模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

51 / 62
《あらすじ》

時に、2022年。ソビエト・ロシアを中心とするソビエト連合は、マダガスカルへと上陸した敵対的危険生物への対策として核兵器を投入した。日本自衛海軍に所属する小河原(おがわら)中尉はその戦果を確認すべくソビエト連合構成国の一つ、南アフリカ人民共和国へと赴く。
そうして攻撃型原潜『瑞鶴』に乗り、マダガスカル島へとたどり着いた小河原を迎えたのは、ソビエト・ヨーロッパ海軍のアーベル・シュナイダー少佐であった。

一方その頃、膠着状態となっていたマレー半島、一ヶ月ほど前に放棄されたシンガポール島にて『陸棲型』敵対的危険生物の存在が確認される。沖縄島にも現れたそれは、人類を半永久的に苦しめることとなるだろう。
これらを駆除すべくSEATO、東南アジア条約機構は航空戦力による一大作戦を決行する。

時を同じくしてマダガスカルでも動きが。予てより高まっていた独立への機運と核兵器投下による民衆の不満、更には敵対的危険生物による海上封鎖による物資不足。これらの要素が組み合わさり、小河原のいる街も内紛状態へと突入してしまったのである。



・・・どうも、帝都造営です。
更新遅れてすみません。

※今回は敵対的危険生物おやすみです。



勝利への旅路⑥

 ――――西暦2022年7月。シンガポール島沖――――

 

 

 赤道直下、真夏の赤道は暑いことこの上ないだろうが、高度数千という高空まで上がってしまえばどんな場所、どんな季節でも寒い。

 とはいえキャノピー越しに寒さが伝わってくる訳はなく。自衛海軍所属の空母『伊勢』の航空機パイロットたちは愛機の航法を機械に任せ、手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。

 

 そうなれば、多少の会話が入るのは仕方のないことだ。

 

『それにしても、漸く我らの『伊勢』にも出番が回ってきましたね~』

 

 唐突に開かれたチャンネル。敵対的危険生物に無線を傍受する技術は確認されていないし、こんな短距離の通信を傍受されるなら発見済みということだ。誰も非難するものはおらず、むしろ会話に加わってゆく。

 

『全くだ、ようやく『加賀』だけが活躍してるなんて言われずに済むな』

 

 日向型航空母艦の次の艦級となる出雲型、その二番艦である空母『加賀』。これは第三機動艦隊に所属し、敵対的危険生物の出現以前(・・)より南米大陸に派遣されていた。録な艦隊戦力を保有しない南米諸国を防護するために、日米が持ち回りで担当している南大西洋の警戒任務に赴くためである。

 そして敵対的危険生物がパナマに押し寄せて以降は、パナマ共和国やアメリカ、そして共産主義国家(キューバ)と共に敵対的危険生物と戦っている。

 ――――そして、実際に大きな戦果を挙げている。パナマを占領され、敵対的危険生物が大西洋へ進出するのを許したとは言え、それ以上の侵攻は許していない。砂上の楼閣であるSEATO絶対防衛線と比べ、大西洋東西合同戦線(キューバ・ライン)は安泰だ。

 

 戦えば、勝てるのである。そして軍艦は戦うためのもの。どうして温存などしていられようか。

 しかしまあ、そんな風にモヤモヤするのも今日までだ。

 

 

『三航戦の加賀に続き、我々四航戦が一、二航戦を差し置いての大活躍する・・・瀬戸内海クルーズもとい、ミクロネシアクルーズとはもう言わせないぞ!』

 

 一航戦の『出雲』は横須賀、二航戦の『日向』は呉の配置。さらに呉には一応五航戦扱いとなっている『榛名』だっている。

 SEATO供出中の『比叡』も合わせれば合計6隻の航空母艦。そのうち四隻が今日まで遊んでいた。しかしこれからは、その全てが敵対的危険生物へと刃を向けることになるだろう。

 

『そうだそうだ、自衛海軍万歳!』

『軍艦伊勢万歳!』

 

 皆ノリノリである。これ以上弾けたら空中で踊り始める奴も出てきそうであった。

 

『おいテメーら、万歳は勝ってから言えや!』

 

 飛行隊長もいつものセリフで怒鳴りつけるが、もちろん口調が笑っている。やっとこさ母艦(とりかご)から放たれたのだ。精一杯楽しんで飛ばなきゃ気がすまないというもの。

 

 とそこへ通信が入る。少し離れたことろを飛行している艦載警戒機――――戦果確認と友軍機誘導を行う――――からのものだ。

 

『そちら八時の方向より飛行機群が近づきます。敵味方識別装置(IFF)に反応…インドネシア空軍です』

 

 雲の切れ目、そのずっと先に豆粒のような何かが現れた。既に国土の大半を占領されたインドネシア軍、その生き残りだ。

 たちまち彼らは近づき、こちらの編隊と合流する。数はこちらと同じぐらいだろうか。

 

「・・・」

 

 しかしいざ横付けされた編隊を見てみると、どれも20年以上前の機体ばかり・・・慢性的な備品不足で有名な中華民国ですら演習の標的機として使っているような機体も混じっている。

 

「これが、インドネシアの限界ってことですかね」

 

 真後ろに控えている火器管制手(ガンナー)より声がかけられる。インドネシアには失礼極まりない会話だが、その為の機内内線だ。

 

「逆によく航空部隊を揃えられたものだ・・・十中八九、豪州(オーストラリア)かどこかから譲ってもらったんだろうが」

 

「まあそれでも、投下できる爆弾が多いに越したことはありませんね」

 

「ああ、そうだな」

 

 これで爆撃部隊は総勢56。同時刻にシンガポールへ攻撃を行うこととなっている英国印度空軍やタイ王国空軍を加えれば動員された機体は100近く・・・沖縄を爆撃する部隊を加えれば250は行くだろう。

 

 インドネシア部隊の隊長がこちらの隊長と交信。指揮権の確認を行い、いよいよシンガポールも近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【模倣の決号作戦番外編】

 

――――勝利への旅路――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・はぁ、はぁ」

 

 全くもって今日は厄日だ。俺が今日マダガスカル(ここ)に居るのは敵対的危険生物をぶっ潰すための資料を集めるため、少なくとも共産党と反政府グループのドンパチに巻き込まれたくて来たわけではない。

 

 艦隊勤務の同期たちと比べれば当然体力に自信のない小河原であったが、それでも書類が詰まった鞄を背負って――――手が塞がることを避けたかったため、無理やり身体に括り付けたのだ――――数ブロックを全力疾走できたのだ。息切れするのは当然だし、むしろ褒めて欲しいぐらい・・・いや、死んだら全部おしまいか。だったら書類も置いて逃げろよという話だが。

 

「大丈夫ですか? オガワラさん?」

 

「・・・生憎、自分は内勤でしてね」

 

 小河原は自分を気遣ってくる相手――――赤欧(ソビエト・ヨーロッパ)将校、アーベル・シュナイダー――――を改めて正面から見た。動くのに邪魔な…いや、赤軍の人間であることを隠すために赤軍将校の象徴たる上着は脱ぎ捨てられ、真っ白なシャツだけとなっている。先ほどまではシャツの上にも革命的バッヂが輝いていたはずなのだが、どうやらそれすらも捨ててしまったようだ。

 

 東側にとっての最前線であるはずのこの島で、赤軍将校が軍服を脱ぎ捨てなきゃいけないとはねぇ・・・一言皮肉ってやりたい気持であったが、さすがに今その余裕はない。

 小河原は何度目かとなる屋内退避――――反政府グループに見つからないためといえど、立派な不法侵入である――――に今日初めてのため息をついた。思えば、先程まではため息をする余裕もなかったのだ。

 

「・・・」

 

 南アフリカ人民共和国領、マダガスカル島。南部の有力な都市であるはずのこの街は、今、あちこちで薄い煙が上がっている。何が起こったのか小河原は把握できていないのだが、一応分かっていることは、核兵器を敵対的危険生物に対して使用してしまったこの島では、今各地で暴動が発生しているということ。そして、それを知っていたのにも拘わらず目の前にいるシュナイダー少佐(こいつ)はそれを黙っていたということ。

 そして、ひとまずは自分らに危機が迫っているということだ。

 共産党庁舎からはある程度距離をとったが・・・。

 

「・・・幸いにも、彼らの目的は共産主義者を皆殺しにすることではなく食料や武器を奪うことです。市街地から離れれば離れるほど、連中と接触する可能性も減るでしょう」

 

 シュナイダーはそう言いつつ拳銃から弾倉を取り出し、そこへ先程牽制のために発砲した分だけ弾丸を補充してゆく。

 

 ――――加えて言えば、これは共産党と反政府グループの戦いなので、西側陣営に所属する小河原たちは関係ない。

 

 まあもちろん、そんな理由で見逃してくれるとは思えないが…ともかく今はどうやってこの島を出るか、それだけが問題だ。小河原は彼の通訳としてついて来きている潜水艦『瑞鶴』所属の下士官へ話しかけた。

 

「今更なんだが・・・『瑞鶴』にはどうやって合流する?」

 

「大熊艦長のことです、流石に異変に気づくと思いますが・・・」

 

「だが、こちらの居場所が分からなければ向こうは何もできない・・・潜水していなければ手を振れるが・・・ああそうか」

 

 ようやく見当がついた。ちょっと考えれば当たり前のことだ。まず一つ、この街へとやってきたのは日本の潜水艦である『瑞鶴』に連絡を取るため。必要があれば資料を渡すつもりでもあったのであの艦は間違いなくこのトゥリアラ湾に来ている。そして、他国領海に進入した潜水艦の潜行は認められていない。

 要するに、『瑞鶴』は間違いなく湾内で浮上待機していてくれるということだ。瑞鶴の装甲は小銃では勿論、手榴弾でも傷つかない。ソ連のアレ(RPG-7)を食らったら無傷とはいかないかもしれないが、スクリューをやられでもしない限り航行不能に陥る心配はないだろう。

 ともかく、『瑞鶴』にたどり着ければいいわけだ。

 

「さて・・・行きましょうか」

 

 拳銃の再装填と地図の確認を終えたシュナイダーが立ち上がった。

 

 

 

 東側諸国の街並みは似ているとよく言われる。確かに都市開発が進んでいなかった途上国での街はどれも分かりやすい構造をしており、規格化された代わり映えのない建物が続いてゆく。実際、こうすることで一軒一軒のコストは抑えることができるのだろう。江戸時代の長屋と同じ理論だ。見栄えはよくないが・・・いや、建築技師たちはここに機能美を見出したのだろうか?

 ともかく。

 

「このまま市街を突っ切りますよ、オガワラさん、走れますか?」

 

「ええ・・・走れます」

 

 市街地といっても精々十数万の街、大して広いわけではなく、あと数ブロックの話だ。どうにかするしかないだろう。

 

「お先にどうぞ」

 

 道路の一応の安全を確認したシュナイダーが入口で小河原に道を開ける。

 

「私が囮ですか?」

 

「まさか、優秀な狙撃兵は突っ込んでくる一団の最後列の人間を狙います」

 

 つまり囮は私ですよ、シュナイダーはそう笑う。

 

「あまり笑える冗談じゃあないですねぇ・・・」

 

 そうは言いつつも飛び出す小河原、無人であるが故に余計に危険地帯と化した通りに出れば、拳銃を握る手にも汗がにじむ。ここが汚染されていない南部の街で助かった。防護服を着ながらこんな事、出来るわけがない。

 

 ともかく通りは静かだ。小康状態に落ち着いたのか、先程までの激しい銃撃音も聞こえない。共産党陣営が降伏した可能性もあるが・・・。

 

 

 と、聞こえるエンジン音。合わせて砂の擦れるような音も聞こえる。間違いない、自動車がこっちに向かっている。

 

「ちっ・・・!」

 

 そもそも南アフリカ人民共和国では国民に乗用車を供給できるほどのインフラと資金はなく、自動車の大半は軍用車両である。

 

 そんな自動車が、走っていたらどう思うだろう。

 ・・・少なくとも、味方だとは思うまい、なんせここは東側の最前線、反政府グループも南アフリカ政府も小河原にとっては皆々仮想敵である。

 

 となれば行動は身を隠すの一択である。小河原が適当な小店舗――――もちろん誰もいない――――に隠れれば、残りの二人もそこへと身を隠す。

 

 

 ジープには武装した兵士が詰め込まれており、見計らったように停車。バラバラと降りてくる。

 指揮官らしき人物が異国語の号令を唱え、それを聞いた兵士たちは二人人組となって散ってゆく。

 

「(なんて言ってる?)」

 

「(食料やらなんやらの回収を指示しているみたいですね・・・まるで強盗だ)」

 

 

 実際、間違った表現ではないのだろう。そもそもこの島でこんな事態が起きたのは、西側に対する要塞であった故の兵力の集中から来ていた民衆の不満、それが今回の核兵器投下で引火したからではない。ことはそう単純じゃないのだ。

 

 

 いや、違う。

 むしろ単純なのだ。

 

 

 今回の暴動の最大の原因は物資不足。アフリカ大陸からやってきた輸送船はその全てがマダガスカル島へ到達すること叶わず、海の底へと堕ちていってしまった。

 

 そもそも共産主義の掲げる計画経済とは、限られた資源の有効活用を目指すものだ。ここでの有効活用とはすなわち「お残し」を作らないことで、生活必需品を必要分だけ供給することにある。

 

 ――――大量生産、大量廃棄が前提で行われる近年の資本主義経済とは全く非なるものだ。

 

 マダガスカルでは工業がろくに発達していない。故にその供給は海上交通に頼っているのだが、その海上交通が封鎖により途絶えてしまったのだ。しかもこの島には百機近い航空戦力、十数万の陸軍兵力を中心とするマダガスカル駐屯軍団がいる。残された物資は当然そちらに回されるわけで、民需で足りているのはせいぜい食料ぐらいだろう。漁業が厳しい状況でどこまで凌げるかは知らないが。

 

 

 民衆は純粋に生活の向上を望み、それを利用する形で反政府グループが蜂起しただけのこと。内紛が収まれば残るは封鎖で枯れ果てたマダガスカルだけだ。大陸から軍が派遣されて鎮圧される恐れはないが、ここに政権を立てるのは難しいだろう。仮に西側寄りの路線を取っても、自国の防衛に力を割かざるえないSEATO諸国の支援は期待できない。

 

 

 蜂起した反政府グループのなんと無責任且つ無計画な行動か。目先の備蓄物資にか興味がないのは分かるが、巻き込まれるこっちの身にもなって欲しいというもの。

 

 自分は祖国のためにここへ来ているのだ。こんな不毛な争いには巻き込まれる筋合いもない。何度目かの結論に至った小河原だが、もちろんそんな嘆きを聞いてくれる聖人などいるはずもなく。

 

 

「(どうしますか、中尉)」

 

 

 どうするもこうするも、逃げる以外に道はないだろう。いやもちろん、どう逃げるかが問題なのだが。

 

「(裏口は・・・?)」

 

 別に彼らはこちらを探しに来たわけではない。遭遇しなければ戦闘自体発生しないはずだ。

 

「(オガワラさん、それは厳しいですよ)」

 

 と、黙ってこちらの会話を聞いていたシュナイダー少佐が口を開いた。外を警戒するかのように視線は逸らされていたが、声の調子から顔色も見える。

 

「(ここいらの建築物は裏戸がスライド式なんですよ、ほら)」

 

 シュナイダーがそう言いながら顎で示したのは裏戸と思われる扉。なるほど、スライド式と言われただけではよく分からなかったが、ようは引き戸だ。立て付けが悪そうな。

 あれを開ければ、間違いなく音が立ってしまうだろう。

 

「・・・」

 

 どうする。やはりここは強行突破しかないか? 引き戸を開けて、一気に走る。相手がこちらに気付き、発泡するまでどれほどの暇があるだろうか? その間にどこまで走れるだろうか?

 

「(私が時間を稼ぎます。その間にオガワラさんは外へ)」

 

「(本気で言ってるんですか?)」

 

 そう言うと、シュナイダーは口角を釣り上げた。

 

「・・・さきほども言ったでしょう? 今回の件は我が同盟国である南アフリカ人民共和国の失態・・・尻拭いはヨーロッパ軍人である私の仕事です」

 

 初弾を薬室へ送り込むシュナイダー少佐。ヨーロッパ軍人。随分とぼんやりした表現だ。いやまあ、ソビエト・ヨーロッパという名の国家が存在する以上そのとおりなのだが・・・。

 

「・・・欧州を一括りですか」

 

「赤軍でありながら祖国の名を名乗りたくはないんでね」

 

「祖国・・・ねぇ」

 

「滅びを知らない日本民族(あなた)には分かりませんよ」

 

 小河原はそう言うシュナイダーを見た。全く、連絡役的立場にあるというのに、彼は全くの赤軍嫌いであるようだ。なら、一週間ほど前に大熊艦長へと東側の機密文書を漏らしたのも赤軍嫌いだから?

 ・・・今話している日本語、彼の部下へと話していたドイツ語、ここマダガスカルの現地語であるズールー語、小河原が知るだけで三カ国の言葉を操るシュナイダーという人間。

 

 変わらず不気味な奴だ。しかし、目の前の敵よりかは遥かに味方に近いだろう。

 

「ではオガワラさん、行ってください」

 

 そんな彼は銃を構えて前に進み出ようとしている。

 

 一応小河原は引き連れている下士官の方を確認した。小河原は中尉という階級なわけで、下士官の命も預かっているということである。

 幸いにも、下士官の眼は燃えていた。

 

 だから強気に出れる。

 

「舐めないでくださいよ? 私だって軍人です」

 

「ほぉ・・・」

 

 小河原の発言にシュナイダーは表情を動かした。言うと思ったよ、みたいな顔をされたのは気のせいではないだろう。

 

「向こうは十数人。こっちは三人だ。勝ち目はありませんよ?」

 

「目的はここの離脱でしょう? なら三人のほうが成功しやすい」

 

 東西軍人の視線が交差した。相手の意志の強さを測るには、それだけで十分だ。

 

「では、客が入ってくると同時に、動くとしましょう」

 

 

 そういって三人は再び息を潜める。程なく反政府グループの二人組が床を軋ませ、異国語で雑談しながら入ってきた。誰もいないと思い込んでいるのは分かるが、音を大きく立てるなんて自殺行為である。

 

 そこを、小河原と下士官が強襲、こちらは物陰、好きなタイミング、角度で突入できるのだから、銃なんて必要ない。

 気を失わせ、倒れ込もうとする相手の体から東の小銃(カラシニコフ)を奪い取る。即座に明後日の方向へ発砲、拳銃よりかずっと重たい破裂音と共に飛び出した7.62x39mm弾が建物の柱やら屋根やらに突き刺さり、硝煙が舞う。

 

 反動が大きい為に乱射そのものだが、それは大して気にすべきことではない。どのみちこちらに釘付けにするのが狙いだ。

 

 

 その間にシュナイダー少佐が裏の引き戸を蹴破った。

 

「走れ!」

 

 走れ。叫び声のせいか外国語であった。なんだか発音が英語と違ったような気がするが、まあ意味が通じていればどうでもいい。弾倉が空っぽになる前に、小河原たちも建物から飛び出した。素早く手に拳銃を構え、走る。

 

 もちろん相手だって無知ではない。直ぐに異国語の怒号が聞こえ、ほかに人のいない市街地に土を蹴る音が響く。

 

 後ろから声が聞こえ、下士官が即座に反応。拳銃らしい軽い発砲音が立て続けに聞こえる。走りながら撃つのだから命中は期待できないが、牽制で十分。

 

 と曲がり角から突撃体勢の敵兵が飛び出す。

 

「前っ!」

 

 言うや否や小河原も発砲、出会い頭の戦闘は、先手を取ったもん勝ちである。急所には当てられなかったが、相手が崩れた時点で勝負は付いた。

 

 

 しかし、相手はルールを守っての二人行動、一人を倒せば、もう一人が反撃してくる。相手は大口径の小銃。こっちは自衛用の拳銃。

 

 と、そのもう一人の相手の額に赤いへこみが出来る。そして照準を制御する中枢がやられた銃口は明後日の方向を向き、惰性で銃弾を放つ。

 

「お見事」

 

 足を緩めず、小河原はシュナイダー少佐へと賛辞を贈る。シュナイダーは答える代わりに足を速めた。口を開くならとっとと走れ、ということだろう。

 

 相手は執拗に追ってくるかと思われたが、最初の陽動が聞いたに違いない。市街を脱出する頃には、銃声も怒号も、聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした森を抜け、警戒しつつ草陰に隠れる。そこから顔を出した小河原は、ようやくため息をつくことができた。これまでとは違う、安堵のため息である。

 

「瑞鶴だ・・・やっと着いた」

 

 眩しいほどの青さの海にぷかりと浮かぶ文字通りの黒鉄の輝きを放つ城。日本国自衛海軍の誇る翔鶴型原子力潜水艦の二番艦『瑞鶴』。国際法に則り浮上して、軍艦旗を掲げるその姿、今の小河原にとっては故郷(にほん)そのものであった。

 

 と、その城に横付けされていた何かが動き始める。後方に水しぶきをばら撒きながら進むそれ・・・ゴムボートだ。やはり瑞鶴は陸で何が起きているかを見極め、回収の準備をしていてくれたようだった。

 

 ということは、この赤軍将校とも遂にお別れということである。

 

「シュナイダー少佐、ありがとうございました」

 

 それを聞くと、シュナイダー少佐は額の汗をシャツで拭いつつ口角を釣り上げた。

 

「日本人は礼儀正しいと聞いていましたが、あなたも日本人だったようですね・・・驚きだ」

 

「最後まで変わりませんね・・・」

 

 そう言いつつも小河原は口の端を釣り上げていた。嫌味な奴ではあったが、悪い奴ではなかった。流暢な日本語を話す優秀で奇妙な赤軍将校・・・忘れることはないだろう。

 

「次は、戦場ですかね?」

 

 いくら東西宥和の時代といえど、日本とソビエト、イデオロギーの異なる国同士だ。次再会するのは戦場になるだろう。そういう意味で小河原は言った。

 

「我々の目的地は同じですよ」

 

 敵対的危険生物の駆逐。かつては傍観しているはずだった東側も、こうして肩を並べている。敵の敵は味方とは言ったものだが、不思議な話である。

 

「なら、次は敵対的危険生物抜きでお会いしましょう」

 

 敵対的危険生物がいなければ彼に会うこともなかっただろうが、軍人としてはまあ、早く本来の職務に戻りたいところである。小河原は手を差し出した。

 

「その時は是非、オガワラさんに日本の観光地でも案内して欲しいものですな」

 

 固い握手が交わされる。

 

「あなたが来日する機会があれば、ですがね」

 

「・・・」

 

 シュナイダー少佐はそんな小河原に向けて笑った。長く続く、乾いた笑いであった。何かそんなに面白いことがあっただろうか。あったとしたら自分(小河原)のことだ。

 

「何がおかしいんです?」

 

「いや・・・なに、ちょっと勘違いをなされているようですので」

 

 シュナイダーは笑いを止め、さも可笑しそうに言った。

 

「勘違い?」

 

「なに、直ぐに分かりますよ」

 

 

 ゴムボートは既に直前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定