模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-57Days

「……よって、この重量の砲弾であっても『巡洋級』に対する攻撃としては十分であります」

 

 会議、会議。そして今日も会議。省勤めだからもう慣れた。どれも必要な会議だ。

 スクリーンに必要な情報が映し出され、それに関する説明が一通り終わる。

 

 説明が終われば、次は質疑応答。

 質問が上がる度に担当の者が答える。現代の技術・組織は高度に複雑化しており、人一人では到底把握し得ない。だからこうして質疑応答を繰り返すことで、可能な限り情報を共有する。

 

 そしてある質問が挙がった。

 

「対策室の方としては、陸棲型に関してどう考えておりますか?」

 

 先日――――というか昨日の話だが――――行われた82式電磁投射砲、その量産型の発射試験。

 ミサイルに劣らぬ長距離射程と野砲並みの速射性を買われて量産化が決まったこの兵器であるが、軍部での運用に対する意見はやはり割れる。

 早い話。やはり高コストな兵器なのである。発射機構がバカ高いのは当然だが、その機構上弾体も含めて電気回路を構成する――――つまり、弾体も伝導体である必要がある。弾頭自体が伝導体である必要はないが……まぁいずれにせよ、少なからず加工に手間がかかる伝導体が使い捨ての消耗品扱いされることに変わりはない。より割安な素材はあるにはあるが、いかんせん発熱量が多く砲身に負荷をかけることになる。

 

 もちろん、電力コストを除けばミサイルを発射するより格段に安い。しかし、通常の砲弾と比べたときはどうだろう。そもそも取り回しの利く通常兵器と違って電磁投射砲は固定砲台。電力供給の上限が一度に投射できる瞬間火力と決まってしまう。

 全ての局面でこの兵器を用いることはできない。

 

 

 要するに、どういった局面で使用するのか、それが問題なのだ。

 

 

 今出た質問はその一つ。陸棲型に対する電磁投射砲の運用法についてだ。

 

 飯田はマイクを取って、そのスイッチを入れた。機械によって増幅された彼の声が、三十人ほどがいるこの施設に響く。

 

「対策室長の飯田です。陸棲型の敵生(敵対的危険生物)に関しましては、上陸直後に乙型による長距離射撃にて攻撃能力を喪失せしめるのが最良かと」

 

現在知られている陸棲型の攻撃方法は高出力の砲撃のみである。瞬間火力が高くともそれはあくまで点の攻撃であり、射程外(アウトレンジ)より砲撃を行ってしまえば手も足も出ないはずだ。

 飯田はそれだけ答えて席に着こうとしたが、そこで素早く上がる質問。

 

「82式電磁投射砲乙型の有効射程は衛星運用下でも200kmと聞いています。現状の四国重点配備では、鹿児島湾沿岸に上陸された場合に射程外となるはずです」

 

 それに関しての対応は?

 そう問うてくる陸軍佐官。

 

 82式電磁投射砲が量産体制に入ったといえど、当然ながら数は限られる。長射程砲撃を想定し、尚且つ長期間の運用が想定される乙型に関しては、瀬戸内海沿岸の四国地方に配備されることとなっていた。

 一時期は第三軍――――中部、東部方面軍のそれぞれ一部を統合した日本海側を担当する軍――――にて配分される可能性もあったが、産業・軍事の一大拠点である瀬戸内海を守らずしてどうするか、といった具合でどうにか経産省、空軍庁を説得したのだ。

 

 四国配備は間違った選択ではない。ここなら第三軍が最重要防衛目標と定める若狭湾も射程に収めることが出来るし、瀬戸内海は言うまでもなく自衛海軍の根城。負ける所以が――――というか、ここで負けるようなら祖国の陥落は必至である。負けられない――――なく、長射程の乙型を配備するには丁度良い場所だ。

 

 しかし陸軍佐官の質問は的を得ている。四国に配備すると、九州南部はその射程から外れるのである。82式電磁投射砲の有効射程は約200km。

 

「それはあくまで命中誤差1メートルを想定した場合です、飛翔距離自体は300程度なら可能ですし、陸棲型(もくひょう)は大きい」

 

 そう言えば、一応の納得は得られたようで、佐官は椅子に座りなおす。

 

 しかし、この飯田への質問――――つまり、陸棲型と渡り合えるかという問題――――は議論を別の方向に持って行ってしまったようだ。別の声が上がる。

 

「対策室長、質問よろしいでしょうか?」

 

 それは東海関東の防備を司ることとなる第一軍からの士官が放ったものだった。

 飯田はこの場の司会ではない。念の為にこの場における最高位へと目配せ。

 表情に変化なし、問題はないようだった。それなら許可を出さないという選択肢はおかしいので、飯田は許可を出す。

 

「どうぞ」

 

 彼は立ち上がった。陸軍の尉官だった。

 

「現状、陸棲型の敵生を『無力化』したという報告はありますが、『排除』したという報告はありません。仮に砲撃により無力化の後に地上部隊で排除に向かうとして、その際の援護はどうするおつもりですか?」

 

 

 ――――陸棲型の敵対的危険生物。

 

 これらの発見報告は七月中旬のことである。初めは沖縄とシンガポール。後の調査でジャカルタのビル群にも潜んでいることが明らかとなった。

 

 これに対してSEATO軍は各国共同で稼働航空戦力の三分の一近くを投入する大規模航空作戦を実施、沖縄・シンガポールの陸棲型に千数百tの航空爆弾、誘導弾を食らわせている。

 これまで人類は新種の出現の度に手痛い損害を被っており、陸棲型の出現は今後の陸戦に暗い影を落とすに違いない存在であったからこそ早急に実施がなされたこの航空作戦。

 効果はあったのか、それとなかったのか。少なくとも現状では両陸戦型は沈黙を保っており、『無力化』には成功しているという見方が一般的である。

 

 ジャカルタの陸棲型に関しては、残念ながら距離がありすぎて航空作戦は難しい――――SEATO軍の航空基地は、遂に戦地となったタイや英国印度に存在する。ジャカルタとなるとやや無理のある作戦になるのだ――――が、それは相手も同じ話。現状では互いに手出しできない状況であるとされている。

 

 

 尉官の質問はその陸棲型が日本に上陸した際、いかにそれを排除するか、というもの。

 

 答えは決まっている。というよりか、

 

 「やるしかない」

 そう答えるしかなかった。

 

「陸棲型の排除に関しましては……」

 

 端的に言えば「やるしかない」という結論に理屈を付けて説明しようとした飯田、しかしそれがマイクに伝わることはなかった。

 

「失礼、横から口を挟むようで申し訳ないが……」

 

 申し訳程度の謝罪を口にしつつ、遮る形で別の声が上がったのだ。

 

「……陸棲型が『上陸作戦』を行うという話は聞いていない。その可能性を考慮すること自体が無意味では?」

 

 別の方からまた声が上がる。

 

「いや、沖縄では陸棲型の急速な展開が確認されました。よってそれを応用すれば、沿岸部に強襲することも十分考えられます。いや仮に直接上陸されなかったとしても、攻撃圏内……例えば種子島などに上陸して此方の航空作戦を妨害するなどの可能性は考えられます。我々に島嶼を全て守る余裕はない」

 

「その際は砲撃で無力化すればいい話、どのみち放棄せざるを得ないのだから、問題はないでしょう」

 

 

 これにより対策室長に質問するという議論の形態は崩れた。それぞれが最低限の秩序を保ちつつ論戦へと突入。

 

 

「(中佐、話がズレてきましたね)」

 飯田に小河原が耳打ちする。飯田も小声で返す。

 

「(こんな話は、別の場所でやってほしいがな)」

 

 この場で話し合われているのは82式電磁投射砲の運用方法に関しての意見すり合わせであるはずだが、会議は陸棲型の対策、というよりかその脅威に関する想像を膨らませる場になり始めていた。

 

 陸棲型に関してはもちろん軍も注意を払っているし、そのためのチームもきちんと編成されている。だからそれはそちらに任せて、こちらはこちらで任せられた仕事に注力すべきなのである。

 しかし、残念ながら陸棲型(こちら)の関心は高かった。当然といえば当然であるが。

 

 とはいえこの流れはよくない。

 飯田はこの場での議長役に当たる上手に座る人物へと目をやった。

 会議から議論へと加熱し始めたこの場を見据え、焚きつけることもしなければ、消火活動もしない上級将校。略綬の数も周囲より多く、なによりも陸軍中将を示す黄色地に輝く二つの銀色の星が異彩を放つ。

 

 千駄ヶ谷陸軍中将……方面軍より再編された第二軍の指揮を預かる人物である。中将が九州から瀬戸内海沿岸、四国に渡る広範な地域の指揮権を得ているというのも不思議な話だが、これは第二軍が方面軍の上位の存在ではなく方面軍と同格の組織であることから来ている。

 

 

 陸軍の大増員により、特に九州四国に配置される人員の数は数倍に膨れ上がった。本来ならば指揮系統をさらに分割すべきという意見もあったが、今回行われたのは再編という形での南西方面軍と中部方面軍の統合。ただでさえ太り始めていた隷下部隊の数は琉球諸島事変以前の数倍になっている。

 もちろん敵対的危険生物の上陸が予想される地域が統合前の二個方面軍の守備範囲にまたがっていることを考えれば、この統合が間違っているわけではない。

 現代なら情報通信の技術も革新的に向上しているわけで、はっきり言って日本程度の小さな島なら、陸軍の管区は全て統一されていてもおかしく――――実際には、各方面軍はそれぞれ特色を持っているのでそんな簡単な話ではないが――――ないからだ。

 

 

 そんな第二軍を指揮する千駄ヶ谷陸軍中将は、未だ沈黙を守っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その後の会議に大きな進展はなく、次の会議での目標と各部署の調査項目(しゅくだい)を決めただけで終わることとなる。

 会議を終えた飯田はひとまず資料を鞄へ放り込むと、さっさと退出した陸軍中将を追った。

 

「千駄ヶ谷閣下」

 

 振り返る陸軍中将。飯田の姿を認めると、僅かに笑みを浮かべた。

 

「ん? おぉ、孝介か、遅れたが中佐への昇格おめでとう、いよいよ出世街道だな」

 

「ありがとうございます」

 

 それだけ言うと再び歩き出す千駄ヶ谷。飯田はそれに追随。

 

「それにしても……わざわざこんなところまで出向いてもらってすまないな」

 

「熊本の防備体制の確認もしたかったところですし、なんら問題はありません」

 

 沿岸部で敵対的危険生物の攻勢を殺しきるのは難しいとされている以上、内陸部への浸透を許すのは仕方のないことだ。それならばいかに被害を減らすかが重要である。

 

 ここは最南端の政令指定都市で、この地域の中核都市でもある熊本。ここは確かに海に隣接してはいるが、以前より南西方面軍の司令部が置かれているなど軍事拠点としての存在感も強く、九州南部への重要な中継点でもある。可能ならば保持したい。

 幸いなことにここは丘陵地帯であり、防御向きだとされているが……まあ都市であるということは住民が多いということ。要塞化自体は進んでいないのが実情だ。

 

「……間に合うんでしょうか?」

 

「なに、最悪はビルを切り倒して道を塞いでしまえばいい」

 

 千駄ヶ谷はいつもと変わらぬ様子で笑う。

 

「記者連中に聞かれたら面倒なことになりますね……」

 

「ふっ、違いないな」

 

 千駄ヶ谷は陸軍将官、それに対し飯田は対策室長の要職に就いているとは言え海軍佐官。

 奇妙な組み合わせだが、こうして千駄ヶ谷と飯田が長い付き合いを続けているのも、ひとえに千駄ヶ谷が飯田啓介(飯田の父)の部下であったからだ。

 

「そう言えば孝介」

 

「はい」

 

 千駄ヶ谷は次の言葉を放つ。わざとらしくトーンを落とす。

 

「最近……いや抽象的な表現はよそう。ここ一ヶ月、変な噂を聞かないか?」

 

 ここ一ヶ月というと八月中のことを示すのだろう。

 

「……いえ、特には」

 

 実際に聞いていないのだからそう返すしかない。

 すると千駄ヶ谷は、やや深めのため息を吐く。

 

「そうか……くれぐれも気をつけろよ」

 

 彼の忠告は決して珍しいわけではない。

 だがしかし、的確ではある。なにかがあるに違いなかった。

 

 そして、「気をつけろ」で終わらせたあたり、問い詰めても返事はないのだろう。

 意図的に伏せているのか、それとも抽象的にしか彼も情報を得ていないのか。

 

「……」

 

 無言で様子を伺う飯田をどう思ったのだろうか。千駄ヶ谷は一瞥してから言う。

 

「今度また何処かで飲もう、ゆっくり落ち着いてな」

 

 それが会話終了の合図である。どちらからでもなく歩調を変え、二人は別れた。

 

 

「……小河原」

 

「はい?」

 

 飯田は後ろからついてくる自身の部下に問う。

 

「お前は聞いているか、そういう噂」

 

「中佐が知らないのに知っていると思いますか?」

 

 ……まぁ、そうだろうな。飯田は口の中で呟いた。予想通りの答えであったからだ。

 

 しかし……千駄ヶ谷閣下は何かの意味があってあんな言い回しをしたはずなのだ。この忠告は助言か、はたまた警告か……。

 そこまで考えた飯田は一度思い直す。結論から言えば自分は何も知らない。それがなんであれ調べる時間はない。

 

 結局、自身は対策室長という歯車に過ぎない。それが自身を耳と目を閉じ口を噤んだ人間(愛国者)たらしめる理由ではなかったか。

 虚しいが、これが現実だ。その範疇で出来ることがあるのだから、それでも十分。

 

 切り替えるように制帽を被り直した飯田は、部下へと指示。

 

「小河原、明日中に鹿児島湾の防備体制も確認、明後日の対策室の定例に間に合わせる。連絡(アポ)をとってくれ」

 

「了解」

 

 そう言いつつ庁舎を出る。夏服である第二種軍装がまだ夏を忘れぬ太陽に照らされる。空調に守られていない残暑の空。もはや鳴く蝉もいなかったが、それでも秋は遠かった。

 

 今日はこのまま熊本より鹿児島へ移動、そして……。

 

 

 と、そこまで巡らせた思考を遮る存在がひとつ。

 

 

 

 丁度陸軍の敷地を出た時だった。熊本には路面電車網が整備されており、飯田たちがこれを使うために正面から歩いて出てくることを見越していたのだろう。

 

 いつもの人を弄ぶような声質。

 後ろで纏められた髪。

 

 

「ども、恐縮です!」

 

「……」

 

 飯田は足を止めた。

 いや正確には、歩みを緩めたと言ったほうが適当だろうか。

 小河原が警戒態勢に入る気配がしたが、飯田は彼女のことを知っている。

 

「痩せたな……青葉」

 

 九月に入っても暑いことには暑い。その証拠として彼女は半袖で、最低限のお洒落をしつつの軽い服装だった。

 不思議なのは、それでいて彼女が重苦しい雰囲気を纏っていることである。

 

 だが、彼女は笑う。

 

「痩せたって……飯田室長、ちょっとばかし言い方選んでくださいよぉ」

 

 ダイエットですよ、ダイエット。そんな言葉を転がす彼女は、飯田の記憶よりはるかに痩せこけて見えた。頬の肉は大分落ち、そんな軽い化粧では誤魔化せていない。

 もっとも、致命的に痩せこけている訳でもなく、少しその変化が異常に見えただけだ。

 

「そうか……スリムなったとでも言うべきだったな」

 

 飯田はそれだけ言って彼女の横を通り過ぎた。当然、飯田の後ろからは彼女がなんの躊躇いもなく追従する。

 

「なんなんですか、あなたは」

 

 そう問い詰める小河原。確かにこんな調子で付いてこられたら、声に苛立ちが混ざるのも当然のこと。

 だからこそ彼女は、その質問を待っていたかのように弾けた調子で返事をする。

 

「フリーのライターをやっております青葉ですぅ! 尉官殿も敵対的危険生物対策室の方ですかぁ? もしよろしければ、一言お願いしますっ!」

 

「っ……」

 

「小河原、そいつに構う必要はないぞ」

 

「……了解」

 

 より一層の警戒感を顕にする小河原に手出し無用と伝え、飯田は歩みを続ける。

 

 なぜついてくる、などとは言うまい。相手が切り出してくるのを待つ。

 

「室長はこのままお帰りになるんですか?」

 

「だとしたらどうなる」

 

 面倒くさいが彼女はこう言う奴なのだ。必ずなにか話の枕を挟みたがる。どうせ二人が会うときは何時も仕事がらみ、もったいぶらずに本題に入って欲しいものだ……と飯田は思うが、彼女が飯田程度の助言でそのスタンスを変えることはないだろう。

 

「そうですねぇ、どうしちゃいましょうか……って冗談ですよ室長」

 

 尉官殿もそんな怖い気を放たないでくださいって。彼女はへらへら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優秀な部下さんですねぇ……青葉に対して敵意ビンビンでしたよ?」

 

「お前が胡散臭すぎるのが悪いんだろう、優秀あろうとなかろうと奴の対応は適切だ」

 

 10分だ。それだけ待て。

 

 そう小河原に言って時間を作った飯田は、目の前の愛国者予備軍気取りと対峙する。ここはささやかな公園であったが、平日ということもあり人影はない。

 

「で? いい加減話題に移ろうか」

 

 そう言えば、彼女は植えられた気にもたれ掛かりつつ笑う。

 

「えぇ~折角のデートなんですから、もっと楽しみましょうよぉ」

 

 ……デート、ね。

 ここまで警戒心に満ちたデートもなかなかあるまい。

 

「面白くない冗談だな」

 

 デートと聞いたらアイツは怒るだろうな……ふと一瞬脳裏に妻の顔が浮かんでしまった飯田であるが、こんなしょうもないネタには付き合ってられない。

 一笑に付すでも、受け流すでもなく飯田は続きを促す。こちらだって税金で働く身、無駄な時間の浪費は避けたいところ。

 

「ま、いいでしょう」

 

 自身の冗談をどう思っているのか知らないが、青葉は貼り付けた笑みを崩すことなく話を切り出した。

 

「いい情報が手に入りました」

 

 笑みは崩れず、かえって深くなる。

 

「対価は払わないといったはずだが?」

 

「それに関してはいらないっていったじゃないですかぁ」

 

 ――――あなたが愛国者を気取るのならば、私があなたの目と耳になりましょう

 

 数ヶ月前の彼女のセリフが脳内でリピートされる。

 

「……」

 

 飯田は押し黙ったままだ。

 

「まぁ、そんなこと言っときながらで申し訳ないんですけど……今回はちょっとばかし事情が面倒でして」

 

 そら見たことか。飯田は口に出さずに罵る。無報酬の行動など存在しはしないのだ。前回の件(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)は確かに彼女の情報提供から始まったものだ。しかしそれは両者の『共闘関係』を確認するための撒き餌に過ぎず、結果として二人は互いに情報を交換している。

 

「なにが目的だ? 共闘の継続?」

 

 それにしては接触が遅い。前回の件(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)から既にニヶ月。なんらかの証拠を回収するために動くのなら遅すぎる。かと言って息を潜めていたのが出てきたのには早すぎる。

 

 いやまさか、と彼女は答える。

 ……彼女の中でも前回の件(オペレーション・ニイタカヤマノボレ)は終わったことなのだろう。

 

「今回はれっきとした「ビジネス」のお話なんですよ」

 

「ビジネス?」

 

 ビジネス。辞書を引けば何らかの目的を達成するための活動の総称と出てくる単語。

 

「ええ……対等な立場での、公平な取引です」

 

 取引ということは情報だろう。彼女は表向きは(裏があるのかは知らないが)ただの一般人。情報以外に交換するものはない。

 ……彼女と情報を交換するぐらい、彼女の情報に価値があると考えると末恐ろしいものであるが、それは今に始まった話ではない。

 

「……どうして素人とプロが対等になれるんだ?」

 

 ひとまず飯田は、久々に再会した旧友の話を聞くようなスタンスで耳を傾ける。疑いもせず、本気にもせずといった風で。

 

「そりゃあ、青葉が室長を引っ張り上げてあげるからですよ」

 

 それはつまり、騙すことも可能ということ。実際、太刀打ちできるかは怪しいだろう。十いくつも歳が離れているのに情けないが、特化してきた方向性が違う。

 

「……なるほど、それでこちらが損をする、と」

 

「もぉ、疑り深いんですからぁ……」

 

 やれやれといった素振りをする。わざとらしくしているあたり流石といったところか。

 

「青葉言ったじゃないですかぁ、飯田室長が初めての海軍(ヒト)だ、って」

 

 首を傾げ、添えるように、しかし挑発的に微笑む。

 

「あなたは青葉にとって情報源でもないし、ましてや手先でもない。対等な関係で、協力体制を作りたいんですよ?」

 

 それが本音か建前か。分かるはずもないのでわざわざ聞くことはしない。

 

「まぁいい、とりあえず要求はなんだ」

 

 そういうと、彼女は少しの間を置く。

 

「大迫善光。現海軍幕僚長」

 

 飯田の上司である。飯田はたいそう不満げに顔をしかめた。

 

「なんの脅しだ?」

 

「脅しじゃなくて、対等な取引ですってば」

 

 なんで分からないかなぁと嗤う。

 

「これからの話で肝心な情報なんですよ」

 

 ――――彼が平成25年度、どこの職にあったかはご存じですよね?

 

 計算せずともすぐに出てくる。平成25年は西暦2013年。

 ……第十次上海事変が起きた年である。

 

「あの時の大迫閣下は……確か、艦政本部の水雷部長だったか」

 

 艦政本部といえば艦艇の設計、それだけでなく新兵器、新装備の開発やその装備品の安全性確保などの重要な職務を行う海軍省の内局である。水雷兵器というと魚雷や対潜爆弾、機雷などの兵器を指す。

 

「えぇ、ご名答です」

 

「そりゃどうも」

 

 統合幕僚本部勤めの人間に聞くには簡単な質問だった。

 もちろん青葉の話はそれからなのだろう。

 

「日本側にも少なからずの損害をもたらした第十次でしたが……海軍はその中でとある潜水艦を喪失した」

 

 彼女は述べる。歴史の教師のように淡々と。

 

「……春潮型の「朝潮」か」

 

 春潮型潜水艦の七番艦。2013年に除籍。

 飯田の発言を無視して、彼女は話を続ける。

 

「ただ喪失しただけならまだしも、行方知らずとなってどこにいるかも分からない。彼も精一杯探したことでしょう」

 

 ですが普通に考えれば、果たして行動不能となった潜水艦が見つからないということがあるでしょうか?

 

「……」

 

 飯田は何も言わない。ひとまずは青葉がなにを言っているのか分からない愚者を演じているからである。

 

「大迫氏は間違いなく真実にたどり着いた」

 

 ……そして、真実を隠すべきと判断した。

 彼女はそこまで畳み掛けると口を一旦閉じた。

 

「……どうです? 青葉の考察」

 

「考察というべきか、なぜそんな昔話をしたのかが分からないな」

 

 彼女は嗤う。それはもう、顔中に溢れんばかりの笑みを湛えて。

 

「あれぇ? おかしいですねぇ……優秀な飯田室長ともあらば、もうすでに青葉の言わんとしていること、お分かりのはずですがねぇ?」

 

 

 果たして彼女の読みは正確である。

 

 しかし飯田は沈黙を保った。

 彼女が次に見当違いな事を言ってくれることを期待したくもなった。

 

 

「まぁいいでしょう、少なくともこの前提に基づいて話していることが伝わっていれば、青葉が訳の分からないこと言っているとは室長も思わないでしょうから」

 

 

 そして彼女は、至極真面目な面持ちで言うのだ。

 

「青葉……『朝潮』に関する情報が気になるんですよ」

 

 

 

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