提督が最速で鎮守府に着任しました   作:パイマン

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pixivで島風とクーガーの共演イラストを見たのがきっかけです。
あれから一年経ち、当時は単なるブームの一つとしか捉えていなかった艦これに私も嵌りました。
あのネタから一年以上経ってるんだから、艦これとスクライドのクロスオーバー小説の一つや二つくらいあるだろうと思ったら何で一つもないんだよ!?(血涙)
仕方ないので自分で書きました。


前編

 二十一世紀初頭――。

 神奈川県の一部で突如、横浜を中心に自然現象ではあり得ないほどのエネルギーの放出を確認。大規模な隆起現象に繋がる。

 これにより発生地点の半径約20kmから30km・高さ240メートル以上にも及ぶ『ロストグラウンド』と呼ばれる大地が誕生した。

 エネルギーの正体、発生原因は今以て不明のままである。

 首都圏全域の機能が失われ、政治・経済も長期に渡る停滞を続けることになった。

 大隆起現象から十八年後、ロストグラウンドは日本においての完全独立自治領連経済特別区域と認定される。その背景には、ロストグラウンド生まれの約2%の新生児に『アルター能力』という特殊能力を持つ者達が現れ始めたということがある。

 ALTER――正式には『精神感応性物質変換能力』と名称されるこの超常的な力は、自分の意志により周辺の生物以外のあらゆる物質を原子レベルで分解し、各々の特殊能力形態に再構成することが出来る特殊能力である。

 彼らは『アルター使い』や『ネイティブアルター』と呼ばれ、その多くが在住するロストグラウンドを中心に、一般社会とその住人達に忌避された。

 アルターを用いた暴力や略奪を行う『アルター犯罪』が深刻化する中、それに対応する特殊部隊も設立され、危ういバランスを保ちながらも人類の営みはおおむねこれまでと同じように続いていた。

 

 しかし、新たな時代の変革は、今度は海からやって来た。

 

 人類に無条件の敵意を示すその存在の名は『深海棲艦(しんかいせいかん)

 その脅威に対抗すべく生まれたのは、在りし日の艦艇の魂を持つ娘達『艦娘(かんむす)』である。

 人類にとっての敵と味方――彼女達は、いずれも突然に現れた。

 かつての大隆起現象のように。

 あまりにも突然に、その二つの存在は人類の前へと現れたのだ――。

 

 

 

 

 ――速いほど良い。

 

 島風は様々な物事に対して概ねそのような結論を出す。

 戦場では速さが重大な要素となる。

 情報も判断も行動も速い方が良い。敵より一歩先んじれば戦況は有利になり、逆に一手遅れればそれは時として致命的な不利となる。

 迅速に行動すれば、それだけ敵を攻めることが出来、同時に味方を守ることも出来るのだ。

 日頃、何かと速さを基準に忙しない言動を繰り出す島風の中には、そんな戦場を基準としたシビアな考え方と固い信念が隠れている。

 とはいえ、ただ単純に『艦娘の中でも最速』というプライドと自信から来る拘りも多分にあるのだが。

 とにかく、島風にとって『速い』ということは重要であった。

 誰よりも速いという事実は、これ以上無い優越感であった。

 鎮守府に住む艦娘の誰よりも早く、島風は就寝する。

 そして、朝は誰よりも早く目覚める。

 寝起きでボーっとしているなんて悠長な真似はしない。洗面台で冷水を叩きつけるように顔を洗い、速効で意識を覚醒させる。

 着替えだって最速だ。この為に布面積の少ない服を着ていると言って良い。

 最速の準備を終えた島風は、最短ルートを選んで、提督の執務室へ走った。

 一度、大きな足音を立てすぎて、早朝の騒音問題として上官の加賀にこってりと絞られて以来静かに走るようにしている。

 しかし、多少速度が落ちようが自身の速さは揺ぎ無い。むしろ、足音を殺した走りにおいても自分が最速であると新たに証明されたくらいだ。島風はその事実に満足していた。

 早朝の鎮守府は静かだった。

 夜警の為に夜通し起きている当直の艦娘を除いて、動いている者はいない。

 島風はこの朝の時間帯が好きだった。

 一日の始まりに、誰よりも早く動き出している実感が自分を幸せにしてくれる。

 この鎮守府に着任したのは最近のことだが、未だにこの幸福感を打ち破った艦娘はいない。

 そう――『艦娘』は。

 艦娘用の寮から提督の執務室へと、島風はあっという間に辿り着いた。

 どんなに勤勉な提督であっても、こんなに早い時間から執務室にいるはずはない。

 仮に自分と同じ時間に眼が覚めたとしても、部屋に辿り着く為の物理的な速さでだって、先を越されるはずがないのだ。

 だから、そう。

 

 ――今日こそ、自分が一番乗りだ!

 

「おっはよー!」

 

 勢い良くドアを開け放ちながら、島風は誰もいないはずの室内に向かって朝の第一声を放った。

 そして、朝の第二声はもう決めてある。

 自分の後から来た提督を待ち構えて、こう言ってやるのだ――。

 

「遅いぞ、シカマセ!」

 

 既にデスクに腰掛け、優雅に朝のコーヒーを嗜む提督の姿を見て、島風は呆然とするしかなかった。

 座っていても島風より高い身長とそれ以上に長い足を組み、撫で付けた髪から一房だけ前髪が垂れている。

 顔立ちはハンサムと言っていいが、目元は大抵愛用のサングラスで隠している。そして、口元には常に不敵な笑みが浮かんでいた。

 島風は、その見慣れた笑みが嫌いだった。

 そこからはいつだって溢れるほどの自信が感じ取れるからだ。

 自分と同じ、速さに対する絶対の自信が。

 先程までの幸福感をぶち壊され、島風は頬を膨らませながら言った。

 

「わたしは遅くなんかないもん! それとわたしはカマセじゃない、島風!」

「ハッハッハッ! これはすまん!」

 

 ちっともすまなさそうではない様子で高笑いをする提督を、真っ赤になりながら睨みつける。

 この鎮守府で何よりも一番気に入らないこと――。

 それは自分の提督がこの男だということだ。

 そして、こいつが自分よりも常に速いということだ。

 島風は提督が大嫌いだった。

 常に自分よりも速い、このストレイト・クーガーという男が。

 

 

 

 

 間宮食堂――その名のとおり給糧艦としての機能を持つ艦娘『間宮』が運営する食堂である。

 厨房を取り仕切るのは間宮当人であるが、配膳などを鎮守府所属の艦娘達による当番制にしており、日中は常時開放して軽食程度ならば何時でも注文出来る為、非番の艦娘達の憩いの場となっていた。

 

「提督なんて大っ嫌い!」

 

 少なくとも島風以外の艦娘にとっては憩いの場であった。

 

「ま、まあまあ島風ちゃん、落ち着いて。巻雲のアイス、一口食べます?」

 

 隣に座る巻雲が、島風の怒らせた肩を撫でながら言った。

 着任時期が同じであるこの二人は、その縁からプライベートでも共に行動することが多い。

 正確には、着任当時から協調性に欠けていて集団行動では孤立しがちだった島風を、巻雲が何かと気に掛けている内に親しくなったのだ。

 

「聞いてよ、巻雲ちゃん! あいつ、またわたしの名前を間違えたんだよ!?」

「提督を『あいつ』呼ばわりしてはいけません」

 

 不機嫌な島風を優しく宥める巻雲に対して、厳しく戒めるのは対面に座る加賀だった。

 正規空母の艦娘である彼女は、優れた性能を持っているとはいえ駆逐艦に過ぎない島風にとって上官のようなものであり、目上の相手でもある。

 この鎮守府での経歴も長く、艦隊の主力として活躍し続ける実績と貫禄を持っていた。

 ついでに、純粋に苦手な性格の相手だ。

 とはいえ、この鎮守府では新人である島風にとって貴重な仲間であり友人であることに違いはない。決して口に出したりしないが、加賀のことは尊敬もしている。

 方向性は違えど、二人の友人に諌められて、島風は不満そうにしながらも愚痴を止めた。

 

「それに、あの人が名前を間違えるのは、気に入った相手への愛情表現みたいなところもあるから」

「ええっ!? ウッソだー!」

 

 加賀の意外な言葉に、島風は眼を丸くした。

 

「愛情? あの提督が? 二言目には『速さ』しか言わない、あのスピードバカが? ありえない!」

「それ、島風ちゃんが言っちゃうかなぁ……」

 

 巻雲は当人に聞こえない程度の小声でツッコんだ。

 

「あなたも速さには拘りがあるでしょう。そういう所を、提督も気に入っているのだと思うわ」

「でも、何かって言うとわたしより速いことを自慢するし、逆にわたしが遅れたことをからかうし……」

「あなたが常日頃から主張している速さを、無視するのではなく張り合う程度に認めているということよ。それに、立場が逆になったら多分あなたも同じことをするでしょう。だからこそ、毎回提督に突っかかっているわけだし」

「う゛っ……それは、そうだけどぉ……」

「私も着任当初は名前を間違えられていたものよ。今でも、たまに間違えてこっちの反応を楽しんでるような時があるわ」

「そうなの!?」

「あの人との付き合いも長いですから」

 

 加賀はクーガーの秘書艦である。

 エキセントリックな提督とクールな正規空母のコンビは、新人の艦娘に常に驚きと意外性を提供するが、最終的には奇妙な納得に落ち着く。

 仕事中の二人の連携は完璧に噛み合っているのだ。

 

「どうすれば名前を間違えられないように出来るの!?」

「さあ?」

「意地悪しないで教えてよ、加賀!」

「私よりも、巻雲に聞いた方が良いのでは? 彼女も一度、提督に名前を間違えられたけれど、すぐに訂正されたわ」

「ホント!? ねっ、巻雲ちゃん! どうやったの!?」

 

 期待を込めて詰め寄る島風に、巻雲は酷く気まずそうに答えた。

 

「……間違えて『マキグソ』って呼ばれた時に本気で泣いたら、ビックリするくらい謝ってくれて、それからもう二度と間違わないって誓ってもらえました」

 

 答えを聞いた島風も、気まずそうに身を引いた。

 

「……なんか、ごめん」

「いえ……」

 

 微妙な空気になってしまった二人をフォローするように、加賀が口を挟んだ。

 

「とにかく、提督があなたの名前を間違えるのは悪意があってのことではないのよ。安心しなさい」

「べ、別に不安だったわけじゃないもん! 不満だっただけだもん! そもそも、わたしは提督のこと嫌いだし! ちゃんと名前呼んでくれたら、それが少しはマシになるだけだし!」

「そう」

「……なんか反応が投げやり~。本当なんだからねっ!」

「そうね。プロテインね」

「もっと投げやりになった!?」

 

 島風の愚痴に付き合う形で始まったじゃれ合いは、いつまでも続きそうだった。

 その時、まるでタイミングを測ったかのように話題の中心となっている人物が食堂へ入ってくるのが見えた。

 誰よりも早くそれに気付いたのは島風だった。

 

「あっ、提督ー!」

 

 次の瞬間にはもうクーガーの元へと駆け寄っていた。

 つい先程まで会話をしていた二人を完全に置き去りにしている。

 呆気にとられる巻雲と加賀を尻目に、島風はクーガーの腰に纏わりついた。

 

「おおっ、シカマセじゃないか。何だ? オレに追いつけないからって、食堂に先回りしてたのか?」

「カマセじゃない、島風! それに待ち伏せなんて遅い奴がすることだもん! 提督はご飯食べにきたの?」

「まあな。お前もまだ食ってないのか?」

「うんっ! ねぇ、一緒に食べよう?」

「ほう? それはもちろん和気藹々とテーブルを囲みましょうってわけじゃないんだろうなぁ」

「もちろん! わたしと勝負しよっ!」

「ハッハッハッ! 早食い対決でもしようってのか? あ、間宮さん。A定食をお願いします。お前も同じのでいいか、シカマセ?」

「うん、いいよ。あと、島風!」

「ハハハッ、悪い悪い」

 

 口喧嘩というにはテンポの良すぎる会話を繰り広げる二人。

 突っかかる島風に対して、クーガーは余裕の態度で受け流している。

 傍から見れば、子供に向ける大人の対応だ。

 その様子を眺めていた巻雲は、加賀の言っていた『気に入った相手への愛情表現』という解釈が正しいことを理解し始めていた。

 クーガーは、どう見ても島風の反応を面白がっている。

 そして、島風の方もクーガーを嫌っているとは到底思えない態度だ。構って欲しいだけにしか見えない。

 やがてトレイに載った定食を受け取ったクーガーと島風は、自然と向かい合う席に腰を降ろした。

 

「よーし、勝負だよ提督! 先にご飯を食べ終わった方が勝ち! はい、スタート!」

「はいはい、いただきます」

 

 猛烈な勢いで食べ始める島風とは違い、クーガーはゆっくりと味わいながら食事を口に運んでいく。

 

「――ごちそうさま! あれあれ、提督ってばまだ食べ終わってないのぉ? おっそーい!」

「なあ、シカマセ」

「何、負けた言い訳? それと、わたしは島風!」

「お前は速さというものを履き違えているな」

「な、なにおう!?」

「食事ってのはな、競うものじゃない。楽しむものだ。食事は人の心を豊かにし、エネルギーと明日への活力を生み出してくれる。ここに速さは必要ない。味を堪能する為に歯で噛み砕いて食べ物を胃へと流し込む。間宮さんが丹精込めて作ってくれた食事を碌に味わわずに飲み下すということは文化の損失だ。よく噛まないから消化にも悪いしな。つまり消化が遅いってことでもある」

 

 流れるような早口で捲くし立てるクーガーの理屈は所々納得のいかないものだったが、精神的に幼い面のある島風には反論も出来なかった。

 

「飯くらいゆっくり食え。落ち着きがないぞ」

「む、む、むぅぅ~~~っ!」

 

 競うものではないと言いながら勝ち誇った笑みを浮かべるクーガーと、逆に悔しげに頬を膨らます島風。

 納得のいかない敗北感を噛み締めながら、睨みつけるしかない。

 

「それと、まだ皿にニンジンが残ってるぞ。ちゃんと食えよ」

「……二、ニンジン嫌いなんだもん」

「オレが食い終わるまでにそいつを食えなきゃ、勝負はオレの勝ちってことになるなぁ?」

「勝負じゃないって言ったじゃない!?」

「ハッハッハッ! まあ、オレはどっちでもいいんだがな。う~ん、デリシャス。今日も間宮さんの料理は最高だ」

 

 そのまま優雅に食事を続けるクーガーと、ニンジンの煮物を睨んだまま固まってしまった島風。

 一連のやりとりを眺めていた巻雲と加賀は、揃って顔を見合わせた。

 

「……島風ちゃん、お昼食べないのかと思ってたら司令官様を待ってたんですねぇ」

「視線の動きが分かりやすかったわね。入り口をチラチラと気にしていたわ」

「二人とも楽しそうですねぇ」

「ああいう跳ねっ返りを相手にするの好きらしいわよ、あの人」

 

 妙に実感の篭もった言葉を聞きながら、巻雲は思った。

 そういえば、島風ちゃんも今のように懐くまでは加賀さんへの愚痴をよく零していたし、加賀さんが着任当初は提督に反発していたという話を何処かで聞いたなぁ、と。

 思い浮かんだ『似た者同士』という単語は、胸の内に収めておくことにした。

 

 

 

 

「OH! ジャマ! ジャマー!」

「……」

「これ今、市街で流行ってるんですよ。つまらなかったですか寒いですかヒキましたか痛かったですか~?」

「その中ではどちらかというとヒキました」

「ああっ! 相変わらず鉄板な返しだぁ~。クールですねぇ、ガガさん」

「加賀です」

「いやぁ、すみませぇん」

 

 少しもすまなさそうではない表情でクーガーは執務室のデスクに腰を降ろした。

 傍らには秘書艦用のデスクに座った加賀が、淡々と書類の山を片付けている。

 比べて、クーガーの机上には数枚の書類しか載っていない。そのいずれも、加賀が事前に処理し、鎮守府の責任者であるクーガーの認可待ちという内容の書類だった。

 詰まるところ、執務室でのクーガーの仕事は目の前に出される書類を確認して判を押すだけしかない。

 

「毎度思うことですけど、こうして加賀さんに仕事を押し付けるのは心苦しいですなぁ」

 

 机の上に足を組んで投げ出し、片手に書類を流し読みしながらクーガーは呟いた。

 

「そう思うのなら、執務室に居座る努力くらいはして欲しいものだわ」

「椅子を尻で磨くだけの仕事ってのも不毛に感じましてね」

「だからといって、秘書艦である私にも秘密の電話や外出を定期的に行うというのは如何なものかしら?」

「いやぁ、手厳しい」

 

 恥ずかしそうに頭を掻くクーガーを一瞥し、加賀はペンを走らせる手を止めた。

 

「提督。あなたがこの鎮守府に着任したのは何ヶ月前だったかしら?」

「丁度、半年ですなぁ」

「思えば、私達も長い付き合いになったものね」

「おっ、感慨深い話の切り出し方をしますねぇ。ひょっとしてアレですか、いよいよ我々の関係を更に一歩進める時が来ましたか? ああっ、皆まで言わないでください! アナタの中でこの進展を早すぎると躊躇する気持ちもあるかもしれません。しかしそれは杞憂です! 男女の仲に遅いということはありません! 出会いはいつだって先手必勝! 恋愛のステージは全速力で駆け上げっていくものなのだとオレはそう思うんですよガガさぁぁーーーん!!」

「加賀です」

「ハッハッハッ、すみませぇん」

 

 茶化したように笑いながら、クーガーは加賀の顔をじっと見つめた。

 普段通りの感情を表に出さない涼しげな目元。並の男ならばただ見惚れるしかない美麗な顔付きに、しかしクーガーは静かな真剣味を感じ取った。そして、相手の意図をあえて酌まないほど付き合いの浅い仲ではない。

 クーガーは机の上から足を降ろして、改めて加賀に向き直った。

 

「オレに何か訊きたいことがありますか?」

「いつだってあります。でも、あなたが訊いて欲しくないというのなら、私は訊かないわ」

「尽くす女性だ、アナタは。将来、夫になる男は幸せ者ですなぁ」

「夫にするなら、肝心な時に茶化して誤魔化さない男がいいわ」

「本当に手厳しい」

 

 クーガーは苦笑を浮かべた。

 

「加賀さん、オレの本職は提督じゃありません。本当の仕事は別にあります」

「あなたが軍属でないことくらいならば、知っています」

「実際に所属しているのは『HOLY(ホーリー)』という特殊部隊です。やってることは、まあ警察みたいなもので。オレはその部隊の一隊員であり、本来は誰かに命令出来るような偉い立場の人間じゃありません。そんな能力もありませんし、何より性に合いませんからね」

「でも、この鎮守府はあなたを中心に纏まっているわ」

「そのさりげないフォロー! やはりアナタは優しい女性だ、ガガさぁん!」

「加賀です。話の続きをどうぞ」

「うーん、クールビューティー。……まあ、とにかくオレはそのHOLYから出張する形で、この鎮守府に勤めてます。時々姿を消すのは、本来の仕事に戻っている為ですよ」

「その本来の仕事が、この鎮守府の運営に深く関わっているのね」

「ご想像にお任せします」

「構わないわ。別に真実が知りたいわけではないの。納得が欲しいわけでもない。あなたが何も話さなくてもよかった」

 

 加賀は一度眼を閉じ、改めてクーガーの眼を見据えた。

 クーガーの口元に浮かんでいた笑みが一瞬消えるほどに、真摯な眼差しだった。

 

「私を――私達艦娘を取り巻く環境がどのようなものなのか、私も含めて正確に把握している者はいないでしょう。

 私達には敵がいる。だから、戦っている。自分が何者なのかも分からないのに、それを理解する前に行動出来るのは目的と意義が与えられているから。疑問と苦悩が湧かないのは、闘争がそれを誤魔化してくれるから。

 私達は何処から来たのか? 敵は何処から来るのか? 何故私達にはかつて船であった記憶があるのか? その記憶が訴えかけるものは? その意味は? 何故、私達はこの世界に生まれたのか――」

 

 加賀の独白を、クーガーはじっと聞いていた。

 

「それを知りたいのは、艦娘自身よりも、むしろ人間の方でしょうね」

「……やはり、あなたは聡明な方だ。加賀さん」

「そうですね、加賀です」

 

 この場面で、名前を間違われなかったことが、何故か少し悲しかった。

 その内心を見抜いたかのように、クーガーがニンマリと笑みを浮かべた。

 

「そんなに悲観的になることはありませんよ、ガガさぁん!」

「加賀です」

「加賀さん、オレはこう思うんです。結論を急ぐことは、決して決断の早さと同義ではないと。

 自身を取り巻く環境が自身の意思を無視して動いていく大きなうねりのようなものに不安を感じることはあるでしょう。そして、大抵の人間はそのうねりに流されていくことしか出来ません。自分が今立っている場所は何処なのか? それが分からないことが自己や他者の不信へと繋がり、焦りを生む。生まれた焦りが間違った結論を生み出す。そして、その結論が時として不幸を招く。これを防ぐ手段は一つしかありません! 自分か他人、どちらかを信じてみることです!!」

「……あなたを信じろ、と言うのですか?」

「あるいは、自分を信じるか、です。例え周りが敵だらけだろうと、自分だけは最後まで自分の味方のはずですから」

「では、提督。あなたは? あなたは誰の味方なのかしら?」

「愚問ですなぁ。オレは――」

 

 その言葉の続きは、突如鳴った内線のコール音に遮られた。

 クーガーと加賀は同時に視線を走らせ、やはり同じタイミングで再度相手の様子を窺った。

 自然と眼が合い、クーガーは妙な気恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻き、加賀は小さく咳払いをしながら知らず乗り出す形になっていた姿勢を正した。

 

「はい。こちら皆の提督、ストレイト・クーガー……何?」

 

 内線を取ったクーガーが眉を顰める。

 耳に押し当てた受話器から、捲くし立てるような声が加賀の方にも漏れ聞こえた。

 相手側の慌てた様子から、加賀は異常事態を察知した。

 直接話を聞いていたクーガーの表情も、一瞬で険しいものへと変わっていた。

 

「第二艦隊が襲撃を受けただと!?」

 

 それは、現在『長距離練習航海』に出ている第二艦隊――島風と巻雲も参加している遠征に関する緊急事態の報告だった。

 

 

 

 

 桟橋に駆けつけたクーガーと加賀を待っていたのは、内線で連絡をした艦娘とボロボロになった第二艦隊の三人だった。

 三人――四人で構成されていたはずの第二艦隊に、一人足りない。

 足りないのは島風だった。

 

「何があった?」

 

 クーガーの問い掛けに、真っ先に答えたのは巻雲だった。

 

「し、島風ちゃんが……まだ戦ってるんです! お願いです! 助けてください、司令官様ぁ!!」

 

 普段の大人に甘える子供のような口調ではない。聞く者の方がうろたえてしまう程悲痛な叫びだった。

 しかし、クーガーは動揺など欠片もせず、縋りつく巻雲を受け止める。

 

「落ち着いて、順番に話してくれ。現場で何が起こった?」

「途中まで、予定通りの航路を進んでたんです。でも外洋近くの、折り返し地点に着いたあたりで、急に深海棲艦の襲撃を受けて……それで、敵が物凄く強くて、わたしも他の皆もあっという間に大破しちゃって、島風ちゃんが応援を呼んでこなきゃいけないって意見して……っ」

「予定通りの航路なのに襲撃を受けたのか? 制海権は確保してあるはずだろう」

「航路は絶対に間違えていませんでした。敵は一人で、しかも見たことのない深海棲艦だったんです! 戦艦みたいな装甲と火力で、それなのに艦載機まで操って……襲われた瞬間、本当に何も出来ずにやられちゃいました……っ!」

「情報のない新型か? どうやら、とんでもない相手みたいだな」

「そんな怖い敵相手に、島風ちゃん一人だけ置いてきちゃったんです! 本当は、一番足が速い島風ちゃんが応援を呼びにいって、私達が残る方がいいのに……敵の攻撃をかわせたの島風ちゃんだけだったから、わたし達に逃げろって言って、それで……それで、わたし、本当に逃げちゃったんですぅ!」

 

 後悔と自責の念に遂に耐え切れなくなったのか、巻雲はその場に泣き崩れた。

 第二艦隊の他のメンバーを見れば、やはりいずれも深い後悔を宿した表情で俯いている。

 加賀は、彼女達を責める気にはなれなかった。

 仲間を一人置いてきたことを薄情と思うつもりなど欠片もない。同じ艦隊を組む艦娘達の絆の強さは何処でも同じだ。海という広大で過酷な環境で共に戦う者達の結束は固い。

 加えて、行動の善し悪しを判断するならば、これはたった一人で残るという無謀な選択をした島風の方が悪い。

 巻雲の言うとおり、最も船速の速い島風が応援を呼ぶ為に鎮守府へ戻り、三人掛かりで敵の攻勢を凌いだ方がお互いに生き残る可能性は高くなる。

 何故、島風は一人残ることを選んだのか?

 真意は分からない。しかし、議論を行っている暇はない。

 加賀はクーガーを見つめた。

 これからどうするのか。

 全てを判断するのは提督である彼だ。

 

「敵と交戦したポイントを教えてくれ。すぐに救援に向かう」

 

 様子を窺うまでもなく、クーガーは即決した。

 迷いのない決断に加賀は一瞬安堵し、しかしすぐに気を引き締めた。

 問題は多いのだ。

 

「救援を出すのは構いませんが、メンバーはどうしますか?」

「速力が高い艦娘に絞って艦隊を組みます。選出は任せていいですか、加賀さん?」

「既に何人か候補は浮かんでいます」

「さすが、加賀さん! 速さは美徳です!」

「しかし、速力に加えて戦闘力も考慮すべきだと思います」

「まあ、聞く限り厄介そうな相手ですからねぇ」

「特に艦載機を使用したという事実が問題です。制空権を掴まれたままでは、送った救援が更に全滅しかねません。こちらも、空母系の艦娘が必要です」

「うちは空母が少ないですからねぇ。加賀さんも行きます?」

「もちろんです。しかし、艤装の準備に少々時間が掛かります」

 

 一番の懸念はそれだった。

 長距離練習航海とは、その名の通り遠方まで練習航海に出掛ける遠征任務のことである。

 巻雲の話では、予定された航路上でも最も遠い地点で敵に襲われている。当然、救援がそこまで辿り着くには相応の時間が掛かる。

 一分一秒が惜しい中、強力な敵との戦闘が確定している以上準備も疎かに出来ない。

 果たして、自分達が到着するまで一人残された島風は持ち堪えられるのか――。

 

「ガガさん」

 

 知らず焦りによって思考に没頭していた加賀の意識を、聞き慣れた声と呼び方が現実へと引き戻した。

 

「……加賀です」

 

 自分よりも高い身長を見上げれば、やはりそこには見慣れた顔が映っていた。

 普段は不真面目で、言動はいつもエキセントリックで、ここぞという時には頼りになる――そんなストレイト・クーガーという男の不敵な笑みがあった。

 

「速力という点に置いてはオレ以上の人間も艦もいや世界中の何者もいないと思うんですよ、加賀さん」

 

 その言葉で、全ての納得がいったかのように加賀は頷いた。

 

「分かりました。第二ドックにある内火艇を使ってください」

「このまま行っちゃっても大丈夫ですか?」

「問題ありません。船の方も、いつでも発進出来るようにしてあります。あなたは誰よりも速く行動する上に前触れなしに動き出す人だから」

「褒め言葉として受け取っておきましょう!」

 

 加賀はクーガーの眼をじっと見つめた。

 

「提督」

「はい」

「先程の話の続きだけれど」

「何を信じるのか決めましたか?」

「わたしは、あなたを信じるわ」

 

 その答えを聞き、口元の笑みを深くすると、次の瞬間クーガーは駆け出した。

 文字通り、風のように。

 

「……あ、あの! いいんですか、加賀さん!?」

 

 呆気にとられながらそれを見送った巻雲が、慌てて加賀に問い掛ける。

 

「ひょっとして、司令官様は島風ちゃんの所へ行こうとしてるんじゃ……」

「ええ。単独で先行するつもりです」

「き、き、危険ですよ! っていうか、そもそも司令官様はただの人間ですよ!」

「ああ、そうね。あなたはあの人の『力』を見たことがなかったわね」

 

 加賀は揺ぎ無い信頼を宿した口調で答えた。

 

「大丈夫、あの人が『間に合わない』なんてことはないわ。あの人の力は『何でも速く走らせることが出来る』のだもの」

 

 




――スクライド(CV.若本)

本来は短編の予定だったんですが、少し書き足したい部分が出来たので後編に続きます。
ちなみに、島風の相方が何故巻雲なのかというと、私の艦隊で駆逐艦のエース張ってるのがこの二人だからです。
ありがとう、巻雲。君が早期にドロップしてくれなかったらキス島はクリア出来なかった。

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