「———うおおおおおおおおぉぉぉぉっ…!!!」
「出たぞ! ドン・ハガネの四枚流し…!!」
「すごい……あんな食べ方ができるなんて。」
「いきなり飛ばしてきたな。」
開幕直後、豪快な食べっぷりを披露する大男にその場にいた観客は魅了されていく。スパゲッティ、オムライス、サンドイッチ、シーザーサラダ、小皿に盛りつけられた料理を四つほど一気に口に流し込んでしまったのだ。
それはもはや早業という領域であると同時に豪快さも表現された彼しか成しえない技と言えるだろう。あっという間に料理が乗せられた皿は空っぽな皿へと変貌させられていく。
「流石チャンピオンの名は伊達じゃない! 他の選手をぐいぐいと引き離していきます!」
「豪快な食べっぷりですね~。」
「ガハハハ! どうだ、俺こそがデカい体と胃袋を持つ大食いチャンピオンのドン・ハガネ様だあ!!」
余裕の表れなのかハガネは立ち上がって観客にパフォーマンスを披露する。それだけ自分の食欲に自信があるのだろう。大勢の観客達は彼の行動に釘付けになっていた―――彼女達を除いては。
「結構やるじゃないの。でも、あいつと比べたらまだまだね。」
「そうだね……食べ方も汚いし。」
ハガネの食欲を見ても動じないアリサは不敵な笑みを浮かべてフェイトも彼女の言葉に頷く。どうにも周りの人物はあまりにも急いで食事を進めているのではしたない印象を受けてしまうのだ。
「あいつ?」と桃子が気になって聞き返せば二人は視線を大男の隣へと向ける。
「おいっ! ハガネの隣を見て見ろ…!!」
―――刹那、観客の中の一人が驚愕の声を上げて指を差す。桃子や他の観客達もその声に釣られてハガネの横を見て見るとタワーのように小皿が積まれており、その先には物凄い速度で料理を消化する悟飯の姿があった。
カツカツカツカツカツ……食事音が響き渡るがとても小さい。しかし隣の大男と比べれば上品さや気品さを感じさせてくれる食べ方、というより一般的な食べ方ではあるのだが。
「なっ!? ば、バカな…!」
「おぉーーーっと! 今大会では最年少の孫悟飯くん、あっという間に料理を平らげていきます! これは思わぬ伏兵の登場か!!」
「本当に美味しそうに食べていますね~~作り甲斐があります。」
「いっけーーっ! ごはぁーーーん!!」
「悟飯……!」
少女達の応援を背に受けながら美味しそうに料理を口に入れていく。速度も衰える事もなくもはや悟飯の右に出る者などいない。サイヤ人の特性上とはいえ、それを知らない者達から見れば唖然としてしまう光景だ。
「くそっ! 俺はチャンピオンなんだぞ。こんな所で負ける訳にはいかねえええぇぇっ!!」
彼にとっては意地でも負けられない勝負、初めて焦りを見せたハガネは八枚の皿を両腕で抱え込み……。
「ドン・ハガネがなにかするつもりだ!」
「まさか、八枚同時に流す気か…!!」
「いやいや、流石にハガネでもそれは厳し―――」
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ…!!!!」
大きく口を開けて豪快に料理を流し込む。あっさりと追い抜いて差を突きつける悟飯に対して追い抜こうと駆使するドン・ハガネ。止まらない二人の食欲に観客は度肝を抜かされる、一方で他の参加者達もラストスパートに向けて勢いを増していく。その数分間のやり取りが暫くループし続ける中、遂に砂時計が全て落ち切って―――
「そこまでー! 時間となりましたので食べるのを止めてください。」
「それでは、お皿の枚数を数えていきますね~。」
美由希とファリンは順番に参加している人物全員の皿の枚数を数えていく、今回の大会に出場した参加者は一般人レベルと比較すれば明らかに常人以上の量を食べていた事は間違いないだろう。
「九頭竜さんは23皿、高柳さんは32皿、ドン・ハガネさんは……な、なんと65皿です!!」
「「「「おおおおお……!!」」」」」
湧き上がる歓声。制限時間、それはあまりにもごく僅かな時間。砂時計が満ちるまでの時間は限りなく少なすぎるにも関わらず、これだけの量を食べ尽くしたハガネは流石大食いチャンピオンだと言わんばかりに騒ぎ立てられる。
だがハガネは素直に喜べなかった。普段の彼なら此処で観客にアピールするだろうが、今の彼にそんな余裕はない。まだ自分を本気にさせた少年が残っているのだ。
「そして最後の孫悟飯くんは……―――ひゃ、108皿!? まさかの100皿突破ぁ!」
「食べ残しもなく、これだけ食べられるなんて凄いですね。」
「よく食べる子だと思ってたけど、まさかこんなに食べるなんて……。」
呆然と少年を見つめながら述べる桃子。温泉旅行の時に悟飯の食欲には理解していたつもりだが、その理解を超越してしまっていた。だが無理もない、チャンピオンを軽々と越してしまう食欲を持つ子供を誰が予想できたというのだろうか。
「以上の結果、フードファイト大会優勝者は……。」
「孫悟飯くんです~!」
優勝者が告げられ再び歓声と共に盛大な拍手が巻き起こるが、その対象はハガネではなく悟飯に向けられたものだった。「よくやった!」「おめでとう!」「かわいい!」など観客が投げてきた言葉に悟飯は照れながらも立ち上がって軽く頭を下げる。
「ま、トーゼンの結果ね!」
「凄い……でも、お腹壊さないのかな。」
アリサは悟飯の食べっぷりは充分理解しているので特に驚く様子はないがそれでも嬉しさは感じており、フェイトは驚きながらもあれだけの量を食べてお腹を壊さないのかと心配していた。
「ううっ! すまねぇ裕子……もうお前を助ける事はできねぇ……。」
(え…?)
不意に届いた声に耳を疑う悟飯。その声の主は見慣れた者からであり、思わず視線を隣へ向けてしまう。其処には今までの豪快さがなくなり表情が異常なまでに曇っていたドン・ハガネの姿があった。
「此方が優勝商品の金一封とケーキセットで~す。どうぞ悟飯くん。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「参加者の皆さんにも割引券を渡しますのでそのまま待っていてください。」
ハガネに気を取られている間にファリンがケーキセットと封筒を両手に抱えて悟飯へと差し出す。観客達は未だに盛大な拍手と共に悟飯を祝ってくれていた。
「よくやったわ! みんなあんたの食べっぷりに驚いてたわよ。」
「ははは、ありがとうアリサちゃん。」
「悟飯、優勝おめでとう。あと、お腹痛くない?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうフェイトちゃん。」
アリサとフェイトからも祝いの言葉を掛けられると笑みを浮かべて礼を述べる。と、そんな時ガタッと小さな音が聞こえて振り向くと巨体な大男が見下ろしており。
「…………。」
一人椅子から立ち上がったドン・ハガネは悟飯に対して暗い視線を送った後、そのまま店内を出て行こうとする。しかし、あれだけ騒いでいた観客達は彼が店を出て行こうとしても一瞥するだけで誰も話しかけたりせず、既に興味がないのか別の話題に移っていた。
元々ハガネにいい印象を持ってなかったアリサは「調子に乗った罰よ」と呟くが、悟飯はハガネの言葉が脳裏に引っ掛かると。
「待ってくださいハガネさん!」
「ご、悟飯…?」
優勝商品を片手に持ちながら彼を呼び止める為に慌てて駆け出す。フェイトはうろたえながら悟飯の背を視線で見送るが、アリサは呆れたように彼を見るとフェイトを連れて仕方なく追いかけることにするのだった。
「小僧……負け犬の俺に何の用だ? 嘲笑いにでもきたのか?」
「いえ、さっきハガネさんが“お前を助ける事ができない”と言ってたのが聞こえたので……。」
なんとかオープンテラス前で引き止める事に成功すると先程彼が呟いた言葉について問いかける、それを聞いたドン・ハガネは更に表情は暗いものへと変えていってしまう。最初に出会った頃の態度のギャップに悟飯は少し動揺を隠しきれずにいた。
「…俺の妹は重い病気にかかって入院している。その病気を治すには手術しねぇとならねぇんだが……手術には莫大な金が必要なんだ。」
「………。」
「俺は金を手に入れる為に仕事を探したが、面接すれば体がデケェだの顔が怖いだのと言われて全く職に就けねぇ……。」
確かに彼の体は巨体と表現するのが的確だと感じさせるほどに体格は大きい。それに加えて顔が怖ければ面接で落とされても不思議ではないだろう。
「だが、ある時店に貼り付けられた大会のチラシを見て思った……この方法なら妹を救える! 幸い食う事には自信があったからな。そして俺は次々と大会を制覇して大食いチャンピオンにまで上りつめ、ようやく手術費の半分まで溜める事ができた……。」
「ハガネさん……。」
「けどそれも終わりだ…もう妹を助ける事はできねぇ……!!」
話を聞き終えると悟飯はポケットから優勝商品の一つである封筒を取り出し、ハガネへと差し出す。
「……ハガネさん。良かったら妹さんの手術費に使ってください。」
「なんだと! 本当にいいのか!?」
「はい、ボクが欲しかったのは賞金ではないので。これで足りるかはわかりませんが……。」
「だが……。」
「——―悟飯! 何度も言ってるけど勝手に行動するんじゃないわよ!」
「なにしてるの?」
ようやく追いついたアリサとフェイトはハガネの言葉を遮って登場する、状況のわからない二人に対して悟飯はハガネから聞いた話を再び説明するとアリサは「はぁ……。」と本日何度目かの呆れたため息を漏らした。
「相変わらずのお人好しねぇ。それであんたはこれからどうするのよ?」
改めてハガネに問い直す、フェイトもまた彼に対して視線を送る。
「俺にもわからねぇ……どうしたらいいんだ……。」
「……また大会に参加しないの?」
「俺には無理だ! 今回の大会で上には上がいるってことがわかった……このまま次の大会に参加してもまた負けるのがオチだ!」
ハガネ自身、大会に参加してからずっと優勝し続けたせいで敗北の味を知らない。彼にとって子供に負けた敗北の味は苦々しく完璧に自信喪失させるほどの打撃なのだ。
只でさえ自分の得意分野でそれをまだ幼い子供に負けるという事実は大人であれば誰でも心に突き刺さる自体だろう。敗北を知らない彼にとってはそれが何倍もの苦痛となっていた。
そんなハガネの弱気な態度にアリサは苛立ちを見せ始める。
「はあ? バッカじゃないの。一回負けたからって諦めるんじゃないわよ! あんたは妹を助けたいんでしょ!? それともチャンピオンの肩書が欲しいの?」
「違う! 俺は妹を助けたいんだ! 助けてぇ……助けてぇけど、それでも俺には無理だ……もう大会には出られねぇ。かと言って仕事もねぇ……どうすれば……。」
「……そう、じゃああんたは仕事が見つかれば真面目に働くのね?」
「も、勿論だ! あいつを助けられるなら24時間働いても構わねぇ!!」
ハガネの決意を聞くとアリサはバッグから携帯を取り出して何処かへと掛け始める。突然の彼女の行動にその場にいる全員が疑問を浮かべながら待っているとやがてアリサは携帯を切って再びバッグへとしまう。
「アリサちゃん、誰に電話してたの?」
「鮫島よ。ハガネだっけ? あんた明日からパパの会社で働きなさい。」
「……え!? そ、それって俺が採用されたって事か!?」
「ええ、あたしが推薦しといたわ。と言っても最初は雑用だけどね。でも、あんたの頑張り次第では昇格できるし、給料も上がるわよ。」
それはハガネにとって予想だにしないチャンスだった。念願の仕事が見つかり働く事ができる。そして給料が手に入れば妹の手術費が払える上、生活にある程度の安定を保てられるのだから。
「ありがてぇ……けど、なんでそこまでしてくれるんだ? 同情か?」
「そんな訳ないでしょ! あんたの話を聞いてるとまるで悟飯が悪いみたいじゃない。それが気に入らないだけよ。」
そう言ってアリサは腕を組みながらぷいっと視線を逸らしてしまう。その様子に思わず悟飯は僅かに微笑を浮かべていた。
「よかったですねハガネさん。」
「ああ……恩に切るぜ嬢ちゃん。それとさっきは迷惑かけて悪かったな、小僧……いや、孫悟飯。俺はもう大丈夫だ。」
「わかったらさっさと妹さんの所に行って報告してあげなさい。仕事先については後で鮫島が連絡するわ。」
「サンキュー…この恩は一生忘れねぇぜ! うおおおおお!!! 待ってろ裕子おおおおぉぉぉぉっ!!!!」
異常に曇っていた表情に光が灯され、出会った頃の豪快さを取り戻したハガネはそのまま病院に向かって全速疾走で駆け抜けていく。やれやれとばかりにアリサは疲れた表情を浮かべながら見送っているとふと腕に巻かれた時計が目に入り……。
「ちょっ、もうこんな時間じゃないの! これじゃせっかく立てたデートの予定が台無しじゃない~……。」
「「…デート?」」
「っ!!? え、あっ、ええーと……。」
アリサが漏らした発言に小首を傾げるフェイトと悟飯。彼女が計画していたのは悟飯と二人っきりのデート……の筈がどこを間違えたのか思いっきり空振りしてしまっている事に気がつく。だがそれに気がついた頃にはもう遅かった。
「あら、こんなところにいたのね。急に飛び出していくからびっくりしたわ。」
「桃子さん…!?」
「……何時の間に。」
温厚な微笑を浮かべながら歩み寄る桃子。アリサは更にパニックを引き起こしたように顔面を真っ赤にさせて見上げる、小さく呟いたフェイトの言葉に耳を貸す余裕もないようだ。
「心配かけてすみません……。」
「いいのよ、気にしないで。三人とも何事もなかったみたいだし…それじゃ私は仕事に戻るわ、また来てね?」
「ありがとうございます。」と三人は頭を下げてお礼の言葉を述べる、その態度に桃子は笑みを浮かべながら通り過ぎようとした刹那——――
「今日のこと、なのはには黙っておくからデート頑張ってね。」
「……!?」
アリサの耳元に声が通り、体がフリーズして身動きが取れないほどガチガチに固まってしまう。うっかり口にした本音が聞かれたと思い知ると羞恥心で口が動かない。
「私も母さんのお土産を用意しないといけないから、もう行くね。」
「あ、それなんだけど、これじゃダメかな?」
悟飯は手に持っていた白い箱に包まれたケーキセットをフェイトに渡す、元々悟飯はフェイトの母親へのプレゼントの為に大会に参加したので食べようなどとは微塵も考えていなかった。
「ダメじゃないけど、もしかして母さんのプレゼントの為に大会に参加したの?」
「うん。ケーキセットならお土産になるし、これだけあればフェイトちゃんのお母さんも喜んでくれると思ってね。」
「そうだね……きっと母さんも喜ぶと思う。ありがとう悟飯。」
重みのある箱を小さな両手で抱えながら、浮かべたのは嬉しさ故の笑顔だった。悟飯もその笑顔を見ると嬉しそうな微笑を浮かべるが、フリーズが解けたアリサはむっとした表情で不機嫌さを露にしていた。
「あ、報告日は明後日の朝だから、準備があるならその日までにしておいてほしい。」
「明後日の朝だね。わかっ———―」
「ほら急ぐわよ悟飯! まだする事がたくさんあるんだから!!」
「わ、わわああっ!? ま、またねフェイトちゃん…!」
強引に悟飯の腕を引っ張っていく、かなり計画から逸れた上にフェイトと何やら良い雰囲気となってしまい台無しも良い所である。こうしてフェイトと別れて翠屋を後にするが、また邪魔をするようにトラブルが待ち構えていそうで少し不安なアリサであった―――。
(おまけ/翠屋に向かう途中にノエルが見たもの)
ハガネ「うおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」
ノエル(随分と元気な方ですね……。)
アリサ「ったく! あの熱血馬鹿の所為で余計な時間食ったわ。」
悟飯「あはは、でも楽しかったよ。また大会があったら参加したいな。」
アリサ「あんたが出ればぶっちぎりで優勝するでしょうけどね。」
ノエル(あれはアリサお嬢様と悟飯様……―――悟飯様!? ど、どうしてあそこに悟飯様が! さっき商店街とは別の方角に向かった筈……それに服装も違う……。なら、さっき見た悟飯様は別人?けど何か引っかかるような……。」
士郎(ノエル? 何一人でブツブツ言ってるんだ?)
(おまけ2/ハガネの本名)
美由希「そういえば母さん。あのドン・ハガネって人の名前って本名なの?」
桃子「違うわよ。ドン・ハガネは芸名で本名は確か山田五郎だったかしら?」
美由希「ぷっ! や、山田五郎……普通に日本人じゃん。」
ファリン「可愛い名前ですねぇ。」
美由希「え?」