「左七十度、距離900数5・・・まっすぐ突っ込んでくる!!」
見張りが叫んだ。この海域に潜む潜水艦――――困ったことに、
その数は五本。
「CIC指示の目標、主砲、撃ちー方始め」
オペレーション・ニイタカヤマノボレを阻止すべく極秘裡に四国沖へ展開した六隻の軍艦、突っ込んでくるミサイルは今回の作戦の主役である七万tの巨大航空母艦『新高』を狙ったもので、中には敵対的危険生物を誘き寄せるための「餌」が詰められている。このミサイルを防がなければ、作戦の阻止は絶対に叶わないだろう。
なんとしても、撃ち落とす。
「撃ちー方始め!」
既に指向済みの二門の127mm単装速射砲から白い煙が吹き出る。時を同じくして左舷側に展開する『曙』『瀬戸霧』も発砲を開始し、数瞬遅れで海面に白い花が咲く。
「・・・」
誰もが息を止めたかのように沈黙し、五本の矢の行方を見守っている。この艦隊の指揮を預かる瀬戸内は勿論押し黙ったままで、只々撃墜の報告を待つのみだ。
巡洋艦『白峰』に搭載された33式54口径5インチ単装速射砲の発射速度は毎分35発、即応弾数は40発。ミサイルが到達するには既に二十秒もないので弾切れの心配こそなかったが、撃墜のチャンスはほとんど残されていない。『曙』『瀬戸霧』の主砲が毎分60発を誇ることを考えれば、あと六十発ほどはミサイルへ放てる計算となるが・・・ミサイルは今、『新高』めがけて飛翔しているのだ。従って各艦艇は「まっすぐ突っ込んで来る」ミサイルではなく、「斜めに突っ込んでゆく」ミサイルを攻撃することを強いられる。『新高』との距離は精々100mほどだが、ミサイルの速さは時速800kmを超えるはずなのだ。それがわずかとは言え「斜めで飛ぶこと」によりもたらされる計算の複雑化は計り知れない。
せめてここに、僚艦防空機能を持ち艦隊防空に優れた秋月型か吾妻型がいてくれれば・・・飯田は迫るミサイルを双眼鏡で見つめながら唇を嚙んだが、もちろんそんなことを言ったってどうしようもない。
二門の単装砲は慌てるでもなく単調に砲撃音を奏で続ける。遅くなることはないが、早くなることもない。
飛翔する矢と対空仕様の近接信管が仕込まれた127mm弾と76mm弾が交錯、ほんの僅かに――――それこそ、人間では感じられないほど僅かに――――作動が遅れたせいで火薬の力で破裂した破片は矢へは届かない。
「一基撃墜!」
見張り員の怒鳴り声に似た声が響く、どの艦から放たれた弾かは知らないが、遂に命中したようだ。飛行システムをやられたのか、一基のミサイルが訳の分からない軌道を描きながら一瞬空に持ち上がり、次の瞬間には海面にダイブする。
しかし、まだ一基。
誰かが固唾を飲む音が聞こえた、いや、それは自分が飲み込んだ音だったのかもしれない。そんなことを気にする余裕もないほど双眼鏡に映る誘導弾の群れを凝視する。既に双眼鏡なしでも確かにあると認識できる大きさまで膨らんだその群れは、あと数秒待たずに着弾するだろう。
そしてホントに最後の砦、様々な機能を詰め込んだせいで肥大化した射撃装置が特徴的な高性能六連装20mm機関銃、その銃座がキュインと動き出した。息もつかせずその束となった銃身が回りだし、高速で接近する殺意より自国を守らんと腐心した技術陣の意地が毎分4500発の勢いで飛び出す、撃ち方を始めたのは片舷一基だけであるはずなのに、20mmの外皮付タングステン弾――――タングステンを被った鋼鉄の兵士たち――――は群れとなり敵へと襲いかかる・・・『ファランクス』の異名に恥じぬ、重歩兵の隊列だ。
時を同じくして『曙』『瀬戸霧』のファランクスも火を噴いた。最後の意地、最後の数秒。交錯する鋼鉄と硝煙がさらに増え、ギッシリと組まれた最終迎撃層が展開される。
艦橋でただ見守るだけの男達には破裂した後の砲弾の残り香と、高性能機銃の弾に僅かに仕込まれた曳光弾しか確認できず、今目の前を突破せんとする誘導弾を見守るしかない。
軌道を変え、にわかに爆裂してしまう誘導弾がまた一発。しかし飯田たちが確認できたのはそこまでだ。遂に誘導弾は艦橋の窓枠の外へと飛び出す。外へ飛び出されたということは、『白峰』の真横を奴らが通過してしまった。通過を許してしまったということ、自艦に突っ込んでくるのであればまだ
そして操る人のいない『新高』は無防備だ。
艦隊を突破した誘導弾は合わせて三基、三基とも大きく跳ねる。日本国自衛海軍の採用する対艦ミサイルには二種類の突入プログラムが存在する・・・喫水線を狙うように突っ込む直進コースと・・・艦艇構造物に狙いを定め、目標手前で大きく飛び跳ねるポップアップ/ダイブ。どうやら目標は『新高』の土手っ腹に穴を開けることよりむしろ船体にダメージを与えることのようで、悪魔の鎌が優雅に振り上げられた。
そしてその、ほんの僅かな隙を逃す手はない・・・『白峰』の先程まで手持ち無沙汰であったであろう右舷側高性能機関銃が咆哮、その意地で一発を粉砕せしめる。爆散した矢はその勢いのまま空中を飛び、運動エネルギーを失ってから無念そうに海へと落下していった。
しかし、それまでだ。
『新高』右舷側前方に外れることのない弓矢が二本命中。一発は『新高』の誇る対1000kg爆弾の装甲飛行甲板に阻まれた――――確かに『新高』の装甲は旧式だろう、しかし一概に現代の艦艇は装甲を重視しない、故に搭載武器に求められるのは命中精度であり、威力ではないのだ。旧式であることが、ここではアドバンテージとなる――――が、もう一発は運悪く装甲の甘い側舷に命中。溶接されていた何枚かの鉄板が吹き飛ぶ。誘導弾二発分の爆炎が『新高』を一瞬包み、それから急速に萎んでいった。
『新高』前方を進む『白峰』の艦橋からそれを確認することは叶わない、司令部要員たち、そして艦隊司令である瀬戸内海軍少将の耳に届くのは、着弾によるものであろう爆音と、それに続いた報告のみだった。
「『新高』に二発着弾!『新高』現在小火災中!!」
「『曙』に放水させろ、可燃物はたいして積まれていないだろうが、何かあっても困る」
瀬戸内は脊髄反射のように指示を飛ばした。
「了解です、『曙』に伝えろ」
「・・・それと、陣形を変更・・・『曙』のいた所に『五月雨』を配置、本艦の後方に『浜霧』を配置しろ、流石に二隻目の潜水艦はいないだろう、第二波が来るならまた左舷側からだ」
「はっ、左舷に艦艇を集中配置させます」
一応命令らしき命令を出し、ミサイル着弾により思考停止に陥りかけた艦隊を無理やり再起動させた瀬戸内、しかし彼は司令官のために用意されている小さな折りたたみ式の椅子を引き出し、そこへ息をつくように座ってしまった。それから投げるように一言。
「・・・参謀長、意見を」
左手で軍帽を押し上げ、額をそのまま撫でる瀬戸内、右手はぐったりと膝に置かれ、彼がつい一瞬前まで神経を張り巡らせていたのが伺える。思えば、唐突な対艦ミサイルの出現よりまだ二分も経っていなかった。
「・・・対艦ミサイルは、恐らく我が国のものでしょう・・・放たれたミサイルの数は7・・・発射管を七門以上備える現役潜水艦は翔鶴型のみです」
「この海域に展開できる翔鶴型は?」
「『瑞鶴』は任務で一週間前にセイロンに入港しています・・・『翔鶴』と『雲鶴』は通常任務中ですので・・・特定はできません」
翔鶴型原子力潜水艦・・・日本の保有する戦略原潜であり、
それはすなわち、後で追求することが難しくなるということを示していた。ミサイルの補給状況を調べれば分かるかもしれないが・・・恐らくカモフラージュ済みだろう。
「そうか・・・ところで、翔鶴型の発射管は確か八門だったな、もう一門はどうした」
と返す瀬戸内、そう言えば始めソナーは8の魚雷が発射されたと報告していた。あと一発はどこへ行ってしまったのだろう。
「確認します」
完全にそのことを失念していた様子の士官がいそいそと電話に取り付いた。瀬戸内はその様子に一瞥すらくれず、床に視線をぶつける。
「次の攻撃の可能性は?」
「翔鶴型なら既に次弾装填済みのはずです。ですがご安心を、対処が遅れた関係でまだ44発のシースパローが残っています。不覚を取られましたが、続く二波ぐらいならどうにかなります」
そう言う参謀長、瀬戸内はそれだけ聞くとゆっくり立ち上がった。
「『新高』の様子を見よう」
瀬戸内は左舷側、艦橋より張り出したデッキの上へ出た。見張り員が無言で敬礼して道を開ける。
『白峰』から見た『新高』の姿は異様なものであった。その巨体は変わらないが、一部より僅かに火の手が上がっている・・・がちょっとした小火レベルの火災である。『曙』は距離を数十メートルまで詰めた上で放水の準備を進めていたが、もしかすると始まる前に自然鎮火してしまうかもしれない。そう思えるレベルの火災であった。
勿論、それは『新高』が武装を解除していた、つまり燃えるような物資を積載していなかったからの話であって、対艦ミサイルの与えたダメージは大きい。もし仮に二発とも側舷に命中していれば、もっと被害は拡大していただろう。
「・・・飯田」
「はい」
「・・・どうしてここで潜水艦が出てくる?」
潜水艦が、いや海軍所属の隊が出てくるなんて、私はそんな話聞いていない。そんな言葉を言外に込め、瀬戸内は視線を飯田に投げた。今回の作戦を指示したのは大迫海軍幕僚長、翔鶴型は戦略原潜という立場ゆえに例外的扱いを受けることは確かに多いが、海軍幕僚長も把握していない作戦行動が許されるはずがなかった。
だがその前に。
「瀬戸内司令、ご存知の通り対艦ミサイルは慣性航法の後にアクティブ誘導方式で目標を定めます・・・でも今回はそうじゃなかった」
飯田は空を悠々と飛ぶオスプレイに視線をやった。唐突に現れたティルトローター、
もちろん空母を狙うなら放ったミサイルが全て空母に命中したほうがいいに決まっている。だが現実はそこまで甘くない。ミサイル搭載の誘導装置が空母や駆逐艦を認識する時、それらは全て同じ目標物として認識されるのだ。従って本来なら飛翔してきたミサイル群はそのほとんどが『白峰』や『曙』といった『新高』前方に展開していた艦艇に命中するはずである。
そうならなかったのは――――あくまで予想だが――――あのオスプレイが目標指示のレーザーを照射していたからと考えるのが現実的だろう。
「特注品、というわけか」
味方による誘導を必要とするセミアクティブ・ホーミングは、当然ながら機械頼みのアクティブ・ホーミングより応用が効く・・・しかし、百キロ以上の視界外射程を誇る誘導弾の撃ち合いを目的に開発されている艦対艦ミサイルがその方式を用いることは有り得ない――――当然だ、どうして足場のない海の上で敵艦隊の近くに観測手を配置するというのだろう――――。そう考えると、今回の作戦のためだけに積まれた装備品と言える。
「・・・大迫閣下が、
「海軍内に別の協力者がいるということだな・・・戦略潜水隊の司令か、もしくは翔鶴型原潜の艦長か・・・」
瀬戸内は候補こそ挙げてみるが、それで目星がつくわけではない。そんな間にデッキに先程の士官が現れ、いそいそと報告を始める。
「報告します、潜水艦より発射された八本の魚雷の最後の一本でありますが、発射直後は補足していたものの、SSMの打ち上げの衝撃以来見失った模様です」
「見失った・・・?」
報告に信じられないといった様子で声を上げるのは飯田。潜水艦はもちろん隠密性を重視するが、それはエンジンを止めているからこそ実現する隠密性だ。猛スピードで迫ってくる魚雷はエンジンをフルに動かしているはずで、補足は難しくないはずだが・・・。
「・・・」
瀬戸内は思うところがあるような顔をしていたが、発言しようとはしなかった。艦隊の最高司令官として不用意な発言を避けようとしているのだろうか。
・・・とはいえ、潜水艦搭載用のセミアクティブ・ホーミングミサイルをわざわざ用意した連中だ。どんな手を使ったにしろ、見失ったらもう一度見つかるまで根気良く待つしかない。
「司令、最後の一本が故障した可能性もあるにはあります・・・それに、仮に魚雷が今なおこちらに接近してきているにしろ、我が艦隊の位置に到達するにはまだ十分以上掛かるのです。待ちましょう」
先程まで動転した様子を見せていた飛行参謀が落ち着いた調子で言う。確かに、魚雷はミサイルほど早くはない。近づけば近づくほど魚雷の発見は容易いだろうし、ギリギリになっても一発だけなら迎撃は可能である。
「・・・そうだな、艦隊は対空・対潜ともに警戒を厳に。何があっても『新高』を傷つけるなよ」
「はっ!!」
「・・・」
そう返して戻っていく士官。その足音が消えるのを待たず、瀬戸内はデッキの手すりにかけていた手を離し、踵を返した。
彼の背後に控えていた参謀たちは素早く道を開け、瀬戸内を艦橋の内部へと通す。
「
「はっ」
「それと飯田少佐」
「・・・すまんな、貴様だけ呼び出して」
「いえ」
『白峰』でなくとも多くの軍艦は司令部機能を持つ。実際、旗艦が行動不能となれば指揮官はまだ無事な艦艇に乗り移るわけだし、当然といえば当然だ。
巡洋艦『白峰』の備える司令官室、もちろん一通りの調度品は揃えられており、そして手を加えられている様子はない。強いて言えば机に置かれた家族と思しき集合写真だけだろうか・・・飯田の視線はついついそちらに向いてしまう。
「・・・爆撃機群の到着まであと二十分もない、「向こう」の目的はなんだ?」
瀬戸内は飯田の視線を知らない風で話し始める。当たり前だ、時間がない。
「分かっています、小牧」
すると先程まで、それこそ
そして、このレポートが
「こちらです」
『【習性7】敵対的危険生物の攻撃性に関する研究』・・・小牧が取り出した書類の束の表紙にはそう記されていた、彼はその束をペラペラとめくり、とある一ページを引き抜き、そして瀬戸内へと渡す。
「・・・優先順位」
「琉球諸島事変にて駆逐艦『雷』が撃沈されつつも僚艦の『時雨』は轟沈されなかった・・・このことから、敵対的危険生物には体系だった交戦規定のようなものがある・・・そう仮定した上での検証の結果です」
飯田はその紙に書かれている内容の概略を説明する。その間に瀬戸内は総論の書かれたその紙へと視線を滑らせ、それから疑問げな様子で問うた。
「なるほど・・・敵対的危険生物は自分に危害を加える危険性を持つ対象を優先的に攻撃するわけか」
「ええ」
瀬戸内は低くうーむと声を出し、それから紙を机に置いた。
「・・・確かに、それでは『新高』を攻撃する必要はないな・・・」
「自分は『新高』内部に何らかの火器が仕込んである可能性を考えていたのですが・・・」
「・・・」
飯田の言葉に瀬戸内は黙り込むだけ。どうやらレポート以外の事実があるらしい。そうでなければ、わざわざ三隻しか存在しない潜水艦を引っ張ってくるはずがなかった。
向こうは、こちらの知らない『何か』を知っている――――?
根拠もなければ答えもない。
そしてその時、扉が叩かれる音がした。
「どうした?」
そう返す瀬戸内の声に、扉の向こうから返事が聞こえた。
「魚雷を補足しました、ですが問題が」
そこで報告は途切れる、この場で報告しないということは、言葉で説明が難しいぐらい複雑な事が起きているのだろう。
そのせいか、瀬戸内の返答はわずかに遅れた。
「・・・分かった、すぐ行く」
瀬戸内は司令室から廊下へと繋がるドアへと向かう。そしてそれに手をかけた時、飯田の方に視線を戻した。
「向こうの計画はどうもか完璧らしい」
瀬戸内の声には、嫌な平坦さがあった。それから視線を逸らし、続けるように一言。
「・・・大迫閣下に、申し訳が立たないな・・・」
先に戻る、飯田君は書類を片付けてから来てくれ。それだけ言い残し、瀬戸内は扉を閉めた。
「・・・それは、自分も同じことです」
扉が閉まる音が虚空に消えた頃、飯田は消えるように呟いた。いったい誰に向けた言葉なのだろうか。
「・・・」
小牧は相変わらず何も言わない。言わなかったのか、それとも言えなかったのか、それは分からない。
「小牧、片付けろ・・・我々も戻るぞ」
所詮8000tの狭い艦、司令官室を出れば直ぐに艦橋へとたどり着く。
「潜水艦の音紋じゃなくてもいい、いいから照合させろ、音声データならなんでもいい、絶対に意味があるはずだ・・・ああ、そうだ」
「瀬戸内閣下?」
「ああ、戻ったか少佐・・・」
瀬戸内はそう言いながら飯田に視線を投げた。司令官室で見せた顔よりも覇気はあったが・・・彼を護るように立っている参謀達の表情を見る限り、その覇気が見せかけであるのは感づかれているようだ。
「飯田少佐、これを」
出し抜けに前へと進み出た航海参謀が飯田にコピー用紙を手渡す。どうやらついさっきプリントアウトしたばかりのようで、紙は熱を帯び、ほのかにインクの匂いがした。
そこに刻まれていたのは細かい数字の羅列と、それを視覚化したのであろう滅茶苦茶に刻まれたジグザグ。
「・・・波長? 一体どうして」
飯田の疑問も最もだ、どうしてこのタイミングで一見無意味に見える波長を見せられなけれればいけないというのか、そして、その答えは直ぐに返される。
「・・・現在、潜水艦から放たれた魚雷がこの変則的な周波数の音を出しながら進行中であることが確認された」
随分大きかったせいで、危うく
「何か
航海参謀の口調には既に縋るような色が含まれていた。確かに飯田は敵対的危険生物対策室長として最初期より奴らの研究、対策に当たってきている・・・が、音波と奴らの関係なんて聞いたことがない。
・・・聞いたことはないが、あれほど的確なタイミングで攻撃を開始した潜水艦が無駄な手を打ってくるわけがない、この音波を発する魚雷に意味があるとすれば、ただ一つだろう。
「・・・海底にいるであろう敵対的危険生物に動きは?」
「いや・・・こんな音を出されてはソナーは使い物にならない、しかし奴らの動きは先程まで一切観測されなかったし・・・」
そこまで言ってから、まさかといった表情をする航海参謀。
「・・・」
敵対的危険生物、生物である。生物なのだ。
狩りをする時、西洋の一部地域では角笛を用いて獲物を誘き出すことがあるという。
当然ながら皆その可能性は頭の片隅には置いていたであろう、そして、この場においては敵対的危険生物に最も通じているに違いない飯田がその可能性を示唆することで、それは『予感』ではなく『確信』へと変わった。
「どうしますか、司令」
「どうするも何も、アスロックの射程はたかだか400、もしも奴らがピッタリ跡を追ってきていたら攻撃したが最期・・・『雷』の二の舞になるぞ」
その言葉に、彼らの脳裏に村雨型駆逐艦『雷』――――琉球諸島事変にて撃沈した、自衛海軍の駆逐艦――――の最期が思い起こされた、アスロックにて威嚇攻撃を仕掛けた後、海底より飛び上がってきた『駆逐級』にまさに
沈黙が――――最早空軍爆撃機到着まで十分もないというのに――――流れた。状況は動かず、新たに報告が入ることもない。
「司令、ピンを打つ事を進言します、乱発すれば、あの音波を攪乱出来るやもしれません」
艦長が沈黙を破った。ピンとはアクティブソナー――――海中のレーダーと言えば分かりやすいだろうか、自ら音波を放ち、目標にぶつかって跳ね返ってくる時間を測ることで彼我の距離を推測する――――に用いられる超音波のことだ。
そのピンを乱発し、今もしかすると敵対的危険生物を引き寄せているかもしれない音波を発している魚雷の音波を打ち消ししてしまおう、という発想である。
「試す価値はありそうですが・・・」
迷いげな様子の補給参謀、それに対して、飛行参謀ははっきりと否定した。
「いや、ダメだ、こちらに奴らの注意が向いてしまう」
「だが、そうでもしない限り奴らは『新高』まで誘導されてやってくるぞ・・・司令、これが最後のチャンスです、ご決断を」
怯え腰の飛行参謀に対し、艦長の提案は最もだという風で決断を迫る航海参謀。
「・・・自分は反対です。この作戦は空軍庁の方で前々から検討されていたもの、『新高』へのオスプレイ飛来と潜水艦の攻撃タイミングが同時であったように、緻密な計画が組まれています」
これ以上下手な動きをすれば、想定外の事態が起こりえません。
――――周りの参謀、そして艦長や士官・・・瀬戸内すらもやや驚いた表情を浮かべる。
それも当然だ、そんな消極的な――――いやむしろ向こうに利するような――――意見を言ったのは、紛れもない飯田孝介敵対的危険生物対策室長であったからだ。
「少佐、本気で言っているのか」
「ミサイルによる攻撃を許した時点で、
「上空のオスプレイに動きが!」
まるで飯田の意見に賛成するかのように報告がもたらされる。先程のオスプレイが再び『新高』上空へのアプローチを試みようとしているのだ。あれが近づくのを妨害していた艦隊の哨戒ヘリはミサイルが飛翔した際に退避させてしまっていて、今や進入経路に立ちふさがる自軍機はいない。
「しまった・・・」
誰かがそう漏らし、オスプレイはそのまま『新高』上空に進入・・・。恐らく突入の機会を伺っていたのだろうが、ミサイルが放たれて以来の妨害はほとんどない・・・何を待っていたのだろうか。
「消火活動だ」
瀬戸内が漏らした。確かに、先程まで『新高』で起きていた小火災は『曙』の消火活動により消し止められていた。しかしあの程度の火災で行動に支障が出るようなことはないはずで・・・。
そう思った飯田に反対意見を出すようにオスプレイの後部ハッチが開き、何かが「垂れ流され」た。それは黒色の液体で、飛行甲板まで落ち込んでからヌルヌルと広がってゆく――――油の類だろうか、もしそうなら消火活動が終わるまで控えていたのも頷ける――――。しかし喫水線の関係で『白峰』に乗る飯田たちにはそれが見えない。上空の哨戒ヘリから音声情報だけで伝えられるその情景に、困惑するだけだ。
「・・・」
状況を把握できている人間はもちろんいない。一体何が起こっているというのだろうか。
もう何度目だろうか、再び流れ始めた沈黙を、これまでと同じように誰かが発言することで打ち破る。発言したのは航海参謀。
「司令、最早時間がありません、打てる手は打つべきです」
瀬戸内は沈黙を守る。耳という穴があいている以上航海参謀の言葉は届いているだろうが、彼は直ぐに返事を出さない。
「司令」
航海参謀は声を荒げず、しかし先ほどより語気を強めて瀬戸内へと迫る。
「司令、既に爆撃機群到達まで時間がありません、ここは引き下がりましょう!」
別の参謀がそう言う。瀬戸内は判断を早急に下さねばならない。
瀬戸内は、目を瞑った。それはまばたきよりも長く、瞑想というには短い時間だった。
そして目を開く。
「・・・撤退だ、各個それぞれ全力で『新高』より距離を取れ」
――――既に、瀬戸内の心は決まっていた。
それから先は、見事なまでに鮮やかな手際を日本軍は見せた。音波を放ちながら進んできた魚雷は『新高』のすぐそばで自爆。その数瞬後には海面が割れ、『駆逐級』たちが顔を出す。奴らは『新高』の側舷を駆け上がろうとするが、『新高』は喫水線が高く、捕まるものもないせいで――――『駆逐級』に手はないのだけれど――――なかなか登ることができない。垂れ流された黒色の液体もそのヌルヌルをもって『駆逐級』たちの登山を妨害していた。しかし気づけば大量の『駆逐級』が集結し、押し合いへし合いしながら『新高』を文字通り埋め尽くすように囲っていった。奴らによる階段ができ、その上を生やしたばかりの二本の足で駆け上がるように登ってゆく『駆逐級』。
信じられない話だが、それは離脱中の『白峰』はじめSEATO艦隊各艦からでも確認でき、飯田には水平線上の一部が黒く染まっているように見えた。ただ人間のいる『新高』に群がっているのなら分かる。だがあの様子を「ただ群がっている」という言葉だけで説明することはできないだろう。あまりに異常な光景だ・・・一体全体どういう理論であのような現象が起きるのだろうか。
「CICより、爆撃機一群、投弾開始しました」
一応しておこうという様に報告が入る。結論から言えば、大迫海軍幕僚長、保坂連合艦隊司令長官両名より下された極秘任務は失敗に終わった。
だが成果がなかったなどというものか。飯田は未だ膨張を続け、東京ドーム何個分とかそういう例えが使えそうなほどに膨らんだ黒い塊を睨みつける。
少なくとも、あの調子なら佐伯大輔空軍大将の主導する『オペレーション・ニイタカヤマノボレ』は成功裏に終わるだろう。その作戦は人目を避けて完遂される。
そして・・・この作戦の全容は決して明るみに出てはならない。そういう作戦だった。その作戦は誰が見ても近代国家の行うそれではない。手段を選ばないにも程があるというものだ。後のことを考えずにその場の正義だけを貫こうとする人間なら告発するかもしれないが、この状況――――既に世界各地で多くの犠牲者が出て、今この瞬間にも奴らが上陸してくるかもしれないこの状況――――において、そういった考えを持つ者はごく稀だろう・・・嫌な話だが、自分だってこれが明るみになることは決して望まない。
そして、それに理解を示し、参加した将兵が口を開くとは考えづらい。
軍人は誰も口を開かず、唯一の証人に成りうる人々は『新高』に取り残された。
こうして全ては『第十一次上海事変』という歴史的事件の裏に隠されるのだろう・・・全ては佐伯大輔空軍大将、そしてこの作戦に賛同した誰かたちの思いのままに進んだ。
飯田は空を仰ぐ。もちろん艦橋に空などなく、彼の視線は配線のめぐらされた冷たい天井に注がれるが、今は目の前に広がる海から目を逸らせれば、それで十分だった。
――――結局、自分は何が出来たのだろう。
情報は足りなかった。どうやら空軍と陸軍・・・それに加えてもしかすると海軍の一部は、自分の知らされていない情報をまだまだ持っているらしい。
飯田孝介という人間は忠告されたにも関わらず出しゃばった。権力もないし、実力もない。それがもたらした中途半端な結果がこれだ。
行動を取ったことを後悔はしないだろう。だが、
――――自分が犯した過ちはどれほどなのだろうか。
飯田はそれを考えたが、もちろん答えはなく、ましてや教えてくれる存在はいなかった。
黒い塊の周囲に水柱が次々立ち、その中心でこれから起きるであろう爆発を覆い隠す。
CICによれば、その後爆撃は30分以上続けられたらしい。
戦果だけで見るなら、これまでのいかなる作戦よりも効率の良い殲滅作戦であった。
(ニイタカヤマノボレ作戦より転送)
『四国沖邀撃作戦』
[この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2028年12月)]
四国沖邀撃作戦(しこくおきようげきさくせん)は、日本と満州が深海大戦明瞭期(厳密には敵対的危険生物対処行動中期)の2022年7月7日に実施した対深海棲艦の殲滅作戦。佐世保への上陸を目指した深海棲艦(七月佐世保事件)を誘導し、これを殲滅した。この作戦により、西太平洋方面に展開していた深海棲艦の作戦行動は二ヶ月以上遅れたとも言われている[要検証]。
(kikipediaより抜粋)
とても穏やかだ。
艦隊も空軍機もとうの昔に引き上げ、四国沖の海は再び無人の海に戻っていた。
陽がゆっくりと、いつも通りの速さで沈んでゆく、間もなく夜の帳が降り、星空の支配する世界となるだろう。
「・・・」
そんな無人の海、揺れる波の上に「立つ」少女がいた・・・冗談で言ってるんじゃない、本当に海の上に立っているのだ・・・『彼女』は水面に手を伸ばし、何かを拾った。小さな破片であったが、『彼女』にはそれが『新高』の残骸であることがすぐ分かった。古い塗料に爆炎による焦げが付加され、衝撃により原型を留めていない。だが分かった。
理屈ではない、それが視界に入った瞬間、すぐ分かったのだ。
「・・・新高」
『彼女』は呟くようにその破片を抱きしめる。海に立つという異常な少女の瞳から、ひとしずくが零れおちた。
「・・・無念だった? 虚しかった?」
破片が答えるはずもない、『彼女』を見守る鳥すらいない。『彼女』の問い、呟きは海の囁きにかき消されてしまう。
しかし『彼女』は何を感じたのか、さらに表情を歪めた。そしてまた呟く。
「・・・あなたの気持ちは分かるなんて言わない。噛み砕かれる苦しさは知っているけど、祖国に殺される苦しさを・・・わたしは想像できないわ」
さらに破片を強く抱きしめる。
「でもね・・・お願い」
――――どうか、恨まないで――――
人のいなくなった海の上は、信じられないほどに穏やかであった。