視線のるみちゃん   作:つば朗ベル。

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(8)  最後のおせっかい

 それから――休み明けの週初め。横井さんは学校には来ていて、相変わらず俺の隣で授業を受けていた。いつも通り遊ぶ俺を尻目に――横井さんは頑なにこちらを見ようとはしなかった。というか授業さえも真面目に受けておらず、左腕で顔を抑えて、ぼやっと右を向いていることが多かった。時には、ぼうっと虚ろな瞳で机をしばらく見て動かない。そんな事もあった。そんな誰の目から見ても異常な状態だったわけだが、誰も気に留める様子はない。

 その時、俺は改めて気が付いた。一番後ろの席がこんなにもみんなから認識されていなかったという事に。いや、当然俺はその恩恵にすがってずっと遊んできたわけだけれども。

 他の後ろの席の人も同様にほとんど誰からも認識されていない……。それこそ、先生がたまたま後ろまで来るか、隣の席の人間が観察しない限り、誰も何をしているのかどんな状態なのか分からない。まるで、シュレディンガーの猫のように……ちょっと違うか。

 

 それから授業が終わり、遊び道具を片づけると程なくして、横井さんの友達がやってくる。仲間さんと橋野さんだ。いつも横井さんと一緒にいる二人である。

「あれっ? 横井、なんか今日テンション低くない?」

「ほんとだ……どうしたのるみ?」

 心配そうに二人が訊く。授業中は誰も気が付かないと言っても休み時間になれば、すぐに友達が駆け寄ってきてくれる。何も心配ないじゃないか……。

「ん……いや、なんか急に……ね」

 横井さんはいつもの様に相手を気遣う余裕すら無いようで机に突っ伏す。

「なに? 風邪? そう言えば朝からあんまり元気なかったよね」

 心配そうに橋野さんが言う。

 

 やっぱり横井さん、先日の事がまだ堪えているようで、俺とは目を合わせない。顔も向けないと徹底して避けている様だった。それからも同じようなやり取りを二人とした後、チャイムが鳴り、二人は席に戻っていった。

 

 次の授業は特別授業だった。文化祭がもう少しであるため、その係決めなどだ。学級委員が教卓に立ち、役を決めていく。いつもながら思うが、授業なり、こういう時なり、席が前の方であるか後ろであるかで、盛り上がりの差が大きく出る。

 一列目から三列目位の奴らは、盛り上がっている様子……だけど、俺の列は……あんまり真面目に聞いていない奴が多い。横井さんは指で好きなパンダのキャラのノートを押したりつまらなそうに指を動かして……遊んでいる。尚も前列付近では、役が決まり、文化祭のイメージが沸いてきたのか、一部の女子がキャッキャと騒いでいる。

 俺は先ほどの授業で全く俺を気にかけていなかったことですっかりこちらは見ないだろうと堂々と横井さんを見ていたら、急にふと、左に目を寄せた横井さんと目が合ってしまった。

 横井さんは少し驚いて口を尖らせたけど、その後、これ見よがしに溜息を付き、こちらに後頭部を向けるように頭を机に預けた。横井さん的には見せるつもりの無かった表情だろうけど、ふいに見せたその表情は可愛くて……しばらくの間、頭の中で繰り返し脳裏に浮かんだ。

 

 結局、その日はそれ以降も魂の抜けたような横井さんに俺も毒気を抜かれ、遊びに身が入らなかった。……それに、横井さんに見られる前提の遊びもあったから、それも出来なかったし……。

 HRが終わり、各々が帰り支度をしていた最中、クラスの女子が横井さんの席までやってくる。あれは確か……名前は忘れたが演劇部の女子。

「あの、横井さん……ちょっと良いかしら?」

「えっ……? あーーはい」

 横井さんは、普段話さない人から突然話しかけられ、いつも通りとは行かずとも魂の抜けたそぶりを見せず、体を起こして答える。

「実はちょっと頼みたいことがあるの……去年もお世話になったけど、横井さん裁縫上手だから、良かったら今年も衣装作り手伝ってほしいの……去年すっごく助かっちゃったから……お願いできる?」

 そう言って、手を合わせて懇願する。横井さんはぼけっとした表情。多分、まだ頭が回っていない。

「あーー。あーー、あ、文化祭だもんね……そっか、衣装ねぇ」

 と、やはり今、気が付いた様子。さっきの授業もあまり聞いていなかった模様。

「お願い……今回は、先輩も抜けちゃって、部員が少ないの……横井さんがやってくれないと、結構厳しいかも……」

 ああ、そんな風に情に訴えるような言い方したら横井さんは……

「わ、分かったよ……私、手伝うから……心配しないで……!」

 やっぱり。自分の都合を考えずに――多分だが――決めてしまった。本当にお人好しだ。

 

 それから、みんなが帰ったり部活に行ったりして教室から人が少なくなると、何となく居たたまれなくなり帰宅することにする。帰宅部はさっさと下校するに限る。

 靴を履き、玄関を出ると、

「関くーーん!」

 後ろから声が聞こえてくる。振り返ると後藤さんが走ってきていた。

「後藤さん? どうしたの?」

 振り返って言う。

「はぁはぁ……どうしたの? じゃないですよ! ……さっき知りましたけど、横井さん様子が変じゃないですかっ! どうしちゃったんですか!?」

 校門付近で人がいないとは言え、大きな声で言う後藤さんに困り、取りあえず人の来ない学校裏に誘導する。

「それで……関くんは知っていらっしゃったんですよね? 席が隣ですから」

 息が上がり少し紅い顔で興奮して言う。ちなみに今日は日直や文化祭が近いことで色々忙しく、知るのが今頃になってしまったらしい。まあ、後藤さんもグルだった訳だし、ハッキリと説明した方がいいだろう。

「まあ、昨日のデートで色々バレたんだよ、後藤さんの事も含めてね……」

 諦めたように淡々と言うと、案の定驚いた様子を見せる後藤さん。三つ編みは触らない。

「……そ、そんな。それってとんでもない事じゃないですか!!」

「はぁ……そうなんだよねぇ」

 溜息を付き答えると、俺は昨日の横井さんの発言も含めてすべて説明した。

 

「横井さんは結構疑り深いとは思っていましたが、そこまでハッキリバレるとは誤算でしたよ」

 説明し終わると後藤さんは腕を組み、しみじみと言う。確かに考えてみれば、俺の遊びに付いてこれる空想力というか……想像力というかを考えると、あながち不思議じゃないのかもしれないけど。

「それで……だから、授業中元気が無さそうだったと?」

「うん、俺に顔一つ向けなかった」

 あ、一回は向けたけど……。

 その後、後藤さんは考えるように黙り込んで、しばらく目を閉じていた。俺は取りあえず、立ちながら待つ。何分かして声をかけようかと思った時、

「……なんにせよ、横井さんに一言、謝りませんか? 横井さんは私に対しても憤っているでしょうし……」

「そう……か、そうだね。そうしようか」

 後藤さんにそう言われてホッとしている自分。本当は俺から言い出さなきゃいけなかったのかもしれない。

「じゃあ早速、横井さんの家に行きましょう!」

「えっ? 今から!?」

「何言ってるんですかぁ、こういう事は早い方がいいに決まってるじゃないですか」

 ニコッと笑って言う。三つ編みも少し動いて……少し元気出てきた?

「急に行って大丈夫かな?」

「善は急げですよ! それに、明日から横井さんは演劇部の衣装作りの手伝いで帰りが遅くなります。だから今日しかないんですよ」

 そう言って俺の背中を押す。すると不思議と元気をもらったみたいに、体が軽くなった。

「よしっ! それじゃあ早く行こうぜ」

「そうですよ! その意気です関くんっ」

 そうして、二人で横井さん宅に向かうため歩き出した。

 

 

 

「はぁ……」

 もう、何度目かの溜息が出た。6回目までは数えていたけど無意識でしてる分も合わせると10回以上かも……ああ、ダメだよね。溜息付くと幸せが逃げるって言うし……。

 そんな事を思いながら通いなれた道を歩く。今日は、体調が悪かったから演劇部の手伝いは休ませてもらった。でもスケジュール自体は詰まっていて、文化祭までの準備期間はあまり長くはない。だから学校では早くも文化祭の雰囲気一色になり、各文化部が張り切って準備や練習に勤しむ時期だった。

 そんな中、私はと言えばそれどころじゃなかった。元々部活に入ってない私にはあんまり関係ないと言えばそれまでなんだけど、昨日の事で頭がいっぱいで、本当だったら今日は学校なんか休みたい位だった。

 でも、気持ちが優れないってだけで学校を休むような勇気は私にはなく、文化祭の係決めがあるからという理由で結局は少し無理して学校に行った。係決めは意外とやる気のある子が多くて、変な係に入れられることはなかったけど、授業は全く身にならなかった。ノートも全く取っていない。せっかく……関くん……の遊びも、見ないで済んだのに。

 

「ただいまー」

 玄関を開けて、そう言うと、居間の方から「おかえり~」と、お母さんの声が聞こえる。

「今日は早かったのね」

 と、テレビを見ていたお母さんに言われる。

「うん……」

 まあ、すぐに帰りたかったからね。

 私はそのまま自分の部屋に行こうとすると、

「あっ……もう行くの? クッキー買って来たんだけど食べる?」

「う~ん……いいかな」

 静かにそう言うと、

「るみ……あんた、朝から思ってたけどなんだか元気ないんじゃないの? 何かあったの?」

 私の方を心配そうに見ながらそう言ってクッキーをほおばる。

「…………」

 私は否定するのもまどろっこしくて、どう答えようかと迷っていると、

「ちょっと、ここ座りなさい」

 と、テーブルの向かいを指さすので、仕方なく座る。

「なに? お母さん」

「なにって、元気ないじゃない。……確か昨日、出掛けてたのよね? あの後、晩御飯まで部屋に籠っちゃってその時からおかしいと思ってたけど、今日も元気ないってことは相当堪えてるの?」

 そう言って、紅茶をすする。

「いや……」

 私は目をそらし誤魔化そうとしたけど、

「ウソおっしゃい! 隠したって無駄よ? 全部話しちゃいなさい、楽になるから」

 そうちょっと興奮気味に言うお母さん。テレビも消して私の目をじっと見る。

「はぁ……分かったよ」

 結局、言うべきか言わずべきか判断が付かなかったけど、言ってスッキリしたいと言う気持ちから私はお母さんに事の顛末を全部話した。

 

「……なるほどねぇ。その子はるみと遊びで付き合ってたって事ね」

「お母さんの言ってる“遊び”と関くんの“遊び”は多分、意味合いが違うと思うけれど……」

 そう言って私はさっきまで説明していた時に淹れてもらった紅茶をすする。

「わかってるわよぉ、るみの話に前から出てたじゃない! まあ、その頃からその子に気があるんだなと思ってたけど」

 得意げにそう言ってクッキーをかじる。その頃は多分、好きじゃなかったと思うけどね。ともかく、女遊びって意味で勘違いはしていないみたい。

「でも、それでも、お母さんはその子が遊びでるみと付き合ってたっていうのは違う気がするなぁ……」

 と、首をかしげながら言う。

 なによ……知ったか、ぶっちゃって。

「お母さんは関くんが授業中いつも遊んでることを知らないからそんなことが言えるんだよ!」

 つい、カッとなって言い返す。でも、お母さんは冷静に、

「へぇ~じゃあ、遊んでたっていうのはそうだったとしましょうか……でも、その男の子と、一緒に話したり、行動したりした事、それらが全てウソって訳じゃないでしょう?」

 そう言って微笑んだ。

 確かに……関くんとデートして楽しかった感情。色々話したこと。電話では以外に饒舌だったり、後先考えないで手ぶらで来た所とか、ジェットコースター乗りたくなくて、室内に逃げたのに結局怖いコースター乗ることになったり、占いに連れてってもらったり……その後、必死に探してもらったり……私に気を遣っておもちゃ屋に連れてってもらったり。そんな色々な行動の全てが本物で……楽しかったり嬉しかったり、悲しかったり嫌だったり、そんな色々な感情も本物で…………。

「もし、始まりがどんな計算されたものだったりしろ……今るみの心の中にある気持ちと、その関くんっていう子が持ってる気持ち。そこにウソはないんじゃないかしら?」

 お母さんの気持ちは心の深く奥底まで響いた。全くその通りだと……思った。

 だけど……だからこそ、強く込み上げてくるものもあって……。

「でも、やっぱり許せないよ! 私の事からかって!!」

 気が付けばテーブルを叩き、立ち上がっていた。

「わあ、怖い顔……でも、じゃあ、どうして欲しいの? 謝ってくれればいいの?」

 私を見上げたお母さんが言う。

「まあ……とりあえずは……でもっ!」

 そうやって興奮冷めやらぬ私が感情のままに口にしていた時、

 ――ピンポーン。と、インターホンの音が部屋に鳴り響き私は我に返った。

 

「はいは~い!」

 堅苦しい雰囲気なんて無かったみたいに、そんなお気楽な声で玄関に行くお母さん。

「はあ……」

 私は溜息を付いて、椅子に座る。……あっ、また溜息付いちゃった。

 そうして、自分の部屋に行こうかと思った時、

「るみ~っ?」

 妙に嬉しそうな声で私を呼ぶお母さん。なんなのよ……と思いつつ、玄関に行くと、

「あっ……後藤さん……と……せき、くん」

 二人が玄関にいた。関くんは少し下を向いたり落ち着きなくしている。

「良かったわね、るみ」

「……えっ?」

「二人、謝りに来たんですって」

「あっ……えっ、そう……なんだ」

 尚も二人は気まずそうにしている。……ああ、そっか。

「お母さん、もう、いいでしょ? あっち行って」

 やけにニコニコしながらその場を離れようとしないお母さんを居間に追い返すと、二人は少し緊張が抜けたように見えた。

「あの……で、なんだっけ?」

 私が言うと、

「あ、実は私たち……横井さんに謝りたくて、ほら、今日横井さん元気なかったって聞きまして」

 後藤さんが説明する。関くんは黙って後藤さんを見ていた。

「ああ~、そっか……なんか気を遣わせちゃったみたいでゴメンね?」

「そんな! 元はと言えば私たちのせいで……とにかく謝らせてくださいっ」

 そう言って、頭を下げる。それを見て、関くんもおずおずと頭を下げだす。

「あ……その……こんな所で……わ、分かったよ、じゃあ取りあえず、私の部屋で話そうか」

 居たたまれなくなり、そう言って部屋に誘導する。部屋に入ると、

「す、座って? 二人とも」

 ずっと立ったまま動かない二人にそう言って座らせる。

 ……なんだか、大事になってる。関くん、昨日の事を話したんだろうか……それ以外考えられないよね。

 

「あの、それじゃあ、早速ですが……昨日のデートの事、および、私が関くんに裏で色々アドバイスなりしてた事……すいませんでしたっ!!」

 そう言って頭を下げる後藤さん。

 やっぱり、昨日の事か……。

「でも、そっか……後藤さんは応援してくれただけなんだよね? それだったら悪気があったわけじゃないんだよね?」

「えっ、……ああ、そうですね、そうです! 私はあくまでも横井さんと関くんがお幸せになれればと……」

「でも、関くんは私の事、からかってたんだよね?」

 後藤さんの言葉を遮るように言うと、関くんはビクっとして、気まずい表情。後藤さんはしまった! というような表情を見せる。

「あ、でも……私も、ウソの占い屋なんか開いて……あ、知ってました? あの占い、セットから全部関くんと用意して、あの占い師は私だったんですよ!」

 関くんをかばうように早口で言う。

「知ってたよ、でも、いいの……後藤さんの事はもう怒ってないから」

 そっけなく私が言うと、後藤さんは「ああぁっ……」っと言葉にならない声を出して崩れ落ちる。

 そして、私は後藤さん寄りだった位置から関くんの前に座り直し、関くんの顔を見る。

 それから、じぃーっと、しばらく関くんを見ていると、

「……あ、えっと、悪かったよ……横井さん」

 ようやく口を開いた関くんが素直に謝ってくれた。後藤さんもホッとした表情を見せる。

「じゃあ、もう関くんは私に関わらないでよね?」

 わざと突き放す様に言う。

「いや、それは……」

「なんで? 当然でしょう? 私は関くんの遊びに付き合ってるほど暇じゃないのよ……そこまでお人好しじゃ……ない」

「あの、でも」

 ずっと口をはさみたそうにしていた後藤さんが身を乗り出しながら言う。

「後藤さんは黙ってて……私と関くんの問題だから」

「ああ……はい、すいません」

 少し心が痛んだけど、キッパリとそう言うと後藤さんは大人しく座りなおす。

 すると、関くんが決心したように、

「その……なんていうか……俺も、横井さんと色々一緒に遊んで、楽しかった。今更そんなこと言うのもずるいかも知れないけど、最近は横井さんと一緒にいることが多くて、すごく充実してたんだよ、なんて言えば良いか分からないけど……また、俺と一緒に遊んでほしい。俺の隣で笑っていて欲しい」

 そう言って照れくさそうに鼻をかいた。

 もうっ……なんで、今更そんな事……。私だって関くんと一緒に遊びたいよ。ずっと隣に居たいよ……だけど。そんなに簡単に許せるほど、無かった事にできるほど……軽くなかった。私のショックは軽くなかったのよ……。

 私は座って目を瞑ったままこぶしを握り締める。

「あの……口をはさんでよろしいでしょうか……」

 すると少しして、すごく遠慮がちに後藤さんが言う。

「あっ……うん、ゴメンね、良いよ?」

「えっと、横井さん……横井さんが簡単に関くんの事、許せないのは分かります。私だって乙女の気持ちを踏みにじられたらショックですもん。でも……関くんの気持ちもわかるんです。なんていうか……」

 そこで恥ずかしそうに紅くなり下を見た後、

「まあ、だから今日は許す許さないって事ではなく、私たちが謝ったっていうその事だけ心に留めておいてくれればいいですから……」

 両手を合わせ気を遣った笑顔で言う。

「そう……だね、分かった」

 私も昨日の今日でまだ、冷静になれないんだと思う。もう少しゆっくり考えたい。

「あの、それで……横井さんが落ち着いた頃……」

 そこで後藤さんは急にフワッと自然な笑顔になり大きな声で、

「最後に……もう一回だけ、おせっかい……焼いてもいいでしょうかっ?」

 恥ずかしそうに顔を紅らめて、そう言った。

 

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