それではどうぞ。
「司令官、起きてください」
「むぅ……」
「朝ですよ、お仕事ですよ」
「早いよ母さん……あと、あと五分だけ……ぐー…」
「言ってるそばから寝ないでください! それから私は司令官のお母さんじゃありません!」
ぐらぐらと体を揺さぶられて俺の意識は徐々に覚醒し始めた。寝ぼけ眼をごしごしと擦って俺の体を揺らしている人物を見つめると、それは当然だが俺の母上様などではなく、
「……吹雪?」
「はい、おはようございます司令官」
ニコッと笑ってそう挨拶してくれた。そして吹雪の後ろには昨日会った睦月と、こちらは初めて顔を会わせる駆逐艦の『夕立』が立っていた。艦これアニメ勢揃い踏みじゃん。
そういえば、俺は昨日から『艦これ』の世界にやって来てしまっていたんだった。やっぱり夢じゃなかったんだなぁ……
「そんなことよりな」
「? 何がそんなことなんですか?」
「吹雪、近いぞ」
俺の言っている事が理解できなかったのか彼女はきょとんという顔をするが状況を理解すると顔を真っ赤にした。ポン、と擬音と湯気が見えそうなくらい見事に真っ赤だ。
ちなみに今の体勢はというと、吹雪が俺のベッドの脇に手をついて腰を下ろしている。俺のベッドは当然そんなに大きくなく、一人分のスペースしかないので必然的に距離が近くなってしまったというわけだ。
俺もちなみに少しだけ動揺しているが顔には出さないさ。何故かって? ロリコンだって思われたら困るからさ。通報されたら洒落にならん。
顔を真っ赤にした彼女は「す、すみません!」と凄い勢いで俺から離れた。そんなに恥ずかしいのなら最初からしなければいいのに……もしかしてこの子は天然なのかな。
「し、司令官、早く着替えて朝食を摂ってください。早くしないと片づけられてしまいますよ?」
そう言って吹雪は逃げるように部屋を出て行った。その後を追うように睦月が一礼をして部屋を出て行く。着替えて食堂に向かいたいのは山々なのだが、肝心の食堂の場所が分からない。誰かにそれとなく聞こうと思って機会を逃していた。
まぁ今はそんな事より未だに部屋から出て行こうとしない目の前の少女をどうにかしなければ、
「夕立」
「ぽい?」
「まだ何か用か?」
「んー…」
他の二人と違って何故か部屋に残っていた夕立は俺の事をじろじろと見回している。不思議そうな様子で俺の全身を見比べているようだった。
「よ、用が無いんだったら出て行ってくれないか? 君がいると着替えられない」
「ん~…?」
俺の近くまで寄って来てさらにじろじろと見てくる。
そして、言った。
「提督さん、何だか雰囲気変わった?」
「んな!?」
驚いた、なんてもんじゃない。心臓が飛び出るかと思った。
今日初めて会った艦娘である彼女にそんな事を言われてしまうなんて、何か不味い事でもしたのか。それとも変な事を喋ってしまったんだろうか。
「……急にどうしたんだ?」
極めて冷静に、努めて何でもないかのような声で聞き返す。声が震えていたかもしれないが、これ以上の演技は俺にはできそうになかった。
「何か提督さんが別人になったみたいだなーって思って!」
終わった。
とにかく終わったと思った。まさか二日目の早朝から人生ゲームオーバーのお知らせを受けるだなんて。一体いつから俺の人生はハードモードになってたんだよチクショウ。
あ、こんな世界にやって来てしまった時点でハードモード確定ですね。本当にありがとうございました。
昨日も思った事だが、中身が別人の素人だとバレたらどんな目に遭うのか想像できない。最悪なのは死。ひょっとしたら別世界から飛んで来たビックリ人間なので生体実験というのもあり得る。
これから死ぬかもしれないという想像で頭が真っ白になっている俺を見て、
「ふふふ♪」
何故か夕立は笑っていた。
何だ、俺に死刑宣告を与えられたのがそんなに嬉しいのかこのソロモンの悪夢は。こんな可愛い顔しておきながらえげつないこと考えてんなオイ。思わず額に青筋が浮かび上がる俺を尻目に、
「ごはん~ごはん~♪」
何事もなかったかのように夕立は部屋を出て行った。自由気まま、言いたい事だけ言って満足したかのように出て行った。彼女は俺のいた世界では犬っぽいと表現されることもあったが、本当に犬かよ!
「はぁ、着替えよ……」
頭を切り替え、俺のいた世界と変わらない温かさがあるベッドにもう一度倒れこみたい欲求を何とか抑えて着替えるべく立ち上がった。
ーーーー
少し建物の中をぶらつくと食堂はすぐに見つかった。執務室から意外と近かったのには驚いたが、昨日は色々ありすぎて鎮守府内を探索する余裕なんてなかったから仕方ない。
食堂に着いたはいいが、扉を開ける事には若干躊躇いが生まれてしまった。
この世界の俺は十中八九、クソ提督だろう。艦娘とどうやって接したらいいのかイマイチ分からない。
「提督?」
「うわぁ!?」
背後から声をかけられて慌てて振り返ると、そこにいたのはてっぺんの辺りがアホ毛のようにぴょんと跳ねている黒い髪におさげが特徴の艦娘。
「どうしたんだい提督。そんなに驚いて」
「時雨か……あんまりびっくりさせないでくれよな」
「あ、ごめんなさい……」
何かに気づいたように慌てて頭を下げる時雨。その様子から、やはりと言ってはあれだが怖がられているようだ。身に覚えのないことで怖がられると言うのは俺としては当然良い気分ではない。なので、こうする。
「提督?」
そう! 必殺、「頭なでなで」である。俺と比べるとかなり小柄な時雨の頭はなでなでしやすい位置にあったのだ。とにかく安心させるように優しく撫でてやる。
少しの間撫で続けてから、ポン と一回だけ軽く叩いた。
「別に謝る必要はない。俺が入口の前に突っ立っていて邪魔だったんだろう? なら、悪いのは俺の方さ」
そう言って笑顔を作る俺とは対照的に彼女の顔は驚きで埋まっていた。
……こればかりは慣れないとなぁ。この鎮守府にいる艦娘全員に同じような顔をされると思うと胃が痛い。恨むぞクソ提督。
「と、とにかく朝食にしよう。その様子じゃ時雨もまだなんだろう?」
「う、うん」
「なら、行くぞ」
「え、あ……」
少し強引かと思ったが俺は時雨の手を取って食堂に入った。セクハラ、パワハラとも取れる俺の行動だがこの体の持ち主であるクソ提督はもっと酷かったようなのでこれぐらいは大丈夫だろうと判断したのだ。
もし嫌がられたとしたらすぐに離してやればいいしな。とは言え、嫌がられたら流石にキツイけど……
しかし俺の握る手を少しだけ握り返してくれた辺り、無用の心配だったようだ。俺は内心ホッとする。
それにしても女の子の手は柔らかいなぁ。小さいし温かいし彼女と手を繋いで歩くことができるのならばさぞ幸せだろう。ま、俺に彼女いた時期なんて存在しないから知らんけど
とにかく俺は彼女を連れて、適当な席に腰を下ろした。見渡してみると空席が目立った。この鎮守府には何人の艦娘がいるのだろう? 飯を食ったら確認しておくか。
食堂には受付の様になっている場所があり、どうやらあそこで料理を受け取ってくるようだ。俺は料理を取りに行こうと席を立ったわけだが、向かいに座っていた時雨に手で制される。
「僕が持ってくるから提督は座っていて」
「え、そんなの悪いって。それにそれじゃ時雨が自分の分を持って来れないだろ」
「もう一回取りに行けばいいだけさ。それじゃあちょっと待っていて」
時雨は俺の返事を待たずに席を立って行ってしまった。ありがたいんだけど、何だか悪いことした気分だ。そんなつもりで一緒に食べようと思っていたわけじゃないんだけどな。
少し離れた所には先に食堂に向かっていた吹雪達が座っている。見れば楽しそうにお喋りしながら箸を進めていた。今思えばこの鎮守府に俺以外の男は存在しているのだろうか?
「お待たせ」
そう言って時雨は食事が乗ったトレイを一つ持ってきた。ふっくらと盛られた白米に野菜の漬物、焼き魚に味噌汁。うん、日本食だね。
「あ、ありがとう」
「気にしないでよ」
それを俺の前に置くとすぐに引き返していく。自分の分を取りに行ったのだ。こういった待遇にはなれていない俺としては非常に申し訳ない気分になる。
そんな慣れない環境にそわそわしながら時雨が戻ってくるのを待つことにした。せっかく一緒に食べるんだ。食べ始めるのも同じ方が良いだろう。そう言えば一人暮らしだったから誰かと一緒に朝飯食うのは久しぶりだな……
少ししたら時雨は戻ってきた。食べずに待っていた俺を見て少しだけ驚いているようだった。机の上に置かれたトレイに乗っている料理は俺のものより少なめに盛られている。
「先に食べていて良かったんだよ?」
「ああ。だけど今日は一緒に食べ始めたい気分だったんだ。別に良いだろう?」
「……うん。それじゃあ食べようか」
「いただきます」
「いただきます」
普段は「いただきます」なんてわざわざ言わないし喋り方もこんな堅苦しく偉そうじゃないし朝からこんなにしっかりとしたご飯なんて食べないけれど、
「うん、美味いな」
「ふふ、そうだね」
誰かと一緒に食べると違うな、と再認識した朝食のワンシーンだった。
そんな俺達が座っているテーブルから少し離れた所で、
「あ、時雨と提督さんが一緒にご飯食べてるっぽい!」
「え!? ほ、本当だ……司令官が食堂でご飯を食べるのも珍しいのに誰かと一緒だなんて」
「どうしたんだろうね、ちょっと信じられないよ……」
「夕立も一緒に食べたいっぽい!」
「へ? ちょっと夕立ちゃん?」
「提督さーん! 時雨―! 夕立も一緒に食べるー!!」
「うおっ!? 夕立!?」
「夕立ったらどうしたの急に?」
「夕立も二人と一緒にご飯食べたいっぽい! ね、ね、いいよね?」
「ふふ、もちろんだよ。提督もいいよね?」
「あ、ああ」
「吹雪ちゃんと睦月ちゃんもこっち来て一緒に食べよー!」
食事が乗っているトレイを持ったまま突撃してきた夕立がそんな事を言いながら向こうのテーブルに座っている子達を呼んでいる。つい昨日まで畏怖の対象として見られていた人物と一緒に食事をしようだなんて言いだすか普通。ほら、向こうにいる吹雪と如月なんて夕立の急な行動に驚いているじゃないか。
俺も困っているのを察してくれたのか、時雨までもが向こうに座っている二人を手招きし始めた。あまり一度に大勢の艦娘と関わるのはボロが出る可能性が高まるので勘弁してほしいのだが、どうやら腹を括るしかないようだ。
俺の様子を伺うように、そろーっとこちらに近づいてきた。やはりまだ俺に対して恐怖心があるようだ。こんないたいけな少女達から怯えた瞳で見られていると胃がキリキリと痛む。
「あー…なんだ。吹雪、睦月」
呼びかけに二人の艦娘は背筋を伸ばした。そんなに畏まられると逆に喋りづらいんだが……これも慣れるしかないか。
「良かったら一緒に食べないか? 嫌なら無理にとは言わないが……たまにはこういうのも良いかなって思うんだけど」
「……良いんですか?」
「もちろんだ。俺から誘っているんだから」
「それなら睦月、失礼しま~す……」
「じゃ、じゃあ私も失礼します……」
おずおずと空いていた席に座る二人。もっと心を開いてもらえるように頑張らないとな……
「それじゃあ改めていただきますっぽい!」
「夕立、そんなに慌てて食べなくてもご飯は逃げないよ」
「吹雪ちゃんは今日遠征当番だっけ?」
「うん。鎮守府から近くの海域だからそんなに時間はかからないと思うけどね」
食事とお喋りを再開する艦娘達をどこか遠くに見ながら俺も白米を口に運ぶ。
二日前まで女性との付き合いが無縁だった俺がこんな可愛い女の子達と一緒に食事できる素敵イベント(彼女達との好感度には目を瞑る)が発生するだなんて。場違い感が半端ではないがこの世界にやって来てしまったのも悪くないのではないか。
この時の俺は楽観的にそう考え始めていた。
――この世界がどういったもので、どういった因果で、どういった状況で、何と戦わなければならないのか、ということなどこの時の俺の頭の中には微塵も存在していなかった。
感想、評価等いただけたら嬉しいです。
ここまで見てくださってありがとうございました。