ドラゴンは孤島にて独り   作:ささのみ

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ひええ、今週で二話投稿する予定だったのに……。一気に七人重要な新キャラだすんじゃなかった……。
書いてて思ったんですが、これじゃあほとんど一次創作ですね。とほほ。


会議

 大聖堂最大の塔の先で、白い尾を力無く垂らしながら周囲を見渡す影が一つ。闇夜の中、辺りをしきりに見回している。人間ならば何も見えないに違いないが、闇視(ダークヴィジョン)の効果を持った者ならば真昼のごとくはっきりと見えている。影が一つ、眉をしかめながら独り言ちた。

 

「海? 海なのかこれ? 海だとしたら山脈は島になってるのか? ……そんな映画あったな。恐竜のテーマパークだけど」

 

 また()きの知識を思い浮かべながら、トンボはもう一周ぐるりと見回した。海しかない。小島や大陸といったものは、種族的に強化されている視野の中にも見当たらない。耳を澄ませば波の音が聞こえてくるが、それ以外は至って静かなものだ。騒ぎ立てても良さそうなものなのに。

 

 自身に降りかかった理不尽には胃を痛めていたトンボだが、山脈を襲った理不尽には素直に怒りを感じていた。ユグドラシルで作った理想につまらぬちょっかいを挟まれたのだ。自然の美しい絵画に、前衛的で原色カラフルな額縁をはめ込まれたような気分だ。少なくともそれはトンボの嫌いとするものだった。

 

「ああもう、一々付き合ってたら駄目だ。このあと会議もあるっていうのに……。今、新たに分かる事は此処が孤島になっちまったってことぐらいか。はぁ……」

 

 おお神様、貴様は何て下らないことを考えているのだ? トンボの神官らしからぬ問いに答えてくれるものは誰もいない。

 

 トンボはしかめっ面で手元に一冊の書物を取り出し、それを眺めた。羊皮紙で出来た灰色の書物には、エレボール山脈のNPCの情報が多数掲載されている。内容はさながら小説家の書いた設定集のようなものだ。それもそのはず、これは設定魔と小説家が共謀して書き上げたもので、小説風味で地名やNPCのことが書かれている。たしか著者は「吟遊詩人っぽい物語風にしたぜ」と言っていた。結局意味は分からず仕舞いだったが。

 

 あと三十分。三十分後にクリアランスの最も高いNPC達がやってくる。彼らはNPCの中でも、「ドラゴンという種族縛りを守った上で多くのメンバーに傑作と認められた」存在だ。作品としてだがこの書物にも多めにページが割り振られている。迫り来る時間の中、必死に読み込んでいくうちに冷や汗が流れる。もし知らずに会っていればどんな醜態を晒したのか、また今から会う者達の性格は御しきれるのかものなのかという不安、そういった類の冷や汗だ。ドラゴンゆえ、目に見えるほどの汗の量ではないが、トンボだけは焦燥を深く実感していた。

 

「時間か……」

 

 トンボは本を閉じ、覚悟を決めて指輪の力を起動させる。指輪便利だな、と現実逃避を挟みながら。

 

 転移した場所は見慣れた会議室の一つであるインディゴの間だ。間接照明をふんだんに使った青をベースとした部屋で、雰囲気に合った十個のイスとテーブルが置かれている。なんでも古典的な未来感ある会議室をイメージして造られたらしい。かつては企画事の説明会に使われており、似たような造りのものが色の名前で区別され、計十三個あるはずだ。かくいうトンボも、ギルド襲撃作戦、ワールドアイテム強奪作戦、大森林製作委員会、などで利用していた。

 

 インディゴという深い青色を選択した理由はトンボの個人的な好みでしかない。名前がカッコイイからだ。しかし色というものは精神に影響を及ぼすこともあり、少し緊張しているトンボの精神にインディゴブルーは良い方向で働いていた。当人すら気づかないほどの小さな僥倖である。

 

 落ち着いた視線で部屋を見渡すと、入り口の横でディーラが控えていた。目を合わしただけで深々とお辞儀される。トンボは自分が座る予定の椅子の隣を引き、座るように促す。小賢しいが咄嗟に頼れる人物を横に置いておきたかった。しかしディーラは引かれた椅子を見ると、畏まりながらも抗議した。

 

「トンボ様、私はクリアランス4です。クリアランス5の方々と同じように卓を囲むのは、頂の御方達への敬意が欠ける行為に思えます。私は後ろで立っていたほうがよろしいのではないでしょうか?」

「いや、いいんだ。今回の異変は出来るだけ多くの者に知ってもらう必要がある。それに今回の趣旨は会議をすること。今回はメンバーを限定したが、今後は各地の代表にも参加してもらうつもりだ。一人席を外させたらいずれは例外が増えてしまう。……その導入的な意味合いとしても座ってもらいたいんだ」

 

 咄嗟のセリフではあったが、本心だった。山の勢力図を纏めるためにも、最終的には上位に設定された者すべてと話す必要がある。NPCの総数を考えると胃の痛くなる話だが、身の安全を考えるならば必要不可欠なことだ。愛しい理想郷で暗殺されるのだけは避けたい。

 

「身に余る光栄。そこまで仰るなら、座らせていただきます」

「よろしく。ディーラ」

 

 トンボがそう言うと、ディーラは肩と声を震わせながら「ありがとうございます」とだけ言い、トンボの隣席に座った。自分だけ立ったままなのも悪いと思い、ほんの少し豪華な企画者用の椅子に座る。しばらくもしないうちに、トントン、と扉を叩く音がした。トンボは「入ってくれ」と言った後に、自己嫌悪に陥る。俺は何様だ、と。

 

 入ってきたのは、目に掛からない程度に長いミディアムの黒髪で背の高い女性だった。モデルかと思うような整った顔立ちとスタイルだが、黒のローブを羽織っており肌の露出は控えめだ。知性と好奇心の溢れた自信家の顔は、命を吹き込まれたことでより顕著になっていた。正直に言うと、トンボのタイプにドンピシャであった。

 

 彼女こそが、エレボール山脈の魔法最強。名をデイヴァロン・ディアソート。魔道竜王(アストラルマギ・ドラゴンロード)の系譜を組む、ドラゴン主義者。魔法とドラゴンを研究する学者だったはずだ。デイヴァロンはトンボを見ると深々とお辞儀をし、深い知性を感じるも柔らかな声で敬意を示す。

 

「魔法学堂管理補佐、デイヴァロン・ディアソート。御方からの命により、不肖の身ながら馳せ参じました」

「よく来てくれたなデイヴァ。君のような見聞の広い者が来てくれたのは嬉しいよ。好きな席に座るといい」

「そんなご謙遜を! 私達の始祖であり、頂の御方であるトンボ様の召集に応じないなどあり得ません!」

「お、おう。そうか。それはありがたい」

 

 書物ではもう少しお堅い印象だったんだけどな。トンボがそんな事を思っていると、デイヴァがまるで当然のように隣に座ってくる。普通両脇が空いている席から埋まるんじゃないのか。そんな焦燥も無視し、デイヴァはにこやかにトンボに微笑みかける。トンボはほぼ初対面の美女にいきなり好意的に迫られてビビらない男ではない。反射的に視線を下に泳がす。ローブの合間から、デイヴァの綺麗な肌色を覗かせていた。ヤバいと思い、出来るだけ自然にすぐさま視線を上げるも。

 

「こちらにご興味がおありですか?」

 

 デイヴァの、調子近距離から放たれる甘い声と上目遣いが炸裂した。トンボにはクリティカルヒットだ。狼狽と誘惑に負けそうな精神を必死に押さえ込むが、声を出すほどの余裕はない。首より下は幾分か冷静だったため、掌をデイヴァの頭に置いて、ポンポンと撫でるようにするので精一杯だった。横からディーラの助け舟――ではない声が上がる。

 

「デイヴァ、トンボ様にそんな即興の誘惑が通じるはずありませんよ」

「何を言うかと思えば……。私はただ構いませんと言ったまで。売り込むようなマネではないわ」

「まぁ、あんなに甘えた声を出しながら。よく言えるものですね」

「……ねぇ、なんのつもり? 長蟲(ワーム)風情の割に雄弁なようだけれど――」

 

 ワームという単語を聞いたトンボは、これ以上は喧嘩の元になると判断し、仲裁に入る。

 

「よせ。じゃれあうために設けた席じゃないぞ。それにデイヴァ。ディーラはドラゴンではないが山を守護する大事な仲間。そのような弁は控えてくれ」

「も、もうしわけございません……」

 

 トンボも人種差別、もとい種族差別は勘弁だ。普段なら煽り立てる側のトンボでも上位者として振るわなくてはならない。一生演技するのは流石に無理だが、この会議中はそう振舞おうと決意する。一度そうしようと決めたら幾分か気が楽になった。トンボに賢者のような余裕ある心持ちが生まれる。開き直りとも言えるが。

 

 どっしりと椅子に座り、流れに身を任せようとしたトンボに次なる刺客が現れる。トントン、と控えめな扉の音と供に中に素早く入ってくる者が一人。入ってきた者は大声で自己表明する。

 

「ワイバーン斥候(せっこう)隊隊長。ウカミ・フォバットギア! ただいま参上いたしました!」

 

 大きく挙手しながら入ってくる少女は異様に小さい。身長は百二十センチちょっとしかない。小さなシルエットによく似合った子供らしい表情が、過保護な大人達の庇護欲を刺激することだろう。ただ、蒼の瞳と銀交じりの黒髪、そしてそれらによく似合う白い肌のみは、幼さよりもどこか人形のような印象を受ける。彼女の服装は軽装で、フード付きの盗賊服のようなもの。その服はデイヴァとは別の方向で露出は少なく、デイヴァの服が露出を減らすような作りなのに対し、ウカミのは砂漠に出ても機能するような作りである。より実用的な装備だ。

 

 トンボは既知の姿であることに安堵しつつ、着席を勧める。

 

「ようこそウカミ。好きな席に座るといい」

「ウカミ、こっちこっち。私の隣に座らない?」

 

 またディーラとの対立を煽るのかとデイヴァのほうを見たが、その表情はゆるく崩れていた。どうにも高尚な理由ではなくただの好意からのようだ。ウカミがデイヴァの隣に座るのを見てから、トンボはウカミに話しかける。

 

「ウカミ、警備体制は最低限維持できているか? 周囲が海になっているのは分かっていると思うんだが、一応な」

「はい! ウカミよりかは弱っちいですが、優秀な飛竜を警備に担当させています。すぐに対空部隊に連絡できるようにしてますよ」

「なるほど、問題なさそうだな」

「ウカミは優秀ねー。ドラゴンの誇りだわぁー」

 

 くしゃくしゃとウカミの頭を撫でるデイヴァは満面の笑みと言って差し支えないほどだ。「ドラゴンという種族に誇りある」という設定はこんな形になるのか。予想外にほどがある。静かに唾を飲むトンボだった。美女が美少女を笑顔でなでなでするという、微笑ましい光景に目を細めながら見ているとウカミが思いついたように声を上げる。

 

「あっ、三人ほど近寄ってきますよ。火山側の三人かな、と思います!」

 

 その言葉にトンボは書物に書かれていたことを思い出す。ウカミは非常に優秀な斥候としてデザインされた100レベルNPCだ。戦闘力こそ60レベル程度しかないが、危機探知能力、隠密行動能力、逃走能力、索敵能力、飛行能力などに非常に長けている。仮に戦闘が始まっても必ず情報を持って山に報せられるように、十二分な能力が振られている。今はどうか知らないが、山脈周囲を飛び回るようにAIが組み込まれており、プレイヤーを発見次第会話ロゴに敵襲を報せるメッセージを送るように設計されていた。

 

 その時の名残だろうか、とトンボは考察していると、予期されたとおりに扉が開かれた。向こう側にいた三人は談笑しながら中に入ってくる。赤髪褐色で皮鎧を着た女性、金髪の白ローブを纏う女性、痩せ型で壮年(そうねん)風の男性。扉を開けた赤髪の女性が歩を止めず、振り向きながら、言う。

 

「ほーら、あたしの言うとおりやっぱりこっちじゃん。第一、インディアンレッドの間なんてないしさ」

「うーん。わたくしにはそう聞こえましたが……。確かに耳に入ったものより長すぎた気もしますね。ガーライさん、こっちですよー」

 

 女性陣の会話に挟むように、彼女達の後方から耳に残る渋い声が響く。

 

「分かっているよ。この俺を誰だと――ほら、二人とも、御前だぞ。しゃきっとしよう、しゃきっと」

 

 気づいた順に礼をした三人を見ながらトンボは嬉しい誤算に微笑みそうになる。正直、ここまで集まるとは思っていなかった。何人かは欠けるだろうと考えていたのだ。特に男性――ガーライ・ゾイジャックは来ないだろうなと思っていた。カルマ値最悪かつAI最高峰なガーライこそ、裏切り筆頭だな。とすら警戒していたほど。

 

 渓谷を通り過ぎた侵入者を、大聖堂への階段で挟み撃ちにするために造られたNPC、ガーライ・ゾイジャック。アンデットや耐久の高いドラゴンを率いて敵の背後を取るという、中々にえげつない戦法から分かるとおり、ガーライのカルマ値は最低値。通常のAIではアンデットを率いるなどは不可能で、難解かつ長々としたAIによって作戦の実行を可能とした。製作時にはプログラムを作れるメンバーが総動員するほどの盛り上がりを見せたNPCだ。

 AI重視だったため性格などの設定は後付けではあった。その性能に引っ張られるように決まった設定は、邪悪で賢く、嗜虐心あふれる悪性そのものと呼べるようなドラゴン。ドラゴン特有の強欲さと高慢さをも兼ね揃えた、まさに邪悪という設定だった。

 

 深々と礼をするガーライに、トンボは敬意を表した。自分の警戒心を恥じらい、今までと違って礼を返すという姿勢が出てくるほどに。

 

「よく足を運んでくれた。マルタ、トリュシラ、ガーライ。わざわざ召集に応じてくれたことに深く感謝するぞ、皆の衆」

 

 皆の衆なんて生まれて初めて言ったぞ、などと思いながらトンボは鷹揚に頷く。映画やテレビで見た光景をフラッシュバック気味に思い出しながら、トレースするので精一杯だ。そんな限界の近いトンボの前に、三人は臣下の礼を取る。片膝をつき頭を垂れる姿勢、生まれて始めて見る光景だった。

 

 え、なにこれは。声には出ない驚愕がトンボを包み、フラッシュバックが走馬灯レベルまで加速する。幼少期に見た西部劇あたりまで飛んでいた意識は、ガーライの言葉でなんとか戻ってきた。

 

「はっ! 感謝の言葉、ありがたき幸せ。ですが我々はみなラオ・ロンシィの御方に造られた存在。貢献と奉仕こそが義務にして生き甲斐です。そのような謙遜は我々には身に余りましょう。どうか我々を好きなようにお使いください」

 

 椅子に座っている女子三人も、深く頷いているのを確認したトンボは、キリキリする胃痛を「断腸の思いとはこういうことか?」などと勘違いする。トンボはリーダー役をすることは嫌いでもなく、うまくこなせる自信はあるが、ボスの立場など人生で一切経験したことがない。会社で部下に命令するときでさえも可能かどうか逐一聞くような性格だ。そのせいで役職のわりに仕事が多かったほどなのに。わき腹を抑えたい衝動を抑え、トンボは深すぎる敬意に答える。

 

「そ、そうか。……だが君達はこの山脈とドラゴンという種を守護するために生み出された存在だ。もう少し我が侭になってもいいと思うんだがな」

 

 ギルドメンバーを振り回したトンボの心からの感想だった。というよりもトンボの我が侭はノリに近く、戦闘職の仲間達が飽きないようにするためにやっていたところもある。ギルド襲撃なども基本的に志願形式だったし、抗議があったら計画を大きく見直すなんてザラだった。強行することはまず無かった。それは皆ノリが良かったからかもしれないが、トンボもそうあろうと務めていたのは事実だ。仲間の為の我が侭。そういうものをしていいと思う。尽くされは子供の役割で、尽くすは親の仕事だ。トンボは自分を子供とは思わない。

 

「ともかく、席に座ってくれ。まだ来ていないのは……オルドルとボフマンだな」

「あ、二人なら扉の前にいますよ!」

 

 ウカミが手を上げながら言う。その言葉に卓を囲む何人かが首を傾げる。まず声を上げたのはマルタだった。頬に手を当て首を傾げ、おっとりとした母性あふれる声で。

 

「何をしているのでしょう? もしかして部屋が分からないんでしょうか?」

「いやいや、あんたじゃないんだからさ。あたしは開き戸だと思ってるに一票で」

「それこそありえないわよ。どっちが先に入るかで揉めてるんじゃないの? ほら、オルドルは見栄っ張りだから」

「私が見てきましょうか? 一応、此処のシスターですので」

 

 ウカミを除いた女子四人がわいわいと話している間に、ガーライがゆっくり扉に近付き、勢いよく、しかし音もなく開けた。その行為には巧妙な技術があり、更に容赦の無さと用意周到さがあり、ああやっぱカルマ値-500だわ、とトンボに思わせるのには十分だった。

 

 開けられた扉に気づかない二人、オルドルとボフマンの会話はどうやら架橋を迎えていたらしい。茶髪で鎧を着た青年、オルドルが声を荒げる。

 

「だから! ちょっとした芝居に協力してくれって言ってるじゃないか! 僕の造物主にちょっとぐらい良い格好させてくれよ! ちょっと扉を開けて僕が堂々と入るまでドアノブを握るだけじゃないか!」

「そんなことをしたらわしら土着竜が格下に思われてもおかしくないじゃろう。なんでこんな会議の場でそんなことしないといけないんじゃ。わしにだって守りたいメンツぐらいあるんじゃ!」

「いいだろ、友達じゃないか僕達。ここまでだって一緒に歩いてきたじゃないか」

「友達とは初耳じゃな。いつから友達になったつもりじゃ?」

「階段上がる頃には友達っぽい雰囲気だったろ?」

「冗談も大概にしてくれ……」

 

 室内にいた者は全員眉をひそめた。何しているんだこいつら。滑稽ではあるが、その場の全員の意識が初めて一致した瞬間である。特にトンボは眉間に指を当てる有様だった。なにせ自分の作ったNPCが、ものすごく馬鹿そうな会話の原因だったのだから。しかしまだオルドルは気づかない。語りに熱が入ったのか、身振りまで大げさになっている。ボフマンはこちらに気づいたようで、立派な髭が地面に着きそうなほど深く礼をした。

 

「なあ頼むって。クールな登場の仕方して、こう、なんというか、ちょっとした孝行したいんだよ。いや口にすると恥ずかしいな。まあ、一生のお願いだ。まだ集合までちょっと時間があるしさー。早くしないと他の人も来ちゃうかもしれないしさー」

「…………いや、どうやらわし達が一番最後のようじゃな。ほれ見ろ、さっさと言い訳の一つでも考えておくんじゃな」

「は?」

 

 トンボを見たオルドルは見る見るうちに顔を青ざめ、ついに耐えかねたようにその場に伏した。両膝と額を床に付け、まさしく平伏した。背丈の高い者がやっているため、分かりづらいがそれは土下座だった。

 

「も、申し訳ございませんトンボ様! これほどの痴態をお見せしてしまい、トンボ様に取り返しのつかないご迷惑を! この愚者、死んで詫びる所存であります!」

「よ、よせよせ! 死ぬな死ぬな! 落ち着け! 謝罪するのは俺ではなくボフマンにしろ。それで今のは忘れよう。それでいいか皆の衆」

 

 部屋にいる全員が苦笑いを浮かべながら――ガーライだけは満面の笑みだが――頷き、オルドルがボフマンに直角に近い角度の礼で侘び、なんとかその場は収まった。

 

 こうして会議室にすべてのメンバーが揃った。トンボが来てからたった十分もしない間の出来事である。

 

 

 

 長く、精神を摩耗する道のりだったが、トンボはようやく会議を始めれそうだった。初期の想定より何段階か繰り下げられた第一関門を、ようやく突破した安堵感に包まれる。全員が席に着き静まり返ったところで、トンボは進行役として語りだす。

 

「今回は俺の呼びかけに集まってくれてありがとう。クリアランス5が一人も欠けることなく集合してくれたことは、素直に嬉しいことだ。――さて今回召集をかけた理由だが、俺達がまったく別の場所に転移されたことだ。此処に来るまでの道中で皆見たと思うが、ここは海洋に囲まれた孤島になってしまっている」

 

 トンボの言葉に全員の表情が引き締まる。特に海については表情に怒りを表す者が多くいるほどだ。トンボは自分と同じような感情を持ってくれて、何処か嬉しくもあった。

 

「更に問題なのは、俺がログアウト……もとい、故郷への帰還が出来ないことだ。そう気にしなくてもいいかもしれないが、このままの状態だと俺の体に悪影響が及ぼされる可能性もある。少なくともラオの仲間達の帰還は、そうそう望めないだろう」

 

 サービスが終了したのだから、やってくるわけもない。そんな事をぼうっと思うも、マルタの表情がすーっと青ざめるのを見たトンボは軽率な発言を後悔した。マルタを作ったのはクロウンモだ。創造主に対する思い入れが強いのは、さっきのオルドルで知っていたのに。罪悪感がトンボの心を苛む。トンボの次に頻繁にログインするクロウンモと会えなくなってしまった可能性を考えるのが恐ろしいのか、マルタは俯き、震えだした。

 

「……マルタ。そう恐れるな。クロウンモさんはつい二時間前までユグドラシル内で活動していた。もしかしたらこちらにも来ているかもしれない。そうとも。この世界の広さ、どの程度の規模の転移なのか、それが分からないうちは絶望するのはまだ早い!」

 

 自然と語気が強くなるのを、トンボは実感していた。仲間達がいるかもしれない。マルタを慰めるために言った言葉は、孤独を感じている自分をも鼓舞する言葉だった。

 

「今回の会議の議題は、――この異変の調査、そして仲間達の捜索だ。この世界は一面海に包まれているのか? 大陸は存在するのか? そこに仲間達はいるのか? 俺達は依然最強種族なのか? 他に転移してきた勢力はあるのか? それらは幾つあるのか? あらゆることを調査しなくてはならない。では全員に問う。この異変が始まってから何か前兆のようなもの、もしくはかつてとの相違点を発見したものはいるか?」

 

 何人かが顔を見合わせ、全員が首を横に振るのを確認すると、デイヴァが代表して「前兆を確認したものはおらず、しかし相違点もございません」と言う。想定した答えだった。

 NPCの変化を知るのは俺だけか、と内心で呟くトンボだったが、相違点は少ないほうがずっといい。あらかじめ考えていた幾つもの議題のうち、最重要とも言える次の議題に移る。

 

「次にこのエレボール山脈の警備に関することだ。視認できる限り周辺に勢力は存在しないようだが、全盛期と同等の警戒態勢を敷くべきだと思う。この世界の強さの平均が分からないうちは最大限警戒するべきだ。馬鹿馬鹿しい話だが、もしかしたら渡り鳥に山脈を壊されるほどかもしれんからな。さて、このことについて何か意見のある者はいるか?」

 

 トンボは席を囲む者達を見る。彼らは目で会話するように仲間達へ視線を泳がせる。席を囲んでいるほぼすべての人間が意見を思いつかなかったようだ。そんな中一人だけ、ガーライが厳かに手を挙げた。

 

「では俺が」

「発言を許そう。ガーライ」

 

 トンボに一例し、気品溢れる声で意見を述べる。

 

「山脈の警備を全盛期と同等と仰りましたが、現在我らは海に囲まれています。ならば空の警戒より海への警戒を進めたほうがよろしいかと。水竜と水生のシモベを動員し、周囲の探索および警戒に当たらせるのはどうでしょう?」

「空よりも海……なるほど、ガーライの言うとおりだ。水竜は……この場にはいないな。専門家として……デイヴァ。水竜は海水での活動は可能か?」

 

 デイヴァが少し考えるような仕草の後、答える。

 

「可能です。ただ水竜の多くは深海へ潜ることには適しません。警備を水竜、探索を水生のシモベなら十分な働きが出来ましょう」

「よし、ではより多めに斥候隊に空からの探索をさせようか。ウカミ、周囲に島や大陸は見えないがどの程度の航続距離が可能だ?」

 

 ウカミはその時初めて子供に似合わない真剣な表情をし、ぶつぶつと数字を呟く。ほんの数秒で計算が終わったのか、表情を柔らくし、答える。

 

天眼竜(アイアゲート・ワイバーン)に限れば平均時速八十キロで五日間の継続飛行が可能です。ウカミならその倍の速度が出せます。帰還のことも考えると三日間の捜索が限界ですが、直線距離にして三八四〇キロメートル! 十分な探索が可能だと思います!」

 

 数が膨大すぎて距離感がつかめない。トンボは心の内で疑問符を浮かべるが、周囲の表情はウカミを褒めるような雰囲気だったので、トンボは周りの流れに乗っかることにした。

 

「流石だな。それだけの距離ならばなんら問題は無いだろう。……一応、ウカミにも探索に入ってもらおうか。八方向への調査だ。ウカミ以外の方角にはツーマンセルのチームを組ませること。何か意見は?」

 

 三秒ほどの沈黙の後、デイヴァがその場で礼をしながら返答する。どうやら会議の形式は固まってきたようだ。

 

「…………私達に意見はございません、トンボ様のお望みのままに」

「よし、次に拠点内の資源に関することだ。ユグドラシル時代だったら鉱山の資源は日を跨けば回復していたがこちらでもそうなのか? それを確かめる必要がある。その件には土着竜王(インディジェネス・ドラゴンロード)に任せたい。構わないなボフマン?」

 

 長い髭の生えた肥満気味な、ドワーフに見えなくもない男が胸と腹を張り、大きな声で宣言する。

 

「このボフマン・クラフトロード。その任、承りました! 頂の御方に満足する結果を報告すること、誓いましょう!」

「よし、任せたぞボフマン。事の次第によってはこの山脈の外から資源を探さなければならないかもしれない。その時は外界に派遣することもある。頼めるか?」

「もちろんでございます! わしらにすべてお任せください!」

 

 大丈夫かと内心思いつつも、別にボフマンは悪い事をしていないのを思い出す。事の元凶だったオルドルのほうを見遣る。視線に気がついたのか背筋を伸ばし、恐縮している。

 

「オルドルには、……いつもどおりの警備を任せよう。一番広い地域だしな」

「はっ! お任せください」

 

 それだけでオルドルの会議は終了した。次はディーノ。大聖堂の巡回と最終防衛機能を持つNPCであるため、使い道は多くある。しかし今必要なのはたった一つ。

 

「ディーノ、君には大聖堂内でギルドメンバーの痕跡がないか探してもらいたい。もし身に覚えのない存在がいたら傷つけないように捕縛しろ。レベル的に捕縛が無理なら、客として扱え。同郷の者の可能性もある」

「はっ、承りました。シスターも動員しましょう」

「五獣の使用も認める。……いや黄龍には対空を警戒させろ。他の四人に限る」

「了解いたしました」

 

 次はガーライとマルタだ。マルタはどこか抜けているとこもあるが山脈内でも最高峰の知能を持つNPC、という設定だったはずだ。ガーライのことは信頼してもいいがカルマ値が最低値のため、どんな事が起きるか分からない。対極に位置するカルマ値最高のマルタと組ませて内政に当たらせるのがいいだろう。

 

「ガーライ、マルタ。君達にはこの大山脈の内政に該当するものを託したい。山脈は九割程度自給自足が成り立っていたが、孤島となった今そうとも限らない。この大任は二人に任せ正確を期したい。二人の意見に相違点が見つかれば俺に報告するように」

『はっ! お望みのままに』

「よし、まずは食糧問題、次に金銭(ゴールド)の収入と支出、その他思い至った点に当たれ」

 

 未だ役割の与えられていない赤髪のトリュシラが、心配そうにこちらを見る。トリュシラは山脈内で最高の戦闘力を持つNPCだ。そのため役割は、単純かつ明瞭。

 

「トリュシラ。君は開発されていない地区、家畜の平原などに軍を用いて現地を監視させろ。世界の変わった今、地中から来る敵もあり得る。古代、それで滅びた街がいくつもあるほどにな。ウカミの飛竜(ワイバーン)とガーライの渓谷からアンデットを用いろ。疲労のないアンデットなら場を埋めるには最適だろう。この案に係わる三者、何か意見は?」

 

 渋い声が賛美の言葉を送る。それに、ウカミ、トリュシラが続く。

 

「まさに最適案かと思われます」

「私のところは構いません! あまり多くは貸せませんけど!」

「このトリュシラ、完全なる防衛をお約束しましょう」

 

 不服がないのを確認し、おおよそのことは決まった。

 

 さて、あとはデイヴァだけだ。妙案を思いついたのはいいが、いざ口に出すのは躊躇われる。中々言い出せないトンボを、不安そうで真摯な瞳でデイヴァは見つめる。そこには純真な色があり、それを見たトンボは覚悟を決める。セクハラじゃないからね、と思いながら。

 

「デイヴァには、しばらく俺と行動を供にしてもらいたい。というよりも、俺がデイヴァと行動を供にする。ドラゴンと魔法についての知識を蓄えるのと、この世界の特異な法則性を見つけるのが目的だ。不必要だと思うが護衛の意味合いもある」

 

 意識の差を観測するためにも重要なことだ。デイヴァは特にドラゴン兼魔法の研究者。デザイン的には教授だ。教えを請うには最適な人選、もとい竜選だろう。

 デイヴァは驚いたように目を大きく見開き、微笑んだのち深々と礼をする。

 

「はい。トンボ様に恥じない働きをお約束します。必ずやご満足させてみせましょう」

 

 その後の上目遣いはまたもやトンボに炸裂した。しかし先ほどと違い、不意打ちではないのでまだ耐えることが出来た。色々な種類の冷や汗を押さえながら、解散の言葉を言う。

 

「俺の会議の案はこれで終了だ。他に何か案のある者。…………いないな。では、今から七時間後に各員作戦を開始すること。それまで休憩、準備を進めよ。以上だ」

 

 指輪の力で会議室から脱出し、大聖堂の最も高い塔、その天辺(てっぺん)に転移する。視線を上へ移動させるとそこには満天の星空が広がり、トンボの心を癒すには十分だった。

 

「はあ、頑張った……。頑張ったよ、俺」

 

 明日にはきっと青空を見ることもできるだろう。それを見て癒しを得よう。なんと貴重で掛け替えの無い経験だろうか。そう思うも、心のうちには不安が燻り、満たされない。異物が入り込んだような違和感があった。

 

 ドラゴン達は、ラオ・ロンシィを上位者と見てくれている。それは間違いない。そこに不安は無い。ではこの不安は何だろうか。トンボは不安の正体を考える。

 

 その時、ふと思い出されたものは、曇った空とドームの中に住む人々、そんな中でも笑っていた人達。両親や妹の顔。古い友人達。

 

 トンボはなにも、日本の家族や友人に会うためだけに、この世界を捨てたいとは思わない。現実世界でも家族を(かえり)みないでゲームに明け暮れたようなトンボらしい発想だろう。しかしそれでも望郷の気持ちは消えず、あの人類終末期の地球が遠く懐かしい。

 

「なんなんだろうな。…………寂しいのかな」

 

 幸いなことに、この弱音を聞いたものは誰もいなかった。




一言キャラ紹介

デイヴァロン・ディアソート
  ドラゴン主義の美人ちゃん。嗜虐心とかは別に無いよ。魔導竜。
ウカミ・フォバットギア
  斥候役のロリ。カルマ値は低い。バカだけど有能。天眼竜。
マルタ・ホットライン
  聖女。金髪。まったり系。設定に落とし穴あり。神聖竜。
ガーライ・ゾイジャック
  めっちゃ賢い超ド級のゲス。邪悪の塊。感情豊か。暗黒竜。
トリュシラ・デルバルド
  アタシ系お姉さん。褐色赤髪。戦士。紅蓮竜。
オルドル・ファインライズ
  トンボ製作。拠点防衛の重要人物。間抜け。結晶竜。
ボフマン・クラフトロード
  ドワーフっぽい。生産職。一番まとも。土着竜。
ディーラ(名字なし)
  手足のある長蟲。一応100レベル。竜じゃないからクリアランス4。
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