綺麗に舗装された滑走路、鉄塔の上に取り付けられたような作りの管制塔。基地外れの方を見ればレーダーサイトらしき施設も確認できる。
南アフリカ空軍専用に設けられている滑走路は、許容範囲内とは言え多くの航空機でごった返していた。大型の輸送機が着陸したかと思えば、小型プロペラ機がいそいそと飛び立ってゆく。着陸後の航空機たちは軍事基地らしく乱雑に並べられ、基地要員やトラックたちがあちこち動き回っている。
「・・・随分と混雑してるなぁ」
特に意味のない呟きを吐き出す小河原。異国の地で放った日本語だ、聞き取ったのは彼に付けられた通訳と・・・後は案内役を務める嫌味なほど日本語に堪能なコイツだけだろう。
「もともとこの基地は東海岸の防空と
「意外と口が軽いんだな、共産軍人は二言目には『軍機』が口から飛び出すのが普通と聞いていたが」
「この基地が秘匿基地でない以上、規模も役割も
彼の言う通りである。軌道上からの覗き魔、偵察衛星の眼は誤魔化せない・・・よほど丁寧にカモフラージュしない限り、基地の配置は分かってしまうし、カモフラージュすれば基地として役立たずになってしまう。なんせここは空から飛行機が降り立つ飛行場なのだ。
レシプロ機時代は偵察の精度も人間のそれに頼っていたゆえに隠し通せた――――つまり敵に気付かれなかった――――飛行場もあると言うが・・・まあ今の時代じゃあ無理な話だろう。
「なるほど確かに」
小河原は頷いた。それに合わせるように背後でジェットの爆音、振り返れば偵察仕様と思しき一世代前の航空機。流星のごとく飛び去ってゆく垂直尾翼に刻まれた赤い星。
恐らくは敵対的危険生物が周囲に遊弋していないかどうかを確認しに行ったのだろう。
それにしても、不思議な話ではある。
しかし奴らはマダガスカルから尻尾を巻いて撤退した。
何がそうさせたのだ?
一斉に同胞が死滅したのを敵対的危険生物が確認したから?
とまあ、そんなことを考えても無駄だろう、なんせ自分に与えられた任務は核兵器の効果をこの目で確認すること。いつもの癖で両手を組み合わせようとすると、防護服のビニールが擦れる音がした。小河原たちは放射能を吸い込まないように全身を防護服で覆っているのだが・・・なれない装備では調子も狂う。
と、目の前の案内役が口を開いた。マスク越しだが、聞き取れる。
「・・・さて、オガワラさん。バスが来ましたよ」
シュナイダー少佐がそう言えば、作業員たちの喧騒を縫って進んでくるマイクロバス。錆び付いた様子を見れば手入れがされていないことがよく分かる。
・・・西側に割り振られたバスがこれか。
「随分と古いバスですね」
「ですが日本製ですよ、見たことぐらいあるでしょう?」
即座に返すシュナイダー。そもそもマイクロバスという名詞の語源は日本製小型バスの商品名だ。
「うーん、言われてみれば」
確かに日本製だ。そのマイクロバスは小河原の目の前まで走ってきて、ピーと警告音を立ててから油圧式の扉が開く。そこからぞろぞろと吐き出される南アフリカ軍兵士。何かの物資を持ってきたようで、それぞれ大きなダンボール箱を一つずつ抱えている。屈強な兵士が持つのなら一度に二個や三個運ぶこともできるだろうが・・・防護服を着用した上では危ないという配慮だろうか。
全員が降車した後に運転手とシュナイダーが何やら会話――――どうやら、彼は日本語だけでなくズールー語も堪能なようである・・・いったい何ヶ国語をマスターしているのやら――――を交わし、それから振り返って営業スマイルのような何かを顔に浮かべた。マスクで口元が見えないが、目尻などから笑みを読み取ることはできた。
「それではオガワラ中尉、ご案内します」
【模倣の決号作戦番外編】
――――勝利への旅路――――
マダガスカル島。正直言って特にこれといった特色もなく、工業の発展なんてもってのほか。強いて言えば自然が豊かなだけの世界第四位の巨大な島。気候的には農業に向いており、カカオやコーヒーなどの嗜好品の生産には事欠かないが・・・それはまあ、欧州植民地時代を経てきた多くのアフリカ大陸の地域で言えることだろう。
そんなマダガスカルであるが、この島に与えられた役割は実は大きい。
「・・・」
小河原は無言で窓の外を眺めていた。カメラ類の持ち込みを禁止された関係でパシャパシャと写真を撮ることはできないが、そもそも小河原の目的は写真で読み取れない実情を読み取ることだ。難しい任務であるが、目を凝らして励むしかない。
一見するとただの田舎道――――それも獣道を拡張したようにしか見えない――――しかしマイクロバスはそこをスイスイと走ってゆく。日本製のサスペンションを褒めているわけではない。この道は間違いなく舗装されている。土を薄くかぶせて偽装しているのだろう。
「・・・随分と豪華な道なのですね、ここは」
「その言葉を聞けばここの同志たちも喜ぶことでしょうな」
小河原の言葉の底を知って知らずか、シュナイダーは満足げに頷く。それを気配で感じた小河原は、一応話を振ってみることとした。正直、
早い話が、何らかの反応を期待しての発言だ。
「公共事業費は、どこから捻出したんです?」
「・・・南アフリカの意地から、ですかね?」
とシュナイダー。迷いげに付けられた疑問形は、
「精神論は
小河原はチラリと視線をシュナイダーに投げ、そして口角を釣り上げる。しかしマスクをつけている以上それはシュナイダーに見えず、小河原もシュナイダーの表情を読み取ることは出来ない・・・表層すらない薄っぺらいコミニュケーションはまだ続く。
――――意地、先程はそれを精神論と言ったが『南アフリカの意地』。その表現は恐らく適当だ。
ソビエト連合の影響はシベリアやヨーロッパだけに留まらない、地中海において赤旗を掲げていないのは北アフリカの諸国のみであるし、かつては「黄金海岸」などとも呼ばれた中部アフリカも度重なる武力衝突と内戦によりすっかり疲弊してしまっている。
ユーラシア大陸の半分。そしてアフリカ大陸を事実上手中へと収めたソビエトの次なる野望は、当然ながら中東諸国であった。
そして、二十一世紀初の東西武力衝突となった何度目かの――――何回目かなんて正直どうでもいいと思うのだが、歴史家は分類が好きらしい――――中東戦争。日本人なら時の一航戦『榛名』の活躍で有名なソマリア沖海戦くらいは知っていることだろう・・・最終的には西側が勝利を収めたこの戦争。宥和政策による経済の混乱が未だ続いていたソビエトにとってしてみれば強気に出た最悪の結果であるといえるし、それは中東に対する影響力の減少どころか、あまりに広がりすぎたソビエト連合加盟国の足並みを乱すところとなった。主力の空母三隻を失ったソビエト・ヨーロッパのインド洋艦隊が解体させられるなど、東側の勢力範囲は後退。
故に、南アフリカはその領土を独自に守るべく、マダガスカル島の要塞化に着手したのであった。
今やマダガスカルはインド洋における東側の最大基地、やろうと思えばアラビア半島、ペルシャ湾までを作戦空域に収めるこの島は、東側の誇る『インド洋の不沈空母』である――――まあ、この二つ名は90年代の空母不足故に樺太を要塞化した『空母樺太』の歴史を持つ日本人が冗談半分で使う言葉なのだが――――ともかく西側空母機動部隊との決戦を想定したマダガスカル島、特に東海岸には大小多くの基地、飛行場が並べられ、地下にも多くの秘密通路が作られているとか。
南アフリカの国家としての意思。それを注いだかのような巨大要塞。駐留部隊を数えれば90年代の樺太を大きく上回る戦力。
西側に対する防波堤は今日もインド洋を睨んでいる・・・それがマダガスカルという島なのである。
「さて・・・」
シュナイダー少佐はマイクロバスの大きな窓から外眺めつつ口を開く。何事かと小河原がそちらへ視線を向けると、見計らったようにブレーキ音が響き、そしてバスが停車した。
シュナイダーはドアを開けるように指示し、降車。小河原もそれに続き、思わず息を呑む。
「・・・」
口を開かずに眼の前の光景を眺めている小河原。シュナイダーは彼の前に立ち、そして優越感を僅かに浮かせた顔でこちらに言葉を放つ。やけに丁寧で、場所が場所ならツアーのガイドかと錯覚したことだろう。
「こちらが我が友邦、南ア領のマダガスカル北部防衛を担う第七軍、その基地の一つです」
随分と大掛かりな偽装であった。恐らくは山か何かを掘り抜いたのだろう大規模な設備、ここは物資の集積場所なのだろうか、汎用トラックや軍用の軽車両がズラリと並べられ、燃料タンクと思しきものやコンテナの類が照明に照らされていた。
それにしても・・・よくこんな大掛かりなトンネルを掘ったものだ・・・何名の革命的労働者が命を落としたのやら・・・しかし、トンネル状になっているために偵察衛星で覗いただけではこの基地を発見することはできないだろう。大掛かりな工事にも意味はあったということだ。
「ここまで大掛かりな機密施設を、こうも堂々と見せびらかすとは・・・なるほど『グラスノスチ』にも意味はあったようですねぇ」
もちろん誤用だ。
しかし・・・仮にも小河原は西側の軍人だ。シュナイダーが『ただの共産主義者でない』ことは証明されたが、周りには赤軍軍人がウヨウヨいる。正直機密扱いであろう基地を見せる理由が浮かんでこなかった。調査だけなら戦地跡を見て回るだけでも十分だろうし。
まさか・・・馬鹿な、自分は名目だけとは言え調査団だぞ? 一瞬よぎった予感を慌てて打ち消すが、マダガスカルは東側の最前線だ。何か『下手なこと』があっても不思議じゃあない。
一応の目配せを通訳役として同行している『瑞鶴』下士官へ。向こうがこちらの意図を汲んでくれたかは分からないが、彼の顔にも緊張の色が見えた。
「・・・まあ、もう使い物にならないんですけどね、ここ」
そうでなければ見せたりはしませんよ、とシュナイダー少佐。その発言の意味を測りかね沈黙を保った小河原を背に、さっさと歩き出す。
「・・・」
こうなれば当然、ついて行くしかないだろう。草木に覆われて近くからでなければその存在を認識できないようなフェンスに開けられた切れ目――――これは車両通行用のものだろう――――から施設の奥へと進む。
トンネルに入り、空からの日差しが天井の照明に変わる。シュナイダーは歩きながら話を始めた。
「知っての通り、Deeperの襲撃を受けたのは
「・・・」
2022年6月にあった敵対的危険生物の大規模侵攻『アウトブレイク』であるが、唐突な襲撃を受けた地域でもその対応に違いはあった。
もっともその違いが現れるのはマダガスカル島とパナマを比べた時であろう。
中南米に大きな支配力を持つアメリカであったが、かの国はそもそもこの時点ではアメリカ大陸への敵対的危険生物の侵攻を想定しておらず、全ての対応が後手に回ることとなった――――とか言いつつその日のうちにパナマに軍を送り込めているのだから、流石は超大国なのだが――――。それに対し、マダガスカル島に関しては上陸の可能性自体は以前より指摘されており、南アフリカ軍の資料からもそれを読み取ることができる。
加えてマダガスカル島は既に要塞化が進んでいる地域であり、緊急時――――つまり、西側が侵攻してきた際――――への用意もなされている。
よって南ア駐マダガスカル軍は上陸が想定される沿岸部に緊急配備。ジャカルタ以来敵対的危険生物による上陸作戦の金科玉条となっている(?)『巡洋級』の砲撃が始まる頃には展開が完了していた。防備は万全だったわけだ。
「ちなみに、巡洋級への対処がほとんど報告書に記載されていないのは何故です?」
小河原はそう問う。『巡洋級』の攻撃力は精々が戦車砲程度。完全要塞化されたマダガスカルなら無理に対抗する必要はないのかもしれないが。
「・・・半分はオガワラさんのご想像の通りです。しかし・・・意図的に『巡洋級』への攻撃を避けていたのも事実です」
シュナイダー少佐は一度振り返ってそう返す。しかしそれ以上口を開くつもりはないようで、すぐに歩みを再開した。
「・・・」
その後はシュナイダー少佐が一方的に戦況の推移を解説した。解説に時間が割けるほどにトンネルは長く、長く続いていた。最新の工作機器を回したにしてもこれはなかなかの建造物である。実際に要塞として機能する地下トンネルがどれほど広がっているのかは知らないが・・・いや、というかこのトンネルはホントに何のためのトンネルなのだろうか。別に他の扉を見つけたわけではないし、補給基地にしては構造がおかしい。
「ああ、そうだ・・・念のため言っておきますが、あんまり驚かないでくださいよ?」
「?」
どういうことなのだろうか。それを考えるより先に、トンネルの出口が見えた。
海側から貿易風が吹き付け、それが中央の高原にぶつかることでマダガスカルの東側は相当な降雨量を持つ・・・そもそもこの地域が熱帯気候であるため生い茂る植物には事欠かないし、インド亜大陸と分離して以来長いこと孤島として存在していたゆえ風変わりな地形や動植物も存在する。
となれば、トンネルの先には勿論草木の生い茂る風景が広がると予想するものだろうが・・・。
「・・・なるほど・・・これが、驚かないで欲しいと貴官が仰った理由ですか」
もう少し、別なものが来るかと思っていましたよ。口では余裕を装いつつも、小河原はマスクの下で口を歪めた。
信じられん。一言で言うならそれしかないだろう。いや、資料だけ見ればそりゃそうだろうとは思う。アメリカのネバタ砂漠にも行ったことがあるし、別にそれ自体は珍しい風景ではないのだ。
数千度の熱線に焼き尽くされた大地。流石に百メガトン超と言えど地形を崩すことはできなかったようで、綺麗に掃除された岩肌ばかりが延々と続く景色。奥にはトアマシナ湾が見え、そこから深い海色が存在を主張している。
「ここはトアマシナ州北最部です。トアマシナ湾自体は大して整備も進んでおらず、ここ周辺から上陸が始まった関係もあり現地人も退避済み、加えて・・・周囲の軍事施設も比較的少なかった」
落とすのには、好都合な場所でした。マスク越しに聞こえるシュナイダー少佐の声。
小河原は無意識にマスクに手を当てていた自分に気づく。今の自分はこうして防護服に包まれているのだが、いったいこの荒野――――元・熱帯雨林――――には、一体どれほどの放射性物質が、そして動植物の死骸が積もっているのだろうか。
「・・・」
「・・・気付きませんか」
何も発さない小河原を、どう思ったのだろうか。シュナイダーは半ば失望したような声を出す。
「何に?」
小河原は思ったまま声を出す。つい自然体で返してしまった。このようなスムーズな会話が成立するのもシュナイダーが日本語に異常なほど堪能だからだが、ここまで使いこなされると・・・やはり不気味である。
「何も残っていない」
「・・・おたくの核爆弾の事は詳しくは知らないが、少なくとも並みの核爆弾ではないと聞いています。全てが燃え尽きてもおかしくはないと思いますが?」
何も残っていない。至極当たり前のことだ。ツァーリ・ボンバの火球の半径は数十キロ。それに焼かれて無事な生物などいるはずがないだろう――――鉄筋コンクリート製の建物は耐性が強いそうだが、鉄筋コンクリートは動物じゃあない――――。それなのに、まるでお化けか何か奇妙なものを見たかのような口調でいうシュナイダー。
「オガワラさんはご存知ないのでしょうけど、このトアマシナ湾には埋め尽くすほどのDeeper――――えっと、そちらでは『クチクキュウ』と呼ばれている奴ですね――――がいたのです。死骸のひとつぐらい残らなければおかしい」
「・・・」
小河原は黙ったままだった。実のところ、核兵器は実戦投入されたことがこれまでなく、動物に与える影響はよく分かっていない。もちろん放射線が危険なことは証明されているし、熱線に焼かれて生き残っている動物などはいないだろう・・・しかし『どれほどオーバーキルなのか』は実戦投入しない以上分からないのである。
荒野を眺める。ツァーリ・ボンバの爆心地と思しき辺りには大地が抉られた跡。爆心地から発生した爆風は、恐らくその周囲の土も次々と吹き飛ばしていったのだろう。振り返ればこのトンネルの出口を開けるために奮戦した土木工事の機材が見える。
シュナイダー少佐は先程ここを「使い物にならない」と言ったが、もしかするとこのトンネルは何かの施設――――恐らく吹き飛ばされたのだろう――――に続く通路だったのだろうか?
「とりあえず、爆心地までご案内します。車を用意してありますので」
シュナイダーはそう言って小河原に向き直った。防護服は決して頑丈ではない。荒野を移動するなら車は必要だろう。
小河原は置かれている軍用車に乗り込もうとするシュナイダーの後を追う。核兵器は敵対的危険生物に対し有用な兵器であるかどうか・・・これからそれを見極める作業の下準備が始まるのだ。