白銀の獣と深淵の蛇   作:鎌鼬

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白銀と黄金

 

 

「なーーーなんですか貴方は!?」

 

 

ラインハルトに威圧されながらも何とか声をあげたのはジースだった。その声は怒りよりも己を鼓舞するような意味合いが強かったのだがそれでもラインハルトを前にして叫べたのは凄いことだ。キクリは完全に気圧されていて顔は蒼白、ニルスにいたっては土気色になっている。

 

 

「なんですか、ときたか……卿ら、あそこにある物が見えるか?」

 

 

ラインハルトが指を差した方向に三人が目を向ける。そこにあったのはひっくり返されて床にぶちまけられている弁当。

 

 

「あれは私の婚約者が作った物だ。初めて使ったと言っていて今日の楽しみにしていたのだが卿らの争いのせいでああなってしまった……どうしてくれる?」

 

 

ラインハルトの中ではアルフォアは被害者扱いになっている。争いを止めようとしてラインハルトにぶつかってしまったのをラインハルトは理解しているからの判断だ。であるならば加害者は誰か?アルフォアがぶつかる原因を作ったこの四人ということになる。

 

 

「ハ、ハイドリヒ卿!!」

 

 

ニルスはラインハルトが怒っていることに気がつき、屋上の床の上だと言うのに土下座をした。そのニルスの姿にジースとキクリは驚く。二人の知るニルスはプライドの高い人物で、簡単に頭を下げるような人物ではなかったからだ。そのニルスが床に額をぶつける程に頭を下げているのが信じられなかった。

 

 

「も、もしや!!あの弁当を作ったのは!?」

「あぁ、卿の想像通りの人物だ」

「〜〜〜!!!!」

 

 

ニルスの顔色が変わり、顔から滝のような汗を流し始める。

 

 

「お、おいどうしたのだニルス。そんなに慌てて」

「そ、そうだよ。あんなのひっくり返されたぐらいで手を出すような器量の狭い奴に頭を上げるとか」

「お、お前たち!!お前たちは知らぬのか!?この方はマルクリア領を治められるラインハルト・ハイドリヒ辺境伯だぞ!!貴族の端くれならばハイドリヒ卿の婚約者が誰が知っているであろう!!」

 

 

ニルスの言葉を聞いてジースとキクリの顔色が土気色に変わる。

 

 

ラインハルト・ハイドリヒ辺境伯といえば貴族の中でも有名な名前だ。荒れていたマルクリア領を僅か十歳にして王から任せれ、そして七年で再興させたという手腕の持ち主。そのせいで社交場に出ることはほとんど無かったので顔は知られていないが『別の呼び名』と共にラインハルトの名前は爵位の低い貴族であっても知られている。

 

 

そして、そのラインハルトの婚約者といえばーーー

 

 

「ーーーラインハルト、ここにいたのか」

 

 

屋上の、転落防止用の柵を乗り越えて一人の女子生徒が現れる。その女子生徒の髪と瞳は金色、身体は人体の黄金比と呼べる程にバランスが取れている。彼女のことを知らぬ者はこの学園、いやこの国にはいないだろう。

 

 

彼女はアリアドネ・ファブール・クラウン。この王国の第二王女にして『超越者』、そしてーーー

 

 

「アリアドネか、まさか私を追って来たのか?」

「当たり前だ。私はお前の婚約者なのだからな。将来の夫と仲を深めたいと思って何が悪い?」

 

 

ラインハルト・ハイドリヒの婚約者である。

 

 

「「ア、アリアドネ様!?」」

 

 

突然のアリアドネの登場に驚いたものの、ジースとキクリは片膝をついて頭を下げた。

 

 

「ん?……ふん……」

 

 

屋上の雰囲気がおかしいと思ったのかアリアドネはゆっくりと辺りを見渡す。怯えるようにして片膝をついているジースとキクリ、口から胃液を流して気絶しているリョウに遠縁とはいえ王族のニルスが土下座をしている。そしてエリアスに介抱されて顔を腫らしているアルフォアの姿。最後にーーー自分が必死になって作った弁当が、床にぶちまけられている。

 

 

「ーーー」

 

 

何が起きたのか理解したアリアドネの行動は早かった。片膝をついているジースとキクリの前に音も立てずに現れて拳を振るう。動いたのは右腕だけの筈なのに、二人はまったく同時に吹き飛ばされて床に転がることになった。ピクリとも動かないので二人は気絶しているのだろう。

 

 

「ーーー貴様ら、良くも私がラインハルトのために作った弁当を……!!」

「お待ちください、アリアドネ様」

 

 

気絶しているリョウの頭目掛けて振り上げた足を下ろそうとした時に転落防止用の柵を乗り越えてミハイルが現れた。どうやらアリアドネの跡をついて来てわざわざこのルートからやって来たようだ。

 

 

「止めるなミハイル、こいつらは……!!」

「えぇ存じております。しかし殺すまでも無いでしょう。弁当一つで命を取るというのは些かやり過ぎです。また作れば良いではありませんか」

「だが……あれは会心の出来で……」

「それに……ハイドリヒ卿はその弁当食べておられますよ」

「なっ!?」

 

 

ミハイルの言葉が信じられずにアリアドネはラインハルトの方を振り返る。するとそこには床に落ちていた中身を拾い集めて食べているラインハルトの姿があった。

 

 

「おいラインハルト!!何をしている!?」

「何を?知れたこと、食事を取っているのだ。それ以外に何に見える?」

「いや……しかし……それは落ちたものでとても食べられるものでは

……」

 

 

床に落ちた弁当を食べているラインハルトを見てアリアドネは泣きそうな顔になる。王族である彼女は料理をした経験はほとんど無く、それどこらか台所に入った事さえ数えるほどしか無かった。それでもラインハルトのために弁当を作りたいと思い、ミハイルに指示を仰ぎながら不慣れな料理をしたのだ。その弁当が床に落ちてしまったら怒りたくもなるし泣きたくもなるだろう。事実、ミハイルが止めていなければアリアドネは怒りのままにリョウの頭を踏み潰していた。

 

 

「落ちた程度で食べるのを諦めていたら私は生きてここにはいなかっただろうな。マルクリア領を治め始めていた頃には食べるものを選べる余裕すら無かったものだ。それに比べれば落ちた程度など気にもならん」

 

 

床に落ちたからかラインハルトの口からはジャリジャリと砂を噛むような音が聞こえるがラインハルトは気にする様子を一切見せずに弁当を食べ進めていた。

 

 

そして最後に焼き魚を飲み込むとピンクと包みと共に弁当をアリアドネに返した。

 

 

「美味かった。アリアドネさえ良ければまた作ってくれるか?」

 

 

それは掛け値無しのラインハルトの本音、床に落ちたとは言え心から美味かったと思ったからまた作って欲しいとアリアドネに言ったのだ。嘘偽りなくラインハルトがそう言っていることに気づいたアリアドネは泣きそうな顔から一変して笑顔になる。

 

 

「ーーーあぁ!!任せろ!!次はこれよりも美味しく作ってやるからな!!」

「そうか、ならば楽しみにしていよう」

 

 

そのアリアドネの笑顔を見てラインハルトも優しげな笑みを浮かべた。ミハイルはこの場が一応収まったことに安堵のため息を吐く。

 

 

「大丈夫か?」

「えぇ、なんとか……」

 

 

ラインハルトが殴られたアルフォアと介抱しているエリアスの側に寄る。今は腫れているが痕が残るような物では無いとこれまでの経験から判断してアルフォアはそう返した。

 

 

「ならば良い。此度は済まなかった、貴族として謝らせてくれ」

「大丈夫ですよ、親父の拳骨に比べたら蚊が止まったような物でしたから」

「そうか……私はラインハルト・ハイドリヒ。何か困り事があれば私の元を訪ねると良い。力になる事を約束しよう」

 

 

それはラインハルトなりの侘びの入れ方なのだろう。何かあれば自分がアルフォアの力になるとラインハルトの方から言ってきたのだ。

 

 

「さぁ、この場の後始末は私が勤める。卿らは保健室に向かうと良い」

「はい、ありがとうございます……アルフォア君、立てる?」

「あぁ……」

 

 

エリアスに肩を借りながらもアルフォアは立ち上がってノロノロと扉に向かっていく。そして出る前に振り返ってラインハルトたちに頭を下げて屋上から出て行った。

 

 

残ったのはラインハルトたちと気絶しているリョウとジースとキクリ、そして未だに土下座をしているニルス。

 

 

「……ニルス、お前は一体何をしていたのだ?レイスがお前の事を探していたぞ?」

「そ、それはなんと言いますか……」

「ニルスよ、卿の気持ちは分からぬでも無いが卿の事を良く思ってくれる者を蔑ろにすることはあまり感心出来んぞ」

 

 

ニルスがエリアスを巡る争いに参加していた事を知っているラインハルトは出来る限り濁した言い方でニルスに警告した。王族であるアリアドネと婚約していることからラインハルトとニルスは知らない間柄では無いのだ。

 

 

「ーーーニルス様ぁ?」

「ヒ、ヒィッ!?」

 

 

モゴモゴと言いにくそうにしていたニルスに鎖が絡まる。伸びて来ているのは屋上の扉、そしてその隙間から顔を覗かせているのは濃い青色の髪をした女子生徒だった。

 

 

「ニルス様、私が目を離している間に何をしていらしたのかしら?」

「レ、レイス!!待ってくれ!!これには事情が!!」

「えぇ分かっていますとも。あの女がニルス様の事を誑かしたのですね?ですが……私という者がありながらそちらにうつつを抜かしたニルス様もニルス様です……これはお仕置きが必要ですね?」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

ニルスが扉に向かって引き摺られる。鎖を外そうと抵抗しているが鎖は緩まるどころかさらにキツくなっているように見える。

 

 

「助けてください!!ハイドリヒ卿ぉ!!」

「さらばニルスよ、安らかに眠れ」

「ハイドリヒ卿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

引き摺られるニルスに敬礼をするラインハルト。アリアドネは明日の弁当の中身を考えているのか周りが見えていないようだし、ミハイルにいたっては胸で十字を切っている。どうやらこの場にニルスを救える者はいないようだ。

 

 

「ウフフフーーー」

「ぁぁぁぁぁぁぁーーー」

 

 

ニルスが扉の向こう側に引き摺られ、扉が閉められた。

 

 

「ふぅ……こいつらどうする?」

「放置で良いのでは?そろそろ次の授業が始まりそうですし」

「明日は何にする……?オムレツ?唐揚げ?それとも……」

 

 

どうやら何も無かったことにする様だ。

 

 

 






ラインハルト・ハイドリヒ

ようやく爵位と婚約者が明かされた。弁当を床にぶちまけられて激おこだったが食べられない訳では無いのでモサモサ食べていた。領地を任された当初では腐りかけた物でも普通に食べていたらしい。

アリアドネ・ファブール・クラウン

ラインハルトの気配を察知して校舎をパスクールの要領で登って登場。折角作った弁当をひっくり返されてプッツンしたが弁当をモサモサ食べているラインハルトを見て正気に戻る。ラインハルトに弁当が美味しかったと言われて舞い上がっちゃう乙女。

ミハイル・アルト・リッター

パスクールで校舎を登って行ったアリアドネをパスクールで追いかけて登場。母親が家事全般得意だったらしくその影響で料理も出来るのでアリアドネに料理を教えていた。

レイス

ニルスの婚約者。ヤンデレ気質、鎖は常備している。

ニルス

ヤンデレ気質の婚約者であるレイスは嫌いではないが精神的疲労がマッハでヤバイ事になっているのでエリアスを口説いて癒してもらおうとしていた。ラインハルトとはアリアドネの繋がりで知り合い、友人の間柄。

リョウ、ジース、キクリ

蹴られて殴られて気絶して屋上に放置。


ラインハルトの爵位が低すぎますかね?良ければ意見をください。

感想、評価をお待ちしています。


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