前まで海軍軍備拡張計画について述べていましてが、運営により非公開にされてしまいました。
確かに小説とか言っときながら論文が5回も続けば、何だこれはたまげたなぁとなるのは仕方ない事です。しかし、リアルな戦後海軍を書く時にいきなり本文を書き始めると、ただの奇想天外な架空戦記になってしまいます。(結局は本文も架空戦記なんですけどね。)なので、旧海軍がどんな構想を考えていたのかなというのも考えたかったんですけど、あまりに回りくどかったですかね。
という訳で二人の対談方式で話を続けた後、空想に入りろうかなと思います。
わざわざ前回読んで下さった方には大変ご迷惑をおかけしました。
再開
1960年冬、安保問題で日本中が揺れる中、アメリカ海軍や海上自衛隊の艦船がところ狭しと並ぶ横須賀は静かであった。今では公園になっている国鉄横須賀駅前もまだドックが並んでいる時代、とても綺麗とは言えない岸壁に二人の男がいた。壮年期であるのにも関わらず、背筋が伸びた姿はまだ戦争の記憶が残る一般の住民でも元軍人と分かるだろう。外見通り、二人は帝国海軍の軍人として戦争を戦った。とは言え、二人は人事畑など、裏方をしていたので実際に艦隊を率いていた訳ではない。いわゆる赤レンガ組士官である。だが、山本さん、長沢と呼び合う二人は戦時中よりむしろ戦後の日本の防衛に深く関わっている。
年上の山本善雄は海軍兵学校47期であり、元海軍少将である。海上自衛隊の前身である海上警備隊の創設を検討したY委員会の主席委員であった。その隣りは長沢浩。海軍兵学校49期で元大佐。二年前までは帝国海軍の軍令部総長にあたる第二代海上幕僚長であった。そんな二人が再会したのはとある企画のためである。 山本は戦前に軍令の仕事をしていたが戦後Y委員会の主席を務める程、国の防衛体制を憂いていた。あれだけ自信を持って作り上げた大艦隊と考え拔かれたはずの作戦は目まぐるしく状況が変わる戦争では役に立たず、亡国の危機にまで陥ってしまった。そこで帝国海軍のドクトリンの転換期である二大軍縮条約後の建造計画について再研究しようと考えたのだ。そこで、海上自衛隊の実質の創始者とも言える長沢を誘って検討してみる事にした。とは言え二人が会うのは海上保安隊創設以来である。積もる話もあるだろうと横須賀で待ち合わせたのだった。
「いやー、自衛隊もかなり大きくなったものだな。」
「ええ、最初はパトロール艇程度でしたが、今では護衛艦で艦隊を組める程になりました。」
「駆逐艦だけだと水雷戦隊にしか見えないがな」
「大型の戦艦や巡洋艦の時代は終わりましたから、各国の海軍と比べてもそんなに遜色ないですよ。」
「その巡洋艦に当たる誘導弾を搭載した護衛艦の建造も決まったんだろう?」
「ええ、最新のターターシステムを搭載した防空護衛艦です。アメリカでも最新の物ですからかなり強力な艦になるでしょう。」
「北の航空機が撃ち落とせるのか。」
「そうですね。それくらいの性能はあるかと。もちろん我々はアメリカ海軍の後ろにいますけどね。」
「その艦は大きいのか?」
「ええ、あきづき型をベースにした2600トン程の艦になる予定ですが、もう少し大型になるでしょう」
「では天龍くらいになるか」
「天龍…3500トンくらいでしたっけ。そうですね。あり得ます。」
「駆逐艦もデカくなったな。俺が若い頃に乗った時津風なんか1100トンしか無かったのに、戦時中には甲型や乙型のような駆逐艦がたくさんあった。」
「そうですね。その時代の時津風という事は陽炎型では無く初代の磯風型ですか?確かにあの頃と比べればそうですね。今だって大型化しています。駆逐艦と言えば高速で魚雷を撃つための艦でしたが、今では何でもこなす万能艦です。反対に大型であり、航続距離が長くて大型の砲を持つ巡洋艦も最後は針ネズミのように対空兵装を増やして主砲も駆逐艦と変わらない事が多かったですよ。」
「日本は最後まで15.2センチ砲だったがな」
「戦前のドクトリンで水雷戦隊の旗艦として作ったんですから仕方ないですよ。」
「分かってるさ。つまり貴様は駆逐艦と巡洋艦の境が曖昧になって来ていると言いたいんだろう?」
「ええ。将来的には軽巡天龍はもちろん阿賀野型くらいまでは大きくなるかも知れません。」
「そうか。そういえば、今年の始めに空母の建造を検討していると聞いたがどうなった?」
「空母と言ってもヘリ空母ですし、軽空母のような物ですよ?」
「いいじゃないか。俺たち元海軍の男ならブルーウォーターネイビーに憧れるんだよ。今のようにブラウンウォーターじゃなくてね。」
「分かりますけど大きな声で言ってはいけません。海上自衛隊は軍隊じゃないんですから。」
「そうだな、大事な所だ。」
「CVH-bはお蔵入りしそうな雰囲気です。」
「安保か?」
「ええ。今国会はそれどころではありません。陸自が特車を出そうかという所まで来ているようです」
「戦車か…。穏やかじゃないな。」
「ですから空母の保有はお預けです。それより旧海軍の資料の当てはあるのですか?」
「ああ。知人が保管していた物を借りたり、檜町の防衛庁から写しを貰えば何とかなるだろう」
「わかりました。では、防衛庁で資料を揃えて来ます」
「分かった。では」
久しぶりにしてはあっさりと二人は別れた。旧海軍での仕草がまだ残っているのかもしれない。だが、のちに重要な資料となる旧海軍の軍備研究会はこうして開かれたのだった。
二人は実在の人物ですが、実際にこのような研究会をしてませんし、資料にもなっていません。完全にフィクションとなります。