第三章です。
「───終わりました」
戦闘後、高層ビル内フロア。
月夜の光がガラス越しに床を照らす中、人二人の影を映しだしていた。
アーチャーは尾神謙太と名乗る少年に、深い傷を負った足を手当てしてもらっていた。
彼女は手当てすることを断ろうとしたが、彼は何も言わずに傷を治療し始めたため、結局それに甘えることにしたのだった。
完全には治らなかったものの、既に痛みは引き、十分に立ち上がれるようになった。
「……ありがとう」
医療魔術による治療。
治療の程度自体は、単純に傷口を塞ぐだけという荒療治。
とは言え、彼はそれを強化魔術の応用でやっていて、手際の良さは完璧であった。
戦闘も含めこの治癒を見る限り、ランサーが言うように彼はどうやら強化魔術の使い手らしい。
本来他人に魔力を流し込むのは毒を注入しているようなものであるが、なんなく毒ではなく薬として巧く隙間に魔力を通していた。
「確か…そう、謙太と言ったな」
アーチャーは言葉を続ける。
「汝は一体何者なんだ?
サーヴァントにも引けを取らない戦闘能力、そしてこの強化魔術。
普通の魔術師ではこんなことはできないだろう」
単純な疑問である。
この少年の力はまさしく只者ではない。
明らかに普通の人間の力を超えていた。
強化の魔術に関しては、他人の強化自体難しいものとされる。
ましてや治癒という名目で使うとなるとさらに難しいだろう。
FDFのメンバー内にも治癒の魔術を得意とする者はいるものの、それは完全な特化型。
戦闘に応用できるというわけではない。
戦闘能力に関しては正に論外。
そもそもサーヴァントであるアーチャーですら苦戦した相手に、凄まじい立ち回りを披露していた。
只の人間どころか魔術師や魔術使いでも、これができるのは一握りと考えられる。
「助けてもらったことは感謝している。
だが、汝に対しての疑問が尽きなくてな。
良かったら何故私を助けたかも含め、教えてくれないか?」
助けてくれたこともまた疑問の一つ。
自らの命を危険に侵してまで、何故このビル内へとやって来たのか。
たまたま侵入したと思えない。恐らく故意の行動。
その謎が、さらに彼女の彼に対する興味を掻き立てていた。
「………サーヴァントと戦えたのはたまたまです。
あの敵は室内戦闘に馴れていなかった。
それは貴方もそうでしょう。
それに、あのランサーとか言う奴は本気を出していなかった。
要因が重なった結果、戦えただけです。
魔術に関しては鍛えたから。ただそれだけ」
答えとしては非常に淡泊なものであった。
余り答えとして成り立ってはいないが、詳しくは言いたくないのかもしれない。
少し考え込んだ表情をしていたので、アーチャーは深く聞かないことにした。
謙太は彼女の疑問に淡々と答える。
「助けたのは頼まれたからですよ」
「頼まれた……?」
「ああ、緑色の長髪のサーヴァントに」
何故ここに助けに来たかに関して。
どうやら誰かが謙太にこのことを知らせ、助けを求めたらしい。
そしてこの人物に思い当たる人物が一人いた。
(ランサーか……)
ランサーは勿論敵の方ではなく、味方の方のランサー。
恐らく気配察知で謙太にたまたま辿り着いたのだろうとアーチャーは考えた。
マスターが裏切り、そういえば姿を見ないと思っていたが、恐らく令呪で何かしらの強制命令で縛られていたのだろう。
しかし彼もマスターと同様、寝返ることをしなかったのは幸いである。
「だが……汝は頼まれたという理由だけでここに?」
ふとアーチャーは疑問に思った。
少なくとも彼の行動には得がない。
返ってきた答え。
それはお人好しで、優しさ溢れていて─────というわけではない。
「助ける力があるのなら、俺は助けないと───」
それは自虐的。
と、言うべきだ。
損得で考えるならば損なことをするしかできない生き方だろう。
強さへの自信があるわけではない。
困っている人がいたから、死にそうな人がいたからと、彼は言葉を続けた。
なんて馬鹿馬鹿しいことかとアーチャーは思った。
「貴様は……そんな生き方で、辛くはないのか?」
そんなことをふと声に出してしまう。
普通ならば命にも関わることに会ったこともない他人を救うために、命を賭けるというのもおかしい話だ。
無論何か恩があるというわけでもない。
それでおいての行動。
アーチャーが思う彼の印象は、どこか自分自身を傷つけているように感じていた。
「………」
アーチャーの言葉に彼は何も答えない。
ひたすら黙していた。
「……申し訳ないですけど、帰ります。傷は後でちゃんと見てもらってください」
答えることはなく、彼は沈黙を破ると立ち上がり、身を翻す。
既にアーチャーに背を向けた謙太の表情は、伺うことができない。
「え…?ま、待て!」
彼を引き止めようとアーチャーは声を掛けたが、彼はそのまま闇の中へと消えていった。
結局、疑問は全て解決していない。
彼が何を想い、何を考えてここにやってきたのか。
ますます興味が沸くばかり。
彼の実力がただ者ではないことは確かだろう。
恐らく生まれる時代が違えば、英雄の一人となったかもしれない。
再び彼女の周りでは、闇夜の静けさが漂う。
アーチャーは彼が去った後の暗闇を、その後も眺めていた。
───尾神謙太。
近年より、数多の戦場で目撃される。
幼少期の頃から傭兵として戦果を上げ、兵士や傭兵界隈で一躍有名となった。
何故幼い頃から兵士として戦うかは不明。
元々尾神謙太の出自である「尾神家」は謎の多い家系とされている。
恐らくその家系の事情と予測されているが、その辺りは本人に聞かないと分からない。
戦闘方法はCQBやCQCが得意とされているが、様々な武術を応用した技も得意。
さらに魔術を使うことができ、強化魔術による身体強化や重火器を強化したものを主に使用する。
強化魔術はかなり高度な域まで達しており、強化された身体は並大抵には傷つかないとされる。
ただの強化魔術とは言い切れない部分もあるが、原理は不明。
敵には冷徹に接するとされ、命乞いはまず無意味と言われるが、味方には慈悲を見せると言われている。
二年前程より姿が見られなくなり、所在不明となる。
「───彼のデータだ。
まあ私も会うのは初めてで、他から聞いた噂話ではあるが、詳しいことは追々話そう」
アーチャーたちの時より同時刻。違う階層にて。
「私も噂だけは聞いてことがありますけど、イメージと全く違いますね……」
任務中はフルフェイスの黒いヘルメットを被っているので、素顔を確認することができないが、今は隊員たち全員そのヘルメットを外しているため、アドニスは皆の素顔を認識することができた。
ミディアムの金髪。緩くウェーブがかかっている。
彼女の出身地である西洋らしいはっきりとした目鼻立ちと青い眼。
身長は高くもなく低くもない。
部隊の唯一の女性で、魔術協会から派遣された魔術師であるニーナ・フォン・アーベントデンメルングが答える。
「……まあ、敵であったなら我々は確実に死んでいた。
ランサーのおかげだな」
謙太の救援後、聖杯回収任務を続行したものの任務は失敗に終わった。
肝心の聖杯が見当たらなかったのだ。
後々に合流したランサーによれば、尾神とは別の介入者が存在して、その何者かの仕業らしい。
裏切ったジーンに関しては、聖杯があったと思われる部屋で死んでいた。
ご丁寧に彼の令呪があった腕は切り落とされていた。
誰がやったのかは不明。
最悪な状況下にあったこともあり、今回の任務は正に大惨敗と言ってもいい、悩ましいことだった。
「まさかマスターが裏切っていたとは思わなかったよ。
気づかなくてごめんね」
美しい緑色の長髪、整った顔立ち。
簡易な服装に身を包んでいる人物───ランサーは答える。
「いいや、彼の裏切りに気付けなかったのは私たちの落ち度でもある。
ランサーが彼を呼んできてくれたことに感謝する」
話によればランサーは、ビル内へと移ろうというときに、ジーンに「令呪」での「命令の強制」を受けて動けなかったという。
「令呪」というのは、聖杯からマスターに与えられる、自らのサーヴァントに対する三つの絶対命令権であり、英霊の座から英霊を招くにあたり、サーヴァントが交換条件として背負わされるものである。
その一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、マスターの魔術回路と接続されることで命令権として機能する、というもの。
使い方としては他にもあるが、つまりジーンはランサーに対し、恐らくビル内での戦闘に介入させないような命令を行ったと考えられる。
だが、「絶対」とはあるがそうはいかない。
ランサーは、なんとか全滅しかけていたFDFを助けようと、尾神謙太の「気配」を辿り、なんとか縛られた身体で間接的に戦闘へと介入したということである。
「……どうやらあっちも終わったみたいだ。
サーヴァントの気配もアーチャーだけしか残っていない」
謙太と合流した際、アドニスは彼の力を信じ、アーチャーのことを任せた。
敵サーヴァントを倒せなくとも、FDFが援護に入るまで保てばと考えていた。
「多少の期待はしていたが、尾神の力はサーヴァントすら退けるのか……」
彼の能力のことは前々からアドニスは知っていた。
ある戦場で同じ勢力に加担した時のこと。
その戦場での活躍は鮮明に記憶され、忘れられないものだ。
「……とにかく、アーチャーの元にまずは向かおう。
ランサーは魔力量は心許ないが、私をマスターとして再契約してくれないか?」
「うん、それは勿論。
まだ僕も消えるわけにはいかないからね」
アドニスの提案にランサーは応じる。
「よろしく頼む。
後始末はアーチャーと合流してからだ。急ごう」
アドニスの言葉に他の隊員たちは「了解」と一斉に答える。
その後、ランサーと再契約したアドニス含めFDFは、アーチャーの元へ駆け足で向かった。
───場面変わり、帰り道。
電灯が一定間隔に立ち並び、アスファルトで整備された路道を照らし出す。
戦闘を終えた謙太は、その中を足音を立てながら歩いていた。
「………」
緑の髪の人物、ランサーと名乗った者から救援依頼を受け、彼は助けに向かった。
理由もなく。
別にランサーやFDFと言われる部隊に知り合いがいるわけでもなく、借りがあるというわけでもない。
────なんとなく。
なんとなく助けた。救った。
大義名分というものは一切ない。
なんとなく─────戦った。
「……やっぱり…ランサーを連れてきたのは、お前か」
ふと、謙太は歩みを止め静かにそう言うと、少し離れた電柱の陰を睨みつける。
すると観念したかのように、人が謙太の前に姿を現す。
黒髪短髪。
少し細身の身体。だが十分に鍛えられ締まりがある。
服装は黒いジャケットを羽織っていたりと、お洒落な見た目。
背の高さは謙太とあまり変わらない。
「別に、俺が教えてなくても気付いてたっぽいけど……。
便利だよな気配察知できるの」
その男は、笑みを浮かべていた。
普通ならば突然現れた者に対し、ある程度の警戒を謙太はする。
だがその姿を確認すると、軽く溜め息をつき、警戒を解いてしまった。
「今回の戦闘について、お前はどこまで知ってるんだ?……『
「輝」というのは、男の名前。
謙太と輝という男は互いに知った仲であった。
そして要するに、ランサーが謙太の前に現れたのはこの人物こそが手引きをしたということだった。
「詳しくは知らない。
お前と同じでランサーに大まかに聞いただけ……。
聖杯が偽物で云々とな。
……俺の方からも聞くけど、あのビル内にいたテロリストについてお前はどう思った?」
「…?
センサー地雷の『ダミー』や装備が凝ってた気はしたが、特段何も思わない」
「……そうか」
輝の質問の内容に不思議に思ったが、気になったといえば本当にそれぐらいだ。
「───俺は目の前に敵がいるのなら、戦うだけ。
俺は…………そうだ」
一つ、思い出したことがある。
大事なことを忘れていた。
「なんとなく」ではなく、戦う理由はしっかりとあった。
「俺は………─────護りたい」
それは確かな信念。
心から願うこと。
彼の力の根源と言ってもいいだろう。
謙太は、そうしたいからこそ戦っていた。
「……ああ、解ってるさ」
輝は静かに答える。
彼は数少ない理解者だった。
謙太の苦悩を受け止めることのできる一人。
また、彼も「同じ」だ。
「今回みたいに、何かあったらお前を頼る。
だから、お前も何かあったら俺を頼れ。
同じように、いつでもすぐに駆けつけてやるから、あまり思い悩むな」
頼もしい仲間がいるのは本当に有り難く、大切なこと。
彼の言葉に謙太は少し笑みをこぼす。
「全く…お前は優しいな」
「なに言ってんだ、お前ほどじゃねえよ。
……ま、兎に角帰るか。
天乃先輩にバレたらダメなんだろ?」
「あ、ああ。怒られる…」
そうして彼らは帰路に着いた。
冬木市新都内某所にある高層ビル内での戦闘は終結した。
尾神の強さは勿論「鍛えたから」だけが理由ではありません。
いろいろ雑になってますが、これからも緩い気持ちでお読みください。
次は早く出せればと思っています。