模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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勝利への旅路⑤

 ――――西暦2022年7月。チェーク諸島沖――――

 

 

 空母搭載型の蒸気式カタパルト。それは数トンの重さの物体を僅か数秒で時速数百キロに加速してしまうほどの力を持つ。

 

「・・・対潜哨戒機、発艦しました」

 

「ん」

 

 早朝となれば艦橋内は暗い。しかしすし詰め(コンパクトな)艦橋が欠点(特徴的)な榛名型航空母艦とは違いゆったりした空間。やはり空母の艦橋は広いに限る。

 

「航海参謀、作戦開始時刻には間に合いそうか?」

 

 そう問えば、やや弾んで返ってくる返事。事がうまく運んでいる証拠だった。

 

「ええ、この調子で何もなければ、どうにか作戦圏に収められます」

 

 それは良かった。

 

「それにしても・・・まさかこのタイミングで作戦命令が来るとは思いませんでした」

 

 副官が感慨深げに言う。実際、この四機艦――――自衛海軍第四機動艦隊――――に下ろされていた最近の命令はずっと待機の二文字であり、進駐先のチェーク諸島で暇を潰していたのだ。いよいよかと意気込むのも当然のこと。

 

「しかし、シンガポールと沖縄に巨大敵対的危険生物とは・・・」

 

 一体全体どういう事なんですかね。一転してそんな感想を漏らす副官を彼は笑う。

 

「まあいいじゃないか、これで貴様にも特別手当が出るぞ?」

 

 

 日本国自衛海軍の敵対的危険生物に対する対処は控えめに言っても酷いものだ。この国は世界第三位の海軍力を保有する――――一、二位はソビエト・ヨーロッパとアメリカ合衆国が競い、日本国が倍近く離される形で後を負う――――というのに選んだ選択肢は「引きこもり」。確かに米国も東南アジアに全く艦隊を派遣していない、しかし日本は、いや日本こそアジアの盟主だろう。それが動かなくてどうするというのだ。80年ほど前に本国を失い逃げ、没落したはずの英国印度の方がよほどアジアに貢献している。

 

 下手をすれば、これまでどうにか英米と対等に渡り合ってきたSEATO内の政治バランスが崩れかねない。

 

 

 加えて、そういう政治やら国際貢献云々挟まずとも、使うべき力を使えずにいるのは気分が悪い。

 

 

 我々(ちから)を使うか否かは政治家の仕事だが、使うと決まれば軍人(せんもんか)の出番だ。

 

「さぁ、日本国第四航空戦隊、空母『伊勢』の力を見せてやろう」

 

 

 

 沖縄、そしてシンガポールに巣食う陸上型敵対的危険生物。それへの攻撃作戦が今、始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【模倣の決号作戦番外編】

 

――――勝利への旅路――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブンブンブンと飛ぶは軽飛行機。プロペラを回転させながらマダガスカル島の沿岸を飛んでゆく。

 

 今の時代、軽飛行機が時代遅れだという意見は認めよう。しかし軽飛行機は低速、低高度での飛行を得意とする・・・だから今回のような目的のフライトなら、軽飛行機が適任だった。

 

「・・・」

 

 日本国自衛海軍の士官である小河原中尉。マダガスカル島に上陸した敵対的危険生物に対して投下された核兵器の効力を確認するのが彼の主な任務であったが、謎の多い敵対的危険生物に関しての情報はなるべく集めておきたいところだ。眼を皿にしてきっと落ちているであろう情報を探す。

 

 機の窓より無言でマダガスカルの海岸線を眺めるそんな彼に、話しかけるが男一人。彼は仮想敵国の軍服に身を包み、ゆったりとした姿勢で座席に腰掛けていた。

 

「何か発見はありましたか、オガワラさん?」

 

 流暢な日本語も連日聴いていれば慣れるものだ。小河原は視線を外にやったまま答える。

 

「報告義務でもあるんです?」

 

「ないですよ・・・ですがオガワラさん、既に時代は東西宥和でしょう?」

 

 理不尽な戦争を仕掛け続けたソビエト軍人のセリフじゃないねぇ。そう直接言えればいいのだが、無闇に争うのも考えものだ。小河原は不可能な事を口に出すことで強い否定の意を示す。

 

「真の東西宥和は軍組織が解体された時ですよ」

 

「世界統一ですか? どれほどの血が流れるかは興味がありますが」

 

 シュナイダー少佐は流すような返事を放つ。一応の応酬が終われば再び軽飛行機の奏でる音が機内を支配し、小河原は逸していた注意を海岸線へと再び向けた。

 

 今回マダガスカル島にて繰り広げられた戦闘はいつか来る敵対的危険生物の日本襲来に通ずるものが多い――――一つに、広範囲での上陸作戦であったこと。次に、戦闘地域が事前に要塞化されており、それを利用しての作戦が計画され、そして繰り広げられたこと。

 

「・・・シュナイダー少佐、ここら辺に守備隊は配置されてなかったのですか?」

 

「こちらの質問には答えずに、質問はするのですか?」

 

 全く都合のいい、と言わんばかりの口調。構うものか。シュナイダーだって命令でここへ来ているのだ。最低限の回答はしてくれるだろう。

 

「・・・まあいいでしょう、近くに集落がありましてね。地雷配置が出来なかったんですよ」

 

 ほら、あのずっと奥の方に。と指で示すシュナイダー。見れば確かに緑色の森が薄くなっている箇所がある。あそこに集落が存在するのだろう。

 

「攻撃は受けてない訳で?」

 

 ここまでの海岸線には『駆逐級』の死骸が其処ら中に転がり、その先の自然も大きく荒らされていた。

 

 ――――敵対的危険生物が津波のように押し寄せ、防波堤(南ア軍)が受け止めたのだ。砂浜は石と形容するには大きすぎる黒い塊の転がる場所へ、森は硝煙立ち上る荒野へと姿を変えるのは、至極当然のことであった。

 

 だからこそ、こういった(無傷な)場所は余計に目立つ。

 

「他にも何箇所かありますよ」

 

「回してもらえますか?」

 

 間髪いれずに要請すれば、シュナイダーは一旦顎に手を当てて考える素振り。

 

 

「・・・ええ、問題ないでしょう」

 

 

 僅かな指示の後、軽飛行機は進路をわずかに変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都市の発展は当然ながら周辺の要素に左右される。どんなに地下資源が豊富でもそれを活かせる人的資源と技術力がなければそこに工業都市はできないし、仮に技術力があってもそこの市場が大きくなければ他国へ資源を叩き売ってしまったほうがいい場合もある。

 何が言いたいかというと、南アフリカ人民共和国が領有しているマダガスカル。大陸よりの西海岸が発展するのは必然ということだ。

 

「・・・中尉、これを」

 

 マダガスカル島の港湾都市、トゥリアラ。かつてより一応の農産物集積地ではあったが、マダガスカルに赤旗が翻って以来急速に発展した街の一つだ。

 もっとも、ここ20年ほどは南アフリカ政府の注意が東海岸の防衛――――当然ながら、対敵対的危険生物としてではなく西側(SEATO)の侵攻に備えてのことだ――――に向き、マダガスカル地区の行政拠点も中部のアンタナナリボに移されてしまったために衰退気味の街ではあるのだが・・・それでも大きい。

 

 そんな街の中心部、堂々とそびえ立つ共産党支部庁舎に小河原たちはいた。敵対的危険生物の襲撃を受けた東海岸の視察も漸くひと段落付き、ここトゥリアラにて一旦の小休憩というわけだ。

 当然、潜水艦『瑞鶴』と連絡を取るという目的もある。ただの連絡なら衛星電話でも使えばいいのだろうが、いかんせん機密が多い話だ。

 

 そんな中、小河原に差し出されたのは新聞紙。大量生産を最優先した質の悪い紙に、日本語でも英語でもない文字が踊っている。

 

「・・・」

 

 ・・・すまねえ、ズールー語はさっぱりなんだ。

 と言いたかった小河原だが、相手が知り合って一週間ほどしかない通訳役の下士官なら変な態度も取れず、小河原は彼に差し出された新聞を見つめた。見たこともない形がごちゃごちゃと並ぶ新聞紙だが、そこに貼り付けられている地図と写真は誰が見ても分かる。

 

 地図が示すはシンガポールと沖縄。写真は――――敵対的危険生物の新種と見ていいだろう。

 

「・・・これが連中の新しいおもちゃ、ってか?」

 

「そうなりますね・・・南アフリカ政府の検閲を受けてることを考えると・・・数日前の情報でしょうが」

 

 それを見た小河原は胸の奥から妙なものがせり上がってくるような感覚に襲われていた。自身の上司である飯田孝介は恐らく自分より多くのことを知っている。それは当然のこと。

 

 そして彼は敵対的危険生物の半永久的上陸――――敵対的危険生物の上陸戦における主力を務める『駆逐級』は地上で活動すること自体は可能であるが、長時間の活動は叶わないというのに――――があると断言していた。情報元は知らん。

 

 

 まあともかく――――ついに現れたのだ。陸棲型の敵対的危険生物が。

 

 

「ジャカルタにはいないのか・・・?」

 

 小河原の疑問は当然だ。インドネシアの首都でありSEATO本部が置かれていたジャワ島。そこに対する敵対的危険生物の侵攻は『ジャワ島の悲劇』と呼ばれるほど悲惨な結果をもたらした。どこかの組織の試算では、犠牲者は5000万を下らないという。どうやって調べたのかは知らないが。

 

 沖縄やシンガポール以上の悲劇が起き、戦略的価値も高そうなこの土地。陸上型の敵対的危険生物が住み着いてもおかしくない。

 

 下士官は念のためというように記事を見直し――――しつこいかもしれないが、小河原にズールー語はさっぱりなのだ――――それから言う。

 

「ジャカルタに関しては調査中のようですね・・・それより、中尉。こちらを見てください」

 

「どれだ」

 

 小河原は指さされた文章を見る。勿論読めない。

 

「ここに、『日本第四艦隊動員』とあります。何でも、SEATO軍と合同で沖縄とシンガポール(こいつら)に一大作戦を行うとか」

 

 日本第四艦隊――――恐らく第四機動艦隊(四機艦)のことを指すのだろう。

 

「チェークの『伊勢』を回すのか・・・瀬戸内クルーズが急に強気になったな」

 

 小河原の毒のこもったセリフを無視して新聞の内容を日本語で読み上げてゆく下士官。沖縄へは中華民国・日本・フィリピン。シンガポールへは英国印度・タイ、そして残存インドネシア空軍がそれぞれ攻撃を行うそうだが、日本は追加の航空戦力として四機艦をシンガポールへと回すらしい。

 

 名実ともに、これが初めてのSEATOによる大規模反攻作戦となるのかもしれない。

 

「新聞の言うとおりだといいな」

 

 ・・・念のため言っておくが、これは各国政府やSEATOが発表したものを、南アフリカ政府が検閲の上で流れてくる情報だ。正しいかは分からない。東側へのカマである可能性も一応ある――――こんな情報では何も東に有利な点がないので、恐らく本当のことだとは思うが。

 

 

「・・・成功するといいですね」

 

 

 四機艦は特異な存在である。SEATOに半ば供出されているかのように見えるが、指揮系統は日本海軍に属し、今日もチェーク諸島――――トラック環礁といったほうが分かりやすいか――――に駐留している。米軍ほどではないが世界に展開している日本軍。そのオセアニア・インド方面担当の部隊だ。

 

「ただでさえ危険に晒される海上部隊を投入するとはなぁ・・・情報通りなら上は相当やる気の御様子だ」

 

「あぁ、オガワラさんもその記事を読みましたか」

 

 と、唐突に現れるシュナイダー少佐。別にここは寝室というわけでもないので文句は言わないが、話に割り込まれればいい気はしないものだ。

 

「ええ・・・一応は」

 

「SEATOの方も大変ですねぇ・・・あれだけ先進国が集中している場所じゃ、ホイホイ核弾頭も使えないでしょうし」

 

 やれやれといった様子のシュナイダー少佐。

 

 ヨーロッパから逃げてきた資本たちにより、当然のように発展した東南アジアの諸国。飯田少佐は国会の方で「同盟国と時勢によっては使用に踏み切らざるを得なくなる」なんてボヤカした言い方をしたが・・・正直同盟国も時勢も、現在戦場となっている地域での核兵器使用は許可してくれないだろう。

 

「使わなくても良いですよ・・・核兵器の後処理はとても面倒だ、少なくとも人民の国であるはずの共産国家が人民のための除染作業を放棄するぐらいには」

 

 あちこち視察してよく分かったことだ。既に汚染物質はこちら側――――西海岸にも降り注いでいる。現在は見えない放射能に気づく術もない人々が住んでいるが・・・きっとすぐにこの島が死の島になってしまったことに気がつくであろう――――もちろん、その時にはもう、手遅れなのだが。

 

「ですが、これほど素早く『奴ら』を駆逐する手段はない」

 

「・・・」

 

 認めたくはないが、彼の言うとおりだ。ここ数日の調査で、核兵器の殺傷能力が敵対的危険生物へと遺憾なく発揮されていることは認めざるを得ない。衝撃波に吹き飛ばされて行動不能になっている『駆逐級』も確認できたし、熱線が焼き払った荒野では敵対的危険生物など影も形もなく消え去ってしまっていた。

 所々で見たことない数値を弾き出しているガイガーカウンターを見なければ、その戦果は立派なものだろう。

 ・・・そろそろレポートに纏めないとな・・・。海軍だって総理大臣下に編成される省庁の一つ。報告書は大切だ。

 

 

 

 と、その時。

 

 

 

 

「・・・?」

 

「なんです、今の?」

 

 初めは何かがはじけるような音だった。そう、ラムネの瓶を開栓した時のような音だ。

 

 しかしそれはたちまち電動ミシンのような畳み掛ける連続音に変わり、紛争地帯の奏でる交響曲へと変わる――――発砲音だ、それも複数。

 

 

 

 

 ――――敵対的危険生物の襲撃?

 

 それにしては妙だ。聞こえるのは軽火器の音ばかり、敵対的危険生物ならもっと大きな砲撃音が聞こえるはずだ・・・顔を見合わせる小河原と通訳と対比して、シュナイダーは今までにないほど顔をしかめ、それが二人に見えぬよう背を向けた。

 

 

「・・・うーん、思ったよりも早かったですねぇ・・・わざわざ南部の都市を選んだっていうのに・・・」

 

「どういう意味です?」

 

 まさかここで事情を聞かない阿呆もいない。小河原は鋭い視線をシュナイダーへと向ける。

 しかし彼は、腰にぶら下げたホルスターより拳銃を取り出すことで回答する。慣れた手つきでスライドを引き、聞きなれた音――――つまり、拳銃の薬室に初弾が装填された音――――が室内に響く。

 

「説明は後です、場所を変えましょう・・・自衛用の拳銃ぐらいは、持っていますよね?」

 

「防護服の下に隠していては使う機会もありませんでしたがね」

 

 カメラなどの持ち込みは許可されなかった――――こちらは公式な調査で来ているというのに、ひどい話だ――――が、拳銃などの持ち込み許可はもちろん降りている。

 

「では、ここから先の発砲はご自由にどうぞ、無闇な発砲はまあ、控えていただきたいですが」

 

「どうゆうことですか少佐、何が起こってるのか説明ぐらいしてくれてもいいでしょう?」

 

 小河原は自身の拳銃に弾倉を込めつつも――――この部屋は四方を壁に囲まれているが、唐突に騒がしくなった外の様子は容易に想像できるからだ――――シュナイダーへと食い下がる。正直、全く状況が読めない。どうしてこうなった。この街は先程までは何事もなく静かではなかったか!

 

 シュナイダーは何も言わずに部屋を出た。ここにとどまる理由もなく、小河原も後に続く。廊下は既に人でごった返しており、制服を羽織ながら走る士官、制服を羽織ることも忘れ筋肉を見せつけてくる重機関銃持ち、完全に逃げ腰の共産党員まで(そう言えば人民は皆共産党員だったっけか)いた。やはり外で起きている事態はただ事ではないらしい。

 

「・・・裏口から行きましょう、恐らく、そちらも既に戦闘状態でしょうが」

 

 シュナイダーは自身に言い聞かせるようにそう言いながら廊下を進んでゆく。銃声はさらに激しくなって来ており、庁舎内の非常ベルが遅れたようになりだした。

 

 

「おい、ここの連中はなんて言ってる」

 

 小河原は通訳の下士官へと問う。彼は僅かに顔を強ばらせつつ返事。知らない言語が入り乱れてしまっているこの状況で聞こえるのだから、通訳というのはなかなかすごいと思う。

 

「敵襲ですね、以前から鎮圧しきれてなかったとかいう言葉も聞こえましたし、反政府グループの襲撃かと」

 

「反政府グループ?いったいどうy・・・」

 

 続く言葉は爆音に遮られた。庁舎が揺れ、掃除を熱心に行わなかったせいで溜まったのだろう埃が天井から舞い降りてくる。

 

「・・・」

 

 何はともあれ、ここを出ないわけにはいかないだろう。反政府グループに出張先で殺されるなんて、洒落にもならない。

 小河原はシュナイダーの誘導に従い、裏口へと向かう。

 

 

 ・・・それにしても、だ。一体何が起きている? ショックから立ち直りつつある小河原の頭が状況を理解しようと働き始める。

 この庁舎へとやってきたのはついさっきのこと、郊外の飛行場から向こうの用意した車両で街の中心部へと移動。その時にはもちろん、今のような射撃音は聞こえていなかった。

 そしてシュナイダー少佐の『わざわざ南部の都市を選んだ』という発言。ここから推測するに、既に多くの都市で似たような襲撃が発生しているということだろう。ここまで全く気付かなかった。流石は情報統制の国、といったところか。

 しかし、反政府グループにしてはやけに激しい攻撃ではないだろうか。しかもさっきの揺れ、あれは間違いなくこの共産党庁舎を直接狙ったものだ。東側ならRPGなど簡単に手に入るだろうが・・・。

 

 しかし、反政府グループなら西側の人間である我々に害が及ぶことはないだろう。シュナイダー少佐には悪いが、最悪独自路線を取らせてもらおう。そう結論付け、小河原は自身を誘導してくれている赤軍軍人の背を追った。

 

「こちらです」

 

 流石に焦っているのだろう、シュナイダーの声が聞こえ、目の前の扉が開かれた。差し込む光に目を細める間もなく、銃声が激しく聞こえる。階段を降っていたこともあり地下通路かと思ったのだが、どうやら普通に外と繋がっている扉だったようだ。

 

「・・・外?」

 

「ここは共産党の施設ですよ? 地下通路なんてとうの昔に封鎖されてますよ」

 

 こちらの考えを読むようなシュナイダーの発言。妙に引っかかるものを感じた小河原はゆっくり口を開いた。

 

「・・・妙な言い方ですね、地下通路は緊急時の脱出経路のはず、共産圏の国々は反乱に備えて脱出経路だけは完備しているという噂を聞きますが・・・」

 

 そう言えば心底うんざりした顔をするシュナイダー少佐。拳銃をいつでも撃てるように構えつつ、こちらを一瞥する。

 

「まあ、じきに分かりますよ」

 

 そう言いながら、彼は建物から飛び出し、ひとまず手頃な物陰へと飛び込む。小河原と通訳の下士官もそのあとに続いた。庁舎が攻撃目標となっているのは間違いなく、まずはそこを脱出することが最優先だ。

 

 そして庁舎すぐ傍の物陰に息を潜めた小河原達、その間にも銃声はどんどん激しくなってゆく。庁舎に詰めていた軍人たちや応援が本格的に反撃を始めたのだろう。空を飛び交うヘリの音や、重機関銃特有の連射音も聞こえてきた。地が震えているように感じられることから、戦車や装甲車の類も展開しているのかもしれない。

 

「まるで内戦だ・・・」

 

「実際、内戦ですよ」

 

 懐より地図、そしてペンを取り出しつつ、シュナイダー少佐が口を開く。小河原たちは黙って次の言葉を待った。

 

「原爆使用による奴らの撃退・・・当初こそ住民は勝利に湧きましたが、魚の大量死など、疑問を抱いていた人間は少なからずいたはずです」

 

 シュナイダーは地図にペンで何やら書き込んでゆく。恐らく最適な避難経路を考えているに違いなく、その片手間に状況を説明してくれているのだろう。

 話は続く。

 

「もちろんそれだけならこんな事態にはなりません。しかし、核兵器(ツァーリ・ボンバ)投下以来、マダガスカル周辺は包囲されているんですよ・・・」

 

「え?」

 

 そんな話は聞いていない。

 

「まぁ、アフリカ大陸を出た輸送船は予定通り仕事をこなし、ただし当初とは違う港に帰還したこと(・・・・)になっていますからね」

 

「・・・」

 

 しかし・・・よくもまあ隠し通していたものだ・・・もちろんSEATO諸国にアフリカ南部の大したことない国家を監視している余裕はもうない。そもそも洋上の船は補足しづらいし、これまで気づかなかったのも仕方がないといえば仕方がない。

 

「マダガスカルには産業らしい産業がありません・・・駐留部隊が大きすぎて、食料も大陸から運んできています」

 

 とはいえまだ三週間。備蓄が尽きるには早すぎる。そう思った小河原だったが、シュナイダーの次の言葉を待ったほうが賢明だと判断し、彼が次に放つであろう言葉へと意識を集中させる。

 

「もともと、マダガスカルでは独立の機運が高まっていました。今回の襲撃で兵力が東側に移ったのをいいことに、反政府組織が蜂起。加えて食料を中部の軍が独占しようとしているというガセネタに流された北部の駐留兵の一部、そして元より反政府組織に通じていたのであろう部隊も反旗を翻しました。一週間ほど前から、ここマダガスカルは内戦状態です」

 

「・・・」

 

 知らなかった、と素直なコメントをする気にもなれず、代わりに小河原は物陰から外を見遣る。煙が遠くから上がっており、射撃音も止む様子がない。

 

「主戦場は西海岸でしたからね・・・東側流防諜術の実力です・・・もはや自慢できる状況でもありませんが」

 

 そう言いながらシュナイダー少佐はペンの蓋を閉めた。地図を小河原たちに見せる。時間潰しは終わりだ。

 

「大通りは恐らく制圧されています・・・とはいえ、裏道ほど危険なルートもない」

 

「待ってください・・・どこへ行くんですか」

 

 地図を示しながら移動経路を伝えようとするシュナイダーに小河原は尋ねた。

 

「市街を離れ、トゥリアラ湾に出ます」

 

「なぜ海へ?」

 

「海にさえ出れば『ズイカク』が拾ってくれる、ですよね?」

 

「まあ、自分ら(・・・)はそうです」

 

 小河原はそう返す。当然ながら、軍機の塊である原子力潜水艦『瑞鶴』に東側の軍人を乗せることはできない。

 ・・・敵対的危険生物がマダガスカルを包囲しているという情報を耳にした以上、『瑞鶴』が無事かどうか不安ではあるが。

 

「私はヨーロッパ軍人です。今回の件は我が同盟国たる南アフリカ人民共和国の失態・・・同盟国の尻拭いは私の仕事です」

 

 どうやら情報を教えてくれなかったことについては棚に上げるようだ。しかしそんな過ぎ去ったことはどうでもいい。

 

「では少佐はその後?」

 

「命令がありますので、そのままに動くだけですよ」

 

 シュナイダー少佐は、笑っていた。

 

「・・・さぁ、行きましょう」

 

 

 号砲か何かのように、共産党庁舎にヘリが墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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