そもそも飯田は、敵にある程度の階級があると判断していた。例えば沖縄の陸軍部隊を殲滅したやつら――――今我々が知っている唯一の敵対的危険生物――――あれ自身に知性があるとは到底思えない、知性がないやつらが太平洋側からわざわざ日本海側に移動して上陸するだろうか・・・しないだろう。
ではそれぞれに大した知性はなくとも群れとしてはちゃんと考えがある、つまり群れとしての意識があると考えるのはどうだろうか。空を飛ぶ鳥の群れがいい例だ、あれらは誰ともなく進路を定め、目的地へ向けて飛んでゆく。決して群れが空中分解するような事態は起こりえない。
・・・残念だが、それは成立しない。琉球諸島事変でやつらの群れはいくつも確認され、それらは間違いなく連携して行動していた。しかし群れ同士で意思疎通を図ることはできない・・・はずだ。
ならば、やつら――――ややこしくなるので沖縄の陸軍部隊を殲滅した連中を『駆逐級』と名付けよう――――『駆逐級』の群れたちを指揮する上位個体があると考えるのが妥当だろう。それは明確な意志を持ち、そして駆逐級の群れを沖縄本島の一箇所に上陸させた。
そう考えれば面倒事が簡単に片付く、大迫閣下が言っていた情報――――ソースを明かされていない以上怪しいものだが――――にある南九州上陸と大規模な航空基地建設。前者を『駆逐級』が行い、後者を『駆逐級』でない『何か』が行うのだろう。それが『駆逐級』の上位個体なのか、それとも『駆逐級』と同じ意思を持たない個体なのかは分からない。
もし上位個体ならばどんなものなのだろうか、陸上での活動時間は?陸上での活動形態は?どんな兵器がどこまで有効か?
分かっていない事が多過ぎる。
本当にどうやって南九州上陸と作戦開始の日取りを、それも11月1日という一日単位で予測しているのやら。確かに南九州上陸は戦争時の米国で計画されて・・・そこで飯田の思考は停止した。そもそも米軍の本土侵攻計画の模倣だと考え、今回の作戦を立案したのは飯田だ。しかしなぜ模倣なのだ?時代は流れ戦争の形態は変わった。それでもやつらは模倣にこだわろうとしている、その理由が見事に欠如している。理由がなければ模倣は存在しない。つまり・・・本土上陸は我々がうなされている悪夢に過ぎない?沖縄の百万人は「たまたま」殺されただけ?そんな馬鹿な話があってたまるものか。
悪い予想はいくらでもできるものだ。敵が発砲して、しかも発射から一定時間が経過すると爆発する時限信管を持っているのは間違いない。そこから予想されるのは、例えば『VT信管』。だが知っての通りVT信管自体は大した戦果を挙げていないという説もある。むしろ怖いのは米軍の組織だった防空戦。ここまで妄想が膨らんだところで、あの知性の感じられない『駆逐級』にそれが再現できるか、と考える。できない。そもそも敵は米国なのか?答えはノーだ。あんな化物を作り出し、それを明確な目的に基づいて運用する。そんなこと、人類われわれにも出来ない。一体どのような存在が何のためにこのようなことをしているのだろうか。
「――――これじゃあ何も分かっていないのと同じだ」
至極当然の結論を出した飯田は頭を抑えながら書類を視界の外へ追いやった。予想と事実を混合することはあってはならない。だが、予想される脅威には備えねばならない。しかしその予想のほとんどが発信源不明の情報と妄想で形作られているのだからお笑いものだ。
「少佐、着きましたよー、少佐?」
前の座席から小河原が顔を出す。航空母艦日向を去ってから早くも13時間、赤軍将校のシュナイダー少佐を空港で見送り、そのまま南千歳空軍基地へ小型機で移動、空軍機に相乗りさせてもらい、厚木まで戻ってきた。出迎えてくれた大迫海軍幕僚長にデータを渡し、軍令部に戻り協議したあと、飯田はここにいる。
「ああすまん、ちょっと考え事を」
「昨日から一睡もしてないじゃないですか」
自分の仕事は書類の管理と補佐であって、あなたの体調管理は職務外です、と言いながら車から降りる小河原。丁度書類を鞄に仕舞い終わった飯田も小河原に続いて後部座席の扉を開け外へ出る。都会特有の排気ガスの匂いが飯田の鼻をつき、択捉とは違う春の息吹が高層ビル群の間を駆け抜けてゆく。ここが帝都である証拠だ。
目の前のビルを見上げている小河原の横に立ち、一応言っておく。
「相乗りしている間はちゃんと寝ていたよ」
一瞬小河原はこちらに目を向けたが、またビルへ視線を戻す。
「ともかく・・・目的地到着です。飯田インダストリー本社ビル。説明は、不要ですね」
ちょっと皮肉を込めているつもりなのだろうか、小河原はそう言い車に戻ろうとした。彼の言うとおり、飯田はここへ来たことはなかったが、ここのことはよく知っている。小河原が車に乗り込んだのも飯田が着いてこなくていいと言ったからだ。
では、自分はここ周辺にいますので、何かあったら連絡ください、と一昔前のCMを真似た受話器の形を手で作る小河原。飯田の返事を確認すると同時に車は走り出した。そして、それを待っていたかのように後ろから声がかけられる。
「お待ちしておりました、飯田少佐殿。会長がお待ちです」
案内されるままゲートを通り、大企業に似つかわしい近代的なホールを通る。僅か十年前に新築された本社ビルのホールに飾りなどはなく、あくまでコンクリートとガラスだけで出来たオフィスへの通り道のはずなのだが、デザイナーの腕の見せどころというやつか、なるほどデザイン性があると思う。素人なのでよく分からないが。
飯田がそう思いながら周りを見回している様子は公職についている人間としてはあまりよろしくないかもしれないが、時間が時間なのでホールには誰もいない。そういえば受付を通り過ぎるときにジロジロ見られたが、まあ陸軍の装備品を作っている会社に海軍士官が、しかも一人で乗り込んでいるのだから当然の反応だろう。
そのままエレベーターホールへ通され。軍施設のものとは比べ物にならない――――そもそも冷戦期の遺産と比べるのがおかしいのかもしれないが――――静かな駆動音が腹のそこへ響く。流石は日本一の八菱財閥が作るエレベーター。たちまち目的の階へと到着した。
会長室までは無駄に長い(といっても十数メートルだが)廊下が続く。以前飯田は無駄に廊下が長いと愚痴をこぼされたことがあったので廊下が長いのは知っていたが、長いのにもちゃんと理由があったようだ。壁に飯田インダストリーの社史が飾られている。
それらに軽く目を通しつつ、飯田は『会長室』と書かれた重そうな木製扉の前で足を止めた。ここまで案内してくれた職員が礼をして去ってゆく。
・・・この先に誰がいるのか、知っていても緊張するものとは。しかし考えてみれば飯田は今日ここへ統合幕僚部の、軍の代表としてきたのだ。緊張するのは当然のこと。そう思いながら扉をノック、返事を聞いてから扉を開ける。
「海軍少佐の飯田孝介です」
そう言いながら飯田は会長室に足を踏み入れる。そして部屋の奥に置かれた机の奥に人影を認める。
飯田インダストリー会長、飯田啓介――――元陸軍少将で兵器開発によく口出しをするという噂が絶えない――――は立派で整理された、ばっさり言うなら使われている気配がない会長室の机に座っていた。孝介の遥か昔の記憶の中にいる啓介とは比べ物にならないほど衰えてしまったが、綺麗にヒゲを剃った彼の眼は記憶の中と同じように深く、力強かった。
「久々だな、孝介」
「久しぶりというほどでもないでしょう。正月も会いましたし」
・・・見ての通り、飯田孝介と飯田啓介は生物学的にも法律上でも親子である。飯田インダストリー創設者の孫、陸軍軍人の息子として育った孝介、今は言われないが、海軍になると初めて決めた時は相当な騒動になったものだ。
啓介会長は孝介を見つめながら話す。応接セットを使わないあたり、飯田が持ち込もうとしている話をすぐ聞くつもりはないらしい。
「この前の『事変』でほかの会社の株が落ちてきているのを知っているか?これまで続いていた船舶の沈没事故が世界のどの国にも属さない連中の仕業と分かったんだ。どうしても海運系から手を引きたくなる気持ちは分かる」
このまま長々と話すのかと思えば、啓介会長はだが!と机を叩いた。机の上に乗っている何かの小瓶があわや倒れそうになるが、啓介会長は気にしない。
「だが、この国の何%が海運に頼っていると思っているのだ。我が社の株価は何を血迷ったのか上昇しているが、国内にしか工場を持たないといっても材料は海外からの輸入品が少なくないというのに・・・」
「・・・」
怒りと憂いを吐き出す啓介会長に孝介にが何かをいうことはできない。景気なんて気分である。気に病んでも仕方がない、そう言えばそれまでだが、その気分のせいで職を失い、人生を狂わされる人間もいるのだ。
「で、勝てるのか、海軍は」
「絶望的でしょう。しかし、勝機はある。そう自分は考えています」
「海軍大臣は未知数と言っていたが?」
「その未知数を予測し、勝利へ導くのが自分の仕事です」
それだけ言うと啓介会長はゆっくり立ち上がった。孝介も無言で応接セットのところへ行く。
「では聞こう、統合幕僚部が何を我が社に求めているのか」
「昨日回した資料見ていただけましたか」
何も用意せず、二人が席についた途端に孝介は切り出した。啓介会長も気にすることなく返答する。
「昨日といっても日付変更線ギリギリだったがな。技術者会議を緊急招集させた。今日にも開発が可能かを検討する。だが孝介、お前も既に火薬を使用する火器の発達が限界に来ていることは知っているだろう。威力自体は実現可能だろうが、この資料に書かれている速射性と量産性は実現不可能だ」
「どこの企業もそういうだろうから貴社を選んだのです、それにミサイル防衛の新システムを空軍庁が募集したとき、貴社は誘導弾ではなく砲熕兵器による迎撃を提案した」
孝介が持ち出した昔話に啓介会長もやや身を乗り出す。
「あの頃は私も一人の陸軍軍人だったが驚くと同時に納得した。ミサイルは一発辺りのコストが高すぎる。本当に第3次世界大戦が起こったならばミサイルの数は到底足りなかっただろう。選択肢として十分に可能性があった」
まあ命中率は、アレだったが。と啓介会長は忘れず付け加える。
「砲熕兵器、とりわけ長距離の兵器に関しては貴社の技術が我が国の中で最も高い――――ここがダメなら頼める企業は存在しません」
「・・・どうも、
そう満足げに呟いてから啓介会長は立ち上がり、本棚から何かを取り出す。それは随分と分厚いファイルだった。
「それは?」
「電力をバカ食いする上に移動性ゼロ、ついでに機構上最大仰角は20度。対空戦にも使えないし大きな放物線を描いて遠くの目標に当てることもできない。時代遅れの沿岸防衛兵器だよ」
一度は没にされた案だが。と付け加える啓介会長。飯田はそのファイルを受け取り、パラパラと捲りながら目を通す。
電磁加速砲というものを知っているだろうか、高出力兵器の一つで、米国も日本も、とにかく物量で劣る西側諸国が望みを託して研究を続けた兵器の一つでもある。2本の電気伝導体からなるレール、この間に同じく電気伝導体の砲弾を挟み、磁場の相互作用を利用して高速で射出する。というのが概要だが、なかなか技術的問題を多く抱えている。
実験場で再現することは前々から出来ていたが、結局試験配備は2018年の米海軍。ようやく使えるようになってきた代物だ。しかしその分期待は大きい。
「開発番号0050407891-EL023、水平発射型の電磁投射砲。砲弾重量は75kg。想定された有効射程はだいたい200キロほど。80年代後半に浮上した満州要塞線拡張計画に参入するために開発されたが、速射性が目標値に届かずプロジェクトは難航、結局2007年までは研究が続けられていたが、不採算部門削減とかなんとか言われ中止された。私が2014年に再開させたがね」
「完成の目処は」
啓介会長が言葉を切った瞬間に孝介は口を挟む。啓介会長はまあ落ち着けと手で制し、続ける。
「試作配備段階までは漕ぎ着けた。来年度予算に組み込まれているよ」
来年度、今は三月だからすぐに試験が始まるということだ。孝介は頭の中にカレンダーを開く、間に合うのかどうかも分からない兵器に多くの予算を投じるほどの価値はあるのか・・・。いや、それは情報が揃ってから考えることだ。彼は口を開いた。
「・・・射程は100位までなら落ちても構いません。これを量産し、沿岸部に大量配備できるようなモノを作って頂けませんか」
「沿岸に大量配備?まさか、孝介」
啓介会長の何か言いたげな顔を無視し話を続ける。
「消費電力は問いません、原発10、いや20台分使っても構いません。とにかく量産性を考慮して来年度後半には配備できるものを作っていただきたいのです、無理難題ですが、見積もりだけでも出して頂けないでしょうか?」
そんなこと言われても無理だ、という返答しかもらえないのは初めから分かっていたことだ。だから孝介としてはただただ頭を下げるしかない。
弾頭重量75kg、これが音速を超える速さで着弾すればどうなるだろうか。想像することは難しい。存在こそ聞いていたが、予想より遥かに規格外の兵器なのだ。逆に言えばそれが量産を難しくする。
当然そんなものを量産しろと言われて直ぐにはいと言える企業は存在しない、だからこそ統合幕僚部がもともと出したのは火砲の開発要求だった。
しかし啓介会長はその案は現実的でないとした上で電磁投射砲の開発計画を出してきた。こちらが量産性を求めていることは分かっているはずなのに。
「・・・難しいだろう」
啓介会長は声のトーンを低くその一言に続く言葉を紡ぐ。だが啓介会長は、しかしそれはやはり必要なことなのだろう?と続けた。
「予算を持ってくる方が百倍骨が折れるに違いない。できるか?孝介」
その言葉に続く言葉は、もちろん決まっている。
「随分早かったんですねぇ。やっぱりアレですか、コネってやつですか?」
連絡してから五分ほど待つと戻ってきた小河原が小馬鹿にした様子で言う。ドアを開けて乗り込むと車は滑るように走り出し、首都高速道路に乗った。やはりラッシュの時間帯でないこともあり、どの車も悠々と走っている。両側に突き出したビル群はいつも通りだが。小河原が飯田に向けてさも面白そうに話しだした。
「聞きました?早くも島嶼部には避難命令が下りたようですよ」
「ほう、いつだ」
「昨日の事だから・・・三月九日、琉球諸島事変からだいたい一週間ですね」
予想されていたことだ。日本が持つ島は数え切れないほどある。もちろん無人島も多いが人が住んでいる島も大量にある。もちろん人がいるならば全ての島に行政のネットワークは張り巡らされている。だが、通信手段と電源、それとコンピュータなどのデバイスがあれば簡単に構築できる行政ネットワークと違い、防衛線はそう簡単に張れるものではない。それ以前に駆逐艦雷のたどった運命を考えるとやつらに真正面から勝負を挑むのは無謀である。海軍艦艇が全て雷のようにあっさりやられるわけにはいかないのだ。
だからこそ、地上で勝てる戦いをする。本土四島の他の島は瀬戸内海でもない限り放棄する必要があるのは当然のこと。今は千人規模、もしくはそれ以下の島々に避難命令が下っているそうだが、本土の受け入れ態勢が整い次第、大規模な避難活動が始まるだろう。現在確認されている『駆逐級』の陸上での活動時間は30分ほどなのだから、沿岸部も放棄すれば被害は出ることがない・・・国民はそう考えているだろう。今はそれでいい。
「・・・だが、少し避難計画が始まるのが遅いな」
そうなのである。政府が我々より先に敵対的危険生物の情報を入手していたのは間違いない。だとしたらもう少し迅速に動けたはずではないだろうか。
「そうですかね?十分速いのでは?」
そう言う飯田に小河原は首をかしげる。
「なんだか納得いかないんだよ、輸送船が次々沈められている段階で、特に本土から遠く離れた島の住民を避難させる計画は進んでいたはずだ」
「いや、十分早いと思いますけど・・・」
なにか気になることでも?そう小河原は聞くが、数千単位の住民避難は被害が出ない限り問題にならないため、飯田もそれ以上考えるつもりはなかった。
飯田たちはそれ以降話す話題もなく。そのまま軍令部のある官庁街へと進む。
西暦2022年、この年を境に――――それ以前からかもしれないが――――母なる海は人類に牙を向いた。初めは何の目的があるとも知れず、それらはただ海をゆく船を沈めた。しかしある時から、やつらは陸地にその悪意を伸ばし始めていた。それに気づいた者は少なく、気づいた者も自らの権益のために口を塞いだ。何の利益も産まない争いよりは、何か利益を産む争いの方が楽しかったからだ。
そしてなお、やつらが陸地に足がかりを作り始めた今でさえ、誰もやつらの本質を、見抜けていない――――。
どうも、帝都造営です。
艦娘が出てこないのに艦これを名乗るな!と思っている方ごめんなさい。自分はこんな変な小説を書いてばっかりです・・・嗚呼、飛龍とイチャイチャするSSが書きたい・・・。カッコイイ戦闘シーンが書きたい・・・。と思う自分でありますが、キーボードを叩く手はそういったものを生み出してはくれないのです。
・・・閑話休題、読者の皆さんもお察しの通り各話のタイトルは「Xデー」、すなわちオリンピック作戦が開始される予定であった11月1日までの残り日数を示しています。ちなみにコロネット作戦開始日は「Yデー」と呼ばれていたそうですよ。
とりあえずここまでが作品への導入となります(正直長すぎた感がありますが・・・)。Xdayまでの時間はあるようでないといったところでしょうか。
描くところを描いたらある程度時間は飛ばすので、この調子でダラダラ続くことはありません・・・というか飛ばさせてください、この調子で書き続けるのは作者的に無理です。
それではまた。
ご意見ご感想、お待ちしております。