――今日最後のチャイムが鳴り、クラスのみんなが安堵した表情に包まれる。今日も関くんは遊んでばかりだった。全くもう……再テストになった事、全然反省してしないんじゃないかな? 隣を見ると、関くんが陽気に帰る準備をしている。
「ちょっと、関くん? 今日も……その、私が勉強見るんだよね……?」
私が言うと、関くんは作業の手を止め、少し嫌そうに頷いた。
嫌そうにしながらも頷くって事は、お母さんから強く言われているんだろうな……。
関くんは私より早く帰り支度を済ませると、席を立ち、私の後ろで立ち止まる。そして怪訝な表情で私を黙って見る。
「…………?」
一瞬どういう事か分からず私は沈黙していると、前から後藤さんが近付いてくる。
「あの、横井さん……今から帰る所ですか?」
「えっ? ああ、うん、そうだよ~? どうしたの?」
私は言いながら、後ろの関くんも気にしていると、関くんは、なにか察したように、そのまま教室を出てしまった。
「あっ……? 関くん……?」
扉の方に声をかけるも、もう関くんの姿は無かった。
「あっ! すいません、私のせいで……関くんが後ろに居た事に気が付かないなんて……!」
後藤さんは申し訳なさそうにしている。
「えっ? いや、そんなことないよ? あ、でなにかな? 廊下に出る?」
そう言って、人気のない廊下まで、後藤さんを誘導した。
……関くん。なんだったんだろ? 関くんってば、学校では全然喋らないんだから……考え読むのも大変だよ~。
「……相変わらずですね、横井さん達は」
後藤さんがモジモジしながら言う。
「えっ? 何が?」
私が言うと後藤さんは驚いて、
「さっきだって、アイコンタクトしてたじゃないですか?」
「えっ? ……ああ、関くんって、無口だから、近くに人が居ると喋らないみたい……」
「それって、(いつもは)二人っきりって事ですか……?」
目を見開いて後藤さんが言う。
「え? あ~うん、まあ……」
私が言うと、後藤さんは悶絶したようにおさげを両手でいじっている。
「はあ……でも、羨ましいです、本当に仲が良くて」
「私と、関くん……? う~ん、まあ……」
そうなのかな? まあ、でも、二人で勉強している訳だから……そうなのかもしれない。
「やっぱり、彼の考えている事は何でも分かるんですか?」
「はあ……いや、そんな事は無いよぉ……さっきだって」
さっき、帰り際に……私を見て……ちゃんと、家に来いって事? なんだか急かすような目だったけど……あ、もしかして、一緒に帰ろうって事? 帰る場所同じな訳だし……ああ、それかも。
「やっぱり、家でも関くんの事を考えているんですか?」
……なんで、関くんの事を?
「それはないよ、だって帰る家は同じだし……」
言うと、なにやら驚愕している後藤さん。髪型が大変な事になってる……。
勉強教えないといけないし……ね。
あ、そろそろ関くんの家に行かなくちゃ。
「それじゃあ、後藤さん、私もう帰えらないと!」
「へっ? そうなんですか? ご、ごちそうさまですっ!」
「あははっ? じゃあね~」
後藤さんの謎の言葉を聞き私は少し急いで、学校を出た。
関くんの家に着くと、昨日同様お母さんが快く招き入れてくれる。そんなお母さんの笑顔を見る度に、『私が、しっかりと関くんを見て上げなくてはいけない』そんな気持ちが強く感じられた。
思えば、私は子供の頃から、母性が強かったのだと思う。おままごとをしている度に、散々お母さん役が合っていると言われた記憶がある。自分でもお母さん役をするのが一番好きだった。遊んでいる時も、みんなが困っていないかとか、仲良くやれているかとか、自分が楽しいかなんてそっちのけで、そんな事ばかり考えていた。子供ながらにそんな風に考えている私はおかしいかなとは思いながらも、そうしてみんなを見守っているのが一番好きだった。みんなが仲良く遊んでいてくれればそれで良かった。
関くんの部屋に入ると、私が入って来た事に気が付いた関くんが溜息を付き、遊んでいた手を止め片付けを始める。前にも見た事がある車のおもちゃが分解されていて、置いてある。修理していたのだろうか? すごいなぁ。
テーブルを設置すると、綺麗に並べて用意してあった勉強道具を上に置く。
……もう、そうやって用意するのは得意なんだから勉強もちゃんとやればいいのに……。
そうして、あぐらを掻いて社会の教科書を開き勉強を始めた。
昨日同様、私は覚えやすい語呂合わせを教えたり、テストに出やすい所を教えたりする。だけど、基本的には関くんが勉強をしているのを黙って横で見ているだけだ。静けさのある純ちゃんと共同のお部屋で、関くんのシャーペンの音と息を吐く音が、やけに大きく聞こえる。
そうして、しばらくした所で時計を見た関くんが、
「……休憩」
ぼそっとつぶやく。今日初めて声を聞いた気がする。
「俺、コーヒー入れてくるけど、横井さんもそれでいい?」
テーブルを片付け立ちあがると、遠くを見てそう言う。
「えっ?」
「……今日は、母さんは用事で出かけているから」
無口な関くんは説明も最低限だ。さっきは居たけど、今は出かけているみたい。静かだったのはそのせいもあったんだ。
「私は大したことはしてないし、気を使わなくても……」
「お、俺が飲みたいから……」
視線を外して関くんが言う。……照れてる?
「じゃあ、お願いします」
言うと、関くんは部屋を出た。
――部屋を物色すると、また、昨日みたいな事になりかねないし、今日は大人しくしてよう……。そう思っていたんだけど、じっと待っているのもやっぱり暇だ。数分としない内に私の決意は鈍る。
机に目をやると、昨日会ったノートは見当たらない。どうやら目の届かない所に置いたらしい。他に面白いものは無いかと、キョロキョロと見回している時だった。
扉の方で、音がしたので私は焦って座っていた位置に戻る。なかなか入ってこないなと思うと、お膳も持った関くんがゆっくりと入って来た。
「あっ……ありがとう」
私の前にコーヒーカップを置いてくれた後、自分の前にも置き、関くんは腰を下ろした。
お互いに、コーヒーを飲み始めると、ゆるい雰囲気がその場を包む。
「横井さん……今日は、あんまり喋ってないんじゃない?」
珍しく、関くんから話題を振ってくる。
「ええっ? そう? だって、関くん……授業中、遊んでいる時とだいぶん違うんだもの……」
授業中はやんちゃな少年……今は……ちょっと大人しい。
「授業中は、誰にも邪魔されない俺の空間……俺だけの世界があるから。授業中の遊びが俺の生きがいかもしれない」
そう言って目を輝かせる。なんだかさっきまでよりテンションが上がっている。
「でも、すごいよねぇ、関くんって! 私なんかじゃ思いつかないような事も遊びの対象にしてて、いつも、横で見てて感心しちゃってるよぉ」
微笑んで言うと、関くんはしどろもどろになって、
「……えっ? そう……かな?」
と、困ったように言う。
「そうだよ! 見てる私もつい、真剣になっちゃうもの!」
私が言うと、関くんは急に悟ったような顔をして私を見つめる。
「……えっ? どうしたの、関くん」
「俺の遊びに……」
「……?」
「俺の遊びに、真剣に付き合ってくれたのは、君が初めてだ」
いつになく真剣な表情で関くんはそう言った。
「えっ……?」
言った関くんも下を向いて恥ずかしそうにしていたけど、それ以上に……なんだろう。心臓がドキドキして、その心音が大きくて何も考えられない。そしてなんだか急に顔が熱くなってくる。
――ドクン、ドクン、ドクン。音は次第に大きくなっている気がして、汗も噴き出してくる。次第に視界がぼやけたみたいに目視出来なくなってきてくる。
「……さん?」
「……横井さんっ!!」
「えっ? わっ……はいっ!?」
気が付くと、私の異変に気が付いた関くんが、横まで来ていて肩を叩いていた。困ったようにしている。
「あ……あ……っ」
状況は把握できていたけれど、冷静では無かった。とにかくなんだか良く分からないけど、パニックになっていた。
「かっ……帰るねっ!?」
そう言って立ちあがると、関くんの返事を聞かず私は家を飛び出していた。
玄関辺りで、関くんの声が聞こえた気がしたけれど、そのまま私は走って外に飛び出した。
しばらく走って自分の近所の風景が見えてくると、少し落ち着いてきた私は走るのをやめて歩き出す。
……なんだったんだろう。関くんの……真剣な想いが伝わった瞬間……なんだか、すごくびっくりしちゃった。驚いて……緊張して……恥ずかしくって……居たたまれなくなっちゃった……。
今日の放課後はついに、再テストの日だった。1日目、2日目となんだか、知らない関くんに会ってしまったみたいで凄く動揺したのだけれど、最終日である昨日はなんとか、そんな動揺を悟られないように、勉強を教えることに集中した。3日目ということで慣れからか、雰囲気に飲み込まれずにいれたのだと思う。まあ、半分は必死に誤魔化していたのだけれど。
いつも通り、開放的な雰囲気が漂う放課後。だけども、一番左後ろの関くんとその隣の私だけは、緊張感が高ぶって来ている時間だった。あと、10分もすれば、足立先生が教室にやってきて、社会のテストを始めるのだ。もし合格点に達しなかったら留年……という事はないけれども、通知表に恥ずかしい数字がついてしまうだろう。そういえば、お兄ちゃんは、「やばい! 留年しそうだー!」なんて、よく言っているけど高校生は大変そう。ていうか漫画ばっか読んでないで、ちゃんと勉強すればいいのに。
そうこうしている内に足立先生がやってきて、何人か残っていた教室の生徒を追い出すと、関くんとその隣にいた私のもとにやってくる。
「どうだ? ちゃんと勉強はやったのか?」
先生の言葉に臆することなく関くんが頷く。どうやら自信は上々のようだ。隣で私がうんうんと頷いていると、
「って、横井、お前も出て行ってくれテストやるから」
「えっ!?」
3日間もの間、関くんの勉強を見ていた私はまるで関くんの専属コーチのような気分になっていて、先生にそう言われた時、思わず驚いてしまった。
「あの……隣で見てちゃだめですかっ?」
咄嗟にそんな風に先生に頼み込む。
「はぁ? 何言ってるんだ、ダメに決まってるだろう、早く出なさい」
先生に当たり前のように追い払われしぶしぶ私は教室を出た。
特に行く当てもなく、仕方がないので屋上で時間をつぶすことにする。屋上でそよ風に当たっていると、なにも私が待っていなきゃいけないことも無いことに気が付いたけれど、不思議と帰る気分にはならなかった。採点の時間も考えると30分以上かかるかもしれないけど、だからと言って時間も惜しくはない。というか帰ってしまったら家でも関くんのテストの結果が気になって、何も手が付かないに決まっている。
そういえば、さっきのこと。テスト中に隣で見ているなんて……冷静に考えたら無理に決まっているじゃない。私も何を考えてるんだか……。
そんな風に、ぼぅっと考え事をしていてふと時間を確認すると、とっくに30分以上経っていた。
「ウソッ!?」
思わず声が出るも、何度確認しても間違えなく30分経っていた。心地良い天気だったこともあるけど、こうして思い耽っているだけでそんなに時間をつぶせるなんて、私はなんて楽な人間なんだと、ちょっとおかしかった。
――ていうか、私、ずっと関くんのこと考えてた……?
そんなことを考え、頬の熱さを気にしながらも、階段を下りて教室に戻った。
教室の扉の窓から様子を覗き見ると、先生が関くんの机の前で何かやっていたので、少し扉を開け、
「あの……いいですか? 入って」
遠慮がちに聞くと、
「おお……横井か……ちょうど、今、採点に入るところだからいいぞ」
足立先生がそう言ったので、静かにドアを閉めそそくさと近づいた。
そこでは、先生が関くんの前の席である前田くんの席に後ろ向きに座り、赤ペンで採点している。関くんは、少し体を後ろにそらしながらも、気になるようで視線は答案用紙から離れない。
私は、自分のイスを机の横につけて様子を見始めた。ペンが紙と机をなぞる独特の音が場を席巻する。やがて先生は、最後の問題を採点し終えると点数を上に大きく書いた。
――42点。
一瞬、驚いたけどペケの数から見て50点満点だろう。先生の表情を見ると、軽い微笑み。関くんはバッチリの安堵の表情。
「これ……合格ですよね? 先生」
「ああ、完璧ではないが、まあ、いいだろう」
言葉とは裏腹に感心したような表情で答案を見返す先生。どうやら満足みたい。
「……ホッ」
先生の言葉を聞いて、関くんも魂が抜けたように、全身の力を抜いた。
「でも、よかったねぇ! 無事合格できて!」
帰り道……成り行きで一緒に帰っていた私は、横を向いてそう言った。
関くんは、フフンと鼻を鳴らし、得意げに前を見た。
「……もう、ちょっと良い点数取ったからって、調子に乗っちゃって! 私が3日も勉強見てあげたこと、忘れないでよねっ!?」
頬を膨らませて私が言うと、
「……か、感謝してるよ」
うつむいてボソッと言った。
「えっ? なに? なんて言ったの関くん?」
すると、私の方を指さして「聞こえただろうっ!」っと言いたげな表情。
……そこは喋んないんだ。もうっ……照れた関くんなんて珍しいからもっとちゃんと聞きたかったのに。
「ねぇ~? 関く~ん? 感謝してるんだったら、ちゃんと言葉で表すべきなんじゃないかな~?」
そう言って、つんつん……関くんの二の腕と、脇腹をつんつん……。
くすぐったそうに体を避ける関くんがおかしくって、もっとつんつんする。
「あははっ……!」
関くんの顔を見ると……、「や」「め」「て」「く」「れ」「!」っていう口の動き。
「もう~っ、なんで喋んないのよ~っ!」
そう言って、後ろから抱き付いて腕をとる。関くんはもっと焦った顔。
「うう~あぅ~」
なんだが、変なうめき声が聞こえる……(笑)
そうして、歩きながらブンブンと関くんに振る舞わされていた時、
「ちょ……ちょっと、横井さんっ……!」
小声だったけど、ハッキリと喋る関くん。
「な~に? ようやく、勘弁してしゃべる気に……って!」
関くんの動きが止まって、不審に思って前を見ると……関くんのお母さん……!?
それを、確認した瞬間、もう手遅れなのに、バッ! と、高速で関くんから離れて直立する私。
うわ~ん、恥ずかしぃーーっ!! 顔が紅くなるのも止められないーっ!!
ちょうど、10m無い位の位置から、近づいてくるお母さん。そうか、もう関くんの家の近くだもんね……バッタリ会うこともあるか……っていっても、なんなの……この偶然……よく見ると、純ちゃんもいるし……。あー恥ずかしいよぉっ……!
私は恥ずかしくって、しゃがみ込んで半べその顔を隠していたら、トントンと横から肩を叩かれる感触。チラッと目をそっちにやると、
「純ちゃん?」
走って私の隣までやってきたらしい……なんだか嬉かった。そうして純ちゃんが私の耳に手をやり、小声で話しかけてくる。
「えっ? なぁに……? ……私と……一緒に遊びたいから……今日、家に来て……!?」
私が驚いていると、純ちゃんは笑顔でもう目と鼻の先にある自宅に私を引っ張って行こうとする。
「えっ!? 今から……!? えっと、嬉しいけど、今からは無理っ……えっと、そうだ……明日だったらいいかな? お休みだし……!」
急かされるように手を引っ張るので、ついあまり考えずにそう言うと、純ちゃんは初めガッカリとした表情を見せたけど、私が「明日だったら、長く遊べるよ?」と、取り繕って言うと、一転して嬉しそうにはしゃぎ始めた。
左で何も言わずに立っていた関くんを見て、明日が大丈夫なのか聞こうにも上の空だったので、追いついてきたお母さんに聞くと、大丈夫との事。それどころか、夕飯もご馳走するわ、なんて言われてちょっとした大事になってしまった。