おかしい……。
「アキラ。あんた、ちょっと付き合いなさい」
机にぐてー、と身を投げ出しヒンヤリとした感触を楽しんでいるとやたらと高圧的な声がかかった。
無駄に疲れる体育の後の、俺の至福の一時を邪魔したのは一体どこのどいつだ、と視線を上げるとバニングスの姿が。
「バニングス、告白する時は場所を選んだほうがいいぞ。教室のど真ん中、しかもみんなの前でされた人のことを考えろ。恥ずかしさで死ねるから」
「なら屋上に行く?」
「やめてくれバニングス、それらのワードは俺に効く」
あの日のこと思い出すと恥ずかしさで死ねるから。
「で、なにに付き合えばいいんだ? 買い物か?」
「そうね、明日一日あたしの荷物持ちになりなさい」
明日、となると土曜日。暇には暇だが、ここで素直にはいと答えるのもなんだか癪だ。
「デートの誘いかよ……やれやれ、バニングスも素直じゃないな」
「屋上、告白、勘違い」
「あっはい。喜んでお供させていただきます」
なんて会話を繰り広げ、翌日指定された場所に足を運んでみると待っていたのは赤いコートを身に纏ったバニングスだった。
着いて早々遅いわよ、と不満そうに漏らし、次に切り替えるように行くわよ、と歩を進めるバニングスに並ぶために足早に追いかける。
「月村とか誰かしら来ると思っていたけど、今日は二人だけなんだな」
「そうよ。でも勘違いしないでよ、本当にあんたは荷物持ちに呼んだだけなんだから」
「そう何度も言われると裏があるんじゃないのかと勘繰ってしまうな」
例えば、なのはたちが後ろで俺を監視しているとか。
今のところそれらしき影は確認出来ないが油断は出来ない。なにしろなのは、テスタロッサ、八神には魔法がある。俺の察知出来る範囲の外から見られていては俺に対抗する術はない。
俺が女の子と二人で行動している所を監視し、なにか粗相があればそれで笑うつもりだな……!
主導者は誰だ……? まさか、俺に接触したこいつか……?
「くっ、卑怯だぞバニングス……! 俺を嵌めたな……!?」
「え、なにが……?」
「荷物持ちなどただの口実、その真意に俺は今気付いた! 全てマルッとお見通しだ!」
「あら、そうなの? なら目一杯エスコートしてもらおうかしら」
「ここはあえて策に乗ってやろう。俺の完璧な所作を見て驚くがいい」
俺の言葉にバニングスは肯定ともとれる言葉を返した。それも挑発付きで。
ならばそれに応えるしかないだろう。
「ま、イマイチよくわかんないからいつも通りやるしかないんだけどね」
「ここで素に戻るのね。あんたとは付き合い長いけど何がスイッチになっているのかよく分からないわ……」
◇
「策に乗ってやるとは言ったけど人には出来ることと出来ないことがあると思うんだ。だからこの店はやめない……?」
「いやよ。このお店で買うって決めてたんだから」
モフモフだ。様々な色のモフモフが仕切られたケージの中で元気に走り回っている。
それを自動ドア手前で見ている俺たち。動こうとしない俺らに向ける店員さんの目が険しくなっていくのは気のせいだと思いたい。
絶対に入りたくない俺と、絶対に入りたいバニングスの両者譲れない戦いが幕を開ける。
「バニングスもさっき言ってたけどさ、俺たち随分長い付き合いだよな」
「ええ、そうね。かれこれ六年くらいかしら?」
「六年……思えば、随分と経っているんだな。それなら、俺が言いたいこともわかるだろ」
「ええもちろん。でも、あんたも私が言いたいこと、わかるでしょ?」
「違いない。なら、言葉は不要だな」
互いに一歩ずつ離れ、距離をとる。拳を構えて向き合い、相手の挙動に全神経を集中。相手の動きに合わせて拳を振り上げる──
「最初はグー!」
「じゃんけんぽんっ!」
俺の指は勝利のVを象り、バニングスの掌は固く閉じられていた。
チョキはグーより弱い……!
「だが甘いぞバニングス! 俺のハサミは岩をも砕く!」
「確かに砕いてるとこ見たことあるけどあんたみたいなデタラメ人間の理屈を今持ち出すなっ!」
「……あのー、他のお客様のご迷惑になりますので入り口から離れてもらっても……?」
「あんたのせいで恥かいちゃったじゃない」
「いや、恥ずかしいなら入るのやめればよかったじゃん。あと俺のチョキはグーより強いからな」
大事な事なので念を押すが、ハイハイと軽く流される。これ以上は言っても無駄だろうし諦めるか。
結局定員さんに注意され、じゃんけんはあたしが勝ったんだからと強引に店内に押し込まれてしまった。
ああ、モフモフが。モフモフがいっぱいだ……。
「ちょっと。あんまり引っ付かないでよ、歩きづらいじゃない」
「モフモフがモフモフなんだよ。わかるか、モフモフの気持ちが」
「モフモフの気持ちはわからないわよ……それにしても、まだ犬がダメなのね」
「あれは犬なんて可愛いもんじゃねーよ。モフモフだ。モッフル星から地球を侵略しに来た天人なんだよ。見ろよあの図体、可愛らしい犬の何倍あるんだよ……正直に言おうか。大型犬超怖いです、手握ってていい?」
「強く握らないでよね」
「アリサ姉さんマジ頼りになるっす」
姉さんより姉貴と呼んだ方が合っているのかもしれない。バニングスの姉貴略してバネキ。なんだか毒茸くれそうな響き。
それにしてもバニングス、俺が大型犬苦手なの知ってるのになんでこんなとこ連れてきたんだろう。中の様子見てみると大型犬しかいないし、つか大型犬専用のショップだし。
ああ、今でも思い出す。小学生の頃、なのはと一緒にバニングスの家に遊びに行った日の事を。自分よりも大きな体躯にもみくちゃにされたのは今でもトラウマだ。
本人の許可も取れたし早速握らせて貰おうか。緊張状態の時、近しい人に触れるだけで心が落ち着くのはなぜなのだろう。友達の友達の友達と辿っていくと誰にでも繋がると言うし、全人口が一斉に友達と手を繋ぐと世界は平和になるのではないだろうか。そんな事を考えながらバニングスの手を握る。
「ぅぉー、柔っこいな」
「ちょっと親父くさいわよ」
「何気に傷つくな。で、本日は何をお求めで?」
「首輪をね。首輪はこのお店って決めてるの」
「へー、そうなんだ。なに、首輪俺にくれたりするの? ……いや、冗談だから手を振りほどいて逃げようとするなよ。軽口たたいてないとこのモフモフ空間に耐えられないんだよ」
割とマジで今すぐバニングスを抱えて外に飛び出したい気持ちなんだよ。バニングスに切れられるのは目に見えてるからやらないけども。相手がなのはか八神なら躊躇なくやってるね。
「そうね。なら早く買って出ましょ」
「そうしようすぐしよう。と、首輪はこの辺りか」
馬鹿なことやってる間に首輪のコーナーに着いていたようだ。モフモフに目が行っていたから気付かなかった。
「うーん……あの子にはこの赤であの子にはこっちの濃い赤……」
吟味するために俺の手を振り解き、二つの首輪を見比べるバニングス。赤とか濃い赤とか言ってるけど俺には同じ色にしか見えない。ねえバニングス、片方持っててあげるから俺のために片手空けてくれません……? いい年した男が女の子のコートを掴む様は恥ずかしいものがあるから。入店時の騒ぎもあって店員さんチラチラ俺たちのこと見てるから。
「決めたわ。この二つともう一個淡い赤色のやつ買う」
さすがお嬢様、決断が早い。でも俺の目には同じ首輪を三個買っているようにしか見えない。もっと分かりやすく青黄赤ではダメだったのか。
良いものを選べたと満足そうな表情のままレジを済ませ、そしてモフモフたちのケージを突っ切り出口を目指す。もちろん俺はバニングスのコートを摘んだままだ。
「三。二。一……ミッションコンプリート、よくやった俺」
「大袈裟ね。ただ首輪を買っただけじゃない」
「中の犬全てチワワだったら逆立ちしながらでも出来たよ」
俺が恐れるのはピンクの光と大型犬だけだ。
俺の言葉にバニングスはなにも返さない。口に手を当て、なにやら考え事をしているようだ。
「バニングス、なにか買い忘れか?」
「え? いいえ、そうじゃないわよ。アキラ、今日はもうここまででいいわよ」
ここまででいいと? 昨日バニングスは一日と言っていた。だが、蓋を開けてみると集合から一時間も経っていない。
「どうしたよ。何か用事でも出来たのか?」
「いえ、予想以上にアキラの大型犬嫌いが酷いままだったからこれくらいで釣り合いが取れるんじゃないかと思って」
「釣り合い? なんの話だよ?」
日頃の鬱憤を俺を苛めることによって解消してたとか? 俺の姿が想像以上に滑稽だったのか。
「さすがに凹むぞバニングス」
「あんたこそなに言ってるのよ?」
「 ん?」
まるで話がかみ合わない。
「お互いの認識に齟齬があるみたいだから一から話そうか」
「そうね。マルッとお見通しだとか言ってたからこっちのことわかってたのかと思ってたけど。あたしとしては今日付き合ってもらってホワイトデーはいつもみたいに張り切らなくてもいいわよって言うつもりだったんだけど」
「なーる。なんかイタズラ仕掛けられてんじゃねーかと思っていたのは取り越し苦労だったわけか」
「誰があんたみたいな子供っぽい真似すんのよ。まあいいわ、ホントは一日こき下ろすつもりだったんだけど一日分は疲れたでしょ?」
「そうだな。最初にここに来たのが幸か不幸か。最後がここだったと思うとぞっとするよ」
買い物袋を両手一杯に持っていてはバニングスに綴ることも出来ないし。
「あたしはもう帰るけど、あんたはどうするの?」
「他に買い物するつもりだったんじゃないのか?」
「急ぎで買うものもないし、アキラをこき使うことが目的だったしね。この首輪を早くあの子達に着けてあげるわ」
「そうか、なら俺は本屋にでも寄って帰るかな……送って行った方がいいか?」
「いいわよ、家も近いし」
「じゃ、気をつけて帰れよ」
言いながら振り返って歩を進める。短かったが、なかなか濃い時間だった。モフモフはやはり俺の天敵だ。奴らを克服しない限り、俺はバニングスの家に足を踏み入れることはないのだろう。あ、家に誘われたけどモフモフが怖くて断るしかなかった小学生の記憶が蘇って泣きたくなってきた。
「アキラっ!」
反射的に半身になり、放物線を描いて飛んできたものを掴み取る。
手に目を落とすとそこには先ほどバニングスが買った首輪が。
彼女の意図がわからず、ハテナを浮かべて言葉を待つ。
「それあげるから、大型犬でも飼って克服するしなさいよ。今のままじゃあたしの家に来れないでしょ?」
それだけ言うと彼女は走って去ってしまった。
「ふむ、なるほど……」
バニングスが見えなくなるまで見送り、再度手の中にある首輪に目を向ける。
「これ、濃いやつか淡いやつか普通のやつか、どれなんだろう?」
俺のつぶやきに応えるものはおらず、自身では解を出すことは出来そうになかった。