呼称は『魚鷹』とされているが、同盟国軍との連携も多い海軍ではオスプレイの呼称が一般的だ。

 

「空軍機ですね・・・」

 

 誰かが言った。この状況で日本以外の国が飛ばすことはありえないし、海軍でオスプレイを保有する特設陸戦隊は連合艦隊の直轄だ。保坂(ほさか)秀樹(ひでき)連合艦隊司令長官も関わっているこの極秘作戦にまさか現れることはないだろう。

 

「電波封鎖解除、各艦へ航空隊の発艦命令」

 

 瀬戸内は自らの双眼鏡でオスプレイの姿を捉えつつ命ずる。こちらが気付くくらいなのだから向こうも勿論こちらの姿を捉えているわけで、もはや電波封鎖の必要はない。事情を一切知らない隊に知られる恐れはゼロではないが、多少の痕跡はもみ消せばいい。

 

「・・・しかし、こんなことろにオスプレイを持ってきて何になるというんでしょうか?」

 

 

 至極当然の疑問だ。オスプレイは唯の輸送機、強襲型でも武装は機銃が積めるガンポッドを備えるのみで、戦闘にはとてもじゃないが向いていない。挙げられる利点とすればティルトローターの利点――――すなわち固定翼機モードで素早く海域に展開し、ヘリコプターモードでホバリングしながら観測を行う――――があるが・・・作戦の詳細な時間と海域が決まっているのだから通常のヘリコプターでも観測の役に足りるはずだった。

 

 わざわざあんなものを持ってくる理由がない。

 

「貨物です、奴ら兵員を輸送しようとしているのでは?」

 

 そう言ったのは航海参謀であった。オスプレイの輸送能力は兵員にして二十数名。一機だけであっても十分な数を運ぶことができる。

 

「まさか、奴らが『新高』に乗り込むとでも言うのか、いくらなんでも無理だろう・・・」

 

 対立意見が出るのも当然だった。二十余人・・・部隊としては十分な数だとしても、七万tの巨大空母『新高』に積載された人間を全て海に追いやるのには不十分だ。

 

「オスプレイ、高度下げます、距離二五〇〇(25km)、右45°、変わらず突っ込んでくる」

 

「『浜霧』搭載機発艦を確認、続いて『瀬戸霧』よりも発艦、『曙』『五月雨』は発艦準備中」

 

「本艦も発艦用意整いました」

 

「発艦せよ」

 

「了解」

 

 報告が次々もたらされる。朝霧型駆逐艦特有の船体の半分を占めると言わんばかりに目立つ形の格納庫よりヘリコプターが引き出され、空へと舞い上がってゆく。

 今頃、『白峰』からも負けじと二機のヘリコプター――――実際には三機まで搭載可能なのだが、今は二機しか積んでいない――――が引き出され、順次飛び立ってゆこうとしているだろう。

 

「全艦隊へ、艦隊司令の瀬戸内だ」

 

 瀬戸内は再び艦隊内放送をかける。オスプレイが迫ってきている今、これが作戦前最後の訓令となる。

 

「念のため言っておくが、これより飛来する未確認航空機(・・・・・・)を撃墜してはならない。他の機体や艦艇が現れても同じことだ・・・ただし、『新高』もしくは本艦隊へ危険物(・・・)が飛来した場合、これの撃墜は許可する・・・個艦防御を最優先とし、任務を続行せよ」

 

 遂に発砲許可が下された。瀬戸内は続いて『新高』を中心とする防空輪形陣の構築を指示、『新高』のやや前方に占位していた艦艇群が洗練された動きで『新高』を囲んでゆく。

 

 右舷側に『浜霧』『五月雨』、左舷側に『曙』『瀬戸霧』、後尾に足の遅い初雪型の『瀬戸雪』を置き、先頭を『白峰』が進んでゆく。

 

 『新高』がスピードを落とさないために左舷側に回り込む形となった『曙』と『瀬戸霧』がやや遅れる形となっているが・・・まあ即席としては十二分な防空陣形だろう。

 

 『新高』を囲む六隻の軍艦。その輪を取り囲むように六機のヘリが展開する。これらは本来なら対潜警戒を行うために配置されるべきであるが・・・今回は少々忙しく働いてもらうことになるだろう。なんせ、頼みの航空戦力なのだから。

 

 

「オスプレイさらに接近!!」

 

「衝突コースか」

 

 見張りが叫び、艦長も応じる。瀬戸内は無言のままだ。

 

「いえ・・・!!」

 

 見張りの返事を合図にするように『白峰』の目の前をオスプレイが通過する。海面からの距離は50mほど、艦橋の正面窓からでもはっきりとその姿が確認できる。部隊章も番号も全て消されていたが、明らかな挑発行為だというのには違いない。

 

 灰色単色となった機体に唯一残された国際標識――――すなわち真っ赤に描かれた日の丸――――が海に映るほどの低高度、そして『白峰』の前方スレスレと言っても過言でないような距離で飛び去り、数旬遅れて見張り員の服が風で激しく揺れた。

 

 

「あんな柔な輸送機で随分と無理な飛び方をするものだ・・・」

 

「練度を見せつけているんじゃあないんですか? 旧式ばかりだからって馬鹿にしやがって・・・」

 

 口々にたった今の飛行に口出しする各将校。瀬戸内はオスプレイの飛び去った方角を見守るのみだ。

 

「瀬戸内閣下」

 

「なんだね、飯田少佐」

 

 飯田の言葉に瀬戸内はようやく言葉を出した。

 

「・・・こちらも威嚇行為をしてはいかがでしょう?」

 

「やられたらやり返せとでも言うのか?」

 

「違います・・・我が艦隊が本気であることを知らしめるべきと言っているのです」

 

 瀬戸内は答えない。

 

 飛び去っていったオスプレイが視界の端で大きく旋回、こちらへ戻ってくる・・・そしてその途中で大振りなプロペラを上へと傾け始めた・・・ヘリコプターモードへ移行しようとしているのだ。

 

「・・・艦載機に進路を妨害させろ」

 

「了解です」

 

 瀬戸内は単純にそれだけを命じる。小回りの効くヘリコプター、戦闘機と張り合う事はできないが、オスプレイの進路を塞ぐぐらいなら余裕でできるに違いない。

 

 ローター音を甲高く鳴り響かせ、白い塗装の哨戒ヘリが各艦の上空を通過する。艦橋から見た彼らの姿はまるで鳥に襲いかかる蜂のようで、頼りなくも、頼もしくも感じられた。

 

「『新高』、変針します」

 

 『新高』はこの状況を知って知らずか、先ほどまでと同じように変針する。先程までは併走するだけだったから対処が容易だったが、今艦隊は『新高』を囲むように輪形陣を組んでいる。遅れ気味の左舷側の艦艇は慌てて極限まで増速する。

 

「・・・!! 『新高』右へ大きく変針!」

 

 しかし先程までとは様子が違う、これまでの『新高』の変針はあくまで航路を修正するようなもので、これほど大きく舵を取ることはなかった。

 『新高』は波を押しのけ旋回してゆく。上空から見ればその進路変更の大胆さがよく分かるだろう・・・『新高』は円の中心から大きく離れ、右舷側の艦は逃げるように、左舷側の艦は追いすがるように舵を取っている。

 

「このタイミングでこの動き・・・やはり『新高』は有人ですかね?」

 

 誰かが言った。今の動きはまるで艦隊を振り払うような動きだ・・・実際、初めから遅れ気味だった『曙』と『瀬戸霧』は大きく突き放されている・・・即席の輪形陣は崩された。

 

 しかし、飯田には違うと断言する自信がある。そしてそれを思っていたのは、もちろん飯田だけではないだろう。

 

「司令、こちらへ向かってくる航空機の解析終わりました」

 

「遅いぞ、電波封鎖解除から何分たったと思っている・・・報告しろ」

 

 流石の瀬戸内も苛立ちを隠せない――――というよりかは、動き出した状況に焦りを隠せない、と言ったほうが適当だろうか――――ようで、強めの口調で士官に報告を促した。

 

「はい、三方向より日本空軍所属の爆撃機群が接近、現在高度8000mを飛翔中、到達まで後三十二分です!!」

 

 そう報告する士官・・・到達までの時間は三十二分・・・おかしい、やけに時間が長くはないだろうか。何とかして飯田は思考の海に潜ろうとするが、何も見えてこない。『新高』は右へと大きく舵を切った、それは艦隊を振り払うものでなく、太平洋側・・・すなわち陸地から離れるということ。

 

 この作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)の目的は分かっている、人類に対して執拗な攻撃を仕掛ける敵対的危険生物の習性を利用することで四国沖に誘引、航空兵力によって殲滅する。

 ・・・しかしどうだろうか、今この海域ではティルトローターと哨戒ヘリ、そして計七隻の艦艇が入り乱れている。だがそこに敵対的危険生物の姿は見えない。海底に潜んでいるであろう『駆逐級』や我が物顔で海を徘徊する『巡洋級』、そして、巡視船『おおやしま』を始めとする護衛船団を葬り去った『潜伏級』の姿はないのだ。

 

 どうやって誘引するのだ? どうやって海面にまで惹きつけるのだ?

 

 

 結論を、一刻も早く導き出さねばならない。そう、仮にそれが仮定の塊だったとしてもだ。そうしなければ我々は常に後手に回らされる・・・思えば、この作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)を察知したその日から、自分の行動は全て「後手」ではなかったろうか、可能な限り情報を集め、起こる事変に身を任せ、直属の上司を中途半端に疑い、そして最終的には彼に頼った。SEATO艦隊がこうして『行方不明』になり、独断で行動できているのは、大迫海軍幕僚長の力あってのことなのだ。

 

 

 しかしそんな飯田に回想をする間は、勿論与えられるはずがない。既にオスプレイは『新高』を見下ろすような位置に占位し、それを妨害するように哨戒ヘリがブンブンと飛び回っている。

 

「よーし、いい調子だ」

 

 航空参謀が満足げに頷く、六機のヘリは互いに連携し、ヘリコプターモードに入ったオスプレイを一歩も『新高』に近づけんと奮戦している。

 オスプレイは輸送機だ。『新高』の上空に到達できない限りは「荷物」を下ろすこともできない・・・そして先程もいったように武装は強襲型でも軽機関銃程度、『新高』を沈めることは不可能だし、中にいる人間をあぶり出すことも不可能だろう。

 

 ひとまずは小康状態、しかし、この間に打開策を見いだせない限り作戦は失敗に終わるだろう。今から爆撃機がここへ到達するまでの三十分。これが最後の勝負だ。

 

 

 瀬戸内が、口を開いた。

 

 

 

「CICへ伝達、白峰二番砲塔を――――未確認機へ指向せよ」

 

 

 衝撃が艦橋に走る、瀬戸内の命令は、味方を撃てと言っているようなものだ。味方に銃口は向けない、撃つまで引き金に指はかけない。これは常識というか、知っていなければ大変なことになるルールである。銃口を受けるということはいつでも攻撃を行うという意思表示、サインであり・・・引き金をかけていればそれはもう撃つぞと大声で叫んでいる・・・いや、撃ったも同然である。

 

 そして、オスプレイから『白峰』の引き金は見えない。

 

 

「本気でおっしゃっているんですか?!」

 

 それが何を意味するか、なんてことは言わない。それが何を意味するか、瀬戸内司令が理解していないはずがない。

 

 

「構わん、指向せよ」

 

 たとえ・・・皇軍双撃となろうとも・・・防ぐ。

 

 そんな意志が、見えた。

 

「司令!」

 

「指向せよ!!」

 

 流れる数瞬の沈黙、命令は絶対である。数瞬であれど、命令を遂行しないのは上司への反抗となる。

 艦長は期待していたのだろう。いや他の参謀も、この場にいる最下位となる見張り員すらも望んでいる。先程はこちらが本気であることを知らしめすべきであると進言したはずの飯田ですら、考えを変えてくれないかと一瞬だけ期待してしまった。

 

 

 

 しかし、瀬戸内の眼は本気だ。

 

 

 

「し、指向します! CIC!! 二番砲塔を未確認機へ指向、それ以上はするなよ!!」

 

 艦長が受話器に取り付く、額から汗が吹き出、強く握り締められた受話器へと叫ぶ。

 

 

 カタログ以上の、信じられないほど重く感じられる駆動音を立てながら二番砲塔が回転、127mm砲の砲身が持ち上がり、オスプレイへと向けられる。

 

 これで、状況は一変した。

 

 オスプレイの周りを飛び交うヘリの群れは鋼の檻、指向されたのは54口径を誇る高性能単装砲、近接信管装備に加えて127mmの大口径、もはやオスプレイの引導は完全に『白峰』の手中にある。

 

 

 

 もう、引き返せない。

 

 

 

「未確認航空機へ呼びかけろ・・・直ちにこの空域を離脱せよ」

 

「呼びかけます!」

 

 士官が受話器も取らず伝令に走る。

 

「各艦が本艦の行動の是非を問うています!」

 

 入れ替わるように飛び込む報告。

 

「・・・無視しろ」

 

 瀬戸内は迷いを見せぬように答える。一人が我慢しきれずに叫んだ。

 

「司令、それでは誤解を招きます!」

 

 叫んだ相手に瀬戸内はその視線を指向させる。

 

「与える誤解などない、私は今自らの意思で陛下より賜った武器を日本国民へ向けた」

 

「・・・」

 

「呼びかけろ、なんとしても離脱してもらうのだ」

 

 

 オスプレイは動かない。二基の大型プロペラは変わらず回り続け、ユラユラとホバリングを続ける。

 

 

 一瞬が数瞬に代わり、数瞬が永久に変わるような緊張が張り巡らされる。

 

 

 ピンと張った糸はいずれ切れる。それは必ず訪れる結末。互いに譲歩すれば糸は緩むかもしれないが、オスプレイは勿論、瀬戸内も引く気などないだろう。

 

 

 

 そして切れる時が、早くも来た。

 

 

 

 

 ・・・予想外の方向から切られることとなる。

 

『CICより艦橋へ、注水音確認8、潜水艦発見しました、10時の方向、距離、艦種ともに識別できず!』

 

 飛び込んだ報告、注水音? 『潜伏級』に攻撃前の注水音があるという報告はなされていないが、そもそも『潜伏級』に出会った船団に無事で済んだ話はない。未確認事項があるのは当然のことであった。

 

「こんなタイミングか・・・各艦対潜戦闘用意」

 

「対潜戦闘用意! アスロック一番から八番まで用意!」

 

 タイミングが悪いにも程がある。艦長は命令を飛ばし、舵を航海士から受け取った。

 

『潜水艦の魚雷発射を確認・・・距離2100(21km)』

 

 10時の方向・・・すなわち左斜め前より魚雷が来る。布陣した場所は褒めてやるが下手くそに変わりはない雷撃だ・・・確認されている『潜伏級』の雷撃の速度ならここへ到達するのにまだ二十分はかかる。それまでに迎撃すればいいのだから余裕である。僚艦の力を借りるまでもない。

 

 

対潜戦闘始め、そう瀬戸内が言わんとした、その瞬間であった。

 

 

 

『魚雷じゃありません! 急激に浮上、艦対艦ミサイル(SSM)!!』

 

「全艦対空戦闘!!」

 

 その報告に見張り以外の双眼鏡のほとんどが10時の方向へ向けられる。水平線のギリギリ手前が唐突に爆ぜ、白い飛沫から七本の矢が飛び立った。

 

「10時の方向、飛翔中!!」

 

 

 

 

 

 

 唐突だが、ここで対艦ミサイルへの対処方法を紹介しよう・・・対艦ミサイルの最高速度は大体800km/h、一秒間に300m近くを飛翔する速さである。戦闘機ならともかく、艦艇には回避など不可能。

 

 ならば撃ち落とすしかない。

 

 迎撃は一般に三段階存在する。

 まずは電子戦・・・飛翔するミサイルに高出力の電波を浴びせ、飛翔プログラムを狂わせる。とはいえ敵もこちらが妨害電波を飛ばして来ることを前提にしているため、ここで脅威を排除できるかは分からない。

 第二段階はミサイルによる迎撃、撃ち落とせるかは・・・やはり運次第だ。

 

 そして最後の砦、艦載砲(ハードキル)と電子欺瞞(ソフトキル)による迎撃。撃ち落とさなければ死あるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

「電子戦(ジャミング)間に合いません!!」

 

 距離は既に20kmを切っている。亜音速ミサイルがこの距離を走破するのに一分もかからない。

 

「艦対空ミサイル(SAM)!」

 

「CIC、シースパロー発射、発射!!」

 

 射程26kmを誇る西側の一般的な防空ミサイルが飛翔する。飛び立った七本のミサイルはどうやら水面ギリギリまで降下したようで、既にこちらからは見えなかった。

 

「対艦ミサイルだと・・・どうなっているんだ?」

 

 『潜伏級』が対艦ミサイルを積んでいるなんて聞いたことがない。というかありえない。飛行参謀が苛立ちを顕にする・・・当然だ、あのミサイルは間違いなく日本軍の潜水艦によるもの。海軍にもこの作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)に与する者がいるというのか。

 

 飯田も他者に漏れず冷や汗を流す。『新高』から人間を追いやるために何らかの攻撃があることは分かっていたが・・・まさか潜水艦によるものとは・・・またしても、後手に回った。もう取り返すのは難しいかもしれない。

 

 航海参謀が進み出た。まくし立てるような早口で進言する。

 

「司令、今すぐ『瀬戸霧』『曙』を退避させましょう、流れ弾が来たら大変です」

 

 ミサイルで流れ弾、変に聞こえるかもしれないが、何一つ変なことはない。対艦ミサイルの多くは指定された場所まで飛翔した後、自ら目標を探してそこへ突っ込むのだ・・・あのミサイルは『新高』に放たれたモノ――――だと、信じたい(・・・・)――――が、もしも他の艦がロックオンされれば、大変なことになる。

 

 敵のミサイルは確かに僅か七本。しかしこちらの防空ミサイルは決して数が多くない。全ての撃墜は難しいだろう。普段ならヘリにもミサイルを積むことで防空を行わせるのだが、今回は対艦ミサイルを想定していなかったため積載していない。

 

 時間はコンマ一秒のペースで消えてなくなってゆく、今から退避し始めても完全な安全圏までは離脱できない。

 判断が遅れれば遅れるほど、最悪の自体は差し迫ったものとなる。

 

 

 瀬戸内の判断は文字通りの一瞬で下された。

 

 

「いや・・・その必要はない、砲雷長、二番砲塔の未確認機への指向やめ、全艦載機は直ちに退避・・・全艦近接防空戦用意」

 

「なぜですか?」

 

 瀬戸内はもう強張った顔を隠そうともしない。

 

「未確認機(オスプレイ)の存在意義だ・・・相手のミサイルは恐らくセミアクティブ・ホーミング・・・奴がそれを誘導するためのレーザーを照射している」

 

 可能性としてはあるだろう。そうすれば流れ弾が飛ぶ可能性はかなり低くなる。

 

 

 ・・・だが証拠はない。

 

 

 一瞬流れた沈黙を縫うように報告が飛ぶ、ミサイル2撃墜・・・たったの2しか落とせなかった。対処が遅すぎた上に、手数も少なかった。

 

 参謀たちの中で最上位の将校が、時間がないにも関わらず言った。

 

「・・・その根拠は?」

 

 

「向こうだって、皇軍双撃は避けたいはずだ・・・銃口(ルール)を先に(を先に)向けた(破った)のはこちらだが、私は信じたい」

 

「・・・分かりました」

 

 

 

「左七十度、距離900数5・・・まっすぐ突っ込んでくる!!」

 

 

 

 

 放たれた矢は海面を飛翔し続ける。

 

 堕とさない限り、外れることはない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定