模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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我ら、遣豪満軍!

 地理の授業で習ったとは思うが、天気を語るときに重要なのは気候区分だ。降水量から気温まで事細かな基準があるのだが、まあ『とても寒い』『まあ寒い』『普通』『地中海な気候』『よく雨が降る、暑い』『乾燥している』みたいな大雑把な分類と思ってもらえれば良いだろう。

 

 で、ここオーストラリア大陸はその多くが『乾燥している』気候に属している。乾燥しているということは雨がなかなか降らないということであり、つまりはちょっとした草木しか生えない土地が延々と続くということだ。延々と続く枯れかけた草原と、所々に生えている低木・・・ここは荒野のウェスタン・・・それはアメリカか。

 

 

 そんな荒野を突き進んでいれば、いくらサスペンション付きのトラックでも揺れる。民製品ほど乗り心地に気を使わない軍用ならなおさらだ。

 

「痛っつ・・・!」

 

「おいおい、痛がるのはいいが、静かにしてくれよ」

 

 どうやらトラックに乗っていた一人が揺れでお尻を打ってしまったらしい。十数人を乗せているこのトラック、幌を被せられた関係で外の風景も見えず、奇襲攻撃のように突然揺れるのだ。そりゃ堪えるのは皆同じだろう。

 

「す、すまん・・・」

 

「昨日『駆逐級Ⅰ型』を仕留めた英雄様も、豪州の大地には敵わないってか?」

 

 一人が茶化すようにそう言い、先程までエンジン音とタイヤの擦れる音だけに支配されていた車内に笑いがどっと沸く。

 

 

 

 敵対的危険生物――――SEATO諸国においては、Deeperという呼称が政府筋でも使われる――――が豪州へと上陸してから既に二週間ほど。オーストラリア・ノーザンテリトリーのダーウィンに上陸した彼らは、その数にものを言わせ、沿岸が長大なために分散配置せざるを得なかった守備隊を突破、一気呵成に資源の宝庫であるオーストラリア大陸へと流れ込んだ。

 

 豪州への上陸はもちろん予期されていたことであり、それに対する対策も万全であった。上陸を受けたオーストラリア軍とこの時の為に派遣されていた満州軍は即座にその全力をもってノーザンテリトリー住民の避難活動を開始、緻密に建てられた計画は二日のうちにノーザンテリトリーの全住民、西オーストラリア州のダーウィンにほど近い地域に住む住民全ての避難を完了させた。

 

 その後の計画ではノーザンテリトリー地方とクイーンズランド地方の境界、東経138度付近にオーストラリア陸軍の主力を展開。Deeperの東進を防ぎつつ、少数精鋭の隊をもって大陸中央部に広がる乾燥地帯へとDeeperを誘い込む・・・海から来て、補給を必要とすると海に戻ってしまうのがDeeperだ、砂漠地帯の縦深を活かせば、進撃を防ぐことは容易。

 

 

 そう考えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

オーストラリア防衛計画概要

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【模倣の決号作戦番外編】

 

 ――――我ら、遣豪満軍!――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし野郎ども、よく聞けよ」

 

 トラック内の一人が声を上げる。トラックに詰め込まれた男たちの中では唯一士官服を着込んだ男だ。

 

「あと十分もしないうちに俺たちは作戦地域に到達する。衛星からの情報が正しいんなら奴らの『補給級』は現在俺らの20km先を爆走中。車列はこれより散開し鶴翼の陣形で奴らの爆走を食い止める・・・今回は随分な大所帯らしい、気を引き締めてかかれよ?!」

 

 

 そう『補給級』。陸上での活動時間が限られるはずの『駆逐級』に対しその下部に備えた袋状の器官に溜め込んでいる体液を補給し、この豪州の奥地まで進撃することを可能とした大犯罪人。彼らから補給を受けた『駆逐級』はますます勢いを増し、まだ確かなデータは得られてないが、通常の活動時間よりずっと長いあいだ無補給で陸上での活動を行うという。

 

「今日こそは鹵獲してやるぞ」

 

 そう誰かが意気込む。それに頷く周囲。せめて『補給級』を鹵獲することができれば、奴らが体内になにを隠し持っているか分かる――――そうすれば、今まで謎に包まれていたDeeperの活動エネルギーが判明する――――のだが、『補給級』は鹵獲しかけたところで、異常な程の熱を発し、そして激しく燃焼。その自殺行為とも言える行動により、これまで鹵獲に成功したことはない。仮説としては体内のエネルギーを暴走させているという説が有力で、実際そうなのだろうが・・・それに関わる仕組みが解明されないことにはその仮説は何の意味も持たない。

 

 

 

 そして、遂にトラックの運転席に設置された軍用無線がノイズ混じりの声を上げる。

 

『指揮車より各車両へ、作戦開始、散開せよ』

 

「聞いたな、行け!」

 

 そう命じられるまでもなく、運転手はハンドルを切りながらアクセルを地べたへ、一気に増速した軍用トラックは土煙を青空へと巻き上げながら豪州の荒野を進撃してゆく。精々人口二千万のオーストラリア大陸にはあまり道路が多くない、しかしそこに広がるのは平らな地形。車列は障害のない大地をそれぞれの方向へと突き進む。

 

 

 散開命令が出てからの車内は徐々に緊張が増しつつある。それも当然だ。これから挑むのは言わば「敵補給線の破壊」。どういうことか? 簡単だ。彼らは今、陸空の奮戦により維持している戦線を突破し、敵中に居るのである。

 

 失敗すれば、命はない。救助も難しいだろう。

 

 しかし成功すれば、前線で同胞たちをなぶり殺しにしている『駆逐級』たちにエネルギーは届かない。エネルギーがない『駆逐級』などただの得体の知れない謎の生物である。恐るに足らず・・・いや、それも十二分に怖いか。

 

 ともかく緊張するのは当然のことなのであった。

 

 

「おい、何時までヘルメット見てるんだ、気持ちわりぃ」

 

 と、そんな中で気の抜けた会話。ヘルメットを覗き込んだままの兵士がいたのだ。彼は気持ち悪いと言われたことを気にする様子もなく、相手にヘルメットの中身を見せる。

 

「・・・こうやって写真を貼っておくと弾が避けていく、って言われたんだ」

 

 彼が見せたヘルメットには――――冠ると丁度後頭部に当たる部分に――――写真が貼られていた。

 若い満州族の女性だ。たしかこういうのを、満州美人と言うんだっけか。

 

「惚気かよ・・・見るんじゃなかった」

 

 流石に見ず知らずの女性の写真をこんなところまで持ってくるはずがなく、彼と写真の女性はなかなか深い関係であることが伺える。

 その証拠に、彼の頬は緩んでいた。

 

「お、死亡フラグかな?」

「やめーや」

 

 と、お隣から茶々をいれる声、満州国は五族協和を掲げ、様々な人種が共存する国だ。とはいえやはり日本人の入植者が多い。それゆえ日本文化の影響もあり、2022年ともなればサブカルの力は偉大である。血気盛んな20代の志願兵、それも日系となれば尚更だ。

 

 そんなやり取りで少しだけ緊張がほぐれる。まぁ、こんなやり取りを苛立った目で見ている兵士も車内にはいるのだが・・・それは仕方がないというものだろう。

 

 

 そして、トラックは減速を始めた。いきなり急ブレーキをかけたら危険なので、滅多なことがない限りはゆっくり減速する。

 

「降車! 降車!」

 

 とはいえスピード命の軍隊。トラックが止まるか止まらないかのうちにかかる号令、完全武装の満州軍二個分隊はトラックより吐き出されるように降りてゆく。降車地点は周囲を小高い丘陵に挟まれた場所。なるほど、他の部隊に攻撃された『補給級』が流れ込んできた場合、我々は見事に奴らの進行線上に立つというわけだ。迎撃地点としてはなかなか好都合な立地である。

 

「木月と神谷、鈴浦は周囲の警戒、他は配置つけ!」

 

 各員が適当な位置へと散開、遅れて付いてきた豪州の装甲車(ブッシュマスター)も合流する。そこから数名の豪州軍兵士が降り、合同で簡易的な陣地を構築する。陣地といっても、ホントに陣地と呼んでいいのか分からない代物だが、まあ時間がないのだ。気にしちゃいけない。

 

「少尉、第二小隊が『補給級』の一団と出くわしました。数は数十とのこと」

 

 トラックの無線に貼りついた兵士からの報告。数十、当然それは突っ込んでくる集団の極一部、実際には数百の『補給級』が向かってきていることだろう・・・相変わらず数にものを言わせる連中だ。満州軍少尉は豪軍のブッシュマスターの方へ振り返り、向こうの指揮を担当する曹長へと英語で話しかける。

 

「曹長、こちらの武装はそこまで強力じゃない。わかっていると思いますが。最悪の場合は敵の通過を許すことになります」

 

「当然です。こちらだって損失は避けたい、よろしくお願いしますよ」

 

 そう言いながら二人は握手。豪州に展開している満豪連合軍は編成されたばかりということで碌な合同訓練も受けていない。彼らだってこれが初の顔合わせだ。互いに戦力が足りない以上、こういった現地レベルでの交流は不可欠だった。

 

 

 そんな話をしている間にも、持ってきた僅かな爆弾を設置するなど迎撃の準備は進む。

 

 

 そして遂に、トラックの上部に登って周囲を警戒していた兵士が双眼鏡から目を離す。

 

「正面より接近! 補給級10、それと・・・駆逐級! 駆逐級が4!」

 

「ちっ、護衛付きか・・・戦闘用意! 第一分隊は小銃てき弾用意!」

 

 小銃てき弾とは、火力が足りない歩兵科の持つ対戦車武器の一種だ。小銃の銃口の先端部に『装着』し、迫撃砲の要領で撃つ。ちなみに水平方向への射撃も可能ではあるが、まず間違いなく射手は顔を火傷することになるだろう。

 

 

 少尉たちの視界にも煙を巻き上げながら突っ込んでくるDeeperの姿が大写しとなる。別の部隊にも攻撃を受けたのだろう。既に向こうもここを突破するしかないようで、フルスロットル、全速力で突っ込んでくる。よく見張りは正確な数が分かったものだ、先頭の数体が巻き上げる土煙で、後ろの姿が見えない。先頭を走るのは『駆逐級』だけだ。『補給級』には極稀に『駆逐級』と行動を共にしている種があるが、向こうが突撃体勢に入ると、その足の速さの違いから自然と『駆逐級』が前方に出てきてしまうのである。

 

「距離400!」

 

 Deeper『駆逐級』の走破力をもってすれば三十秒ほどで突破できる距離だ。しかしまだ撃つには早い。

 

「距離350!」

 

 仕掛けた爆弾はここから約150m地点。後続が来ることも考えると、出来れば温存したい。

 

「距離300!」

 

「狙え!」

 

 少尉の掛け声と共に満州軍、豪州軍が一斉に構える。

 

「てえっ!」「Fire!」

 

 市販の花火が打ち上がるような情けない音を立てながらてき弾が弾道を描いて飛翔、約250m地点で先鋒の『駆逐級』たちを炎の渦で包み込む、既に『駆逐級』に対する形成炸薬弾の有用性は証明済み、全弾命中は無理な注文だが、四体の内二体を擱座させる。

 

 それで十分。SEATO5.56mmが走り、『駆逐級』や、二体が擱座してしまったために無防備となった背後の『補給級』に突き刺さる。『駆逐級』に関しては確かに小銃だけで倒すのは難しい。しかし『補給級』は違う。

 

 

 なんせ奴ら、正体は知らないが濃密なエネルギーの塊をその太った身体に蓄えているのだ。

 

 

 一瞬の閃光、続いて轟く爆音。『補給級』のエネルギーを溜め込んだ袋に誘爆したのである。一度爆発してしまえば突破のために密な陣形を組んでいたことが仇となる。『駆逐級』の後ろに隠れていた十体の『補給級』は次々と誘爆、『駆逐級』もろとも吹き飛ばす。

 

 

「・・・撃ち方やめ」

 

 号令をせずとも既にほとんど銃声は止んでいた。おぞましい爆発の後に残ったのは無。残骸すら粉々になってしまったようだ。あの膨大なエネルギーは本当にどこから来るのだろう。

 

 少なくとも、今はそれが自分らに向けられなかったことに感謝する他ない。

 

 

 しかし、さきほど少尉が言ったとおり敵は大所帯。もちろん息をつく暇などない。

 

 

「さらに接近、駆逐級八、補給級多い!」

 

「また駆逐級だと? 多すぎる・・・」

 

 おかしい話である。これまで三回ほど敵補給線撃破のためこうして敵中に飛び込んだが、基本的に『補給級』の一団はそれらのみで行動している。新手の戦力として送り込まれてくる『駆逐級』の群れとなら出くわしたことはあるが、そもそも『補給級』と駆逐級は足の速さが違う。仮に同じエリアに両者がいたとしても、足の違いからすぐバラバラになってしまうはずだ・・・となると、先発の『補給級』に後から追いかけてきた『駆逐級』の一団が追いついたということだろうか。

 

 

 ・・・それとも、上陸した時から『護衛』を?

 

 

「哨戒、状況報告」

 

 その予感に突き動かされるように少尉は無線機を手にとる。

 

『一番、異常なし』

『二番、異常なし』

『三番、同じく』

 

 哨戒に出した三人から返答が帰ってくる。異常なしということは、つまり今確認されている一団以外にこちらに近づく勢力はいない、ということだ。

 

「少尉殿(lieutenant)、我々は後退すべきでは?」

 

 豪州側も同じことに嫌な予感を感じたのだろう。

 

 

「・・・そうだな、今突っ込んでくる連中を排除し次第退却する」

 

 それだけ言えば向こうも了承の意を示し、豪州兵士へと英語で指示を出している。

 

「撤退準備! ここを凌いだら一旦引くぞ! 歩哨戻らせろ!」

 

「了解!」

 

「内田、指揮任せる」

 

「はっ!」

 

 そう言いながらトラックへと戻り、無線機にとり付く少尉。担当の兵に指示、上とのチャンネルを開く。割り当てられた部隊名を素早く述べ、要件をマイクへと叩き込む。

 

「敵『補給級』に『駆逐級』の護衛多数。我、E7ポイントを放棄予定」

 

『・・・』

 

「指揮車、応答せよ!」

 

 雑音のみ。

 

「・・・?」

 

「てえっ!」「Fire!」

 

 マイクを握り締めたままの少尉の耳に、てき弾の飛翔する音とと小銃の発砲音が入ってくる。

 

「・・・チャンネル変えろ、航空支援要請、我孤立セリ」

 

 航空機は戦線を突破した時にDeeperに気づかれてしまう。そうなれば獲物に逃げられてしまう。そのため、補給線の攻撃でこれら航空戦力を呼ぶことは普通ない。

 

 航空支援は、撤退を援護してもらう時のみ。

 

「りょ、了解!」

 

 もう悠長なことを言っている暇はない。鶴翼の陣形のように展開した各部隊はほぼ同時に流れ込んでくるDeeperと戦端を開いたはず。

 

 周りから通信が入らないということは。つまり、そういうことだ。

 

 

 トラックを降り、撤収準備のためにより密集陣形になっている部隊を見る。てき弾担当の兵士たちも既に小銃弾を叩き込んでおり、分隊支援火器やブッシュマスターに備え付けられた重機関銃も火を吹く。

 

 しかし、いかんせん突っ込んでくる敵の数が多すぎる。『駆逐級』で擱座させられたのは僅か一体。

 

 

「爆破!」

 

 

 指揮を任せた曹士の掛け声とともに250m先の『駆逐級』が――――正確にはその足元が――――一斉に爆ぜる。個人携帯火気などとは比べ物にならない、急激な科学反応が『駆逐級』を爆炎で包んだ。

 

「装填!」

 

 その爆炎を眺める暇もない。一斉に膝をついて装填作業に入る満豪両軍。数秒でそれを済ませる頃には、爆炎から次々と『駆逐級』が飛び出してきたところだった。

 

 その数、五。爆破タイミングが遅かったらしい。後ろの『補給級』も潰れているといいが・・・。

 

 

「距離200!」

 

 もはや報告も悲痛な叫びである。少尉は曹士に視線を送る。何も無理に指揮を戻す必要もない。やることは単純なのだから。

 

「RPG、かまえっ!」

 

 その号令を聞いた数名の担当が小銃を足元に置き、代わりに長い棒を担ぐ。

 

 ソビエト・ロシアより緊急輸入した東の携帯式の形成炸薬弾頭を備える対戦車擲弾発射器。彼らが構えるのはその長々と続くRPGシリーズの一つだ。使い捨て式で、使い回しと命中精度を意識した新型。細かいことを言わせるな、兵器も兵士も、とにかく足りないのだ。

 言い値で構わないとまで言って満州国防省が緊急輸入したとも噂されるそれ。金で戦うのが資本主義、悪くないじゃないか。

 

 

「距離150!」

 

「狙え!」

 

 発射手は後方に味方がいないことを確認――――多くの無反動砲で同じように、後方数メートルは弾頭直撃よりも痛い目に遭うよう出来ているのだ――――してから照準器を覗く。

 

「距離100!」

 

 持ち込んだRPGは僅か数丁、外れればおしまいだ。

 

 

「撃てぇ!!」

 

 永遠に等しい数瞬を経て、号令。それとともに飛び出す対戦車擲弾、装甲貫徹力向上のために取り付けられたロケット推進装置により一気に加速され、それぞれ『駆逐級』の正面からぶち当たる。

 柔らかい『駆逐級』のことを考えて弾頭は対人向けのサーモバリック爆薬。僅かに食い込んでから燃料気化爆弾の次世代と目されるサーモバリック爆薬はその威力を存分に発揮、奴らの顔面が潰れる間を見ることもなく一気に内部から破裂。固体から爆発的に気化し、一瞬の間に構築された気体爆薬が『駆逐級』であったそれを引きちぎり、燃やし尽くす。運動エネルギーだけを残した破片が燃え落ちながら地面を転がる。

 

 それを見たのか後に続く『補給級』も足を緩める。爆炎が上がっていようとどこにいるくらいはこの距離なら一目瞭然で、小銃弾の集中砲火を浴びて次々と爆炎を上げてゆく。耳をつんざく爆音の汚いハーモニー。

 

 爆炎が収まるまでもなく少尉は指示を下した。撤退、その最後のチャンスは今だ。

 

「よし、後退だ、乗車!」

 

「乗車! 乗車!」

 

 次々と乗車、二個分隊分の満州兵士は祖国で訓練したように素早く、かつ整然と飛び込んでゆく。

 

「神谷! 戻りました!」

 

「遅いぞボケ!」

 

 哨戒に出ていた最後の兵士が駆け込む、それより早くにエンジンの回転がシャフトに伝わり始め、彼が味方の手を借りて乗り込む頃にはトラックは粉塵を巻き上げ始めていた。

 

「・・・」

 

 走り始めるトラック。先導するブッシュマスターに追随し、どんどん加速してゆく。『駆逐級』は50km近い快速を叩き出すが、こちらだって自動車に乗ればその程度の速度は出せる。

 

 しかしだ、少尉の背には汗が流れていた。それは大陸の暑さからくるものではない――――そもそも南半球にある豪州にとっての八月は冬だ。『補給級』は『駆逐級』を護衛につけていた。確かに『補給級』は我々にとっては最優先攻撃目標なわけで、積極的に狙っていたことは事実だ。護衛を付けることは理にかなっている。

 

 しかし・・・Deeperに知性はないのではなかったのか?

 

 

「・・・幌外せ」

 

「少尉?」

 

 呟くような、重々しい命令の仕方だった。曹士も思わず聞き返してしまう。

 

「幌を捨てろといったんだ」

 

「は、はい・・・おい、幌の結びを解け!」

 

 軍用トラックには乗員を太陽から守るように幌がかけられているわけだが、もちろん直ぐに外すことが出来る。

 バサリと大地に落とされる緑色の幌、たちまち土埃のなかに紛れ、小さくなってしまう。

 

 

「残弾数報告」

 

 そう言えば順序よく報告が行われる。弾切れの心配はないようだが、トラックに密集して乗っている以上、てき弾を発射することは不可能だ。

 

 そして、少尉の予感は見事に的中する。それは悪い予感なわけで。

 

「十一時の方向、『駆逐級』四体接近、距離1500!」

 

「続いて三時の方向! 『駆逐級』七体! 距離1600!」

 

 前線から戻ってきたのか、それとも――――初めよりここで待ち構えていたのか。

 

 

 少尉も自身に配給されている双眼鏡を覗き込む、ありゃ『駆逐級Ⅱ型』だ・・・『駆逐級Ⅰ型』と違い、突撃よりも――――

 

 

 

 ――――砲撃を重視する。

 

 

 双眼鏡の中が一瞬光を放ち、黒炎が上がった。

 

「わあぁああ! 撃ってきた!」

 

 砲弾が空気を切る、あの特有の鳴き声が聞こえる。つまり音速より弾速は遅い。距離を鑑みると発射から着弾までその時間は5秒以上。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「回避!」

「はいっ、回避運動!」

 

 運転手は叫ぶやいなや、ブレーキと同時にハンドルを切る。荷台の兵士たちを振り落とさんばかりの横Gがかかり、トラックは乾燥した大地を滑る。ブッシュマスターも同様に車体を滑らせる。

 

 秒も数えずに目の前数メートルが爆ぜる、運転手はハンドルを戻し、元の直線へと戻す、それと同時に第二射、この距離で当たらなかったのだから感謝する他ないだろう。

 

 しかし、向こうはよほどこちらを食いたいらしい、当然だ。我が軍は奴らの命綱である『補給級』を何体も狩った。よくよく考えれば、これまで何もしてこなかったほうが異常なのだ。

 

「前方より駆逐級十二! 距離800、突っ込んでくる!」

 

 

 突っ込んでくるということは『駆逐級Ⅰ型』か。僅かな勾配を巧みに利用して隠れていたのだろう『駆逐級』が現れ、そして加速し始める。

 耳に届くのは砲撃の着弾音と、そしてこの世のそれとは思えない叫び声。

 

 

 まさに絶体絶命。

 

 

「(航空支援は・・・まだかっ?)」

 

 少尉はその僅かな可能性に駆ける。Deeperが空中の目標を優先して――――ほとんど当たらないと分かっていても――――攻撃するのは周知の事実である。本格的な航空支援でなくともいい、偵察ヘリの1機が突っ込んで来るだけでもこちらへの圧力は大分減る。

 

 

 

 しかし戦場、それは確率の支配する空間。

 

 

 航空支援が来るまで回避が成功し続ける確率は、どのくらいだろうか?

 

 

 

 トラックが大きく揺れた。いや、揺れたのではない、少尉の位置からでは見えないが、右前輪付近に『駆逐級Ⅱ型』の放った砲弾が着弾。破片と爆風が巨人の手のようにトラックにビンタを食らわせたのだ。途端にトラックは右から持ち上がり、左だけで走るというアクロバティックな走行を披露――――

 

 ――――そして次の瞬間にはバランスを喪失する。ハンドルを切る関係で正面を向いていなかったのだろう。前輪左タイヤが悲鳴を上げ、直進するトラックが大きく傾く。左だけに圧力のかかったトラックはそのまま滑るように左折、十数人の搭載物をぶちまけながら横倒しとなった。

 

 

 

 

 

 

「――――少尉、少尉!」

 

 落ちかけた意識、しかし引き裂かれるような背中と部下の声が少尉の失神を許さない。

 

「立てますか?!」

 

 状況など、聞く必要もない、周囲を見回せば振り落とされた兵士が所々で重なり、そして数名のみが起き上がろうとしていた。横倒しになったトラック。少尉は口を開きか

 

 敵弾、トラックに命中。土煙と上がる爆煙、そして飛び散るいくつかのパーツ。

 

「くそっ、走れ!」

 

 叫べるだけマシだろう。無意識のうちに受身でもとっていたのか、激痛は急速に引いてゆく。もしも彼が士官服に身を包んでいたのなら、この程度では済まなかったはずだ。ライフル弾の直撃を防げない防弾チョッキもこういう時にはとても役に立つ。

 

 しかし砲弾が着弾、付近にいた兵士に破片が突き刺さり、ワイヤーアクションのように吹き飛ぶ。無論そんな事に構う余裕はなく、少尉は動けそうな人間の数を確認する。なんせ足がなくなったのだ。突っ込んでくる『駆逐級』の数はいくつだったか、いや重要なのは数じゃない。どうせ一体であってもこの状況では対処のしようがない。

 

 少尉は近くの倒れた迷彩服を持ち上げ、肩に担ぐ。彼は気づいていないが、その首はあらぬ方向にねじ曲がっている。

 

 周りも動けるものが周りを助ける形で動こうとする。止まっていれば砲火を受けて終わりだ、しかし近づいてくる地響きが彼らが逃げることを許すはずもない。

 

 

 万事休す。その言葉が少尉の頭をよぎった。目の前の『駆逐級』との距離はあと何百だろうか。

 

 刹那、奴と眼があった。何も考えていないに違いないその眼に浮かぶのは殺意のみ。後ずさるほどの余裕も、抗うほどの実力もない。

 

 

 その思考を断ち切るかのように、『駆逐級』の姿が見えなくなった。

 

 いや、見えなくなったのではない。『覆い隠された』のだ。

 

 

 何に?

 

 

「!」

 

 豪州軍、ブッシュマスター。上部に重機関銃を一つ、後方には二つ装備した歩兵機動車。その軽装甲を生かした軽快な動きで、満州軍と『駆逐級』の間を駆け抜ける。

 

 注意を逸らすかのように。

 

 危険すぎる、まず出た感想はこれだった。少尉が逆の立場なら見捨てるに決まっている。こちらは機動力を失った。向こうにだって十名の乗員がいるのだ。それだけでもここを脱出すべきである。

 

 

 いや――――本当に自分はそう判断できるだろうか?

 

 出来るわけがない、仮に満州の地で彼らと轡を並べるなら、決して彼らを見捨てたりはできないはずだ。

 

 助けに来た盟友を見捨てられるだろうか? いや、誤解しないでほしいが別にこちらが「助けに来てやった」などと奢っている訳ではない。

 第二次世界大戦で世界の勢力図は大きく変わった。それ故の、連携なのだ。ただそれだけだ。

 

 

 友軍は『駆逐級』を翻弄するように荒野をかける、見事に食いついた『駆逐級Ⅰ型』がそれを追い、『駆逐級Ⅱ型』も砲撃をそちらに集中する。奴らやはり仲間意識はないようで、誤射も構わぬ構えだ。

 

 激しい動きで翻弄、重機関銃の雨あられで『駆逐級』の顔面を穿つ、下手くそな砲撃が同士打ちを招き、さらに叫び声を上げる『駆逐級』。

 

 

「走れ! 走れ!」

 

 とにかく叫ぶ、彼らの援護を無駄にすることは出来ない。友軍に応える方法は、ここを生きることのみ。

 

 ただ進む。長い道のり、不整地の足元。

 

 

 

 そして――――女神は来た。

 

 

 空を切る羽音。周囲を威圧する短い間隔で放たれるくぐもった羽音。

 

 

 ヘリだ。

 

 

 そう確認すると耳に入るのは対地ロケットが飛翔し、空を切り裂く音。

 

 殲滅まで、そう時間はかからないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭集団ノ沈静化ヲ確認、作戦目標ノ達成ヲ認ム。

 

戦死・201名(満174、豪27)

生還・22名(満12、豪10)

   内負傷6名(満6)

 

《満州国防軍資料より》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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