第二章になります
───手に持つのは、様々な特殊部隊でもよく使われる短機関銃H&K MP5。
それに改良を少々加えた特別仕様。
込められる弾には隊員一人一人の魔力が加わっており、威力は普通のものよりも断然高い。
その部隊専用のMP5で、敵の身体を的確に射抜いていく。
撃ち合っている室内は薄暗く、目視は中々に難しい。
だが、このFDFに募っている精鋭は、各国の特殊部隊に所属していたエリートが集まっている。
多々の場面での戦い方に、すぐさま順応することができる猛者ばかりである。
弾が飛び交う毎に、銃口から放たれる銃撃の音、そして床に落ちる薬莢の金属音がビル内に響く。
「──よし、クリア」
敵に囲まれ、正しくピンチの状況であった。
例え死線を何度も潜り抜けていようが、無理があるものは無理だ。
敵も中々の手練れが募っており、包囲網を突破する手立ては無いと思えた。
だが、それを一瞬で覆す事態が起こった。
「まさか彼がこんなところにいるとは……」
確かに危機的であった。
この場で死んでいたかもしれなかった。
それをたった一人の介入者が、状勢をひっくり返したのだった。
FDF隊長アドニス・ヴァナルカンドはその人物を知っていた。
「尾神家、か…──」
───アーチャーの眼前で繰り広げられている戦闘。
お互いに手を緩めることはなく、油断をすれば死を招く。
一方は薙刀、一方は素手で行われている、高速の駆け引き。
互いの攻撃が二度、三度と交差する。
一撃。回避。二撃続けて三撃。
拳と蹴りがランサーを襲う。
対してそれを全て回避。そして薙刀により反撃。
それを謙太が距離を取り回避。
全く一緒の動きをしているわけではない。
それぞれに繰り出す技は、どれも別アプローチからの攻撃だ。
「くッ…足が動けば……!」
アーチャーはそれを見ることしか出来なかった。
怪我をした右足が、目の前で自分を守っている少年への加勢を拒む。
そうこうしている内に、闘いを繰り広げていた状況に変化が訪れる。
「──ッ…!」
彼女の前で飛び散る血、そして床に滴る血。
肩から流れ出る暖かい感覚が、彼を痛みとともに襲っていることだろう。
「──珍しい。強化魔術の使い手か。
身体の一部分ではなく、身体全体…視覚や聴覚、嗅覚、どの部分にも強化がかかっている」
血液が付着した大薙刀を持った和装の男──ランサーは、目の前に膝を着き肩の傷を押さえ、自分を睨みつけている少年を見ていた。
「そして、先程のは縮地の法であったか。
敵の懐に瞬時に相手との間合いを詰め、相手の死角に入り込む体捌きによって目視が遅れてしまった、というわけか……二人分の死角を突くとは恐れ入った」
ランサーの言うように、謙太がアーチャーを助けた際に使用したのは、「強化」の魔術、そして「縮地」と呼ばれる技法であった。
彼女も彼の戦闘スタイルを見て、何となくそれを感じ取れた。
「その他にも様々な体術を使用しているようだが、理解すればやりようはある。
大したことではない」
実際いくら謙太が強かったとしても、戦況は彼が圧され気味。
攻撃しようと無闇に接近した結果、こうしてダメージを受けてしまっていた。
それはアーチャーの目から見ても明白。
目の前で戦っている少年は、「人間」としてであるならば十分な程に戦えているが、やはり人間。
「英雄」との強さの差は、それでも埋まらなかった。
無論、初めから目の前に存在する者が、ただの人ではないことは謙太も理解していた。
間違いなく相対する敵は、倒せるかどうかも判らない敵であったし、そもそも戦闘を回避しようとしたところで、後ろから斬られる可能性がある。
「さあ、どうする小僧。
少しばかり出来る程度では相手にならんぞ」
このままでは助けた女性と共に、やられるのが明白であるのは間違いない。
彼は考える。
どうやってこの場面を生き残るか、より効果的により効率的に敵を退ける方法の模索。
圧倒的戦力の差を埋める戦術を。
「………」
ゆっくりと謙太は立ち上がり、これからの立ち回りを想像する。
切り裂かれた左肩はの傷は浅く、致命傷というわけではない。
十分に動かすことはできる。
出来る限りの身体能力で翻弄し、優位に持っていく他ない。
───音もなく床を蹴り、薙刀を構える男へと真正面から突き進む。
男の死角へと入り込み隙を見つける。
「縮地」と言われる技を使い、まずは翻弄するという選択。
これをされた相手は普通上手くいけば、敵が消えるような錯覚に陥る。
実際、この技に関しては謙太も自信があり、この和装の男もそんな錯覚を見ているはずである。
しかし一筋縄ではいかない。
姿を確認することができないはずであるのに、謙太が潜り込んだ場所に的確に刃を向けてきている。
推測ではあるが、恐らく謙太が縮地で死角に入り込むことを予想し、視認出来ない場所にわざと刃を振るっているのだろう。
つまり謙太の行動は既に読まれていた。
縮地を使い近づくことを承知していたが故の反撃。
再び斬られる。
しかも今度こそ浅くない、致命傷を与える一撃。
食らえば死は免れない。
「むッ───!?」
キィィィン───と響く金属音。
自らの死角ということもあり、ランサーはこの時何が起こったか分からなかった。
分かることは、薙刀が何かに受け止められているということだった。
「遅い」
状況を確認しようと、薙刀の刀身を目で追おうとするも、その瞬間腹部の痛覚が反応を起こす。
「ぐッ…!?刃物を隠し持っていたか……!」
やっとのことで謙太の姿を目視する。
手には隠していたであろうダガー。
刃の細部にまで、魔力による強化が掛かっていることが判る。
その軍用ダガーが鎧の隙間、ランサーの腹に刺さっていた。
そして、隠し持っていた物はそれだけではなかった。
「ぬうぅ……!!」
右手を後ろに回したかと思えば、そこから姿を現したのは拳銃。
SIG SAUER P226と言われる9mm口径の自動拳銃。
こちらにもきっちりと魔術による強化が掛かっている。
その取り出した拳銃で、ダガーを腹から引き抜くとともに傷口を射抜く。
ランサーはそれをよろけながらも後ろに身を引き、なんとか薙刀の刃で防御する。
弾が弾かれる音とともに何度も銃撃を繰り返し、マガジンの弾が無くなるまで撃ち尽くす。
撃ち終えた銃口から出ている硝煙の匂いが、鼻をくすぐっていた。
「アドニスさんから貰っておいたが……効果無しか……」
肩の傷をものともしない流れるような動き。
見事と言うべきだろう。
「───フッ、面白い」
だが、それでもランサーに致命傷を与えた様子は見られない。
寧ろ和装のランサーは笑みを浮かべていた。
正に余裕を持った雰囲気。
まるでこの戦闘を讃えるかのように、この闘争を喜ぶかのような反応を見せている。
「貴女の言うことは本当だったようだな───マスター」
ふと謙太とアーチャーは気付く。
ランサーの背後。
奥に存在する人の気配。視線。
暗がりの奥からコツコツとブーツの音を立て、近づいてくる存在に。
「───勝手に何をやっている……。
貴様に頼んだのは足止めだけだ……ランサー」
窓から照らされる月の光で視認したその姿。
薄暗いビル内ではあるが、姿はしっかり確認することができた。
黒く背中まで伸びるストレートの髪。
着ているのは細身な漆黒のバトルスーツ、と言うべきだろうか。
そのスーツが、美しく整った女性らしいラインを引き立てている。
歳は20代前半かそこらであろうか。
顔はとても目鼻立ちがはっきりとしていて、正しくモデル顔負けの美女と言ってもいいだろう。
その長身の美女は、眉を不満があるように歪ませ、キリッとした目でランサーを睨む。
「今、私がここに来なかったら殺すつもりだっただろう。
そんな命令を出したつもりはない」
無表情であり、至って冷静な声ではあるが、少し怒りが籠もっている。
また声も似合う凛とした美声でランサーを問いただす。
「仕方なかろう。
我とて武士。一騎打ちには熱くなるものよ」
和装ランサーの訳を聞き、はぁーっと溜め息を女は付く。
さらに口をへの字に歪ませ、明らかに怒りを抑えてる様子だった。
「──とりあえず、擬似聖杯は二つとも回収した。
FDFがテロリストを全滅させ次第、ここへ向かってくる。引くぞ」
ふと、女はちらと謙太へ視線を移してきた。
謙太もまた黙って女を見ていた。
敵か味方か、まだ判別がまだ出来ていなく、相手に攻撃する意思が感じられないが、確かなのは女がランサーの仲間であること。
非常に危険であることは誰にでも理解できる。
対して、謙太側は足を怪我した獣耳の弓兵との二人。
数は同じであるが、一方的に傾くだろう。
そんなことを謙太が思案していると、黒い瞳で見据える女が口を開く。
「…久し振りだな」
と、一言。
「……………」
「……………」
お互い沈黙が続く。
「…………………」
「…………………」
無論、意外な言葉に驚いた事もある。
だが謙太が押し黙っている理由はそれだけではない。
「………誰?」
残念ながら覚えていなかった。
いくら記憶を辿っても、目の前の美女の姿に照らしあって合う記憶がなかったのだ。
謙太の言葉を聞いた途端、少し女のこめかみがピクッと動くが、その変化は何事もなかったように、すぐに無表情に戻る。
「…そう。ならいい……………行くぞランサー」
聞き取りにくいボソッとした声を出したかと思うと、元来た道を振り向き、カツカツとまた音を立て奥へと歩いていく。
心なしか音が来た時より大きい気がした。
「……というわけで、この闘いは一度お預けだ。またな尾神謙太とやら。
それと…先程は夢を馬鹿にして悪かったなアーチャー」
そして、ランサーもその場から空間に溶けるように姿を消す。
気付けば女の姿も視認できなくなっていた。
気配も完全に霧散している。
最後の言葉はよく分からなかったが、見知った顔だったのだろうか。
考えれば考えるほど謙太には分からなかった。
何はともあれ、当面の危機が去ったことに安堵した。
「──…………」
そんな謙太をじっとアーチャーは見つめていた。
危機が去ったことも気にならないぐらい、彼のことが気になっていた。
本気でなかったとは言え、英霊相手に一歩も引かない戦闘力。
極限にまで身体、物体の存在を高めることができる強化魔術を含め、ランサーが縮地と呼んでいた技法もそう。
それを応用した戦闘技術もだ。
並大抵の人間、魔術師にもできる芸当ではない。
FDFの隊員達ですら、サーヴァントと渡り合うことはできないだろう。
彼に対する興味。
彼は一体何者なのだろうという疑問。
それは先程の相対した和装のランサーとバトルスーツを着た女よりも、アーチャーにとって想いの尽きないことであった。
───この戦闘を見守る者は数人いた。
これが始まりであり、歯車が回り出す戦いであったからである。
この邂逅が意味するものは何かと思案する。
味方も敵も含めて。
まるで決まったことかのように、時計の針はその場を回り、指し示す。
そして、彼は歩み出す。
定まりし限られてしまった巡り合わせへと───
「──ウフフ…。アハハハ。
さあ、この運命までいらっしゃい、私の『英雄』さん。
あなたが真に英雄となるその日を、あなたが辿り着く未来を、ずっとずっと待ってますわ。
英霊の座にはあなたは似合わないもの。
聖杯には渡さない……」
辺りに響く少女の美声。
人かどうかは分からない。
誰かへと想いを侍らせるように、声を踊らせる。
少女は少女の言う『英雄』へと語り掛ける。
「ああ、ああ、待ち遠しい……。
アナタに呼ばれた時のことを思い出す……。
アナタの未来が見えた時のことを思い出す……」
魅力的で、魅惑的で、蠱惑的で人のものとは思えない。
少女は世界を見つめ、待ち人を見つめ、心を謳う。
「さあ、さあ、いらっしゃい。
歯車が回り始めた今、あなたは必ず辿り着く。
あなたの魂は私の物。
私と一緒にヴァルハラへ行きましょう?
ねぇ……『