薄命なる少年職人の道   作:シュヤリ

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第七話~決意~

 

「イエヤス……どうしてお前だけ逝っちまったんだよ……俺たち死ぬ時は三人一緒だって決めたじゃないかよ……」

 

「イエヤス……」

 

 仲間の墓に花を添えて二人は祈りを捧げる。タツミの方は少し気持ちの整理がついているようだが、サヨは真っ赤で腫れた目に涙を浮かべている。

 

 アリアの屋敷での出来事から三日が経過した。あの後、タツミはナイトレイドのアジトに連れて来られた。サヨはスラムの医者で治療を受けた後にレオーネに運ばれてアジトに到着し、昨日目覚めたばかりだ。レオーネは約束通りにサヨを連れて来た後帝都に戻り、イエヤスの亡骸を運んだ。タツミは親友の亡骸を見晴らしの良い崖に泣きながら埋葬した。

 

 サヨは我慢してはいたがついに涙を零してしまう。服は自分の物レオーネが回収してくれた。

 サヨの身体中には包帯が巻かれていて服に覆われていない部分からそれが見てとれる。頬にはガーゼが留められていてより痛々しい印象を覚える。

 

「そこの若者二人、いつまでもウジウジしない!私達ナイトレイドの仲間になる決心はついた?

アンタ達殺しの素質あると思うんだけどなー」

 

 二人の背後に急に現れたレオーネは右腕でタツミを、左腕でサヨの首を抱え込んだ。

 

「あっ……レオーネさん……」

 

「わっ!何だよ急に⁉」

 

「いやー三日も経ったのに何時までもメソメソしてるからおねーさんが元気付けてやろうと思ってな。とにかく今日はアジトを案内してやるよ!」

 

「離せって!俺たちは殺し屋になんかーっ!」

 

 レオーネはそのまま首を締めるように二人を抱えてアジトである大きな岩の下にある建物に向かった。タツミは顔が胸に当たるため照れていて、サヨはレオーネが気にしてくれている事を感じて少し嬉しく思い、目元を拭って微笑みを浮かべた。

 

 

 大広間である会議室、その中心にはテーブルと椅子があり、紫色の長髪で上下一体のスカートにはスリットの入った服を着た右の頬に一筋の傷痕がある女性が本を読んでいた。

 名前はシェーレと言い、二人に暖かい言葉をかけてやれとレオーネに言われ、少し考える素振りをした後。

 

「アジトの場所を知ってしまった以上仲間にならないと殺されちゃいますよ?」

 

 非常な、そしてある意味正論である彼女なりの暖かい言葉をかける。

 タツミは頭を悩ませ、サヨが納得した所で、会議室の扉が勢い良く開かれ、ピンク色の髪をツインテールにした少女がズカズカと入り込みレオーネに詰め寄った。

 

「ちょっとレオーネ!何でソイツまでアジトに入れてんのよ!

アタシは治療のためでもそっちの方をアジトに入れるの反対だったのよ!」

 

 少女はサヨを指し言葉を荒げる。

 

「なんだかんだマインも無理やり追い出しはしなかったろ。それに仲間になるんだからいいじゃん」

 

「「仲間じゃない!!」」

 

 タツミとマインと呼ばれた少女の声がシンクロして否定する。二人は驚き顔を合わせるが、マインはすぐに嫌悪感を露わにした。

 

「真似すんじゃないわよ!アンタら不合格よ。プロフェッショナルな私達と仕事出来る感じしないわ……特にこの男は顔立ちからして」

 

「何だと手前ぇ!」

 

 売り言葉に買い言葉。元々の性格の相性が悪いのか、マインとタツミは口げんかを始めてしまう。

 

「ぷっ……良かった。タツミ元気が出てきた」

 

 互いの容姿からくる暴言を吐き合う二人。そんな様を見てサヨは思わず吹き出してしまう。あの日から塞ぎ込んでいたタツミが誰かと言い合うまで気を持ち直してサヨは嬉しく思った。

 

「お前もな、私の見た限りではお前もそんな顔した事無かったよ。

……お前は少年と違って覚悟を決めたみたいだな。

さっ、次だ次。おーいその辺にしといて行くぞ少年」

 

 レオーネはサヨの頭に手を置き微笑みかけると、言い合う二人の元へ行き仲裁と言うには程遠く乱暴にタツミを引き剥がす。不満が晴れないマインをシェーレに任せて三人は会議室を後にした。

 

 次に案内されたのは東洋の和という文化が取り入れられた訓練所だ。砂利の敷き詰められた広場とそれに面した廊下と建物。その広場の中心ではリーゼントの大柄な男が木の槍を振り回している。その上半身は裸で、鍛え上げられた筋肉は容姿の良さと合わさりまるで彫刻のように美しい。

 

「凄え……なんて槍さばきだ!」

 

 タツミは思わず言葉を漏らす。そう思うのも無理は無かった。男の振るう槍は目で追うのがやっとで残像すら見えるほどだからだ。やがて男は槍を地面に突き刺し、来訪者の存在に気が付いた。

 

「おっなんだレオーネじゃん……とそこの二人はこの間のヤツか!

俺はブラートだ、ヨロシクな。そっちの嬢ちゃんは目が覚めたか。傷は大丈夫なのか?」

 

 ブラートと名乗った男はタオルで汗を拭うと三人の方に近づく。

 

「お陰様で、私はサヨです。よろしくお願いします」

 

「俺はタツミ……ってなんで俺らの事を知ってるんだ?」

 

「ん?この姿は始めてだっけ?

初対面の時に鎧に包まれてた奴だよ。改めてヨロシク!」

 

 ブラートはそう言うとタツミとサヨに手を出して握手を求めると、二人はそれに応じた。

 

「気をつけろよ、そいつホモだぞー」

 

 レオーネのその言葉に場が凍る。

 

「オイオイ、誤解されちまうだろう。なあ?」

 

 ブラートは否定はしなかった。その事に二人は、特にタツミは戦慄を覚えて一同は逃げるように次へ向かった。

 

 木々に囲まれた泉の見える高台にうつ伏せで息を荒く気配を消している緑色の髪にゴーグルを着けた少年がいた。

 

「そろそろレオーネ姐さんの水浴びの時間だ。俺はあの胸を見る為なら危険を省みない!」

 

「じゃあ指二本貰おうか」

 

 少年にとっては前方に存在して居たかと思った存在、レオーネが背後に現れ腕を後ろに取られて締め上げられ情けない悶絶の悲鳴をあげた。

 

「懲りないなーラバ」

 

「クソッまだいける!どこまでも!」

 

「じゃあ次は腕一本な」

 

 そう言うとレオーネは少年の腕を人体の構造上曲がらない方向に曲げていく。

 

「……という訳で、このバカはラバックな!」

 

 何とも情けない紹介の仕方にタツミは呆れ、サヨは汚物を見るかのような目線をラバックに向けた。

 当のラバック本人は腕を締め上げられて尚、これはこれでアリだと漏らしていた。

 

 

 三人は河原へ向かう道を歩いて居ると、俯きながら歩くタツミが不意に口を開いた。

 

「なんかもうお腹いっぱいなんだが……」

 

「私もちょっとね。ナイトレイドって変な人しか居ないんですか?」

 

 タツミは気が滅入ってゲンナリとしていたが、それに対してサヨはどこか面白そうにしていた。

 

「アハハ次は美少女だから期待しろって!

ホラ、あそこに居るのがアカメだ。可愛いだろ?」

 

 レオーネの指差す先には河辺で巨大な鳥を焼き、頬張っている女性らしい可愛らしさとは無縁の少女、アカメがいた。

 

「どこがって……あれ特級危険種のエビルバードじゃないか⁉」

 

「ウソっ……あの村一つ食べ尽くすって言われてる。一人で殺ったの⁉」

 

「そっ。彼女がアカメ、可愛い見た目で中々野生児だ」

 

 アカメはエビルバードの体を解体し骨の付いた肉をレオーネに放った。

 

「レオーネも食え」

 

「おっサンキュー」

 

 レオーネは受け取った肉を頬張り、アカメは無言で骨の付いた肉を片手にタツミとサヨを見つめる。

 

「お前達……仲間になったのか?」

 

「いや……」

 

「私は決めたわ。許可さえ貰えれば貴方達の仲間になります」

 

 渋るタツミを他所にサヨは堂々と答え。予想外の言葉にタツミはサヨを見つめた。

 

「そうか……じゃあお前には肉をやる。お前にはやる事は出来ない」

 

 アカメはサヨに肉を放り投げ再びエビルバードへと向き直る。サヨは礼を述べて肉を食べようとした所でタツミに止められる。

 

「何言ってんだよサヨ、ナイトレイドに入るなんて!俺らは村を救うって使命があるだろ!」

 

「私は決めたの。私と……イエヤスみたいな思いをする人たちを減らしたいって……」

 

「なっ……それなら軍に入って出世して取り締まればいいじゃないか!何も殺し屋になんて」

 

「国の兵士が何かしてくれる訳ないじゃない!

……あの家の主人、軍の知り合いに口添えするって言ったわよね。それに聞いたの、ああいう富裕層は軍の上層部に賄賂を送って癒着してるって!

タツミは……タツミはアイツに何もされなかったからそんな事言えるのよ!」

 

 言葉を紡ぐ中でサヨに忌まわしい記憶が蘇りつい言うつもりでは無かった言葉まで出てしまう。タツミは何も言えずに黙り込んでしまい、辺りにはエビルバードを焼く炎の音と河の流れる音、アカメが肉を頬張る音だけが目立つ。

 レオーネが何か言おうとしたその時、アカメの座る反対側からエビルバード越しに声が聞こえた。

 

「フフフ若いな。いやまあ、私もまだ若いんだがな。血気盛んなのは構わないが、それは私がナイトレイド加入を認めた上で任務で発揮してもらいたいものだ」

 

 エビルバードの陰から1人の女性が現れる。少し胸元が開かれた黒いスーツに身を包んだ銀髪、しかしそれよりも右目の眼帯と甲冑を思わせる右腕の義手が目立っている。

 

「あっボスお帰りー。この二人推挙ねー」

 

「だっ……だから勝手に!」

 

「ふむ……アカメ、全員会議室に集めろ。前作戦の結果を詳しく聞きたい、その二人の事を含めてな」

 

 

 ナイトレイドのメンバーが全員集まった会議室。そこで三日前の出来事がまず実行犯であるメンバー達から詳しく語られ、その後タツミとサヨが村から帝都に来た理由を話した。

 

「ふむ……その真紅の鎧の男というイレギュラーが気になるが、おおよそ把握した。それで二人はどうだ、素質はあると聞いたんだがナイトレイドに入る気はあるか?」

 

 眼帯に銀髪の女性、ナジェンダから聞いたの提案にサヨは快諾するが、タツミは迷う。

 ナジェンダは断っても帰す事はできないが殺しはしない事を説明すると、続けてブラートが帝都が腐っているからこそタツミ達の故郷を含む地方が重税で苦しんでいる事、自身がそんな国の軍に嫌気が差して腐敗の根源を取り除くためにナイトレイドに入った事を語る。

 悪人を殺していった所で何も変わらず、辺境にある故郷は何も変わらないとタツミが言った所で、だからこそナイトレイドがピッタリだとナジェンダは言い、続けた。帝都の遥か南に反帝国勢力の革命軍のアジトがある。大規模な組織となるにつれて必然的に情報収集や暗殺などの日の当たらない仕事をこなす部隊が作られる。それがナイトレイドであると。今は帝国に巣食うダニ退治をしているが、軍が決起した時に諸悪の根源である大臣を討つ事を目標にしている事、勝つための策があり時が来れば確実に国が変わる事をクールな彼女が熱を入れて語った。

 

「その新しい国は……ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

 

「私や……イエヤスみたいに田舎から出てきた人や貧困層の人が富裕層に騙せれて殺される事も無いんですね?」

 

「無論だ」

 

 ナジェンダが堂々と何一つ迷う事なく二人に言ってのけるとサヨは再度決意を決めた顔になり、タツミは俯いてプルプルと震えていた。それに気付いたサヨはタツミに声をかけた。

 

「タツミ……どうしたの?」

 

「スゲエ……じゃあ今の殺しも悪い奴を狙ってゴミ掃除してるだけで……いわゆる正義の殺し屋ってヤツじゃねぇか!」

 

 タツミは両手の拳を握り、心を震わせて思わず声を大にして発言した。

 すると少しの間を空けて誰かが噴き出すと、タツミ、アカメ、サヨ、ナジェンダ以外の全員が笑いはじめた。マインに至ってはタツミを指差して大笑いしている。

 

「なっなんだよ!何が可笑しいんだよ!」

 

 うろたえるタツミに対して笑いを止めて一息吐いたレオーネが答えた。

 

「タツミ。どんなお題目を付けようが殺しは殺しなんだよ」

 

「そこには正義なんてあるわけないです」

 

「俺達全員いつ報いを受けて死んでもおかしくないんだぜ」

 

「戦う理由は人それぞれだが皆覚悟はできてる……それでも意見は変わらないか?」

 

 シェーレが続けて諭す様に語り、ブラートは厳しく重く語り、最後にナジェンダが訪ねる。タツミは幾分かショックを受けるが、サヨの方は決意が固く表情を変えない。

 

「私は変わらないけど……報酬はちゃんと出るんですか?」

 

「勿論、働いて行けば故郷の一つは救えるさ」

 

 元よりタツミもサヨも軍に入隊するつもりで故郷を出てきた。人を斬る覚悟ならあった。その対処が変わるだけの話である。気になっていた報酬の件もサヨが解決したためタツミの意思は決まった。

 

「やってやるよ、そんな大願があるならイエヤスだってそうする。俺もナイトレイドに入れてくれ!」

 

 覚悟を決めたタツミの承諾にナジェンダの口角が上がる。しかしマインは幾分か冷めた不満げな様子だった。

 

「アンタ達村には大手を振って帰れなくなるかもよ?」

 

「構わないわよ、それで村の皆が幸せになるならね」

 

「俺も全く同じ意見だ」

 

「決まりだな。修羅の道へようこそ。サヨ、タツミ」

 

 その時、ラバック着用するグローブに取り付けられたリールが勢い良く回転し、その音が室内に響く。

 

「ナジェンダさん、侵入者だ!」

 

「人数と場所は?」

 

「俺の結界の反応からすると恐らく八人、全員アジト付近まで侵入しています!」

 

 ナジェンダは報告を聞いて慌てる様子は無く箱から煙草を一本取り出し咥えた。

 

「緊急出動だ、全員生かして返すな……行け」

 

 煙草に火をつけると同時にメンバーに命令を出す。すると全員の雰囲気が変わり、各々が侵入者の迎撃に向かう。取り残されたタツミとサヨはその体を針で刺されるような殺気に背筋が凍るが、ナジェンダが義手でタツミの頭を叩いた事で硬直が解ける。

 

「何をしている初陣だ、始末して来い」

 

 二人は頷き、タツミが頭部の痛さに少し涙を浮かべて走りさるが、サヨは体の傷が痛み少し出遅れた。それに気がついたナジェンダがすぐにサヨを制する。

 

「サヨ、お前は行かなくていい。まずは怪我を治す事に専念しろ。今は無理をする時じゃない。怪我人が行った所で足でまといだ」

 

「っ……すいません。覚悟を決めたなんて言っておきながら……」

 

「なぁに、今後しっかり働いてくれればいいさ。それよりも思い出したくないかもしれんが、屋敷でお前を助けに来た鎧の男について詳しく知らないか?」

 

 どうにも引っかかると付け足してナジェンダは煙草の吸殻を義手で握りしめた。

 

「……わかりました。実は彼の事はタツミにも詳しく話してはないんです。なんでもあの子、帝国が嫌いだと言ってたんで軍人になる予定だったタツミには黙ってようと」

 

「ちょっと待て……あの子っていうのは?」

 

 サヨの言葉に感じる違和感、鎧の人物の話を聞いていたのに急に出てくる子どもの事に思わずナジェンダは話を遮った。

 

「その、さっきは進行の妨げになるのと信じて貰えないと思って言わなかったんですが……私を助けに来てくれた真紅の鎧の人物は子どもなんです。

本人は十代半ばって言ってましたけどそうは思えないくらい小さいんです……ここまで信じてもらえますか?」

 

「体を改造して若い状態を維持する技術が他国にあるみたいだからな。それに人体実験くらいなら帝国でもしている、見た目で年齢が分からないなんて案外良くある事だ。続けてくれ」

 

 狂人に思われるというソロに受けた忠告でサヨは彼の事を話したくはなかった。しかしナジェンダも組織の長、話を最初から否定するつもりはなくむしろあり得る話だと肯定した事でサヨの気が少し楽になって表情も少し柔らぎ、ソロとの詳細を語る。

 

 野盗に追われていた時に助けられた事、その時に弓が壊れてしまい新しい物を作って貰い家に泊めてもらった事、そして矢筒を改造されて物が矢に変わる機能が付けられた事を話すと、ナジェンダが眼を見開き顎に指を当ててブツブツと何か考え事を始める。

 

「あの……ナジェンダさん?」

 

「サヨ……その少年の名前は分かるか?」

 

「えっと……ソロ……って言ってましたけど」

 

 ナジェンダの剣幕にサヨは少しうろたえて答えた。するとソロの名を聞いたナジェンダは静かに笑い立ち上がる。

 

「サヨ、みんなが戻って来たら出かけるぞ。彼の家まで案内してくれ。恐らくそのソロは私の知人だ」

 


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