あ、まずお気に入りもされていないのか。あらあら。
入学式が終わり、多くの生徒は教室へと戻っていた。
各教室では新しい担任の先生と顔を合わせるところもあれば、担任が変わらないクラスもある。
スバルたちが在籍する6年A組の担任は依然と変わらず、育田道徳先生である。子供思いのアフロヘア―の先生は、今日も温和な顔で児童たちに連絡事項を突き付けていた。
「明日から授業が始まるから、忘れ物をしないように。特に牛島!!」
「うっ」
忘れ物常習犯であるゴン太は先生に棘を刺され、クラス全員に笑いが起こった。
隣に座るジャックも楽しそうに笑っているのを見て、スバルもホンワカな気持ちになった。
「なあ、委員長からメールがきているんだが見たか?」
「いや、まだ見ていないけれど」
「今日、スピカモールに買い物行くんだってよ。お前はどうするんだ?」
スバルは少しだけ考えた。
今日は特に用事もなく、ここ最近もWAXAの仕事はない。どうせ暇だから行こうという考えに至っていた。
「行くよ」
「じゃあ、メールは自分で送っておけよ」
「……」
言われるがまま、ハンターVGを操作してルナにメールを送った。
「それじゃあ、みんな気をつけて帰るんだぞ」
育田先生は児童たちにそう声をかけ、次々にクラスメイトは帰宅の準備を始めた。
そんな中、ルナたちはスバルの席に歩み寄り。
「それじゃあ星河君。行きましょうか?」
「うん」
「ジャックはいかないのか?」
「ジャックはWAXAの仕事があるから行かないってさ」
「彼はまた今度誘いましょうか」
帰路に赴く児童の流れに乗りながら、スバルたちはスピカモールへ向かうべく、ウェーブライナーの乗り場へと向かった。
「そういえば、スピカモールにミソラちゃんの限定グッズが販売されているそうですね」
「おお!! 本当か。キザマロ。今日はそれ目当てで!!」
「最近、ドラマもライブも大盛況しているからね。グッズも多く販売されるのも無理ないわよ」
響ミソラ。若干12歳にして女優に歌手をこなすトップアイドルは、スバルたちと親友であり戦友でもある。そしてスバルにとって初めてのブラザーであり、困ったときや悲しいときなどいつもスバルはミソラに助けられていた。
そんな彼女もまた、スバルやゴン太と同じ電波変換ができFM星人のハープと一緒に行動している。
そんなミソラとも、スバルは数か月以上会っていないわけで……
「どうしたスバル。浮かない顔をして」
「……え?」
ハンターVGから突然、ウォーロックが声をかけてきたことでスバルは少し体を浮かせた。
ウォーロックはスバルの態度に気付いたのだろう。何日も一緒にいるからなのか、彼の態度にはすぐ気づき、その考えまでわかってしまう。ウォーロック自身、ちょっと悩みの種でもあることだ。
「ミソラのことか」
「な、なに言っているんだよウォーロック」
赤面をするスバルに、ウォーロックはため息をついた。
「まあ、メールはちょくちょくしているんだからいいじゃねえか」
「ねえ、何の話をしているの?」
ウォーロックとスバルの会話に、ルナが首を突っ込んできた。
「なんでもないよ!! それより、今日はどこで買い物するの?」
ミソラの話をしたくないのか、またはしたらルナに何か言われるのが怖いからなのか、無理やり話をそらして、ルナは少しだけ目を細めた。
「そうね。キザマロたちがミソラちゃんのグッズを買いたいと言っているから、そっちはそっちで……星河君はどうしたい?」
「どうしたい?」
「その、私のほうについていってくれるの?」
「え……」
「とはいっても、大したものは買わないけれどね」
「僕は適当に回っているよ。委員長は一人で楽しんできて」
「……分かったわ」
少し気に障るようなことを言ったのか。言ってはいけないがルナの買い物はとにかく長いことで有名だ。いつも買い物についていくキザマロとゴン太は、後で泣きながらスバルに話しかけてきているそうだ。
スピカモールについてからは、それぞれ目的の場所へと向かった。
「どうする? 前にアシッドたちとやりあった場所へ行くか?」
「いや、今日は適当に回ろうよ」
「お前にしては珍しいな」
「そうでもないよ」
ウォーロックの言う場所は、WAXAのシドウとアシッドが以前に対決を申し込んできた場所。あの時は邪魔が入り決着をつけられなかったが、それ以降何回か手合せをすることができている。
メテオG以降、人の入りは徐々に取り戻してきているようで、人波も前よりは断然多くなっている。
「にしても、平和になったものだなー」
「よく言うよ。ちょくちょくウイルスが現れるたびに『暴れてやるぜー!!』なんて言っているくせに」
「体がなまっていちゃ、いつ新しい敵が来るか分からねえだろ? 時には体を休めることも必要だぜ」
ウォーロックの言葉に、スバルは苦笑いをするくらいしかできなかった。彼がそういうのは珍しいからだ。普段、喧嘩っ早いウォーロックのことだ。メテオGの件以降、そこらへんのウィザードに喧嘩を売らないか心配でしょうがなかったのである。
幸いにもそういう事はなく、ウォーロックも静かにしてくれているのだが……
スバルは考えた。本当にこのまま平和が続くのだろうか。この電波社会は、穏便になっていくのだろうか?
三度も世界の危機が晒されているからか、変な違和感を抱いてしまっている。
「おい、スバル。おい!!」
「はっ!!」
「しっかりしろよ。なあ、あれってミソラじゃねえか?」
実体化したウォーロックが、目の前を歩いている女の人を指差した。
見た感じ、黒を基調とした服を着ていた。フードをかぶっているから顔が見えない。
しかし、見るからに怪しい人物であった。
「……確かに怪しい感じがするけれど、ミソラちゃんと断定するのはまだ早いんじゃない?」
「でも、あいつからハープの気配を感じるぜ」
「……じゃあ、声かけてみるか」
ウォーロックがそういうのなら、ということでスバルは目の前を通り過ぎた女の人を追いかけた。
スバルは改めて考えた。スピカモールというショッピング街にサングラスは確かに不自然だな。となると、有名人? でも、ミソラちゃんにしては……と思ったが、後ろを歩いていて一つだけ確信することがあった。
黒のパーカー。それについているフードの形がミソラのお気に入りのパーカーのフードと同じだったからだ。
これはいくしかないと思い、スバルはダッシュで駆け寄り声をかけた。
「ミソラちゃん?」
「っ!?」
しかし、振り返ったのはミソラではない別に人物であった。
「あっ」
人違いだった。謝らなきゃ。そう認識する前に、女の子はダッシュでどこかへ行ってしまった。
「ちょっと!!」
だが、少女はすぐ人ごみに紛れて消えてしまった。
「……なんだったんだろう」
「ちゃんとハープの気配をしたんだけれどな」
でも、よく見てみればミソラより少し背が小さかった。後ろ姿でミソラと判断するのは少し疎かだったのかもしれないと、スバルは少し反省した。
だが、
「うわっ!?」
突然目の前が真っ暗になった。別に停電したわけではない。誰かがスバルの目を手で覆っているのだ。その出来事にスバルは困惑する一方だった。
「ウォ、ウォーロック!?」
「自分で何とかしろよ」
「そんなぁ」
弱音を吐くスバルに、ウォーロックは笑いを隠しきれなかった。
何故なら……
「スバル君。まだ気づかないの?」
「……え? その声って」
スバルもようやく気付いただろう。いたずらの人物の正体が。
「じゃーん」
人通りの多い場所で、大胆に目隠しをした人物は黒縁メガネをつけピンクのパーカーを着ていた。
「久しぶり。スバル君」
響ミソラ。本人であった。
さっきの人物など忘れるほどの笑顔。道行く人は有名人がいるのに気づかないくらい、彼女の変装は上手くいっているのだろう。
「どうしたの?」
「スバル君こそ、学校帰りにスピカモールに来るなんて珍しいわね」
「委員長に誘われてね」
「あ、じゃあルナちゃんたちも来ているんだね」
「どうする? 会っていく?」
スバルの質問に、ミソラはしばし考えた。
そして、
「うーん。いずれみんなにはまた会うから大丈夫」
「……?」
その言葉に、スバルとウォーロックは首をかしげるしかなかった。
「じゃあ、私これから撮影あるから!! またね!!」
「う、うん」
相変わらずなのか、終始ミソラにペースをつかまれたままだった。
「本当に相変わらずだな……」
「ね。これでハープがいたら……」
「それ以上は言うな。スバル」
「……」
そんなにハープに会いたくないのか。ウォーロック。
数分後、ルナから合流するメールが届きスバルは合流場所へと向かった。
「そういえば、あの女の子誰だったんだろう」
「後ろ姿がミソラ……でも実際は全然違う人。それにしても、よくあんな人ごみの中で目立たないで行動できたな」
「確かに……」
黒のパーカーにサングラス。有名人であっても目立つのは確かだ。だが、すれ違う人は気づかない……
だとしたら。あの子はなんなのか。
「もしかしたら……」
「おーい!! スバルー!!」
うしろから、ゴン太がスバルの名を呼ぶ声がした。
見ると、買い物袋を手下げているゴン太とキザマロ。その前をルナが闊歩していた。
スバルはその光景を見て、苦笑いするしかなかった。自分もあの場にいなくてよかったと心に思いながら。
「今日、大吾に聞いてみようぜ」
「そうだね」
あの少女は誰なのか、帰ってから大吾に聞こう。
その前に、荷物持ちにならないようポケットに手を入れて待っていたスバルだった。
「はぁはぁはぁ」
少女は追われていた。
何者……いや、何かに。
ただただ走っているだけだった。前も見ず、後ろから迫りくる何かにおびえながら。
荒い息が迸り、空腹など忘れてしまうほど無我夢中に走っていた。
少女の着ている服は既にボロボロだった。何も履いていない足も、泥だらけになっていた。
後ろから迫りくる足音は、次第に大きくなっている。
グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
同時に聞こえてくるうめき声。少女はますます体をこわばらせ、走る足を速めた。
「はぁはぁはぁはぁ」
のどが痛い。息を吸うたびにのどを突き刺す空気。
誰か……誰か助けて。
少女は心の中で叫び続けながら走り続ける。
グルゥゥゥゥゥゥア!!
雄叫びが、背中から直に伝わってきた。
「怖いよ……」
少女は、ただつぶやく。
「誰か……助けて」
誰かを呼ぶ声。ただ言葉だけを紡ぎ、助けを求める。
「助けて……ロックマン」
そして、呼んだのは英雄の名だった。
アリス。それが彼女の名前だ。