それではどうぞ。
「吹雪ちゃん……大丈夫かな……」
「大丈夫って言ってたけど……やっぱりちょっと心配っぽい」
「だよね……やっぱり私も様子見に行こうかな」
「や、止めておいた方が良いっぽいよ!睦月ちゃんまで提督に酷い目にあわされちゃうかも……」
「でも吹雪ちゃんが……」
鎮守府のとある部屋で心配そうな面持ちで話をしているのは駆逐艦の睦月と同じく駆逐艦である夕立。
彼女達が心配しているのは会話の内容から分かる通り、吹雪だ。吹雪は階段から落ちて医務室に運ばれたという提督の様子を見に行ったのだ。
睦月と夕立は正直、あんな提督放っておけばいいと思っていた。酷い言い方だと思われるかもしれないが彼女達がこんな事を思うのにはもちろん理由がある。
あの提督はとにかく酷い。性格が歪んでいると言っても過言ではないというレベルで、だ。
この鎮守府に滞在している艦娘に暴力を振るうなど日常茶飯事。少しでも任務をミスしたら罵詈雑言を浴びせるのも当たり前。酷い者になると夜伽の相手を務めさせられている艦娘もいるらしい。
そんな男を心配する必要など全くないと思うのだが、それでも吹雪は行ってしまった。
睦月達には分からないが、あの提督がこの鎮守府に着任した際の初期艦である吹雪は何かあるのかもしれない。
「あ、吹雪ちゃん!」
ガチャリと部屋のドアが開いて吹雪が帰ってきた。どこか呆然としているような気がするがやはり何かがあったのかもしれない。
二人は慌てて吹雪の近くに駆け寄る。
「吹雪ちゃん、大丈夫だったっぽい? また酷いことされなかった?」
「あ、うん……」
夕立の言葉に曖昧に答える。それを怪訝に思った睦月が。
「どうしたの? やっぱり何かあったんじゃ……」
「そ、そうなの聞いてよ二人とも!!」
不意に大きな声を出してきたので、二人は思わず体を ビクッ!と震わせてしまう。吹雪はそんな事も気にならないようで、そのまま言葉を続けた。
「実はね」
「実は……?」
「提督がね」
「ぽい?」
「私の事頼りにしてるって言ってくれたの!!」
間。
まさに部屋の空気が一瞬固まる。聞いた睦月と夕立は何を言ってるのか分からないと言った表情を浮かべたが、すぐにそれは驚愕に代わる。
「「ええ(ぽい)ーーーッ!?」」
二人は凄い勢いで改めて吹雪に詰め寄って言葉を畳みかけるように口を開く。
「ふ、吹雪ちゃん? 何かあってショックなのは分かるけど現実は見なくちゃ駄目だよ?あの提督がそんな事言うなんて信じられないよ!」
「吹雪ちゃんには悪いと思うけど夕立もそう思うっぽいよ! だって『あの』提督だよ? 吹雪ちゃんだっていつも悪口言われてたっぽいし……」
「そ、それはそうなんだけど、今日の提督は何か優しかったっていうか、昔の提督みたいだったっていうか……上手く説明できないんだけど」
「でも簡単には信じられないよね。あの提督が優しいなんて……」
「ぽい……」
二人は真剣な顔で悩んでいる。いや、実際に本気で考えているのだ。
睦月と夕立はほぼ同時期にこの鎮守府に着任した艦娘だ。したがって吹雪が言う昔の提督など微塵も知らない。今の傍若無人な提督しか知らないのだ。
ーーこれは実際に確認してみるしかない。
「……私も提督に会いに行ってくる」
「む、睦月ちゃん!? それ、本気で言ってるっぽい!?」
「うん。ちょうど提督に演習の定期報告しなくちゃいけなかったし」
「で、でも吹雪ちゃんの時は気の迷いみたいな感じで睦月ちゃんが酷い目にーー」
「心配してくれてありがとう夕立ちゃん。でも、大丈夫だから」
それだけ言って睦月は部屋から飛び出して行ってしまった。止める間もない。
「睦月ちゃん……」
「大丈夫だよ。多分だけど……」
先程まで提督と話していたはずの吹雪ですら不安を拭い去る事はできなかった。
ーーーー
執務室で吹雪から渡された資料に目を通しているとドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「ッ……どうぞ」
誰が入って来るんだろうと思わず背筋が伸びるのを感じた。分かってはいたが吹雪以外の艦娘もいるんだよな。下手な事喋ってばれないようにしなきゃ。
「し、失礼しま~す……」
緊張を隠せない声でそろーっと入って来たのは『睦月』という駆逐艦。ほんと、艦これやってて良かった。艦娘の顔と名前だけはしっかりと覚えてるからな。
「睦月、何の用だ?」
できるだけ偉そうに、ゆっくりと言う。あー、提督ってどんな感じの喋り方なんだよこんな喋り方普段は絶対にしないから疲れるっての!!
「その、先日の演習の結果の報告で……」
演習の結果の報告? なんだなんだ、それに対して俺はどんな反応をすればいいんだ!?
睦月がゆっくりと近づいてきて差し出してきたのはレポートのように纏められていた数枚の紙。それを受け取ってゆっくりとしっかりと目を通す。
「ふむ……」
チラッと睦月の様子を伺うと、かなり緊張した、というよりは怯えているような面持ちで俺の言葉を待っている。
やっぱりこの提督はクソ野郎だったんだなぁ……どんな酷いことをしてきたんだか。そのせいで俺が艦娘に対してどうやって接してあげたらいいか分かんねーじゃねえかよクソ野郎。
「うん、今回はかなり頑張ったんじゃないか? 射撃のスコアも前回より伸びているし、海上走行に関しても及第点だろう」
とりあえず褒める! 怪しまれない為には以前と同じクソ野郎を演じるのが手っ取り早いのだが、そんな事できない。こんな天使のような艦娘達を邪険に扱うだなんて俺には無理だ。ちなみに俺は演習の内容など全く知らないので、SとかAとか書いてあるのを参考にして褒めただけである。適当とか言わないでくださいよ?
「よく頑張ったな睦月。これからもその調子で頑張れよ」
「……」
ほら、やっぱりその顔。信じられないもん見たみたいな顔しやがって。その顔向けられたら結構傷つくのよ?
「ど、どうした。まだ他にも何かあるのか?」
「あ、いや、特に……」
「それなら下がれ。今日はご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ」
そこまで言って視線を手元に置いてあった資料へと戻す。これ以上、あんな真顔続けられない。今ですら引きつっていないか怪しいというものだ。
「は、はい! 失礼します!」
凄い勢いで頭を下げて凄い勢いで扉を閉めて出て行ってしまった……むぅ、睦月ってあんな感じの喋り方なんだろうか。やっぱりゲームとはちょっと違うんだな。どちらかと言えばアニメの方の睦月に近い気がする
それにしてもーー
「俺、元の世界に帰れるのかぁ……」
一人になった執務室でぼやくように呟いた。
当然、その質問に答えてくれる者は誰もいない。
ーーーー
吹雪と夕立がそわそわしながら睦月の帰りを待つ事、十数分。
「あ、睦月ちゃん!」
「提督の様子、どうだったっぽい?」
「あ、うん……」
先程の吹雪と同様に、どこか呆然とした表情で。
「吹雪ちゃんの言った通り、だったと思うな。今までの提督とは別人みたいだったよ」
「それ、ほんとっぽい!?」
「やっぱり……」
吹雪と夕立は各々の反応を見せる。夕立は未だに信じられない、といった感じだが。
「私の演習の結果を見て褒めてくれたんだ……これからも頑張れって言ってくれたし」
そう言ってる睦月自身、先程まで話をしていた男が自分達の鎮守府の責任者である提督だとは信じられなかった。いっそ階段から転げ落ちた時に記憶障害にでもなってしまったとでも言われた方が信じられるレベルで別人なのだ。
「で、でも提督も何か思う所があったのかもしれないよ?」
吹雪の言葉によれば元々は優しい人物であったらしいので、心変わりでもしたのかもしれない。根拠など全くないが、それぐらいしか理由が思いつかない。
「今日一日じゃよく分かんないっぽいから明日になったら夕立が行ってみるね」
「いや、明日の朝に三人で行ってみない? 夕立ちゃんが一人で行くよりは良いと思うんだけど」
「睦月ちゃんの言う通りだよ。提督に明日の予定を伝える時に二人ともついてきてくれる?」
「うん!」
「分かったっぽい!」
結局、その日はそれだけ決めて各々の業務に戻る事になった。全員が明日の朝の事について若干不安になっているのは言うまでもないことだった。
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