ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:羽吹

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第7羽 殉ずる

 

 笑っていた。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていられた。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていけるはずだった。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていきたかった。

 

 ☆ ☆

 

「ここは綺麗ね!」

 

 空気も美味しい! 彼女は綺麗に笑っていた。

 その言葉にどんな言葉を返したのだろうか。

 

「もし、私が死んだなら。こんな場所に埋めて欲しいわね」

 

 楽しそうな声だった。冗談なのだ。

「おっ、そうだな」「ここよりいい場所は思い付かねぇなぁ」「いやいや、それよりも3階層下の……」「ちくわ大明神」「場所よりも墓石の質が問題です」「なんだいまの」

 矢継ぎ早に言葉が聞こえて、笑い声が響いた。

 

「ねえ、リオン。墓石をアダマンタイトで作ったら幾ら位するのかしら」

 

「家の本拠地よりも値が張りますよ」

 

 呆れ顔で返して、スープを飲んだ。

 暖かくて、美味しい。

 私も料理を手伝おうとすると、ファミリアの全員に邪魔されたのだ。

 

 それにしても、少し味が薄くないだろうか。ここで取れる甘い果物があったはずだ。

 その果汁を加えてみると更に味が深まるだろう。今度提案してみようか。

 

 

  第7羽 殉ずる(たとえ、わたしがどうなろうと)

 

 

      ーーそう、どうなろうと構わない。

 

 

 ☆ ☆

 

 キナ臭いファミリアがある。

 

 集会での主な話題だった。

 私たちアストレア・ファミリアは治安維持を担っているファミリアだ。

 それ故に恨みなど幾らでも買う。

 ついこの間も抗争に発展しかけたものだ。

 

 今回も同様の内容で、私たちに恨みをもつファミリアが動き出しているということだ。

 どのファミリアなのかも分かっている。秘密裏に監視もしている。

 しかし相手も慎重なのか、決定的な証拠は出てきていない。証拠がなければ強制捜査も出来ない。

 監視をつけているこちらの方がよほどグレーだ。

 

 そんな日々が続いて、今日は監視からの報告がある日だった。

 結果によってこちらの動き方も変わる。

 報告を待っていると、一人の冒険者が取調室から出てきた。

 

 『赤姫』だ。レベル2の冒険者で、ソロで迷宮に向かう数少ない人物の一人。

 そして、良くない噂が絶えない人物でもある。

 特に猟奇的なものが多い。

 真実なんだ、と主張する冒険者も多くて、私たちのファミリアも注意をしなくてはならない人物。

 

 しかし、今回は事件の解決の一助けとなったらしい。アリーゼが言っていた。

 そうだ。報告の時間まではまだ時間がある。

 話の相手になってもらおう。そう思って、話しかけた。

 

 その後で報告を聞いて、件のファミリアに動きがなかったことを知った。となれば現状維持だろう。

 仲間のドワーフが赤姫に絡んで、彼女は迷惑そうな顔をしていた。

 アリーゼがその中に加わって、今日の夕食の席が一つ増えた。

 

 ☆ ☆

 

「綺麗な手ね! 私以上かも!」

 

 彼女は私の手を取って笑った。

 素手を触られる事を忌避していた筈だったのに。

 彼女に手を握られていることに不快感は全く感じなかった。

 

「ねぇ、行くところがないなら、家に来ない?」

 

 歓迎するわよ。とこちらを誘惑するように片目をつぶる彼女に呆れる。

 私は女だ。誘惑されることなんてあり得ない。

 

 そう思っていたのに。

 私の目は言うことを聞かなくて。

 徐々にかすんでいく視界の中で、私ははっきりと頷いた。

 

 だというのに。私は覆面を外せない。

 

 皆は事情を聞きもしない。

 同僚のエルフが私にエルフ専用の服屋などを紹介してくれた。

 ヒューマンが戦い方の基礎を積み上げるのに付き合ってくれた。

 種族のせいで始めは気が合わなかったドワーフは、いつの間にか一緒に酒を飲み交わして、笑いながらお互いの悪口を言っていた。

 

 私は覆面を取ってすらいないのに。

 彼らは私に、全てを見せてくれた。

 彼らは私に、居場所をくれたのだ。

 

 アリーゼが笑って、ドワーフが怒って、

 エルフが慌てて、ヒューマンが誇った。

 彼らのファミリア。私たちの、ファミリア。

 私はいつの間にか、笑っていた。

 

 笑えていたんだ。

 

 ☆ ☆

 

 それから幾つかの報告を受けたが、一切の動きがないままである。

 幹部の一人がもう動かないんじゃないかといって、何人かが同意した。

 他の幹部が監視だけは続けようと提案して、採用されたことで集会は終了した。

 

 アリーゼから声が掛けられる。

 食事でも行かない? と提案されて、仲の良い何人かで纏まって出掛けた。

 

 アリーゼは今日はユウも誘ったんだよ!

 とはしゃぐのをあしらいながら、酒場に向かう。

 

 ユウとは赤姫ことだ。

 彼女とアリーゼは馬があったらしく、あれからよく食事などに行っていた。

 たまに私も同行させてもらっている。

 

 ーーー

 

「ユウがね、一緒にダンジョンに行ってくれないの!」

 

 酒気の帯びた声が私を揺らした。

 

「アリーゼ。10歳近い少女を無理矢理連れ出そうとするのはやめた方がいい」

 

 それは犯罪だ。

 

「してないわよ! ちょっと一緒にダンジョンに行こうってだけ。上層でいいのよ。

 一緒に行って、笑いあって、無事に帰ってきて、一緒にお酒を飲んで、ねぇ、分かるでしょう」

 

 要は達成感なの。といって杯を傾ける彼女は完全に出来上がっていた。

 そして、横に目を向けると、

 

「わらしは、男だと言っているのです」

 

 白い着物がドワーフに絡んでいた。

 

「アリーゼは、もう少し私の話を聞くべきであって、ちょっと、ちゃんと聞いているんですか、ねえ!」

 

 こちらも出来上がっていた。

 酒は子供でも飲める。だが、性別や相手を間違えるまで飲んではいけない。ダメ、絶対。

 

 結局、私はこの状況を放っておくことが出来ず、まともに飲むことすら出来ずに二人の介抱をすることになった。

 ドワーフも手伝ってくれた。感謝。

 

 ☆ ☆

 

 そんな日々が続いたある日のことだ。

 アリーゼに呼ばれた。他にも何人かいる。

 一体何の用事で呼び出したのかと聞くと、

 彼女は答えた。宴会よ! と。

 

 宴会? 何の宴会だろうか?

 ファミリアのランクが上がったのだろうか。

 そう思っていると、彼女が続けた。

 

 ユウのレベルアップの宴会!

 良い笑顔だった。殴っても良いだろうか。

 

 というのはもちろん冗談だ。

 ユウと私たちは仲が良い。ファミリア限定の酒席でも無ければ呼ぶことも多い。

 一緒に飲むことで冷えた酒が飲めるからでもあるが。

 

 そんな彼が(男らしい。アリーゼが驚きながら慌てていた。忙しそうだったが、ドワーフは冷静だった。知っていたらしい)レベルアップしたのなら、むしろ呼ばない方が不自然で、本当に呼ばれなければ私たちは怒っただろう。

 

 割り勘らしく、手持ちはある程度持ってきてねと言い渡して、アリーゼは私たちを酒場へ案内した。

 

 ーーー

 

 始めにユウに祝辞を述べる。

 そして、すぐに無礼講になった。

 ユウはあまり堅いことは好きではなく、楽しく過ごすことを重視していたからだ。

 

 私は始めにエルフと飲んでいた。

 最近の流行りの色について彼女が語っていると、ヒューマンがユウに怒鳴った。

 

 どうして業物を使わないんだ、と。

 安物ばかり使うことは自分の寿命を縮める行為だ。君はもう第2級冒険者になったのだから……

 と続けて、私は笑う。彼は酔っているのだ。

 普段から他人を気にしがちな性格だが、プライドが高くてここまで誰かを心配する様子を見せない。

 

 そんな彼に辟易したのかユウがこちらに来てエルフに絡みだした。流行の色は白である、と主張して。

 エルフは断じて赤です。何を言っているんですかといって口論を始めた。

 何を言っているのか、緑に決まっているのに。

 

 避難した私はアリーゼと飲むことにする。

 ドワーフも居たが。

 

 三人で静かに飲んでいると、アリーゼが笑って言った。

 

「ユウには私たちのファミリアに入って欲しかったな」

 

 ドワーフも同意して、私も頷いた。

 

「それとなく誘っても断られちゃったのよ。

 今のファミリアが気に入ってるみたい」

 

 一人しか居ないらしいけれど、と杯を傾けて、

 

「ユウって、どこか寂しそうなのよ。」

 

 声が聞こえる。

 

「楽しそうに笑っているのに。それは自分には許されていないような。そんな顔をしてるの」

 

 一気に飲み干して。

 

「だから、笑ってやるのよ。バカじゃないのって。

 私たちは友達で、親友じゃない」

 

 乾杯を求めるように、杯を突き出した。

 

「一緒に笑って。一緒に泣いて。一緒に生きていくの。()()()()()()()()()()って。笑ってあげるの」

 

 アリーゼが笑って、私たちは杯を合わせて、乾杯した。

 

 ヒートアップしたエルフが杯を割って、ユウと一緒に店員に謝っていた。しょうがない奴等だ。

 

 まったく、まともに酔うこともできない。

 

 ☆ ☆

 

 監視が取れた。

 あれから随分経っても動きがなかったのだ。

 これはもう諦めただろうと結論付けて、通常の体制に戻る。

 

 集会はこれからのファミリアの目標について話が向いた。

 だが私は集中できない。頭が痛いのだ。

 

 理由は昨日にある。

 昨日もいつものごとく何人かで酒場に行ったのだが、地獄だった。

 

 アリーゼが早々に酔って、ユウに大量に酒を飲ませた。

 出来上がったユウはドワーフを挑発して飲み比べを始めた。

 だが、途中で飽きたのかアリーゼと魔法の運用について口論していた。

 

 問題になったのはドワーフだ。

 相手が居なくなったことに不満だったのか、私を飲み比べの相手に定めたのだ。

 エルフとヒューマンが止めてくれなければどうなっていたか。考えたくない。

 

 結果、私は頭が痛い。

 明日は休みなのが救いだ。明後日は全員で遠征だが。

 なので、明後日までには二日酔いを直さなくてはならない。

 アリーゼとユウを恨んだ。あいつら、何時か覚えておけ。

 

 集会が終わって、解散になった。

 どうやら今日はアリーゼも体を休めるようで、酒盛りの招待はなかった。

 今日も飲もうとしていたら、流石に説教していただろうが、アリーゼはそんなにバカじゃなかったようだ。

 

 そして、遠征が始まった。

 

 ☆ ☆

 

 嗤っていた。嗤っていたんだ。

 

 目が私を見ていた。大量の目。口。声。脚。腕。

 横でドワーフの腹に穴が開いた。

 声が淀んで、赤色を吐いた。

 引きちぎられた腕に蛇が噛みついて、

 目から寄生虫のような虫が飛び出した。

 

 助からない。どころではない。

 あれではモンスターの温床だ。

 

 炎が舞って、虫共を焼く。

 同僚のエルフが泣きながら詠唱していた。

 その後ろに熊が見えて、無理をして走る。

 愛用の小太刀で熊の腕を絶ちきって、エルフを見る。

 腕がなかったが、生きていた。

 

 影が私を覆った。

 先程の熊だ。回避。ダメだ。間に合わない。

 

 リュー! 

 叫び声がして、ヒューマンの剣士が熊を切った。

 後ろだ! 

 と叫んで、遅かった。巨大な犬に頭から噛みつかれた。

 カラン、と音がして。剣が落ちた。

 

 

 地獄だった。

 

 

「後ろを振り返るな!」

 

 アリーゼが叫んだ。

 そう、私たちは戦いながら逃げている。

 この数は無理だ。ロキ・ファミリア程の規模ならば撃退できたかもしれない。

 だけど私たちはアストレア・ファミリアで。

 それも今日で終わってしまうかもしれなかった。

 

 逃げる。今はそれだけを考えるんだ。

 片腕を無くしたエルフがバランスを崩して、転んだ。

 

「たすっ、」

 

 その続きは聞こえなかった。

 ガリッ、ガリッ、とワームに骨をかじられている音が後ろから聞こえた。

 

「後ろを振り返るなっ!」

 

 アリーゼがもう一度叫んだ。涙声だった。

 更に最悪の事態が起きた。

 血の臭いを嗅ぎ付けて前からモンスターが現れたのだ。突破するしかない。

 

 並行詠唱した魔法を全力で打ち付ける。手加減などしている場合ではない。

 アリーゼも熊型のモンスターを切り捨てた。

 仲間が必死で目の前のモンスターを倒している。

 

 今私たちがいる通路は一本道であり、倒さなければ進めないからだ。

 後ろからはモンスターの大群が押し寄せていた。

 

 必死だった。必死だったからだろうか。

 

 見逃したのだ。

 死んだと思っていた巨体が動いていた。

 

 口から衝撃波を飛ばして、天井が崩れた。

 

 ーーー

 

 衝撃が走った。飛んでいる。

 訳がわからないまま、背中を打ち付ける。

 

 そして、ゴシャ、という轟音と共に天井が崩れた。

 完全に塞がった。

 

 私しか居なかった。

 

 どうして?

 

 遅れて、理解する。

 蹴り飛ばされた。誰に? 

 近くにはアリーゼしか居なかった。

 

 皆は?

 

 私しかここに居ないのだから。

 そう、

 壁の、向こう、側。

 

 地獄。

 

 その時、聞いたことのある悲鳴が聞こえて、

 頭が沸騰する。

 

「……っ、アリーゼェ!」

 

 返事は、聞こえなかった。

 

「あ、ぁ、ぁ、」

 

 声にならなかった。

 

 ☆ ☆

 

  ュー!」

 

 何かが聞こえる。何の音だろうか。

 頭が働かない。呼ばれたような気がした。

 

「リュー!」

 

 気がした、ではない。確かに呼ばれている。

 顔を上げる。赤色が居た。

 見慣れた白い着物が赤く染まっていた。

 

「ユ、ウ……?」

 

 ユウだ。どうしてここに?

 偶然ここにいたのだろうか。

 そもそもここはどこだ。どうしてそんなに必死な顔をしている?

 

 何があったんだ? そう、何が。

 

 嗤い声が聞こえた。

 

 そうだ。そうだ、そうだっ!

 モンスターが、天井、崩れて。

 私、一人……

 

「アリーゼェ!」

 

 叫ぶ。

 未だに壁がある。あれからどれだけ経った?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「ユウ! 手伝ってくれ!」

 

 叫ぶ。悲鳴に近い声だ。

 

「壁の向こうに、アリーゼが、アリーゼがっ!」

 

 見たこともないほど真剣な顔をしたユウが詠唱する。

 空気が変わる。崩れた壁の中にある空気を操っているのだろう。正確には空気中の水分をだが。

 私には出来ない、魔法の超精密操作。

 アリーゼも羨ましがっていた。

 

 程なくして、壁がひとりでに壊れた。

 

 見た。見てしまった。

 隣でユウが崩れ落ちた。

 私の脚にも力は入らなかった。

 

 赤い、肉が。所々に。落ちていて。

 食べ滓のように、布の切れ端が舞っている。

 内側の取っ手が食い千切られた盾が中途半端に割れていて、ひび割れた剣が刺さっていた。

 

 食事の、後だ。

 これは、戦闘の、跡ですら、無かった。

 




敵対ファミリア「一年以上時間を掛けて着々と計画を進めてやったぜ……! それはもうゆっくりじっくりと少しずつパズルを解いていくようになぁ……! 一クールにも及ぶ友情ごっこを楽しんでいる感覚だったぜぇ。衝撃の真実ぅ~ってやつだよ。まあ俺たちはポリスじゃなくてポリスを潰す側なんだがよぉ……! どうだったぁ、じっくりことこと煮込んだシチューのように絶品の絶望はよぉ……! はははは、ひっひっひっひっ、ふぅわーはっはっはっは!」
?「絶っ対に許さねぇ! ドン・サウザンドォ!!」

うん。前に比べるとカタルシス減っちゃったね。二つに分けたからなぁ……
でもストーリー上はこっちの方が重要なんだよね。
world's end, girl's rondo/分島華音
がイメージ曲。聞きながら読むといい感じです。
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