薄命なる少年職人の道   作:シュヤリ

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第九話~ソロの親と過去~

 

 

 

「その前に聞きたいんだけど、ナジェ姉はどうやって母さんの死を知ったの?

 

「宮殿内に革命軍の間者がいる。ソイツが有能な帝具の整備士が病死した情報を仕入れてな……それがヒジリさんだと聞いたんだ」

 

「そうなんだ……。

まずはそうだね、僕の両親の事から始めるかな。

母さんと僕は絵でしか顔の知らない父さんは皇拳寺の出身で共に腕を競い合っていた仲だった。その中で二人は若くして歴代最強の拳士と言われてそれぞれ拳神、拳聖と呼ばれたらしいよ。悲しい事に僕には何一つ武の才能は受け継がれなかったみたいだけど」

 

 少し場を盛り上げるためにソロは軽く笑うが、話を聞くサヨとナジェンダは真剣そのものだった。気まずいソロは咳払いをして続ける。

 

「やがて二人は互いに惹かれて恋に落ち、色々あって破門に近い形で皇拳寺を出たらしい。二人の存在は無かった事にされて闇に葬られ、今となっては皇拳寺に纏わる噂話って言われてる。

結婚した二人は帝国領の各地を旅した後に軍に入り、ある将軍の配下になった。帝国唯一の称号を持つ、大将軍ブドーのね」

 

「ブドー大将軍!?」

 

 広大な帝国領にいる者は当然、近隣の国々にまで武勇が知れ渡っている帝国が誇る大将軍ブドー。数日前まで軍人を目指し、その人にも憧れていたサヨは思わず大きな声をあげた。

 

「うん、なんでも宮殿の練兵場に忍び込んで自分達を身売りしたらしいけど、無茶するよね。

その腕と度胸を見込まれて少しの間ブドーの元で兵士をやってた二人だけど、父さんは病気で死んじゃったんだ。でもその時には母さんのお腹の中に僕はいた。

母さんは僕を産んで育てるために兵士をやめて、継承者の知識を活かして帝国お抱えの帝具の整備士になったんだ。もちろん永遠の叡智の事は上手く隠してね。

そして僕は産まれて七歳まで帝都で育てられた。そしてこの辺でナジェ姉は母さんと僕に会ったんだよね?」

 

 話続けて疲れたのか、ソロはテーブルに肘をつき、手を組んで頭を乗せた。

 

「そうだな、私が将軍になりたての頃だったからな。しかし、皇拳寺の出身だと知ってはいたがそんな手練れで、ブドーの部下だった事は知らなかったな」

 

「長い事兵士をやっていた訳じゃないからね。それに母さんも父さんの事を思い出すからあんまりその時の事は言いたがらなかったし、ブドーも自分と同等の力の部下を一度に二人居なくなったから少なからず心を痛めてたんじゃない?」

 

「あの……ブドーと……同等だと⁉」

 

 ナジェンダの脳裏にヒジリから武術の手解きを受けた時の事が思い出される。

 当時の自分の武器は銃であったが徒手での戦闘にも自信はあった。しかし自分の攻撃を軽く受け流され、その全てを捌き切った所で体を押さえ込まれて無力化された。何度も何度も挑んだが結果の変わる事は無かった。しかしそれすらも手加減していた事が先ほどのソロの発言で判明し、その事実に固唾を飲み、背筋に寒気が走る。

 

「ソロのお母さん……そんなにすごい人だったのね。あれ、って事はソロはブドー大将軍と面識があったの?」

 

「お互いが認識しての面識は無いよ。僕が赤ちゃんの頃に一度会わされて僕が大泣きしたらしくてそれ以来連れて行かれた事は無いし、後で話すけどもう一度会った時は奴は僕だと思っていないはずだから」

 

 意味深な発言にサヨは顔を顰めるが、ソロは続けた。

 

「そしてある日、母さんは僕を連れて帝都を離れた。そこから十歳になるまでの約三年間はずっと旅をしていた。

帝国領から異民族の土地、西の王国とか色んな所を巡ったよ。サヨの故郷のマツラ村にも行った事がある。

旅の目的は母さんの知り合いに僕を紹介する事と、僕の見聞を広げる為だったみたい」

 

「子連れで異民族の地だと。危険じゃなかったのか?」

 

「ナジェ姉、育ちが違うだけで相手も同じ人間、話し合えば分かってくれたよ。

……なんてカッコつけてみたけど母さんがだいたいなんとかしてくれたんだけどね。

手を出さなきゃいけない事は少なかった。けど慣れない地だから変な病気とかにかかった事もあったけど、それもまた良い経験だったよ」

 

「……その帝具ってやつを作れる技術があって、武術の達人で、帝国の大将軍の部下で、異民族と話し合いで解決できる……ソロのお母さんって一体何者なの、っていうか全部本当?」

 

「いや、彼女は人を安らかにするような雰囲気というか、良い意味で落ち着かせるのが上手い人だった。

それに武術の腕も私が証明する、組手をしても手を抜いた状態で相手にすらならなかったからな。

帝具の技術に関しては息子であるソロにその矢筒を作ってもらったお前自身が良く分かってるんじゃないか、サヨ?」

 

 ここまでのソロの話を聞いてサヨは少し嘘も混じっているのではと疑念を抱き苦笑を浮かべたが、ナジェンダはそれを否定した。

 

「うっ、ごめんなさいソロ」

 

「良いよ、正直僕だってサヨの立場ならこんな話嘘だって思うしさ」

 

 少し罪悪感に近い物を胸中に抱いていたサヨだが、嬉しそうに語り自分を許すソロを見てそれは解消された。

 全員のコップが空になった事に気が付いたサヨはお茶を足し、ソロはお礼を言って口にした。

 

「旅をしながら母さんは僕に色んな事を教えてくれた。一般常識から学校で教える様な知識、鍛治の知識と技術とか戦闘術の基礎をね。どうやら僕は武術の才能はなかったけど、何か造る才能は少し有ったみたい。

それから帝具も貰ったんだ、自分の身を守れるようにって。

そして二年程前、旅を終えた母さんと僕はここに住み始めて……程なくして母さんは……死んだ……僕が居なければ……」

 

「ソロ、辛い事なら無理して話さなくても!」

 

「ありがとサヨ……大丈夫……それに……ナジェ姉は……聞きたいと思うから」

 

 話しているうちに段々と俯き、声が震えるソロをサヨは心配する。

 ソロは立ち上がり、後ろを向いて目元を拭うと二人に向き直り無理に口角を上げて笑顔を作った。

 

「ああ、私はその真相が知りたい。辛いと思うが頼む」

 

「……二年前のある日、母さんに連れられて帝都に行ったんだ、母さんがある人物との約束を果たすためにね」

 

「約束って?」

 

「……帝具を使用しての手合わせさ、相手はブドー。兵士を辞める代わりに十年に一度、戦う事を約束したらしい。

僕は宮殿について行く事は許されなくて宿にいた。夜中になっても母さんは戻って来なかったけど、行く前に母さんは命のやり取りまではしないって言ったし、母さんの強さも分かってたから心配はしてなくって先に寝ていたんだ。すると夜中に気配を感じた。最初は母さんかと思ったけど、気配は一つじゃなかった」

 

「寝てる時に気配を感じるなんて、十歳でそんな事が出来たのか?」

 

 先ほど、自分には武の才能が無いと言っていた言葉を思い出したナジェンダは、そんな手練の暗殺者のような事が出来たソロに疑問を持つ。

 

「旅している時に安全とは言えない野宿も多かったし、何回も盗賊や危険種と戦ったからこういう第六感的なのは鍛えられたんだと思う」

 

「そうか……話の腰を折ってすまなかった、続けてくれ」

 

「僕は怖くなって武器を持って窓から外に出て走った。それでも、気配はずっと消える事なく一定の距離を保ってついて来た。振り返ると二つの影が僕を追っていた、完全に遊ばれていたんだ。

当時完全にコントロール出来てなかった帝具を使って走るスピードをあげたら、相手は僕を完全に上回るスピードで追い抜き立ちはだかった。

恐怖で錯乱した僕は剣を抜いて切りかかるも、返り討ちに遭って一人に捕まって頭を掴まれて持ち上げられて、もう一人にお腹を手刀で貫かれた。

でも、このまま死ぬんだって思ったその時に母さんは駆け付けてくれた。相手も予想外だったみたいで直様逃げたけど、すぐに母さんが奴らが僕にした事と同じように、相手を追い抜いて二人の前に立ち、腹部に手を当てると相手は破裂した。

そして母さんが僕を抱きかかえてくれた所で僕は気を失ってしまったんだ」

 

 ソロは服の裾を捲り上げてその時の傷痕を二人に見せた。

 

「でも、それならソロは助かって、ブドー大将軍と戦ったソロのお母さんも何も無かったはずなんじゃ?」

 

「……それならどれだけ良かった事か!」

 

 サヨは言葉に悪気を含んだつもりは全く無かった。しかしソロの母、ヒジリは死んでいる事は変わる事の無い事実。母が無事だという事は無かった怒りにソロは涙を流し思い切りテーブルに拳を叩きつける。

 

「その時もう……母さんは毒を盛られていた……見た目はなんとも無いけど……ブドーとの戦いのダメージも大きかった……」

 

 嗚咽しながらもなんとか話すソロを見て、ナジェンダは近づき背中を撫でて落ち着かせる。サヨは始めて見る怒ったソロの剣幕にただ呆然としていた。

 会話が中断してしばらくしてソロは泣き止み、タオルで顔を拭った。

 

「ゴメン……サヨは何も悪くないのに」

 

「謝るのは私の方よ……無神経な事を言ってごめんなさい」

 

「落ち着いたみたいだな……ソロ、辛いなら無理をしないでほしい。なんなら私だけまた後で話を聞きに来よう」

 

「ナジェ姉……大丈夫……もう少しで終わるから最後まで話すよ。

気を失って、僕の目が覚めたのはこの家のベッドの上でお腹の傷も塞がってた。母さんが造った道具で家に戻って来たんだってすぐ分かった。

永遠の叡智の継承者は特別な力を得られるって言ったよね。母さんは傷を治す……いや、人の生きる力を強める事が出来たんだ、それで僕の傷は塞げたけど、ボロボロだった母さんの体では二人分は無理だったみたいで僕を優先したんだ……。

そして母さんは最後にもう一度僕を抱き締めて僕に言葉を残して……死んじゃった」

 

「……ヒジリさんは最後まで立派な人だったんだな。ソロ、辛い中よく話してくれたな、礼を言う」

 

 ナジェンダの脳裏にヒジリとの記憶が蘇り、その優しさと強さが反芻し、サヨは一人の優しき母の壮絶な最期を聞いて目から涙を流していた。

 

「ありがと……ナジェ姉、サヨ。

その後は、本当につまらない話。僕は母さんのお墓を作って、永遠の叡智の継承者になった。

その時に母さんの記憶が見れたんだ、ブドーとの激しい手合わせなんて言葉じゃ生ぬるい戦いの後、大臣に誘われてお茶を飲みその時に無味無臭の猛毒が混ぜられていたみたいなんだ。そして大臣が僕の元に刺客を送った事を仄めかした所まで見れた。

僕は永遠の叡智の力で無理やり帝具の力を引き出して宮殿に乗り込んで大臣を殺そうとしたけど、ブドーと三人の配下の帝具使いに邪魔されて失敗しちゃった。インクルシオみたいな完全に身体を覆われる帝具だから僕の顔は割れてないはず。

その時の僕が暴れた跡が宮殿の大火事って事になる。決して表では語られない一人の侵入者の話だよ」

 

「永遠の叡智……か、そいつでお前はどんな力を得たんだ?」

 

「僕は適性があんまり無かったみたいだから、道具に何らかの効果を付加させる事と見る事で帝具の名前と効果がわかる事、あとは僕の帝具を通してだけ炎が出せるくらいかな……結構持ってかれたけどね」

 

 最後にソロがボソッと言った言葉をナジェンダは聞き逃さなかった。

 

「持ってかれただと……何かあったのか?」

 

「……僕の命だよ、僕はあと三年程しか生きられない。適性が無いのに継承者になってすぐに無理して帝具の力を引き出したから、その代償みたい」

 

 ナジェンダは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに頭に熱が登り感情のまま動き、ソロに近づき拳を握り振り上げた所で何かが自分の前に躍り出た。

 何かはナジェンダより先にソロの頬に思い切り平手打ちをしてソロの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

 

「なんでよ……なんでそんな事をしたのよ!

ソロのお母さんはソロを助けるために自分を犠牲にしたんでしょ!それなのになんで自分でそんな真似をしたの!」

 

「サヨに……サヨに何が分かるんだよ!母さんは僕のせいで死んだんだ!だからどんな手を使ってでも僕が母さんの仇を取らないと母さんも浮かばれない!

僕が弱かったから!あの時あいつらを僕が倒してれば母さんは死ななかった!僕は……僕は不幸を振り撒く存在だ、サヨだって僕と関わったから酷い目に遭ったんだ!」

 

 息を切らしながら浮かんだ言葉をそのまま吐き出し、自分の世界そのものだった母を目の前で喪った少年の言葉を聞き終えたサヨはそっと手を上に挙げ、それを見たソロは反射的に目を瞑って身体を強張らせた。

 

「バカじゃないの……お母さんが死んだのは貴方のせいなんかじゃないのに……」

 

 サヨはソロの肩に手を回してそっと抱き寄せた。叩かれると思っていた所に別の衝撃、そして何より母に抱きしめられた時の事を思い出したソロは力なく床に座り込んでしまった。

 

「お母さんは貴方には生きて欲しかったはずよ。

それに私はソロと会った事を不幸だなんて思ってないわよ、貴方は二回も私を助けてくれた……私があの家でされた事を気にしているのかもしれないけど、貴方が気にかける事は何一つない。あの体験も忌まわしいけど悪い事だけじゃないわ、身を持ってこの国の腐敗を知ることができたし、ナイトレイドに入るきっかけにもなったから。

だから、貴方が私に謝らないで」

 

 サヨはソロを抱きしめる腕の力を強めた。

 

「僕は……僕は……」

 

 自分でも考えた事が無い訳ではなかった。母が身を賭して救った命を自ら削り復讐を実行したが失敗し、その後も取り憑かれたように一人で計画を練り兵器を作り続けた事は、母の望む事だったのかと。

 ヒジリが死んでから殆どを一人で過ごし、誰にも叱られず、咎められず、褒められも認めらもしなかったソロにその答えはわからなかった。

 今日までは。

 

(ソロ、私はもう助かりません。

これから先、貴方には辛い事大変な事がいっぱいあります。でも絶対に負けてはいけません。

貴方の正しいと思う事を信じて貫いて。

でも母さんは出来れば優しい貴方のままで人を思いやる事ができて、できれば長生きしてほしいって思ってます)

 

 胸と頭に刻まれた母の最後の言葉が強く思い出される。

 自分の命のなんかどうでも良いと考えていたが、同時にそれは母の死に際の願いの一つを叶える事が出来なかった。

 それを痛感し、ソロは声をあげて泣いた。

 様子を見ていたナジェンダはソロに近づき一度だけ頭を小突き、その後は頭を撫でた。

 

「ソロ、話を聞いていてお前は色々危ういと判断した、必ずお前の寿命が尽きる前に革命を成功させてやる。

我々の目的も大臣の暗殺だ、だからナイトレイドに来い。お前のその知識と力を貸してくれ」

 

 ソロは心のどこかで自分の間違いを指摘したり、評価を認め褒めてくれる理解者を探していたのかもしれない。

 それが今日、現れた。

 


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