居間のソファからお母さんの背中を見る。もうくたびれて色落ちしたエプロンを着て、夕飯を作るお母さん。私が物心つく前からずっと見てきた光景だ。もう何年も使っている鍋から湯気が沸き立つ。ニンジンとジャガイモと……今日は、シチューみたい。シチューの箱が置いてある。
お母さんは野菜を切り終わり洗った手を拭くと、私の方を振り返り「どうしたの、るみ?」と声をかけてくる。
「ど、どうしたのって? なにが?」
つい、視線をそらして私が言うと、
「だって、いつもだったらご飯よって呼ぶまで、自分の部屋に籠っているじゃない……そんなそわそわしながらお母さんの方見て……何か言いたいことでもあるんでしょ?」
「え~? そんなことないよ……ただ、たまにはテレビでも見て、待ってようかと……」
そう言いつつ私の声は小さくなっていく。
「ウソ言いなさいっ、あんた、いつもはニュースなんて見てないでしょ?」
そう言われて、テレビを見ると確かにニュースが流れていた。いつもならすぐに他のチャンネルに変えている所だ。
「ああ、うう……」
「何かお母さんに言いたいことあるんでしょ?」
「でも、ご飯……」
「シチューはあと煮込むだけだからっ」
とっさにかわそうとするも即答で返される。
「うう……じゃあ、言うね? えっと……明日、また、友達の家に行くことになって……」
取りあえず、友達の家で通そう……。
「……それだけ?」
首をかしげて言うお母さん。
「えっと、夕飯もご馳走になる……みたい」
「ふ~ん…………ん、でも、それだったら前にもあったわよね? 誕生日会とかで、家に行ったりしたことも」
「あっ……そうだねぇ……」
そりゃあ……『友達』とはね……。
なんて、一人で悶々と下を向いて考えていると、
「あっ! もしかして、あんた……男の子の家に行くんじゃないの!?」
「えっ!?」
根拠も何もない母の言動に思わず条件反射で驚いてしまい、いかにも肯定したかのような雰囲気を出してしまう。
「あっ……今のは……えっとね?」
「図星なんでしょ? バレバレよ……そんなに慌てちゃって、るみったら!」
私は取り繕うと言い訳しようとも、お母さんは一人納得したように鍋に戻って、シチューをかき回す。『るんるんる~ん♪』なんて、上機嫌に鼻歌まで歌っちゃってっ!!
「いや、お母さん!? 一人で納得しないでよっ?」
そう言って駆け寄る。
「えっ? じゃあ、違うの? トモカちゃん? 誰のお家?」
「……いや、それは……」
「やっぱり、男の子なんでしょ?」
「…………うん。……そうだけどっ!」
「あはは、やっぱりかぁ……そっかそっか、あっ! もしかして、授業参観の時に隣で気にしてた子?」
「えっ!? どうしてそこまでっ……」
あの時しか学校来てないのに……なんでわかるの……!?
「あっ? そうなの? だって、るみ、授業参観の時しきりに隣の子ばっかり気にしてたじゃない、それで授業も聞いてなかったんでしょ?」
「うう……」
事実なだけに否定できないッ!!
「授業参観でああだってことは、いつもあんな風に一緒に遊んでるんでしょ? 前だって、隣で遊んでる男の子がいるから授業に集中出来ないって、嬉しそうに言ってたじゃない」
「嬉しそうになんか言ってないーっ!」
「あら、そう?」
お母さんはアハハハと、上機嫌に笑いながら話す。もう、何がおかしいのよっ。
そうして、落ち着いてきた辺りで、
「はぁ……でも、家に呼ぶってことは、その子もるみに気があるってことなんじゃないの?」
「ええっ!? って! 違うよ! その男の子に妹がいて……その子がすっごく可愛いんだけど、その子が遊びたいからって呼ばれたのよ!」
「ええ~? そうなの?」
……って、なんでそこで残念そうなのよ!?
「ていうか、その子『も』ってなに? 私が関くんに気があるみたいな言い方しないでよっ!」
「う~ん、でもなんで急に妹さんが出てくるの?」
「あっ…………それは」
って、私の話聞いてないし。
「ああ、もしかして、前に3日間勉強教えに行ってたのってその子の家?」
……あう、どうしてお母さんってば、なんでも言い当てちゃうの?
「どうしてわかるのよぉ?」
「う~ん、人生長く生きてきたからかな……って、まだ、若いわよっ!」
って、急に一人ノリ突っ込み!?
「でもやっぱりね……だって、あんたの友達で勉強教えてもらうほど頭悪い子居なかったハズだし、なんか妙にそわそわしてたし怪しいと思ってたのよね……」
「さすが、お母さん! 長寿の知恵ねっ!」
「うん、そうそう……って、若いわよっ!!」
家族でなにやってんだろ……(笑)
そうして、少しして、
「そろそろ、夕飯だから、お兄ちゃん呼んできて!」
「え~~? なんで、私が……」
しぶしぶ、お兄ちゃんの部屋まで向かいノックする。
「お兄ちゃんご飯だから下りてきてねー?」
「んーー」
また、ちゃんと返事しないで……。
居間に戻ると、お母さんがシチューとサラダを並べていた。
「シチュー冷めちゃうから食べましょう」
お母さんがそういったので先に食べ始める。そのうち、お兄ちゃんが下りてきて何食わぬ顔でシチューを食べ始めた。
食べ終わると、またさっさと部屋に戻るお兄ちゃんを横目に、私はお母さんと共に片づけを手伝っていた。
「それで? さっきの話だけど、まだ続きがあるんじゃないの?」
食器を流しに置きながらお母さんが聞いてくる。
「う~ん」
「話しちゃいなさいよ、明日なんでしょ? 今しか時間ないわよ?」
うう……そうなんだよなぁ~それじゃあ。
「え……えっと」
私は、扉の方を見てお兄ちゃんが来ていないことを確認すると、
「えーっとね? 男の子って……好きな女の子にどんな風に接するのかな?」
ちょっと恥ずかしい質問をする。
「ええっ? う~ん、そうね、やっぱりるみ位の歳の男の子はまだ恥ずかしがり屋さんだから、いじわるな事とかじゃないの?」
……いじわるなことかぁ、思い当たらなくもない……? いや、でも関くんは元からそうだし。
「それか……まあ、ともかく素直じゃないでしょうね……あんた位の歳なら女の子がリードしなくちゃだめよ! 女の子がアプローチして確かめるの」
お母さんにこういう話をするのはほとんど初めてだけど、意外と積極的に話してくる。やっぱりお母さんも、昔は色々あったのかなぁ……。
うーん、でも……私から、かぁ。確かに関くんにはもっとハッキリした態度で流されないようにしないと、こっちのペースに持っていけないだろうなぁ……。
「でも、私、別に関くんの事……好きって訳じゃ……」
「そうなの? まあ、好きか嫌いかなんて、あってないようなもんよ」
「ええっ!?」
恋愛経験の少ない私に対して当たり前のようにそんな変なことを言うお母さん。そんなに曖昧なものなの……? 好きとか嫌いとかって。
「あーでも、そう言われたらなんだか、楽になっちゃった……そんなもんなんだね」
「そうよ、お母さんだって、結婚するまでお父さんの事、好きか嫌いか良く分からなかったし……」
「えー? お互いに好きだから結婚したんじゃないの?」
驚いて聞く。
「まあ、そうだけど……子供が思っているほど、結婚ってする歳になると、もっと現実的な物なのよ、あんたが今思っているようなロマンチックな結婚なんてほとんどの人は出来ないの、だから後悔しないように、早い内にいっぱい恋愛しておくといいわよ」
うう、なんだか急に現実的な話……。でも、お母さんが言うんだからそうなのかも……。
「ま、あんたの歳でまだそんな事なんて考えるのは早いわね~」
お母さんは、軽い口調でそう切り上げると洗った食器も並べ終え、エプロンを畳み始めたのだった。
夜になって布団に入ると、関くんが書いた私の絵や、心に響いた関くんの言葉が脳内再生される。決してイケメンでもないし、大人っぽい訳でもないのに……。関くんの事が気になって頭から離れない。関くんの事は……嫌いじゃないけど、嫌いじゃないけど……嫌いじゃないけど……さっき、お母さんに『好きって訳じゃ……』そう言ったとき、かすかにモヤッっとしたのも事実で……。ああもう……結局、関くんの事ばっかり考えてる。明日関くんの家に行くっていうんだから、また意識せざるを得ないけど……ともかく寝よう! 考え事していたら、自分でもどう思ってるか、わかんなくなっちゃうから……。
そして、翌日。私は少しそわそわしながら、関くんの家に向かっていた。
「確か、ここを曲がって少しすると……」
そして、見慣れた家の外観が目に入り、表札を確認する。『関』……それを確認してチャイムを押した。
お母さんが、「待っていたわよ」と快く向かい入れてくれ、私は遠慮しながらも自宅にお邪魔する。勉強で来ていた時は目的があったしお母さんが余り居なかったので、こうして早い時間に私服で遊びに来るのはやっぱり緊張する。
私が玄関で靴を並べ直していると、ドタドタと騒がしい音が近づいてきて、正面に振り変える直前、背中に衝撃を受けた。
「わっ!」
倒れそうになった私を「大丈夫?」と心配してくれたお母さんをなだめながら、純ちゃんを支えて、立ち上がった。
「早く遊ぼう! 遊ぼう!」
そう、はしゃぎながら私の手を引っ張って行こうとする純ちゃん。私は下に引きずられながらもなんとかついていった。
ああ、無理やり引っ張られる犬ってこんな気持ちなのかなぁ……と、そんな風に思いながら。
関くんと共同の子供部屋に連れて来られる。そこには関くんが机に座っていたけど、私が来たのを見るや否や、立ち上がって部屋を出てしまう。
「あっ……」
私はそれがなんとなく心残りで、関くんの出て行った扉をしばらく見つめていたのだけど、純ちゃんが、そんなのいいからと言わんばかりに、また私の手を引っ張ってベッドに座らせようとする。
「ああ、そうね……今日は純ちゃんのために来たんだもんね……!」
私が言うと、純ちゃんはウンウンと大きく頷き、女の子の人形を取り出した。いつも、一人で遊んでいるから女の子同士で遊ぶのが嬉しいんだろう。よっぽど前に遊んであげたのが楽しかったみたい。
……そのまましばらくお人形遊びをした。私も昔を思い出して楽しかった。そう言えば、子供のころ使ってた私のお人形……押し入れにしまったままだな。たまには出して飾ってみようかな……。
純ちゃんは女の子とは思えないほど、やんちゃで激しい。お人形は服も髪も乱れて関節の切れ目が見えてしまっている。
「……結構、お洋服、裂けちゃってるねぇ……?」
私が言うと、純ちゃんは急にしゅんとして俯いてしまった。
しまった。もしかしてお母さんや関くんに日頃から言われていたのだろうか?
「あっ……でも、大丈夫だよ? おねーちゃんが直してあげるから!」
すると純ちゃんは、どうやって? とキョトンとした顔になる。
「それはですねぇ……じゃじゃ~ん! さいほうどうぐ~」
ダミ声で裁縫ケースを取り出す。青いタヌキのマネだ。けど純ちゃんは?の表情。……しまった! 今の方はダミ声じゃなかった!!
――コホン。それは置いておいて……私は取り出した裁縫道具で、人形の服を縫っていく。どんどん綺麗に直されていく人形の服を見て目を輝かせる純ちゃんにホッコリする。
そうして、最後に一番酷い状態の人形を手に取った時だった。
「……あれ? このお人形だけ、縫い目がある?」
すると、純ちゃんが思い出したように語ってくれた。お兄ちゃんが前に一度だけ直してくれたのだと言う。
なんだ、関くん良い所あるじゃない。そう思ったのだけど、話には続きがあって、直したのをまた破ってしまったら、それ以来は直してくれないのだそう。
……まあ、純ちゃん位の歳だったら、仕方ないよね……。関くんもせっかく直したのにまた破られちゃったから頭にきたのかな?
私は、なるべくもう解れないようにしっかりと縫い合わせた。
その後も、お人形遊びをしたり、おもちゃ(関くんのお下がりのようだ)やお絵描きをして二人で遊んだのでした。そうして純ちゃんがはしゃぎ疲れて休んでやっと解放された私は、居間の様子を見に向かった。
すると、丁度バタバタとキッチン近くで動いていたお母さんとバッタリ鉢合わせた。
「あっ……!」
「ああ、るみちゃん……もうちょっとで、お夕飯できるからね、楽しみにしていてね」
そう言って微笑む。なんだか、私にも慣れてきたようで自然に話してくれる。
「あ、そうそう……俊成だけど、外に出ちゃったから……良かったら呼んできてもらえる?」
「あーーはい、それくらいでしたら」
丁度、純ちゃんが休んでいる事を伝えると、そういう運びになった。関くんは近くの公園にいることが多いとの事で、いないようだったら戻ってきて良いからねと言われ、私は外を出た。
家から5分ほどの位置に最寄りの公園があった。辺りを見回して見ても……関くんは見当たらない。
「お~い、関く~ん」
一応、声をかけてみたけど、やっぱりいないみたい。大きな木の下にはドングリがまばらに落ちていた。関くんが前に持ってきてた時はここで拾ったのかな? そんなことを考えながら、キョロキョロと遠くを見回したけど、関くんはこの辺りにはいないようだった。
お母さんに言われた通り、家に戻ろうかとも思ったけど、なんとなく私は関くんの捜索を続けることにした。となると、関くんはどこにいるのだろう? 取りあえず、公園を出て少し歩くと河川敷が目に入ったので、川を見るついでにしばらく歩いてみた。
「おっ?」
すると、遠くに川を見ながら座る一人の……慌てて駆け寄ってみると、関くんだ!
「関くん!」
駆けてきた私に目もくれずに川を見る関くん。まさか、ぼーっと川を眺めていたのだろうか? 渋いけど関くんらしくない。
「ずっと川を見てたの?」
聞くと、
「いや……」
簡素な答え。そして、よく見ると、いくつか関くんの横に小石が集めてあった。
――ああ、なるほど、小石投げて、何回跳ねたか……っていう遊びだね。
それに飽きて、川を眺めていた……そんな所かな?
私は一緒になって横に座り、もう夕暮れ時の空を見つめる。関くんは相変わらず前を見てぼけーっとしている。
……そうだ。丁度いいから『あの事』を聞いてみよう。
「あの~? 関くん……?」
遠慮がちに横を向いて言う。関くんは少しこちらに顔を向け私の顔を見るだけで何も言わない。
「えっと……この前の事なんだけど……」
関くんはどういうつもりであんなこと言ったの? あと……あの絵って……何?
なんて……聞きたい事は言葉には出ずに私の頭の中で発せられるだけ……。面と向かって本人に聞くのは……中々難しいというか……。
「はっ!?」
そうこうしている内に、関くんは立ち上がっていた。
「腹減った」
そう一言だけ言って、帰ろうとする。が、立ち上がらない私に気が付いて……「行かないの?」そう言いたげな瞳で見つめてくる。
「あっ……うん、行く行く……」
私は慌てて立ち上がると、早足で帰る関くんに必死で付いて行った。
その後、家に帰ると直ぐに良い匂いが鼻孔をくすぐった。すでにテーブルにはお母さんの料理が豪華に並べられていた。
うわ~関くんの家っていつもこんなに豪華なのかな? ……なんて思ったけど、純ちゃんは凄くはしゃいでるし、関くんも驚いたポーズで固まっている所を見ると、いつもよりだいぶ頑張ったみたい……なんだか悪いな。
「あの……凄く美味しそうです有難うございます」
「お口に合うか分からないけど、遠慮しないでどんどん食べてね」
そうして、純ちゃんが待ちきれないからと、早速食べ始めることにした。
料理は大皿に盛られており、鶏肉のクリーム煮。エビフライ。野菜スティック。唐揚げ等があった。お母さんの気持ちが凄く伝わってきて、ついつい食べ過ぎてしまう。途中で2度3度、「無理して食べなくていいのよ?」とお母さんに言われる度に、「大丈夫です」と言いつつ、張ったお腹を気にしながら、お腹いっぱいご馳走になった。
「あ、あの……今日は、美味しい料理をどうもご馳走様でした」
もう、外も暗くなった頃、私は食後のコーヒーも頂いてしまった後、家に帰ることにした。頭を下げてお礼を言うとお腹が少し突っかかる。
うう……やっぱり、少し食べ過ぎたかも……。
「そんな……今日は、あなたのお礼で呼んだんだから、こちらこそ俊成の勉強見てくれてありがとう」
そう言われて逆に頭を下げられてしまう。
「いえいえそんな! 私なんか……そんなに役に立ってないのに……」
実際には関くんはそれほど勉強が出来ないって訳ではなかったから、半分は私が隣で見守っていただけに過ぎない。だから、本当の事だったのだけど、お母さんには謙遜だと思われているらしく、私の事を過大評価してしまっている。まあ、でもお母さんも喜んでくれたし、純ちゃんも喜んでくれたし……関くんはどうか分からないけど……私も美味しいご飯をご馳走になってしまったし、うん……誰も損してないのかな?
「また、遊ぼうね! おねーちゃん!」
最後に、満面の笑みでそう言ってくれた純ちゃんの笑顔に癒されながら、私は名残惜しくも外に出た。
誰も損していない……自分に都合の良い解釈かもしれないけどそんな風にご機嫌になった私は、この上にない笑顔で、スキップでもしそうな位におどけて帰宅した。
「今日は、なんだかご機嫌だったねぇ横井」
ゆーちゃんにそう言われて肩を叩かれる。
「えっ? 顔に出てた?」
「出まくりだったよ、朝のHRから放課後の今まで気持ち悪いくらいずっとニコニコしてた」
「ええ~っ!?」
そう指摘されて、恥ずかしくなる。そんなにも私はニコニコしていたのか……自覚はなかったけど、確かに廊下を歩いている時とか、怪訝そうに顔を見られてなんだろうと思ってたけど……。でもなんでそんなに機嫌が良かったのかは自分では良く分かっている。昨日の事だ。昨日関くんの家に行って、お母さんにご馳走になったこと。純ちゃんと楽しく遊んだこと。一日経った今でも頭から離れずにさっきの事のように思い出せる。そして思い出すたびに顔がホッコリ……しまった! これか!
ま……いっか♪ 人にどう思われようとも、ご機嫌でハッピーで良い気持ちなんだから。
「んじゃ、私は帰るから」
「あ、うん……じゃあねー」
「……だから、キモいって……その、笑顔」
「ええーーっ!?」
そうして、一人になった私も、家に帰ることにする。
ああ、そういえば、最近は関くんの家にばっかり行っていた。元々隣の席の関係ってだけで、授業中によく様子を見るっていうだけの仲だったけど……関くんの家に行って……二人で話も少しはするようになって……なんだか、前とは関くんに対する印象が変わったな……まあ、色々あったし……。
何の気なく、私は隣の席に目をやった。もう、放課後になって他のクラスメートはほとんど帰ってしまっている。前の方に3人、男の子の仲よりグループが何か雑談しているけど、後はちらほら私以外にはほとんど教室にはいない。そういえば、昨日の事ですっかり忘れていたけど、まだ、関くんに『あの事』を聞いてはいないんだった。いや、結局私が恥ずかしがって聞けなかったのだけど……だって、面と向かってはねぇ……やっぱり恥ずかしいよ。だけど気になる……。やっぱり気になるんだよね……。不覚にもドキっとしてしまったし……関くんごときに! 後は絵だって……あっちは決定的証拠があるからね! ああ、でも……それを言うには私が勝手にノートを見たことも言わなくちゃいけないのかぁ……う~ん。
前途多難、八方ふさがり。……いやいや、そんな後ろ向きじゃだめだね!
……確かこんな言葉があった。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』成功するためには、多少の危険も覚悟した方がいい……みたいな意味だったかな? とにかく、危険をかえりみない精神だよね! 前にUFOキャッチャーやった時も2000円覚悟して、おおげさパンダのキーホルダー取ろうとしたら、1200円で取れたもんね! 私にとっては、虎の子よりもパンダの子だね!
と、そんな風に考えるとちょっと自信が出てきた。よし、今度こそ関くんに聞いてみよう! あの、言葉の意味と、私の絵の事……。
急に自身が沸いてきた私がその気持ちが冷めない内にと関くんを探すことに。
「今ならまだ、近くにいるはず……」
丁度、今日の関くんは掃除当番だったはず……確か担当は……。
私は、関くんの掃除当番の担当区域に足を運んだ。そろそろ掃除も終わってると思うから急がなくちゃ。
到着すると、丁度掃除が終わったところで、帰り支度をしている。
「良かった! なんとか間に合った」
壁に隠れながらガッツポーズをする。さて。まだ今は他の子が近くにいるから話しかけづらい……いくら自然を装っても、掃除場所まで来るなんて普通じゃないからね、同性の友達ならともかく……。
ところが、関くんはいつまでも誰かと喋っている。誰と話しているんだろうと思い、顔をずらして関くんの視線の先を見ると、
「……後藤さん?」
関くんと楽しく談笑していたのは後藤さんだった。そんなに仲良かったのかな? 知らなかったな……。……なんだろう、この……モヤモヤした気持ちは……。
そうしている内に、話が一段落したのか、二人は鞄を持ち、出口に向かう。
「マズイ、こっちに来る!」
私は咄嗟にロッカーに隠れた。しばらくすると、足音が近づき、二人の話し声も聞こえる。少しだったので何を話しているかは分からなかったけど、関くんは休み時間に男の子と談笑している時のようなテンションで喋っていて、後藤さんは「そうなんですか?」と、相槌を打っていた。ドアを閉める音が鳴り、私も遠くから二人を追うように学校を出た。
驚いたことにそのまま二人は一緒に帰って行った。私は自宅への分岐点で、尾行している虚しさを感じて名残惜しくも自宅へ向かった。
あの二人……そんなに仲が良かったなんて……。
あの二人を見るまでご機嫌だった私の気分も、家に着く頃にはなんだか分からなくなって困惑してしまった。