模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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Point of No Recover

 突然だが一言で言わせてもらおう。

 

 

 暑い。

 

 

 地球温暖化とかいう言葉が囁かれるようになってなかなか時間が経ったが、やはり今でも温暖化は進行しているのだろうか? そうでなくとも例年以上に節電を徹底せよと命令されている以上、地球温暖化に関係なく室内は暑くなる。

 

 七月がもう終わろうとしている。娘の望(のぞみ)が夏休みに入ったと言っていたのは一週間ほど前だったか。知っての通り夏休みとは暑いなかでの作業効率低下を下げるために設けられる長期休暇のことである。そのため暑さの厳しくない北海道などでは夏休みは短い(代わりに冬休みは長い)。

 

 ・・・自分らにも夏休みが欲しいものだ。

 

 いやもちろん理解はしている。流石に社会全体が一ヶ月も休むのはいけない。しかしこうも暑いのだ。お盆休み以外にも休みは欲しい。そう言えば、今年の自分には何日お盆休みが与えられるのだろうか。軍隊は年中無休だ。というか年末年始やお盆の時期に対応できない軍隊ほど笑えるものはない。当然ながら全員がお盆休みを取れるわけではない。

 しかも飯田の場合、実家に帰っても実は仕事になる。絶対に必要な催しなので最悪出張届けを出してまで赴く必要がある仕事である。そして当然ながら、行った先も暑い。

 

「・・・」

 

 飯田はメールの返信を行い、それから自分のデスクに備え付けられたPCを閉じた。PCはたちまちスリープモードに入り、USBを電源にしていた小型扇風機が唸りを止める。暑い。

 

 ちょっと早いがティータイムにしよう。

 

 そう思った飯田は早速紅茶など諸々が収められた大きめの缶を取り出した。海上交通が敵対的危険生物の攻撃を受け、必要最低限しか機能していない手前、物価は――――ことさら嗜好品の類に関しては――――上昇している。もちろん外国産の商品は上がって当然なのだが、外国産にありつけなかった人々が国産の商品を求めるから需給の関係で国産の商品も値上がりする。バカみたいな話だが、そういうものだ。

 食料品等に関しては満洲など大陸からの供給があるため心配はいらないという楽観的な意見もあるが、それを保つ絶対条件は日本海の制海権確保だ。天下の日本海軍なら日本海「ぐらい」大丈夫? 制海権を失っても対馬トンネルがある? 下手な買い被りは止めて欲しいものだ。日本海軍だって負けるときは負けるし、あんな狭いトンネルだけでどうやって国民全員分の食料を賄うというのだ。

 

 重要なのは、ともかく節制に務めることなのだ。

 

 軍人であれば国民に節制の手本を見せる。そう考えている飯田は、海上交通の縮小が顕著になった五月末の台湾沖船団壊滅事件より紅茶の購入を控えるように彼の妻に指示していた。そのため、飯田の缶に残された紅茶の備蓄は心もとない。

 

 しかしこれも国家の、国民のため。なに、紅茶がなくなったぐらいで死にはしない。そう死にはしない。

 

 

 

 

 と、部屋の扉が開いた。敵対的危険生物対策室にはそこそこの人数が所属している。扉の開け閉めなどしょっちゅうの事なのだが、入ってくる人影は久々に見る人物である。

 

「お、小河原、帰ってきたか」

 

 向こうも飯田のことを認め、素早く寄ってくる。それから直立、敬礼。

 

「はい、小河原淳(あつし)海軍中尉、只今帰庁いたしました!」

 

「うん、ご苦労だったな」

 

 飯田の十期後輩である小河原中尉。彼は行きと同じようにコロンボより飛行機を乗り継ぎ、東京まで戻ってきたのだった。本当はマレー戦線などの視察をさせようと考えていたのだが、マダガスカルで反政府勢力が蜂起したという情報。そのマダガスカルが実は敵対的危険生物により既に包囲されていたなどの未確認情報があまりに多かったため、急いで呼び戻したのである。マレー戦線に関してはSEATOに派遣されている人間からの報告もあるし、それで十分だろう。

 

「スミマセン、昨日には戻っていたのですが・・・海軍情報局(海情)と外務省が離してくれなくてですね・・・」

 

 敬礼を崩し、ポリポリと頭を掻く小河原、外務省は反政府勢力関連、海軍情報部はマダガスカル包囲に関してだろうか。まぁ小河原の帰庁が遅れても、報告書自体は彼がコロンボから送ってくれているので問題ない。

 

「いやなに、ともかく元気そうでなによりだ」

 

 これで室の戦力がまた一人増えるというもの。

 

「まぁー、そうなりますよねぇ・・・」

 

 小河原は別段嫌そうな風も見せずにそう言った。これで挨拶は終わりなわけで、この後は普段通りの職務が待っているのみ。飯田は早速小河原に新しい仕事を与える。

 

 

 

 

 

「小河原」

 

「なんでしょう?」

 

 時計の短針は既にてっぺんまで登り、室の人間も仕事に区切りをつけて続々と席を立ち始める頃、飯田は小河原の席へと向かった。

 

「昼に行かないか?」

 

 もちろん昼食のこと。小河原と飯田はこの部署に回される以前から一緒に仕事をしてきた。そうでなくたって同じ海軍だ、付き合いはある。

 

 まぁ、この状況で誘うことはマダガスカルに赴いていた小河原に対する状況説明を行いたいという意味合いがあるのだが・・・小河原もそれは分かっているのだろう。素早く快諾される。

 

 

 それから二人はエレベーターホールへと向かい。エレベーターで一階へ。もちろんここ統合幕僚本部第一庁舎にも食堂はあるが、じっくり話すなら外の方がいい。

 

 そういう訳で歩みを進めようとした二人だが、そこへ思わぬ声がかけられた。

 

 

 

「孝介兄(にい)!」

 

「?」

 

 

 飯田は親しげに自分の名を呼ぶ声に振り返る。タイル敷の第一庁舎一階エントランスホールに靴の音を響かせながら走ってくる陸軍尉官。飯田は顔をしかめた。

 陸海空軍のより高度な統合運用を目指して設立された統合幕僚本部ならば当然三軍の人間が入り混じった空間な訳で、別に陸軍が珍しいとかそういうことではない。飯田の部下も海から空まで綺麗に揃っている。

 

 

「よかったぁ~、探す手間が省けましたよ!」

 

 

 それでもまあ、こんな風に親しげに話しかけてくる人間はそうそういないものである。隣を歩く小河原ですら眉をひそめている事だろう。そんな小河原を見ないように、飯田は口を開く。

 

「少尉、上位の人間に対する敬意を忘れたのか?」

 

「そ、そんなことないですよー」

 

 本人には礼を失した自覚がないようで、目を見開き手をブンブンと振りながら否定する。

 そのなりは小柄で、標準的な陸軍軍人よりも肩幅は小さい。茶の混じる髪は短く揃えられてはいるが、ちょっと長くないだろうか? 流石に坊主強制というわけではないが、軍人の髪は短くするものである。しかし例外はあるものだ。

 

 そう、例外。

 

「お前なぁ・・・」

 

 彼女(・・)はようやく軍部にも進出し始めた女性士官の一人であった。

 

「えへへ・・・」

 

 飯田の注意もじゃれあいと思っているのか、緩く笑う彼女。はっきり言ってしまえば、だらしがない。

 

「・・・」

 

 小河原は無言で彼女のことを睨む。女性士官がこの体たらくじゃあ・・・彼の怒りは最もであった。

 向こうも当然その圧力は感じたようで、ヒエッと口に出しながら一歩後ずさる。口に出すから緊張感がなくなるのだ・・・彼女はそれを分かってない。

 

 とはいえ、このまま放置するわけにはいかないわけで。

 

「小河原、彼女の無礼は私が謝るよ、すまん」

 

「いやいや、少佐が謝るのは見当違いでしょう・・・?」

 

 困惑気味の小河原、飯田はもう一度ため息をついてから、

 

「こいつは飯田家(ウチ)の人間なんだよ」

 

 そう言った途端に彼女は素早く反応した。

 

「はいっ! 飯田叡子(としこ)、陸軍少尉です!」

 

 流石に叩き込まれただけはあり、立派な陸軍式敬礼を披露。

 

「我が家の悩みの種だ」

「ひどいっ!」

 

 実際、トラブルメーカーなのは間違いない。私だってやる時はやりますよと反論する叡子だったが、そもそも軍隊において最も重要であるとも言える規律正しさを微妙に欠く時点でどうかと思う。

 

 少なくとも、これが男だったら軍人失格だ。彼女は陸軍省勤めだが、恐らく彼女の上司は「しょうがないなぁ~飯田君は」などといっているのだろう。男女平等(女性優遇)なんてそんなもんか。

 

「・・・で? 要件は」

 

「はいっ、この前頼まれた図盤演習の結果です! データではなく、手渡しするよう言ってましたよね?」

 

「・・・早いな」

 

「はい!」

 

 そう会話を交わしつつ封筒を受け取る。

 

「ん、確かに受け取った」

 

「それでは!」

 

 それだけ言うと彼女は颯爽と去ってゆく。あとに残されるのは二人の海軍軍人のみ。

 

 

「・・・何だったんですか」

 

「ああ、この前のシンガポール・沖縄同時爆撃作戦の結果を元に、同規模の陸棲型敵対的危険生物が九州に上陸した場合の地上兵力のみによる制圧の可能性をシュミレートしてもらったものだ」

 

 シンガポール島及び沖縄本島にて遂に確認された陸棲型の敵対的危険生物。これを殲滅せんとSEATO軍はのべ250機近くの航空機を動員して大規模な空爆を敢行した。想定以上の火力と射程になかなかの損害を負ったが、ひとまずの無力化には成功、回復の可能性はまだはっきりとはしていないが、現在ではそれを守るように多くの敵対的危険生物がシンガポール・沖縄両島に集結しているのが確認されているため、少なくとも陽動の意味はあったとされている。正面圧力が減ったこの期に、SEATOマレー半島緊急展開軍団は攻勢に移る見込みである。

 

 今回飯田叡子(としこ)に頼んだのはそれが九州に進出してきた時の対処を検討するための図版演習。もちろん彼女にできることではなく、彼女は陸軍とのパイプ役を勤めてもらっているだけだ。

 ・・・こういう言い方はあれだが、室は結構「記者にマーク」されている。こちらで図版演習を行い、それがネタにされて国民の不安を煽るような記事を書かれるようなことがあってはならないのだ・・・これだから面倒くさい。

 

 ・・・それにしても、だ。

 

 空爆作戦からまだ一週間ほどだ、正直こんな早く結果がもたらされるとは思ってもいなかった。きっと彼女が頼んだからこそここまで早く出来たのだろう。

 まあ彼女の顔立ちは悪くないし、その快活な性格も素直に好感が持てる――――根も葉もなく言ってしまえば、可愛いは正義であり便利ということだ。役に立つからこそ彼女は許されているのかもしれない。

 

 

 

「あ・・・いえ、その封筒の方ではなくて」

 

 と小河原、どうやら資料の説明を求められていたわけではなかったらしい。

 

「え? あぁ、あいつのことか」

 

「はい、何者なんですか」

 

 何者かといえば自衛陸軍の少尉。しかしもちろん、小河原の質問はそこではないだろう。飯田は答える。

 

「私の再従姉妹(はとこ)だよ」

 

 つまり、飯田孝介の祖父飯田治孝。彼の弟の孫が飯田叡子(としこ)ということだ。

 

「はー・・・はとこですか・・・随分遠いですねぇ」

 

 自分、はとこになんて会ったのは子供の頃に何回かだけですよ。そう言う小河原。

 

「こっちは一族の集まりがあるからな」

 

 飯田家は新興とはいえひとつの財閥を率いる一家である。軍需産業の一端を率いる関係でも軍部に影響力を持つが、影響力の一番の理由は一族の中から多くの軍人を輩出していることであろう。

 

「いいですねぇ、そうやってコネがあると」

 

 別に羨む様子でも、批判する様子でもない小河原。

 

「そうでもない、飯田家はどちらかというと陸軍系だからな」

 

 現在飯田インダストリーの会長を勤めている父、飯田啓介も元陸軍少将である。孝介の従兄弟にも陸軍佐官や尉官がいる。海軍へと進んだ孝介は全くの異色であった。

 

「少佐は外様ってわけですか」

 

 ちょっとからかうような調子になる小河原。飯田も笑って応じた。

 

「本家の長男のはずなのにな」

 

 

 

 

 

 ヒートアイランド現象の影響をモロに受けているコンクリートジャングルを通り、一つの料亭に入った二人。出されたお冷を呷りつつ、飯田はハンカチで汗を拭いた。

 

「東からの生還祝いだ。今日は俺が奢ってやるよ」

 

「構いませんよ、特別手当出てますし」

 

「そう言うなって」

 

「・・・なら、ありがたく」

 

 そう言いながらお品書きに目を通し始める小河原。彼のことだ、一度了承すれば変に遠慮したりはしないだろう。

 

 互いに選択を終えたことを確認してから呼び鈴を鳴らす。直ぐにやってきた係に品名を告げれば、後は料理が来るまで待つのみ。

 

「それで・・・陸棲型の資料は読んだか?」

 

 切り出すのは早かった、別に飯田が小河原を呼び出したのはマダガスカルの思い出話を聞くためじゃない。知りたければ報告書に小河原が書いたものを読めばいいからだ。

 

「読みました。射程は20km(2000)~30km(3000)ほど、攻撃機が一撃で落ちるそうですね」

 

「ああ、だが読めないこともある」

 

 陸棲型は何のために展開しているのだ?

 

 陸棲型敵対的危険生物、地上での行動においては制限時間があると考えられている通常の敵対的危険生物と違い、地上に半永久的に居座ることが可能と考えられる敵対的危険生物。

 

「やつらが異常であることには間違いない、何らかの目的があって生み出されたことも間違いないだろう。しかし通常種の援護のために現れたと考えるのも適当とは言えない」

 

 援護のために現れるなら、なぜ奴らの支配が確立している沖縄とシンガポールに現れたというのか。そして両者ともに航空攻撃による無力化が――――もしかすると一時的かもしれないが――――可能であった。加えてもともと守る必要のない土地だ、あれが防衛用の兵器と考えるのも無理があるだろう。

 

「正直、敵対的危険生物の行動は最近になっていよいよ常軌を逸してきていると思います。琉球諸島事変の時もそうでしたが、こちらの用兵論を用いること自体適切ではないのでは・・・」

 

 小河原は目を伏せがちにしながら述べた。控えめにしつつも思っていることを言ったのだろう。一応室の解釈として、敵対的危険生物は何らかのルールに従って行動しているものとされている。そのルールがあるから、やつらは決まった場所から攻めて来るのだと。

 なんせ、どう考えたってSEATO諸国の全ての沿岸部に押し寄せたほうが効率がいいはずなのだ。なぜ地上での行動に制限がある敵対的危険生物が大陸で「戦線」を築く必要があるのか。全くもって謎である。

 

 ルールを紐解く。それが室の副目標であり、ジャワ島侵攻の頃から研究が進められ・・・そして成果は上がっていない。

 むしろ仮説は崩壊しつつある、というべき状況であった。

 

「お前は本土にいなかったし、俺も四国沖要撃作戦に『参加』していた関係で直接関わった訳ではないんだが、マダガスカルとパナマの侵攻に関しては相当意見が割れた」

 

 そこで一旦飯田は言葉を切り、お冷を口に含もうとし・・・そして自分の分を飲み干していたことに気づく。

 

「取ってきましょうか?」

 

「いや、いい・・・で、意見が割れたのは、パナマ侵攻の『元ネタ』はなんだったか、ということだ」

 

 敵対的危険生物が初めて大衆の目に晒されることとなった琉球諸島事変――――沖縄侵攻――――は米軍がかつて計画した沖縄攻略(アイスバーグ)作戦と酷似していた。沖縄で確認された『とあるメッセージ』と合わせても、奴らが沖縄攻略(アイスバーグ)作戦を意識しているのは疑いようがなかった。

 もちろん歴史書を紐解けば、沖縄攻略戦など行われておらず、沖縄攻略(アイスバーグ)作戦はペーパープランに終わっている。実際に米軍が実行したらどのような結果になったかは分からない。

 しかし間違いないのは、仮にソビエトが世界革命戦争を始めず、日米の戦争がもつれ込み沖縄が米軍に攻略されたならば、次の目標は本土――――九州や四国――――であることは間違いなかった、ということだ。

 

 それ故に、自衛軍は敵対的危険生物が九州に流れ込むと信じてやまなかったし、極限の警戒態勢にあった。

 

 

 しかし、それはジャワ島という予想外の出来事により裏切られる。

 

 

「ジャワ島侵攻は全く予想外の展開だった、英米がドイツ侵攻を終えた後なら東南アジア植民地の奪還作戦もあったかもしれないが、そもそもドイツは赤軍に破れ、ドイツ侵攻はおろかフランス奪還も夢物語となった以上、ペーパープランすら立てられていなかったはずだ」

 

 ではなぜ、ジャワ島に敵対的危険生物は侵攻したのか? それを説明するために用いられたのが、『敵対的危険生物はそもそも領土を保有していない』という大前提だった。

 

「それを説明するのに用いられたのが大東亜戦争初期の『日本による』ジャワ島侵攻。敵対的危険生物がどのような視点で各島々を見ているか分からない以上、どの国の作戦も当てはまるという考え方だ」

 

 最も、なぜ過去の作戦を参考、もしくはパクっているのかは分からないままだが。

 

 小河原はそこでお冷に口を付け、僅かに力を入れながら机に置いた。

 

「それが、パナマで崩壊した」

 

「そうだ。マダガスカルに関する戦いといえば「アイアンクラッド作戦」があるが、パナマに関しては、少なくとも上陸戦と呼べるようなものは行われていなかったはずだ」

 

 パナマは利権が絡み合って各国が奪い合ってきた土地である。それは間違いない。

 しかし、パナマを主戦場とした戦いは多くが内戦、反乱、介入といったものであり、『太平洋から急襲を仕掛けパナマ運河を奪取する』といった半ば架空戦記じみた作戦は行われたことがなかった。はずだ。

 

「・・・だが、今も敵対的危険生物(やつら)はパナマに居座り、そこから大西洋へと攻勢を仕掛けている」

 

 そこで飯田は言葉を一度切った。

 

「これからは俺の個人的な意見だ」

 

 目に力がこもる。その台詞を聞かずとも、小河原は飯田の話はこれからが本番なのだと理解することができただろう。

 

「パナマは戦略拠点、マダガスカルもある意味では戦略拠点と呼べる・・・マダガスカル占領後の敵対的危険生物がなにをしでかすつもりだったのかは分からないが」

 

「・・・」

 

「奴らにも、大戦略があるのでは?」

 

「大戦略・・・」

 

 敵対的危険生物の大戦略。

 

 

 だが小河原はマダガスカルで見てきた。民家に、人に吸い寄せられるように進撃した奴らの跡を。ジャワ島への侵攻で確かにSEATOは少なくない衝撃を受けた。しかしそれは、人口が集中していたジャワ島へ吸い寄せられただけの結果ではないのか?

 

 

「・・・」

 

「そう考えると、私の立てた計画は間違っていた」

 

 飯田の計画、それは日本列島に寄ってくる敵対的危険生物をただただ沿岸部、もしくは有利な内陸に誘導して叩き潰すだけの作戦。一言で言えばそういう計画。

 

 

 注文していた品が運ばれてきた。ざるそばと、ざるうどん。それぞれ二つずつ。そばを二つ頼んだのは小河原。うどんを二つ頼んだのは飯田だった。

 

 

「・・・もう、全て遅いのかも知れない」

 

 しかし飯田は運ばれてきたうどんに手も付けず、話を続ける。ざるに乗せられているので伸びることはないだろうが・・・。

 

「何を言ってるんですか、見ての通り東京はピンピンしているじゃあないですか」

 

 小河原も一応食べるのを待っているようだ。手振りで窓の外の通りの風景を示す。確かに大勢の人々が歩いている。不安に苛まれてはいるが、絶望はしていない。

 

「今のところは、だ」

 

「・・・とりあえず、食べましょうよ」

 

「そうだな」

 

 

 

 飯田と小河原は食品への謝辞を形式的に述べたあと、無言で食事へと向かった。

 

 小河原が何を思いながらそばを啜るのかは知らないが、飯田の思考はつい昨日の出来事へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・分かった、下がってくれ」

 

 そう言えば目の前の尉官は敬礼をして去っていった。思えば自分も部下からこのように報告されるようになったか、出世したものだ。

 

 それから飯田孝介はいつもと同じように机へと視線を向ける。軍隊はただドンパチする組織じゃない。統帥権を委任されている総理大臣、ひいては総理大臣を選出している議会からどんな情報開示を求められても答えられるよう、常に正確な報告書やら記録やらが求められる。官僚組織を支えるのはデスクワークなのだ。

 ふと視線を目の前の書類から逸らすとそこには置くタイプのカレンダー。既にこの室が設立されて数ヶ月が経った。もう世間は夏の猛暑に喘ぎ始める時期か。そんな事を考えるのすら都合の良い現実逃避になる。

 

 

 と、携帯電話が震えた。手に取った画面には、この振動が電話の着信を伝えるものであり、電話主が自分の上司である大迫善光であることを表示している。

 

 正直、見たくもない表示だった。いや、誤解をしないで欲しいのだが大迫閣下は自分にとってよき理解者だ。まだ新水研(飯田が参加している有志による『新時代水雷戦の研究会』のこと)に入ったばかりだった新米尉官の自分をここまで引っ張り上げてくれたのはやはり彼によるところが大きかったし、この敵対的危険生物対策室の長に自分を推し、『X-Day』に備えるという大命を任せてくれたのも彼である。

 

 とはいえ、人間には疲れている時もあるのだ。

 

 

「・・・もしもし、飯田です」

 

 しかしここで電話に出ないという選択肢があるだろうか。飯田は椅子の背もたれに体重を掛けながら、通話開始のコマンドを押す。

 

『私だ』

 

 一瞬の間を置いてから聞こえる大迫海軍幕僚長の声。彼もまた最近の動きで疲弊しているのだろうが、そんな様子を見せないのが大迫という男だ。

 

「・・・」

 

 飯田は次の言葉を待つ。携帯に掛けてきたということは、呼び出しだろうか。携帯電話は必然的にいくつもの民間中継基地を用いる。少なくとも機密に関わることではないだろう。

 

 しかし、大迫の次の言葉は飯田の予想を裏切る。

 

『面白い画像が手に入った。そっちに送る』

 

「面白い画像?」

 

 まさかこんなタイミングで『純粋なおもしろ画像』を送る将官はいないだろう。いたら困る。

 そんなことを呑気に考えていた飯田だったが、次の言葉を聞き、自身の耳を疑うことになる。

 

『個人的に言わせてくれ・・・すまんな』

 

「・・・何を言っているんですか」

 

 確かに、彼が謝ろうとする気持ちは分かる。彼の持ち込んだ情報であるXDayに備え、日本は海軍戦力を温存するつもりであった。しかしそれは、最近の世論を抑えるため、なにより近隣諸国の圧力に負ける形で崩れつつある。遂に政府は遠征軍の編成を指示、これからは敵対的危険生物に対する戦力投射が始まる。既に三航戦はカリブ海、四航戦はシンガポールで、空軍は沖縄でそれぞれ戦果を上げた。

 

 しかしそれでも、その程度で部下に頭を下げる人間がいるだろうか。それを分かっているからこそ、飯田はこの電話がただならぬ物だと感じていた。

 

『大戦略だ』

 

「大・・・戦略?」

 

 聞きなれない言葉だ。戦略に大を付けてどうする。しかしまあ、短期的、中期的な「戦略」を超えた、それ以上のものということなのだろう。

 

『我々は目先の対処にだけ気を取られていた。もし仮に、奴らがSEATO諸国を全力で屈服させたいのなら、狙うのはどこだ?』

 

 少なくともマレー半島じゃあない。

 

「・・・」

 

『呼び出すようなことではないが、重要であるのは確かだ』

 

 あとは画像を見ればわかる。それだけ言って電話は切れた。憔悴した声だった。何があったというのだ?

 

「・・・」

 

 真意を問いようにも電話回線は既に切れた。突発的にも程があるだろう。一体何が言いたいんだ・・・あの人は。そう思いながら持ち出し禁止となっているコンピューターを起動、軍用回線にアクセス。

 

「・・・」

 

 その画像は、自分の持つ権限ギリギリの閲覧レベルだった。背景がジャングルであることから、マレー戦線で撮影されたものと思われる。

 

 しかし異様である。外見は一見すると『駆逐級』に似ているのであるが。なんと表現すればいいのだろうか、『駆逐級』の下にでっかい袋が付いたとでも言うべきなのだろうか?

 

 

 説明文を見る。

 

 

[閲覧:特上Ⅲ以上]

 

[2022/7/24撮影のもの、鹵獲には失敗]

 

[下部の袋状の物体には高エネルギーの液体が貯蓄されており、駆逐級等へ『補給行為』を行うものと思われる]

 

 

「・・・」

 

 しかしこれ、いずれも知っている情報である。マレー戦線に登場した新型敵対的危険生物、『補給級』。陸上での行動に制限時間のある『駆逐級』に対し補給行為を行う存在で、発見し次第撃破せよとの命令が下っている。

 

 この画像だって見たことだある。というか、この画像は誰でも知っていることだろう。なんせ最重要目標として明日の朝日が昇る頃には将兵の末端まで回覧板が回っているはずなのだ。

 

 実際、飯田が今日ここまで疲れてしまったのも、こいつらが現れてそれ関連の仕事が一斉に舞い込んだからだ。当然だ。『補給級』がいれば『駆逐級』たちはより奥地へと侵入することが出来る。これまで各国は奇襲を受けた際の避難ガイドラインを『駆逐級』の行動制限時間に合わせて作成していたが、その大前提が覆ってしまったのだから。

 

 だが、なぜそれが機密、それもこんな高いレベルの指定に? 飯田の閲覧レベルは結構優遇されたもので、本来大佐程度の階級でさらに要職に就いていないともらえない閲覧レベルだ。

 

 

 なんとなく変な気持ちになりつつも、飯田は文書をスクロールしてゆく。

 

 

[袋状内部のエネルギーがどういったものか、どれほど『駆逐級』の行動時間を拡張するのかは現在のところ不明]

 

[袋はヴェールらしきもので覆われているが、これは特別な装甲ではないようで、小銃弾でも誘爆を誘うことが可能]

 

[誘爆した際の規模より、その爆発は何らかの爆発的な化学反応によるものと推測される。反応の種類は不明]

 

[また、スキャンの結果、ヴェールの下にはヒト種の上半身部分に酷似した器官があるものと思われる]

 

 

 上半身部分に酷似した器官。

 

 

 ヒト種の上半身部分に酷似した器官。

 

 

 ヒト種に酷似した器官。

 

 

 ヒトの器官。

 

 

 ヒト。

 

 

 

 

「・・・酷似、した・・・?」

 

 血の気が引いた。

 

 

[ただし下半身、頭部は確認されておらず、骨格も確認されていない。植物のそれを模したものだとする解釈も可能]

 

[この器官がどのような働きをしているのかは不明]

 

[この情報が各部署に不要な混乱を招くことを防ぐため、各員これの情報封鎖に全力を注ぐこと]

 

 その下には、スキャンの結果を示す画像が、精度は低いが、確かに人間の上半身だ。見方によれば袋に磔(はりつけ)にされたようだとも言えるだろう。

 

 

 

「・・・」

 

 ・・・隠していたのだ。

 

 陸棲型も、補給級も『意図的に』隠されていたのだ。

 

 

 そう、大戦略に基づいて。

 

 

「マレーへの攻撃は・・・」

 

 予感はあった。

 

「陽動であり・・・」

 

 

 ――――実験だ。

 

 

 頭を抱える必要はない。する意味がない。人類はまんまと欺かれた。陸棲型がなぜこれまで姿を現さなかったか? なぜこのタイミングで『補給級』が登場したか? なぜ一ヶ月もの間、奴らはマレー半島で踊り続けたか?

 

 迎えたからだ、人類の防戦限界が。

 

 天秤が傾いたのだ。何かは分からないが、天秤が。

 

 

 奴らは大戦略をもって、この『戦争』を押し進める。まず手始めにSEATOを締め上げる。

 

 次の手は――――。

 

 

 

「もう・・・分かっているじゃないか」

 

 

 大迫閣下があんな言い方をするだけはある、確かにこの資料の示す全ては見ただけでよく分かった。だが止められない。止められないからこそ『奴ら』は『補給級』を隠すこともなくマレー半島で試験運用(・・・・)していたのだ。

 なるほど、それで自分は呼び出しを受けなかったわけか。確かに呼び出されたところで、何が出来るというわけでもない。閣下が『個人的に』謝ったのも説明がつく。

 

 一ヶ月ほど前、『朝潮』と引き合わされた時のことを思い出す。『彼女』からの情報提供は万全ではなかった。『彼女』が伝えたのは未来ではなかったのだ。あくまである作戦の予言。

 

 敵対的危険生物の真実(こと)は、教えてくれてなどいなかったのだ。

 

 

「深海、棲艦・・・」

 

 思えば、自主的に口にするのはこれが初めてであった。向こうは生物の群れではない。仮説にあった群意識や、各々を統括する上位個体があるわけでもない。

 

 

 奴らは組織だ。明確な、ビジョンを持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐、箸が止まってますよ」

 

「ん? あぁ・・・すまん」

 

 意識は一気に戻される。ちょっと深く考えすぎていたようだ。どうやら小河原にも普通でない様子が伝わってしまったようで、彼は眉をひそめながら聞いてきた。

 

「・・・大丈夫ですか?」

 

 大丈夫なわけがない。しかし小河原に『あの情報』の閲覧権はない。

 

 

 

[この情報が各部署に不要な混乱を招くことを防ぐため、各員これの情報封鎖に全力を注ぐこと]

 

 

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴らは人類を絞め殺しに来ている。まず手始めにSEATOを潰す。

 

 SEATOの本部が置かれているジャカルタはとうの昔に奴らの手に落ちた。

 

 インドネシアやマレーシアは食い荒らされ、マレーに英国印度やタイ王国は釘付けとなった。

 

 パナマ攻略により、アメリカはそちらへと注意をそらされた。

 

 

 

 

 次の手は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――オーストラリア、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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