最初に悟飯の視界に入り込んできたのは真っ暗な空間。闇だけが視界に広がっており、音も何も響かずに体の感触も何も感じられない。ただ漆黒に包まれた無の空間のようだ。
『……を……って…。』
不意に耳に入り込んできたのは今にも消えてしまいそうな微かな声、だがあまりにも小さすぎてよく聞き取れない。そして今度は別の声が耳に届く、声の正体は時間が経つにつれて大きくなっていき徐々に聞き取りやすくなっていく感覚を悟飯は味わう。
「いいか、金を用意しないと娘の命はねぇからな!!」
「ん…、此処は……うっ!」
目が覚めた悟飯はすぐに今の状況を理解することができた。薄暗く外の光が入ってこない部屋に自分がいることがわかり、先程の冷たい感覚はこの部屋の床からくるものだった。
何やらさっきまでいた場所とは違うような気がしてならない、まだ夢でも見ているんじゃないかと錯覚も覚えるがあの冷たい感覚は現実であるという証拠となる。
「おい、少しだけ酷い目に合わせてその写真を送りつければ金額も増えるんじゃないか?」
「なるほど、そうすれば奴さんも必至になって多額の大金を出してくるかもしれないぜ。」
「ああいう金持ちは子供を大事にしてるからな。」
耳に聞こえてくるのは物騒な言葉の数々、金やら酷い目やら聞いているだけで不愉快にさせる声と言葉。悟飯は思わず不快な気持ちの表れとして眉を顰める。
話の内容を聞いているとその声の主は複数いる事がわかり、しかもその複数というのは一人や二人ではない。最低でも三、四人ぐらいの数はいるのではないかと推測していた。
「写真だけじゃなくて音声もつけてやるか?」
「きっと可愛く泣いてくれるだろうぜ。」
悪意に満ち溢れた声と共に意図的に人の気持ちを利用しようとする言葉の連呼。悟飯は身体の痛みを我慢しながらも男の声が聞こえる部屋へと目を向ける。
結果、目が行き着いたのは隣の部屋。建物全体が古臭く荒れ果てており、まるで廃墟場を連想させるようなビルにいるような気がした。
「んー、んー。」
(あの女の子は黒服の人達に捕まったのか…。)
腰にまで届くほどの長い金色の髪と翠色の瞳を持った少女は身体を縛る紐により身動きが取れないように見える。更に口が布により塞がれているせいで上手く言葉を出せないようだ。その少女の周りには取り囲むようにいる複数の男達が黒い服を着込み、表情はサングラスをかけて見えないがよからぬ事を考えているのは間違いない。
「おー、怖い怖い。とりあえず、数発殴れば大人しくなるだろう。」
「あ、顔は止めておけよ。やるなら腹にしておけ。」
「その後はお楽しみタイムだ。」
(くっ、なんでこんな酷い事を…。)
男の一人が前に出た、笑みを浮かべて罪悪感の欠片もなく少女を見下ろしている。その光景に悟飯は更に表情を歪めて怒りという感情がこみ上げていた。
「そういうわけだから、俺達の為にお嬢ちゃんには酷い目にあってもらうぜ。」
「んー!んー!!」
男は腕を振り上げ固い拳を少女の腹へと打ちつけようとする、少女はこれから味わう痛みに恐怖を抱いて反射的に目を瞑ろうとしたが…。
「————―!!」
少女の腹部に痛みが届く事はなく、パシンと響き渡る鈍い音だけが眼前に聞こえてきた。
男が打ち付けた拳は受け止められていたのだ————鋭い眼光を向けた悟飯によって。体格も大きく明らかに力のある大人の拳を小さく幼い少年がその拳を掴むように受け止めている光景は非現実的な場面とも言える。
「なんだ、このガキは……。」
「こいつ何処から現れやがった!」
「おやおや、お姫様を助けに来たのか?勇敢な坊や。」
結果的に悟飯の行動は一気にその場にいる男達の視線を集めてしまう事になった。冷酷で冷たい視線だがそれにも負けず悟飯は睨みつける、恐怖に怯えた様子も逃げる動作も行わずに。
「ヒーローごっこはここまでだ。」
男の一人は持っていた銃を懐から取り出し片手に装備すればそのまま少年に銃口を向けた、この動作をするだけでいくら正義感で突き動かされている子供とはいえ命の危険を察しては大人しくなると見越して。
「な、なんだその眼は!なぜ怯えない!!」
——―しかし目の前の少年は何も反応を見せない。顔色を一つも変えず、ただ銃口を向けている男を鋭い目つきで睨みつけている。これでは脅迫的行動の意味を成さない。
「気持ち悪いガキだ…ッ、とっととくたばれ!」
不気味に感じた男は銃の引き金を引いた、銃声音と共に殺意が込められた一発が悟飯の頭を駆け抜けようとするがそれは無理矢理な身体能力を持って中断させられる。
「う…嘘だろ……。」
「俺は夢でも見ているのか…?」
片手で弾を受け止める少年が男達の目に飛び込んできていた。ありえない光景に目を疑うが行動は止めず今度は全員で何度も何度も引き金が引かれて銃声がループする。
しかしそれでも頭を撃ち抜く事は叶わず、すべて片手で弾丸を受け止めてしまう。目に見えない程の速度をもった銃弾でも悟飯はそれを遥かに超える動体視力を持っていたのだ。
「なんなんだよこのガキは!?」
「ははは…これは夢だ…夢なんだッ!!」
「くそっ!なにがなんでもこいつを始末するぞ!!」
「うおおおおっ!!」
もはや男達に余裕はなく懐からナイフを取り出す者、再び拳銃を取り出す者、武器を持たない者は素手で少年へと容赦なく襲い掛かっていく。目の前の少年を殺す事が出来ない事実は男達にとってはこれ以上にない程の危機的状況であり、すぐに抹殺しなければならなかった。
だが結果は全て惨敗。格闘戦を仕掛けた男達は少年に触れた瞬間吹き飛ばされ、ナイフで攻撃しようと駆使するも何故かナイフの刀身が折れてしまう。更に飛んできた銃弾は一つ残らず手で掴み取られ、少女に飛んできた流れ弾さえも見逃すことなく対処してしまう。
「「「ば、バケモノーーーーッ!?!?」」」」
圧倒的な実力を前にした男達は恐怖心が湧き上がって錯乱状態となりその場から逃げ出そうとするが……。
「―――はあっ!!」
「「「「ぐええっ!?!?」」」」
一瞬で男達の前に現れると悟飯はすかさず拳を振るい蹴りを浴びせる。無論殺す気など毛頭も無く、あくまで気絶させる目的で。故にかなりの手加減を入れているがそれでも男達を軽々と吹き飛ばしていく。
やがてその場にいた男達が気絶した所で悟飯は他に敵がいないか周りを確認すれば最終的に縛られて声も出せずにいる少女へと目を向ける。
少女も自分を助けてくれたのが化け物のような強さを持った少年だと驚きを隠せずにいたのだが、互いに目と目が合えばゆっくりと悟飯は近づき。
「もう大丈夫だよ?」
少女の口を塞いでいる布や身体を縛り付ける紐を解いていく、さっきのような鋭い顔付きではなく穏やかな笑みを浮かべながら。
「ぷはぁっ! あ、あんた何者…!?」
「ボクは———…。」
少女からの質問に悟飯は小さな声で答えようとするが最後まで言う事はできず、意識が途中で切断される。つい先程までは怒りに身を任せていた為異変を感じなかったが、悟飯の体はボージャックとの激闘で既に重傷を負っており、少女を助ける事ができた安心感と同時に再び体へと響いてきたのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
視界が暗闇に包まれていく中で少女に覆いかぶさるように倒れてしまう、少女は咄嗟に自分の方へと倒れてきた悟飯を受け止める。
「なんなのよ…って怪我してるじゃない!と、とにかく鮫島に連絡しなきゃ。」
少年の容体に気づいた少女は驚愕するも、まずは自分の無事を知らせる為に机に置いてある携帯を手に取るのだった。
(オマケ)
???「もしもし、鮫島?」
鮫島『お嬢様!?ご無事でしたか!!』
???「ええ、それで警察に『本当に!本当によくご無事で!!私はずっと』って話を聞きなさーい!!」