薄命なる少年職人の道   作:シュヤリ

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第八話~永遠の叡智~

 

 メンバーが侵入者を排除した後、ナジェンダはアカメをタツミの当面の上司に任命すると、知り合いに会いに行くとだけ説明してサヨとアジトを出た。その際タツミは不満な顔をしていたが、ナジェンダが一睨みで黙らせた。

 そしてサヨの記憶を頼りにアジトからソロの家に向かった二人だが、道に迷ってしまっていた。

 

「うーん、たぶんこの辺だったと思うんですが……」

 

 地図と方位磁石を見ながら辺りを見渡してサヨが呟く。なにせ空から見たのと地に足をつけて見た景色には大きな差があるため、ソロの家のおおよその位置しか分からなかったのだ。

 

「この辺は何度も見て回ったが家など無かったんだがな……まあまだ日暮れまで時間はある、手がかりでもなんでも良いからゆっくり思い出してくれ」

 

 ナジェンダも辺りを見回すが見れども見れども岩で出来た山道ばかりだった。

 

「そう言えばボス、ソロとどうやって知り合ったんですか?」

 

「おや、さっきまで名で呼ばれていたが急にどうしたんだ」

 

「私なりの……ケジメですね。組織の長に対してはやっぱり名前では少し失礼かなって」

 

 地図に落としていた視線をナジェンダに向けて少し照れた様子でサヨは言った。ナジェンダ自身もそう言われて悪い気はせず、笑って返した。

 

「そうか、まあ好きに呼んでくれていい。

ソロとの出会いだったな。アイツの母が帝具の整備士でな、当時軍人だった私が帝具を授かった時にそのメンテナンスの仕方の手解きを受けたんだ。

彼女は皇拳寺の出身で武術も凄く当時のどの将軍よりも強かった。私も何度も武術の稽古を付けてもらったもんさ。

そんな彼女の後ろを着いて歩いていたのがソロだ。私に懐いてよく遊んでやったさ、当時モテた私を独り占めできたのはアイツだけだろう」

 

 後半自慢が入りキザに笑うナジェンダをみてサヨは苦笑いを浮かべる。するとサヨの耳に何か高い音が聞こえた。最初は気のせいだと思ったが、神経を集中させてみると連続で聞こえる。

サヨはその音に聞き覚えがあった。

数日前に確かに聞いた音、ソロがハンマーを鉄に打ち付ける音とそっくりだった。

 

「あっちです、行ってみましょう!」

 

「なにか思い出したのか?」

 

「いいえ、ソロが何かを作ってる時の音が聞こえます。ボスには聞こえませんか、金属同士が当たるような高い音が?」

 

 ナジェンダが耳を澄ますが、風の流れる音だけが聞こえるだけで、サヨの言う金属の音は聞こえなかった。

 

「……いいや、私には聞こえないな。だが、手がかりと呼べる物もない。案内を頼む」

 

 サヨは頷くと歩き出す。聞こえたのは山の上の方だった。真っ直ぐ登って行くのは不可能だったために回り道になってしまったが、見覚えのある開けた地にまで来る事が出来た。

 そこに有るのは岩山には不釣り合いな一軒の家、その隣に洞窟。確かに数日前サヨが泊まったソロの家だった。

 

「あった、ここです。ここがソロの家です!」

 

「おかしいな……こんな所に家が、そもそもこの山にこんな開けた地があったか?」

 

 喜ぶサヨを他所にナジェンダは深く考え込む。何度かこの山に来た事はあるが、風景に不釣り合いなソロの家を見た記憶が無いからだ。少しでも目に入れば好奇心から近づく事もあっただろうがそれすら無かった。思考の渦から抜け出せないナジェンダは煙草を箱から出して咥え、火を点けた。

 

「サヨ、先に行っててくれないか。どうにもこの家が解せん。お前が来た事有ると言ったのならばそうなのだろうが、私は何度かこの山を訪れたがこの岩肌の山に不釣り合いな家が視界に入った事すら無い。

少し頭が痛いから落ち着いたら行こう。ソロも煙草の煙は嫌いだったしな」

 

 岩に座り込んで義手でこめかみを抑えるナジェンダ。サヨが心配するが、気にするなと言われたため、先に家に行く事にした。

 

「なんか……ここに来たのがもうずっと前みたいに思えるわね」

 

 一瞬脳裏に浮かんだアリアの屋敷での出来事。払拭出来ない記憶だがサヨは強く生きると決めた。背筋に悪寒は走れど、トラウマで身体が動かなくなるという事は無くなった。

 少し嫌悪感の残る胸中ではあったがサヨは家のドアの前に立つ。道を登る時に聞こえていた金属を打つ音はしばらくして消えていたから家の中に居るだろうと判断した。

 田舎にはノックという風習が無い為かサヨはいきなりドアを開けて家に入るが、見渡す範囲に家主の姿は無い。

 

「あれ、居ると思ったんだけど……留守なのかな?」

 

 そのまま奥に進もうと数歩進んだ瞬間、入口のドアが締まり壁に飾ってあった剣が飛来して喉元に突きつけられて浮遊したまま止まる。そして少し遅れてテーブルの中心に穴が空いてそこから銃身が現れ、サヨに向けられた。

 思いも寄らない罠による奇襲にサヨは何も出来ず言葉すら発せず、なんとか理解出来た状況にひたすら焦燥していた。

 

「はあ……はあ……誰……簡単には……この家には……来れないはず……だけど……泥棒さん……かな……?」

 

 ソロの寝室であった部屋のドアが開き、家主である張本人が姿を現した。

 しかしその様子はおかしく、顔は赤く息を切らして足取りもおぼつかない。壁に手を当てて体重を預けてやっと歩いていた。

 

「おい、一体どうした!」

 

 玄関のドアが何度も叩かれる。異変を察知したナジェンダが駆け付けたが中に入れずにいた。

 しかしそれで、喉元に剣を置かれ銃口が向けられていて正気では無かったサヨは少し落ち着きを取り戻した。

 

「ボス、大丈夫です!

ソロ……どうしたの凄い辛そう……っ!」

 

 サヨは意を決して剣を退けようと手を動かそうとした時、突きつけられた刃先が近づき皮膚に完全に触れ、銃もなにやら不穏な音を響かせた。恐らく身体を動かしたら問答無用で自分を攻撃する仕掛けだとサヨは理解した。

 事態は何も変わらないかとサヨは思った。だがその行動と言葉は無駄ではない、ソロは来訪者が自身の知り合いだと気付いたのだ。

 

「あ……もしかして……サヨ……くっ!」

 

 ソロが慌てて指を鳴らすとサヨの喉に突きつけられていた剣は離れて元の壁掛けに収まり、テーブルの銃が穴に戻ると穴は塞がれた。

 それを確認したソロが微かに笑い糸が切れた人形のように床に倒れ込んだのと、ナジェンダが勢い良く扉を開けて家に飛び込んだのはほぼ同時だった。

 

「ソロっ!大丈夫⁉」

 

 直様サヨは床に横たわるソロに駆け寄り身体を起こし、続くようにナジェンダも近づいて額に手を当てた。

 

「凄い熱だ、すぐにベッドに横にさせるぞ」

 

 ナジェンダがソロを抱き上げて運ぼうとするが、それをサヨは止めた。

 

「待ってください。この家には罠が仕掛けられているので私が先導します。さっき私は狙われてソロが解除したみたいですが念のためにも」

 

 サヨは先ほど起きた事を要点をまとめてナジェンダに説明した。

 サヨはソロの性格上自分が来たと分かったなら罠は作動させないと分かってはいたが、最悪の事態(罠の誤作動)に備える。ナジェンダは頷く事で同意した事を伝えるとサヨは警戒しながら先ほどソロが出てきた部屋に向かう。

部屋に入り、ある程度部屋の中を歩くとベッドの布団に手をかけて捲る。そのままベッドに腰をかけるも特に異変は起きなかった為、ナジェンダを呼びソロはベッドに寝かされた。

 

「もう罠とやらは大丈夫だと思うが……警戒はしておくぞ。

しかし、フフッ……大きくなったな」

 

 ナジェンダの表情と言動が和らいでいるが、気を張り詰めていて油断が無い事がサヨには分かった。

 

「これで大きくなったって、ボスはどれくらい前にソロと会っていたんですか?」

 

「確かにソロは年齢に対しては身長は低い方だな。私が最後にソロと母上殿に会ったのは……まだ私は将軍だったから五年程前だ、ソロはまだ歳が二桁になってない頃だろうな。それと、コイツ十代半ばって言ったそうだが、それは嘘だ。今は12か3のはずだ」

 

 やはり嘘の年齢を教えられた事にサヨは苦笑するが、さほど気にはならなかった。ナジェンダはソロの頭を撫でると、一服すると言って外へ出て行った。

 

「ソロ……どうしちゃったの?

来る時に貴方が何か作ってた音が聞こえたけど、気のせいだったのかな?」

 

 サヨはベッドに寝ているソロに言葉をかけるが、返って来るのはソロの苦しそうな荒い息遣いだけだった。

 

 

 三十分程経過してサヨがソロの母の墓に手を合わせていたら、家から一つ悲鳴が聞こえる。その主は気を失っていたソロの物だった。

 急いでソロの寝室までサヨが戻ると布団をひっくり返して壁まで後退る怯えた様子のソロと、顎に指を当てて首を傾げるナジェンダの姿があった。

 

「悲しいなソロ……昔あれだけ遊んでやったと言うのにそんな反応をされるとはな」

 

「ちょっちょっとボス、何があったんですか!」

 

「眼が覚めたようなので手を伸ばしたら急に怯えてしまってな。失礼なヤツに育ったものだ」

 

「いや……目が覚めて急に隻眼隻腕の人に迫られたら誰でもそうなりますって」

 

 ぽかんとしていたナジェンダにサヨは呆れて言った。それを見たソロは幾らか落ち着き、やっと言葉を発した。

 

「はぁ……はぁ……もしかしてナジェ姉?どうしたのその腕と目は⁉」

 

「思い出してくれたかソロ、この五年程の間に色々あったんだ。

……お前も母上殿の……ヒジリさんの事は残念だったな。

聞きたいんだが、先ほどサヨは家で罠に逢い危険な目にあったそうだが、まだ作動するのか?」

 

「あっそうだ、ゴメンサヨ!さっきは体調が優れなくて近くに生体反応が二つあったから家の防衛機能作動させてて……サヨだって気付いたからすぐ解除してもう大丈夫なんだけど……ケガはない?」

 

 申し訳なさそうに俯いて話すソロにサヨは近付いて額に手を当てる。この短時間で熱が下がっていた事に怪訝な表情を浮かべるが、そのままデコピンをする。

 

「ビックリしたけど、罠での怪我はないわ。私もまだまだって事で勉強にはなったからそれで許してあげる」

 

「さて、落ち着いた所で話をしようか。会えて嬉しいぞソロ」

 

 三人はリビングに場所を移してサヨがお茶を入れ、ソロの反対側に二人が座る形で話を始めた。

 

「ようこそ二人とも、最初に聞きたいんだけど二人は帝国の人間じゃないんだよね?」

 

「お前は帝国を嫌っていると聞いている。私を攻撃しなかった事からもう将軍でない事は知っていたみたいだから話しておくが、今は反乱軍の帝都の暗殺チームナイトレイドでリーダーをしている。サヨも我々のメンバーだ」

 

「私はもうあんな家族を庇う帝国に忠を尽くす事は出来ない。だからナイトレイドに入ったわ」

 

「そっか……この間は遅くなって本当にごめん。

ナイトレイドと反乱軍が繋がってる事は知らなかったな」

 

 サヨはどこか遠い目をして答え、ソロは暴行の傷跡が残るサヨに対して申し訳なくなり謝罪をした。

 

「次はこちらの番だな。私達はこの近くを何回も通った事が有るんだが、こんなところに家なんて無かったはずだが?」

 

 ナジェンダは煙草を吸っても良いかも問うと、ソロは苦い顔をしたので箱だけ出してしまった。

 

「僕は近くにナイトレイドのアジトが有る事は知ってたけどね。誰にも言ってないけどあの千変万化クローステールの結界が張ってある所でしょ?

この家は母さんが作ったんだ。ここに家は無いって認識させる波長を出す機能と家の中に侵入して来た人を排除する機能を付けてね。波長の方は完全じゃないから、年に五回くらい迷い込んだ人が来るんだけど、賊が多いから二人にも警戒しちゃった。

たぶんサヨがここに気付いたのは僕があげた武器を持って来てたからだと思う。僕が作った物はその波長を少し弱めるから」

 

「……まさかアジトの場所が知られてるとはな。此方に接触しなかったのは?」

 

「帝具の結界が張って有るんだよ?

気付かれないくらい上空から見た限りで万物両断エクスタス、悪鬼纏身インクルシオも確認出来たから迂闊に近付いたら死ぬだけだって僕でもわかるよ」

 

「あの……気になってたんだけど、帝具って何?」

 

 帝都に出て来てから数日、様々な事があり、節々で帝具という単語をサヨは聞いていたがどんな物かは分かっていなかった。

 

「あれ、教えてなかったんだっけ?

帝具っていうのは、今から千年前かつて帝国を築いた初代皇帝がその栄華を不朽の物にするために当時の叡智を結集させて作られた超強力な48個の兵器の事だよ。全て帝国が持っていたけど500年くらい前の反乱で約半分は所在が不明になってるけどね」

 

「へぇ、でも千年も前の武器なら使い物にならなかったり、もっと強力な物は開発されてないの?」

 

「当時の技術の伝承は一切されてない上、使われた素材も今はとても手に入らない物ばかりだ。とても優れた物だから整備してさえいればガタがきて使えなくなるとは聞いたことはないな。

そこでソロ、サヨの矢筒を矢が無限に精製されるものにしたと聞いたがどうやってそんな物がつくれたんだ?」

 

「ナジェ姉今度の質問は僕の番だ。

……反乱軍の、それも一つの組織を任されてるナジェ姉に聞くけど、もし帝具を作る技術が完全に失われていなかったとしたらどうする?」

 

「っ……もしも本当だとしたら、是非反乱軍の開発部に招きたいものだな。革命が成功する可能性がグンとあがる。

……というのが、立場のある人間の意見だ。一人の少年の姉のような人間の意見としては、そんな危険な知識を一切人に言わず闇に葬り、平穏に暮らして欲しいな」

 

「もしかして……ソロ……?」

 

 ソロの意味深な発言にナジェンダとサヨは息を飲む。しばしの沈黙が流れてソロは口を開いた。

 

「……二人が思っている通り、僕は帝具を作る知識を持ってる。サヨの矢筒もその応用で作った物だよ」

 

 ソロの告白に二人は言葉が出ない中、ソロは続けた。

 

「でも僕は反乱軍に入る気は無いよ。いつ寝首をかかれるか分からないし、そもそも兵器を量産するにしてもさっきナジェ姉が言ったみたいに素材が無いんだ。出来上がった武器の性能は良くて600年程前に作られた臣具程度だよ」

 

「……どうして、ソロはその帝具を作る知識を持っているの。帝具の作り方は伝えられなかったってさっきボスが言ったじゃない」

 

「帝具の技術が伝えられなかったのは、作った人たちみんな殺されちゃったからなんだ。

でも、それを予見してた当時の技術者は、永遠の時を生きる鳥の危険種を素材に一つの本を作ったんだ。

『永遠の叡智』って帝具の技術を収めた名前の本をね。本は帝具とはまた異質の存在でこの世に一つしかない。それを読んだら帝具に関する知識を与えられて特別な力を得られる。

僕はその永遠の叡智の継承者なんだ」

 

「思い当たる節があるんだが……ヒジリさんもその永遠の叡智とやらの継承者だったのか?」

 

 彼女に整備されたパンプキンが大幅に出力があがった事があるとナジェンダは続けて椅子から立ち上がる。

 

「そうだよ、母さんは先代の継承者だった。本の適性は僕なんかと比べ物にならないくらい高くて、それこそ帝具並の兵器も作れたと思う。そんなのを作る事は無かったけどね。

それと、ナジェ姉たちが来た時に僕の具合が悪かったのは永遠の叡智を使って武器を作ろうとして失敗したからその負担が身体にきたからなんだよね。だからもう今は熱も下がってるでしょ?」

 

「……ソロ、お前が兵器を作る理由と、なぜヒジリさんが死んだのかを教えてくれないか?

彼女の死は私は病死だと聞き及んでいるが、あの誰よりも強かった彼女が病気で死ぬとは思えない!」

 

「……教えても良いけど、知っても僕の邪魔はしない?」

 

 ソロの声のトーンが一つ低くなり、ナジェンダとサヨは顔を合わせると、考えは同じ様で頷いた。

 

「わかった、約束は守ってよね。

母さんは二年前殺されたんだ、大臣に毒を盛られてね……僕が兵器を作るのは大臣を殺すためだ!」

 

 そう語るソロの拳は握り締められて震えていた。

 

「二年前……宮殿の大火事と何か関係があるのか?」

 

「宮殿の大火事ってなんですか?」

 

「二年前に大火事で宮殿の一部が大きく欠損する事件があったんだ。

噂ではテロリストの仕業とも言われていたが、盤石の守りの帝都だから所詮噂だと思っていたんだがな」

 

 ソロが思い切りテーブルに拳を叩きつけると、倒れる事はなかったがお茶の入った容器が揺れた。一息ついてソロはお茶を飲んで続けた。

 

「ゴメン、思い出したら頭に血が昇った。その時に何が起きたのか教えてあげるよ」


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