見るに耐えない歴史の捏造もありますが、どうかご容赦ください。
Southeast Asia Treaty Organization――――東南アジア条約機構は国際連盟が事実上の共産主義同盟となってしまったことを理由に1947年、イギリスとフランスが脱退を宣言したこと、またアジア各地で激しくなりつつあった革命の動きを封じ込む必要があったことから作られた反共産主義軍事同盟である。1948年に日本、中華民国、満州国、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、フィリピン、タイ、パキスタン、イギリス、フランスの12カ国により組織された。
しかしイギリスとフランスは本国を失った亡命政府状態で同盟を支えるような力はなく、アメリカを除く主要国はアジア圏の国々のみで構成された。その後インドネシア、ベトナム、マレーシアなどの旧植民地国が次々と参加し、今では参加国20を超える西側国が参加する大軍事同盟となっている。近年は南アメリカの加入国も増え、環太平洋同盟とも呼ばれる。
その盟主たる、アメリカ合衆国――――かつて国際連盟の結成を提唱しながら自らは新大陸に引き籠もった巨人――――のSEATO組織後の道のりは決して甘くなかった。SEATOがそうであったように、アメリカの二十世紀後半の歴史もまた、共産主義との戦いの歴史であったからだ。
初期の・・・ナチス・ドイツのバルバロッサ作戦失敗から始まる欧州赤化。ソビエト・ヨーロッパとかいう国家の成立、時の指導者による世界革命宣言から始まるイギリス本土上陸、バルカン諸国制服、中国各地で始まる赤軍の侵略・・・これだけの大攻勢を仕掛けられ、アメリカは1944年11月、仕方なく絞め殺す途中だった日本と手を組み、どうにか反攻体制を整え、実行した。レイテで主力を失ったはずの日本がまだ戦えた、ということ自体賞賛に値するが、あれだけ勢いづいていた赤軍を封じ込めた事はアメリカはともかく日本に大きな自信を与えたことだろう。
しかしそれで物語が終わるわけではない。
40年代後半にいよいよ活発化してきた植民地からの開放と民族自決主義への夢、そんなことを夢見た活動家が共産主義を目指すのは当然の流れであり、『元』列強たちはそれらを封じることに専念せざる負えなくなった(もっとも、本国を吸収された今、そんな力も残されてはいないのが欧州『元』列強の実情で、ほとんどアメリカ頼りになっていたが・・・)。
もとより植民地を管理できるほどの国力を持たない日本は大東亜戦争終結以前から獲得した占領地の独立を目指して動いており、活動家を親日へ誘導することに成功していたためそれらの地域で共産活動が極端に高まることはなかったが、ソビエトの活動家支援もあり返還された仏領インドシナや英領ビルマなどではSEATO軍が派遣されるほどの激しい紛争に発展、そのまま泥沼化することも少なくなかった。
そして50年代にも入るとようやく核戦力が『新兵器』から『抑止力』として機能し始め、泥沼の戦争は終息していくものと思われた――――が、キューバ危機を始めとする瀬戸際外交的政策は、結局泥沼と変わらぬ負担を前線の兵士たちに押し付け続ける。余談だが、この時期になって日本はようやく満州に戦術核兵器を配備し始めた。
「世界終末時計」とも呼ばれる仮想的な時計が、いったい何度行ったり来たりを繰り返しただろうか。
どこまで役に立つとも知れない「対核シェルター」に篭ってどれほどの人々が怯えていただろうか。
平和な時と、東西両陣営の指導者が「核戦争」と口にする危険な外交がグラデーションのように交わる時が過ぎ・・・主に経済的要因から東西は徐々に宥和政策に傾いていった・・・と、ここまでがアメリカ合衆国が21世紀を無事に迎えるに至った大まかな経緯だ。
しかし、世界市民がいかに平和を望もうと、小競り合いは続く。
何度も起きる中東での戦い、現地のゲリラへの武器援助と派遣軍で共産主義の拡大こそどうにか押さえ込めていたが、様々な思惑が絡み合い延々と続く睨み合いに国民も部隊も疲弊してきている。こういう時のために同盟に引きずり込んだはずの日本は満州国やインドでソ連軍や人民解放軍と睨み合いを続けている。正直、中東まで回せる日本の戦力は海軍しかいない。しかし、制海権だけならアメリカ海軍だけで間に合っている。制海権という優位がなければ西側はとうの昔に敗北しているのだから当然だ。
しかもアメリカを悩ませる原因はまだある、それは同盟内でのアメリカという国の立ち位置であった。
それは数ヶ月前とか数年とかそういう短期間で始まった話ではない。インドシナ半島赤化を抑え、自信と経済力を着実に付けていった旧植民地諸国の成長がいよいよアメリカのそれに追いついてきたのである。経済発展を支えたのは日本と混乱期に大陸沿岸だけ無理矢理取り返した中華民国。この二国の経済進出により東南アジアでのアメリカ合衆国の地位は低下するばかり。
そこに金融市場の破綻、軍事予算圧迫による緊縮、軍事的にも、経済的にも、全ての面で正しく内憂外患。磐石かと思われていた政治面ですら、『SEATOより大東亜経済会議』と東南アジア諸国に言われてしまう始末。
「それに加えて、最近の貨物船沈没事件・・・国内経済を回す為にはアジアに商品を出荷しなければいけない合衆国にとっては致命的・・・」
「だからといって、ヤケになられても困るのだがな」
そうぼやく飯田に小河原は冷静に言葉を続ける。
「アメリカは今、世界を救うヒーローを求めているんですよ・・・あの国にいるはずもないのにね」
ざまあみろと言わんばかりの顔をする小河原であったが、それはこの国にも同じことだった。日本国民だって琉球諸島事変の『報復』を求めている。
・・・それを軍は「宣戦布告されていない以上戦端をこちらから開くことはできない」と突っぱね(沖縄で沈んだ雷が行った『先制攻撃』に関してはもちろん非公表のままである)、運輸省は「海上保安庁では実力不足」と責任追及を躱す、何を血迷ったかこの国が大東亜戦争終戦以来守ってきた『戦争を仕掛けない』という大前提を覆すかもしれない問題に発展してしまい、『統帥権委任』問題やら何やら色々噴出して国論は見事にまっぷたつ。まるまる一ヶ月、表向き身動きが取れない状態を作り出していた。国民としてはこれ以上に憤る政治もないだろうが、この梗塞した政治のおかげで琉球諸島事変以降の犠牲が出ていないのも確かだった。
また、自国の離島を徐々にだが侵され続けているという状況下においても政府の的確な避難指示により沖縄以降の犠牲者がほとんど出ていないこと、船団護衛方式を採用したために民間貨物船の被害トン数が激減しているのは国内情勢を宥めるのに大きな役割を果たしていた。国民は憤ってこそいたが、政府に失望しているわけではない。
「まあともかく、我が国の複雑な政治事情と国民性のおかげで沖縄奪還とかやろうとして戦力を磨り潰すという愚を犯すことは避けられていますが・・・これで状況が動くかもしれませんねぇ、もちろん、悪い方向に」
考えたくないですけど、案外大統領、目先の選挙のことしか考えてないというわけでもなさそうですね・・・そう呟く小河原。そう言えば中間選挙が近いのをすっかり失念していた。それで積極的な発言をして国民人気を取り、あわよくばいつものパターンで日本などSEATO諸国を戦争に巻き込むというのか・・・相変わらず直接選挙制は面倒で、民衆を操るアメリカ様は流石だな。そう思いつつ飯田はようやく騒ぎ出した国内メディアの動向を見守るべく私用タブレットに目をやった。
『本日日本時間の午後五時、アメリカ合衆国大統領は、これまで敵対的危険生物の被害にあった全ての同胞のため、あらゆる対抗策を惜しまない。といった声明を発表しました。この声明に対し、専門家はサンフランシスコで開かれているSEATO、東南アジア条約機構の安全保障会議で何らかの成果を得られたのではないか、との指摘を・・・』
『ご覧下さい、こちらは国会議事堂前です。只今の大統領の声明が沖縄奪還を訴えるデモ集団に伝えられ、こちらは騒然としております!』
『そもそも、「敵対的危険生物」に宣戦布告されたわけじゃないのです、従って自衛軍が動くことはありません。これは総理大臣が統帥権を委任される上で絶対の決まりごとなのです』
どこの定時ニュースでも臨時ニュース並みの扱い、実際にバラエティ番組などを潰してまで臨時報道に切り替えている局もある。どこかのチャンネルでは専門家が取ってつけたように現れ、ちょっと調べれば分かる知識をさも自分の手で発見したかのような顔で披露する。説明役が必要なのは分かるが、どうせ噛み砕いて説明するのだから、専門家である必要もないだろうに。
そんな感想を抱いていると飯田と同じようにスマホでTVを見ていた小河原が呟いた。
「随分大げさな報道ですね・・・これじゃあまるでアメリカが世界のヒーローだ」
小河原の言葉を聞いた皆の脳裏に何故か筋肉モリモリのバカ面ヒーローが浮かび上がる。もちろん胸には『S』と大きく書かれたやつだ。姿だけは勇ましいが今回ばかりはさしものアメリカも海に出れば赤子に等しい。資源と人命の無駄だ。
もしもそんなヒーローを見て憧れるなら国民の質を疑いたくなるが、国民が求めているのはヒーローなどではなく『脅威の早急なる排除』であった。
そんな中、いくつもチャンネルを見ていた飯田が顔を歪めた。
「おかしい・・・どの局も論調がちょっと激しすぎる・・・これじゃあまるで『我らも続け!』と言わんばかりだ・・・大迫閣下はいるか?」
その問に小河原が答える。
「先ほど首相官邸に呼び出されたところです、終わり次第連絡を入れるとありました」
ということはこの件に関する安全保障委員会にでも呼ばれたところだろうか。どうあっても日本の方針は揺るがない、揺るいではいけない。千トン以上の主力艦艇は全て瀬戸内海に隠し、掃討作戦を実施するまで死守せねばならない。それは大迫閣下も分かっていらっしゃるはず・・・だが、もし世論が傾いたら?
飯田の手の中には、主要映像メディアが揃って臨時ニュースを開く中、この件をテロップでの報道と定時のニュースチャンネルでトップ記事として扱っただけの国営放送が写っていた。
『私だ、飯田、ぬかったな』
携帯の会話ボタンを押し、端末を耳に当てた途端耳に入ってきたのは大迫のため息混じりの声であった。
「どういうことですか」
『飯田インダストリーとの癒着だよ』
彼の言葉に飯田が一瞬耳を疑ったのは言うまでもない。実績こそ少ないが期待値の高い固定電磁投射砲を投入する。そのことが決定した時点で飯田インダストリー以外に参入できる企業は存在しなかった。事実、一応行われた電磁投射砲量産計画の入札には飯田インダストリー参加していない。癒着もクソもあるものか。
飯田が絶句したのを察したのか、大迫は続ける。
『・・・正確には、飯田インダストリー以外に制作できない兵器を作ろうとしていること自体が、他の企業の反発を招いた』
今回の戦いで必要になるのは数と質だ。電磁投射砲の配備計画は絶対的に足りない数を長射程の兵器で補うというものであったが、どうやらそれが裏目に出たらしい。電磁投射砲に通常の弾頭は使用できない。超高速で弾頭を発射するために、弾頭も電気伝導体のモノを使用しなければならない。そしてこれらは既に量産を開始させている。もしも砲台が完成しなければ貴重な資源と工作機械を全くもって無駄なことに使ってしまうことになるが、今からでも作り始めねば弾が足りなくなってしまう。間に合いませんでしたでは済まないのだ・・・ともかく様々な生産計画が始まっている。そうなれば限りある予算はそちらに吸い取られ、他の装備の拡充は最低限のものとなり、一部の計画は見直しや中止を迫られることとなる。飯田が知る限りでも吾妻型四番艦の建造は見送られた。
間違ってはいない、正しい選択だと飯田は考えているが、これまで防衛産業に関わってきた者たちからすれば、突然自分たちを蚊帳の外に追い出した状態で話が進み、金が動いていてゆく気分なのだろう。自分たちには技術が足りず、飯田インダストリーの下請けになるしかない。屈辱だったろう。
そして何より、
・・・なるほど、今回の異常な報道の加熱は各社それぞれの意志でもなければ政府の指示でもない。産業界を支配する各財閥の影響力によるものということか。
「だからといって、世論を加熱させることに何の意味が――――」
そこまで言ってから飯田は口をつぐんだ、何を自分は反論しようとしていたのか、至極当たり前のことではないか。世論が加熱し、敵対的危険生物討つべしとの論調が高まれば、国は大手を振って軍拡に勤しめることになる。その時潤うのはもちろん軍需産業、彼らなのだ。
普通、財閥と政府は協力してことを進めるものだ。それがお互いにとって利益となることは間違いないからである。今回我々は焦りすぎたのだろう、それが連携の歯車にちょっとした誤差を与えてしまった。これがその結果なのだ。
『・・・そういうことだ。そちらに戻ったらもう一度説明する、それまで待機していろ』
携帯を閉じる飯田に彼の部下たちの視線が集まっていた。
具体的なことは大迫閣下が説明してくれる。そう考えた飯田は大迫が戻るまで小休止を取らせることにした、首相官邸からここまで大した距離はないから時間はあまりないだろうが、また忙しくなる前にやっておかねばならないこともある。まずは補給、自動販売機で売られている味の良い一般向け携帯食料を購入、隣に設置されている腰掛けに腰を下ろし、携帯食料を食べながら家族にそのまま職場に戻った旨を伝えるメールを送る。今日は松原との別れを惜しむために来たはずなのだが・・・どうやら仕事にとり憑かれているみたいだ。
――――小さい女の子でした――――
唐突に先ほどの言葉が思い出され、背筋が凍った。何が小さな女の子だ、松原の隠し子でも言うつもりか?そもそもあいつは未婚であって、どこかの女とそういう関係に陥るほど暇じゃないはずだ。そう思いつつも懐から写真を取り出し、確認する。そこに写った二人の青年はまさしく飯田と松原で、この写真を持っているのは飯田と松原だけのはずだ。
ありえない妄想は敵対的危険生物関連のことだけで十分だ。そう思ったとき、視界の端に大迫を捉える、どうやら官邸から戻ってきたようだ。彼はいつも通り堂々と歩いていて、今の飯田と対照的に不安げな様子は全く見せない。自分もああなりたいものだ。
「すまんな、今戻った」
やめよう、今無駄なことを考えるのは、飯田は自分に言い聞かせ、腰掛けから立ち上がった。
「状況を整理しておこう、今回の一件は、我々と産業界の『微妙な』方針の違いにあったようだ」
大迫はゆっくりと話し始める。時間が時間なので対策室のメンバーが全員出席しているというわけではないが、彼の周りに集まった対策室メンバーはそれぞれの表情で大迫の言葉に耳を傾ける。
「我々が少数精鋭による迎撃作戦を計画したのに対し、彼らは大規模な部隊による迎撃を考えていた」
それってつまり装備品の需要を伸ばしたいってことですよね。誰が呟いたのかそんな声が聞こえる。それも間違ってはいない。国民服にとりあえず銃を持たせれば完成、そう言えるほど装備は簡単なものじゃない。新兵を揃えるならば、ある程度簡略化はされるにしろ、質の高い装備品が支給される事だろう。そうなれば支給する品を生産する必要が出てくる。生産する必要が出てきた時点で産業界が損をすることはない。
至極当たり前の事であるし誰もがわかっている事なので聞き流せばいいものを、大迫はわざわざ話を止めた。
「そう、産業界としてはそのつもりだろう。しかし我々にとっては別の意味を持つ」
彼らが想定する本土上陸、それは避けられない道で、被害は想像してもしきれないものになるだろう。どんな立ち回りを演じても、市民に、軍に、一定の犠牲が出るのは避けられない。大東亜戦争の時もフィリピンを失いかけた時点で本土決戦という発想が一部で提案されたが、あれは老若男女全ての国民を根こそぎ動員するという前提で成り立っていた焦土作戦とも言えるものであった。焦がすのは土地ではなく人間なのだが。
しかしこの21世紀においてそんな暴論が成立するだろうか。共産主義の嵐を前にアメリカと深い関係を築く必要が出て早半世紀、国民性も随分と個人尊重に傾いた。もちろん間違っているとは思えない、国民が合理的判断を下せるのなら大歓迎だ。しかし、『合理的判断』をするのならば日本を捨てるのが一番手っ取り早い。やつらが満州の奥地まで攻めてくるとは考えられないし、大陸の方がよっぽど安全だろう。
だが、日本列島だけで一億を超える国民をどうやって全て大陸に移動させるというのか。日本には自分たちの手で築いた財産もあるというのに。
「本土決戦は避けられない。だからこそひとまず世論を落ち着けるのが先決だと考え控えめな報道をしてきたが、これで状況が変わった。首相は、今後は陸上戦力の強化にあってゆくことになるだろうと私に言った」
敵対的危険生物の出現により景気は見事に混乱している。失業率にはまだ極端な影響が出ていないものの、このまま株価の混乱と輸出入の減少が進めば都市には失業者が溢れかえることだろう。自給率が低いのにタダ飯喰らいを放っておくわけにはいかない。だから政府は一次、二次産業に労働力が流れるように誘導していくだろう。労働力は余っているが、自給自足を考えると足りないのである。
そんな状況で役に立つかどうかも分からない戦力の増強は無駄な国庫支出を増やすことになり、貴重な労働力の減少も招く。それに犠牲者が出たときに噴出するであろう国民感情を考えると、出来れば『徴兵』の真似事は避けたところだった。
だが、国民がそれを切に望んだら?政府がそれに「やむなく」答えたら?今では遠い歴史フィルムの中にしかないナチス・ドイツも、今なおユーラシア大陸にどっかりと座るあの赤い国も、国民が、労働者が望んで作り上げたのだ。
「いよいよ一億総玉砕とか聞こえてきそうですねぇ」
心底可笑しそうな調子でケラケラと小河原がいうが、周りの空気を察したのか口をつぐんでしまった。大迫は続ける。
「敵対的危険生物の組織だった行動も目立ってきている。我々はやるべきことをやるしかないし、
「無論です」
それだけ言うと大迫は満足げに頷き、部屋を出て行った。
飯田が明日の室員の召集を命じ、その場に居合わせた室員はこれまでの防衛計画を記した計画書や地図を机の上に広げ始める。
普通、財閥と政府は協力してことを進めるものだ。それがお互いにとって利益となることは間違いないからである。
産業界は装備品の受注で収益を得て、軍部は作戦に必要な