次羽のネタバレがありますが、そこまで問題ないんじゃあないかな。
誰かが泣いていた。
寂しいんだって泣いていた。
シーソーに一人座っていた。
私が大丈夫だよって慰めて。
後から来た友達に連れられて行った。
シーソーに一人座っていた。
いつから泣けなくなったんだろうか。
誰も迎えに来ないのかな。
第2羽 愛を結う
迷宮には全てがある。
夢がある、希望が、宝が、意味がある場所。
そこに行こう。行って得よう。
吟遊詩人が歌った。拍手も響かない。
客はまばらの通行人。ステージは寂れた広場だ。
聞いてくれてありがとう。と彼が笑って、私は聞いた。
「迷宮には、本当に何でもあるのかな」
彼は答えた。笑って答えた。
「当然だよ。迷宮には全てがあるんだから」
次の曲だよ。といってパストゥレルを歌う。
私はもう聞いていなかった。
☆ ☆
寒い。
雪が降っているからではない。
ボロの一枚しか身に付けていないからでもない。
心が寒い。ぽっかりと穴が開いたようだった。
根元的な虚無感だ。
私が誰なのか分からなくて、生きている実感がない。
これはこの世界に来てからのことではなく、もっと昔からだ。
その時の私はこの虚無感をどう埋めたのだろうか、と考えて。
見覚えのあるあの子が首を振った。
『違うよ、誤魔化していただけだ。
義務と過去を名前で縛って、私にしたんだ』
彼が笑った。
その笑顔は空虚そのもので、彼は結局誤魔化しきれなかったことがすぐに分かった。
じゃあ、彼と同じではこの空っぽを埋められないんだ。
それは嫌だな。だってこんなに寒いんだ。
空っぽを埋めないと。この空っぽを埋めるにはどうすれば良いの?
彼は笑った。悲しそうに笑った。
『私が得られなかった物を、持っていなかったものを。探せば良いんだ。
無くしてしまった物を、見つければ良いんだ』
彼のことなんて、私は何も知らないはずなのに。
私はその答えが分かってしまった。
『愛』だ、愛なのだ。
私だけの宝物。大切なもの。
簡単だった。愛を探せば良いんだ。
何処に、あるんだろう。
そんな時に音が聞こえた。歌だった。
☆ ☆
迷宮都市『オラリオ』
50階層から驕る白亜の泡が私を見下ろして、絶え間ない話し声と笑い声が私を出迎えた。
この町は発展している。
中世のような周囲から隔絶するかのように利便化して、人を飲み込んでいる。
理由は簡単だ。魔石である。
迷宮都市の名の通り、この都市には迷宮がある。
そして迷宮からは魔石が採れるのだ。
魔石は燃料だ。
光を灯して、暖めて、冷まして、保たせる。
大きな物を動かして、止めて、壊して、治すことが出来る。
まるで魔法だ。
ボロを引きずって、大きな道を歩く。
どこに行けば良いのか分からなくなった。
そうだ、迷宮だよ。迷宮に行かなくちゃ。
迷宮には何でもあるんだ。
だから、迷宮には愛があるんだ。
早く、早く迷宮に行かなくちゃ。
ーーー
剣を履いている。鎧を纏って、堂々と歩く。
そんな貴方に着いていく。迷宮のある場所までだけど。
大きな建物に着いた。ギルドらしい。
中に入ると、光が私を出迎えた。
カウンターに近づくと、声が降ってきた。
「ねぇ、君。どうしたの? こんなところで?
迷子にでもなった? 親は? 何処かのファミリアに所属してる?」
笑顔がそこにあった。どこかで見たような笑顔。
私を見てすらいない、フィルターを通した笑顔。
自分の世界から、誰かに。メーデー。めーでー。
私だって結局は同じだ。何も変わらない。
そこまで思考が及んで、不機嫌な顔が少し和らいだ。
それよりも、ファミリアって何だろう?
知らない言葉だ。所属ということは団体だろうか。
分からない。分からないなら、聞けば良いのだ。
☆ ☆
神に会いに行く必要がある。
ファミリアとは神の眷族である。
その他にも色々あるらしいが、前の世界で言うギルドだと思えばいい。それで大抵は説明がつく。
私は迷宮に行きたい。いや、行く必要がある。
なぜならそこには愛があるはずだからだ。
そして、迷宮に潜るためには冒険者登録をしなければならない。
冒険者登録をするためにはファミリアに加入しなければならない。
ファミリアに加入するためには神に認めてもらう必要があるのだ。
そう、ここには神が存在しているのである。
私は、もう一度人生をやり直している。
こういうこともあるのだろう。
強引に納得させて、私は歩き出した。
ーーー
色々なファミリアがあった。いや、神様がいた。
俺がガネーシャだ! とポーズを決める神様がいた。
君はまだまだ幼いだろう! と返された。
神に会わせて欲しい。とある酒場で請う。
酒が飲めないだろうが! と怒鳴られて追い出される。
足がかけられて、嗤われた。
食べ残しのドレッシングをかけられて、裸で踊れよ、と酔った声が私を揺らした。
路地裏で腰かける。
この場所は私と同じ空気が立ち込める。
何も持っていない者の、雰囲気だ。
少し先に隠し扉があって、入り組んだこの場所はまるで人工の迷宮だ。
休んでいると、数人の子供が私を見ていた。
私の勘違いだったようだ。
ここは独りぼっちが居る所じゃ無かった。
途中の水道で器用に体を洗って、私は歩き出す。もうすぐ日が暮れる。
同じように唾を吐きかけられて、私を見下ろす瞳に嘲りを感じた。
そんなことはどうでもよかった。
迷宮に。迷宮にさえ、行ければいいんだ。
そこには愛があるんだ。私を埋めてくれてくれるのだ。
私を認めてくれるのだ。
ーーー
月が昇った。
広場の噴水の水面に映って、私では掬えない。
喉を潤して、また歩く。歩いて、進む。
星が瞬いて、ボロの裾が擦りきれた。
今日は、もう無理だろうか。喧騒が小さくなっている。もう、家に帰る時間なのだろうか。
風が吹いて、小さく震える。寒い。
私は独りだった。
笑い声が聞こえて、怒鳴り声が聞こえた。
人混みの中で、独りだった。
人混みすら消えて、私は分からなくなった。
どうして、ここにいるんだっけ?
そうだ。迷宮。迷宮だよ。早く、行かないと。
ああ、でも足が動かない。頭も痛い。眠たいな。
どこかで休まないと。もう、倒れそうだよ。
あそこの廃教会なら誰もいないだろう。
私と同じ、寂しそうな場所。
☆ ☆
「おーきーるーんーだー!」
声が聞こえた。
薄目を開けて、声の主を見る。神だった。
神威で分かる。神様が私の前にいた。
じゃあ、この声は神の啓示だろうか。
いや、ニュアンスを鑑みると、警告だろう。
2000LP支払う必要がありそうだった。
「分かっているんだぞ! さっきから薄目を開けてボクの言葉を無視していることぐらい!」
まったく神を何だと思っているんだ、と愚痴っている神様をこれ以上怒らせないためにも起きるべきだろう。
私は居候の身分であることだしね。
おはよう。また今日を迎えられたね。
ーーー
「ファミリアを探しているんだ」
私は朝食の席でそう切り出した。
目の前でジャガ丸くん(朝食である。脂っこくはないのだろうか)を美味しそうに頬張る神様の名前は、ヘスティアという。
ヘスティアとは炉の神だ。
炉とはかまどとも同一視され、それ故に家庭の神でもある。
だと言うのに、うらぶれた教会で朝食にジャガ丸くんとは。
「うん? 何かなその目は。せっかくボクが好意で。こ、う、い、で君に朝食を恵んであげていると言うのに」
文句があるなら僕が全部食べるからな。
そう脅してくる神様の魔の手から守るようにジャガ丸くんを口に運ぶ。
あ、意外にヘルシーだ。朝食用なのかな。
「それで、ファミリアを探しているんだったね」
神様が先ほどの話題を拾ってくれた。
「分からないな。どうしてファミリアを探しているんだい? 見たところ君はまだ子供じゃないか。
保護者も無しに迷宮に向かうのは自殺行為だよ」
神様が諭すように私を見た。
「それでも行きたいと言うのなら、
まずは事情を説明するべきじゃないかな」
神様の言葉はどこまでも正しかった。
だから、答えなければならない。
「ええ、分かりました」
この言葉は本当だ。
「私は北方の生まれで、極東の血が混じっています。
親が病で倒れ、故郷の数人にも病が移りました。
親を無くした私でしたが、その町に病を持ち込んだのは私の両親です。
居づらさを感じた私は両親の言葉に従って、オラリオにやって来ました。」
そして、これは嘘だ。
「…………」
神様は黙って聞いている。
「両親は冒険者だったのです。
だから、私は今すぐにでも冒険者になって、迷宮に行きたいんです」
最後の言葉だけが本当だった。
両親のことは全然知らないけど。
私の経歴は言いふらすようなものではない。
生まれ変わり、産まれて捨てられ、尊厳を喰らって生きてきた。
私とは誰だろうか。
見覚えのある彼が私を見下ろしていた。
ーーー
しばらくの時間がたった。
沈黙していた神様がよしっと小さく声をあげた。
伏せられた顔が急浮上して、そこには覚悟を決めた顔があった。
「ねえ、君の名前を教えてくれないかな」
そして、質問が降ってきた。
「……」
困った。私は自分の名前を覚えていない。
昔も、今も、あの場所でもだ。
だから、答えられない。
だけど、答えないわけにはいかなかった。
私の話のなかで、私には名前があるべきだからだ。
「……ユウ、といいます」
頭のなかで浮かんだ単語を引きずり出す。
見覚えのある、あの子が笑った。
それでいいんだよって。そう笑った。
過去を踏んで、義務を負って、今を見るのなら。
彼は私だ。私だったんだ。
そう。私はユウだ。
「羽を、結うと書いて、結羽です」
「名字は捨てました」
あの話を鑑みるとここが落とし所だろう。
神様が笑った。
「よろしくね、ユウちゃん。
ボクは君に、このヘスティア・ファミリアに加入することを認めよう」
私を見て、笑った。綺麗な笑顔だった。
「まあ、眷族は一人も居ないんだけどね」
それは産まれて始めて聞く、歓迎の言葉だった。
少しだけ泣きそうになって、
ちょっとだけ悔しいから、言い返した。
「ちゃん、は止めてください。私は男です」
神様の驚いた顔が印象的だった。
☆ ☆
腰に剣を吊る。
支給品の鋳造品だったけど、手に馴染んだ。
何の心も込められていない剣は、私だけで満たされている、心強い私だけの味方。
ギルドを通って、道を歩いて、バベルを抜ける。
ボロを纏って、早足で歩いた。
冒険者たちは私を避けて歩いていった。
所々の光沢が中途半端に反射して薄暗い。
それでも私にとってここは明るい世界なのだ。
宝物がある場所だ。私を愛してくれる場所だ。
そう、私が一人でいるこの場所は、迷宮一階層。
全てのある場所。私の愛の在処。
ボコッ、と音がして。
壁から小さなコボルトが現れた。
私を見つけて、甲高い声をあげた。
私だけを見つめて、向かってくる。
私は愛を見つけた。
ーーー
ヒュン、と音がして。遅れて鈍い悲鳴が上がる。
浅く傷いた目に手を当てて、彼は苦しんでいる。
私の剣に少しだけついている血を確認して、
私は優越感に浸る。ああ、気分が良い。
あの傷は私がつけたものなのだ、と実感できる。
ねぇ、お願い。愛し合おう。
足を切り着ける。彼が転んだ。嬉しい。
彼に跨がって、腕を切る。顔が見えた。
ああ、駄目だって。そんなに暴れないで。
声が聞きたい。悲鳴を聞かせて。
叫んで。本気で声をあげて。私に響かせて。
耳を削って。さあ。鼻を削って。さあ!
目を取り出して。声をあげてよ!
どうして、あげてくれないの?
そうだ。その胸板の中は何色だろうか。
きっと美しいに違いない。
脇腹から剣先を差し込んで、魚の皮を剥ぐように丁寧に剥いでいく。
コツン、となにかに当たって、
悲鳴もあげずに彼は居なくなった。
残念だ。
もっと、もっと愛し合っていたかった。
☆ ☆
嘘だ。
僕たち神々には、嘘は意味を持たない。
だからあれは嘘だ。あれはデタラメだ。
あんな小さな子供が一人で教会で寝ていたのだ。
ボロを一枚纏っているだけの格好で。
それなりの事情があることは簡単に想像がついた。
そして、僕には彼をどんな理由があってもファミリアに入れる気など無かった。
死ぬからだ。
日に日に迷宮では死人が出ている。
今に始まった事ではないが、尋常な数ではない。
守ってくれる人の居ない子供が生きていけるほど甘い場所ではない。
彼に聞いた。どうして迷宮に行くのかと。
そして僕は嘘を聞いた。
顔色一つ変えずに、彼は嘘をついた。
僕が神でなかったのなら、分からなかっただろう。
まるで経験したかのような口調だった。
だけど僕は神だったから。
だから僕は嘘を見抜いた。
そして話の最後で、僕は気付いた。
迷宮に行きたいと語った彼の瞳に剣呑な光があった。
あれは狂気だ。
理解した。
ここで僕がファミリアに入れなかったら、彼は何処のファミリアにも所属できないだろう。
身寄りも、技術もない子供を入れるファミリアは存在しない。
それでも彼は迷宮に行くことを諦めないだろう。
例え神の恩恵が無くても、だ。
それはもっと危険だ。
それならばまだ僕の目が届くファミリアにいた方がいい。
ファミリアに加入することを認める。
その言葉を聞いた彼の表情には剣呑な光など一切無くて、
僕は少し安心した。
ここまでの解説!
ただし、ネタバレがあります。
・楽園
楽園です。楽しい世界。
みんな笑顔のたのしいせかい。
ではなく、小さい子供専門の大人のテーマパークです。
楽しくなれるお薬で子供たちを魅了します。
裏ではナマモノを処理していたり、実験していたりしています。
・私って誰?
一種の自我崩壊状態です。お薬で楽しくなった結果です。
アイデンティティーを無くしちゃって、自分をちゃんと認識できないんです。
・名前が必要とかなんとか。
名前を着けることで自分を定着させたのです。
これで自分をちゃんと認識できるようになったのです。
過去を踏んで。
↓
前世で生きて、ここに辿り着くまでにしていたことを認識して。
義務を負って。
↓
これから先、生きていくこと。
生きていっても良いと認識して。
今を見る。
↓
今この時を歩んでいくこと。
名前がいる。
↓
自分をちゃんと認識して、己の足で歩いていく、ということ。
ーーー
・ユウアイ
まず前提として、ユウの状態を説明します。
ユウは自分に価値を認めていません。
その上で、誰かと笑いあえることを望んでいます。(これがユウの幸せです)
そして、ずっと独りだったので寂しいのです。
・空っぽ
ユウが自分をそう称します。
誰とも関係を築けず、虚しくなってしまったこと。
その結果を引き起こした自分の性質のことです。
・愛を探す
空っぽの自分を埋めるもの。
もしくはその性質を変えてくれるものです。
それを探そうとして、迷宮には何でもあると聞き、ユウは迷宮に愛を探しにいきます。
【注意】
ここからネタバレがあります。
・私の愛!
私は出会ったの!
私は空っぽだね。何にも持ってない。
近くには誰も居ないし、私にはその価値もない。
誰も認めてくれない。寂しいな。
(神様はこれを狂気だと思ったのです)
だけど、迷宮にいったら認めてくれたの!
モンスター達がね、認めてくれたの!
食べようとしてるの。
私に食べる価値があるって言ってくれるの!
嬉しい! 愛してる! ねぇ、私をもっと見て?
私だけを、もっと見て!
見てくれたら私の全てをあげるから!
ねぇ、いいでしょう?
(多分こっちが本当の狂気)
それは愛し合うってことだよね。
沢山、愛し合おうねっ!
でも、私以外を見ないで?
私はあなただけを見ているから。
ねえ、いいでしょう?
剣で切ったら血が出るの!
これは私が彼らと愛し合った結果だよね!
だから沢山浴びよう。
モンスターの血で赤く染まっていくことって沢山愛し合ったっていうことだよね。嬉しい!
こういう思考回路です。
うん。正常な理論だ。
純愛だね。間違いない(白目)
ここでタイトル回収済み。やったぜ!
ーーー
ここまでとヘスティア・ファミリアに入団。
この二つが二羽までの内容の全てです。
というか未来の内容も入っています。
心理的な描写の難しさがヤバイです。
あと、上の詩にはちゃんと意味があるのです。
今回は『限界』がテーマでした。
一羽は『愛と刹那』です。