ハイスクールD×D 英雄志望の少年   作:北斗七星

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教えて、ニャンコ大先生!

「……よし、誰もいないよな」

 

 周囲をキョロキョロと見回し、少年は人の気配が無いことを確認する。現在、少年がいるのは鬱蒼とした木々が茂る山の中。まだ日は高いが好き勝手に生えた木の枝葉が覆いとなり、少年の周囲は時間帯を勘違いしてしまいそうになるほど不気味に暗かった。こんな所に好き好んで入ってこようとする者はそうはいないだろう。

 

「今日も頑張るぞ」

 

 しかし少年、日乃輪(ひのわ)龍一郎(りゅういちろう)は自身を囲う暗がりに恐れる様子を微塵も見せずに自身の作業に没頭していた。それもその筈で、彼はいわゆる転生者という奴だ。前世の記憶を持っている、即ち精神年齢が実年齢よりもかなり高いため、幼い見た目に不相応な落ち着きを持っていた。

 

「今日は……こいつか」

 

 龍一郎の傍ら、何も無いはずの空間から黄金の光が滲み出すように現れる。光の中からは何かしらの武器の柄が覗いていた。明らかな異常現象だが、特に気にする様子も無く龍一郎は当たり前のように柄を掴み、光の中からそれを引き抜いた。

 

「今日もよろしくお願いします」

 

 出てきた武器、何か荘厳なオーラを放つ斧に一礼し、龍一郎は素振りを始めた。その斧から放たれる雰囲気たるや、一目見ただけで尋常ならざるものだということが窺えた。なぜ、龍一郎がそんなものを持っているのかと言うと、それは転生する時に神を名乗る何かから貰った、否、押し付けられた『王の財宝』というものが原因だった。

 

 『王の財宝』について物凄く簡単に説明すると、世界中(龍一郎の前世)にいた英雄たちの武器やら防具やら(宝具)の原典がとんでもない量入ってる宝物庫だ。本来の持ち主である英雄王はその原典をまるで石ころでも投げるかのような気軽さでぶっぱし、絨毯爆撃さながらの攻撃をしていたという。

 

 もっとも、こんな使い方は英雄の中の英雄である英雄王だから出来るのであり、龍一郎にとても真似出来るものではなかった。彼は原典の所有者ではないし、ましてそれらの宝具を手足のように扱っていた担い手でもない。十年以上の時をかけ、やっと宝具から放たれるオーラに気絶しないで触れるようになったただの子供だ。

 

 まだ十回程度しか振ってないのに腕が痺れ始める。単純に重い、という訳ではない。龍一郎が持つ宝具から感じられる重圧が精神的にも彼を疲弊させていた。

 

「本当、こんなの振り回して戦ってたんだから凄いよな、英雄って」

 

 それでも、龍一郎は素振りを止めない。掌に出来た肉刺が潰れ、血が滲んでも止めない。腕の筋肉がプチプチと嫌な音を立て、激痛が走っても止めようとしない。宝具に、そして本来の担い手達に失礼の無いように。少しでも彼らに近づけるように少年は遅々たる、だが確かな歩みで今日も進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素振りを開始してからおよそ四ヶ月ほどが経過し、龍一郎の通う中学校は夏休みに入っていた。この四ヶ月の間、学校が終わってからは学校近くにある山奥の修行場所でひたすら宝具を振るい続けていた龍一郎。時々、幼馴染や友人たちと遊んだこともあったが、それでも素振りを怠った日は一日たりとも無かった。その甲斐あってか、最近では両腕を傷めることなく宝具を振るえるようになっていた。

 

「……よし、と」

 

 夏休み最初の週に宿題を全て終わらせ、早速修行場所へとやって来た。早速、宝具の素振りをするかと思いきや、何も取り出さないで無手のまま目を閉じ意識を集中させる。

 

 そのままの体勢で静かに呼吸を続けること数分、前触れも無く発生した微風が龍一郎の周囲に発生した。龍一郎を囲むように流れる風は霧散せず、不自然に円転しながら加速していく。

 

 最初、ふわりと頬を撫でる程度にしか感じられなかった風が勢いを増していく。ゆっくりと、だが確実に強くなっていく風はやがて音がはっきりと聞こえるほどにまでなっていた。最早、小型の竜巻といって差し支えない強風の中心で龍一郎は眉間に皺を寄せ、額に汗を浮かべながら意識の集中を続けるが、一分としない内に限界が訪れる。

 

「うおぉっ!?」

 

 精神の統一が乱れた瞬間、龍一郎を中心に渦巻いていた竜巻が弾けた。吹き荒れる突風に木々が撓み、木の葉が散っていく。

 

「くっそぉ、やっぱ駄目かぁ~」

 

 地面の上に大の字になって倒れこんだ龍一郎の額の上に一枚の葉が落ちてきた。取る気も起こらないのか、龍一郎は葉を乗せたまま、突風の名残でざわざわ揺れる枝の音に耳を傾けていた。

 

「風にするとこまでは出来るんだけどな。そっから先が……」

 

 上半身を起こし、頭を掻く。龍一郎がこんなことを始めた切っ掛けは全くの偶然だった。宝具の素振りの最中にこの世界には魔術みたいな存在とそれを行使するための力があることを発見したのだ。

 

 というのも、一、二週間ほど前に聖剣的な宝具で素振りをしていたら切っ先からレーザーみたいなのが出て、木を三、四本両断したのだ。最初のほうこそ物凄く慌てたが、そこまで大した威力はないようだったので色々と検証してみることに。結果、自身の中にある魔力が聖剣を介してレーザーになり、振り下ろしと同時に放たれていたことが判明した。

 

「……これ、魔力を風にして『風王結界(インビジブル・エア)』みたいに出来ないかな?」

 

 というのが龍一郎が今回の訓練を始めた経緯だ。それなりに才能があったのか、魔力を風に変換して放出することは出来るようになった。だが、そこから先の風を収束して身に纏うことは上手く出来ずにいた。

 

「やっぱ、独学でやるには無理がありすぎるよなぁ。先生がいればいいんだけど……」

 

 いやいやいや、と頭を振って龍一郎は高望みを振り払う。望んだところで、都合よく先生が現れることなどないのだ。だったら、自分一人の力でことを為すしかない。両手で頬を叩き、気合を入れる。立ち上がって、練習を再開した。

 

「どわぁ!!」

 

 大気を劈く炸裂音が響いたのはそれから十秒後のことだった。

 

 

 

 

『にゃ~ん、にゃ~ん♪ にゃんにゃんにゃん♪』

 

 時を同じくして微妙に違う場所。一匹の黒猫が上機嫌で山の中を歩いていた。美しく光沢のある、非常に良い毛づやの猫だった。この黒猫、ただの猫ではないのだが、今は語るべきことではないので割愛する。

 

 鼻歌にも似た声で鳴きながら黒猫が歩いていると、突如として何かが弾ける音が聞こえてきた。数瞬遅れ、吹き抜けた突風が黒い毛を叩いていく。予告も前兆も無しに発生した音に一瞬だけ驚くも、黒猫はすぐに全身の毛を逆立てて警戒態勢に入る。鼻面に皺を寄せながら強風が吹いてきた方向を睨んだ。

 

『……そ、……こそ』

 

 何やら声が聞こえるが、遠すぎるためか詳しくは聞き取れない。警戒を解かずに黒猫は猫特有の音を立てない歩きで静かに、そして素早く音と風の発生源へと近づいていく。その間にも二回、炸裂音がこだまし、風が奔っていった。

 

 やがて、黒猫は開けた場所に辿り着く。そこでははた迷惑な風と音の原因であろう少年が地面の上で大の字になっていた。黒猫は少年に気付かれぬよう、近くにある茂みの中へと隠れて葉と葉の間から様子を見る。

 

「えぇい、まだまだ!」

 

 威勢よく飛び上がり、少年は目を閉じた。少年の周囲に風が渦巻き始める。視認出来るほどに濃い風は鎧のように少年の堅田に集束していった。

 

「うおぉっ!!」

 

 しかし、ある程度の量の風が集束すると調節が上手くいかなくなるのか、集まっていた風が爆弾よろしく破裂して逃げるように木々の間を駆け抜けていった。

 

「何くそぉ!」

 

 失敗にもめげず、少年は再び挑戦する。しかし、結果は同じだった。

 

「やっぱ無理なのかぁ……」

 

 十回目の失敗でとうとう根気が失せたのか少年、龍一郎は倒れたままでいた。もう、起き上がる気力も無い。

 

「成功できる気がしない。やっぱ、無理か? いやいや、継続は力なりという。諦めたらそこで試合終了だって偉い人も言ってたしな」

 

『その根性は見上げたものだけど、今のまま闇雲にやっても成功は無理にゃよ。にゃにがしたいのか知らないけど』

 

「ど、どちらさん!?」

 

 突如、投げかけられた声に龍一郎はぎょっとしながら跳ね起きる。周囲に視線を走らせるが人の姿は勿論、気配も感じられなかった。

 

『ここにゃ、ここ』

 

 気のせいか、と首を傾げる龍一郎の足下から先ほどのと同じ声が。ふぇ? と間抜けな声を出しながら視線を下ろしてみれば、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

 

「……」

 

 現実を理解、認めるのに数秒の時間を要して龍一郎は察した。あの声の主は足下にいる黒猫だと。

 

「ねねねね、猫が喋ったぁ!?」

 

 腰を抜かし、尻餅をついた龍一郎の腹の上に軽やかな身のこなしで猫が飛び乗る。あんぐりと口を開けて言葉も出ない龍一郎をじっと見詰めていた。

 

『落ち着くにゃん。というか、あんたみたいにゃトーシローが魔術を使えるのよ? 人の言葉を話す猫がいたって不思議じゃにゃいにゃん』

 

「……言われて見れば確かに」

 

 黒猫に説得される中学生の図。構図としてはこの上なくシュールなものだった。

 

「えっと、猫又的な何かですか?」

 

『猫又は猫又でも猫魈っていうとっても凄い妖怪なのよ?』

 

 しゃなりと科を作る黒猫に龍一郎ははぁとしか返せなかった。

 

「で、そのとっても凄い妖怪の猫魈が俺に何の用で?」

 

『用も何も、いきなり風が吹いてきたからその大元に文句を言いにきただけにゃん。お陰で毛並みが乱れちゃったじゃにゃい』

 

 ぼさぼさになった黒毛を整えながら黒猫は龍一郎に非難の目を向ける。特に意図してやった訳ではないのだが、それでも黒猫に迷惑をかけたのは確かだと龍一郎は素直に頭を下げた。

 

『うんうん、素直に謝れる子は好きよ。で、そういうあんたはにゃにしてたの?』

 

「あ、はい。実はですね」

 

 黒猫を腹に乗せた体勢のまま、龍一郎は自分のやろうとしていたことを掻い摘んで伝える。にゃるほど、と龍一郎から話を聞き終えた黒猫は考え込んだ。

 

『何重にもした風の層で自分の体を覆って相手から自分を見えにゃくすると』

 

「えぇ、まぁ簡単に言っちゃえば」

 

『そんな面倒な事しなくても自分を透明にするくらい出切るわよ』

 

「マジで!?」

 

 百聞は一見にしかず、と黒猫は目を見開く龍一郎の目の前で透明になって見せた。ふぁ!? と龍一郎の口から変な声が漏れる。慌てて目元を擦って見たが、消えた黒猫は現れなかった。

 

『隠形っていう妖術の一種だけど、妖術を齧ってる奴にゃら割と誰でも使えるにゃん』

 

 ここに来てまさかの衝撃的な事実。不可視になるのは結構簡単なことだったようだ。少なくとも、苦労してまで身につける技能ではないらしい。

 

「つまり、俺のやってきたことは……無駄だったのか?」

 

『くさらにゃい、くさらにゃいの』

 

 どう、と両腕両脚を投げ出して倒れこんだ龍一郎の胸に移動し、黒猫は意気消沈する龍一郎の顔を肉球でペシペシした。

 

『もっと、視野を広げて考えるにゃん。別に不可視になるだけが使い道って訳じゃにゃいでしょ?』

 

 それこそ、単純に鎧として身に纏ったり加速したり。鏃のように展開して空気抵抗を減らすことも出切るだろうし、剣に纏わせれば威力を上げる事も出切るはずだ。それに斬撃を飛ばしたりするのも夢ではないだろう。黒猫のフォローに龍一郎はおぉ、と目を輝かせて起き上がろうとするが、すぐにシュンとなってしまった。

 

「でも、俺じゃそんな幅広い用途で使えないよな、実力的に考えて」

 

 確かに、風を集束させることに四苦八苦している今の彼では無理だろう。時間をかければ出切るのだろうが、かなりの年月が必要なのは確実だ。落胆する龍一郎を見上げていた黒猫は仕方にゃい、と小さくため息を吐いた。

 

『ここで会ったのも何かの縁。私が面倒見てやるにゃん。魔術は専門じゃにゃいけどね』

 

「え、いいの?」

 

『モーマンタイにゃん。最近じゃ追手も来なくなったし、それに暇だし……あ、勿論代価は貰うわよ。暖かい寝床とご飯を要求するにゃん』

 

 追手、という不穏な単語が気にならなくも無いが、龍一郎は一も二も無く頷いた。暗中模索しながら進めてきた魔術の修行。これ以上独学で上達させるのは無理そうだったので、教えてくれる存在というのは正直ありがたかった。

 

『じゃ、これで交渉成立にゃん。あんた、名前は?』

 

「日乃輪龍一郎だ、じゃなくて日乃輪龍一郎です。えっと、貴方の事は何と呼べば?」

 

『私のことは黒k……ニャンコ大先生と呼ぶにゃ。言っとくけど、私の修行は厳しいわよ?』

 

「覚悟の上です。よろしくお願いします、ニャンコ大先生」

 

 礼儀正しく頭を下げる龍一郎に黒猫は満足げに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 これが自分と龍一郎の運命の出会いだった、と彼女。ニャンコ大先生改め黒歌は惚気話を始める時、決まってこのように切り出していたと彼女の妹は辟易とした顔で言っていた。

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