白銀の獣と深淵の蛇   作:鎌鼬

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恐怖劇の幕開け

 

とある館の一室にそれはいた。趣向を凝らせた物では無いが頑丈である事だけを目的に作られた机に向かって書類を読んでいるそれは『白銀』だった。

 

 

瞳、髪の毛の末端に至るまでがすべて銀。心の弱い者は勿論心の強い物も見ればその浮世離れした気配に魂を凍てつかせる程に冷めた銀。彼は書類の細部まで読み解き、その結果に満足した表情で眼鏡を外して目頭を揉んだ。

 

 

「今季の徴税は如何だったかね、ラインハルト」

「ーーーカールか」

 

 

そんな彼ーーーラインハルトの背後に影が現れる。ラインハルトを形容する言葉が『白銀』なのだとするならば、影を形容する言葉は『深淵』なのだろう。黒。髪、瞳、服のすべてが黒で染められている。その影ーーーカールの登場にラインハルトは驚くこと無く対処する。

 

 

「やっとだ。やっとの事で黒字になった。足掛け七年ってところか……ああ長かった、本当長かった」

「ようやくスタートラインに立つことが出来たと言ったところか」

「そうだ、これまではスタートラインを作ることに集中していた。今こそ俺たちの始まりなんだ」

 

 

ラインハルトが椅子から立ち上がり、窓の外を見る。夜の帳が落ちた外にはポツポツと光っている灯りが見える。あれこそがラインハルトが守ろうと足掻いていた者。その灯りひとつひとつをラインハルトは心底愛おしそうに見つめている。

 

 

そんなラインハルトの姿を見てカールはクスクスと楽しそうに笑っていた。

 

 

「あぁーーーやはり君は黄金とは違う。焼き尽くす輝きでは無く、安らぎと温もりを感じさせる暖かな輝きを見せてくれる。流石は私が『白銀』と敬愛する者だよ」

「黄金……ラインハルト・ハイドリヒか?よしてくれた、俺はそんな器じゃ無い。すべてを愛そう?無理だ、俺の愛はそこまで無差別じゃ無い。愛しているから壊す?嫌だね、愛しているのなら愛でる。それを言ったらお前も同じじゃないか、水銀の蛇カール・クラフト?」

「……私は彼の様に変態じゃ無いつもりなのだがね」

 

 

ラインハルト・ハイドリヒ、カール・クラフトと彼らは互いの名を呼び合い、そして顰めっ面をする。彼らはとあるゲームに出てくるキャラクターと同じ名前、細部は異なれど似た姿を持ってこの世に生を受けた。そして彼らは一つ決めている事がある。

 

 

ーー同じ名前、似た姿だが、自分たちは彼らでは無い。俺/私は俺/私だ。

 

 

確かに彼らの言葉遣いなど、必要な時に応じて使うことはある。カールに至っては水銀の蛇の真似をし過ぎた結果、言葉遣いが定着してしまっているのだがそれでも自分は自分であり、彼らでは無いということを理解している。

 

 

だからこそなのだろう、この二人が元となっている彼らの様にまるで兄弟の様に仲が良いのは。

 

 

「それは兎も角だラインハルト、前に教えていた筈だがこれより物語が始まるぞ」

「……『神魔学園』だったか?俺は知らないんだけど」

 

 

ラインハルトは机の上にあった別の書類に手を伸ばす。そこには二人がこれから学び舎とする『エトワール学園』の情報が書かれていた。

 

 

「どうも胡散臭い話だ……だが、本当なんだろうな?」

「今一度断言しようとも。この世界は『神魔学園』というゲームの世界、もしくはゲームをモデルにした世界であると。証明は過去に済ませたつもりなのだがね」

「現実味がない、としか言えない。少なくとも俺はこの世界で生きている。それなのにいきなりこの世界はゲームだと言われて誰が信じられる?狂人と叫んで病院に送り込まなかったことを感謝してほしいくらいだ」

 

 

『神魔学園』、それはこの世界では無いPCゲームと呼ばれる娯楽。ジャンルはRPGで成人を対象とした作品。王国にある学園に平民の出身である主人公が入学するところから始まり、生徒たちと交友を深めたり、時には一線を超えた仲になる。そうして学園生活を謳歌していると人類の敵である魔族からの宣戦布告、王国で信仰されている神からの神託により勇者となった主人公が魔族の王を倒す……と、流れとしては使い古された様な王道の物なのだがこのゲームでは他のゲームに無い設定が盛り込まれている。それは、主人公の入れ替え。男主人公を選んだ場合には所謂ギャルゲー、女主人公を選んだ場合には所謂乙女ゲーとして物語が展開する。しかもそれぞれ別のストーリー、結末に至るらしい。絵師、シナリオライターはこの作品を完成させてから「しばらく仕事は良い、休みたい」と死にそうな顔で言っていたとか。

 

 

これがカールの説明したことだ。カールの言葉を疑っている訳ではないが突然「この世界はゲームです。ねぇどんな気持ち?どんな気持ち?NDK?」と聞かれても聞いてきた者の頭の心配をすることになる。カールの言う証明は終わっているがそれでも信じられないラインハルトを責めるのはお門違いだろう。

 

 

「……まぁ、こればかりは仕方の無い話だ」

「一番信じられないのは俺がラスボス扱いってことだ」

 

 

カール曰く、ラインハルトはこのゲームの男女主人公共通のラスボスで、女主人公の場合だと攻略キャラすべてを攻略した後で隠しキャラとして登場するとか。隠しボスよりもラインハルトの方が強く、容姿も整っていることからプレイヤーからは『真の主人公』、公式からも『ラスボスの名に恥じないラスボス』と呼ばれているらしい。

 

 

「確かに強いという自覚はあるが……俺がラスボスになる理由が無い」

「あぁそうだとも。作中での彼は己が信念を通すためにラスボスになった。しかし君にはその信念が無い。二次創作における原作解離というものが起きているが私が懸念していることは世界からの補正だ。このままならば君がラスボスになることは無い筈だ。しかし」

「世界からの補正の結果、俺がラスボスとして君臨することも否定できない、か……」

 

 

カールの懸念はそれだ。確かにカールはこの世界がゲームの世界、もしくはゲームをモデルとした別世界だと知っている。そしてその中でラインハルトは原作のラインハルトとは別の成長をしている。友人である彼がラスボスになることは無いと確信しているがもしも世界が原作通りに進むことを望んでいたら?ラインハルトは原作通りにラスボスになってしまうだろう。

 

 

それをカールは望まない。彼が敬愛しているラインハルトは今のラインハルトで、原作のラインハルトでは無いのだから。だからこそカールはこの世界のことと『神魔学園』のことをラインハルトに明かしたのだ。その結果、ラインハルトはカールの言葉を疑っている訳では無いが信じきれないという事になっている。カールとしては信じてもらいたかったのだが絶交されなかっただけマシだと考える。兎も角、これでラインハルトがラスボスになってしまうという望まぬ結末を回避出来るかもしれない。

 

 

「まぁ強要はしないが心の隅にでも置いておいてくれ。そして私は君の友だ。何かあれば何事においてでも君を優先すると誓うよ、『白銀の獣』殿?」

「それはこちらのセリフだ『深淵の蛇』。俺がお前のことを友だと思っている限り俺はお前の助けになる」

 

 

そう言って笑い合う二人の顔には心の底から笑っているとわかる笑みが浮かんでいる。

 

 

そんな中、部屋の扉がノックされる。回数は四度、ここを尋ねてノックをする人物など数えるほどしかいないのでラインハルトは入室を許可した。

 

 

部屋の中に入って来たのは格調高いヴィクトリアン仕様のメイド服に身を包んだ女性。胸元が控えめなところを除けば無駄の無いスタイルをしており、吊り上がった目が特徴的な整った顔を下げてラインハルトとカールに一礼した。

 

 

「失礼いたしますラインハルト様、カール様、執事長からこちらをとの事です」

 

 

メイドから差し出されたのは木製のコルクで瓶詰めされた赤ワイン。外にはラインハルトとカールの生まれ年である西暦が書かれた紙が貼り付けられている。

 

 

「相変わらずオウルは気が効く」

「なるほど生まれ年のワインか、スタートラインに立った我らに相応しい。しかし肴が無いのは少し残念ではあるが……」

「ご心配無く、レイアス様からこちらを渡されましたので」

 

 

そう言ってメイドは何処からか皿盛りされたチキンのソテーを取り出した。それを見て二人は苦笑するしか無い。レイアスというのはラインハルトの祖父に当たる。そんな人物が台所に立ったのだからきっとコック長は気が気でなかったのだろう。

 

 

兎も角ツマミは出来た、ならば飲むしかない。ラインハルトが部屋に備え付けられていた棚からグラスを三つ取り出し、その内の二つを放り投げた。一つは彼の友であるカール・クラフト。そしてもう一つはメイドに向かう。危なげなく両者はグラスを受け取ったがメイドの顔は困惑していた。

 

 

「何故、私に……?」

「レティ、俺はお前のおかげで今生きているんだ。だったら俺の門出を祝う場でお前がいないというのはおかしい。だからだ、レティ。お前も飲め、そうでなくては俺が寂しい」

 

 

ラインハルトの物言いにカールは苦笑している。しかしメイドーーーレティは違った。クールビューティと呼べる顔を破顔させ、目に涙を浮かべた。堪えようとしている様だがその努力は虚しく涙が溢れ出る。

 

 

「エグっ……!!エグっ……!!感謝の……極みです……!!」

「さぁ祝えよ、カールとレティよ。我らのこれまでの労を労い、これよりの道を祝そうじゃないか」

 

 

カールとレティのグラスにラインハルトがワインを注ぎ、ラインハルトのグラスに何とか泣き止んだレティがワインを注いだ。ワインの赤はまるで鮮血の様に鮮やかで、宝石で言うところのルビーの様な輝きを放っていた。

 

 

「乾杯」

「乾杯」

「乾……杯……」

 

 

ワインを同時に飲み干す。口を灼き、喉を通り胃に落ちる。アルコールが入ったことで身体の熱が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは黄金の獣と水銀の蛇の姿をした二人の物語。

 

 

既に道を定められた世界における反逆の歌。

 

 

それではーーー彼らの恐怖劇(グランギニョル)をご覧あれ。

 

 

 






ラインハルト・ハイドリヒ

名前からわかる通りに某黄金閣下の容姿を持って生まれた転生者。ただし髪や瞳の色は金ではなくて銀。貴族で領地持ちだが経験が無いことを自覚しているので隠居していた先先代当主を呼び出して働かせている。最近嬉しかったことはようやく領地の徴税が出費よりも上回ったこと。この世界の原作知識は無し。そして婚約者あり。


カール・クラフト

某コズミックストーカーの容姿だが変態じゃない。ストーカーなんてしたことは無いし、足跡や溜息を集めたりなんてしない。ラインハルト同様に転生者で、彼とは違いカールは原作知識を持っている。暗躍することはあってもそれは友達であるラインハルトのだめ。


レティ

ラインハルトのお付きのメイド。胸が残念なところを除けばスタイルは良い。顔は無表情がデフォのクールビューティだが、ラインハルトが褒めたりすると破顔する。カール曰く、『素直な少佐』だとか。


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