模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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勝利への模索

 雲、分厚い雲。

 

 五月から九月にかけてのマレー半島はオーストラリア大陸の砂漠地帯にて発生した南西モンスーンの影響を受けて雨がよく降る。マレー半島に吹き付けるモンスーンは二種類あり、実際には十一月から三月にかけて吹き付ける北太平洋由来の北東モンスーンのほうが多くの雨量をもたらすのだが・・・いや、今重要なのは今この瞬間も大雨が降っているということである。

 

 

 それ故に、英国極東空軍(RAF Far East Air Force)所属の攻撃機パイロットは辟易していた。全天候型の多用途攻撃機であるこの機体は、もちろん多少の雨にへこたれることはない。雨粒がキャノピーに当たっても、それはすぐさま遥か後ろへと飛び去ってしまうから視界が遮られるようなこともない。もっとも、その視界はどんより曇っているのだが。

 

 今回彼らに与えられて任務はシンガポール島の偵察。行って帰ってくるだけの任務、今日も英国はマレー半島で『奴ら』と激闘を繰り広げているというのに。

 

「なぁ、今回の任務はなんなのかねぇ?」

 

 この機体は複座であり、今操縦桿を握っている彼の他にもう一人オペレーターが乗り込んでいる。任務中は必要な事務会話しかしないのが基本ではあるが、空に『奴ら』はいないし、計器類にも周囲に『奴ら』の存在を示す動きは現れていなかったのだから、まあいいだろう。

 

「俺には分からんよ、そんなこと・・・そもそもどうしてシンガポールまでのピクニックを極秘作戦扱いにするのやら」

 

 シンガポールに何があるか? 分かりきったことだ。六月の中旬に行われたシンガポール軍と『奴ら』による激しい戦闘・・・これによりシンガポールの経済地区にそびえ立つビル群はその多くが傷を負い、一部は倒壊したものもあるという。居住地区も激しい市街戦――――ただ突っ込んでくるだけの『Destroyer』相手に市街戦という表現が正しいのかは分からないが――――によってそのほとんどが居住不可能なほどに破壊されたという。

 ・・・いや、どのみち住めないか。

 

「要するに、廃墟を見て帰ってきただけじゃ周りに示しがつかないから極秘ってわけか」

 

 そう言ってキャノピー内に響く小さな笑い声。

 

 もちろんそんな理由でないことぐらいは彼らも分かっていた。実戦――――勿論、今繰り広げられている戦い以前の話だ――――経験もある彼らのコンビがこの作戦に選ばれたこともそうだ。作戦目的は衛星で得られた不鮮明な映像、これが何なのかを確認しに行け。というものなのだが、確かにその映像はただビルが倒壊したようには見えなかった。

 

 二人のパイロットは同じ不安を抱えつつ雲の一つを抜ける。高度は3000mほど。キャノピーの配置的に眼下の景色は見えなかったが、計器類はシンガポール島が視認できる距離に迫っていることを示している。既にシンガポール空港の管制圏内だろうか。フライトプランも提出せずに飛行する他国軍の航空機・・・立派な領空侵犯ではあるが、そもそもシンガポールがタイのバンコクに亡命政府を移している以上、ここをシンガポールと呼ぶことはできない。

 

「反応は?」

 

「いや、水上レーダーには何一つ映らんよ・・・対空レーダーはちとノイズが多いが」

 

「攻撃の準備を、これからシンガポール島に接近する。『奴ら』の勢力圏内だ。気を引き締めるぞ」

 

「了解」

 

 

 エンジン出力を落とし、観測に適当な進入進路へアプローチをかける。後ろに座ったオペレーターも撮影に向けての準備を始める。速度にあわせて可変翼が動き、最適な揚力を生み出す。

 

 『Destroyer』には空を飛ぶ航空機へも攻撃を行う種が存在する――――まあ当たる心配はほとんどないのだが――――このぐらいの高度で飛んでいれば仕掛けてきてもおかしくなかったが、そんな様子は微塵もない。

 

 

 何もいないのだろうか?

 

 

 

「・・・ひとまず島の周りを一周、それから接近して写真を撮る」

 

「了解」

 

 準備が互いに整ったことを確認し、機体を大きく傾ける。揚力のベクトルも傾けられ、バネにでも弾かれたように進路を変える機体。キャノピーからの視界にシンガポール島が大写しになる。

 

「・・・」

 

 まるで、下手な映画作品を見ているようだ。

 電気を失い、住む人も失った。それでもシンガポール中心部にそびえ立つボロボロのビル街は主たちの帰りを待ちわびている。それらを雨粒が濡らし、薄暗い光が照らすことによって巨大な城が創りだされていた。

 

 しかし、問題なのはそこじゃない。

 

「おいおい・・・何だあれ」

 

 衛星写真では意外と見分けが付きにくいものだが、肉眼で見れば数キロ離れていてもよく分かる。ビル街の一部、というよりか破壊されたビルの壁面に「何か」が張り付いているのだ。

 無機質な建造物とは違う。別に蠢いてるとか色が付いてるとか、そういう違いはなかったが・・・とにかく違うものだ。人間の作ったものじゃあない。直感だが、こういう時の直感は計器なんかよりずっと役に立つものだ。

 

「まあ待て、とにかく島の全貌を確認することが重要だ、敵の妨害はないだろうし、ゆっくりやろう」

 

 勿論それが任務だったし、何も間違ったことは言っていない。しかし彼の言葉に少しでもアレとの接触を遅らせたいという想いがあったことは、間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しながわ~、しながわ~』

 

 今の時代、どんな都市にも鉄道の一つや二つはある。大都市となれば周囲より大量の列車が乗り入れ、そして都市内の足としても鉄道が走る。鉄道が走れば都市はより発展する・・・鉄道は近代都市の発展を教えてくれる生きた化石かもしれない。

 日本国の首都である東京において、品川駅はそんな生きた化石の中でも最も古い化石の一つだ。始めて日本に走った線路は新橋―横浜間であったが、品川駅はそれに先んじて仮開業し、現桜木町駅と並んで日本一古い駅となった。

 

 とまぁ、こんな話に食いつくのは一部の人間だけだろう。品川駅構内を乗り換えのために歩いている飯田孝介もこの話題には食いつかない。というか、そんな昔のことよりも眼の前に横たわっている事態のほうが問題だ。

 

 

「おい、海軍さん! あれをなんとかしてくれ!」

 

 と、眼の前に立ちはだかったスーツ姿の一人にそう迫られる。飯田は海軍の佐官なわけで、当然勤務中は制服を着用している。頼れそうな人がいなかったからとりあえず国家公務員を頼ったという図式なのだろうが・・・。

 知っての通り、軍人に逮捕権は存在しない。しかし頼まれた以上、何もせずに素通りするわけにもいかない。飯田はひとまずそのスーツ姿に状況を聞くことにする。

 

「一体何の騒ぎです?」

 

「あの婆さんがさっきから騒ぎ出してるんだよ、うるさくてかなわない上に、言ってることが不愉快だ、すぐやめさせてくれ」

 

 彼の示す方向を見やると、品川駅の構内に人だかりができていた。いや、人だかりというよりかは人の流れが遅くなっている、と表現したほうが正しいだろうか。

 

「ちょっと、なんなんですか?」

 

「あなたたちは理解していないのです。これから大きな災厄が訪れます。助かりたいでしょう?」

 

「結構です、放してください」

 

「その姿勢が、自分たちを顧みない姿勢が、彼らを呼び起こしたのです!」

 

 

 

「・・・新手の宗教活動でしょうか?」

 

 と後ろから飯田の副官を務める小牧。騒いでいるのは一人のお婆さんで、腰をわずかに歪めてせかせか歩き回り、適当な人を捕まえては意識がどうだの、制裁がどうだのとわめき散らしている。

 

 ・・・正直、一番関わりたくないタイプだ。市民の手前表情には出せないが、飯田は内心で顔を歪めた。

 

 しかしまあ、都合の悪い時ほど物事はさっさと進むもので。

 

「ああっ、あんたは海軍さんだね?!」

 

 突っ立っているこちらに気付いた老婆はそう言いながらこちらへと猛突進。目をつけられた以上無視を決め込んで逃げるわけにもいかない。仕方がないので、まずは宥め、その反応を見てから対応を決めよう。そう考えた飯田は、対話の姿勢を示すようにわずかに屈み、なるべく柔らかい表情で話しかける。

 

「・・・失礼ですが、公共の場であまり大きな声を出されるのは

「そんなことより! 今すぐ深海棲艦を狩るのやめなさい!!」

 

 ?

 

「あなたたちは、自分が何をしているのか分かっていないのです!」

 

「・・・申し訳ありません、『深海棲艦』とはなんでしょうか?」

 

 素早く小牧がフォローを入れてくれる。こういう時に対応の早い部下は助かる。しかし、その小牧を以てしても老婆の勢いは止まらない。

 

「『なんでしょうか?』!? はぐらかさないでください」

 

「いや、はぐらかすと言われましても・・・」

 

 小牧としては至極当然な回答をしたまでだ。『深海棲艦』という呼称は公式では採用されていない。確かに『敵対的危険生物』という呼称はまどろっこしい。しかし日本政府が今現在『対処行動』をとっているのは敵対的危険生物という名の『害獣』であって、『深海棲艦』などというオカルト地味た存在ではないのだ。

 

 無論、この現状にあまり良くない感想を抱く者は多く、既に敵対的危険生物を『武装勢力』扱いとするための動きもあると飯田の上司である大迫も言っていた。

 それでも、今はまだ敵対的危険生物だ。

 

 それにしても『また』深海棲艦である。これまで敵対的危険生物のことが別の名で呼ばれる時、必ずと言っていいほど用いられるのが「深海棲艦」という言葉。

 ネットを覗いても敵対的危険生物という名が用いられているあたり、見えない糸のようなものすら感じてしまう。

 

 ――――『雷』が教えてくれたんです。

 

 まさか。

 

 

 そんなことを飯田が思案している間、対処を任された小牧と老婆は対峙しているかのように見えた。しかし実際はそうではなかったようで、老婆は小さなため息を吐いた。そして、呆れというよりは慈しみの表情を浮かべる。

 

「・・・いえ、はぐらかすのも無理はありません・・・あなたをはじめとして人間は己の立場や主義思想によって、この汚い大地に縛り付けられたままなのです、救われるには、海からの救済を受け入れる必要があるのです!」

 

 小牧は黙ったまま老婆を見据えた。火を注ぐ訳にもいかないから黙っているのだろうが、黙っていても相手を増長させるだけのことだろう。さて、どうしたものか・・・と思ったとき、解決は思いがけない方向からもたらされた。

 

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 飯田含め皆がその思いがけない声の主を探した。それは飯田と同じくらいの歳であろう男だった。

 彼は男が浮かべるには気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべ、老婆へと歩み寄る。

 

「品川署の者なのですが・・・構内で乱闘が起きていると聞きましてね?」

 

 そう言いながら警察手帳を取り出すその男。当然ながら乱闘事件は起きていない。

 

「嗚呼、私たち人間は愚かです。あまつさえ変化を受け入れないばかりか、先に進化した者たちを排除しようとまでする・・・」

 

 しかし、刑事を名乗った男はその老婆の言葉を遮る。

 

「詳しい事情は署で伺いますので、ささ」

 

 気づけば既に制服警官が控えていた。いずれも構内に設けられている派出所から来たのだろう。

 ともかく、老婆の行き場はなくなった。

 

 

 

 

 

 別の駅でJRをから地下鉄へ、トンネル内にも当然夏のねっとりした空気は侵入しており、それを開け放たれた窓経由で浴びながら霞ヶ関へと向かう。

 

 霞ヶ関駅を出れば人影はなく、夏の到来を告げる強い日差しが歩道を焼いている。小牧が思い出したかのように口を開いたのは、そんな歩道を歩いている時だった。

 

「・・・ところで」

 

「なんだ?」

 

「品川の奴ですけど、あれ多分公安か何かが絡んでいますよ」

 

 別に驚くまい。小牧がどういう風にそれを確信したのかは知らないが、確かにただの駐在の仕事にしては早かった。

 資本主義と共産主義の戦いがひと段落してからは、公安の予算は大きく減らされていると聞く。予算確保のために何か成果を上げたい気持ちは分かるが、あんな誰も耳を貸さないであろうことに口を突っ込まなくても・・・いや、違う。誰も耳を貸さないからこそ強気で取り締まれるのだ。

 

「そうか・・・」

 

 公安様もご苦労なことだ、飯田がその時感じたのは、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【模倣の決号作戦番外編】

 

――――勝利への模索――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍幕僚部は霞ヶ関の官庁街、その中でも目立つ赤レンガ造りのビル内に入っている。軍人には不釣合いなほど――――こんなこと言ったら怒られるか――――立派な赤絨毯が敷かれた歴史ある建造物。その奥にある幕僚長室にはいつもの通り『常在戦場』の四文字が掲げられている。かの山本五十六も座右の銘にしていたこの言葉。立派な額縁に収められているそれは彼の筆であるとかないとか聞いているが、そうでなくともその言葉は重いものだと思う。

 ・・・普段は幕僚長室に入ってもこんなこと考えなかったのだが、どうしてだろうか『あの作戦(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)』の後にここへ入ったのが初めてであったせいか、きっとそうに違いない。

 

 そんなことはともかく、現在その席を預かる大迫善光は、普段と変わらぬ様子で座っている。

 しかし、話の枕を置かずに本題を始めたあたり、どうやらただの用事ではないらしかった。

 

「いきなり呼び出して悪いが、面倒なことになった」

 

「と、言いますと?」

 

「まず、今から17時間前、ロイヤル・エアフォース(RAF)の偵察機が堕とされた」

 

 

 RAF、英国極東空軍(RAF Far East Air Force)のことだ。英国の版図が大幅に縮小した関係もあり、既に極東空軍以外は解散してしまっているのだが――――名称を変えないあたりに、本土(ブリテン島)奪還への熱意が感じられる――――ともかく、英国印度の空軍機が撃墜されたということだ。

 

 だが偵察機が撃ち落とされるなど、戦争なら日常茶飯事のはず。

 

 

「撃墜ポイントはシンガポール上空。何でも、衛星に映った奇妙な映像を確かめに行ったと聞いているが・・・面白い写真を送ってくれたよ」

 

 そう言いながら大迫は執務机の上に何かを出した。近寄って手に取ればSEATO経由で回されたおかげか『TOP SECRET』のハンコの上に『極秘』と押され直された封筒。開けても良いかと目配せで送り、当然だと返される。中に入っていたのは、写真だった。しかしそれは写真と呼ぶにはやけに細長い、縦横比2:5ぐらいだろうか。下側の淵にとても細い単一色のラインが入っている。

 

「・・・これは?」

 

「最後に送信された写真だ。見ての通り、途中で送信が途切れている」

 

 つまり、食らったのは一撃、それも致命的なやつだ。そう言う大迫。

 

「・・・一撃で送信機ごと?」

 

「宇宙を飛んでいる観測機じゃあないんだ。こんなふうに送信が途切れるなんて考えられないが、送信された分まではとても綺麗に撮れている。つまり機器は正常だった・・・だとすれば、一瞬で消し飛んだ(・・・・・)と考えるほかあるまい」

 

 確かにその通りである。今回の偵察機はどうやらシンガポール島に相当接近したらしく、撮影した画像を即座に送っていた――――隠密偵察ならともかく、敵中のど真ん中を遊覧飛行するのだ、撃墜される前に少しでも情報を届けることを優先したのだろう――――らしい。最近は、というか通信で送ろうとするなら、デジタル化・・・つまり0と1の一本線な情報に書き変える必要がある。写真をデジタル化するなら当然端っこからデジタル化するわけで、今飯田の眼の前にある写真は、これを送信しようとしていた母体がぷっつりとデータの送信を止めてしまうまでにデータ化され、送られたもの、ということだ。

 

 しかし近年の情報機器の発達には目を見張るものがある。十数年前には極秘プロジェクトとして小型化に励んでいたはずの電子演算装置。それの何十倍もスペックが高く、ずっと小さい演算装置が誰でも出せるお金で変えてしまう時代だ。いくら高画質とは言え写真のデジタル化に時間がかかるはずもなく、そのデジタル信号を暗号化することにかかる時間だって人が瞬きするより早いはずだ。

 

 だが、この発信元は送信を終える前に『消し飛んだ』。もしも敵対的危険生物が電波妨害の仕方を知っていたら、ロイヤル・エアフォース(RAF)は『未帰還』という結果でしか彼らの死を評価できなかったかもしれない。

 

 

「・・・」

 

 飯田は口を開こうとして、止めた。口を開いたところで何が言えただろう。仮説を立てるには材料があまりに少ない・・・いや、材料などないというのに。

 大迫はそれに構わず口を開く。

 

「で、問題はここからだ」

 

 大迫はもう一つ封筒を取り出し、飯田へ渡す。先程の封筒より僅かに厚い。今度は日本語で『極秘』のハンコがいくつか押されているだけだ。

 

「静止衛星で捉えた沖縄市の写真だ、念のため言っておくが、同じ位置で撮影されている」

 

 

 一枚目はのどかな沖縄の死骸地、二枚目は・・・その死骸地が『何か』に覆い隠されている様子だった。

 いや、もしかすると覆い隠されかけている。といった表現が正しいのかもしれない、実際その『何か』は触手を伸ばすかのように広がっており、これからも――――即ち、この瞬間も――――沖縄を侵してゆくのかもしれない。

 

 

「・・・確かに、同じ場所には見えませんね」

 

 表皮に驚きと焦りを浮かべた飯田、大迫はそれに追撃を仕掛けるように命じる。

 

「撮影時間を見てみろ」

 

 そう言われた飯田は同封されている写真の情報を記した紙に目をやる。撮影は日本が単独運用している偵察衛星によるもの――――当然だ、日満中共同運用の『千里眼』シリーズはSEATOのマレー半島防衛やパナマ防衛を支援すべく低緯度の方に回されている――――そこに記載されていた時間は・・・

 

「約18時間前・・・そして、二枚目が約16時間前だ」

 

「そして、偵察機の撃墜が17時間前・・・と、いうことですか」

 

「全く出来過ぎているだろう?」

 

 全く同意だった。つまり沖縄の『何か』はシンガポールで偵察機が撃墜された直後に地上を侵し始めた。シンガポールから送られてきた送信途中の写真にもビルの残骸にこびり付いた『何か』が撮されていることから、両者が高度な連携を取っていることは間違いない。

 そしてこの『何か』が敵対的危険生物の新型種・・・そう「陸上型の敵対的危険生物」であることも疑いようがなかった。つまり備えねばならない『九州上陸の日(X-Day)』へと繋がる要素がまた増えたという訳で、これと似たような存在が南九州にもやってくると予想できる。

 

 しかし、問題はそこにあらず。

 

「シンガポールは隠しもせず・・・沖縄のは隠していた」

 

「ああ、本当の問題はそこだ」

 

 シンガポールの『何か』が発見に至ったのはたまたま(・・・・)撮られた衛星写真によるものだった。それに対して沖縄は常に日本の衛星が監視を行っており、そして沖縄の『何か』はシンガポールの『何か』が発見されるまで隠れていた。

 

 分かるだろうか、敵対的危険生物は「人間の偵察衛星の配置を予測して」「見つからないよう隠していた」ということだ。

 

 実際、沖縄やジャワ島は敵対的危険生物の拠点になっている可能性が高いと監視を強めていたが、シンガポールに関してはマレー半島戦線の敵上陸地点ぐらいとしか考えていなかった。

 ・・・見事に裏をかかれた訳だ。

 

「・・・」

 

「・・・学習能力、かどうかは分からないが、もはや『対処行動』では済まされないな・・・」

 

 

 陸上型の敵対的危険生物がついに現れた。それだけでも何回か対策会議ができる発見であったが、大迫と飯田の間には議論などなく、重々しい空気しか漂っていなかった。飯田は以前より学習能力が敵対的危険生物にある事を指摘していたが、それは個々の戦術や新型種の出現においての話であり、こんな地球規模の戦略の話ではない。

 いや、思えば可能性はゴロゴロ転がっていた。琉球諸島事変に関しては『過去の』沖縄攻略(アイスバーグ)作戦を真似たものだと考えられたが、それ以降の奴らの動きは全くもって予想がつかなかった。

 

 まず、ジャカルタ襲撃に始まる東南アジアでの戦い。SEATOの議長国であるインドネシアの首都を付き崩し各国の生命線(シーレーン)が集中する海域を抑えたことは非常に理にかなっている。

 

 そして次に、パナマとマダガスカルへの同時攻撃。スマトラ島を放棄して以後はインド亜大陸沿岸にも敵対的危険生物の上陸に備えた部隊が配置されていたが、パナマなんて想定もしていない場所だ。対処は遅れ、合衆国は釘付けにされた――――まあ、初めから合衆国はあまり積極的に介入してこなかったので、そこまでアジアの戦線に影響はないが。

 

 そしてなにより・・・各国はそれぞれの沿岸に万遍なく守備隊を配置せざるを得なくなった。戦力を分散しなければならなくなったのだ。

 

 それが全て一つの頭脳によって指揮されているものだとすれば・・・次のステップは何だ?

 

 

 

 

 ・・・いや、それ以前に、次のステップが分かれば防げるものなのか?

 

 

 

 

 言葉にしたくない予感が脳裏を駆け巡り、それから逃げるように飯田は左手の薬指を触った。

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