昨日、関くんと……そして、後藤さんの言った言葉を思い出していた。関くんの気持ちは良く分かった。だけど、もう少し時間が必要だった。だから取りあえず一旦忘れようと思う。後藤さんは、あの後、その『最後のおせっかい』というのを説明せずに、関くんを連れて帰ってしまった。なんなんだろう……おせっかい……なんなんだろう。
「こらっ! 横井っ!」
「うわっ、は……ひゃいっ!」
気が付けば、先生に肩を教科書で叩かれ、変な声で返事をしてしまう。そしてクラスのみんなにクスクス……笑い声が聞こえる。
ああ、もう。昨日の事を思い出しちゃって……全然、授業聞いてなかった。今日こそはしっかり授業受けようと思ったのに……昨日ほど酷くはなくてノートは一応取れてるけど、先生の話はほとんど耳に入ってこない。はぁ……ダメだなぁ。
集中しないと……集中……隣も気にしないで……。
…………。
「ふうっ……」
腕を上に伸ばして息を吐く。丁度、今日最後の授業が終わった所だった。なんとか最後の授業は集中することができた。まあ、私の好きな古文の授業だったかもしれないけど。
その後、帰りのHRで担任の先生が教室に来るまでのわずかな時間。ガヤガヤと騒ぎだすクラスのみんなを観察していると、ふと、私はいつもこの時間何をしていたっけ? と疑問を抱く。そしてその答えがすぐに頭に浮かびそれを打ち消す。
ああ、もう。関くんの事は考えないことにしてるのに。何かと私の行動は関くんと関係してばかりだったのかなぁ……。
放課後になると、昨日きた演劇部の子――踊子(ようこ)ちゃんが顔を見せる。
「横井さん、今日は来れるよね?」
「うん、大丈夫、踊子ちゃん、昨日はゴメンね?」
「ああ、いや……体調が悪かったならしょうがないよ、じゃあ、部室で待ってるね!」
今日は行くと意思を伝えると、踊子ちゃんは思いのほか嬉しそうに教室を出て行った。彼女は年に一度のこの文化祭の舞台に思い入れがあるようで毎日張り切って演劇の準備をしていた。なんでも昔、部の先輩に憧れて入ったらしく、今は高校生のその先輩と付き合っているとかいないとか、そんなウワサや憶測を耳に挟んだことがあった。
少しして、部室に行くと、踊子ちゃんを中心にみんな歓迎してくれる。端にある机の席では3人の他の部員が脚本について話し合っているようだった。
「それじゃあ、横井さん、早速で悪いんだけど、この衣装作ってほしいの」
そう言って踊子ちゃんは衣装の設計図を差し出す。
「わあ、綺麗なドレス……そう言えば、まだ聞いてなかったけど、今回はなんていう劇をやるの?」
私が言うと、少し微笑んで、
「「シンデレラ!」」
答えた声に、奥で話しあっていた他の部の子の声がハモった。
「シンデレラかぁ……どおりで」
綺麗な衣装のハズだ。それでいて派手すぎず、シンプルなデザイン。そう言えば、少し前に映画もあった。
だけど、よくよく考えると私はシンデレラの話をよく知らなかった。知っているのは、かぼちゃの馬車と、ガラスの靴……そして、王子様と結ばれてハッピーエンドって位。
そうして、1時間半ほど衣装作りをして、私は帰ることにした。元々手伝いである事と、まだ脚本も上がっておらず全体のイメージが掴めてないことから、早く帰らせてもらえるのだ。
帰り際、廊下を通っていると遠くに部室に向かう後藤さんの姿が見えた。
あれ? 後藤さん……なんだろう?
その後、演劇部の部室に入ったので、私は興味本位でドアの辺りを遠目に見る。
ドアは開いていたので中の様子が少し見えた。どうやら後藤さんは踊子ちゃんと話している様だ。踊子ちゃんは演劇部の責任者なので、話しているのは演劇関係の事だろうか? それともたまたま踊子ちゃんに用事があって? でも、それじゃあわざわざ部室で話すのもおかしいかなぁ……。
そんな風に色々考えていたけど、このまま覗き見しているのもどうかと思い、パッと視線をそらし、そのまま帰ることにする。カバンは持ってきているのでそのまま下駄箱に直行する。
はぁ……なんだったんだろう。後藤さん。……もしや、昨日言ってた『最後のおせっかい』っていうのに関係して……? じゃあ、関くんも……って! ああ、また関くんの事考えちゃってるよ。せっかく衣装作ってる時は考えずに済んだのに……。
そうだ、明日から衣装作りに没頭しよう。それで忘れられるのなら、喜んでもらえるなら、一石二鳥だし……。
それからは、気持ちが落ち着いてきたのか関くんの事を見ることもなく……考えることもなく、一週間が過ぎた。
授業に集中して、休み時間には友達と話して、放課後に演劇部で衣装作りに専念する……そんなサイクルが私に染み付いてきたある日。
その日も放課後になり演劇部の部室に向かうと、本格的な演技の練習を始めていた。衣装班と小道具班は場所をとるため他の場所でそれぞれ作業をしているらしい。脚本は前々から部外者に頼んでいるそうで、まだ出来ていないそうだけど、シンデレラには大まかな原作があるので、それに合わせて、演技の練習をしているらしい。
「あ、るみちゃん、今日から演技の練習始めたんだよ~」
「そうみたいだねぇ」
すっかり仲良くなった踊子ちゃんが私に駆け寄りながら言う。いつの間にかお互い下の名前で呼び合う仲だ。
「それで、今は取りあえず、私がシンデレラ役の練習をしているんだけど、るみちゃんも一緒に練習してほしいのね?」
「……って、え!? 踊子ちゃんがシンデレラ役なんじゃないの?」
「う~ん、今は他に立候補する子がいないから私だけど、どうだろう」
踊子ちゃんは微妙な笑いを浮かべて言う。
彼女は演劇が大好きな子だが自分が主役を張るようなタイプではなかった。元々、先輩に憧れたというのも、決して目立たない脇役だった先輩がその役を縁の下の力持ちの如く、活躍したからだそう。でも一見しては理解できず、実際、同じ学年の私もその劇は見ていたんだけど、その先輩の役の事は全く思い出せなかった。最も主役を立てていたという意味では、脇役のその先輩を思い出せない事が、立派に活躍したという事を示しているのかもしれないけど……。
とにかく、なぜか一緒にシンデレラ役を練習することになる私。まあでも、衣装も大体作り終え、他にやることも無かったので一緒に練習することは悪くなかった。随分と興味が出てきたこの作品を自ら感じてみたかったというのもある。踊子ちゃんにとっても相乗効果でお互いにおかしい所を指摘し合えるから良いと言っていた。
「ああ、そう言えば……」
お互いに仮脚本を持ち、演技の練習をしていた時にふと踊子ちゃんが思いついたように、
「衣装まだ、実際に試着してなかったよね」
「そうなの?」
「うん、だから、ちょっと試着しに行こうよ」
そう言って立ち上がる。部員には男の子もいるので、部室では試着はできない。そのまま私は流されるように一緒に運動部の更衣室に向かった。
「……でも、出来上がった時に来てみなかったの?」
シンデレラのドレス衣装を渡された私がふと疑問を口にした。
「着たよ。でも私がシンデレラ役かどうか分からないから……」
そう言いながら踊子ちゃんは、まま母のいじわる娘の衣装を着ようと上着を脱ぐ。
「……そう」
私は良く分からないけど取りあえず、衣装を着てみる。なんだかんだで、このブルーの綺麗なドレスを着てみたかったというのもあるのだと思う。
シンプルなデザインなので、すぐに着終わると私の体にピッタリだった。でも、自分では似合っているかよく分からない。試着室ではないため鏡が無いからだ。
踊子ちゃんを見るとまま母の娘のドレスは、見栄を張ったゴージャスなものという設定であるため、無駄に細かい装飾が付いており着るのに苦労している。私は、手持ち無沙汰になり、扉の方をチラチラとみる。窓は完全に隠されておらず、少し外から見える。そこから誰かに見られると恥ずかしいので気にしてしまう。
「ああ、無駄にゴチャゴチャした衣装だわ~」
そう言いながら、ようやく着終わった踊子ちゃんが私を見る。
「サイズはピッタリみたいだけど……」
照れながら私が言うと、
「るみちゃん、可愛い~、すごく似合ってる~!」
なんて、大袈裟に褒める。
「え~? そうかな~?」
流石に手放しで褒められてはすごく恥ずかしかった。自分では確認できないから尚更、疑ってしまう。
「本当だって~! いやーこりゃ、るみちゃんがやるしかないねぇ」
なんて、ほころびながら言う。……いやいや、でも、手伝いの私が主役とか……。
「あー、踊子ちゃんはどうなの?」
恥ずかしいので話題を彼女に向ける。
すると、踊子ちゃんはパッと、下を見て自分のドレスを確認する。
「……派手だよねぇ、まあ、ピッタリだから問題ないけど」
「似合ってるよ……?」
と、言っても良いのかなんなのか。
「アハハ、まあ私は、脇役ですから」
踊子ちゃんはそんな風に苦笑すると、体を動かして衣装の柔軟性をチェックし始めた。
「ほら、るみちゃんも破れないかチェックしてみて」
そう言われて、どう動けばいいか分からないけど、踊子ちゃんの真似をして色々手を伸ばしたり、回ってみたりして動き回る。
「うん! 大丈夫だね……さすが、横井さん」
敬意を込めてか急に名字で言う。衣装は寸法通りに作った。私よりスレンダーな踊子ちゃんにはこのシンデレラの衣装は少し大きいだろう。作っている時にも疑問に思っていたけど、なぜ、私にピッタリの大きさなのだろう? まあ、まだ決まっていないから単に誰でも着られるように大きめに作っているだけなのかな。大きめの衣装を調整するのは難しくないし。
衣装合わせが終わり部室に戻ると、丁度いい時間だったので、私は先に帰ることにする。
「なんだか、シンデレラの劇楽しみになってきちゃった! もし良かったら脚本持って帰って読んでいい?」
帰り際、私が言うと、
「じゃあ、私が最近買ったこの本貸してあげる」
そう言って、踊子ちゃんがカバンから一冊の本を差し出す。
「これ、一月位前に、劇をシンデレラに決めた時に買った本なんだけど、原作をシンプルに再現して読みやすくまとめた物なの、そんなに長くもないしその仮脚本もこれを元に作ったから、こっち見るといいよ?」
「でも、いいの借りちゃって?」
「いいの、いいの、だって、もう2回も見終わっちゃったからね」
「じゃあ、遠慮なく借りちゃおうかな……有難う」
そうして、踊子ちゃんから本を借りた。帰宅中、その本の中身を想像していると、どんどんと早く読みたい気持ちが強くなって、ワクワクしながら家に帰った。
家に帰った後、晩御飯とお風呂を早めに済ませると、早速部屋で借りた本を読むことにする。
私はベッドに横になると枕に本を置き、そのまま読み始めた。
――ある日、エラという女の子がいました。エラは快活で元気な女の子でした。ある日エラのお母さんは若くして病気で亡くなります。しばらくして悲しんだお父さんは、再婚します。その結婚相手――まま母には二人の双子の娘がいました。二人はいつもいがみ合って、エラにも冷たく当たりました。そんなある日、エラのお父さんまでもが事故で無くなってしまいます。すると、血のつながらない家族のエラにまま母と二人の娘は一層強く当たり、家事を全て押しつけ召使いの様に接しました。自分の部屋も使わせてもらえず、汚い屋根裏で生活するエラ。家中の掃除も押し付けられ、薪ストーブの掃除もしました。顔に灰が付いた状態でご飯を用意するエラに、まま母と二人の娘は、『灰かぶりのエラ』という意味の『シンデレラ』という侮蔑したあだ名で呼びます。そんな夢も希望もない生活をエラは日々送っていました。
あくる日、王子の結婚相手を決める舞踏会が城で行われると聞き、父親が亡くなり財産が少なくなっていたまま母やその娘二人も、ドレスを着て舞踏会で王子に気に入ってもらおうと画策します。エラも行きたかったのですが、ドレスを用意する当てなどありませんでした。理不尽な自分の環境に打ちひしがれるエラ。それでも絶望することなく、行きずりの老婆を助けます。その献身的な姿に感動した老婆は自分の正体を明かします。その正体はフェアリーゴッドマザーであり助けてくれたお礼に、エラに魔法でドレス、ガラスの靴、カボチャの馬車等を与え、舞踏会に行けるようにしてくれました。舞踏会に入るとその綺麗な姿に見惚れた王子が美しいエラと一緒にダンスを踊ります。でも、魔法は12時を過ぎると解けてしまう。一時の夢とエラは割り切り、王子に名前を聞かれても本名を教えず、シンデレラと嫌いなあだ名を答えるのでした。
そうしている間に楽しい時間はあっという間に過ぎ12時直前になってしまいます。理由を言えずに王子を振り切りエラは急いで帰ります。途中、階段で靴が片方脱げてしまい、仕方なくそのままなんとか帰ってくると、12時を回り魔法が解けドレスが元のみすぼらしいドレスに戻ってしまいます。カボチャの馬車も元のカボチャに戻ってしまいました。ですが、魔法で形成されたガラスの靴だけはその形を保っていました。エラはその片方のガラスの靴を一時の夢の出来事の記憶として大切に保管しました。
舞踏会が終わると、王子はエラの事を忘れられずに、町中を探し回ります。エラの落としたガラスの靴を頼りに、町中の女性に履かせてピッタリとはまるだろう本人を探します。ガラスで出来た靴には伸縮性が無いので、本人以外にピッタリとはまる者はなかなか現れません。そしてようやくエラの住む屋敷まで、王子がやって来ます。まま母達の意地悪で外に出られなくされたエラでしたが、王子が探し出しついにガラスの靴がピッタリのエラと再開します。その姿は舞踏会の時の様に綺麗なドレスを身にまとった姿ではなく、汚れた服と化粧もしていない格好でしたが、王子はエラを妃に向かい入れ、二人は結婚し幸せになりました――。
私は、読み終わると本を静かに閉じた。
時計を見ると、もう12時――8時過ぎから読んだから、4時間近く読んでたのかぁ。
それにしても面白かった。知っている部分も多かったけど、結構細かい所は知らなかった。シンデレラの名前の由来とかも……知らなかった。はあ、体勢を何度も変えながら読んでいたけど、腕と肩が痛い。
まだ、頭の中で物語がリフレインしてる。この良い気持ちのままもう寝ちゃおう。
この頭を駆け巡る良い気持が解けないよう12時過ぎる前に寝なくちゃね……なんて♪