──魔法。
それは不可能を可能にする、自然の理に逆らうことの出来る業。
──少女。
それは一般的に十八歳未満の女性を指す。
──魔法少女。
それは上二つの要素を兼ね備えた、つまり魔法を扱うことの出来る少女。
逆説的に言ってしまえば、魔法少女とは二つある要素のどちらかが欠けていると成り立たなくなってしまう。
魔法が使えなくなる、なんてことはほとんどないだろう。となると、十八を超えて魔法少女ではなくなる人が大多数なはず。
ああ、時とはなんて残酷なのか。
「そう考えるとお前たちもあと四、五年で……」
「待って、なんで私たちを見て瞳を潤ませているの? 四、五年経ったらどうなるの!?」
「いや、いいんだ。お前たちが魔法少女だろうが魔法青年だろうが、俺はありのままのお前たちを受け入れてやる」
「話が通じていないっ!? フェイトちゃん、助けてっ!」
何故か噛み合わない俺となのはのやり取り。天才と凡人の思考回路は違うとよく言うが、なのはがそうだったのか。
助けを求められたテスタロッサは、これまた何故か涙目になって口を開いた。
「ミドリ、本当にありのままの私を受け入れてくれるの……?」
「んあ? おう、外面や肩書きなんて些細な問題だ。あとテスタロッサ、俺の名前ミドリじゃなくて翠な」
「ミドリ、ありがとう……」
「おい、なに泣いてんだよ……あと翠だって、俺もお前のことヘイトって呼ぶぞ」
「フェイトちゃんは翠くんにちゃんと合わせている。つまり私がおかしいの……? 次元が違い過ぎてなにがなんだかわかんないよ……」
トコトコと、学校までの道をなのはと途中で合流したテスタロッサを連れ立って進む。
えぐえぐと涙ぐむテスタロッサには驚いたが、まあなのはが背中をさすって落ち着かせているので放置しても構わないだろう。しっかしなんで泣いてるんだろう? 多感な時期だから下手には突けないし、同性のなのはがいて助かった。
──フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
小三の冬頃に転入してきた少女、なのはの親友。そして魔法使い。
どういうわけか俺のことをミドリと呼ぶわけだが、おそらくファーストコンタクトが手紙だったため翠の字が読めなかったのだろう。翠屋の翠と同じ字だし。ちょくちょく訂正してアキラと言わせようと試みたが、成果が出ないので半ば諦めている節もある。
「で、急にどうしたの?」
テスタロッサの方がひと段落つき、なのはが俺に問いを投げかけた。
どうしたってそりゃ。
「慣れちまったけど名前間違われたら訂正したくなるだろ?」
「いや、そっちじゃなくて」
そっちではない、となるとこっちか。
「いやさ、俺たちあと五年もすれば十八じゃん? そうなったら少年少女じゃなくなるわけ。一昨日の『私魔法少女なのっ!』って言ってたなのはがいなくなると考えるとこう、なんか込み上げるものが……」
「ちょっと、私自身がいなくなるみたいに言わないでくれないかな?」
「ばっかお前、昨日の自分はその時にしかいないんだよ。だから魔法少女も十八過ぎるともういなくなるんだ。あれ? そうなると俺は昨日のお前たちがいなくなったことにも何か感じないといけなくね? ああそっか、魔法少女という稀少な存在が感慨深くさせているのか……」
「私たち先にいくからねー? さ、フェイトちゃん行こ?」
「えぐっ、うん。遅刻しちゃ、ぐすっ、ダメだよミドリ」
「魔法少女……なんて恐ろしい存在なんだ……」
◇
「スライディングギリギリセーフっ!」
「アウトだから、もうお昼休みだから」
「おうなのは、聞いてくれよ。いつのまにかいなくなってたお前たちを追いかけようとしたらバイクに撥ねられてよー」
「えっ? その割にはピンピンしているけど、大丈夫なの?」
「いんや、血が出てたから病院行ってた」
「あっ、だからこんなに遅かったんだ……ホントに大丈夫? 一応帰って安静にしてた方がいいんじゃない?」
「え? 俺は大丈夫だよ。運転手の兄ちゃんが怪我してたから背負って病院行ってたんだよ。んで今さっき先生に報告したら泣いて怒られた」
「あ、そう……私たちも常識では計れない世界にいるけど、君も十分規格外だよね」
「褒めるなよ」
「褒めてないよ。私たち屋上でお昼食べるから出来るだけ早く来てね、フェイトちゃんとはやてちゃんもいる中でも一応話しておきたいから」
「あいよー」
そう言って、弁当袋を提げるなのはを見送る。
いやー、随分と登校が遅くなってしまった。まさか出会い頭にドーンだもんな。修理代とか請求されなければいいんだけど。
また遅刻かよー、という友人たちの声かけを軽く受け流し、机にカバンをかける。
さて、屋上に行きますか。
この前の反省を生かし、マフラーは外さない。あ、でも食いづらいから外す羽目になるかも。
まあその時に考えればいいやという精神でそのまま菓子パンが入った袋を持って屋上へと足を向けた。
「おっまたせー」
そう言うと共に、目的の地に足を踏み入れる。外に出たことにより、風にさらされる。思わず目をつむり、マフラーに顔を埋めてしまった。
うーさむ、とこぼし正面を見据えると仲良し五人組がレジャーシートを広げて弁当を広げているのが見える。
「こんな寒い中わざわざシート広げて食うなんて随分と物好きな連中だな、とは思いはするけれど口には決して出さない。何されるかわからないからな」
「口に出してるわよ」
「おっと失礼」
バニングスの指摘に慌てて口を噤む。まあ、なんやかんやで優しい連中だしギャグとして受け取って笑ってくれるっしょ。
「なんか一緒に飯食うのは久しぶりだな」
言いながらシートに腰を下ろした。
あとやめてよバニングス。無言でつねるなよ、痛いだろ。
「ふんっ、まあ中学に上がってからあんたは他の連中と一緒に食べることが多くなったからね」
「思春期男子には男一人、女沢山という状況は辛いのですよ」
やっぱ男といた方が気楽だし、とパンの封を開けながら付け加える。
そんな俺に、八神がでも、と繋いで口を開いた。
「みどりちゃんはそんなこと気にせーへんと思ってたわ」
「だからみどりじゃなくて翠だって言ってんだろヌッコロすぞ」
「フェイトちゃんと対応違い過ぎひんかな!?」
「はやてちゃん、お行儀が悪いよ」
「ミドリも、言い過ぎだよ」
「あーい。撥ねられた衝撃でパンが潰れて虫の居所が悪かったんだ、ごめんな」
「あー、うん。私もごめん……?」
月村とテスタロッサのお陰でなんとか険悪な雰囲気にはならなかったが、パンが潰れているのはショックだ。だってチョココロネだぜ? なかなかグロいことになってるもん。
「さて。このメンツが揃っているなかで俺は一つの問いを投げかけたい」
なんとか口周りを汚さずに食べ終え、二つ目に手をつけて俺は口を開いた。
ある程度予想していたのかなのは、テスタロッサ、八神は俺の方に耳を傾けている。
「ああ、一つだけだ。一つだけだとも。お前たちが管理局とかいう組織で魔法使いとして働いているとか、どこで魔法なんてものと関わったとか諸々の事情は正直どうでもいい」
「あ、あのー。翠くん……?」
「どしたなのは」
「私たちとしては一番説明しなくちゃ、って思ってた所をどうでもいいって言われてびっくりしてるんだけど……」
そうなの? と意味を言外に込めてテスタロッサと八神を見やると、二人ともコクリ、と頷いた。
や、びっくりされても。俺自身の問題じゃないし当人たちがそれでいいなら俺は気にしねーよ。
「まああれだよ。俺が聞きたいのはな」
一呼吸の溜め。そして言い放つ。
「どうして俺だけが今更知らされたってことだっ!」
「……」
「あの、そこでどうしてみんな黙っちゃうの?」
変なこと言ったのではないかと不安になってしまう。
「……つまり、みどりちゃんは仲間外れにされたことだけが気に入らなかったと?」
「おう、そういうことだライトちゃん。せめてちゃん付けだけはやめてくれ。で、なのは。そこんとこどうなの?」
なのはへと身を向けると、なにやら口ごもっている。
なにか言いづらい理由でもあるのだろうか。
「……てたの」
「え? なんだって?」
「忘れてたの! 説明するのを!」
わー、随分とマヌケな理由でハブられてたんだな俺。
「え、と。テスタロッサと八神は?」
「なのはがミドリに伝えていると思って」
「フェイトちゃんに同じく」
「ふむ」
ここ数日気になっていた疑問が氷解した瞬間だった。つまりは、
「犯人はお前だ、なのは」
「だって伝えてなかったとは思わないじゃん! 普通に会話に混じってくるし、魔法のこととかアドバイスくれることもあったし!」
「ハブられないようにって俺なりの涙ぐましい努力だよ! その結果ハブられていたとはなんとも皮肉なことだけどな!」
「自分でも馬鹿だと思うよ!? だから一昨日勇気を出して伝えたのに……! すっごい恥ずかしかったんだからっ!」
そしてその恥ずかしさからの赤面のせいで俺はもっと恥ずかしい勘違いをしてたんだけどねっ!
「まあなんだ。この件はお互いが悪かったってことで手打ちにしようか……」
「うん。これ以上は無駄に疲れるからね……」
さすが幼馴染。引き際は心得ている。
「はい、この話はこれにて終了。続いての議題はヘイトとライトちゃんが俺の名前をまともに覚えてくれない件についてだ」
「別にいいじゃない。アキラよりミドリの方が可愛いし」
「俺に可愛さを求めるなよバニングス」
「でも
「それは両親に言っておくれ月村」
チラッとテスタロッサと八神を見やる。テスタロッサは苦笑いを、八神は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「私はずっとミドリって呼んでたから今から変えるのはちょっと恥ずかしいかな……でも、ミドリが嫌なら私頑張ってアキラって呼ぶよ」
「いや、そんなことで頑張るくらいならいつも通り自然体でいてくれ。テスタロッサに悪気がないことくらい分かってるから」
「うん、私もずっとみどりちゃんって呼んでて今更感あるし、このままでええよね?」
「ライトちゃんは頑張ってちゃんを取ることから始めろ。テメーの場合悪意が丸見えなんだよ」
こいつらが魔法少女でもそうでなくても、俺たちの関係は変わらないのだろう。
こんな些細なことでバカなやり取りを繰り広げ、楽しく笑いあえる。
そんな日常がたまらなく愛おしい。
だから、彼女たちが魔法少女と告げられた今も、今後も、昔と変わらず接し続けよう。
そんなことを微笑ましそうに俺たちを見ているなのはを見て、思うのだった。