ドラゴンは孤島にて独り   作:ささのみ

1 / 3
もともとDMMORPGものは好きだったんですが、この設定にゴチゴチに固められたオーバーロードは超ド級のストライクでした。
全巻購入後、貢ぎたい衝動は抑えきれず、遂にはブルーレイまで……。ごめんね奨学金。一生大事にするからねっ!

11/12
ギルド武器のハンマーとメイスって同じ役割ですよねっと指摘され、本当だと思いハンマーが無くなりました。


夢の跡――1

 ドラゴン。それはファンタジーにおける最強の種族。火炎の息を吐き大地をも焦がし、空を覆う巨大な翼で天を制する存在。時には悪の象徴として語られ、時には正義に一助する神秘として謳われる。世界によってドラゴンの在り方は無数だ。

 

 DMMORPG大傑作の一つ、このYGGDRASIL(ユグドラシル)においても、ドラゴンという言葉が指す意味は多数ある。時にはユグドラシルでも有数の強力なモンスター種族。時にはワールドエネミーが一つ、八竜。時にはプレイヤーが選択可能な強種族の一つである竜人。そして、――ドラゴン系統の種族で構成された第八位ギルド『老龍孔(ラオ・ロンシィ)』。

 

 此処は彼らが根城にする広大な山脈の、最も高い山であるピラトゥラ山の頂上。その頂上には全高三百メートルに及ぶ豪華絢爛な大聖堂が、星空の下で金や白金を塗したようなその美しい姿を、満天の夜空に誇っている。十八もの塔は天に達しており、実質上そこはユグドラシルのオブジェクトが設置できる最高高度である。このワールドの最も広い平地を規準に考えるのならば、五千メートルもの高度にある。

 

 そのギルド、――通称ラオ――のギルド方針は「拠点を華やかにする」。たったこれだけだった。いや、だからこそユグドラシルでも有数のギルドになれたのかもしれない。最初は少数だったギルドメンバーも、技術者が技術者を呼び、物好きな美術家が自らを売り込みにやってくる。その内メンバーの半数が創作畑の人間かプログラマーという、中々に異質な構成になっていった。

 

 そんな彼らが集まり盆地に街を造り、仕事帰りの息抜きに思い思いに街を装飾する。そんな日々が繰り返されると、いつの間にか大山脈はワールドで一番の秀麗さを得ていた。

 

 ――山頂には天に達する大聖堂。そこから下の山腹には巨大な扉があり、無限の財宝が無造作に置かれた旧宝物庫に繋がっている。また隣の火山の山腹に目を遣れば、教会と墓地のある街が荘厳な雰囲気で月の光に照らされている。

 ミスリルで出来た階段を(くだ)ると、アンデットや暗闇を好む竜の住む深い渓谷が深遠を覗かせている。渓谷の周りにはドラゴンワームという蟲のモンスターが住む、蟻塚のような膨らみが無数に点在し、時折身震いするように揺れていた。此処から更に麓を見下ろせば、層のように広い盆地が(つら)なり、上から順にヨーロッパ風の街、湖沼と遺跡のある大森林、中世の城砦都市を思わせる街がある湿地帯。もし下から此処まで歩いてくるならば、これらすべて通らなくてはならず途方も無い距離を歩かされる。

 今度はぐるりと視線を半周し、切り立った崖の方に目を遣ると、其処には大きな切れ目がありその中から飛竜(ワイバーン)の寝息が無数に漏れてくる。割れ目の周りには、鳥の巣のように傾斜に建築された寺院が数箇所発見できた。設定では、此処にはとある飛竜のNPCが住み、飛竜を指揮して制空権を管理しているとのことだ。

 その崖の麓にはゴツゴツとした岩が転がっているものの、一箇所だけ湯が溜まっている場所がある。温泉だ。巨大な水竜のモンスターが湯に浸かり、のんびりと泳いでいる。

 右を見ても左を見ても、空を見ても地中の中でも、街の中にも水の中にも。ありとあらゆる場所にドラゴンが居る。

 

 此処が拠点となる前には山頂下の宝物庫以外、ほぼ何も無かったと言っても誰も信じないだろう。あの天を貫く大聖堂もプレイヤーの作ったものだし、温泉だってマジックアイテムで源泉を仕込んでいるものだ。渓谷の下の屍や竜の棲家も、その周りの蟻塚さえも。盆地すべてを覆う町並みだって、数年もかけて造られた逸品である。

 ギルドマスターもこの光景には誇りを持っていた。何処の誰に見せても恥ずかしくないほどの絶景。ドラゴン達の息衝く理想郷。

 

 しかし、ギルド拠点の中でも最高峰と呼ばれ、公式PVの依頼が舞い込むほどの完成度を誇るこの大聖堂と山脈も、今日で見納めであった。

 

 ――それは誰にも回避できない終焉。ユグドラシルサービス終了の日だ。

 

 

 

 大聖堂の一室。白亜で囲まれたその部屋には、ベンチやソファや安楽椅子、果ては座布団などの椅子類の家具で溢れている。そこに腰掛ける二つの影。椅子の数に比べるとあまりにも少ない利用者だ。かつては椅子が足りないときもあったこの部屋も、最後の時を前にするとここまで寂しくなる。

 

 安楽椅子に座っている者は、財宝を持て余す覇王のような豪奢な身なりをしていた。腰に帯びるメイスと僅かに原型の残っている服装から神官だと推測できる。また、一目で純粋な人間ではないことも分かった。

 袖から出た腕にあるものは、白い肌ではなく鱗だった。目を凝らすと腕や足の末端部位には白い硬質な鱗が煌めいており、その先には鳥類の爪を巨大化し一体化させたかのような指が五本すらりと美しい。頭部には黒く輝く闘牛のような二本の角が長く伸び、強靭な印象を周囲に与える。鱗のない、人間じみた部分は顔だけであり、そのすぐ下の首元からは鱗が垣間見えている。そのシルエットもおおよそは人型にも関わらず、長い尻尾が生えておりどこか人と恐竜の混血種を思わせた。

 ドラゴンと人間のハーフである、とある亜人種に酷似している。ただ実態は違い、彼は異形種であるが。

 

 もう一人、対面のソファに座る男は紺色を基調としたぶかぶかのローブを羽織っている。こちらには角や尾、鱗などは生えていない。獲物と思われる黒く光沢のあるスタッフをソファの上で寝転がせている。若く、中性的で端麗な顔立ちだが男性であることはおぼろげに分かる。魔術師、そんな言葉が似合う男だ。

 

 この二人には所属ギルド以外にも共通することがある。

 

 彼らはプレイヤー、――両者とも異形種であるドラゴンだ。ユグドラシルにおいてドラゴンは人の姿に擬態することの出来る種族なのだが、前者の男は種族特有のデメリットで異形を隠しきれていない。

 前者の男の種族は、聖竜(ホーリードラゴン)の最上位である神聖竜王(アークホーリー・ドラゴンロード)。信仰系の魔法を習得するドラゴンが多く選ぶ種族だ。事実彼も神官(プリースト)系統の道を――より暴力的な構成ではあるが――修めている。

 魔術師のほうは魔竜(マギドラゴン)の派生の一つである封神竜王(セイルスピリット・ドラゴンロード)。状態異常や精神異常に特化したドラゴンの種族であり、妨害魔法ばかりを使う捻くれた魔法詠唱者に好まれていた。とはいえ、ドラゴンの魔法詠唱者は近接戦闘が得意というメリットがあるため、純粋な魔力系魔法詠唱者よりは利に適った構成と言えよう。バフではなくデバフを極めているあたり、素直とは程遠い性格だろうが。

 

 捻くれ者であろう魔導師が大きく欠伸のポージングをしたあと、言葉を発する。無論、口は動かない。

 

「思えば十二年。長いようで、――いやホント長かったですね。こんなに長い間やったゲームはこれぐらいですよ。僕が始めたのは六年ほど前でしたね。トンボさんはもう何年になりますか?」

「クロウンモさんはそれぐらいでしたか。そうですね。十年にはなりますか。あの時はまだ中学生ぐらいでした。ラオ開設からは九年ぐらいかな? ……よくみんな俺なんかについて来ましたよ。ギルマスとして不思議で仕方ないですね」

 

 苦笑のアイコンを出す異形な覇王風の男――トンボは大きく頷いた。トンボの我が侭に八十八人もの人間が付き合ってくれた。感謝してもしきれない。そんな気持ちであった。

 

「結構みんな楽しんでましたよ? 特にワールドアイテムを横取りした時なんか大笑いしてたじゃないですか。コカトリスなんて煽りすぎて逃げ遅れてましたしね」

「あー、あったあった! 晒されたやつだ。いじけてしばらく内装ばっか弄っててね。何で落ち込んでんだってこれまた面白くて」

 

 言葉に笑いが混ざり、しばらく華やかな昔話が続く。ウロボロスで締め出された場所へワールドアイテムを用いて侵入したり、ワールドアイテムの効果時間が切れて世界から水平に落下死したり、集めた鉱石で熱素石(カロリックストーン)を生み出したり、トンボが隠し種族を発見したり、始めたばかりのプレイヤーをギルドに招いたら平均レベルが落ちてギルドランクが下がったり、初心者をレベリングに連れ回したり、企画関連の掲示板が埋め尽くされたり、種族レベルの振り方を考察しあったり。

 

 思えば馬鹿笑いの絶えないギルドだった。誰をとっても笑いの種であった。

 真剣に街を造る夢想家。資材を集めて満足する蒐集癖。NPCの設定欄を絶対に全部埋める設定魔。所持金すべてを装備に費やす金欠の戦闘狂。レベルのすべてを生産系で埋め尽くした生産馬鹿。大聖堂全域の天井画を遂に描きおおせた画家。ポンコツの癖に演説だけはやたら上手い軍師。純文学作家の偏屈卿。何事にもOKの二つ返事で返す向こう見ず。リアルでは病弱な格闘オタク。過剰な防衛装置を配置する臆病者。デバフで優位を取った途端に煽りだす皮肉屋。そして我が侭でギルドを一度滅ぼしかけるギルドマスター。

 しかしそれも昔の話。最近では活動しているのは極々少数。たった今に限れば二人という有様だ。しかしそれでもトンボの心は平穏だった。

 

「ああ、もうこんな時間ですか」

 

 唐突にクロウンモが時計に目を遣る。時刻は既に深夜帯だ。学生の頃ならばなんでもない時間であったが、社会人となった二人にしてはあまりにも遅すぎる。クロウンモは申し訳なさそうに言葉を続ける。

 

「すいません。明日も仕事ですので……。僕は落ちますね。トンボさんはどうなさいますか?」

「ああ、最後まで起きてようかと。思い入れの深い場所ですから」

「夢でしたもんね」

「ええ」

 

 クロウンモはトンボに微笑みのアイコンを出す。優しげな感情が語気にも現れていた。第三者が見れば年下のクロウンモがトンボに対する感情としてはやや不適切にも思える。しかしトンボは特に気にする様子もなかった。それはトンボ自身でも自覚していることだからに他ならない。トンボは笑顔のアイコンを出し、答える。

 

「ドラゴンが住まう山脈。ユグドラシルに設定に沿った上で創られた素晴らしい場所ですよ、此処は。正直手放したくなくて、データをコピーしたぐらいですから」

「違法じゃないんですか、それ」

 

 二人が苦笑の声を漏らし、クロウンモがメニューを開きログアウトの文字に指を掛ける。そのままこちらを向き笑顔のアイコンを再度出し、別れの言葉を交わす。

 

「二ヵ月後に新しいMMOが出るらしいじゃないですか。よろしければ合流しましょう。色々声掛けときますんで」

「ええ、折って連絡ください」

「じゃあ、また今度」

「ああ、またね」

 

 トンボが手を振ると、図ったように友人の姿が掻き消える。ログアウトされてもしばらくトンボは余韻に浸かっていた。挙げた手を下ろすのに数秒を要するほど、名残惜しそうに。恐らくは今生の別れになるだろうからだ。他のタイトルをする気力は、正直無い。

 トンボが二年以上も続けたゲームタイトルはこのユグドラシルだけだ。中学からの青春をユグドラシルに注ぎ込んだという、コンコルドの誤りじみた感情もあった。だがそれ以上にこの山脈に愛着があり、ドラゴンに対する憧憬があったからこそ、サービス終了という日を迎えられたのだろう。

 

 ――ドラゴン。それがトンボこと、樹山(きやま)(ひじり)の渇望であり生きる燃料だった。絵を描くことも文を書くことも得意としない一人の少年が、精一杯自分の理想郷を描くことの出来るキャンパス。それが彼にとってのユグドラシル。彼にとってのエレボール大山脈。

 荒廃し世界の隅々まで汚染された現代では、実在した自然ですら心に思い描くことは難しい。実在すらしないドラゴンとなれば更に困難を極める。ユグドラシルは、そんな涸れた空想を(うるお)すだけの泉となってくれた。ユグドラシルには感謝してもしきれない。あんな死臭のする現代にも、空想(ファンタジー)は今もなお息づいていると教えてくれたのだから。

 

「……さて、あとは俺だけの時間だな」

 

 こんな、誰も居なくなった部屋でただただ終わるのは真っ平御免だと、トンボは強く思う。

 本当なら最後の最後にやって来るかもしれない仲間達に義理を立て、終わりの時まで此処で待ってもいいのかもしれない。しかし今日という日に帰ってくると言った仲間は既に全員来て、去っていった。もし仮にトンボが誰かを誘っていたならば、返事が無かったとはいえ待っていただろう。だが、それをしないためにも、トンボは誰一人誘っていなかった。それは今日という日の終わりを、二ヶ月前からずっと心に描いていたからだ。歴史の止まる日にふさわしい終幕を。

 

 立ち上がり大きく伸びをする。体にだるさはないがリアルでの癖だ。勢いよく立ったので安楽椅子がギィギィと鳴りながら、主人との別れを惜しむ。少なくともトンボにはそう聞こえたし、そう思うほどセンチメンタルな心情だった。

 

 時計に目を遣るともう時間が無い。急ぐ必要も無いだろうが、すぐに動き出す必要はあるだろう。

 

 トンボはコンソールを操作し、装備を部屋着から戦闘用のものに変えていく。その際、ついでに武器を仕舞う。宝石の埋められた腕甲(ヴァンブレイス)、黄金に輝く胸当て、最高峰の毛皮のマント、左右に複数ポーチのついた竜皮のベルト、金で刺繍された紋章が施された魔獣皮のブーツ。それらはベルトを除けばすべて神器扱(ゴッズ)

 そして――この世界の最後に持つべき武器は決めてある。

 

 自らの手の甲に視線を落とす。その視線は指に嵌めてある一つの指輪に止まった。

 指にはめてある八つある指輪の一つ、リング・オブ・ラオ・ロンシィ。拠点内において無制限の転移効果を持つ指輪を用いて向う先は、大聖堂の最奥――礼拝堂だ。コンソールを操作し、転移を実行する。

 

 

 

 チャンネルが切り替わるように、視界が一転する。――転移後、見上げるのも馬鹿馬鹿しい空間が現れた。

 規模と材質を除けば、人々の思い描く礼拝堂とさほど変わらない造りだ。しかし随所にはドラゴンのギルド特有の、特異な趣向があった。

 その部屋には八十九にも及ぶ柱と、それらに彫刻された様々なドラゴンの紋章が規則正しく、平行に並んでいる。それらは一本一本がギルドメンバーを示している。その間を結ぶように置かれた白金(プラチナ)で装飾された柵、その上にあるものはヒヒイロカネ製の燭台。蝋燭の先に灯っている火は永久に消えることなく、光の加減で部屋を美しいグラデーションで織り成す。嵌めこまれたステンドグラスは、外が暗闇のために蝋燭の光でかろうじて竜をモチーフにしたその形が分かる程度のものになっているが、この部屋の荘厳さは、夜の暗闇よっても引き出される精巧な仕組みとなっていた。深夜である今だからこそ、それが手に取るように分かる。

 例えば、壁や天井に埋め込まれた金剛石(ダイヤモンド)藍玉(アクアマリン)がきらきらと反射する姿は夜空すら思い起こさせる。並べられた長椅子すら光沢を持ち、植物のつたを模った彫刻が彫られる拘りようだ。

 また、蝋燭の(ほの)かな光が両脇の天井にある天井絵を浮かび上がらせる。天井を覆い尽くすそれらは、この拠点を手に入れるまでの経緯を描きだしたものだ。ギルメンのひとりが絵柄に飽きたため、途中でガラリと画風が変わっている。

 

 その奥には聖餐台(せいさんだい)とギルドシンボルを描かれた巨大な垂れ幕。やはり建築家と美術家が本腰で創っただけあり、飽くなく美を追求したものとなっていた。これで防衛能力も最高峰なのだから、あらゆる意味で傑作だ。

 

 トンボは、そんな荘厳なる部屋の奥にある聖餐台を見る。聖餐台の上に奉られているギルド武器――カナダに実在する職杖(メイス)をモチーフに模られたそのメイスは、三つの神器扱(ゴッズ)アーティファクトと世界級(ワールド)アイテムの熱素石(カロリックストーン)から成る、恐らくはユグドラシル中のギルド武器の中でも頂点に君臨するであろうモノだ。

 

 トンボが聖餐台までの長い距離をコツコツと歩き、ギルドの象徴であるメイスに手を伸ばすと、武器の周りに幾つもの赤と白の光の軌跡達が、グルグルと公転を始めた。トンボはこの武器のテーマが、ロストテクノロジーだという事を思い出す。

 

「あー。可変武器、だったかな? 確か……」

 

 この武器に触れるのはギルドマスターであるトンボにも二度目のことだった。外に持ち出す機会も一度とて無かったし、普段使っている武器の性能も高位の神器扱(ゴッズ)だったのも相まり、お披露目の時意外は誰も触らなかった。普段は此処が使われないというのも理由のひとつだったかもしれない。

 

 トンボは武器を握った手でスナップをきかせて、武器に衝撃を与えてみる。そうするとメイスの柄が伸び、槌頭に埋め込まれたアーティファクトが前面に押し出される。三秒程度の時間を経て完全に変形する。メイスからスタッフへ。変化を目にし満足すると、また三秒掛けて手に馴染んだメイスの形状に戻す。

 

「メイス、スタッフ、ライフルの三形態だったな。俺は狙撃なんて出来ないのにさ」

 

 かつての仲間の(こわだ)りを思い起こしながら割れ物のように大切にギルド武器を腰にさげる。装備に満足したトンボは再度指輪の力を使う。転移先は旧宝物庫の門扉(もんぴ)前。この大山脈における始まりの地へと。

 

「始まりの地が最後の場所か。平凡な最後というか、下らん感傷かもな」

 

 現れた夜空の下、独り()ちてトンボは全長二十メートルにも及ぶ扉に手を掛ける。扉は相手を認識したようで、のろのろと開いていく。

 

 待ち時間に、風に煽られながらも振り返る。そこは開けており、月の明かりで足元が見える程度だ。闇視(ダークヴィジョン)のおかげで、暗く影になっている場所は傾斜であることが分かる。少し歩を進め見下ろすと、眼下に広がるは仲間達の遺産。今や名前だけでも残っているメンバーは全盛期八十九人の半数にも満たない。残った者も時折思い出したかのようにやって来て、ほんの少しだけ内装を弄って帰るばかりだ。

 毎日ログインしているのはトンボだけだし、その次に頻繁にログインするクロウンモも、週に二回程度。

 

 眼下のあの街なんてもう三年間誰にも触られていない。大森林だって弄るのはもうトンボぐらいだ。渓谷の周りの蟻塚は中途半端な数のまま一向に増えない。

 

 ――盛者必衰の理。ならばこの世界が終わるのは致し方のないことかもしれない。

 

 ガコン、と扉が最後まで開ききる音がした。振り向くと、眩い光に照り返された金貨の山が目に飛び込む。石床が見えないほど分厚い金貨の層も、二十メートルある天井に達する金貨の山々も、もはや見慣れた光景だ。時計を確認したトンボはゆっくりと金貨の海を踏みしめていく。

 

 山脈のように連なる金貨の山、それらに埋もれる工芸品の数も計り知れない。足元に転がる七色の聖杯や、ミスリルで出来た芸術品の鎖帷子(くさりかたびら)などを足で払いながら奥へ奥へと進む。

 もしその背中を見たものがいたのならば問わずにはいられないだろう。何処へ行くのか、と。ゲームゆえ、背中越しに垣間見えるその表情は変わりはしない。だが表情だけが感情を表すものではないと、トンボの背は語っていた。

 この地にいれば(いや)(おう)にも思い出す。仲間達の思い出。ドラゴンについて語った日々。――もう戻らない、あの日々を。

 

 ――最後の日を独りで過ごそうと思った。それは瀬戸際まで気丈に振舞える自信がなかったから。

 

 それを証明するかのように、彼の背には哀愁の念が揺蕩(たゆた)っていた。

 

 

 

 




どうでしたでしょうか?
やや描写がくどいかなと思いましたが、一度指が動いたら削るほうが難しく……。
削れそうな場所があれば、指摘ください。一考のうえ修正いたします。出来るだけ読みやすい文章にしたいと思っていますので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。